6.
近づく者には、人にでも魔物にでも災いが降り注ぐ疫病神と噂される聖女様と、その護衛に抜擢された15歳のじゃじゃ馬少女の織りなす物語です。
聖騎士見習い予定の少女シャルロッテが、ドラゴンをも倒す聖女様の護衛として初めての任に就く所から物語は始まります。
翌朝、シャルロッテ達は早々に朝食をとり馬車を走らせていた。今日も朝から良い天気だった。日中は暑くなりそうだった。
いつもと違うのは、馬車にアウラが乗って居る事と、太陽も凍る様な異様な緊張感に包まれている事だった。その緊張感の発生源は眉間に皺を寄せて朝から一言も口を利かないシャルロッテだった。
あまりの緊張感に堪り兼ねたアウラが恐る恐る口を開いた。
「あのさぁ、あんまり眉間に皺を寄せていると、皺が刻み込まれちゃうよ」
とたんに、鋭い目つきで睨み返されたアウラは思わず後ろに後ずさった。
「最初からおかしいと思ったのよねぇ」
「えっ?な なにが?」
「あんた、何であたし達が聖女様の元へ行くのを知っているの?なんで、組織を挙げて支援してくれるの?」
「あ う・・・それは」
「ねえ、ジェイ。陰で護衛してくれているのって、うさぎの手の事だったの?どうせ最初から知っていたんでしょ?みんなしてあたしの事だましていたんだ」
「申し訳ございません。そういう御指示でしたので致し方なかったので御座います。黙ってサポートをしろと言う事でしたので。ただ、うさぎの手側には護衛対象の正体については知らされて居なかった様で御座います」
「そ そうだよっ。お嬢があの恩人のお嬢さんだなんて聞かされていなかったから、お頭もビックリしてたんだから」
「はあぁ、なんか一人で必死になってバカみたい。で?うさぎの手は、どのくらいの規模で動いているの?」
「あたいも、詳しい事は知らされていないんだけど、最悪帝国と揉める事も考えられるので全力で行くって言ってたから、末端まで含めたら二千?」
「なんか、凄く大事になっていない?」
「大事なので御座いますよ。聖女様の動向いかんでは、我が国の存亡にも関わって参りますので。国軍を動かすと聖女様の居場所とかがばれてしまいますので、この様な方法を取らざるを得ない御父上様のご心情をお察し下さいますように」
「そりゃあ、国の事情を優先しなくてはならない立場だっていうのはわかるけどさあ」
「お嬢様、お話しの途中申し訳御座いません、後ろから繋ぎの者が参りました様なので街道から逸れて停車いたします」
馬車の後ろの幌を上げて後方を見ると馬が一頭走って来る。騎上の人を見ると左腕に黄色い布を巻いている様だった。
「ひょっとして、あの左腕に巻いた布が仲間の目印?」
「うん、そうね」
当然アウラは知っている様だった。馬車は速度を落としながら、街道を逸れて空き地に入って行った。後方の伝令?も後を付いて入って来て御者台の脇に止まった。何の報告をしてくれるのかと期待まじりに聞いていると。
「お腹が空きました」
え?何言ってるんだ?この人。開口一番がそれ?
「パンは喉が渇くぞ」
ジェイは驚くでもなく、淡々と返している。
「あれは、符丁なのよ。腕の布だけだと、ばれる場合があるからね」
なるほど・・・
「夕べのジョージとやらは、朝一番で伝書鳩を飛ばしておりました。真っ直ぐに北に飛んで行ったので帝国からの工作員で間違いないでしょう。サリチアには夕べの内に伝令を出してあります。ちなみに、ジョージ達はサリチアに向かいました。では」
それだけ言うと、今来た道を帰って行った。
「お嬢様、お聞きの通りです。わたくし共が出来ますのはここ迄で御座います。このままベルクヴェルクを目指しますが宜しいでしょうか?」
「良いも悪いも無いのでしょ?とにかく先に進みましょ」
「はい、お嬢様」
馬車は再び街道に戻り東へと歩を進めた。この街道は国内を東西に貫く大動脈なので、道行く人の数は相当なものだった。キャンプを出発した時はばらばらだった馬車は進むにつれ次第に接近して来て、しまいには集団の様相を呈する程にまで膨れ上がって来ていた。大勢でいれば安心であると言う集団心理が働いているのだと言う。
そんな馬車の群れを見ながらシャルロッテは物思いに耽っていた。
ジョージ何某は、何故あたしの所に来たのだろう?キャンプには大勢人が居たのにだ。まるで、最初からあたしをターゲットにして情報を聞き出そうとしていた様にも思えた。その証拠に、あたしの話を聞いただけで退散して行った、他の人には話を聞きに行っていない。あたしが情報を持っているのを知っている様な口ぶりだったな。
あたしの正体を知っていたのか?だとしたら、あたしの動きが筒抜けになっているって事?王都に内通者が居るの?あたしはマークされているって事?だとしたら、このまま聖女様の元に行ったら、聖女様の存在がばれてしまう?帝国は本当に度重なる敗戦を魔法使いのせいだと思って居るのかしら。
考えれば考える程頭の中がぐるぐるして来る。どうしたら正しい情報が掴めるんだろう?
「どうした?難しい顔しているじゃねえか」
ふいに声を掛けられて顔を上げると横に 恐ろしい顔があった。うさぎの手の頭ムスケルだった。
「!!!!!!!!!!」
声も出ないほど驚いたシャルロッテだったが、その時ある考えが浮かんだ。
「お頭っ、いきなり顔ださないでよねぇ、心臓にわるいわ」
「ははは、そんなやわな神経しとらんだろうが」
「そんな事より、あたしって敵方にマークされてると思う?」
周りに気を配りながらムスケルに声を掛ける。ムスケルも流石に自分の容姿には自覚があるのだろう、顔は一面布で隠している。だが、突然現れると心臓に悪いのだ。
「ふむ、有り得るだろうなあ。それがどうした?」
「このまま、変な連中連れてベルクヴェルクに入ったら色々まずいと思うのよ。で、ここらで切り離したいなあと」
「なるほど。俺達は基本護衛だから、連中がちょっかい出して来たら対処するっていうスタンスだから、周りでこそこそしてる分にはノーチェックだわな」
「でしょ?だからここらで一掃しようと思うのよ。出来る?」
「具体的にはどうしたいんだ?」
「うん、この先であまり人が通らない脇道を探して進路を変えるの。ついて来る奴は、工作員の可能性が高いから片っ端から捕獲して確かめるの。工作員だったら分かるでしょ?お頭なら」
「うーむ、確かに分からないでもないが・・・そんな雑な方法でいいのか?」
「他に何か方法ある?」
「無いな。それで工作員を捕まえたとして、どうするんだ?そいつらは。始末するか?」
「そうねえ、不要な殺生はしたくないから、近くの領主に依頼して牢に入れておいてもらおうかな」
「そうか。そうした場合、工作員が音信不通になったら、敵方には嬢ちゃんの回りで何かが起こったと知られてしまうが、いいんだな?」
「ま、しょうがないんじゃないかな。今、ここで騒いでも致し方が無い事だし、何かあったらその時その時で対策を考えましょう」
「たいした軍師さんだよ、あんたは。分かったよ、仲間に伝えて工作員捕獲の準備をさせよう。じゃあな、また連絡する」
なにげに身を翻して今来た道を戻って行くお頭を見送っていたが、でかい。今更だけど、目立つなぁ。
それから暫くは何事も無く、お昼近くになったのでシャルロッテ一行は、街道脇にある広場に馬車を入れて昼食を摂る事にした。周りを見ると、既に同じく昼食を摂る為に広場に入って来た馬車が沢山いて、思い思いに食事を楽しんでいた。ここまで旅をして来ると、休憩時や練る時などで顔なじみになったキャラバンも幾組か出来ており、シャルロッテ達が入って来るとあちこちから声が掛かったり、手を振ってくれたりと妙な連帯感を感じるひと時であった。
みんなが家族みたいにこうして声を掛けてくれているのに、疑わなくてはならない現状はシャルロッテにとっては苦々しいものだった。
「早く決着つけたいなあ」
思わずそんな思いが口から洩れていた。もちろん、ジョン・Gをはじめ一行は聞かなかった事にして優しく見守るのだった。
軽めの食事を摂ると、一行は街道に戻った。食事中、おばあさんがすぐ横で足をもつれさせて倒れて来たが、タレスが素早く支えたので怪我も無く又よろよろと歩いて行った。それ以外は何事も無く平和な時間だった。
それ以外は。
「あ こ これ」
御者席に座ったタレスが紙切れを差し出して来た。
「ん?何?これ」
「ああ、あのおばあちゃん、うさぎの繋ぎよ。そのメモは、連絡じゃない?」
何でも無いかのようにアウラは言いながら武器の手入れをしている。
「連絡?」
あたしは、慌てて紙切れを開いて見た。そこには小さな文字で❛芋半袋、百合の花、芋一袋、すごろく❜とだけ書かれていた。
「なあに、これ。これで連絡なの?」
あたしは、ビックリして叫んでアウラにメモを渡した。
「ふふふ、普通はこんなに小さい文字でメモは書かないでしょ?」
「ま、まあ確かに。でも意味わからないわよ」
「芋一袋って、重さどの位か知ってる?」
あたしは、その辺は全然知らなかったのでジェイを見た。
「お嬢様、芋は通常一袋十キロにて流通しております」
「じゃあ、半袋だから五キロ?」
「うん、百合の花は置いておくと?」
「落ちる?」
「そう、落ちる。この場合は今走っている街道から落ちるって事は?」
「あ、そうか、落ちるってのは街道から落ちるっていう意味で脇道にそれるって事ね?」
「正解。すごろくは、元に戻るって事ね」
そこまで聞いてあたしは手を打った。頭に浮かんだ裸電球の映像がみんなに見れないのは残念だったが。
「五キロ進んで、脇道にそれろって事かあ、で芋一袋だから十キロ進んだら元に戻れ と」
「良く出来ました。きっと仲間が脇道の周辺に配置されているんだと思う。追って来た奴らを片っ端から捕まえる手はずなんだろうね」
「はああああ?あんたら本当に山賊なの?まるで、スパイかなんかの秘密組織みたい」
「あはは、実はねえ。山賊の運営形態をとっているんだけど、今は国の依頼で動いているんだ。もちろん運営資金も出してもらっている」
「えっ?意味わからないんだけど」
「だからね、国が表立って動けない事案を引き受けているのよ。まぁ、裏稼業とでも言うのかな?」
「そんな話し聞いた事ないわ」
「そりゃそうでしょうよ。一般に知られたらいけないんだから。実際には色々と街中で探りを入れて、悪事を働いている奴らを見付けては山賊として襲って金を巻き上げているのよ」
「じゃあ、キャンプであたし達に絡んで来たのは?」
「聖女様の護衛が出発するっていうんで、急遽あそこで場所取りしてたって訳。陰ながら護衛せよって指令を受けていたからね。でも、どんな奴なのか実力を知りたいんで絡んで実力を見させて貰ったの。ごめんなさいね」
「呆れた」
「普段はあんな事はしてないのよ。あれは、特別」
いやはや、なんとも。父上の差し金だったのか。なんだかなあ。
「お嬢様、右にそれる小道を見付けました。これより脇道に入ります」
「ん、お願い」
身を乗り出して前方を見ると、たしかに細い道が右方向に向かって伸びていた。
小道に入ると、めったに人が入らないのか、揺れる。とにかく揺れる。揺れる度にお尻が宙に浮く。馬車の中で揉みくちゃにされている気分だ。いや、麻袋に入れられて坂道を転がされるとこんな感じなのだろうか?
「じぇ じぇい も も もっとゆっくり うおっ! あうっ! ゆっくり走って わたたた おうっ! ちょーだいいいいいい」
半分涙目になっている。アウラは慣れているのか、膝のばねを使って耐えている。タレスは・・・・お尻が御者台の椅子に貼り付いてでもいるのか平然と座っている。
無理っ!もう無理っ! って思っていたら、突然馬車が停止した。
「ん?どうしたの?まだ十キロ走っていいないでしょ?」
体中が打ち身で痛いし、まだ体が宙を舞って居る感覚がする。
「はい、お嬢様。どうやら目的の連中は確保されたみたいで御座います」
「ほ ほんとぉ~?」
思わず嬉しくなって、馬車の荷台から身を乗り出して表を見ると、後方から馬が駆けて来るのが見えた。
どうやら、うさぎの仲間らしく、アウラが手を振って迎えている。やって来たのは、まだ年端も行かない男の子だった。
「姫様」
お嬢の次は姫様かいっ。連中の間ではあたしはどの様に見られているんだろうか。
「帝国の工作員と思われる連中は確保しました。五人も居ましたっ」
実に嬉しそうに、誇らしそうに報告をしてくれる。
「姫様は、元の街道に戻って旅をお続け下さいとの事です」
おうおう、目をキラキラさせて敬礼の真似事までしてくれてるよ、こっちまで嬉しくなっちゃうじゃないの。
「ありがとう、伝令お疲れ様。お頭には了解しましたと伝えてね。帰りは気を付けて帰るのよ」
「はっ、はいっ!それではっ、失礼いたしまっす!」
キラキラのお目目を更に見開いてから深々とお辞儀をすると、喜び勇んで帰って行った。まだ小さいのに偉いわあ。
「ではお嬢様、方向転換して街道に戻ります」
そうだ、まだあのデコボコ道が残っていたんだぁ。一気に陰鬱な気持ちになった。
お尻を痣だらけにしながらあたし達は街道に戻った。ああ、街道ってなんて素晴らしいのだろうと今更ながら感動に耽っていると、ジェイが声を掛けて来た。
「お嬢様、前方にベルクヴェルクの山々が見えて参りました」
「えっ、どこどこ?」
荷台から御者台のジェイ越しに前方を見ると、霞がかかっていてはっきりではないが遥か前方に山の影が見えて来ている。
「ああ、着いたのね。長かったわぁ」
もう着いた気でいるあたしに現実を突きつけて来るジェイだった。
「いいえ、お嬢様。まだ見えて来ただけで御座います。到着には、あと二日ばかり掛かると思われます」
えーっ、ガッカリぃ。でも、目的地が見えて来ただけでも、なんか嬉しい。
翌日は朝から雨だった。馬車の中は、完全防水だったが、御者席は簡単なひさしがあるものの、ほぼ露天の為ずぶ濡れになるので全身雨具装着となる。また、濡れるせいで体が冷えるのでかなり体力を消耗してしまう。
あたしもやると言ったんだけど、全員に却下されてしまい断念した。今はうさぎのメンバーがやってきて交代で務めてくれている。
あたし達は馬車の中でじっとしているのだけど、それはそれで結構辛い。薄暗い中じっとしているのは、あたし的には苦痛だった。濡れてもいいから、外を駆けずり回りたい。
そんなあたしの願いが天に届いたのか、夕方には雨がやみ綺麗な夕焼けが見られた。雨の中走り続けてくれたお馬さんには申し訳ない気持ちで一杯だったが、後少しだから頑張ってね。今夜は馬草に加えて人参もあげよう。
おそらく今夜が最後のキャンプになるだろう。だよね。だといいな。そうあって欲しいな。誰かそう言ってぇ。
翌朝は、いい天気だった。ベルクヴェルクの山々もくっきりと目の前に見えてきている。あの山の麓で聖女様が待っててくれているのだと思うと、駆け出したい気持ちが抑えられなくなってくる。早く会いたいなぁ、会ったら何を話そう。優しい人だといいなぁ。
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ドアを開けると泣きそうな、いやすでに涙で両目が大洪水になっている少女がその小さな震える両の手を胸の前で握りしめて立っていた。
見ただけで只ならぬ雰囲気の少女を見て、その家の主人は言葉を掛けるよりも先に優しく抱きしめてあげた。
髪の毛はぼさぼさに乱れ、両手はどろだらけだったが、そんな事も気にせずその胸に優しく抱きしめてあげているこの家の主人は、そうこの国の聖女であるエレノア・ド・リンデンバームの双子の妹であり世間には熊殺しの聖女とも呼ばれているアナスタシア・ド・リンデンバーム本人であった。ここベルクヴェルクにある名前だけの修道院に修道女として赴任してきているのだった。
彼女が特異的な能力の持ち主である事は国家機密となっていた。
その能力とは、近くに寄る者の幸運度数を果てしなく下げるものだった。簡単に言うと、近くに寄ると不幸に見舞われるのだった。
たまたま不幸にも接近してしまった身の丈三メートルの凶暴なジャイアントベアーなどがいい例で、目撃者の話しでは出会った瞬間苦しみ出してそのまま悶絶したという。その話しが広がって、いつしか熊殺しの聖女様と呼ばれる事になったのだった。他にも盗賊が壊滅したとか不幸の事例は枚挙にいとまがなかったのだが、最大なものではドラゴンを倒したなんてものもある。
現在は、修道院で修道女としての修行と言う名目でこの地に赴任して来ているが、その本当の目的は、本人にも知らされていないのだが、この地にある大陸きってのアダマンタイトの鉱山の防衛にあった。アダマンタイトの鉱脈はここ数年で発見されたのだが、希少鉱物である為鉱山ごと独占したい北方のパンゲア帝国がさっそく攻撃をしかけて来た。たまたま、この地にアナスタシアが居た為に帝国軍は数百万という膨大な損害を出し撤退していった。帝国側は、この損害の理由が解らなかった為現在は遠巻きに様子を見ているのだった。
シュトラウス大公国としても、この様な有効な防衛手段を利用しない手はなく、その後もアナスタシアを修行という名目でベルクヴェルクの鉱山の近くに置いているのだった。
もっとも、シュトラウス側でもこの能力については未知数で、研究途中であった。分って居るのは、人、獣、魔物に関わらず近寄るとその影響を受ける事。こちらから近づくと影響を受けるが、向こうから接近する分には影響を受けない事。近寄る際も悪意を持って近寄ると影響が大きいが、悪意が無いと影響は小さい。影響の及ぶ範囲はドーナツ状に展開しており、接する位に近づくと影響を受けない。少数ではあるが不幸耐性を持つ者が居て、この影響を受け難い。と、この程度の事しか判明していなかった。
そんな訳で、この少女も修道院に来るまでに影響を受け何回も転んでしまい両手両膝は泥だらけになっていた。子供は影響を受けにくいのではという報告もあったが、それでもこの程度には不幸に見舞われる様だ。
少し落ち着いて来たのを見計らって、持っていたタオルで少女の手と膝を拭いてあげながら、少女が話すのを待った。
少女は、鼻水をすすりながらやっと絞り出す様に一言だけ言葉を発した。
「ごめんなさい」
「いいのよ。さあ入って。なにか暖かい物でも用意しましょうね」
すると、少女は突如我に返った様にすがりついて来た。
「そんなの飲んでいる時間なんてないの!おねーちゃんを助けて!直ぐに助けて!こんな事してる間に死んじゃうかもしれない!おねがいっ!早くっ!早くっ!」
尋常でない少女の取り乱しぶりを見れば、なにかとんでもない事が起きているのは分かるのだが、情報がなくては動き様が無かった。
「わかったわ。すぐにお姉ちゃんを助けに行きます。だから、もっと詳しく教えてくれるかしら?でないと、どこに探しに行っていいかわからないわ」
「うぐっ、うぐっ、んっ、んっ、」
スカートの裾を両手で握りしめて歯を食いしばって嗚咽をこらえている姿は、ある意味感動的ではあるが悠長に落ち着くのを待って居る状況ではないと判断したアナスタシアは優しく抱きしめながら情報を聞き出す事にした。
「アンナちゃんは、おばあ様とお姉様と三人で暮らしていらしゃるのよね?」
「うっぐ、うっぐ、そ・・う、うっぐ」
「それで、お姉様は、、、ええっとレナさんって言ったかしらね、どこに行かれたのかご存じなのですか?」
「うぐっ、うっ、イカレタ?ああ、分かった。廃坑近くにイカレタ、うぐっ」
「まあ、あの様な危険な所へ?どうしてそんな無茶な事を?」
「だって、だって、マミおばあちゃんが膝が痛くて歩けなくなったからって、うぐっ、痛み止めのねメタシン草の葉っぱを採りに・・・」
「そうなのね、確かにあの辺りは滅多に人が近寄らないから、まだメタシン草が生えているかもしれないわね。その代わりに、廃坑にけものが住み着いているそうなので感心できませんけどね。でも、おばあ様の為にというその思いは賞賛されるものであり大切にして欲しいですね」
「うっぐ」
「何時頃出掛けられたのでしょう?」
「う、えーとね、朝起きたらおばあちゃんが痛い痛いって泣いていたから、走っていっちゃった」
「走って?山までですか?」
「うん、おねーちゃん、かけっこのちゃんぴょんだからって走ってイカレタの」
「ちゃんぴょん?ああチャンピオンね。分かりました。これから支度して探しに行きましょう。でも、この服では山道は歩けないので着替えますので、少し待っていてね」
「あいっ」
着替えと言っても、普段畑仕事をする時に着るズボンとシャツしかなかったが、ワンピースよりはいいでしょう。
「爺、廃坑に行って参ります。アンナちゃんをお願いしますね」
「お嬢様、廃坑などと危険で御座います。この爺が代わりに・・ううううっ」
爺は上半身を起こそうとして、そのまま固まってしまいました。無理したらいけませんね。
「爺、無理をされたらいけないわ。大丈夫ですよ、すぐに戻って参りますから。メアリーさんもお買い物から帰って参ります」
「アンナちゃんもイカレル~!」
慌てて駆け寄って参りましたけど、連れて行ったら急いでいけませんし、二重遭難になってしまいますのでいけませんね。
「心配なのはわかりますが、アンナちゃんはここで大人しく待って居て下さいませ。約束ですよ、宜しいですね」
「あいっ、アンナちゃんちゃんぴょんじゃないからまってる」
「いいこね、では行って参ります」
修道院を出ると廃坑のある山の方を見上げた。廃坑は初期の坑道なので比較的近くにあるので歩きでも行けない事はなかった。
「急がないと日が暮れてしまいますわね。真っ暗になったら心細いでしょう、急ぎましょう」
山に続く細道をすたすたと登って行く。人が来なくなって久しい為、アダマンタイトを運び出していたメインの街道も、もはや獣道になっていた。
それほど急ではない道を三十分程登って行くと、やがて広い原っぱに出る。ここは鉱山が活況を呈していた頃は、炭鉱夫達の住居があった場所で、現在もその残骸が背丈ほどもある草の間からちらほらと見えている。建物の大半は出没する獣達によって破壊し尽されているが、まだ一部は健在だった。
「獣から逃げて隠れるとしたら、この廃墟かしら?坑道じゃないわよね」
とにかく時間が無いので、近くに獣が潜んでいる可能性はあるが、右手に握った包丁に力を込め声を掛けながら歩いて行く。
「レナちゃーん」
「レナちゃーん、どこですかあぁ」
荒地に少女の声が響き渡る。しばらく元広場で声を掛けたが反応は無かった。
「おかしいわね、まさか坑道の中に入ってしまわれたのでしょうか?」
アナスタシアは坑道の入り口の方に向かって歩き出した。時折離れた所で何かが呻く声とどさっと倒れ込む音がするが、気にも留めず歩いて行った。
「只今戻りました。あらっ?」
買い物から帰って来たら、可愛いお客が居たので思わず室内を見回したメアリーだった。
「セルヴェンテさん、アナスタシア様は?」
「おお、帰ってきたか。お嬢様は廃坑へ行かれたのだ。すまんが、直ぐに後を追ってはくれんか」
「廃坑へ?何でまた?」
「聖女様は、おねーちゃんを探しにイカレタの」
「イカレタ?まあいいわ、直ぐに後を追います」
買って来た食材をそのまま入り口に置き、メアリーは山道を走り出した。
が、その速度は尋常ではなかった。家事で鍛え上げた脚力?いやいや、そのようなレベルではなかった。その発達したふくらはぎには一切の無駄な脂肪が付いて居ない事には誰も気が付いて居なかった。
聖女様は疫病神?
始まりました。
作品を書き始めて3作目となります。
経験値不足の為、どんな内容になるのか心配ではありますが、精一杯書いて参ります。
拙い語彙力で書き上げて参りますので、暖かく見守って下さりますように。