56.
えっと、理解が追い付かないのだけど、、、。
なに?どういう事なの?
「ラムズボーン要塞を貰う予定だったフントハイム男爵は、参謀総長のシュヴァインシェーデル伯爵の遠縁?でもって、マイヤー兄様の副官がフントハイムの従兄弟ですって?」
「何か企んでいると考えるのが妥当かと」
片膝を付いたまま、二人とも見上げてくる。その真剣な眼差しを見たら、思い過ごしでは?と一笑にふせない空気を醸し出している。
「王都に居ては監視の目があって何も出来ませんが、ここなら監視の目もありません、やろうと思えば何でも出来ると思うのです」
ジュディの言葉にも真剣さが滲み出ている。
「もし、ジュディだったら、ジュディが副官だったら、どう動く?」
あたしはジュディの考えが聞きたかった。
「そ そんな、私ごときの意見などおこがましいです」
ジュディは頭を下げて土下座状態になってしまった。
「いいのよ、今はお国の一大事なんだから、遠慮なく言って頂戴。これは命令よ!」
あたしは語気を強めて、そう言い放った。
「恐れながら・・・」
恐る恐る顔を上げたジュディは、アンジェラと顔を見合わせた後、ゆっくりと一言一言噛み締める様に語り出した。
「あくまでも私個人の考えとして申し上げさせて頂きます。王都から遠く離れたこの辺境の地に、一族の中でもそれなりの地位に有る者、サリチア領主だったアーリントン男爵。自称カーン伯爵のシャンブルー。新たな領主に任命されたフントハイム男爵。そしてマイヤー様の副官のフィレッチア准将。これって偶然なのでしょうか?更に参謀総長のシュヴァインシェーデル閣下も強引に後押しをされております。この地に一族の拠点を作ろうとしていると思えてなりません」
「なるほど・・・。言われて見ると胡散臭く思えて来るわね」
「サリチア要塞が崩壊してしまった事は連中にとっては想定外だったと思われますので、サリチアを再建するまで代わりにここニヴルヘイム要塞に拠点を移して態勢を立て直そうとする事が考えられます」
「確かに・・・」
アンジェラもジュディの説明に補足をしてくれた。
「連中がどこまで考えているのかは不明ですが、もしここで独立宣言をして立て籠もるのであれば、王都からの追討軍に対する備えが心配になります。そこで、マイヤー将軍です」
「まさか、、、人質?」
「はい、現在所在が掴めない所をみると、既に奴らの手に落ちたと見るのが妥当かと思われます」
「うーん」
「ここは、慎重に行動をしませんと、マイヤー様の身に危険が及びます」
「そうです、調査の者を呼び寄せて、慎重に要塞内を調査致しましょう」
しばらく考えた後、あたしは決定事項を発表した。
「うん、ふたりの考えは分かったわ。恐らく、それほど間違ってはいないと思うわ」
ふたりは顔を見合わせて、喜んでいる。
でも、まだあたしの性格をわかっていない。それに、お頭達が大人しく捕虜になっている意味もわかっていないようだ。
お頭だよ?あの歩く人外魔境と言われているお頭だよ?おまけに、魔物も逃げる鬼のメアリーさんも居るんだよ?
その気があれば、捕虜になる前に、要塞を壊滅させてるわよ。
深刻な顔をしていないあたしの顔をみて、ふたりは不思議そうな顔をしている。
「大丈夫よ、みんな大丈夫。たぶん、お頭達はわざと捕まって、あたし達の接触を待っているわ。それでね、どうだろう、要塞の中に入ってお頭達に接触出来るかな?」
ふたりは、えっ?と言って顔を見合わせた。
「そ それは、可能ですが・・・」
「じゃあ、お願い。危ないと思ったら引き返して来てね。次の手を考えるから」
でわっ と、ふたりは駆け出して行った。
さて、どうしたもんかな?
「いかがしますか?なんでしたら、私が正面から乗り込んで皆様を取り返して参りますが」
「大丈夫よ。逃げ出す気があれば勝手に逃げてくるから」
そして、周囲の警戒を竜氏にお願いして、一休みする事にした。
そして、どれくらい幕舎で寝ただろうか?不意に竜氏に声を掛けられた。
かなり疲労困憊していたので、横になったとたん意識を手放していたみたいだった。
物凄く爆睡した感があって、頭がすっきりしていた。
あたしは目を擦りながら、伸びをした。
そして、気が付くと目の前には知った顔が並んでいた。
それは、サリチアの郊外に退避させていた仲間達だった。
みんなは心配そうに遠巻きに見ている。
「姐御、みんなを取り戻しに行くのなら、あっしら付いて行きますぜ」
「姐さん、命令して下さいっ!」
「姐さんっ!」
みんなは、思い思いの言葉をぶつけてくる。有難かった。
「みんな、ありがとうね。でも動くのはまだ先だから、しばらくはここで待っていようね」
「「「はーい」」」
学校かよ。
事態が動いたのは夜半過ぎだった。
「「シャルロッテ様、只今戻りました」」
お頭達に接触を図って貰っていた双子の調査員が戻って来たのだった。
「お疲れ様。どうだった?」
「はい、やはりマイヤー将軍は囚われておりました」
「それから、ムスケル様達も囚われになっておりました。ですが、いい休養だと仰っていました」
「あはは、お頭らしいわね」
すると、アンジェラは懐から一通の手紙を出して来た。
「メアリー殿から預かって参りました」
「ほいほーい」
あたしは手紙に目を通した。恐らく、脱出の手はずについて書いてあるのだろうと思った。普通はそうだろう。
だが、彼らは普通ではなかったのだった。冷静に考えれば彼らには普通の要素なんて、これっぽっちも無いよな。うん。
そこには、手紙を読み終えて、項垂れているあたしと、そんなあたしを訝しげに見つめるみんなが居た。
「あ あの、そこには何と?」
項垂れたまま固まっているあたしを心配してか、恐る恐るジュディが聞いて来た。
「あ゛?」
思わず変な声を出してしまったよ。
「ああ、あのね、又お頭の病気が発症したみたいなのよぉ」
「び 病気、、、ですか?」
二人とも、なんとも複雑な顔をしている。
「ええ、とっても、とってもわる~い病気。死んでも治らないびょ~き」
「はぁ・・・」
あたしは丁寧に手紙の内容を説明した。
「驚かないで聞いて頂戴ね。お頭が言うには、せっかく敵の懐に入ったんだから、このまま出て来ては勿体ないそうよ」
「勿体ないって・・・何をしようと?」
「あのね、副官及びその取り巻き連中を一網打尽にしたいんだって」
「!!!」
「本気・・・なのですか?」
「残念ながらねぇ、あれでお頭はいつも本気なのよ」
あたしは毎度の事なので、またかと言う感じで済むのだが、アンジェラ達にとっては驚愕の事だったらしい。口をあんぐりと開けたままだ。
「それでも、あまりにも発想が突拍子も無いと思うのですが・・・」
「だよねぇ、あたしもそう思うよ。でも、言った事はやり遂げちゃうから、困るのよぉ」
「具体的にどうやるのです?」
そこんとこ、一番大事な所だし、気になるわよねぇ。
「具体的な作戦は・・・」
「具体的な作戦は・・・?」
「取り囲んで 縛り上げて 連れ出す だそうだ」
二人とも、思いっ切り 前のめりにずっこけた。
わかる、わかるよ、みなまで言わなくても、言いたい事はよーくわかるよ。だから、そんな目で見ないでおくれでないかい。
「そ それで 決行はいつなのでしょうか?我々はどう支援すれば宜しいのでしょうか?」
「うーん、それがね、今夜としか書いてないんだわ。で、連れ出すから、受け入れてくれだそうよ」
「先程お会いした時には、そんな事 一言も・・・」
「ええ、みなさん石牢の中でくつろいでおりましたが、何も脱出については仰っておりませんでした。そういえば、みなさん、お酒を吞みながら肉をほおばっておられましたが、ここは随分と待遇が良いのですね」
ああ、食糧庫を襲ってかっぱらって来たんだな。兵達の練度がその程度のものなら、楽々抜け出してこられるか。
注意すべきは、泥人形だけね。
この場所は、今や敵地となったニヴルヘイム要塞のお膝元なので、夜間に火を使う事が出来ない為、全員が月明りの僅かな明かりの中で待機していた。
火を点けたのは、お頭からの手紙を読む時だけだった。それも要塞から見えない様に、岩陰で周りを念入りに幕で囲って小さな火を短時間点けただけだった。
現在、竜氏は岩を背に静かに目を閉じている。どうやら今の所、危険は迫っていない様なので、お頭達が逃げ出して来るまで大人しく待つ事にした。
もちろん、山腹のあちらこちらに警戒要員は多数配置してあるので、動きがあれば即時対応が出来る態勢は整えている。
今後の行動をどうしようかと色々と思考を巡らしている内に、いつの間にか又寝入ってしまっていたらしい。
不意に肩を叩かれて目が醒めた。よだれを袖で拭いながら立ち上がると、竜氏が山の方を指差して居る。
「来たっ?」
暗いので、肉眼では全く見る事が出来ないのだけど、竜氏の探知能力は抜群で、いつも助けられている。本当に、感謝、感謝だ。
「要塞を出られて、山の斜面を降りて来られております」
しばらくすると、山の斜面で要塞の監視をしていた警戒要員の一人が山を駆け降りてきた。
「ムスケル殿以下の囚われになっていた方々が要塞を抜け出して降りて来られます」
「そう、良かったわ。それで、要塞からの追撃は?」
「今の所、要塞内は静かでして、追撃の気配は御座いません」
「わかったわ、ありがとう」
「オグマさん、要塞からの追撃に備えて兵を配置して貰えます?捕虜の回収の準備もお願いします」
オグマさんは普通の人間なので、男爵公邸襲撃の時は、参加しないで待機して貰っていた。
だって、あんな滅茶苦茶なビックリ人間見本市みたいな連中とは一緒に戦えないもんねぇ。
でも、人を使う事には長けているので、ここはみんなの指揮をお願いしたんだ。適材適所ね。
指示を全て出し終えたあたしは、今兄様達が降りているであろうニヴルヘイムの山の山腹を真剣な眼差しで見つめていた。
マイヤー兄様は無事だったのだろうか?兄様にお会いするのはいつ以来なのだろう、随分お会いしていない気がする。
早くお会いしたい半面、なんかドキドキしてしまうのはナゼだろうか。いつも叱られていたからだろうか。
ああ、時間の経つのがもどかしい。
やがて、場がざわつき始めた。
真っ暗で良くわからないのだけど、ざわついているのは山側だった。
いよいよ帰って来たのかな?
あたしは、立ち上がってざわついている方に歩いて行った。
他のみんなも立ち上がって山の方を見ている。
しばらくみんなと見ていると、やがて木の間から人影が次々と現れて来た。
先頭はメアリーさんで、その後ろからは見知った顔が次々と現れた。
「いよぉ~、出迎えご苦労っ」
お頭はにこにことご満悦で現れた。まるで、散歩から帰って来たかの様な雰囲気だった。
そして、俯いた一団が現れ、その先頭を歩いて来た人を見たとたん、あたしは嬉しくなり、気が付くと駆け出していた。
「マイヤー兄さまああああぁっ!!!」
あたしは、叫びながら駆け寄り、思いっ切りジャンプ!そして、そのまま飛びついていた。
「うわあああぁっ!!」
突然暗闇で叫びながら飛びつかれたものだから、軍人であるマイヤーでもたまったものではなかったが、そこは普段から肉体の鍛錬を怠っていなかったマイヤーだった。なんとか受け止める事が出来、転がらないで済んだのだった。
「おいっ、ロッテ、みんなが見ている前で何をやってるんだ!!」
口調こそ厳しかったが、それは半分、いや、半分以上照れ隠しだったのだが、本人は気付いていない。
「だってぇ、だってぇ、だってぇ~」
あたしは、緊張の糸が切れたのか不覚にも抱きついたまま号泣してしまっていた。
そんなふたりを、みんなは優しい眼差しで見守って居た。一人を除いては。
お頭は、これ以上ないニヤニヤ顔で声を掛けて来た。
「えー、おふたりさん。せっかくのラブシーンの最中無粋で申し訳ないんだが、そろそろ場所を移動してもらえんですかねぇ、後ろの者がつかえてますし、一人もんには目の毒でさぁ」
そう言われて、あたしはハッと我に返った。確かにこの状況は人様に見せられるものではなかった。
弾かれる様に、と言うか恥かれる様に、兄様から離れ周りを見回すとみんなが注目している。今になって恥ずかしさが湧き上がって来て、あたしは顔が火照ってくるのを感じた。
兄様も照れているのか、そっぽを向いている。
嬉しかったとは言え、今更ながら、物凄く恥ずかしかった。
「いやああああぁぁぁっ!!!」
あたしは、顔を両手で覆い、その場でしゃがみこんでしまった。
「へえぇ、お嬢でも女の子みたいな反応するんだなあぁぁ」
お頭のいやらしい下卑たニヤニヤ顔が脳裏に浮かんで、もう悶え死にそうだった。
「お嬢、良かったね。心配だったお兄様に再会出来て」
アウラのこんな普通の言葉も、こんな状況ではとても嬉しかった。
それから暫くみんなにからかわれたのだが、気を取り直してその場から移動する事にして、今は少し山から離れた森の中に仮設の司令部を設置して、そこで守りを固めつつある。
空は白みかかって居て、もう直ぐ日の出だった。
司令部の幕舎の中にはいつものメンバーとマイヤー兄様が居た。
お茶を飲みながら、兄様が口を開いた。
「今回は色々と迷惑を掛けたな。ムスケル殿から話は聞いた。連戦連勝の大活躍だったそうじゃないか。大したものだ。暫く見ない間に立派になったな」
いきなり面と向かってそんなに褒められたら、さすがに恥ずかしかった。だって、マイヤー兄様に褒められるのって初めてだから、面食らっちゃうよ。
そして、あたしの上半身を一瞥して問題発言をして来た。
「全然変わらんところもあるがな・・・」
兄様、それはセクハラですよ!それを仰るのなら、あたしも兄様のお腹の事、言いますよ。
ぼろっと言いそうだったので、あたしは話を変える事にした。
「ニヴルヘイム要塞の方はどうなっているのですか?みんな敵なのですか?」
「いや、それがそうでもないんだよ。副官のフィレッチア准将に組していたのは、僅か百名程度で他は私の指揮下にあるのできちんと掌握出来て居るから安心しろ」
「ああ、良かった。又戦になるのかと心配しちゃいました。でも、要塞内を把握出来ていたのなら何故捕虜になっておられたのですか?」
「あ、いやあ、それはだなぁ、おお、そうだ、石牢の居住性を確認していたのだよ。うんうん」
呆れた言い訳だこと・・・。
あたしは、目一杯可哀想な物を見る眼差しで見返してやった。
「ま、まあ、冗談はさて置きだな・・・」
しどろもどろだ、、、面白い。あの優秀な兄様がこんなになるなんて、、、、うける」
「サリチアの現状はムスケル殿から聞いた。なので、現時点での最大の懸念は、ニヴルヘイム要塞の奪還だ。だが副官のフィレッチア准将は捕虜にしてあるし、その配下は百名。我が配下は一万九千名。あいつらもバカではないだろうから、じき降伏して来るだろう。要塞の制圧が終われば総司令からの命令は完了だ。後はサリチアの復興に注力すれば今回の遠征の目的は達せられる」
兄様は満足げなお顔をされている。
「それで、お前はこの後どうするのだ?」
そう言えば、本来の目的から大きく道が逸れている事に、今更ながら気が付いた。
「あたしの受けた命令は、、、アナスタシア様の、、、、護衛でした」
「そうか、それで、当のアナスタシア様はどちらにおわすのだ?」
一番して欲しく無く、一番答え難い質問だった。
「えーっと、、、ですね。アナ様は、、、今、行方不明、、、なの」
と、ぽつりぽつりと話した。
驚いたのは兄様だった。
「ゆ、ゆ、ゆくえ、、、ふめいだってぇ?何やってるんだ、大変じゃないかぁっ!大急ぎでお探ししないと駄目じゃあないかっ!」
ああ、やっぱりそうなるかぁ、そうなるよねぇ。
「ええとですね、実は行方不明なんですが、居所はわかっているんですよ」
「へっ?わかっている?わかっているなら、なぜ・・・」
どうやらこれは言わなければ、駄目、、、な展開だよね。
「アナスタシア様は、現在竜王様の元で修行しておられます。恐らくベルクヴェルク山のどこかではないかと」
「うむむむむ・・・」
マイヤー兄様は腕を組んだまま、唸りながら考え込んでいる。
相手は天下の竜王様だ、意見を言える訳も無かっただろう。しかし、だからと言ってアナスタシア様をこのままにしておくのもはばかられる。
どうしたもんだか悩んだあげく、結局いくら考えても、どうしたらいいのか結論は出なかったマイヤー兄様は首を横に振った。
結論が出ないので、それ以上考えるのを断念した様だった。
「良くわからないが、わかった。全てが納得出来た訳ではないのだが、納得した。私はニヴルヘイム要塞の平定とサリチアの復興に全力を傾ける。アナスタシア様関連はお前に任せた方が上手くいくだろうから任せたぞ」
「はい、全力を尽くします。」
「ところで、副官だったフィレッチア准将は捕虜にしてあるが、その配下の百名の兵達はどうなっているのだ?」
「気になりますか?」
静かにメアリーさんが答えた。
「ああ、連中には今回のあらましを聞きださねばならんからな。もう尋問はしておるのかな」
「あの手の者は、むりやり聞き出そうとしても、なかなか吐かなかったり、嘘の情報を伝えて来たりして、鬱陶しいので一切聞き取り調査はしておりません。現在はこの森の裏手にあるちょっとした窪地に待機して貰っております。その内真実を話したくなるでしょうから、それまでは放置プレイです」
「大丈夫なのか?逃げ出したりはしないのか?それに、窪地と言うのは?」
実に不思議そうな顔をしているマイヤー兄様だった。
「閣下、この様な宿営地を設営するにあたって一番大事な施設は何だと思われますでしょうか?」
メアリーさんの表情は心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「そうだな、寝る所か?」
「それでしたら、どこでも転がれば済む事ですわ。わざわざ設営せねばならない、もっと大事な施設で御座います」
マイヤー兄様は生真面目な性格なので、腕を組んで真剣に考え始めた。
「大事な・・・・あ、ひょっとして憚か?」
シュトラウス大公国では、王室や、高貴な身分の間では、トイレの事を憚と呼び習わしていた。
「正解で御座います。憚は小高い所に設置しまして、排泄された物は川に流すか、、、、低地もしくは窪地にに溜まる様にするものなのです」
「なるほどなぁ、そのあたりの事は配下に任せきりにしているので、思いが至らなかっ・・・・!? えっ?えっ?」
兄様、目玉が飛び出しそうになってる。あたしはもう吹き出しそうで、我慢が限界ですぅ。ぷぷぷぷぷっ
「お おい まさか・・・」
兄様ったら、突然立ち上がったと思ったら、口をあんぐりあけたまま、なんとも言い様のない表情のまま固まって居る。
あたしは、我慢の限界を突破してしまい、テーブルをバンバン叩きながら腹を抱えて噴き出してしまった。
周りのみんなは、流石に笑えないらしく、テーブルの下で両手を握りしめたり、太腿をつねったりして、我慢をしている様だった。
何故、笑われているのか分からない兄様はしばらく固まっていたが、やがて気を取り直して話し始めた。
「そういう事だったのか・・・。それは・・・何と言うか、連中からしたらとんだ災難と言うか・・・」
「はい、掘り起こす我々も大変なので、はやいとこ口を割ってくれますと助かるのですが、一面汚物で覆われてからですと配下にも掘り起こせとは言いずらいので、そのまま汚物に埋もれたまま残りの人生を全うして貰う事になります」
「お 汚物にまみれたまま、窒息死と言うのは、何と言うか壮絶ではあるな」
「はい、ですので少しでも早く自白してくれる事を祈るだけで御座います。ちなみに、窪地に顔だけ出したまま埋められているのは、准将と側近の五名だけで、他の兵達は取り囲む様に窪地の周りに杭を打って次はお前達の番だぞと脅してから縛り付けてあります。話す気になったら声を掛けろと言ってあるのでじきに口を割るでしょう」
「なんとも凄まじい尋問があるものなんだな」
「恐れ入ります。自白した者は話裏を合わせない様に、隔離しておいて、正直に言った者は身分格下げの上開放。嘘を吐いて居たいた者は処刑。嘘は許さない姿勢が大事になりますれば」
「うむ、わかった。尋問の方は全てお任せする。思いっ切りやってくれ」
「御意」
そのタイミングで幕舎入り口に居た従兵が静かに低い姿勢で後ろからやって来て紙切れを差し出して来た。
その紙切れをチラッと見たあたしは、兄様に声を掛けた。
「マイヤー兄・・・でなくって将軍閣下、お話しの途中ですが宜しいでしょうか?」
その場の全員の視線があたしに集まる。
「どうした、ロッテ?言って見なさい」
「はい、将軍閣下はフントハイム男爵をご存じでしょうか?」
「フントハイム男爵? ああ、親の七光り男爵か、名前だけは知っているぞ?そいつがどうかしたか?そいつも汚物の中に埋めたいとか?」
その瞬間、堪り兼ねて噴き出す者が続出した。かく言うあたしも噴き出してしまった。
よだれを拭いながら、慌てて否定した。
「いえ、そうでは無くて、かの者から特使が参って居るとの事です」
「男爵が私にか?私には何の用も無いのだが?」
兄様は不思議そうな顔をしている。
「けっ、どうせラムズボーン要塞が吹っ飛んでしまって貰っても旨味が無くなったんで、代わりにサリチアを寄越せとでも言って来たんでしょうよ」
お頭が吐き捨てる様に言った。
お頭の気持ちもわかる。ラムズボーン要塞の復興もせず、今までどこかに潜んで居て、サリチアが落ち着いたと見るや寄越せと行って来る。あの一族は政治をなんだと思っているのだ。
「ロッテ、お前はどう思う?」
「そうですねぇ、面白いのではないでしょうか?サリチアの復興にはまだまだ時間もお金も掛かります。折角ですから、奴に壊された城壁と街の復興をやらせて、落ち着いたら何だかんだと落ち度を責め立てて追い出せば宜しいのではないでしょうか?」
あたしは、ニコニコとそう言い放ったのだが、兄様は半分呆れた様に、半分可笑しそうに言った。
「お前、しばらく見ない間に悪くなったなぁ」
「はい、沢山教育して頂きましたので、ある程度は政治の闇にも慣れて参りましたし、口の悪さも教わりました」
あたしは、上目使いでお頭の方を見ながら言った。あくまでもお頭の 方 であってお頭を ではない。
「なんでぇ、俺のせいかよ。あんまり褒めないでくれよ」
褒めてないから・・・。
「わかった。ロッテ、フントハイム男爵の特使に会ってくれんか?奴がサリチアを望むのなら、サリチア復興を条件にサリチアを任せると伝えてくれ」
ニコニコとそう言って来た兄様は、実に楽しそうだった。
逃げたな・・・。
あたしは、その後フントハイム男爵の特使とやらを出迎えた。
特使はとても尊大な態度をとって来た。
上から目線で次々と要求を突き付けて来たのだった。
さらに、あたし達の事をけなす事も忘れなかった。
結局、特使の要求は我々の想定範囲だったので、全て飲んでやったのだが、自分の要求が全て通ったせいか、特使は上機嫌だった。
帰って行く特使を見送りながら、あたしはほくそ笑んでいた。なんてちょろい奴だ。
これでサリチアの方はひとまずは安心だろう。
ニヴルヘイム要塞も、今なら兄様に任せて行けば大丈夫だろう。
アナ様の消息は相変わらず不明のままだが、まあ竜王様が一緒なので心配は無いだろう。
残る不安は、あの泥人形のその後だ。
今の所、どこかで暴れているという話は、入って来ていない。
倒した感触はなかったので、どこかに潜伏しているであろう事は確かだろう。それとも自然消滅してしまったのだろうか?
だが、確かめる術は無いのでどうしようもなかった。
思い切って、レイピアを抜いてやろうかとも思わないでも無かったが、思い留まった。抜いたが最後、その場が修羅場になるからだ。
現在あたしのレイピアは、ニヴルヘイム要塞の中にあるあたしの部屋にしまったままである。
このまま封印・・・って事になれば最高なんだけど、、、無理なんだろうなぁ。
今度の件が片付いたら、マイヤー兄様にお願いして封印してもらおうかな?それとも、竜王様に預かってもらおうか?
あ、忘れてたけど、あのレイピアをくれたあの変態男、その後の動きが無い事が気になる。死んだとも思えない、今どこで何を画策しているのだろう?
もう二度と出て来ないでくれるのなら、それがベストなんだけどな。行動の目的がわからないから不気味だ。
泥人形事件から一週間、突然の平和な毎日に戸惑いつつもあたしは体力の回復に専念していた。
あたし達はニヴルヘイム要塞の一角に居を構え、しばしの休息を満喫していた。
ただ、アンジェラとジュディの双子の姉妹は、情報収集の為、飛び出して行って今はここには居ない。
ニヴルヘイム要塞の城壁に立つと、小さな平野を挟んで小高い丘が見える。それほど高さはないのだが、その頂上には結構広いスペースが有りそこには現在は半壊状態ではあるが、城壁に囲まれた城塞都市を見る事が出来る。城塞都市サリチアだ。我が大公国北部最大の都市だった。
今は、そこには管理者としてフントハイム男爵が収まっており街の復興に注力しているところだ。
「大きな街だからなぁ、結構時間が掛かりそうだなぁ」
なにげに、呟くと、後ろから呟きに対して返事が返って来た。
「王都も復興には多大な費用と人手が必要なのだ。こんな辺境に回す余裕など無いのが現状だ」
それはマイヤー兄様だった。
「お前達のお陰で、早い収束を見る事が出来た。後は戦いの後始末なのだが、王都には余裕がないのだから、こちらでやるしかないのだ。幸いに、良いカモがネギしょってやって来てくれたからな、せいぜい頑張ってもらうさ」
「兄様も、結構悪だったんですね」
笑いながらそう突っ込むと、それが政治なんだよとはにかみながら返して来た。
「それで、復興がなったらいかがなさるおつもりで?」
サリチアを見つめながらそう質問をすると、さも当たり前であるかの様に返事を返して来た。
「苦労して復興をするのだ、完成の暁には労ってやらねばなるまい。ニヴルヘイムに呼んで祝賀パーティでも開いてやるさ。盛大な首切りパーティをな」
今の兄様、とっても悪い顔をしていますよ。
「クーデターを働いた一族なんだ、当然の報いだろうよ」
まあそうなんですけどね。
「そうだ、副官のフィレッチア准将な。やっと奴の吐いた内容の裏が取れたぞ」
「えっ、それで?何かわかりましたか?」
それまでは、饒舌だった兄様が急に渋い顔になった。こりゃあ、いい情報じゃなかったんだな。
「それがなぁ、奴ですら下っ端だったって事なんだ」
「何も知らないと?」
「ああ、領地を貰えると言われて来ただけだそうだ」
「何も考えずにやって来て、何も考えないで引っ掻き回していたのか・・・迷惑な奴だね」
「本当だな・・・みんなが引っ掻き回されてしまったよ。もっと早く危険な芽は摘まなきゃいけなかった。政府の責任だ、私も責任を感じているよ」
「それで?准将殿はどうなりました?もしかして?」
「さあ、何の事かな?私は忙しいから、細かい事は部下に任せてあるのでねぇ。詳しい事は・・・わからないなぁ」
やれやれ、、、只の役立たずだったか。
ああ、只の役立たずでなくて、汚物まみれの役立たずだったって事なのね。
あたしは、やれやれと肩をすくめたのだった。