69.
「お嬢、戦わないで逃げるんですか?」
前方を凝視しながらアウラが聞いて来る。
あたしも前方を凝視しなから答える。
「戦うのは、陽が昇ってからよ。考えても見て、こんな真っ暗な中で戦って、遥か上空から降り下ろされる奴のパンチ、避けられる?」
「・・・・・無理」
「そういう事よ。今は時間を稼ぎたいの。その間に、対策を考えるわ」
「了解です」
そもそも対策なんて無いんだけどね。あんな山みたいな奴相手に対策なんて有る訳が無い。
やがて、追い付いて来たもう一台の馬車が横に並んだタイミングで、一人馬で疾走して来たお頭に助けを求めた。
「お頭ぁ、戦いの神と言われるほどのお頭なら何かいい戦い方知っているんじゃないかなぁ?」
もちろん、誰もお頭の事を戦いの神だなどとは言っていないが、ここはおだてる一手でしょう。
「勿論知っているぞ。簡単なこった」
えーっ!?ダメもとで聞いたのに知っているの?ラッキー。
「簡単なのぉ?ねえねえ、どうするの?どうするのぉ?」
あたしは、期待に胸をときめかせて答えを待った。だが、あたしはまだお頭の思考回路を熟知出来て居なかったらしい。
お頭からの返事は、ようく考えれば予想出来るものだった。
「実に簡単だぞ。おまえが犠牲になれば即解決だ。ただ、それだけだ」
お頭もポーリンと同じ思考顔路だった。
自信満々で答えるお頭に、あたしは一気に疲れてしまった。
そりゃあわかってるさ。あんな非常識な奴に対抗する方法なんて無いって事位は。
わかっちゃいても、何かしなくちゃならないこの苦悩、誰もわかってくれないんだろうなぁ。
あたしに出来る事、それは力の限りあたしの精神波動を奴にぶつけるだけ。一瞬は奴の動きを止められるだろうけど、一瞬だけだ。じきにあたしは動けなくなる、そうしたら、もうお終いだ。後は、一生逃げ回るしかないよね。そもそもあんな非常識な奴に対抗しようだなんて、無理に決まっている。
どうせ、それしか未来が無いのなら、みんなには逃げて貰った方が多少は長く生きられるかな?後ろ向きになったらいけないのだけど、あまりにも希望が無さ過ぎる。
でも、どうやってみんなに言おう。なかなか決心がつかない。そうこうしている内に、上空が白み始め、やがて遠く東の山々の山頂から朝日が昇り始めた。
だめだ、もう時間が無い。大巨人はどんどん大きくなっている。もう、みんなに告げてここから離れて貰わないと間に合わなくなる。
意を決したあたしは、馬車を停めてもらった。
「停めてっ!!」
二台の馬車と一頭の馬は急速に速度を落とし停止した。
「お嬢っ、ここでやるか?」
お頭は何故か ニコニコしている。
更に、アウラもポーリンも竜氏もニコニコしている。
何故?ここは、ニコニコする場面じゃあないよ?なんか違くない?
怪訝な顔をしているであろうあたしに、ジェイがみんなの意思を代表するかの様に、穏やかな顔で語りかけてきた。
「お嬢様、皆様は既にお心を決めておられるのですよ。皆様のお顔をご覧になって下さいませ、これが死にゆく者のお顔でしょうか?これが絶望に憑りつかれたお顔でしょうか?」
ジェイは、そこまで一気に話すと、更に言葉を続けた。
「皆様のお顔は、決して絶望しない。諦めない。必ず勝てる。そんな自信に満ちたお顔をされていると思うのですが、お嬢様のお目にはどの様に映っておられるのでしょうか?」
うっ、そんな面と向かってそう断言されたら何も言い返せないじゃないのよ。
「み みんな馬鹿じゃないのぉ?あんな奴にどうやって勝てるっていうのよ!こんなの只の犬死にじゃないのよぉ、なんで、これだけの人が居て、誰もその事に気づかないのよぉ・・・」
お終いの方は涙声になっていて、掠れてしまっていた。
「あはは、馬鹿って言われたら否定は出来んな。確かに俺は学がねえからなぁ」
そう言うとお頭は、例によって頭をぼりぼりと掻いている。
「ほなら、うちらも馬鹿やと思とります」
六人組は息の合った、うんうんをしている。
「あたいだって、みんなと同じですよ。みんなお嬢に付いて行きたいんですよ。だから抜け駆けは無しですよ」
なんで、笑ってそんな事を臆面も無く言えるんだ?なんにも対応策が見付からないんだよ?もっと悲愴になってもいいんじゃないの?
なんか、悩んで居るのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「それで?みんなが馬鹿な事はわかったけど、実際問題、どう迎え撃ったらいいの?」
みんなを見回して、意見を募った。
「そうですな、取り敢えず攻撃力と防御力のある私が前面に立ちましょう。皆様方には、周囲から力を削いで頂くのはいかがでしょう?」
そう竜氏が申し出てくれた。残念ながら、どう考えても他に方法は見付からなかった。
「そうだな、ここは竜の爺さんの言葉に甘えるしかねえな」
お頭も、渋々納得した様だった。
だけど、これから決戦だって言うのに、こんな感じでいいのだろうか?
なんて複雑な心情を持て余していると、更に物好きが馬に乗ってやって来た。
やって来たのは、ブルーの長い髪の毛を後ろで束ねた、情報調査室所属の双子の調査員のアンジェラと緑色のショートヘアーが良く似合うボーイッシュなジュディだった。
「シャルロッテ様ぁ~♪」
呑気なアンジェラの声が辺りに響いた。君は、ここがどんな状況の場所だかわかっているのかなあぁぁ。地獄の一丁目なんだよおぉぉ。
そんなあたしの思いなど知る由も無く、アンジェラは近寄って来た。
「やっと追い付きましたぁ。お探しするのに苦労しましたぁ」
何故か、嬉しそうだ。何故?
「ご報告致します。此度の騒動に対して、ニヴルヘイム要塞と王都から増援が進発しました。増援は、現在ヘモリンドの村に向かっておりますれば、行方不明の領民につきましては心配無用との事です」
やっと動き出したのか。だが、相手には異能者が居るの分かって居るの?
「私達の今回の任務は、増援の報告と、更にここに留まって戦いの一部始終を王都に報告する事ですので、お気になさらず思う存分戦って下さいませ」
思う存分だって?なに言ってるんだ?
「王都は、この戦い、どう思っているの?まさか、勝ち戦だと思っていたりしてないよね?」
「へっ?」
「ああ、そうか聖騎士団長殿はあたしがどんな最後を迎えたのか知りたいって事なのね。分かったわ、離れた所で存分に見学して行ったらいいわ」
「えっ?えっ?どういう事でしょう?これだけの戦力が集まっていて、まさか負けるとでも仰られるのですか?国内最強の戦力ですよ?」
「こちらが国内最強であっても、相手がそれを上回れば負けるのよ?なんたって、相手は大陸最凶なんだから」
「でっ、でも、あの巨人とは過去に戦って勝っていますよね?」
「おやおや、情報部ともあろうもんが、情報が古いんじゃなくて?ちょっと後ろを振り返ってごらんなさいな、今回の対戦相手が見えるから」
おもむろに振り返った二人は、予想通りそのまま固まってしまった。そりゃあ、あれ見たら固まるか逃げ出すわよね。
「さあて、あちらさんも準備が出来たみたいね。それにしても、よくもまぁあんなに育ったもんだわ」
大巨人は成長が終わったみたいで、ゆっくりとこちらに振り返ろうとしている。あれが歩いてくるのか飛んで来るのか、他人事だったら、さぞや見物だっただろうなぁ。
などと呑気に考えているとポーリンがボソッと呟いた。
「地響きがしそうやな」
「そうね、さぞや物凄い地響きが・・・地響き?地響きだってぇ? それだああぁぁっ!!」
あたしは、固まっているアンジェラに声を掛けた。
「アンジェラ!この辺りに湿地帯、いや沼ね。どろどろの沼ってある!?」
固まっていたアンジェラがバネ仕掛けの人形の様に飛び上がり、慌てて記憶の糸を辿り始めた。
そして、ジュディの方が先に反応した。
「あっ!!ある。あります。この先にブロント湿原があります。でも、あそこは危険です。底なしの沼と言われていて、入ったが最後抜けられ・・・えええええっ!!」
「そうか、あそこに誘い込むのか。お嬢にしては上出来だな、はっはっはっはっ」
「お頭っ、一言多い!!」
「ジュディ、その沼までどの位あるの?」
驚愕から立ち直ったジュディの動きは早かった。
「ここから北西に約十三キロロ位です。時間がありません、急いで移動しましょう。さ、お姉様もしっかりしてくださいな」
わずかな希望が見えて来た一行は、薄明るくなった街道を飛ぶ様に駆け抜けて行った。底なし沼に向かって。
やがて、陽がしっかり登り切った頃に目的地のブロント湿原のほとりに到達した。
さあて、、、と振り返ると大巨人は上半身が消え去って腰から下だけになっていた。おそらく砂粒に別れてこちらに向かって飛んで来ている最中なのだろう。
ドキドキしながら大巨人を見て居ると、申し訳なさそうに竜氏が話し掛けて来た。
「あの、シャルロッテ殿」
「なあに?竜さん」
希望が見えて来たおかげか、あたしの口調は明るかった様に感じた。
「皆様、希望が見えたと嬉しそうでしたので、申し訳なくてお聞き出来なかったのですが、宜しかったでしょうか?
「はい?何かありました?」
なんか、竜氏の口調が固い気がした。
「シャルロッテ殿がこちらに来られたので、間違いなくあの大巨人殿もこちらに来られると思います。その点は正しいご賢察かと思います」
「それで?」
自分の口調が少し固くなったのを感じた。
「大巨人殿は、どの位置に来られるのでしょう?」
「はっ!?」
あたしには、竜氏の言わんとしている事が理解出来なかった。
「大巨人殿は、わざわざ沼の中に降り立つのでしょうか?」
「!!!」
「現在、私達の眼前に沼が御座います。もし、大巨人殿が私達の後方に降り立ちますと、私達は沼と大巨人殿に挟まれるのではないかと愚考しておりますが、いかがなものでしょうか?」
「あっ!!」
「をいをい、お嬢!そこん所対応策は、当然考えてあるんだろうな?」
周りを見回しながら、お頭が苦笑いしながら聞いて来るが、そんな事想定外だった。
「考えてなかった、、、」
危惧した事って言うのは、往々にして現実になるもので、大巨人はあたし達の後ろに集結しつつあった。
あたし達は、みごと大巨人と底なし沼に挟まれる事になった。
「これって、万事休すって事ですかぁ?」
「万策尽きた、、、とも言いますね」
「絶体絶命とも言わない?」
「お嬢様方、なかなかの博識でございますな。他にも絶望の淵 、どん底、 この世の終わり、 世紀末などとも表現されますぞ」
「わーっ、執事のおっちゃん、すごーいっ!!!」
なぜか、娘たちははしゃいでいる。あたしが言うのもなんだが、状況が分かっているのか?
「アンジェラ!」
「はい、他にも、剣が峰とか進退きわまるとか、抜き差しならないとか言いますね」
「ゲームオーバーとか進退窮まるとも言いますよ」
ジュディも参戦してきた。なんなんだ、一体。
あたしは頭が痛くなって来た。
そんな事をしている間にも、目の前には飛んで来た砂粒が堆積していき、大巨人の足が出来つつあった。まだ、ひざ下だけではあったが。
「こいつは、完成しないと動けないみたいだな」
大巨人の足を大剣でつつきながら観察していたお頭が、そう呟いた。
「両足が完成しないと動けないんだったら、取り敢えず片足だけでも潰して行くか?時間稼ぎにはなるべえよ。その間に対策を考え様ぜ。あてにはならなそうだがな」
そう言うとお頭は大剣を振り上げて、大巨人に斬りかかって行った。
それを見たポーリン達も大巨人の左足を取り囲み剣を振るいだした。
とは言っても、直径が五メートトル以上はあろうかという太い足なので、みんなで取り囲んで滅多切りにしてはいるものの、削った端から次々と修復が進んで行き、瞬く間に元に戻って、いや更に太くなる始末だった。
上を見上げると、もう既に奴の体は腰位まで出来上がってしまっている。
まずい、このままじゃあ大巨人が完成してしまう。こうなったら、あたしが・・・と思って居ると竜氏がため息を吐きながら、あたしにも聞こえる様に呟いた。
「このままでは埒があきませんな。ここは一度リセットしてしまいましょうかね」
みんな、動きを止め竜氏に視線を集中させた。
「裏側におられますお嬢様方、ちょっと脇に避けて頂けますでしょうか」
そう叫ぶと、竜氏の姿が一瞬ぶれたかと思うとそのスマートにも見えるからだがむくむくと膨れ上がり、本来の姿である竜族の姿に戻った。
「では、いきますぞぉ」
人族の時とは違う太く低い声で叫ぶと、おもむろにのけぞりお腹を目一杯膨らませると、勢いよく一気に前傾になった。
そう、これが竜族最大の攻撃武器であるドラゴンブレスだった。
大きく左右に裂けた口からは、赤と言うよりも白く輝く炎が吐き出され、大巨人の足に吸い込まれていった。
流石の大巨人の足もその威力には抗らえなかった様で、一瞬でその膝から足首までの間が四散してしまった。
突然左足の膝下が消え去ったので、さすがの大巨人も立って居られなくなった様で、前方に向かって、、、、そうあたし達の方に向かって倒れ込んで来た。
あたし達は反射的に脇に飛び退いて難を逃れる事が出来たが、倒れて行く大巨人はゆっくりとまるでスローモーションを見ているかの様に倒れて行き、やがてその巨体は前方に広がる禍々しい漆黒の底なし沼に吸い込まれて行った。
暫しの沈黙の後、場には歓声が広がった。
みんな、両手を振り上げて、身体全体で感激を現わして居た。
「そっか、いくら大きくても足をやればいいんだね。良かった」
あたしは、緊張の糸が切れてしまったのか、へなへなと座り込んでしまった。
「お嬢、うまくいったじゃあねえか。しかし、砂利の塊に斬りつけていたんで、歯がぼろぼろだぜ」
自慢の大剣のぼろぼろになった歯を指先で撫でながら、お頭はしょんぼりしていた。
「父様にお願いして、もっと良い素材で作り直してあげるわよ」
そう声を掛けると、お頭は眉を力なく下げ弱弱しく笑っていた。
「お嬢様」
不意に声を掛けて来たジェイの声が喜びに沸いて居るこの場にそぐわなく固かったので訝しみながら振り返った。
「お嬢様、お喜びの所大変申し訳ございません。件の大巨人はまだ健在で御座いますれば、次のご指示をお願い致したく・・・」
「大丈夫よ、有効な対応策は見つかったし、なんとかなるわよ」
「そうでしょうか?事態は変わっていないと言うか、悪化している様に見えるので御座いますが・・・」
「まーたまた、ジェイは心配性過ぎ・・・・」
途中まで言った所で、言葉は途切れてしまった。
目の前に広がっている景色に思考が止まってしまったのだった。
「こ こいつら、学習能力があるのか?」
先程は、想像を絶する巨大な足を形成していたのに、今度は少し離れた場所に、小さめの、、、と言っても直径数メートトルはある足が多数、まるで林の様に林立しつつあった。
「今度は数で押して来るつもりか・・・」
「シャルロッテ殿、私のドラゴンブレスも無限ではありません。あの数には対応しかねます」
人型に戻った竜氏が深刻そうにそう言って来た。
「沼に落ちた大巨人も、水面上の奴はばらけて再構築の為に飛んで行きました」
こんな時でもジュディは観測を怠らない様だった。
「現在再構築を始めた中巨人は百二十七体にのぼります」
中巨人・・・また新しい名前が出て来たし。
「違うわよジュディ、あなたはまだまだ観察力が甘いわよ。中巨人は百二十九体よ。どんな時も報告は正確にと教わったでしょ?」
「えーっ、姉様こそ老眼なのではなくって?正確には、百二十七体よ!」
「いいわ!そんなに言うのなら、数え直しましょう!」
そう言うと、二人は走り去ってしまった。
「あ ああ 今はそんな事を言っている場合じゃあないのに・・・」
「お嬢様、この様な時に追い詰める様で大変心苦しいのでございますが・・・」
ジェイはどんな状況下においてもマイペースだった。
「まだ何かあるのぉ?」
非常に不愉快そうな声になってしまっているのは自覚している。実際、不愉快なんだもん。
「はい、先程の大巨人が沼に飛び込まれて大量の土砂が底なしと言われております沼の中に降り注いだのが原因なのかはわからないのですが、沼の中から何者かが出て来ておるようなのですが」
「何者かって?」
「何かわからないもので御座います」
いくら丁寧に言われたって、何言ってるかわからないよ。
立ち上がり、沼の方を見やってみると、沼の畔で何やら得体の知れない物が、ふよふよと蠢いている様な気がする。
「お頭っっ!あれ、何?」
咄嗟に聞いて見るのだが・・・。
「あれは・・・なにものか だ」
きっぱりと、そう言われてしまった。