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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
54/168

54.

 あたし達は目の前に広がった状況が理解出来ずにいた。

 男爵公邸の玄関から生えている巨大な手。うん、確かにあれは手だ、信じられない事だが岩石で出来た巨大な手だ。

 一体何なんだ、この巨大な手は。

 やがてその巨大な手が動きだした。

 動くにつれ公邸がガラガラと崩れ出した。

 そして、崩壊した公邸の残骸をかき分ける様に黒い巨大な影が立ち上がった。

 白み始めた明け方の空を背景に立ち上がったのは、、、、巨人だった。身の丈二十メートルはあるだろうか、全身岩石で出来た人型の岩と言うか、岩の巨人だった。

 立ち上がったせいで、収まって居た土埃が再び舞い、視界を塞いだ。

 じりじりと後ずさりながら様子を見ていたのだが、テンションダダ下がりなのは言うまでもない。

 幸いな事に、岩の巨人は立ち上がったまま微動だにしなかった。

 やがて、朝日を浴びて輝きだした巨人だったが、まだ微動だにしなかった。

 すると、お頭が小声で囁いた。

「手を出すなよ。音も出すな。何がきっかけで動き出すかわからんのだ。刺激するんじゃねえぞ」

 確かに、動きだしたら正直なすすべも無いと素直に思った。

「竜さん、どうしたらいい?これって、どう対処したらいいの?」

 困った時の竜氏頼みだった。

「はてさて、正直困りましたな。これは竜王様に御出馬願わねばならないレベルの案件ですな」

「えーっ、そんなぁ。お頭ぁ、何とかならない?」」

「うむ、俺的には、今直ぐ後ろを振り返らず一目散に逃げだす事を提案したい心境だな」

「盗賊のプライドはどうしたのよお」

「プライドか?そんなものは豚にでも食わしちまいな。死んじまったら元も子もねえんだよ、生きていてなんぼだからな」

「そんなぁ」

「わたしも、今回ばかりはムスケルの意見に賛成だな。さすがに勝機が見出せない」

 あの、常に前向きなメアリーさんまでこんな事言うなんて・・・。


 みんながあたしに注目している。あたしが指示を出すのを待って居るんだ。みんなずるい!みんな、責任を放棄して、全責任をあたしに丸投げしてる。

 自分達だけ、楽をしようとしている。あたし、貧乏くじだっ!

「みなさん、シャルロッテ殿を信頼なされているのですよ。信頼なされているから、安心して全権を委ねているのです、自信を持って指示を出されるがよいでしょう」

 うそだ!みんな思考を放棄しているだけじゃない。面倒な事を押し付けているだけじゃない。あたしだって、思考を放棄したいわよ。こんな山みたいなバケモノ相手にどうしろって言うのよ。


「竜さん?こいつって、さっきの泥人形と同じに、奴が創り出したモノなんですよね?」

「はい、竜力を感じますので間違い御座いません」

「だったら、産まれたばかりだから暫くは動きは緩慢なのよね」

「おそらく」

「お頭っ、ここはあたしと竜氏で見ているから、手分けして城塞都市内の全ての領民を避難させてもらえる?。どれだけ時間の猶予が有るか判らないから、一刻も早く避難させて欲しいの!」

「おまえは・・・、分った。野郎ども、領民を避難させるぞーっ。街中に散れっ。急げっ」

 お頭の声量を目一杯落としたこそこそとした号令一下、みんなは明け方の街中に散って行った。間に合えばいいのだけど。


「さあて、こいつが動き出したらどうしようか。話し合いが出来るとは思えないんだけどねぇ。きっといきなり闘う事になるんだろうねぇ」

 何故か、さっきまでの悲壮感は無くなって、なんか、さばさばしている自分が居た。

「そうですな、コヤツ相手に手加減など無用でしょう、一気に全力で倒しに行かないといけないでしょうな」

「竜さんも今回は気合を入れて闘って頂けますの?」

「ははは、この様な老骨に何ができましょう。ですが、世界を見守る一族の一員としてこいつを野放しにする訳には参りませんので、微力ながら助太刀させて頂きます」

 あはは、この期に及んでも、自ら率先してでなく助太刀なのね。ま、いいけどね。あたしは、出来る事をやるだけだから。

「あくまでも、この世界が滅ぶのも繁栄するのも、主役はあなた方人類なのです、わたくしの様なバケモノは脇役でしかないのです。

「だからあぁ、頭の中読まないでって・・・。あ、一つ読み間違っているわよ?」

「ほう、なんでしょうか?」

「あたしは、、、少なくてもあたしは、あなた方を見て凄いなぁって思った事はあっても、あなた方竜族の事を一瞬でもバケモノだとは思った事はないわ。大事な隣人だと思ってる。隣人であり仲間だと。そこは間違えないで頂戴」

 お、鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をしている。そんなに、意外な答えだったんだろうか?

 えっ?いきなり深々とお辞儀をされちゃったよ。

「勿体ないお言葉で御座います。さすが竜王様がお認めになられたお方で御座いますな。感服つかまつってございます」

「えっ?えっ?やめてよお、そんなのやめようよ。そんな事よりも、どうやったらあいつを倒せるか考えないとぉ」

 あたしは焦ってしまっていた。

「そうですな、あやつにどの様な力が付与されているのか未知数な状況でございますれば、初手から最大威力の技で対応されるのが肝要ではないかと」

「最大威力って・・・・あれ?」

「はい、あれで御座います」

「でも、でもでも、あれやっちゃうと、あたし力使い果たしてしまうわよ?」

「ご心配召さるな。責任をもって安全な場所までお運びして、回復もしてさしあげましょう」

「あ、でも、あたし重いし・・・えっと、えっと」

「大丈夫で御座います。牛の様に重くても、余裕でお姫様だっこ程度でしたらしてさしあげられますので、ご心配なく」

「あ、あたしを牛と比較しないでちょーだいっ!!」

 なぜ?と不思議な顔をしている。竜族って、デリカシー無いのぉ?悪意が無い分質たちが悪い。


 段々陽が登って来て、この巨大なでくの坊の詳細が分かってきた。

 身長は二十メートル以上。全身はごろごろした岩で覆われている様に見える。ただ、岩で覆われているのか、岩で出来ているのかは不明だ。

 ほかには、なにも特徴が無い、目も鼻も口も耳も無い。しいて言えば、人型をしている。


「ねえ、こいつって心臓とか脳とかって、、、ない、、、わよね?」

「おそらく・・・」

「じゃあ、どこに攻撃を仕掛ければいいの?」

「そうですな、今サーチしてみたのですが、力の源である魔素の分布は全身均一になっております」

「均一?」

「はい、言うなれば、何処を食べても味は同じといいますか。。。」

 はぁ、聞いたあたしが馬鹿でした。言わんとしている事はわかったからいいです。


「しいて申し上げますれば、足を破壊してしまえば、暫くは足止めが可能かと。一時しのぎではありますが」

「貴重なご意見、ありがとうございます」

 あたしは会話を切り上げ、怪物を見上げた。

 まさに歩く城だ。こんな奴は歩かないで欲しい。迷惑ですっ!


 後ろを振り返って見ると、お堀の向こうでは通りを行きかう荷車の列が大渋滞を引き起こしている。逃げ惑う人々の叫び声もひっきりなしに聞こえて来て居る。人はこれをパニックと呼ぶ。

 もう少し、もう少しじっとしていて欲しいものだ。出来るなら、二度と動いて欲しくはないが、こういう望みほど叶わない望みはない。

 さっきから、ぼろぼろと、土砂?が降り注いで来る音がわずかにしていたのだが、次第にその音が大きくなってきている気がする。

 はっとして巨人を見上げると、表面が僅かに震えているのが見て取れた。

 ありゃあ、もう眠りから覚めるのぉ?まだ、領民の避難は終わっていないわよ」


「こやつの完成度がどの程度かが分かりませんからね、相手の出方待ちなのは致し方が無い所ではあります」

「ねえねえ、今の内に先制攻撃で全力で叩くっていうのは駄目なのぉ?」

 いつの間にか戻って来たアウラの質問はいつでも素直で解り易く、みんなが抱えている素朴な点を突いて来るんだよねぇ。何も考えて居ないせいなのかもしれないけど。

「ほっほっほっ、アウラ嬢ちゃんの疑問ももっともで御座いますな。我々が奴を確実に倒し切るだけの攻撃手段を持っているのであるのなら、アウラ嬢ちゃんの方法が最も効果的かと思いますよ」

「ええ~っ、お嬢のあの必殺技でも確実じゃあないのぉ?」

「ははは、確かにシャルロッテ殿のあの技は、天災クラスの物凄いものです。しかし、相手の巨人にそれ以上の耐久力があった場合、手負いとなって手が付けられなくなる可能性が出て来てしまいます。そうなった時あなたはいかがなされますか?」

「えっ!?」

「ダメもとで、みんなで特攻をかけますか?それで倒せればまだいいですが、もし、敗れた場合、この世界の破滅も視野に入って参りますよ。そのレベルの相手なのです、あの巨人は」

「うううううううう、駄目かあぁ」

 肩を落とすアウラの頭を竜氏が優しく撫でている。


 正門前の橋を渡ってメアリーさんが戻って来た。

「手分けして、ほぼ全域の避難勧告は終わったわよ。それで、あの巨人はまだ動きそうではないの?」

「うん、表面に小刻みな震えが出て来ているんだけど、まだ状況は不明だわ」

 あたしに聞かれたって、あたしだってさっぱり分からないわよお。


 ややあって、街中に散って行った仲間達が三々五々に戻って来た。

 戻って来た仲間たちは、みな一様に巨人を見上げては溜息を吐いて居る。

 こいつはなんでじっとしているんだ?折角地上に出て来たのに、じっとしたまま動かない。

 まだ動き出す準備が出来ていないのだろうか?

「まさか、背中がパックリ割れて蝶にでもなるのかな?」

 アウラが突拍子も無い事を言い出した。

 後ろでは、水を飲んでいた人が盛大に噴き出して、その後激しくむせって居た。

 みんなのアウラを見る視線は冷たかった。


 そんなこんなで男爵公邸の正門前の広場でたむろしていると、太陽は天頂に近づいていた。

 すでに街の中は領民の避難も終わり、静まり返ってゴーストタウンの様だった。

 このまま動かないままで終わってくれないかなぁ。そんな事を考えていると、静まり返った空間に異変が起こった。


 ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・


 どこから聞こえてくるのか、低い声の様なものが聞こえて来た。

 声は遥か頭上から風に乗って聞こえて来る。

 いよいよ動き出すのか?と思ったが、異変は謎の声だけで、まだ動きは見られなかった。

 

 更に時間は過ぎて行き、陽が傾きかけた頃その声が大きくなって来た。


 おおおおおおおおおおおおおおおお・・・


 お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛・・・


 一同はいよいよかっ、と色めき出した。

 次第に声が大きく低く重低音っぽくなって来て、それと一緒に地響きも伴って来た。

 あたし達の間には、どんどん緊張が高まって来た。

 その低く響く声に驚いたのか、街に居た鳥達が一斉に飛び立って街から去って行った。

 仲間がひとり、又ひとり、武器を握りしめ立ち上がる。心なしか、、、いやいや、確実にみんなの顔色が真っ青になっている。

 気が付くと、あたしも緊張からか喉がカラカラになっていた。唇も乾いていた。


 あたしは、ふと右手のレイピアを握り直した。良く見ると切っ先が小刻みに震えている。どうやら落ち着いている様でも緊張しているのだろうか。

 いや、きっと緊張というより不安から来るのだろうと思う。

 そりゃあそうだろう、敵の力が不明な上に自分の実力も不明なのだ、不安にならない訳が無かった。

 剣を握る手に汗が滲んで来た。やばいやばいっ、急いで上着で汗を拭った。


 もう、限界?そろそろ仕掛けるか?でも・・・・・なかなか決心が・・・

 もしかしたら、このまま動かないかも、、、そう思うと決心が・・・


「おいっ、そろそろいいんじゃあねえか?」

 業を煮やしたお頭が、後ろから突っついて来る。

「えっ、いやいや・・・心の準備が・・・」

「そんなもんは、闘い始めりゃあ後から付いて来るもんだ!」


 仕方がないので、あたしは思いっ切って剣を構え精神集中を始めた。

 全身から気が剣先に集中していくのが感じられた。それと同時に全身から力が抜けて行く、いや、ごそっと刈り取られて行く感覚がしている。

 目の前にそそり立つ、ちょっとした小山の様な敵を見ると、どれだけ気を溜めても安心できなかった。

「まだまだ、もう少し、もう少し溜めないと・・・」

 気が溜まるにつれ、どんどん疲労も溜まって来るのがわかる。まだ行ける、まだ行ける、もう少しだ。


 もういいかな、いや、もう少し、まだ大丈夫だ。まだ立っていられる。

 そう思っていた時だった。

「もういいんじゃねえか?」

 いきなりお頭に背中を叩かれた。

「あっ!!」


 叩かれた反動で、、、剣先から溜めていた気の力がほとばしってしまった。

「あ あ あ あ あ」

 もう手遅れだった。剣を離れた気の力は真っ直ぐに巨人の右膝に向かって伸びていった。もっとも、気の力が肉眼で見える訳ではなく、あくまでも感覚での話しだった。

 

 そして、剣から迸った竜力が命中したのだろう、巨人の右膝が一瞬で砕け散り、巨人は次第に右側に傾いて行き、やがて轟音と激震ともうもうと巻き上がる砂埃を伴って横倒しになった。


「やった   のか?」

 巨体は見事横倒しになったのだが、そのままの姿勢で砕け散った右膝の修復は既に始まっていた。

「おいっ、次急げっ!!どんどん修復しちまうぞっ!!」


 事を始めてしまったからには、あたしには考えている猶予がなかった。すかさず剣を構えて第二弾に備えて気を込め始めた。

 気を込めている間にも、破壊された膝の修復はどんどん進んでいる。

 焦る気持ちを抑えながら、剣に気を込めるあたしの視界にはどうしても回復していく膝が視界に入ってしまう。

 物凄い速度で回復していくのを目の当たりにすれば、当然集中力は低下するのは必然だった。一向に気が溜まって来ない。

「バカヤロウっ!!見るなぁっ!目をつぶって集中しろーっ!」

 お頭の罵声が響くが、もうあたしは混乱の極致だった。

 訳が分からなくなり、目をつぶったまま第二弾を発射してしまった。

「あっ、バカっ!!!」


 目を開くと、胸部に直径三メートルにも届く巨大な大穴を開けられた巨人がゆっくりと後ろに倒れていく所だった。

「あ たっ た?」

 荒い息をしながら茫然と巨人を見つめていると、次第に意識が遠のく感じに囚われ突然視界一杯に地面が広がった刹那、体が物凄い勢いで後方に持って行かれる。

 腹が苦しい、と思っていると、どんどん視界に映る景色が変わって行く。どうやら、お頭に腹を抱えられたまま後方に避難している様だった。

 その間にも、地響きと轟音と、舞い上がる砂煙で状況が分からなくなっていた。

 お堀の端まで後退したのだろうか、あたしは不意に地面に放り出されてそのまま地面を転がった。

 元居た場所を見やると、もうもうと巻き上げられた砂煙の中で何かが動いているのが見える。

 どうやら、倒れた巨人に仲間が取り付いて攻撃をかけている様だった。


「奴は直ぐにでも起き上がってくるぞ。第三弾に備えろっ!!」

 お頭がそう言うのが、まるで他人事の様に耳に入ってくる。

「俺も足止めに行って来る!お前は自分に出来る事をしろっ!!」

 言うが早く、お頭は大剣を振り上げながら巨人に突撃して行った。


 あたしは、出来る事をしなくてはと、城門を背によろよろ立ち上がって剣を構えた。

 だが、流石に三回目なので疲労が蓄積してきたのもあって、思う様に力が蓄えられなかった。

 膝も小刻みに震えていて、焦れば焦るほど力が空回りしている様でもどかしい。

 そんなあたしの元に竜氏がやって来た。

「どうやら、体力的に後一回  と言う所ですかな?」

 あたしには、返事を返す余裕すらなかったので、必死に剣を構え気を注入していた。


 その間にも、仲間達は次々と無傷な腕をゆっくり振り回して抵抗する巨人に斬りかかっているが、腕の動きが早くなるに従い次第に悲鳴が増えていった。

 遠目にもその腕に弾き飛ばされた人影が宙を舞うのが見てとれる。

 最初から分かって居た事なのだが、どうも、戦力差は圧倒的な様だった。

 負傷を負った者が次々と担ぎ出されて、後方に送られていく。


 そんな増えて行く怪我人を見ている内にあたしは心の中に迷いが生まれた。

 このまま一撃必殺の攻撃を続けるか、威力を下げても直接攻撃に切り替え手数を増やすかだ。

 しかし、あたしは直ぐに決断した。

 後方でのうのうと安全に攻撃を続ける事は、あたしの本意じゃなかった。

 三回目の必殺攻撃を仕掛けると、あたしは巨人に向かって突っ込んで行った。


 流石に初めて短時間に三回も気を使った後なので、足腰がふらふらだし、疲労困憊していたのだが状況が状況だ、あたしは頬を叩いて気合を入れつつ突っ込んで行った。

 先ほどの泥人形の時と同じにあたしが斬りつけた跡は消滅していた。

 あたしは足止めの為に、奴の右足に攻撃を集中させた。

 あたしの剣の特殊能力のお陰で八回ほど斬り掛けた結果、奴の右足は再生する事も出来ず、膝から下が綺麗に無くなった。

 よしっ、これでもう歩けまい、一安心だと思ったのだが、、、こいつには本当に驚いた。

 確かにあたしが切り落とした跡から足が再生する事はなかったのだが、あろう事か太ももの裏側から新しい足が生えて来たのだ。二本も・・・。

「なんだこいつは・・・」

 あたしはあっけに取られてしまった。だが、それが間違いの元だった。

 ほんの一瞬だが、あたしは棒立ちになってしまったのだが、その隙を突かれてしまった。


「あぶなーいっ!!」

 あたしは不意に横からの激しい衝撃を感じ、地面に転がってしまった。転がりながら視界に入って来たのは、、、血しぶきを身に纏ったアウラだった。 


「・・・アウラっ!!」

 地面を二度三度と転がり、起き上がった時、アウラはゆっくりと地面に沈んでいく所だった。


 あたしは反射的にアウラの元に駆け出して行こうと一歩目を踏み出したのだが、その目前に巨大な腕が降り下ろされた。


 そこから先は覚えていなかった、とにかく夢中だったのだろう。

 ここからは後から聞いた話なのだが、突如あたしのレイピアが閃光を放ち、目の前の腕ごと巨人の上半身を切断したのだそうだ。

 その時の刀身は五メートルにもなっていたとか。光る輝く刀身は巨人を二つに切断した後、天に向かって昇って行き空中に溶けていったらしい。

 しかし、そんな威力でも巨人を完全に葬り去る事は出来ず、半身になった巨人はそれぞれがもぞもぞと急速再生を始めたのを見て、お頭は戦闘の継続を断念して部隊を下げようと叫んだらしい。

「下がれーっ!!一旦下がって体制を立て直すんだぁっ!!」

 だが、この巨人はお頭の叫びを理解出来たのだろうか、頭部の付いた方の半身の方が急に砂の様に崩れていき風に舞うかのごとく飛散したかと思うと、お堀を渡る事の出来る唯一の橋のたもとに集結すると、そこで再生を始めたのだった。

 あたし達は完全に挟まれた格好になってしまった。

 あたしは、完全に力を使い果たしてしまい、お頭の腕で荷物の様に抱えられていた。

 

 万事休すである。


「爺さん、なんとかならねえか?」

 お頭は、ダメもとで竜氏に助けを求めた。

「さすがに無理ですな。ですが、わずかな時間ならくい止められるかもしれません。あの、橋の袂に居る奴の動きを止めますので、その隙に城壁の仲間の所迄逃げ延びて下さいませ」

「おいっ、爺さんっ、いいのかよ、それで?」

 竜氏は肩をすくめた。

「致し方ありませんな。しかし、人族も大したものです、こんなモノを創造出来るのですから」

「今、そんな事を言っている時かよ」


 その後、竜氏は擬態を解き本来の姿である竜に戻り、橋の袂で急速回復しつつある巨人の片割れの元に向かい渾身のドラゴンブレスをお見舞いしたそうだ。

 一時溶けて崩れ落ちた巨人だったが、直ぐに再生が始まったので、全員で大急ぎでその脇を駆け抜け、他の城壁の守備兵を伴い城塞都市を脱出して近くの森に逃げ延びて現在に至ると言う事らしい。


 森の中で目を覚ましたあたしがみんなから聞いた内容を纏めるとこんな感じらしかった。

 あたしは、まだ体がだるく起き上がれない。戦況がどうなっているのかは不明だったが、惨敗である事は揺ぎ無い事実だろう。

 さて、どうしようか。逃げるにしてもどこへ?いや、逃げたらあの巨人が追って来るのは必至、逃げる決断は無い。

 周りには主だったメンバーが集まって居る。まずは現状把握だろう、あたしはよっこらしょと体を起こした。


「おい、起きて大丈夫なのか?」

 お頭が心配そうに聞いて来る。

「大丈夫もなにもないでしょう。駄目でも起きなきゃ。それで状況は?」

「全体ではかなり被害が出たけど主だった者健在だよ。領民達は近くの森に分散して避難している」

 疲労の困憊した顔でメアリーさんが答えてくれた。

「そう、よかった。それで、今後の事なんだけど、巨人はまだ元気なんだよね?」

「ああ、残念ながらな。竜の爺さんでも駄目だったぜ、もう打つ手がねえな」

 忌々しそうにお頭が吐き捨てる。

「そうなんだ、どうする?みんなで夜逃げする?」

 あたしは、面白そうにそう言った。

「へっ、逃げる気なんてないくせによ」

「逃げられるものならさっさと逃げているわよ。問題はどこで迎え撃つか ね」

「ニヴルヘイム山の要塞に逃げ込むか?」

「駄目よ。巨人の力を見たでしょ?あの力の前には要塞など何の役にも立たないわ。いたずらに被害を増やすだけよ」

「あいつが、泥人形と同じであたしを追って来るのなら、、、人気の無い地方を逃げ回っていれば時間は稼げる。そう思わない?」

「いや、そりゃあそうだが・・・」

「倒す目途が立たないのなら、時間を稼いでその間に対応策を模索する。合理的でしょ?」

「いや、そりゃあそうだが・・・」

「ファフニール一族から走竜借りて逃げ回るわよ。それしかないでしょ?」

「いや、そりゃあそうだが・・・」

「なんか、上の空って感じなんだけど、、、まあ、いいわ。それよりニヴルヘイム山中にたむろしていた敵の一団はどうしてる?」

「はい、あの連中でしたら・・・」

 偵察を受けもっていた一人が前に出て来て報告をしてくれる。

「現在、要塞側からの攻撃を受けて大幅に数を減らしておりまして、総数は約三千。賞金目当てで集まって来ていた傭兵共は既に逃げ出しており、そのほとんどは正規兵となっております。」

「ありがとう。じゃあもう既に脅威では無いわね」

「お嬢、逃げ回るのはいいとして、今のお前にそんな体力あるのか?」

 もっともな疑問だった。

「うーん、後一日か二日、休ませて貰えるといいんだけど、そこまで親切な巨人とは思えないわね。巨人は今どうしてる?」

「現在、見張りを貼り付けておりますが、報告では二体とも身長十メートルちょっとに再生を終えたそうなのですが、目立った動きは見られないそうです」

「そう、有難う。引き続き監視を宜しくね」

 さて、どうしようかと考えを巡らそうと思った時、大事な事を思い出した。

「・・・!アウラっ!アウラはどうなったの?アウラは?」

 あたしが叫ぶと、お頭とアウラは黙って顔を見合わせている。

 えっ?どういう事?まさか?

 あたしの脳裏には先程見た、血まみれで転がるアウラの姿が蘇った。

 まさか・・・・アウラ・・・駄目だったの?

 あたしは目の前が真っ暗になった気がした。

「だ 駄目だったの?」

 あたしは、絞り出す様にそれだけ言った。

 すると・・・


 不意に後から掛けられた、、、。

「何が駄目だったの?」


 あたしは、ゆっくりと振り返った。



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