64.
その後数日は何事も無く過ぎ去った。
あたしはその日、新しいレイピアの進行状況を聞く為に工房に立ち寄って居た。
時間が掛かるとは言われていたのだが、やはり気になって仕方が無いので進行状況を聞くだけ聞こうと立ち寄ったのだ。
まあ予想通りではあったのだが、まだまだ時間が掛かりそうだとの事だった。
その後、定時報告を受ける為に情報調査室に向かった。
当然というか、ここは国家最高機密の一つでもあるので、ポーリン達には情報調査室の事は伏せてあり、屋敷の二階のあたしの部屋で待機してもらっている。
地下の中央指令室に向かうと調査室長のトッド・ウイリアムス氏がメモの束を抱えて近寄って来た。
「おはようございます。まずは帝国の報告が入って来ております」
今日も、安定の通常運転のトッドさんだった。
「帝国内で現在も進行しておりました竜脈に沿った噴火関連のニュースですが、当初の懸念通り帝国の帝都ルルティアを破壊した後、勢力を弱めつつ、現在は更に北東方面に移動をしております。事前に帝都は放棄されておりましたので、人的被害は僅かであったそうですが、都市機能は壊滅してしまったそうです」
「そっかぁ、でも人的被害が少なくて良かったわね」
「はい、ですが人的被害が出るのはむしろこれからでしょう」
「深刻な食糧不足ね」
「その通りです。我が国からも僅かではありますが食料支援をする方針で動いております。準備が出来次第出発する予定になっております」
「珍しく動きが速いのね。政治的な判断かしら?」
「その様で。ここで恩を売っておきたいのでしょう。まあ、その辺りの政治的な判断は我々にはうかがい知れないところではありますが」
「そうよねぇ、ま、ひもじい子供が一人でも助かってくれれば、あたしはそれでいいわ」
「そうですな。帝国さんには頑張って貰いたいものです」
報告と共に室内に重苦しい空気が満ちて来た。
「そこでですね、国内から緊急案件が一件あるのですが」
なに、その怪しい笑いは。あたしにやれって言ってる?
胡散臭い物を見る目で見つめるあたしだったが、トッドさんは気にしていない様で、ずっとにこにことあたしを見ている。絶対に断らないと思っているのだろうか?
あたしは胡散臭さ満載の眼差しで睨みながら話の先を促した。
「それで?」
「はい、イルクートの手前、キャンプ・ウーフーを覚えておいででしょうか?」
「キャンプ・ウーフー?聞いた覚えがあるような・・・・・・」
「キャンプ地の直ぐ近くに湿地帯がある・・・」
「あーーーっ!!!思い出したっ!あの巨大なカエルが出た所だぁ」
「正解です。そのキャンプ・ウーフーからのSOSで御座います」
「又、カエルが出たから討伐しろって?あれって、貴重な素材が取れるんでしょ?みんなで争って狩りまくるんじゃなかった?」
「そうなんですが、今回は状況が違っておりまして、犠牲者が大勢出ましたのでイルクートから正規兵が駆逐しに向かいました」
「犠牲者が大勢って、どういう事?大勢で取り囲めばそんなに危険性は無かったんじゃないの?それに正規兵が出たんだったら、簡単に駆除出来たでしょ?」
なぜか、渋い表情をしているトッドさんに物凄い違和感を感じた。何があったの?
「それが、、、、報告によると、出撃した正規兵二十名は全滅しましたそうで・・・」
「全滅ぅ?正規兵がぁ?有り得なくない?なんでそんな事に?」
「その調査を兼ねた駆除依頼なのです。いかがなさりますか?」
ここまで聞いたら断れないじゃないか、わかってて聞いているな。こいつ、根性悪い。こいつを先に退治してやりたい。
「わかったわよ。支度したら出るわよ」
あたしは、踵を返して部屋を出た。今回は相手の情報が少なすぎる。戦力が足りるのかの判断が出来ないのよねぇ、どうしようかなぁ。
一階に戻ったあたしは、その足で自室に戻りポーリン達に相談した。
「どうする?」
質問するとみんな顔を見合わせている。そうだろうなぁ、巨大なカエルなんて好きな女の子なんていないわよねぇ。聞くだけ野暮だったか。
「うん、気持ち悪いもんね、無理しなくてもいいんだからね。聞いて見ただけだから」
すると、思ってもみなかった返事が返って来た。
「姐さん、うちらが困惑しとったのは、どないしぃひん?なんて聞くさけや。姐さんが行く所やったらどこへでも行くにきまっとるやん。ほな、行こか?」
あっけに取られているあたしを置いて、さっさと部屋から出て行ってしまったポーリン達を追って慌てて部屋を出た。
屋敷を出ると、そこには既に旅支度を終えた馬車が三台待っていた。あんにゃろ、人に聞く前に最初から行かせる気満々やんか、ほんとタヌキだ。
馬車の所には、ジョンG、タレス少尉、アウラ、竜氏が待っていた。何故か、イシワータ商会の大先生も居た。荷物持ち兼逃げる際のおとりだそうなのだが、足手纏いじゃあないのか?
まあこれだけ居れば、戦力過多になる事があっても足りない事は無いだろう。マイナス要員が居ても。
「お嬢、これ工房の爺さんがお嬢にだって。バルムンクって言う剣で、気休め位にはなるだろうから持って行けって」
アウラから受け取った剣は、装飾の無いシンプルな細身の剣だった。自前の剣が無かったのでありがたかった。
ポーリン達六名を加え、総勢十一名プラス一名はキャンプ・ウーフーに向けて出発して行った。
あたしは、途中何気に竜氏に聞いて見た。今回の事はどう考えても納得がいかなかったからだ。
「竜さん、今回のアーマーガエルの件、どう思います?あたしには納得がいかないの。なんで、あの程度のレベルの魔物に正規兵が全滅するの?よっぽど油断してなきゃ、有り得ないでしょ?」
「まずは現実を素直に受け止める事も必要なのではありませんか?」
竜氏の言葉は、とても優しい。まるで子供に言い聞かせる様に優しく丁寧に話してくれる。そして、なるべく自分の頭で考える様に導いてくれる。だから、素直に受け入れてしまうのだ。
そっかあ、理由はどうあれ全滅したって事は現実なんだから、まずはそこから導き出せる事を考えないといけないか。
「よっぽど油断しない限り全滅は有り得ないんだったら、よっぽどの油断をしたって事か。よっぽどの油断てなんだろう?魔物を目の前にして油断なんかするか?無理だろう。まさか居眠りでもした訳じゃあるまいし」
「そこの所が今回の重要ポイントなのでは?有り得ない全滅をしたのですから、こちらも有り得ない油断をしたのでしょう。居眠りというのもあながち間違いではないのかもしれませんよ」
「あのカエルって、相手を眠らせたりする能力って持っているの?」
「はて、私の知識では、そんな能力は無いはずですが、今回に関しては、その様な能力を持っている前提で慎重に行くのも有りなのでは?」
「そうねぇ、相手の情報が少なすぎるものね、慎重すぎる事は無いわね。でも、あたし、、、カエル嫌い」
その後もキャンプ地で休む度にアーマーガエルについての情報を集めながら、現地へと急いだ。
その結果、多くの情報を得る事が出来たが、恐怖と混乱の為か故意なのか情報は錯綜しており、合わせてみるととてもじゃないが、真実はいつもひとつ! とは思えない内容だった。
まとめてみると、こんな内容になった。
アーマーガエルの数は一匹~無数。色は緑、青、黒、赤、オレンジ。大きさは手の平大~見上げる程。これはどう考えたらいいのか頭が痛かった。多数決にしろとでも言うのだろうか。
ただ、奇妙にも一致している点は、被害者は皆大人しく食べられて居た、と言う所だった。
聞けば聞くほど、???????だ。
やはり自分の目で見て判断するしか無いのだろう。
不安しかない状況だったが、ここで頼もしい助っ人が現れた。
それは、シュトラウス情報調査室所属の調査員のアンジェラとジュディの双子の姉妹だった。
ふたりは情報収集の為に、全国を飛び回っていたはずなのだが・・・。
「ご無沙汰をしております、シャルロッテ様。やっと合流出来ました、間に合って良かったです」
片膝を付くと相変わらず丁寧に挨拶をしてくる二人だった。
「どうしたの?」
「はい、キャンプ・ウーフーで例の件の情報収集をしておりました。単刀直入に申し上げます、このまま何の対策もせずにキャンプ地に侵入してはなりません、必ず全滅します」
「・・・!それは、どう言う事なの?」
「ここでは、なんなので街道から一旦離れて状況を整理いたしませんか?」
二人ともとても真剣な顔をしている。これは話を聞くべきだろう。
「わかったわ。アウラーっ、街道からそれて森に入って頂戴!」
「了解でぇーす」
すぐに元気な声が返って来て、馬車は森の中へと進路を変え進んで行った。
街道から見えない位置まで進むと馬車を停めて、全員が降りて来てすぐ脇の草地に円陣を組む様に座った。
「それで?どんな状況なの?説明して頂戴な」
「はい、結論から申し上げますと、、、解析不能と申しますか、キャンプへの接近はお勧め出来ません」
「あなた達、現場で調査、、、したのよね?」
「はい、調査した上で何が起こっているのかが解明出来ないのです」
「我が国トップクラスのあなた達でも解明出来ないって事?」
「はい、トップクラスかどうかは別にして、イルクートからの兵が駆除にあたる所から、全滅する所まで一部始終を見ていました」
「それなら・・・」
「それでも。自信をもってご報告出来る根拠が見つかりません」
「どういう事なのかな?」
二人は顔をも合わせると、意を決した様にジュディが話し出した。
「イルクートからの兵士達二十一名が到着した所から話します。彼らはアーマーガエル討伐の必須アイテムである長槍を全員が装備して騎馬にて到着しました。そして馬を降り戦闘隊形で沼に向かって進みました。ここまでは全く問題はありませんでした」
ふーっと、長く息を吐くと今度はアンジェラが話しを継いだ。
「沼に向かうと、直ぐに熊よりも大きな対象が五体現れました。ここで既に異常なのです。ばらばらに現れる事はあっても、同時に五体がまるで申し合わせたかの様に現れるなど有り得ません。彼らにはチームプレーが出来る知能など無いのですから」
「それって、、、、まさか?」
「ええ、誰かに命じられて動いているか、はたまた操られているのか。推測に過ぎませんが」
「あれを操れる者なんて、、、現実を見みろ・・・か。存在するから奴らがそういう動きをしたと見ていいのね?」
「はい、そして、対象は兵士に向かって迷いなく一直線に進んで行ったのですが、兵士達は槍を構えず棒立ちになっており、やがて持っていた槍を皆が落としていました」
「有り得ない。そんな巨大なカエルを目の前にして槍を落とすなんて。まさか、びびってしまった、、、なんて事はないわよね」
「それこそ有り得ません。たかがアーマーガエルにびびる兵士など居るはずもありません」
「だよねぇ」
「もう、そうなってはなすすべも無く、一人づつ食べられていきました。逃げたり抵抗するでもなく・・・食べ終わった対象は、そのまま即座に帰って行きました。この一連の行動は実に統制の取れた見事なものでした」
「・・・・・・・・・」
聞き終わった後、誰も言葉を発する事が出来なかった。みんな、それぞれの頭の中で答えを探して居るのだろうか?
聞けば聞くほど謎が深まる、、、まるでそんな感じだった。
落ち着いて今聞いた話しを頭の中で反芻してみると、違和感だらけだった。ふと顔を上げて皆を見回すと、みんなも腑に落ちない顔をしている。
取り敢えず、一つづつ疑問を解消していくか。
「アンジェラ、アーマーガエルって、熊みたいに大きくなるものなの?」
「いいえ、過去の記録を調べてもその様な大きさの個体は報告されておりません。せいぜいがイノシシ大かと」
「そうなのね。では、なんでカエルは統一された行動をとったのかな。やはり、誰かが操ったのかな」
「そう考えるのが妥当かと・・・」
「なら、誰が?誰にそんな事が出来るの?」
「誰が?うーん、そうですねぇ、誰なのでしょう?強いて言えば、敵対勢力?もしくは犯罪組織・・・でしょうか?」
自分で聞いておきながら、その言葉にハッとしてしまった。
犯罪組織・・・カーン伯爵一党か。まさかと思いたいが、カエルを操る能力って 異能の力?そう考えると、全て納得がいく気がする。
「異能者集団・・・か」
ぼそっと漏れたあたしの声に、ポーリンが反応した。
「姐さん、異能者集団って?」
「ポーリン達も知っているでしょ?今回のクーデターから始まって、突然の噴火に至る大惨事、その黒幕なのよ。カーン伯爵が率いる異能者集団」
「ええええっ!!そんな大物でっかぁ?」
「違うよ。大物じゃあない、大バカ者よ」
「あはは、さよかwでも何でそないな奴らが?」
「それは、とっ捕まえて聞いて見ない事にはわからないわよねぇ」
「奴らが糸を引いて居る可能性が出て来たとなると、迂闊にこのまま現場に臨場するのは考え物ですねぇ」
珍しくアウラが慎重になっている。なにか感じるところがあるのだろうか?
「竜さん、どう思います?相手が有る事なので、ここで悩んで居ても結論は出ないと思うんです。まずは行ってみて対応を考えるしか無いのかと思うのですが」
暫く難しい顔をしていた竜氏が重い口を開いた。
「そうですな。ですが、相手の手の内が分からない現状での接近戦は感心出来ませんから、カエルが出ましたら、なるべく射程の長い遠距離からの攻撃に徹するべきでしょうね。異能者が現れたらなるべく距離を置いて対応するのが最善の策でしょうね。異能者の存在が早目にわかれば、それなりの対応も可能かと思われますが、想定外の状況になる事も想定しておかねばなりませんですな」
「そうですねぇ、それしかないですね。じゃあ、そういう方向で行きましょう」
思う所は多々あったが、ここでうだうだしている時間的余裕はあたし達には無かったので、再び街道へと戻り、キャンプ・ウーフーへと歩を進めた。
重々しい雰囲気の中、周りの空気が読めないのか只一人るんるん気分なのは、荷物運びとして紛れ込んでいた大先生だけだった。ある意味大物かも知れない。
遠目にキャンプ・ウーフーと、その後方に広がる森が見え始めて来ると、あたし達の間には緊張が広がって行った。速度を落としてゆっくりと近づいて行くが、あたりには一切旅人の姿が見えない事で、今置かれている状況がのっぴきならない状況である事が嫌でも思い知らされてくる。
まあ、大暴れする事になっても周りを気にしないで済むって事は、良い事だと思おう。被害は最小限で済むって事だしね。でも、その被害の一人にはなりたくは無いものだが。
キャンプから多少距離を置いた所で馬車を停めて、みんな、馬車を降りて戦いの準備を始めたのだが、こうしている間にも、どこからか得体の知れない者に見られているのではないかと思うと、なんか落ち着かないものね。
現地には、あたしとアウラ、竜氏、それとポーリン達六人を合わせて九人で行く事になり、それぞれ思い思いの装備でゆっくりと周りを警戒しながら接近を試みた。
しかし、接近しても全くなんの気配も無く、拍子抜けだった。まぁ、それだけ敵が慎重に気配を消して待ち構えている証拠なのであろう事は分かり切っているのだが、そんな状況で神経を集中し続けるのは、至難の業であるし、精神をごりごりと削られてしまい、さっさと出て来いと苛立ちが溜まって行くのが実感できた。
「姐さんっ!」
突如、メイが叫び、前方を指差した。
そこには、この距離でも大きさがわかる巨大な・・・って、なに、あれっ!?二階建ての民家に匹敵する大きさのカエルが沼からゆっくりと姿を現した。
全身から滝の様に水を滴らせながら、沼から這い上がって来た。その数は、、、まだ一頭だけだった。
「大きいわねぇ、報告よりだいぶ大きくない?」
「・・・・・・・」
みんな、唖然として声も出せない様だった。
あたしだって、、、逃げだしたい。怖いよりも・・・気持ち悪い。あんな大きなカエル、有り得ない。
竜氏だけは表情を変えて居なかったというか、無表情だった。黙ったまま、カエルを見据えている。
「一頭だけ・・・他のはどうしたのでしょう・・・」
うん、もっともな疑問だ。報告ではまだ何頭か居るはずだ。まさか、一頭づつ相手してくれるって事?
「ポーリン、あいつ、、、やれる?長距離攻撃で」
ポーリンは、はっとした顔であたしを見上げて、そして口元を引き締めて返事を返して来た。
「はいっ!やりますっ!!見ていて下さい」
そう言うと、おもむろに剣を抜き去ると正眼に構え、一旦目を閉じた。そして再度開いたその眼差しは前方をきっと睨みつけている。気合十分だ。
やがて、剣の切っ先がぼおっと光り出し、やがて輝きが安定してきたのが見て取れた。そろそろかなと思って見ていると勢いのある掛け声と共に波動がカエルに向かって伸びていった。
が! 理由はわからないのだが、カエルに当たったと思った瞬間、、、、ぬるっと表面を舐める様にこすって逸れて行ってしまった。
そう、まさにぬるっとと言う表現が正しかった。カエルは全く無傷の様でこちらを睨むとゆっくりと向かって来た。
あらら、あたしがやらなくちゃダメかな?と思っていたのだが、、、みんなしてカエルに意識を集中させたのが失敗だった。
まさか、この瞬間を狙っていたとは・・・。
なんだ?どうなっている?からだが、、、、動かない。手も足も動かない。他のみんなは?
だが、首も動かない。眼球も動かないので周りを見る事も出来ない。
これか・・・・これにやられて、みんな食べられたのか。やっと理解出来た。しかし、理解出来た時には食べられる手前じゃあ意味が無いわよねぇ。まるで他人事みたいだけど。
さて、どうしよう。まだカエルが来るまでには距離が有る。食べられるまで多少の時間はあるのはいいのだが、身動きが出来ないのには参った。
声も出せず、周囲の様子もさっぱりわからない。周りも静かだから、同じ状況なのだろう。
金縛りが発生しているのだから、危惧していた異能者が近くに居るはずなんだが・・・。
思い浮かぶ事を片っ端からやってみたんだが、かなり強力な金縛りみたいで、解除が出来なかった。
もう巨大なカエルは目の前だった。
誰から食べられるのだろうかと、ふと考えを巡らした時、左後方から悲鳴が上がった。
「ぎゃああああああああぁぁぁぁっ!!」