60.
食事が終わってから、あたし達は新たな仲間を加えて旅を再開した。
ポーリン達は、元気一杯に徒歩であたし達の前方を警戒しながら歩いている。
先程約束をした通り、食事の分は働くつもりなのだろう。
暫く進んで行くと、そこは見覚えのある場所だった。
「あれ?ここって・・・」
周りをキョロキョロと見回していると、馬車の御者席の隣に座って居たアウラが振り返って来た。
「お嬢、どうしました?ここは、あのトゲトゲサボテンが群生している場所ですが・・・」
「うん、あの子に実践訓練積ませてあげようかなあって」
「なるほど、確かにあいつらは、お嬢の剣で逃げ出していましたもんねぇ、あの娘の力でどの程度効果があるのか興味ありますね。ま、失敗しても大した被害も出ませんし安心ですよね」
「そうそう、じゃあやらせてみて」
「はいはーい」
アウラはおもむろに立ち上がると馬車から飛び降りて、隊列の先頭に向かって走って行った。
ポーリンの隣に行くと背中に手を回して何やらにこやかに話しかけていたが、大きく頷いたポーリンはおもむろに茂みに向かって走って行った。
そして、その後を追う様に配下の娘達も駆けて行った。
彼女には、気を放出するコツを教えてあったので、上手く使えるのか気になったので、あたしはそっと後をつける事にした。
歩くサボテンの魔物、コージィ・カクタスは意外と街道の近くまで進出してきているみたいで、すぐに見付かった。
すぐ目の前の茂みには、数体のカクタスが顔を出しているのが見えた。
さて、あたしはどう対処するのか興味深々で後方から高見の見物を決め込んでいた。
じりじりとカクタスににじり寄って行くポーリン。慎重に行ってるのはわかる。その姿勢は正しいと思う。
でも・・・サボテンにじりじりとへっぴり腰でにじり寄るその姿は、、、正直可笑しい。
どう見ても、変質者だよ。。。思っても言わないけどねぇw
まだサボテン達に動きは見えない。ポーリンは、いい間合いだと判断したのだろう、足を止めて剣を正面に構えている。
後ちょっとだねぇ、もう少し前に出るとばっちりな間合いに入るんだけど、ま、今はこんな感じでもOKかな。
しばらく剣に気を込めていると、彼女のレイピアの先端がぼうっと光り出した。どうやら彼女は精神波の使い方を自分の物に出来ている様だった。後は出力を上げていくだけだね。まだ若いんだから時間がなんとかしてくれるだろう。
気を込め始めて少しすると、サボテン達に変化が出て来た。全身に生えているトゲが見るからに震えだしたのだ。
お、ポーリンに気が付いたのかな?サボテン同士囁き合っているのかも知れないわね。
「そろそろ逃げ出すかな?」
そう呟くと、竜氏は違う意見だった。
「あれらからは恐怖の感情は感じられませんな。どちらかと言うと『いかり』の感情が見え隠れしている様に思えますが・・・」
「怒り?何故?あたしの時はみんな一瞬でいなくなったわよ?」
「シャルロッテ殿のお力は圧倒的だったので、恐怖しかなかったのでしょうが、ポーリン殿のお力は、、、中途半端な力量だったのでしょう、彼らの安息を邪魔したと言う事で怒りを買ったものと思われます」
「あらぁ、あの子大丈夫かしら」
「いざとなったら、シャルロッテ殿がここで気を込めて差し上げれば逃げ出すものと思われますので、もう暫く静観してよいかと・・・」
「そ そうね。もう少し様子を見させてもらう事にするわ」
あたしは少しドキドキしながら、竜氏やアウラと一緒に成り行きを見守っていた。
他のみんなも、どうなるものかと離れた所から恐る恐る見守っていた。
気を込めるポーリン、次第にざわざわとトゲを震わせるサボテン、周囲には異様な緊張感が漂いだしていた。
何かを感じたのだろうか、街道でも馬車を停めてこちらを見ている人が増えて来て居る。
お、ついに堪り兼ねたのかサボテン達が立ち上がりだした。一匹、二匹、五匹、十匹、どんどん増えてきている。茂みで見えなかった奴らまで姿を表して来て居る。
もう三十匹を超えただろうか、多くて数を数えられなくなって来た。まだまだ増えて来て居る。こんなに居たんだ。びっくり。
ポーリンは相変わらず剣を正面に構え、気を送り続けているのだが、目を・・・つぶっている?この状況に気が付いていないのか?
おい、大丈夫か?奴ら、じりじりと前進して来て居るぞ。
「ははは、彼らも怖いのでしょう。行動を決めかねている様子で御座いますな。どうでしょう、ここは殲滅以外にも融和と言う方向性を示しても宜しいのではないでしょうか?」
「融和?融和って、あの融和よね?モンスターと融和?本気?」
竜氏は、いつも通りにこにことしている。
「彼らにも知性はありますので、難しい事は無理でも、ただ単に仲良くしよう、、位の事は出来るのではないかと思いまして」
「ううむ、確かにただ人では無いからと言って、みんな殺戮してしまうのは違うのかも知れないわね。うん、いいわ、あたしが交渉してみる」
あたしは、そう言うとポーリンの元へ歩いて行った。
相手を刺激しない様にそっとポーリンの後ろから近づき、彼女の両肩にそっと手を置いた。
「良く頑張ったわね、上出来よ」
あたしは、優しく微笑みかけた。ポーリンは鳩が豆鉄砲を食ったようだったけどねw
そして、サボテン達に向かい合って優しく微笑んだ。
「こんにちは。お休みのところ驚かせてごめんなさいね。あたしの事覚えているかな?ん?」
あら、なんか、さっきと違ったざわつきをしている?一歩下がった気がしたのは、気のせい?
「あたし達には、あなた達に危害を加えるつもりは無いの。だからね、森の奥に引っ込んで貰えるかな?そうしたら追いかけたりしないから。どう?」
サボテン達、なんかフルフルしている。隣りどおしで会話しているのかな?さっきまでの殺気は、今はもう無かった。
すると、突然サボテン達の動きがとまった。ざわざわ動いていたトゲの動きが一斉にぴったりと停まったのだ。
「お?」
動きが止まったと思ったら、最後部にいるものから森の奥に向かって後退を始めたのだった。
それも、混乱する事なく、後ろに居る者から順番に整然と後退を始めたのだった。
「あらぁ、随分と素直なのねぁ。拍子抜けしちゃった」
「そりゃあ、あいつらだって命が欲しいでしょう」
こいつ、さらっと悪口いったな。
「どういう意味かしら?」
だが、こいつ、アウラは全くといって悪い事言った自覚が無いから困ったもんだ。
「あら?どういう意味って、ただ褒めただけですよ?他になにか?」
やれやれだ。
状況が理解出来ないでいるのは、ポーリンだった。複雑な顔をしてこちらを見ている。
「あのねぇ、見ていてあなたが異能の力を十分使いこなせているのは十分わかったのよ。だから、敢えて殲滅しないで問題解決の道を模索しなくてもいいかなあって、、ね」
「模索・・・ですか」
「そうそう、そうなのよお」
って、なんであたしが冷や汗をかかなきゃならないのよう?どうせ、あたしの優柔不断がいけないんだけどさあ。
「模索わぁ気ぃを練るぅ~、へいへいほう♪へいへいほ~♪」
「アウラ、茶化さない!」
舌をだして頭を掻いているが、悪びれた様子の無いアウラだった。
すっかり姿が見えなくなったのを確認したので、ここはもういいかなと皆に声を掛けた。
「さあ、旅を続けましょ」
振り返って歩き出したあたしは思わず声を上げて飛び上がった。
「うわあっち!!!」
足に激痛が走ったのだった。
痛む足を見ると点々と血が噴き出していた。
「なっ!!」
足元を見ると、そこにはなんと小さなコージィ・カクタスの子供が一匹居て、気が付かずに蹴っ飛ばしてしまったのだった。
あたしは痛む足を撫でながら、しゃがみ込んで話し掛けた。
「どうしたのかな?逃げ遅れたの?」
握り拳三つ重ねた位の大きさしかないので、あたしは小さくしゃがみ込んで話し掛けた。
その子は突然蹴られたので驚いたのだろうか、ただただ小さくぷるぷると震えるだけだった。
さて困った。この子は何がしたいのだろう?敵意は見られないのだけど、逃げる気配も見受けられない。
「好意・・・ですな」
「へっ?」
竜氏の意外も意外の発言に妙な声が出てしまった。
「こうい?」
「こーい?」
どういう事?
好意って言われても、あたしサボテンの友達なんて出来た事ないんだけどなぁ。
「そもそも、いったい誰に対しての好意なの?」
勿論、誰も好意を持たれる覚えは無く、みんなお互いの顔を見つめ合っていた。
「竜さん、好意ってどういう事ですか?そもそも誰に好意を?」
竜氏はサボテンの傍まで歩いて来て、優しい目でじっと見下ろしている。
いつしか小刻みな震えが止まり、今は小さな体で竜氏を見上げて・・・いるのか?わからないけど・・・
「どうやら、先だってシャルロッテ殿がここで波動の力をお見せになった時、遠目に見ていて、それ依頼憧れていた様ですな」
憧れって、魔物が人族に憧れるものなの?
「そうかぁ、お嬢は魔物の一種だったのかぁぁ」
これこれアウラさん、しっかり聞こえているよ。
あたしは改めてこのちびサボテンに向き直って、さてどうしようかと思案に暮れた。
ふと、前方に視線を移すと、逃げたはずの大きなサボテンが二体、少し離れた所からこちらを窺っているのが見えた。親なのか?
いや、そもそもサボテンに親・子の概念があるものだろうか?
いや、今はそんな事はどうでもいい、こんな所でもたもたしてはいられないんだから、さっさと終わらそう。
「えーとね、興味を持ってくれてありがとうね。悪いんだけど、あたし達は先を急いでるの。だから、あなたはみんなとこの森を守って居てくれるかな?きっと、又いつか会えるからさ。いい?」
ダメもとでそう話し掛けたんだけど、不思議な事に理解してくれたみたいで、ちびサボテン君は一回大きく震えると、茂みの奥に向かってするすると移動して行った。
そんなこんなで、あたしは彼らサボテン達に手を振って、その場を離れる事にした。
自分のした事はいったい何だったのかと、ポーリンは暫くぶつぶつ言っていたが、あたし達はその森を離れて一路ベルクヴェルクへの旅を続ける事にした。
それから数日後、何の妨害も何の事件も無く、あたし達は目的地のベルクヴェルクの街に到着した。
あたし達は真っ直ぐ、シュトラウス情報調査室に向かい、室長のトッド・ウイリアムスに帰還の挨拶をし、国内外の情勢の報告を受けたが、特に何も目新しい情報は無かったので、あたしはアウラとポーリン達を連れ国営の鍛冶工房と向かった。
国営の鍛冶工房は、その名を“ギロチン工房”と言って、表向きは名前以外は何処にも有る普通の鍛冶工房なのだが、その一番奥にあるのは国内に何か所かある王室直轄の秘密工房だった。
専属の護衛に護られた工房では、王室勅命で兵器開発が密かに行われている・・・らしい。
あたしも、最近まで全く知らなかったのだから、らしい表記になってしまうのは仕方がない事だった。
あたし達は、正面から立派な門構えの工房に入って行ったが、いかにも場違いなあたし達だったので周りから浮きまくっていた。
店内に居る客は、ほとんどが戦士然とした若い男性ばかりで、あたし達みたいな小娘は一人も居なかった。
だが、仕方がない。あたし達だって好きでこんなむさ苦しい店に来た訳では無い。
だが、勝手がわからないので、どうしたらいいか分からず店内をうろうろして居た。
すると、突然低い抑揚のない声で声を掛けられた。
「お客様、ここは鍛冶屋で御座います。女性やお子様がうろついて良い場所ではありませんよ。早々にお帰り願いますでしょうか?」
振り返ると、声を掛けてきたのは、背が高くがっちりした感じのする店の用心棒と思しき男性だった。
その表情からは感情が全く読み取れなかったが、丁度良かったわと逆にあたしは声を掛けた。ニコニコと微笑みながら。
「あなた、ここの用心棒さんね?丁度良かったわ。ここの工房長を呼んで来て貰えます?」
なんだ、こいつ。そんな顔で見られてしまった。
「失礼だが、先程も申し上げた様に、ここは子供が遊ぶ場所では無いのでな、大人しく言っている内に帰ってくれんか?」
女子供だと思って、見下されているのはありありだった。
店内に居た他の客が、何事かとこちらを見ている。
「そう、それならリンクシュタット侯爵家の者が来たと伝えて貰えます?」
「えっ!?」
その用心棒の男は有り得ない言葉を聞いた風な顔で驚いていた。
「聞こえてました?あたし、リンクシュタット侯爵家の次女よ。わかったのなら、さっさと工房長を呼んで来て頂戴」
「うわっ、はいっ!ただいまー」
侯爵家の家紋の入った薬入れを見せながらそう言うと、用心棒の男は慌てふためいて店の奥に向かって走って行った。
ポーリン達を見ると、彼女達も驚いていた。顔面は蒼白だった。そっか、あたしの詳しい身の上は話してなかったっけ。
「ごめん、ごめん、あたしの事話してなかったよね、まあ、ここではみんな仲間だから気にしないでいいのよ」
だが、そう言われたからと言って、はい、そうですか。とはいかない様だった。
あははと頭を掻いて居ると、店の奥からドタドタと人の駆けて来る足音が聞こえて来た。
駆けて来たのは、背が低くがっちりとした壮年の小太りの男とさっきの用心棒さんだった。この男が工房長なのだろうか?
あたしの前まで来ると、その男は膝に両手をついて、はあはあと大きく息を吐いている。その顔は全面がごわごわとした髭で覆われて居た。
ちょっと見、どちらが前か後ろかわからない位物凄い髭だった。
ポーリン達がこそこそと話している。
「あれ、ドワーフだよね」
「だよねー」
やがて、大きく深呼吸をしていたドワーフの工房長の呼吸が落ち着いて来たらしく、おもむろに顔を上げた。
恐らくこっちを向いているのだろうが、頭部は全面髭だか髪の毛で覆われているが、辛うじて毛の隙間から覗くぎらぎらした目でこちらが前だとわかる。
「はあはあはあ、リンクシュタット侯爵家の方と言うのは、、、、あんたかい?」
まだ、荒い息の残った顔でそう聞いて来た。
「ええ、そうよ。これはニヴルヘイム要塞の兄からの親書ね、確認してちょうだい」
マイヤー兄様からの親書を渡すと、食い入るように読んでいた。
読み終わると顔をさっと上げ、キラキラした目で見上げて来た。
「ギロチン工房へようこそ」