67.
あたしは、自分のテントに入り横になったのだが、なんかもやもやしてしまい寝付かれなかった。
屋台で売られていた物は大方購入した。そして、考えられるあらゆる検査をしてみたが、なんの異常も見られなかった。
あたしの取り越し苦労だったのだろうか?後出来る事といったら、食べてみるだけだったが、万が一毒でも入って居たらしゃれにならない。
市を見る限り問題は起きていない様なので、即効性の毒は無いだろうが、遅効性の毒が入っている懸念は払拭できない。
その様な事をとめどもなく考え悶々としていると、アウラがテントに入って来た。その後ろにはポーリンも居た。
どうしたのだろうと起き上がり訊ねた。
「二人揃ってどうしたの?」
二人ともばつが悪そうな顔をしていたが、意を決した様にアウラが話し出した。
「お嬢、謝りに来ました」
「謝りに?意味が分からないのだけど?どういう事?」
「お嬢の性格では、絶対に許可をなさらない決断を致しました。全ての責任はあたいにあります。他の者はお叱りにならないで下さい」
「んーん、アウラ姐さんだけの責任やないっす。これはうちの責任でもありますのや」
「ちょっと、待って。何を言ってるのか全然分からないんだけど」
「先程検査した昼間市で買った物なんですけど、ひとつだけしていない検査がありましたよね」
「検査って、まさか・・・まさか味見?味見したの?誰が、誰が味見をしたの?」
そこで、じゃっかんの間があった。
「したと言うか、うちの部下の食いしん坊ミリーが、、あの、、やはりと言うか、こっそり食べておったんやねん」
「なっ!!なんでぇ?あれほど食べちゃダメって言ったのに・・・」
「無理やねん。あの子の目の前に食べもん置いて、お預けは、、、不可能や。そういう子なんや」
「はああああぁぁぁぁぁl、赤ちゃんじゃあないんだからさあ。何かあったらどうするのよおぉ」
「直ぐに竜殿に聞いたのですが、致死性の物は入ってはいないだろうと。入っているとしたら、恐らく誘導性の物じゃないかとの事でした」
「誘導性?なにそれ?」
「恐らく、夜中になると誘導されてどこかに向かって歩き出すのではないかとの事でした。それで、これからみんなで後をつければ行先が判明するのではないかと」
「竜殿もご一緒してくれるそうです」
「そう、既に食べてしまったのなら仕方がないわね。それで、今ミリーはどうなっているの?」
「爆睡しとるんで、仲間が、張り付いて見張っとりますわ」
あたしは、頭を掻きむしりながら立ち上がった。
「ここでうだうだしていてもしょうがないわね。こうなったら見失わない様に全力で後をつけるしかないってことね」
その後、ミリーの寝るテントを取り囲み息を殺して待機する事となった。
事態が動いたのは真夜中過ぎだった。
緊張してテントを監視していたのだったが、つい気が緩んでしまったのか、うとうとしていたらしい。突然肩を揺すられて、寝てしまっていた事に気が付いて、反射的にがばっと飛び起きた。
「お嬢、動き始めました」
アウラに促されてテントを見ると、なにやら中で動いている物音がしているので、動き始めたのがわかった。
周りで見張っていたみんなの間に緊張が走った。
やがて四つん這いになってテントから出て来るミリーの姿が確認出来た。
さあ、どこに行くんだ?
おもむろに立ち上がると、ミリーはふらふらと歩き始めた。さあ、どこへ行くつもりなんだ、とみんなが唾を飲み込んだ。
そして、みんなが息を潜めて見守る中、彼女が向かった先は、、、思いもよらない所だった。
ふらふらと周りを気にしながら歩いて行った先は、本部の幕舎だった。
なぜなんだ?とみんなが思った瞬間、全員が妙に納得してしまった。本部の幕舎にはさっき買い集めて来た食べ物がテーブルの上に出したままになっていたからだ。
まさか、、、夜中にこっそりと食べに来たのか?ありえない。そう思いながらお互いに顔を見合わせていると、いつの間に幕舎に潜り込んだのか幕舎の中からはなにやら物を食べる音が漏れ聞こえてきたのだった。
みんながあっけに取られている中、堪り兼ねてポーリンが飛び出して行った。
それにつられる様にみんなも駆け出して行き、幕舎の中に雪崩れ込んで行った。
「あちゃあぁ、せっかくの作戦が台無しじゃあない」
あたしは立ち上がって、大きく溜息をついた。
みんなに続いて幕舎に入ると、何やらパンの様な物を口に加えて、両手にも食べ物を握りしめ目を白黒しているミリーが、みんなに取り囲まれていた。
「あんた、なにやっとるんよ、せっかくの作戦がわやくちゃやないのお!」
ポーリンが唾を飛ばしながら、ミリーに詰め寄っている。
「はいはい、こうなったら騒いでもしょうがないでしょ。作戦は終了よ、今夜はもう解散するわよ。今後の事は明日起きてから話し合おうね。さあ、解散よ」
みんなを背に幕舎から出ようとした時、妙な空気感に思わず振り返ると、さっきまで焦った顔をしていたミリーが無表情になって、両手に持っていた命より大切な食べ物も床に落とし、幽霊の様に立ち尽くして居る姿がそこにあった。
「えっ?ミリー?いったい・・」
そこで、後ろから竜氏に肩を掴まれた。
振り返ると、竜氏は口に人差し指を当て、静かにする様に合図をしている。
なんとなく事態を察したあたしは、ミリーに視線を戻した。
ミリーはふらふらと歩き始める所だった。
もしかして、まだ作戦実行中だった?食べた量が少なくて催眠状態になってなかったって事?
幕舎を出たミリーは、迷いなく街道の方へと歩き出した。
みんなも事態を把握した様で、ミリーから距離を置いて周囲を警戒しながらついて行く。
前方を見ると、街道を歩く人影が月明りに照らされて、ぽつりぽつりと見えている。
やはり気のせいじゃあなかったんだ。ついに尻尾を掴んだぞ。
あたしは思わず生唾を飲みこんだ、と同時に手の平にじっとりとかいた汗をお尻でぬぐった。
喉が渇いた様な不快な感じがするが、今はそれどころではない。一瞬でもミリーから目を離すわけにはいけない。
きっと、みんなも同じ気持ちだろう、とちらっと眼の端のポーリンを見ると、、、携帯している水筒から水を呑んでいた。
がーん、なんて薄情なやつ!
その流れでメイを見ると、、、なにやら懐から取り出してもぐもぐ食べて居る。クレアも同様だった。
ショックを受けて居ると、アドラーから声を掛けられた。
「姐さんも食べますか?」
「いや、まずは水だろう、、、って、違う違う、なんであんたらそんなに落ち着いているの?ミリーのピンチだよ?」
アドラーは最初不思議そうな顔をしていたが、やがて満面の笑みを浮かべ答えてきた。
「みんな、心の底から信じているんです、助かるって。あたし達だけだったら、もうパニクッているでしょう。でも、みんながこうして助けようってしてくれているんです。助かる未来しか見えませんって。だから、みんな落ち着いているんですよ」
なるほど・・・でも、それって、物凄いプレッシャーよ。そんなに信頼されたら、裏切れないじゃない。あ、勿論裏切るつもりなんてないんだけど・・・。
なす術がないあたしは、渋々アドラーから水と携帯食料の干し肉を受け取り、ぶつくさいいながら口に放り込んだ。
脇でそれをニコニコと見ているアドラーが、ちょっぴり小憎らしく思えたのは内緒だ。
やがて、ミリーを含むふらふらと歩くゾンビ軍団は徐々に集団を形成しつつ街道に出ると、躊躇する事も無く北に向かいだした。
北に向かった集団は暫く街道を北上したが、やがて街道からそれて東に見える山の方に向かいだした。
あたしは立ち止まって辺りを見回したが、周りは林から次第に森へと変化して行った。
ゾンビ集団はどんどんと森の奥へと入って行く。
「ここは?」
「はい、この森を進むと、ちょっとした丘陵にぶつかります。そのまま山裾を八キロロ程北上すると、ヘモリンドの村にぶつかります」
(一キロロ = 一キロ)
アンジェラの答えは淀みが無かった。
「ヘモリンド・・・疑惑の村がここで出て来るんだね」
「ええ、予想はしていましたが、どんぴしゃでしたねぇ。それで、どうしますか?村が全部敵の可能性があります、王都から増援を呼びますか?」
「うーん、増援かぁ、向こうには異能者が居る可能性があるから、あまりその他大勢の介入は避けたいなぁ。せいぜい救出された人々のお世話要員が居ればいいかな?」
「承知しました。ではその様に手配します」
アンジェラとそんな話をしていたが、ゾンビの列はあたし達とは関係なくどんどん森に入って行くので、あたし達も慌ててゾンビ軍団に続いて森に入って行った。
暗い森の中に入って行くのだから、急いで付いて行かないとはぐれてしまうので、大慌ての状況だったのだが、すっかり周囲への警戒が疎かになってしまっていたのは否めなかった。
「むっ・・・」
突然竜氏の表情が厳しいものになった。
「申し訳ございません。嫌な奴の接近を許してしまいました」
「えっ?嫌な奴?それって・・・」
嫌な奴・・・それは、とても嫌なワードだった。
思わず周りを見回すが、真っ暗な為何も見えなかったが、このまま敵と対峙すると面倒な事になりそうだったので、アドラーに指示を出した。
「アドラー、ミリーを連れて後方に下がって頂戴。なんかヤバイ事になりそうなのよ」
「わかりましたっ!」
そう言うと、アドラーは暗闇を駆けて行った。
「竜さん、嫌な奴の動きは?」
「巧みに気配を隠そうとしている様で、はっきりとは分らないのですが、どうやら正面から圧が来ます。そこに居るみたいですな」
「居るだけ?動きは?」
「今の所動きの有無は把握出来ません。こちらの動きを見ているのでしょうか?」
居なきゃあ居ないで気になるけど、いざ居たら居たで鬱陶しい奴だわねー。
「姐さん、その変な奴って何なんでっか?」
「えっ?ああ、あたしにも良くわからないんだよ。いつの間にか現れて、いつの間にか消え去る変な奴」
「ほえーっ」
「あたしの前にふいに現れてちょっかいをだしては逃げて行く変態。わかっているのは、一流の異能者だって事だけ」
「姐さんの、ええ人とはちゃうんで?」
「ないないないない!有り得ない!やめてっ!縁起の悪い事言わないで頂戴。腕を落とされても又生えて来るのよ。あんなの只の変態以外の何ものでもないわよっ!」
「うげえぇ、えげつなっ。そいつって、トカゲ種かなんかでっか?」
「さああぁ?誰も知らないのよ。でもあれは只の変態!それでいいのよ、変態目ー変態科ー変態族のヘンタイでいいのよ。存在価値なんてないわ!」
「はああああぁ、そうでっか。良く分りまへんけど、良く分った気がしますわ」
気のせいかポーリンの声に疲れを感じてしまったのは気のせいではないだろう。あたしだって奴の事を話すだけで疲れるんだから・・・。
その時だった。
あたりに聞き覚えがあるが、決して聞きたく無い声が響き渡った。
「ひどいわぁ、そんなに言わなくてもいいんじゃなぁい?あちきだって、自分の存在には困惑しているんだからあ」
ちっ、声の出所が全くわからない。相変わらず気配が掴めない。いきなり混戦かよ、ミリーを後退させて正解だったわ。
あたしは、新しいレイピアをすらっと抜き、みんなに声を掛けた。
「気を抜いたらだめよ。こいつは変態だけど、能力は一流だからね。混戦状態だから剣の使用は注意してよ!」
「こいつね、どこから声がしとんの?」
みんな気配がわからないらしくて、右往左往している。無理も無い。
「竜さん、何とかならない?」
竜さんは、静かに頭を左右に振っている。
「今は、やや右側に移動している様な気もするのですが、はっきりとは・・・」
あたしは、意を決して正面やや右側に視線を向けた。
「やっぱり今回もあんたが裏で手引きしていたのね。今度は何をするつもりなの?」
しばらく間を空けて返事が来た。
「はああぁ、どうしてあなたはあちきが何かしようとするとやって来て邪魔をするのかしら?あちきにとってあなたは疫病神だわ」
「しっ、失礼なっ!!あんたにそんな事言われる筋合いなんてないからねっ!!変態は変態の国へ帰りなさい!」
「変態の国・・・なんか気色悪い」
ポーリンが嫌そうに舌を出している。あたしだって嫌よ。
「ねぇ、お嬢さん。このままおとなしく帰ってくれないかしら?あなた、とっても邪魔なのよね」
「こんな人さらいまがいな事していて、おとなしく帰れる訳ないでしょ!今度の目的は一体なんなの?」
「いくらあちきが優しくても、言う訳ないじゃないの。あちきが優しく言っている内に帰った方が身の為よ。これ以上首を突っ込むつもりなら、あちきも容赦しないわよ」
心なしか奴の声に圧が掛かって来た感じがする。やばい?怒った?奴の居場所だけでも把握出来ればやりようがあるんだけどなぁ。この状況じゃあ無理か。一旦退却して態勢を立て直す?いやいや、さらわれようとしている領民達を見捨てる訳にはいかない。どうしたら、どうしたらいいの?
相手の気配が分からない事にはなす術がない・・・か。
大を救うか小を救うか。ああ、領主の心得学の勉強の時に教わったっけ、大を救うのは馬鹿でも出来るが、小も救えるのが本当の領主だって。
でも、現状じゃあ、大も小も救えない。せめて小だけでも救うべきなんだろうか。
あたしは究極の決断を迫られていた。
だが、考えても何の手も打てない。無理だ。背に腹は代えられない、ポーリン達だけでも逃がさなくては・・・。
苦肉の決断を下そうとしていたその時、あたしの思考は中断されてしまった。おぞましい叫び声によって・・・。
「うぎゃあああああああああああああああああああああぁっ!!!」