55.
反射的に振り返ると、そこに居るのは、、、きょとんとこちらを見つめるアウラだった。
「・・・!あ あなた 無事だったのね!?」
気が付くと、あたしは顔中を涙でぐちゃぐちゃにしながらアウラを抱きしめていた。
アウラは、事態が呑み込めず、なされるがままになっていた。
「よかったぁ、あたしをかばって死んじゃったかと思ったよぉ」
「大丈夫ですよぉ、あたしは元気ですよ」
ほっとしたせいか、あたしは涙がとまらなかった。
「あー、感動のご対面の所申し訳ないんだが・・・」
頭をぼりぼりと掻きながらお頭が声を掛けて来た。
「出来ましたら、早急にこの地から撤退したいのですが、宜しいでしょうか?」
お頭が、柄にもなく丁寧な口調で話し掛けて来た。天変地異でも起きるのかしら?
「ムスケル?何か悪い物でも食べた?気味が悪いわよ、そんな丁寧な言葉、あんたには似つかわしくないわよ」
珍しくメアリーさんが突っ込みを入れた。やはり違和感を感じていたのはあたしだけではなかったんだ(笑)
「なんでぃ、なんでぃ、みんなして俺をなんだと思ってやがんだっ!」
お頭は、みんなに笑われて拗ねてしまっている。
みんなに笑われて、お頭は気の毒だったけど、場はなごんだので良かったんじゃないかな?
さて、あたしも移動する為に起きないとだな。
「よっこらしょ・・・あらら」
立ち上がろうとしてよろけてしまい、倒れる寸前でアウラに支えられて事なきを得た。
ああ、まだ身体がだるい、と言うか鉛の様に重い。別に太った訳ではないのだが、身体が重い。
さっき何回も気を放出したせいなのかな?
アウラに支えられながら、馬車の方に歩いて行くのだが、まるで酔っ払いみたいにあっちふらふら、こっちふらふら、しまいに毛躓てレイピアを落としてしまった。
地面に転がったレイピアは鞘から抜け、刀身が露出してしまった。
あ、いっけねぇとレイピアを拾おうとしたのだが、動きが緩慢だったせいか、あたしより先に竜氏が拾ってくれていた。
「あ、竜さんありがとう」
と、手を伸ばして受け取ろうとしたのだが、竜氏は難しい顔をしてレイピアを凝視している。
すると、ふいにこちらを向き頭を掻きだした、ぽりぽりと。
あんたもかーーーいっ!!と、突っ込みたくなった。
「ああ、そうだったのですね、私とした事が迂闊でした」
と、宣った。
えっ?えっ?なになに、どうしたの?と、思って居ると、竜氏は爆弾を落とした。
「どうやらこの剣は、なにやら波動を出しておるようですな。この鞘に収まっている状態ですと波動は遮断されておるのですが、この様に鞘から抜きますと波動が周囲に放射される事になるのです」
「波動?波動って?」
「そうですねぇ、剣の固有の振動と言えば解り易いでしょうか?」
「そうなんだ。でもなんの為に?」
「理由は分かりませんが、一つだけ判る事があります。それは・・・ああ、手遅れでしたな」
はっとして周りを見回すと、なんだか空気がもやって居る気がした。砂埃か?
気が付くと口の中がじゃりじゃりする。
「その剣の波動は・・・ある種のモノを引き寄せる特性が有る様です」
「あるモノ?」
「はい、ほらこの様なモノです」
そう言うと、手の平を上にして目の前でひらひらとさせた。
「えっ!?なに?何の事?」
「これですよ、この砂塵です。これを呼び寄せているのですよ」
ギョッとして周りを見回ると、周囲のあちこちに砂の山が出来つつあった。
あたし達は森の中に潜んでいたのだが、そんなあたし達を取り囲む様に周囲に砂塵だか泥だかの山ができつつあり、その出来た山が徐々に大きくなって来るのだった。
「・・・・!!!」
「これって、、、これってまさか、あれ?」
「はい、おそらく男爵公邸で二つに切られた巨人がばらけて飛んで来たものと思われます、シャルロッテ殿ではなくそのレイピアの波動に誘われて」
あたしは、自分の右手で光り輝いているレイピアを大急ぎで鞘に納めた。
「さっき、落とした時に鞘から抜けて刀身を晒したから?」
視線を刀身から竜氏に移して、恐る恐る訊ねた。
「はい、おそらくそうなのでしょう。先ほど申し上げた通り、その鞘には波動を遮断する能力が付与されておりましたので、直ぐに仕舞えば見付からなかったのかもしれませんね」
「そんなぁ」
「あの、巨人に高度な知性は感じられませんのいで、恐らく産み出された時に、その剣の波動だけを追う様にだけ命令されていたのでしょう」
なんか、死刑判決を受けた囚人ってこんな気持ちなのだろうか、この心の中が絶望感で満たされてしまった感覚と言うか、などと取り留めも無い事を考えてしまった。
「じゃあ、あたしに出来る事って・・・このレイピアを捨て去るか、捨てずに一生逃げ回るしかないって事?」
つい、語気を荒げてしまった。
そんなやり取りをしている間にも、泥の山は成長を続け再び人型を形成し始め、気が付くとあたし達は身の丈は大人の身長程度の泥人形二十体に完全に囲まれて居た。
「ですが、そのレイピアが無いと巨人、ああ今は小さくなってしまって泥人形の(並)ですが、倒すの大変ですよ」
「むむむむむ・・・」
今は泥人形達は、絶賛再生中なので仕掛けて来ていないが、じき攻撃を仕掛けて来るであろう事は明白だった。
この包囲された状態で仕掛けられたら、あたし達は間違いなく全滅だろう。あたしも、力を使い果たしていて立って居るのもやっとなのだ、反撃は無理だ。
今あたしに出来る事は、、、被害を最小限にする事だ。他に選択肢は、、、ない。
「竜さん、もう少し付き合って下さいます?」
竜氏の目は、全てわかってますよと言わんばかりの優しい雰囲気を醸し出していた。
「それしかありませんですな。では、参りましょうか?」
そう言うと、竜氏は人型を解いて本来の竜の姿に戻った。その際、竜氏はあたしの肩にぽんと手を置き、微笑んだ。心なしか気力が充実した気がした。
「おいっ!お嬢っ!おまえ、何するつもりだ?」
お頭が慌てて聞いて来た。
「あいつらが追って来ているのは、あたしとこのレイピアでしょ?だったら、あたしが居無くなれば、あいつらもあたしを追ってここから居なくなるから少なくてもみんなは安全になるわよ」
「そ そりゃあそうかもしれんが、おまえはどうなるっ!お前の身の安全はどうなるんだよっ!!」
お頭、珍しく焦って、唾を撒き散らしながら叫んでいるよ、汚いなぁ。
「ま、なんとかなるっしょ。臨機応変に対処するわよ」
あたしは、軽く答えた。
あたしが目くばせをすると、竜氏は頭を低く下げた。
それを見たあたしは、ひらりと、、、乗れずに、のろのろと竜氏の背中に這い上がり、そのまま上空へと飛び上がった。
上空からみんなを見下ろしながら、声を掛けた。
「お頭ぁ、そこは危ないからニヴルヘイム要塞にでも逃げ込んでいてよぉ~」
それだけ言うと、あたしはレイピアを抜き、そのまま大空へと飛び出して行った。
あたし達は、なるべく被害の出ない所へと向かうべく、サリチアから真っ直ぐ北上して行った。
あいつら付いて来ているか心配ではあったが、そのまま飛行を続けた。しばらく飛行すると、眼下の景色が段々と変化していき荒涼とした大地に変わっていった。
この辺りなら人も居なそうだろうしいいかな。あたしは竜氏の首筋をぽんぽんと叩いた。
竜氏も心得たもので、眼下に広がる巨岩がごろごろと散在する広場へと徐々に高度を下げて行き、地上三メートル位の所で人の姿に戻り、あたしは竜氏におんぶされた状態で地上に降り立った。
「シャルロッテ殿、着きましたぞ」
竜氏は、そう声を掛けると近くの岩陰にそっと降ろしてくれた。
あたしはまだ体力が回復せず、はあはあと荒い息を吐きながら岩を背にレイピアにもたれかかった状態で前方を凝視した。
まだ前方の景色に変化は見られなかった。駄目だったかな、あたしの計算違いだったかな、あたしは目をつぶって残ったお頭達が無事避難してます様にと祈った。
油断すると意識が飛びそうになる状態で、睡魔に耐えていたのだが、いつの間に意識を手放していたのだろうか、竜氏の声ではっと我に返った。
「シャルロッテ殿、仮設は正しかったみたいですな」
そっと目を開けると、前方の空き地に不自然に砂埃が舞っている。
「来たのね、良かった。これでお頭達は安心ね」
「いかがいたしますか?」
そうねぇ、如何しますかと言われてもねぇ、あたしも体力が戻っていなくて動けないし、どうしようかしら。
後半日位休めるとなんとかなるんだけどなぁと思いつつ思考を巡らせた。
しかし、いくら考えても良案は浮かばなかった。
そうこうしている間にも正面の空き地にはどんどん土砂が積もってきていた。
「そうねぇ、もうここまでかなぁ。竜さん、もういいよ、このままここに居て不利な戦いをしなくてもいいわよ」
あたしはレイピアを杖によろよろと立ち上がったが、足元がおぼつかなく立って居る事も難しく背後の岩に寄りかかった。
あと一撃・・・は、無理だろうな。
でも、出来る事はやらなくちゃね。
今、目の前で再生を始めた土砂の山は一か所だったので、さっき二十体あった奴らは一体に集約するつもりなのだろう。
敵が一体ならなんとか一撃を加えられれば、なんとかなるかもしれない かな?
でも、早く来てくれないと、立ってるのが辛くなってきたよお。
だが、こっちの気持ちを知っててじらして居るのか、じわじわとしか増えて来ない。
待って居ると疲れちゃうから、逃げちゃおうかなあ。
「お逃げになられますか?その際には剣を鞘に収める事をお勧め致します」
なんと、予想だにしなかった答えが返って来た。
だが、確かに時間を稼ぐにはいい方法かも知れないと思った。ささやかな嫌がらせにもなるし・・・。
あたし達は再び飛び立った。奴らを振り回す為に。
その後、何回か移動を繰り返したお陰で、あたしの気力もだいぶ回復してきた気がする。竜氏にはその分負担を掛けてしまったけど。
何回か移動した時だった。それまで上手くいってたせいもあって、あたしは少し油断していたのだと思う。
異変に気が付くのが少し遅れてしまった。
それまでは追って来た泥人形は、一体に集約して再生していたので再生にはそれなりに時間がかかっていたので、あたしは多少は回復できたし逃げるのも簡単だった。それが、今回は十か所に分かれてあたし達を囲む様に再生を始めていた。
複数にわかれた分、再生の速度は飛躍的に上がり、あっと言う間に、十体の泥人形に囲まれてしまった。
「やばっ、そう来たかあ」
こいつら、学習してる?まち゛やばい~。
「囲まれましたな、隙間から逃げられますかな?」
「あ、こいつらあたし達の話してるの聞いてた?手を繋いでるじゃん!逃がさないつもりだよ、どうしよう」
「周りはすっかり囲まれたから、真上に逃げる?」
「申し訳ありません。どうも、さっきから飛びづらいと思っていたのですが、私の羽に付いた粉の様な埃は奴らの一部だった様でして、どんどんその量を増して来ておりまして、現在では飛行はむずかしゅうございます」
ありゃあ、本当に学習してやんの、こいつらってばよ。
「もしかして、詰んじゃった?」
あたしは、頭を掻きな・・・しまった!お頭に感化されちゃった?ヤダっ!それって、とっても嫌だ!!
あたしは、頭を掻かずに呟いた。掻いて居ない!断じて、圧倒的に掻いてはいない。それだけは断言出来る。ヒトとしての尊厳に賭けて言える。掻いていないと。
仕方がない。事ここに至っては、もうどうしようもない。後は出来る事をやるだけだ。うん。
「いかがなされますか?」
「簡単よ、一体づつ力の限り倒して行く、それだけよ。他に何か出来る事ある?」
「いえ、御座いません。それでは、私がブレスを吐きながら一点突破を図ります、後に続いて下さいませ」
振り返った竜氏はあたしにウインクをしてくれていた。あたしは、竜のウインクって初めて見た。
両目同時のウインクを。
竜族って、意外と不器用なのだろうか?それとも竜氏が不器用なのかしら?
「私は不器用では御座いません。では、参りますぞ」
しっかり頭の中覗いているし・・・。
威嚇する様に翼を広げた竜氏は、一体の泥人形に向かって突進をしつつ大きく口を開きドラゴンブレスを放った。
だが、ブレスが命中する寸前、その泥人形は地中に姿を消してしまった。
これは想定外の出来事だった。
すかさず、その隣に居た泥人形にターゲットを変えてブレスを放つも、同じ様に地中に消えてしまった。
おそらく、蓄積された情報や経験値はみんなに共用されているのだろう。
消えた二体の泥人形は、他の仲間の後方で再生作業を始めていた。これじゃあエンドレスじゃないの。
まだ、再生が不十分なのか、向こうから攻撃は仕掛けて来ないが、遅かれ早かれ全周囲からの攻撃を受けるであろう事は火を見るよりも明らかだった。
ここは、無人の荒野。援軍は期待出来ない。あたしに出来る事と言ったら、出来るだけ長く泥人形をここに繋ぎ止めて置くだけ。
そう決めたら、なんだか心が軽くなった。勝とうと思わなければいい、負けなければいいのだ。少しでも長く睨み合いを続ければそれでいいのだ。
あたしはレイピアを降ろし、奴らに向かって話し掛けた。
「ねぇ、あんた達、誰に命令されてあたしを追って来てるの?」
当然、返事は無い。
「あんた達の目的は、このレイピアなの?」
勿論、返事は無い。
「このレイピアを奪いたいの?それとも壊したいの?」
今度も、返事は無い。だが、お互いに顔?を見合わせている。あ、あたしの声に反応している?
「あんた達、このレイピアに触る事も出来ないのでなくて?触ったら、消滅しちゃうのでしょ?いいの?それで。それでも襲い掛かって来るわけ?」
それでも返事は無い。しかし、動揺は伝わって来るみたいに見える。
狭まって来て居た包囲の輪は、動きを止めた。そして、奴らはしゃべれないはずなのだが、ざわついている雰囲気は見てとれる。
意外といけそう?意外とちょろい?
「どうだろう?あたしの邪魔をしないでくれれば、あんた達の安心して住める土地を提供してもいいわよ?」
もう一押しかな?
「もう、あんた達の産みの親はいないんだしさぁ、頑張るの、辞めちゃおうよぉ」
後一歩だと思って、あたしは調子に乗って余計な事を言ってしまったみたいだった。
あたしが産みの親発言をした瞬間、泥人形達は動きを止めたからだ。
最初はあたしの言葉に同意したものと思ったのだけど、実は怒ったのだと言う事をその後思い知らされる事になった。
それがわかったのは、動きを止めた次の瞬間に、泥人形達は一斉に地中に潜った時だった。
あれっ、まずかったかなと思った次の瞬間、足元の地中から飛び出して来た巨大な手に不覚にも握り込まれてしまった。
「ぐわああぁぁぁっ」
物凄い力で締め付けて来た。それもソフトスキンならいざ知らず、ごつごつした岩の手だったから堪らなかった。
悲鳴も出せない位にぎちぎちに締め付けられて、上空高く持ち上げられ、全身の骨がみしみし悲鳴をあげている。
「・・・・いて下さい!」
「・・・・ぬいて下さい!」
かすれゆく意識の片隅に竜氏の叫び声が微かに聞こえて来た。
・・・え?ぬいて?なにを・・・?
今、痛くてそれどころじゃないのよお、とにかくいたいのお、これなんとかしてよおぉ・・・。
その時、あたしは ふいに ハッとした。
レイピアは今、あたしの目に前にある。これの鞘をどうにかすればもしかして・・・。
あたしは、とっさに僅かに自由の効く両足首に神経を集中させて、つま先で鞘の先っぽを挟もうとした。
よし、なんとか挟めた。後は足首に力を集中して鞘を挟んだまま下に降ろすっ。
上手くいった。三センチ位刀身が見えて来た。
すると、僅かではあるが刀身を中心に岩肌が粉末へと変化して行き、両腕に対する締め付けも若干ゆるくなった。
いけるっ!
更に両腕とつま先に力を入れてレイピアを抜く。
先ほどとは違い、今度はさーっと岩肌が消滅していく。
「よしっ!!」
あたしは、思い切ってレイピアを完全に抜き去った。
思った通り、あたしの周りの不快な岩肌は綺麗に霧散して行った。当然ながら、あたしは空中に投げ出された形となって、落下していく。
が、下には竜氏が待ち構えており優しく受け止めてくれた。
「良くご無事で」
そう言ってニコニコと出迎えてくれた竜氏だったが、すぐに難しい顔をして周りを注意深く見回している。
「取り敢えず、今は奴らは地下に潜っておりますが、再度の攻撃に備え、レイピアは抜いたまま剣先を下に構えておいて下さい。そうすれば、又下から出て来ても、地上に出た瞬間消滅します」
「なるほど・・・」
「さあ、これでシャルロッテ殿の思惑通り睨み合いとなりました。これからどうしますか?」
「そうね、あいつら意外と学習能力があるのにはびっくりしたわ。あたし達の話も聞いて理解しているみたいだから、付け入る隙はありそうね。でも、取り敢えずは水と食料をなんとかしたいわね」
「そうでございますな、どこかに調達に行かないとなりませんが、人里に行くのは得策ではございませんな」
「まずは、、、座る。疲れたし、全身が締め付けられて痛い」
あたしは、岩陰に座った。地面に寝かせたレイピアの刀身の上にお尻を乗せて。
どうしようかと途方に暮れてしまった。
「残りの泥人形の始末、どうしたらいいだろうか?いつまで地面の中に居てくれるのだろうか?」
「その事なのですが・・・」
え?何、その複雑な表情は・・・。
「あの泥人形なのですが、、、現在、感知出来ないのです」
「感知出来ないって?消滅したって事なの?」
竜氏は難しい顔のままだった。
「不意に感じられなくなったのです。消滅したのかどうかはわかりません」
「どこか、他所に行ったのかな?とにかく、こうしていても仕方がない、一旦みんなの所に戻ろうか?どう?飛べる?」
「そうですな。一旦戻るのも良いかもしれませんね。もう飛べますので、直ぐ戻られますか?」
「ええ、戻るわ。もうそろそろニヴルヘイム要塞に逃げ込んでいると思うから合流しましょう」
周囲に気を払いながらレイピアを鞘に収め、あたし達は大空に飛び立って行った。
上空に上がってみると、さっきまでは心に余裕が無かった為か気が付かなかったのだが、まだ火口から立ち昇って居る噴煙で上空の視界は良くなかった。
帝国の上空を見ると、まだ噴火が続いているのか黒煙で真っ黒に見えた。
サリチア上空を飛行したがまだ領民は戻って来て居ない様だった。しばらく飛ぶと、ニヴルヘイム要塞の有るニヴルヘイム山が見えて来た。
目立たない様に低空飛行でニヴルヘイム山に近づき、山裾の森の中に降り立った。
周りには人の気配も、泥人形の気配も無いみたいだった。あたし達は、山頂に有るニヴルヘイム要塞に向けて山の斜面を登り始めた。
もっともあたしはまだ体力が万全でないので、休み休みではあったのだが。
山の中腹まで登って来たが、敵の残党には全く出会わなかった。恐らく兄様の軍に駆逐されたか、負けを認めて四散したかなのだろう。
周りに警戒しながらも道なき道を登って行き、山の中腹辺りまで登って来て、休憩していた時だった。
ふいに竜氏が立ち上がり、前面の草むらに厳しい視線を送りだした。
「えっ?なに?なにか来た?」
「はい、覚えのある気配を感じます。二人ですね」
暫く前面の草むらを注視していると、背丈ほどある草むらの草ががさがさと音を立て始め、やがて草むらを二つに分けて人影が現れた。
「やっと追い付きました」
それは、ブルーの長い髪の毛を後ろで束ねたアンジェラと緑色のショートの髪の毛が良く似合うボーイッシュなジュディの双子だった。
彼女達はシュトラウス情報調査室所属の元調査員で、今はあたしの指揮下で情報収集に当たって居た。
「山裾の森の中で待機しておりましたが、竜氏殿が飛んで参られたのを目撃しまして、色々とお知らせする為に取り急ぎ馳せ参じました」
「ありがとう、苦労かけるわね。で?何か重要な情報でもあった?」
「はっ、このまま進まれますと、ちとまずい状況になるものと思われます」
ふたりは、あたしの前で片膝を付いて報告をしてくれている。
「まずい状況ですって?どういう事なのかしら?」
「はい、人手が足りませんので、詳しい状況は調べられませんでしたが、今現在判明している事だけご報告させて頂きます」
「ん、お願い」
「まず、サリチア城塞から出ました男爵の軍は、ニヴルヘイム要塞からの兵に蹴散らされて四散しました」
「うんうん」
「その後、ムスケル殿の一隊がニヴルヘイム要塞に向かいましたが、何故か全員逮捕されてしまいました」
「んな、ばかなっ!!なんで逮捕されなきゃならないのよ!有り得ない!!」
あたしは、その報告に憤慨して、立ち上がって叫んでいた。
「我々は森の中からその様子を見ていたのですが、、、その、、、どうやら、いくつか問題点があったみたいでして、まず、ムスケル殿の服装が ええとですね、あまりにも、、ですね、、あれだったのが一点」
「あまりにも、浮浪者みたいだったって事ね」
「はい、二点目は帝国の兵士、レッドショルダーが居た点ですね」
「帝国のスパイとでも思われたのかな?わかってくれていると思ったんだけどなぁ」
「三点目は、ファフニール一族が居た事です。まだ、獣人の地位は低いので疑わしく思われたのでしょう。どうやら、牢に入れられている様子です」
「うーん、それなら尚更早く行って皆を自由にしてあげなくちゃ!」
「皆様は人質になっていると思わねばねりません。真っ向から行かれますれば、人質を盾に姫様も捕まる危険性が高いと思われます。ここは自重なされる事をお勧め致します」
「なっ、ジュディ!私達の任務は偵察と報告よ!意見を述べるなど越権行為だわ、控えなさい」
「でも、アンジェラ姉様」
「ああ、いいの、いいの、思った事は言って頂戴。聞いた上で判断するから」
「はっ、ありがたき幸せに御座います。ご恩情に感謝致します」
アンジェラは堅いなぁ。
「では、自重をお勧めする理由を述べさせて頂きます。一番の理由は、兄上様であらせられますマイヤー・リンクシュタット将軍の所在がつかめない事が一点」
「所在が掴めない?表には出ないで執務に専念しているからではないの?」
心配になる様な事言わないでよおぉ。
「はい、要塞の外からの調査なので、その可能性も十二分に考えられます。ですが、不安要素として、副官の存在があります」
「副官?兄様の副官?それが問題なの?」
「はい、マイヤー様が居無くなれば、旨い汁を吸える者も居ります。副官もそのお一人であります」
「副官って、確かぁ、、、、、」
「万年准将と言われております、フィレッチア准将であります。剣技に関しましては、確かにマイヤー様よりは上でなのですが、如何せん人望が御座いません」
「うーん、でもねぇ、それだけで疑うのも、、、ねぇ」
「それだけでは御座いません。シャルロッテ殿の後任としてラムズボーン要塞に赴任予定だった方を覚えておいででしょうか?」
えっ?えっと、えっと、誰だっけ?
「フントハイム男爵 ですね」
すかさず竜氏が答えた。
にこっとしたアンジェラが、次に発した言葉にあたしは言葉を失ってしまった。
「フントハイム男爵は、参謀総長のシュヴァインシェーデル伯爵の遠縁にあたり、あの異能者を多数輩出したパープルトン家の血筋の者となります。更にマイヤー様の副官のフィレッチア准将は、フントハイム男爵の従兄弟となります」