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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
61/187

61.

 まるで、ヒゲダルマ。顔中髭だらけなので、表情が全くと言っていい程わからない。

「ここじゃなんだから、奥に来てくれ」

 そう言うと店の奥に向かって、ずんずんと歩いて行ってしまった。

 あたし氏達は、あっけにとられたが、取り敢えずは来いと言うので、急いで後をついて行ったが、いかんせん足が短いので直ぐに追い付いてしまったw。


 通されたのは、店の奥に有るカウンターだった。

 カウンター内に入ると、直ぐに右側に通路があり、工房長は、その中を進んで行く。通路は少し行くと直角に左に曲がり、少し行くと今度は右に直角に曲がっていた。

 更に進むと十字路になっておりそこを左に曲がると、突然視界が開けた。そこは店の外観からは想像が出来ない位広い工房で、大勢の職人さんが働いていた。

 途中の通路は水平でなく、奥に行くにつれてゆるく下って居たので、この工房は地下にあるのだろう。

「ここはな、帝国との最前線に近いからな、防衛の為にこんな迷路みたいな造りになっておる。ちなみに、ここの心臓部である工房は地下に広がっている」


 工房の一角にある小部屋に入ると、工房長はくるりとこちらに向き直った。

「儂がこのギロチン工房の責任者のツヴェルグだ。お主の身元は確認した。それはいい、じゃが、このアダマンタイトの剣ちゅうのが解せん。何故こんな貴重な物が必要になるんだ?そもそもアダマンタイトの加工には高度な技術と時間が必要なのだ。例え命令であっても、おいそれとは造れる物じゃない。ましてや、剣となると高純度のアダマンタイトが必要じゃ。ここにはそんなもんはない。精製して納得いく純度の物を造るのには何年もかかる、直ぐに造れと言われても無理なもんは無理じゃ」

 工房長のツヴェツグさんはため息を吐いている。表情はうかがい知れないが、渋い顔をしているのだろう。

「ここは、アダマンタイトの産出される鉱山のお膝元でしょうに、何でアダマンタイトの鉱石が無いのかしら?おかしくない?誰かが懐にでも入れているのかしら?」

 あたしは、工房長を睨む様に言った。

 工房長はため息を吐きながら頭を横に振りながら話し出した。

「あんたは何にもわかっちゃおらん。ここは帝国との最前線じゃ。万が一ここが帝国の手に墜ちたら貴重なアダマンタイトの鉱石が全部帝国に奪われてしまう。だから、産出した鉱石は即王都に送られるから、基本ここには在庫を置かないんじゃよ」

 あたしは、ポーリンに目くばせをした。

 直ぐに、彼女の手下は背中にしょっていたバッグを降ろし、中から青白く光る鉱物の結晶を取り出した。

「高純度のアダマンタイト鉱石なら、ここにあるわ。問題はあなた達にこれを剣に加工する技術があるかどうかなんだけ・・・ど・・・」

 アダマンタイトの結晶をバッグから出すやいなや、工房長は、よろよろと、まるで酔っ払いの様にふらふらと歩み寄って来たかと思うと、彼女達の前にへたり込んだ。

 そして、出された結晶を愛おしそうに取り上げると、まるで愛娘にするかの様に頬ずりを始めた。

「おお・・・おお・・・なんという・・・なんという事だ・・・」

 声が震えているし、なんなら床にはぽたぽたと水滴が落ちて来ている。涎でないのなら涙なのであろうか。

「こんな・・・こんなに純度の高いアダマンの結晶が有るなんて・・・長い鍛冶屋人生でも 始めて・・・始めて見たぞい」

 すると、工房長はきっとあたしを見上げて来た。

「あんた、こ こんなに高純度の結晶・・・ど どこで見付けたんじゃ。こんな高純度の物があるだなんて世紀の発見じゃぞ!!」

 あたしは、少し引いてしまったが、これは好感触なのか と思い、答えた。

「貰ったのよ。ベルクヴェルク山の竜王様にね」

「り 竜王様に じゃと? あんた なに 何言っておるんじゃ?そんな話し、、、信じられるわけが・・・」

 髭で分からないけど、恐らく、今の工房長は物凄い複雑な顔をしているんだろうね。

「間違いなくここにはこの結晶が有る。それが全てよ。信じるも信じないもそちらの勝手。大事なのは加工出来るのか出来ないのかよ。無理なら他所へ行くだけ」


 すると、工房長さん、、、手に持っていた結晶を、盗られてなるものかと、両手で抱え込んで、うずくまってしまった。

「・・・さんぞ」

「えっ?」

「こんな高純度の結晶、一生に一度、見れるかどうかって貴重品じゃ。渡さん、渡さん、誰にも渡さんぞ!これは鷲のモンじゃ・・・ぐっ がっ!!」

 なにやら言いかけた工房長さんは、白目を剥いて前のめりに沈んでいった。

「工房長さんは、なにやらわめきつつ、息をひきとりましたとさ」

「これこれ、ポーリンさんや。誤解を招く様なナレーションはやめなさいね」

 困ったもんだとばかりに、あたしはポーリンをたしなめた。

「えへへへ、だってぇ、面白かったんだもん」

 工房長さんの後ろでは、鉄を打つ時の柄の長いハンマーを持った助手の方が困った様な、申し訳なさげな顔をして固まっていた。

 実際には、助手の方がハンマーで、工房長さんの後頭部を思いっ切り叩いた為、工房長さんはたまらず失神したのだった。

「あ あの、大丈夫なんですか?そんな物で思いっ切り叩いちゃって。普通、死んじゃいますよ」

 あたしは、ハンマーを持って固まったままの助手の方に恐る恐る聞いて見た。


 助手の方は、本当に申し訳なさげに頭を深く下げて謝って来た。

「本当に、本当に、申し訳ございません。彼は悪い人では無いのですが、希少鉱物に対して異常なと言いますか、歪んだ感覚、いや性癖を持っておりまして、時々暴走してしまうのです。我らドワーフ族は石頭なので、この位では死にませんので、ご安心下さい」

 工房長さんを手際よく縄で縛りながら、そう説明してくれた。

「ああ、遅れましたがわたくしこの工房で副工房長をしております、クヴァールと申します。以後お見知りおきを」

 物凄く丁寧だった。こんな丁寧な、腰の低いドワーフを見たのは始めてだった。あたしは色々な意味でビックリしてしまった。


「彼も腕は最高なのです、この国一と言っても過言ではありません。稀代の鍛冶師であるのは間違いはないのですが、いつも希少鉱物を目の前にするとこのざまでして、我々も手を焼いているのです。ですが、アダマンタイトの様な希少鉱物を自在に操れるのは、やはり彼をおいて有り得ません。今回のご依頼は我が工房が一丸となって彼を見張り道を踏み外さない様に監視をします。ご安心下さい」

 そう言うと、簀巻すまきにされた工房長を引きずると工房の隅っこに放り投げてしまった。


「さて、シャルロッテ様でしたか、今回はどの様な剣をご所望なのでしょうか?」

 大捕り物が終わったと思ったら、いきなり商談の話しになったのでビックリしたが、気を取り直して剣の話を始めた。

「えーとね、細身の剣、そうレイピアタイプのが欲しいのだけど・・・」

「ほうほう、レイピアタイプですね」

 と、言いながらクヴァール氏はあたしの腰の木刀に視線を落とした。

「その木刀は・・・?」

「ああ、これは訓練用なの。普段はこれで十分なのよ」

「そうなんですよ、姐さんは物凄いんですよ~」

 ポーリンは、自分の事の様に誇らしげにそう言って来た。


 その時だった、壁際から声が掛かった。

「へっ!木刀しか使わせて貰えない奴がアダマンタイトの剣なんて使えこなせるもんかよ。分不相応ってもんだぜ」

 声の主は今さっきまで失神して簀巻きにされて転がされていた工房長のツヴェルグさんだった。思ったよりも早く目覚めたみたいだった。と言うか、良く生きていたもんだと感心してしまった。

 ふーん、そう言う事ね、いいでしょう。その目で納得して貰うしか無いって事ね。


「でしたら、分不相応かどうか、その目で見て判断して貰いましょ。どうしたらいいですか?この工房を吹き飛ばせば満足ですか?」

 あたしは、にっこりと微笑みながら挑む様にそう切り出した。


 まさか、こんな切り返しが来るとは思わなかったのだろう、工房長は床に転がったまま、目を見開いている様だった。

「いいだろう、その大口、いつまで叩けるか見てやろうじゃないか。おいっ!縄をほどけっ!!裏の試験場に来いっ!」


 あたし達は、縄をほどいて貰ったツヴェルグ工房長の後に続いて、工房奥の階段で地上に出た。そこには、まあまあそこそこの広場があった。説明によると、そこは出来上がった武器の性能を試す場所なんだそうだ。広場の真ん中には丸太の杭が五本程立っているだけの殺風景な場所だった。あたしの技を披露するにはちょっと狭いかなあ?などと思っていると・・・

「どうだっ!十分な広さがあるじゃろう。ここなら、思いっ切りその木刀を振えるじゃろうて。ふぉっふぉっふぉっ」

 あたしゃあ知らんよ?そっちが思いっ切りやっていいって言ったんだからね。どうなっても知らないわよ、責任は取ってよね。


 あたしは、木刀を持って広場の中央に立って居る。工場長は、ずっとニヤニヤとしたままだ。どうせ、大した事出来ないだろうと高をくくっているようだった。

「それで?あたしはどうしたらいいのかな?」

 あたしは、木刀を振りながら挑発した。

「ほれっ、そこの杭にダマスカス鋼の鎧を括りつけてある、うちに有る最高級の鎧だぜ。傷を付けられるもんなら、やってみな」

 あーらら、いいのかなぁ、そんな事言って。最高級の鎧でしょお?知らないわよぉ。責任取らないからねぇ~w

 気が付くと、周りにはギャラリーが集まって来ていた。みんな、興味津々?


 それじゃあ、期待に応えないといけないかな?みんなの腰を抜かせてあげましょうかいな。

 あたしは、おもむろに木刀を抜き正眼に構え精神集中を始めた。

 なんでぇ、木刀かよぉ、とか野次が聞こえるが、そんなの無視。どうせ直ぐにあたしに対する評価は変わるんだから、それまでの辛抱よ。

 今にみてなさい。あたしは徐々に切っ先に気を込める。

 何かを感じ取った者がいたのだろう、野次の質が変わって来た。次第に驚く様な声が雑じり始めた。

 木刀の切っ先がうっすらと輝きを持ち始めると、野次は何処かへ消え去り、次第に感嘆の声へと置き換わっていった。

 まだまだ、全力には程遠いのだが、あんまり本気になると周りに及ぼす被害が甚大になるので、この辺りで勘弁してあげよう。

 ふっと口角を上げ、木刀を前方の鎧に向けて突き出すそのタイミングで気を放出した。

 この瞬間が、堪らない快感なのだ。

「はああああっ!」

 掛け声と共に放出された気は、一直線に鎧に向かって放出され、その瞬間・・・。


 まるで音の無い世界に入り込んだかの様な静寂の中、恐らくこの世界では伝説級に頑丈であるはずのダマスカス鋼の鎧が一瞬歪んだかと思ったら、次の瞬間、ぱああっと粉々に砕け散った・・・いや、見ているキャラリーの目には、一瞬で鎧が粉末になって四散した様に見えたに違いなかった。

 人々は、空中に舞い次第に消失していく、元ダマスカス鋼の鎧の成れの果てである煙を、ただ黙って口を開けたまま呆然と見送るのみだった。


 どれ位時間が経ったのだろう、人々は興奮気味にしゃべり出す子供の話し声に徐々に我に返っていった。

「ねえねえ、どうなったの?どうなったの?鎧・・・なくなったよ」


 そこには確かに木の杭に固定された、ほとんど伝説の鎧と言っていいダマスカス鋼の鎧が固定されていたのだったが、今は、杭ごと綺麗に消滅しており、更に杭を打ち付けてあった地面も無くなりぽっかりと大きな穴が穿うがたれていた。


 ギャラリーの驚愕は当然であったが、工房長達の驚愕度はそんなもんでは無かった。

 今だにみんな腰を抜かして、身じろぎも出来ずに固まってしまっていた。まるで、生命活動を辞めてしまったかの様だった。

 ただ、ポーリン達だけは、まるで自分の事の様にドヤ顔をしているのには笑ってしまった。


 あたしは、工房長達の元にゆっくりと歩いて行き、驚愕が続いているその顔と同じ目線まで腰を落とした。


「いかがです?アダマンタイトを使う資格が有りそうですか?まだ、かなり手加減してたんですけど、ご希望なら全力でもう一回やってご覧にいれましょうかね?」


 その言葉で、はっと我に返ったのか工房長達は息を吹き返したみたいで慌ててあたしの襟元にしがみついて来た。

「おいっ、辞めてくれっ!これ以上やられたら、工房がなくなっちまうっ!!」

 だって、やってみろって言ったのはそちらさんじゃあないですか?

 あたしが、何も言わずニタニタ、、、でなくニヤニヤしていると、更に恐怖を覚えたのだろうか、懇願する様にすがりついて来た。

「わかった!わかった!もうわかったから、これ以上の破壊活動は止めてくれえ!」

 破壊活動って、随分失礼な物言いじゃないの?失礼しちゃうわ。


「あたしは、破壊活動などしていませんが。やれと仰るからやったまでですが、何か?」


 工房長は、気おされたみたいに押し黙ってしまった。

 これはまずいと思った副工房長が、話しに割って入って来た。

「た 確かご所望はレイピアでしたね」

「そうよ、そう言ったわよね」

「了解しました。それでは、寸法をお測り致しますので室内までご一緒願いますか?」

「寸法を?」

「はい、身長、腕の長さ、腕力、背筋力等を測定して、使用者に合わせて長さ、重さ、重心の位置を決めるのですよ」

 なるほど、、、言われてみると納得が出来る内容だった。


 あたしは、副工房長の申し出に従って工房に戻り、採寸に応じた。

 うーん、正式に剣を造るのって結構大変な事なんだなと思った。

 採寸が終えたので、あたしに出来る事はもう無かったので、工房を辞する事にした。


 工房を出る時、後ろから声を掛けられた。

「あんた、あの技は一体なんなんだ?あの木刀に秘密があるのか?」

 そこには妙に必死な表情の工房長が居た。

「あんな技、見た事がないぞ!あんた、まさか魔族なのか?そうなのか?」

 言うに事欠いて魔族とは失礼な!どこをどう見ても人族でしょうに。

「それ以上、無礼を働くのでしたら、今度は出力全開でいきますよ!」

 いい加減むかついたので、あたしは語気を荒げてそう言ってやった。

「ああ、まてまてまて、あんた気が短か過ぎるぞ!目の前であんなもの見せられたら疑いたくもなるっちゅうもんだ、なぁクヴァール」

 気弱な副工房長まで巻き込むつもりかい、このおっさんは!

「疑いたくなんて、なりませんっ!!!」

 速攻で全否定したので、このおっさんビビったみたいだった。腰が見事に引けている。

 仕方がないので、あたしはこの二人に細かい経緯を話してやる事にした。


 全部聞き終わった二人は、茫然として立ち尽くしていた。ややあって、工房長がぼそっと呟いた。

「この穴倉に籠って居たから知らなんだが、世間はそんな事になっていたのか・・・」

「ええ、まさかあの山が噴火したとは・・・。最近灰がやたらと多く降り積もるとは思っていたのですが・・・」

「呆れた!どこまで世間の情勢に疎いのよ!!ポーリン、ドワーフってみんなこんななの??」

 あたしは、もう呆れを通り越して叫んでしまった。

「いえ、この二人は特異種なのかと・・・」

「いやああ、新作の大剣に夢中になっておってなぁ、周りに対する注意がちと疎かに  な」

「ちと?ちとですってぇ?今、ちとって言いましたかあぁぁぁ???」

 ふたりは、あたしの剣幕に二歩三歩と後ずさった。

「世の中ではねぇ、想像を絶する多くの人々が住む家を失ったり、食料を失ったり、畑を失ったり、命を失ったり、美貌を失ったり・・・」

「あ 姐さん。美貌はちょっと違うかと・・・」

 ポーリンがおずおずと突っ込みを入れて来た。

「こほん。と とにかく、あの石の巨人を倒す為には、どうしても強力な剣が必要なの!それも大至急ね。本当は実家の力は使いたくなかったんだけど、状況が状況なので今回は特別に利用します」

「侯爵家からの特命として命じます!ギロチン工房は全ての作業を凍結しなさい!そして、全力でアダマンタイトのレイピアを大至急造り上げなさい!わかりましたか?」

 呆然とする二人・・・。

「わ!か!り!ま!し!た!かああああぁっ!?」

 二人に向かって木刀を構えてそう叫んだ時、やっと我に返ったふたりは

「「わかりましたああああああぁぁぁぁぁっ!!!!」」

 そう叫ぶと、工房の奥に向かって物凄いスピードで駆け出して行った。

「姐さん、顔が怖い。本当に魔族みたいに怖いですよ」

 ポーリンは、何故か冷静だった。


 取り敢えず、レイピアの製造は厳命した。あとは完成を待つだけのあたし達には他にやる事がなかった。

 あたしはポーリン達を連れてベルクヴェルクの街に繰り出した。

 帝国との最前線の街であったここも、帝国軍が全面撤退して国内に戻ったおかげで、何年ぶりかで平和が訪れ、街の中も活況を取り戻していた。

 あたし達は、屋台を回って食べ歩きを満喫し久々にのどかな雰囲気を楽しんだ。

 あの変態野郎が現れないだけで、こんなに平和なものかとつい羽目を外してしまい、あたしの木刀を盗まれた以外は、一日平和だった。

 一体どこで無くしたのか、皆目見当がつかなかった。気が付いたら既に姿を消していたのだった。置き引きだろうか?あんな古びた木刀、なんの価値も無いだろうに。

「あんな木刀盗んでどうするつもりなんだか、理解できないわ」

 思わず呟いてしまった。

「姐さんの熱狂的なファンかも知れないですよw」

 ポーリンは、いつでも発想が面白い。今の若者はみんなこうなのだろうか?

 ・・・なんて、考える事自体おばばに近づいて来たのだろうか?

 ああ、やだやだ


 ぶらぶらと街中を買い食いしながら散策していると、いつの間にか街の東の外れにある東門要塞にまで来てしまった。

 ここは、本来は街の東門に過ぎなかった場所であったが帝国軍がアドソン湖を渡って来た際に、急遽強化して第一級の要塞として生まれ変わり帝国の侵略から街を護る防衛の最前線の拠点として多くの兵士達が命懸けで護って居た戦場の名残だった。

 今は、帝国軍が撤退した為、その任務を終え少数の兵が駐留しているだけだった。

 ただ、最前線ではあったのだが、不思議な事に帝国兵との直接戦闘は一度も無く、幾度となく攻め寄せた帝国軍は毎回何故か不幸に見舞われ、戦わずに撤退していくという不思議な場所だった。

 過去八回帝国軍は総攻撃を仕掛けてきたのだが、最後まで只の一回も陥落する事は無く無敗の要塞との異名が付いていた。

 無敗の要塞。そりゃあそうだろう、全力で押し寄せて来た帝国軍は一回も要塞には辿り着かなかったのだから、負けようが無かった。

 何故辿り着けなかったのか、その内訳は総指揮官が突撃の最中に急死したのが一回、突然の悪天候により攻撃を断念した事が一回、兵達の間に謎の流行り病が急に広まったのが三回、その内訳は高熱、嘔吐、下痢と毎回違って居た。又、欺瞞工作として用意していたダミーの命令書が最前線の指揮官に届いてしまい、違う目標に向かってしまった事が一回。後方の兵站基地が山賊に襲われて食料に火を掛けられたのが一回。指揮官達が次々に錯乱してしまったのが一回。通常の軍隊として有り得ない事ばかりだった。

 帝国兵にとっては呪われた戦場として認識され、士気が下がる事この上なかった。そんな訳で帝国兵はここ数年、亀の様に陣地に引き籠ったまま出撃はせず、最近になって嬉々として全面撤退していったのだった。

 ゆえに、いつしか幸運の門と呼ばれる様になり、この門を手を繋いでくぐったカップルは幸せな人生をおくれる様になると、いまでは観光名所になっているそうだ。

 ほんとうに幸せになれたカップルは本当に居るのか、はなはだ疑問ではあるが。

 ま、そのせいか知らないけど、周りはカップルばかりで子供には非常に目の毒だった。


 あたし達は、すっかり観光地化している東門要塞に上がって見た。

 現在は、入場料を払うと最上階まで上がって観光する事が出来たのだ。

 最上階からは、眼下に広がる巨大なアドソン湖を中心とした眺望が楽しむ事が出来た。又、南を見ると延々とつづくベルクヴェルク山脈がそびえ立っていて風光明媚な観光地を形成していた。

 だが、あたしはベルクヴェルク山を見ると、アナスタシア様の事を思い出してしまい、景色を満喫する気にはなれなかった。

 あのそびえ立つ山々のどこかで、アナ様は今も修行に明け暮れておられると思うと、心が穏やかではいられなかった。


「アナ様…、お元気なのだろうか・・・」



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