66.
イルクートから派遣されて来た兵士達の腕前は素晴らしく、一匹、又一匹と巨大なカエルは討ち取られていく。
流石に、常識を逸した大きさだったので最初は手に余っていた様だったが、徐々にこつを掴みどんどんと追い込んで行った。ここで想定外と言うか、想定の頭の上を越えて行く事態が起こった。
そう、頭の上を越えて行ったのだ、兵士達の・・・。
二階建ての民家ほどもある巨体が、ジャンプしたのだ、兵士達の頭を超えて。
まぁカエルなのだからジャンプするのは当たり前なのだが、まさかあの巨体でジャンプ出来るとは誰も思っていなかった。
颯爽と、、、とはいかなかったが、ぼよぼよおおんと飛び上がり、空中でお腹の肉を揺らしながら、頭の上を越して行き、頭から泥に突っ込む様に着地、というか墜落していき、お約束の様に突っ込む際にはぶぎゃあぁぁと変な声を上げるのも忘れていなかった。
包囲網の外に逃れたカエルはのそのそと街道の方に歩き始めた。それを見たほかのカエル達も次々とジャンプを始め、戦場は急速に拡大されていった。
この事により兵士達の迎撃は後手後手になりつつあった。
あたしはそれを見ていて、思わず立ち上がってしまった。
「これって、まずいんじゃない?何匹か包囲網から漏れ始めているわよ」
同じく立ち上がったアウラが剣を握りしめこちらを見てきた。
「お嬢、せめて街道に出た奴だけでもなんとかしませんか?」
「そうね、悪いけどお願い出来るかしら?ああ、経験させる為にポーリン達を連れて行ってくれる?」
「はい、お任せを。 みんな行くわよっ」
そう言うと六人のちびっ子を連れて街道の方に駆け出して行くアウラ。なんか、とても大きく見えた。
あたしは非常時にだけ支援する事にして、それまでは丘の上で戦況を観察する事にした。
だが、思っていた以上にポーリン達の技量は上がっていた様で、危なげなくカエル達を倒している様だった。
みんなで取り囲んで、ひるんだ所をポーリンが強烈な波動をカエルの頭にお見舞いする。そして、倒れた所をみんなでとどめを刺すという連携プレーで一匹づつ倒していた。
そんなこんなで、あたしの出る幕は無く、粛々と狩りから解体へと作業は移行していった。
これでこの件は、全て終了でいいんだよね。
あたしが、ほっとして気を抜いた瞬間、、、
「こんな所でカエル狩りとは、いい身分だなぁ」
突如後ろから大きな声で叫ばれたので、あたしは心底驚いた!
こんなのが接近してきたんだから、当然竜氏は気づいて居たはずなんだが、意地悪なんだか命の危険が無い限り知らせてくれない。自分で気が付けと言う事なんだろうか。
あたしは、振り返りきっと睨みながら言い放った。
「お頭ぁ、なんでいつもそうやって後ろから驚かすんですかぁ?それに、遊んでいる訳じゃあありません、これも依頼なんですっ!」」
お頭は、相変わらず頭をぼりぼりと掻きながら、悪びれもせず、ぬぼーっと立って居る。
「たかがカエル獲りに大げさなんじゃあねえか?と思ったが、やけにでけえじゃあねえかよ、なんなんだあのでかさはっ。まるで家じゃねえか」
「だから、退治依頼が来たんですよ!おまけに、たちの悪い異能者が背後に居て、こっちが食べられる所だったんだから」
「ほうほう、そりゃあてーへんだったなぁ。カエルも変なもん喰わねーで済んだんだから良かったじゃあねえかよ。もうこの件は解決したんだろ?だったら、こっち手伝えや」
「なっ、何を突然」
お頭はあたしの前に出て、解体されていくカエルを見下ろしながら話し出した。
「じつはなぁ、、、」
「実は?」
「じつは、、、、何か食わせてくれ。腹が減った」
あたしは、思いっ切りずっこけてしまった。
仕方が無いので、ジェイにお願いして、簡単な物を出して貰ったんだが、がつがつがつとまるで野生の獣か欠食児童だわ、ホント。
そんながつがつ食事を、、、と言うか、餌を食っているお頭を見ていると、アウラ達が戻って来た。
「あれええぇ、どうしたんですかぁぁ?」
突然お頭を見て叫び声をあげたアウラに、すかさずポーリンが反応した。
「アウラ姐さんどないしたんや?なんや汚いおっさん見て叫んだりしぃ、知っとる人なん?」
汚いおっさん・・・凄い言われようだわ。間違ってはいないけど・・・。
「おっさんて、ポーリンは初対面だったんだね。この汚いおっさんはね、あたし達の頭領なんだよ。人呼んで絶望のムスケルだよ。名前位は知ってるでしょ?」
「ええええええええええええええええええええっ!!!」
ポーリンの目がまん丸になって、口もあんぐりのまま固まってしまっている。もはや、アウラの説明も聞こえていない様子だった。
もちろん、仲間の五人も同様だった。
暫く、無言で立ち尽くしていた六人だったが、突如音速で土下座を始めたのであたしは面食らってしまった。
「申し訳ございまへん。知らんかったんやねん。見たままとは言うても汚いおっさんなどと無礼の数々、平に、平にご容赦下さりませ」
「「「「「申し訳ございまへん」」」」」
あららら、みんな小さくなっちゃって。
「お頭、こんな子供にも恐れられているのねw」
「よせやい、俺はなんもしとらんぞ。いたって紳士だぞ」
お頭、紳士の意味、知ってる?
「おい、いつまで土下座してるんだ?飯がまずくなるからやめてくれや。気にしとらんから頭上げてくれや。こんな汚いおっさんだけど、よろしくな」
あ、絶対気にしてるやつだw
折角、頭を上げかけてたのに、また深々と土下座してしまったよ、最後の一言で。
「も もったおらへんお言葉、恐縮至極でございます」
どこで覚えてきたんだ?そんな言葉。
こんなやり取りに構って居たら日が暮れてしまうよ。
「お頭、さっき言いかけていたのって何?何を手伝えって?」
口元の汚れを腕で拭うと、腰にぶら下げていたひょうたんの酒をぐびりとあおると、こちらに向き直った。ポーリン達は土下座のままだ、
「実はなぁ、何も起こってはいないんだよ。まだな」
「まだ?」
「ああ、物流の流れを調べていると、最近妙な動きがあるんだよ」
「妙な動きって?」
「例の噴火で無人になったラムズボーン要塞付近に人と物資が流れているんだよ。まだそれほどの量でないんで今まで気が付かなかったんだが、どうやら復興の為の動きとは違う様だって言うんだよ」
「言うって、誰が言うの?」
その返事は後ろから聞こえて来た。
「私達です」
振り向くと、それは情報調査室所属の調査員のアンジェラとジュディだった。
「あら、あなた達が探っていたの?」
「はい、正確には私達の仲間の現地調査員が探っていたのですが、報告の中に気になる点が有りまして、丁度ニヴルヘイム要塞にいらしたムスケル殿に調査協力をお願いした所、シャルロッテ様にも声を掛けると申されこちらに向かったと現地から連絡が来まして」
「それで、わざわざやって来たの?ハトでも飛ばせば楽なのに」
「ここんとこする事が無くてな、暇だったから退屈しのぎに来てやったんだ、感謝しろよ」
「はいはい、有難うございますね。それで、気になる点って何なの?」
「不審な動きをしている人と物資の流れは間違いなくラムズボーン要塞に向かっているのですが、要塞に近づくと煙の様にどこかに消えてしまうのだそうです」
「それは、めっちゃ怪しいって言うか、完全に黒じゃない」
「はい、この見事な姿の消し方は、異能者の関与が疑われますので、異能者ハンターのシャルロッテ殿にお出まし頂けますと助かるのですが、いかがでしょうか?」
思わず、はああぁぁ とため息が出てしまった。
「いいも悪いもないんじゃないの?どうせ最初からあたしが行く前提で話を進めているんでしょ?」
「はい、察しの良い事おびただしい様で助かります。向こうでも皆様が出発の準備をしてお待ちだそうですので、急ぎ向かわれますと助かります」
「わかったわよ、すぐに出発するわ。ポーリン、そういう訳だからあなた達とはここでお別れね、短い間だったけど楽しかったわ。これからもしっかりやりなさいね」
すると、みんな物凄い勢いで頭を上げたのだが、あたしは吹き出してしまった。だって、みんなおでこにどろがべっとりついているんだもの。
「姐さんっ!水臭いやないの、こないな所でお別れなんて。うちらはどこまでもついて行きまっせ。置いて行かんとって下さい」
泥だらけの顔で訴えてくるその姿は、どこまでもギャグだった。
「分かった、分った。連れて行くから、取り敢えずその顔をなんとかしなさい」
そう言うと、みんな喜び勇んで駆け出して行った。顔を洗いに。
「なんか、最近やたらと伝説とまで言われた異能者が出現するんだけど、どうしてなんだろう?」
誰に言うでもなく只の一人事を呟いたのだが、アンジェラには聞こえていたらしい。
「確かな事は言えませんが、もしかしたら時代の節目に来て居るのではないでしょうか?」
「時代の節目・・・」
「今まで歴史の裏側に隠れていた異能者が歴史の表舞台に出ようとしている時期なのではないかと思えるのですが」
「なるほど。それで、それって良い兆候なの?それとも悪い兆候なの?」
「さあ、あまりにも奥の深い話なので、私程度の若輩者では見当もつきません。ただ、時代が変わろうとしているのでは?と感じるのみです」
「そうよねぇ、この世界の動きなんて、判るはずもないわよねぇ。あまりにも話が大きすぎて、理解の範囲外だわよ」
「ああ、そうでした、仲間からの報告では、ラムズボーン要塞の北西にあるヘモリンドと言う村が怪しいとの事でした」
「ヘモリンド? 痔?」
「へっ?痔ってなんや?」
「ああ、何でもない、何でもない、聞かなかった事にして」
納得のいかないポーリンを加えて、あたし達は何度目かのニヴルヘイム要塞行きの旅を始める事になった。
いつもの通り、馬車を連ねてあたし達は北へ向かった。
あたしの馬車には、ポーリン達六人が護衛として同乗していた。
「ねぇ、ポーリン。実物のムスケルはどうだった?怖かった?w」
なにげに聞いたんだけど、その時のポーリンの顔といったら、キラキラと目の中に星を散らして、まるで白馬の王子様でも見たかの様だった。
「想像以上やった。ばったもんなんかとは器がちゃいますわ。かっこええ、超かっこええねん。お目に掛かれて、幸せっすよお」
あらあら、あんなのでも、憧れの対象になるもんなんだぁ。完全な、ムスケル教の信者だわな、こりゃあ。
他の五人も同じ考えらしく六人でお頭談義に花が咲き出したので、あたしは前方を見ながら一人物思いに耽る事にした。
考える事はいくらでもあった。例えば、こんだけ異能者が暴れているのに、例のお姉言葉の変態が全く現れないのは何故かとか、泥と岩のコーレムはどこに行ったのかとか、あたしのレイピアはどこに行ってしまったのかとか、考え出したらきりがない程なのだ。
馬の手綱をとっている御者席の竜氏の背中をぼーっと見ながら、そんな事を考えていた。
そういえば、あの火山の大噴火からたいして時間が経って居ないと思うのだけど、随分と街道が綺麗に整備されているものねぇ。もっとも街道の脇の広大な麦畑はまだ大量の火山灰に埋もれたままだけど、それでも多くの人々が畑に出て復興に向けて作業をしているのが見て取れる。
こうして見ていると人間の力ってすごいんだなぁって思う。空を飛ぶことも出来ない。鋭い牙も爪も持ち合わせない。炎も吐けない。それでも決して諦めない、それが人間に与えられた特殊能力なのかななんて思っちゃう。
「そうですな。それが人族が我々竜族をも凌ぐ偉大な力だと思いますよ」
また、他人の心の中を覗いているし。。。
あたしは、思わず竜氏の背中を睨んた。
「姐さんっ、姐さんってどうしてムスケル様とあないに仲がええんでっか?」
様? ムスケル様ぁ?何をどうするとそんな事になるんだぁ?
それに、どうやったらあたしとお頭が仲がいい様に見えるんだ?
「あのね、別にあたしはお頭と仲がいい訳じゃないのよ。たまたまなのよ、たまたまの腐れ縁なのよ」
「たまたまねぇ、その割にいい雰囲気やったけど?」
目が、全然信じていないって言ってるんだけど・・・。
「出来の悪い娘ほどかわいいって言うだろうが、そんな感じだよ」
不意に幌の外側から野太い声がした。言うまでも無くお頭だ。
「きゃーっ、そうなんやね?そうなんやね?ええなぁええなぁ、姐さん、そないに思われとるんやね、ええなあぁぁ、羨ましいぃ」
なぜ、そうなる。あたしの眉間には自然に深い皺が寄った。
お頭も、いちいちそんな話に乗って来ないでよお、ぷんぷん。
「お嬢様」
「なにっ!」
このタイミングで声を掛けられたので、ついジェイに対しても声がきつくなってしまった。
でも、一流の執事はまったく意に介さない風で言葉を続けて来た。
「この先に何やら市が立っております。今まで、ここに市が立つ事はなかったかと・・・」
前を凝視したままジェイは報告をして来る。
「私達の情報にも、ここでの位置は報告が御座いません。ここ最近出来たものと思われます」
そう補足するのは情報調査室所属で調査員のアンジェラだった。
「用心なされるのが宜しいかと・・・」
「竜さん、変な気配・・・ある?」
「そうですなぁ、この距離では異能者の波動は感じられないのですが、あ奴らは何をしでかすか分かりませんので、厳重なる警戒が必要でしょう」
「お嬢様、ここは危険を避ける為にも迂回しますか?」
ま、執事としては危険回避は当然の判断だろう。でも、あたしとしては疑わしいものは放置しておけない。安全が確認出来るまで徹底的に調査したい。
あたしは、立ち上がり幌から身を乗り出した。
「あの市は、異能者の何らかの活動の一環という前提で徹底的に調査する事にします。市から少し離れた所にキャンプを張って様子を観察するのでよろしく」
「アンジェラ、市の主催者の裏を取って頂戴。ジュディは、市を出発した後の旅人の足取りを探って頂戴。あたしの名前で本部の支援を要請しても構わないから」
「「はい、直ちに」」
ふたりは、それぞれ散って行った。
「お嬢様、やはり怪しゅうございますか?」
「んーん、そんなことはないのだけど、なんか、ね。勘・・・って言ったらいいのかな?素通りしたらいけない感じがしたの。なにも無ければ、越した事は無いのだけどね」
「わかりまして御座います。では、市の手前の小高い丘の上に向かいましょう」
そう言うと、ジェイは馬車を街道から外れた丘の上に向かわせた。
この丘は背後に小さな林が続いていて、人が出入りしても目立たなくなっているので、張り込みには絶好の場所と思われた。
「お頭、お頭は市を挟んだ反対側で野営して頂戴。そうね、出来るだけ人相の悪いのを集めて、夜は酒盛りをして賑やかにやって頂戴」
「俺達を隠れ蓑にするつもりだな。俺達は、みんなハンサム揃いでナウいヤングばかりなんだがなぁ、難しい注文だぜ」
なにやら、ぶつくさ言っていたが、聞かなかった事にした。
顔は死後の世界なくせに、言う事は死語の世界なんだから、いい加減自覚して欲しいものだわ。
思わずため息が出てしまった。
丘の上にキャンプを張ったあたし達は、じっくりと腰を据えて対応する事にした。
あたしは、お金持ちのお嬢さんを演じる事にした。まぁ、普段通りにしていればいいわけなのだけど。
綺麗な服を着て歩くあたしの後ろを日傘を持って寄り添うジェイと黒づくめの竜氏。あたしの後ろには、これも普段は着ない綺麗な服を着たアウラとポーリン達が続いた。
無表情で気取ってしゃなりしゃなりと歩くあたし達は、市の中に居た。
市には多くの露店が並んでいた。その多くは食べ物屋だった。
「ふ~ん、普通の市みたいで問題なさそうね」
あたしは、小さな声でそう呟いたのだったが、すかさず竜さんが寄って来た。
「そう思われますか?」
「えっ?違うの?」
あたしの質問に竜さんは周りに注意を払いながら、小声で話し掛けて来た。
「確かに一見普通の市の様ですが、そこはかとない違和感があります。普通にキャンプ地に出来た昔からある市なら納得が出来るのですが、なぜ、こんな何にもない所に急に市が立ったのでしょう?それも、食べ物屋しかありません。何かを食べさせたいのでしょうか」
「それって・・・」
「ここの食べ物は口にしない方がようでしょうな。まずは買って帰って向こうで調査するべきかと」
「わかったわ。ポーリン」
声を掛けるとポーリンがささっと脇に来た。
「聞いてたわね?これからあたしが店を覗きながら、買い物をします、あなた達はそれを持って帰って頂戴。絶対つまみ食いをしたらだめよ」
「はい、了解しました」
そう言うと、元の位置に戻って行った。
その後、あたしは屋台に向かって歩いて行った。
そして、屋台を覗くと甘える様に竜さんにおねだりをしたのだった。
「爺、これが食べたいわ。買ってちょうだいな」
「爺、これ美味しそう。これも買ってぇ」
「供の者にも分けてあげたいから、これ全種類くださいな」
「あらぁ、この様な物初めて見たわ。面白そう、これも頂戴な」
全ての屋台からサンプルをゲットすると、あたし達は自分達のキャンプにサンプルを持ち帰り、早速チェックを始めた。
折りたたみテーブルの上に買って来た物を並べて、竜氏を中心におかしな所がないかをひとつひとつ入念に深夜になるまで調べた。
見た目、臭い、異能の波動、考えられる限りのチェックを行ったのだが、これといっておかしな所は見付からなかった。
夜も更けて来たので、これ以上のチェックは明日と言う事になり、見張りを残して全員就寝する事になった。表向きは・・・。