59.
少女のレイピアから放たれた光の奔流は、真っ直ぐあたし目掛けて押し寄せてきたが、全く不安はなかった。何故か自信があったのだ、大丈夫だと。
その自信のとおり、あたしの精一杯気を込めた木刀は、少女の送って来た光の奔流を真っ向から受け止め、そのまま四散させてしまった。
その場に居た人々の反応は、一言で言うと驚愕だが、立ち位置によって驚愕の種類は様々だったようだ。
あたしサイドの反応は、恐らくあたし以外に精神波を放てる者が居た現実に対する驚愕だろう。
夜盗サイドの反応は、天下無敵だと思っていた必殺の技がいとも簡単にはじかれた現実に対する驚愕のはずだ。
竜氏サイドの反応は、、、、、、感情が見て取れないので謎だ。
アウラの反応は、、、何故かはしゃいでいる。
この夜盗の少女と相対して分かったかもしれない事があった。
それは、この精神波動を武器として使用する鍵は、剣でなく、行使する者の能力に有るのではないかと言う事だった。
あたしの中では、剣とは単に発動の為のきっかけであり、そのエネルギー変換効率を向上させる役目に過ぎない気がし始めて来ている。増幅機能に関してはあくまでも補助的なものに過ぎず、基本本人の能力が物を言うのではないのかと言う事だ。
この娘の波動の威力が小さかったのは、訓練不足ですぐに波動の保持限界が来てしまい、十分な量の気の力を体内に、もしくは剣に溜める事が出来なかったからでは無いかと、今そんな気がしている。
だったら、レイピアが無くてもこの木刀でも精神波動を放出出来るのではないかと思い至った。
そこまで考えると、もはや試さずにはいられないのがあたしだった。
試してもいいよね?と、竜氏に振り返ってみると、頷いてくれている気がした。いや、頷いている。うん、間違いない。あたしはそう判断した。
あたしは、木刀を正眼に構え、精神を統一して気の充填を始めた。
木刀が光を発し始めた。気が溜まって来るのが実感出来る。エネルギー充填百二十パーセント、発射準備OK!
さすがに直撃はまずいので、少し角度を上に上げて彼女のやや上空に狙いを定めた。
あたしの木刀が光り始めたのを見て、驚愕から立ち直り始めた夜盗達の顔に今度は恐怖が浮かび始めた。同じ技で反撃を受けるなどとは思いもよらなかったのだろう。やがて、動揺が彼女たちの中で広がっていき、逃げ出そうとし始めたその時、本家本元の精神波動砲(仮)が彼女たちの頭の少し上の空間に向かって放たれた。
ほんの一瞬の出来事ではあったのが、少女の放ったのとは全く次元の違う威力の波動が何の変哲も無い木刀から放たれて虚空に消えていった様は、驚愕の一言だったのだろう。
やっぱり、そうだ。剣はきっかけに過ぎなかったのだ。あたしは、自分の仮説を証明する事が出来、なんか嬉しくなって無意識に飛び跳ねていた。
竜氏を見ると、今度はニコニコとしている。
「お考えの通りでございましたな、お見事です。ですが、やはりちゃんとした剣が無いと、効率が悪い様で御座いますな。まあ、非常時には使えない事はありませんが、蓄えた精神エネルギーの半分以上が無駄に空間に拡散されてしまっておりました」
「あちゃぁ、そうなんだ。敵が大勢居たり、強い敵だったりした時には使えないねぇ」
うーん、やはり早急に剣をなんとかしないといけないわねぇ。
「ところで、あの者達はいかがしましょう?」
あ、いけない!嬉しくてすっかり忘れていたわ。
慌てて夜盗の少女達をみると、、、、見るも無残といっても良いだろう、全員地面に仰向けやうつ伏せに倒れ失神しており、嫁入り前の娘が絶対に他人に晒してはいけないであろう醜態をさらしてしまっていた。
そう、おしっこをちびって、、、どころでは無く、駄々洩れの大洪水になって居た。さらに、その自らの粗相の中に倒れたせいで全身がずぶ濡れになっているのだった。
あちゃーっ、これ、どうしよう。このままにはしておけないわよね。
あたしは、タレスを見た。が、彼はさっと顔を背けてしまった。まあ、しょうがないわよね。女の子の服を脱がせて体を洗うなんて、成人男性には頼めないわよね。単なる変態になってしまうもん。
次に、アウラを、、、あれ?アウラが居ない。ちっ、逃げたな。勘のいい奴。
困って居ると、竜氏が声を掛けて来た。えっ?竜氏が女の子の事をすっぽんぽんのぽんにしてくれるの?そういう趣味があったの?ヤバイ人 いや、竜だったの?
「いえいえ、シャルロッテ殿のご期待に応えられなくて申し訳ございませんな。風邪をひく前にブレスの温度を下げた熱風で一気に乾かしてしまいましょう。臭いについては、いかんともしがたいものがありますが、当座は凌げるのではないでしょうか?」
そう言うと、本来の竜の姿に戻った竜氏は、ドラゴンブレス(超極弱)で、あっという間に乾かしてしまった。
臭いは濃縮されてしまうが、ずぶ濡れのままで風邪をひくよりはいいだろう。後で川で洗って貰えばよしとしよう。グッジョブよ。
「暴れられたら面倒だから、取り敢えず手足を縛ろう。タレス、アウラ宜しく」
服を脱がすのは嫌だけど、縛るのなら許容するのだろう、アウラも物陰から現れ、二人して嬉々として縛って居る。
縛りながら、持ち物検査もしてみたのだったが、特に興味を引く物は持っていなかったので、武器だけ没収して、目が醒めるまでそのまま地面に転がしておく事にした。
あたし達は小娘達を視界の端に留めながら、昼食の用意を始めた。先ほど狩って来た野生の猪、ワイルド・ボアが居るのでジェイが急いで解体してくれた。その肉を木の枝に刺して焚火を取り囲む様に地面に並べて差し遠赤外線でじっくりと火を通した。
じっくりと、ここが大事だった。お頭が居るとこれが出来ない。彼が居ると火が通らない内に食べ始めてしまうからだ。
このボアの肉にはカバロと言う香辛料の一種が万遍なく塗り込んであるのだ。この香辛料を塗り込んでから肉を焼くと、食欲中枢と言うか直接胃そのものが刺激される感覚に陥る。食肉欲に魅了された様な何とも言えない臭いが辺りに漂うのだ。臭いを嗅ぐだけで身悶えしてしまう。
カバロには、死人ですら起き出して来たと言う逸話がある位肉との相性がばっちりなのだが、いかんせん希少性が高い為、値段もべらぼうに高く入手が困難なのが玉に瑕だったのだが、あたし達は若干ではあるが持っていたのだ。
肉に火が通り始めると、当然の様に辺りにはたまらない臭いが充満して来た。肉を見つめるみんなの目が血走って来たのは、気のせいだろうか?いや、気のせいではあろうはずがない。
かく言うあたしもさっきから腹の虫が鳴って仕方がないのだ。
恐るべし香辛料の威力だ。
さらに、今回この恐るべし香辛料の威力はそれだけに留まらなかった。夢の国の住人すらも呼び戻して来たのだった。
「う・・・、ううんん・・・、なんや、この臭いは・・・」
振り返ると、レイピアの少女の意識が戻りつつある所だった。
転がったまま、まだ目が開かないのか目を閉じたままうごめいている。
さすが、死者も生き返るカバロだ。
みんなの注目を浴びながら、徐々に意識が戻って来た様だった。
「う~ん、、、、あ、いい臭い」
そりゃそうだろう、アウラが焼き上がった肉の刺さった串を小娘の鼻の下で動かしているんだからねw
「えっ?えっ?なに・・・これ、どういう事?どうなって・・・あ 肉」
そこかあーーーいw
両手両足を縛られて、地面に転がされていても、肉の臭いには敏感に反応するんだねぇ。
「肉っ、肉っ」
全身縛られて、イモムシ状態でありながら肉に向かって這って行く意欲だけは人並み以上だった。
自分が置かれた状態がわかっていないのだろうか?手足が動かない事は気にならないのだろうか?
「肉~肉~」
視界には肉しか映っていないのだろうか?大きな口を開け肉に向かっていく、その姿はまるで得体のしれない未知の生物だった。
「おいおい、そろそろこっちにも気が付いてよ」
たまらず声を掛けたあたしにやっと気が付いた小娘は、周りに人が居る事に気が付いたのか恐る恐るこちらを向いてきた。
「・・・・!!」
やっと、気が付いたのか、あたしを見て目を大きく見開いて驚いている。
「・・・肉 女?」
「誰が肉女じゃあぁぁっ!!!」
なんて失礼な奴。子供と言えど容赦しないわよ!そこで、笑いを堪えているアウラ、あんたもねっ!
あたしがぷんぷんしている間に徐々に意識が戻って来たのだろう、しっかりと目を見開いたまま小娘がこっちを見ている。
「・・・・肉」
「へっ?」
「肉、肉の焼けた臭いやっ!はよ、肉よこさんかいっ!」
欠食児童かっ。
「そうねぇ、素直に知って居る事を全て話してくれたら分けてあげてもいいわよ」
あたしは余裕の姿勢で、あえて優しく聞いて見た。
だが、この小娘は育ちが悪いのか、性格が悪いのか、それともわざとなのか、言ってはいけない事を行って来た。
「何が聞きたいんや、おばはん」
「・・・・!!お おばはんですってええぇぇぇぇ!?」
「なんや、おばはんやなかったんか?ほな、おばばでええか?」
極めて冷静を装っていたんだけど、流石におばばはないだろう。いい加減怒るよ。
肉の串を持ったまま、やり取りを見ていたアウラがそこで動いた。
横からそっと寄って行くと、肉汁がしたたっている串をそっと差し出した。小娘の顔の下に・・・。
急に湧き上がって来た肉の豊潤な臭いに気が付いた小娘は、さっと肉に視線を移した。
「・・・・肉っ、肉っ」
こいつ、どこまで卑しいんだ?呆れてしまったが、それに対してアウラが即対応、と言うか嫌がらせをしている。
「うりうりうり・・・どうだ、どうだ」
少女は何度も肉に噛みつこうとするのだが、そのたび寸での所で肉を引くので食べる事が出来ない。うーん、嫌がらせと言うよりは、楽しんでやってる?
なんか楽しそうだけど、いつまでも遊んでいる訳にもいけない。
「あー、じゃれている所申し訳ないんだけど・・・」
「「じゃれてなーい!!!」」
あらら、息がぴったりw
「まあ、冗談は置いておいて、あたし達はあなたをどうこうしようとは思っていないの。友好的に接してくれるのなら、悪い様にはしないわ。理解出来るかな?」
「子供や思うて馬鹿にしてへんか?ちゃんと理解できとるわ!!ほんま、むかつくわあ」
ふふふ、全身を縛られて地面に転がされているのに、精一杯虚勢を張って居る所が、とっても萌えるわぁ。
「ごめん、ごめん、失礼したわね。で、どう?協力して貰えるかな?勿論、食事は保障するわよ」
それを聞くと、急に顔色を輝かせた。
「食事!!ほんまか??ほんまに食わしてくれるんかっ?わかった!メシが保障されるのなら協力するわ!何でも聞いたってや」
そこかい。
話を聞く所によると、彼女達が盗賊を働いていたのは、親が居なかったせいらしかった。
食べて行く為には仕方がない事だと言うのが、彼女の言い分だった。
小さい頃は、主に盗みや万引きで生計を立てていたらしい。
だけど、所詮盗みや万引きでは大した稼ぎにはならず、食べ盛りの子供を抱えて生活は汲汲としていたそうだ。
それが、最近ひょんな事から値打ち物の剣を手に入れ、稼ぎが大きくなっていったそうだ。勿論殺しは極力避けていたらしい。
だがある日、偶然使っている内に剣先から力が溢れ出す事に気が付いて、試行錯誤しながら現在に至るそうだった。
話を聞く限り、例の変態との繋がりは無さそうだと判断した。
しかし、偶然であんなものぽんぽんと出されたらたまらないわよねぇ。
「左様にございますな。最近の風潮なのでしょうか?」
竜氏は淡々とそう述べるが、その一言で片づけていいものだろうか。
聞けば聞くほど頭が痛くなってくるのだが、当の本人はそれどころではない様だった。
「なぁーなぁー、話したんやから、その肉くれよおおぉ!なぁー食わしてくれよぉ」
終始ぶれない小娘に、あたしは苦笑いしてしまった。
「いいよ。約束だしね、縄をほどいてあげるから、思いっ切り食べていいよ」
小娘一行の縄をほどき、焚火の周りに座らして肉の串を手渡した。
みんなよっぽど腹を空かせていたのだろう、何もしゃべらず競う様に只ひたすらに涙を流しながら肉に喰らい付いていた。
あたし達は、次々に食べ尽され投げ捨てられる串に唖然として見入ってしまっていた。あの体に良くもこれだけの肉が入るもんだと感心していると
「すごいですねぇ、何日食べて居なかったのでしょう?」
アウラが呆れた様に囁いて来た。
あたし達は彼女達が満足するのを黙って見守っていたのだが、いやあ食べる食べる。用意した肉が足りなくなってきている。
総出でさっき解体したワイルド・ボアの肉を切り分けて、串に刺して焚火にかざし始めた。いやいやいや、二十人前は肉を用意してあったんよ?なんで六人で食べて足りなくなるのよお。有り得ないでしょう。
彼女たちのお母さんじゃあないんだけど、よおく噛んで食べろよと心配になっちゃうよ。
焚火の周りには再び無数の肉の串が並び、じゅうじゅうと胃袋に直接響いて来るいい音がしてきた。
何人かは、焼き上がるまで我慢が出来ず、まだ生の肉に手を伸ばしてアウラに叱られていたのが可笑しかった。
再び香ばしい肉の焼ける臭いが当たり一面に広がっていったが、この周辺には危険な生物はいないので、安心ではあった。
少女たちはその後も次々に焼き上がる肉の串に手を伸ばし、無言で貪りついている。
なんだろう、見ていて恐ろしく感じて居たのは、あたしだけではなかったはずだ。
・・・、と思いたい。
どれだけ時間が経ったのだろうか、彼女達が満足してげっぷをしながら地面に大の字に転がったタイミングであたしは声を掛けた。
「満足した?お腹が一杯になったのなら、行ってもいいわよ。でも、もう夜盗からは足を洗う事をお勧めするわ」
地面に転がったまま、少女は顔だけこちらに向けて一言呟いた。
「ポーリン」
「それ、あなたの名前?」
「ああ、もっとも、うちらはみんな親が居ないから本当の名前なんかないんだ。勝手に名前付けて名乗ってるだけや」
「そうなのね。だから夜盗なんてやってたんだ。でも、いつまでも続けていると、間違いなく今に命を落とすわよ」
「そんなのわかってるよ。でもな、うちらは好きでやってたんやない、生きていくには仕方が無かったんや。他に選択肢が無かったんや」
むくっと起き上がると真っ直ぐこちらを見て来た。
「せや、決めた。今決めたわ」
「な なにを決めたのかしら?」
あたしは、思わず少し後ずさった。
「うちらの命、あんたに預けるわ。飯は保証してくれるんやろ?何でもやるぜ。盗みでも、殺しでも、任せときぃや」
うわあああ、そう来たかぁ。このまま放置する訳にもいかないし、どうしよう。
思わず振り返り、竜氏に助けを・・・・求めようとしたが、毎度の事ながら既に竜氏はいなかった。
・・・また、逃げたな。
仕方がないなぁ、あんなうるうるした目で見上げられたら断れないよなぁ。
「わかった、あんたらの身柄はあたしが責任を持つわ」
小娘、いや、ポーリン達はみな立ち上がって、歓声を上げながら飛び跳ねている。
「ただしっ!! 盗みも殺しも厳禁!そして、自分の命を大事にする!これを守る事が条件よ、守れる?」
思いもよらない事を言われたかの様に、一瞬きょとんとした顔をした彼女達だったけど、すぐに真面目な表情に戻るとあたしの前で膝まづいた。
「ああ、約束するで。うちらみたいな半端もんでも役に立てるんなら、あんさんの指示に従うよ。今からあんさんがうちらの雇い主や。このまま野垂れ死んでもつまらんしな、よろしゅう頼むわ」
「わかった。これから宜しくね。ああ、あたしの名前はシャルロッテ。ロッテでいいわ」
「しゃ る ろって?姐さんって、良い所のお嬢さんけ?」
「う~ん、そこそこ かなぁ。ニヴルヘイム要塞のマイヤー将軍の妹よ」
ニコニコしながら、そう答えると、ポーリン達は顔を引きつらせて後ずさってしまった。ありゃあ、まずかったかな?
「将軍の妹って、雲の上の存在やないの!貴族様やないの!うちらみたいな者が気安く話しかけるなんてありえへんわ」
みんなあたしに対して引いているのがわかる。
「あのね、これだけは覚えておいてね。あたしの元では、基本種族も性別も職業も貧富の差も認めない。みんな同じで平等なの」
「同じ?平等?」
「そう、同じ。な か ま って言う事よ。基本、例外は認めない。みんな、平等よ。平等に生きて、平等に危険にも立ち向かう。だから遠慮なく話しかけていいからね」
最初は戸惑っていて中々馴染めなかったみたいだったのだが、暫く話していると少しは落ち着いてきたのだろう、込み入った事を聞いて来た。
「あのう、ロッテの姐さん」
ポーリンの後ろに居た、アドラーと呼ばれている少女が質問をして来た。
アドラーは、緑のくりくり巻き毛のポーリンとは違い、藍色の腰まで延びた綺麗な癖の無い髪の毛を後ろで纏めていて、知的な感じがしていたのだが、後の会話でポーリンの片腕である事がわかるのだが、それは又先の話しだった。
「なにかしら?」
「姐さんの木刀から迸ったあの光は、、、姉御の必殺技と同じものと言う認識で宜しかったのでしょうか?威力は段違いでしたが」
ああ、その事ね。そりゃあ、興味津々だろうねぇ、でもあたしだって全てがわかっているわけじゃない。
「あの技はね。ハッキリ言って未だ謎に包まれているのよ、何故発動するのか?何の為にあるのか?全くわからないの。あたしだって、まだ理解出来ていないの。ただ、悪い事に使ってはいけない。そう思っているし、そうしているつもり。基本、それでいいって思ってる」
「ははっ、肝に銘じて、姉御が悪い事に使わない様に監視します」
「監視かいっ!!」
ポーリンは怒っていたが、声は嬉しそうだったのは気のせいでは無いだろう。ポーリンもアドラーもあたしのいい補佐役になってくれるといいなとその時は思っていた。