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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
53/168

53.

 勢いよくドアを開け、エントランスホールに足を踏み入れ正面にあると言う二階に上がる階段を目指そうとしたのだが・・・。

 肝心の階段が見当たらなかった、と言うか無かったのだ。

 無いのは階段だけでは無かった。なんと、床も無かった。

 ホールと言う位なのだから、当然床は有るはずなのだ。公邸なのだから、大理石の立派な床が必ず存在するはずだった。

 だが、エントランスホールに飛び込もうと右足を踏み出したその右足の着地する場所は  無かった。

 目の前に広がる景色はそんな当たり前な光景では無かった。

 一言で言うと、、、、穴  だった。

 室内に広がる景色はホール一杯に広がる大穴だ。床も階段も何もなく、ただ巨大な穴が広がっていたのだった。

 飛び込んで来たお頭も、足を踏み出そうとした瞬間着地点が無いのに気が付いて足を引っ込めて凝固してしまっていた。

 お互いに顔を見合わせて、無言で見つめ合ってしまった。


 これは一体どういう事だ?なぜ、こんな穴が?

 いや、それよりもどうやって二階に上がればいいんだ?

 やはり、裏から回るしかないか・・・。


「どうやら、男爵の元に行く必要は無くなりましたな」

「えっ?どうしてなの?」

 ひょいと横から顔を出し、目の前に広がる穴の奥を難しい顔で睨んでいた竜氏が呟いた。

「この穴の奥から竜力を感じます。それに、お迎えが来ておりますので、男爵の元に行っている暇は無いでしょう。」

 その時だった。穴の対岸、暗いエントランスホールの奥から、妙にかん高い声が聞こえた。

「ほう、良く僕の事に気が付いたねぇ。あんた、一体何者?」

 暗闇の中、目だけが爛々と輝いていた。


 あたしは横に居る竜氏に小声で囁いた。

「ねぇ、やっぱりあいつも異能者なの?」

「その様ですな。それも、紫の連中とは桁違いに邪悪な波動が感じられます」

「なぁに、ごちゃごちゃいっているのかな?」

 またへんな奴が現れたもんだ。

「もう一度聞くよ?あんた、何者?異能者?僕のゴーレムちゃんをどうしたの?最下層の魔物ではあるが、人間ごときにやられる訳はないのだけど?」

 その目は真っ直ぐに竜氏を値踏みする様に睨んで来た。人に尋ねるなら、まず自分が名乗れよな。

 竜氏は平然と奴を見つめたまま黙って居る。

「そう、黙って居るのならそれでもいいさ。残念ながら僕は今、忙しくてかまってやれないんだよな。だから、悪いけどお前達には暫くこいつらと遊んでいて貰うよ」

 そう言うと、そいつは右手をひらひらと妙な動きをさせた。


 すると竜氏が険しい顔になった。

「来ます。穴の中から泥人形の気配が ひとつ ふたつ ここは足場が悪い様ですな、一旦後方に下がって平らな場所で迎え撃つのが得策かと・・・」

 それを聞いた瞬間、あたしは決断した。

「下がれぇ~っ!!みんな後方に下がるんだぁ~っ!!」

 あたし達は、今さっき闘っていたエントランス前の広場まで後退して、敵の新手を迎え撃つ事にした。


 又、あの泥人形が出て来るのか?ふんっ、あいつなら何体出て来ようともあたしの敵じゃあ無い。片っ端から切り捨ててやるわ。

 すっかり自信を持ったあたしは、剣を構えてゆうゆうと敵を待った。

 目を凝らして公邸の開いたドアを凝視していると、やがてもぞもぞとエントランスの暗闇から黒い塊がぞろぞろと表に出て来た。

 まだ産まれた(?)ばかりの泥人形なのだろう、足元がおぼつかないのか、ふらふらよろよろと足をもつれさせて転んでいる奴もいた。見ているだけなら可愛いと言えなくも無かった。


「!!!!!!!」

「をいをいをい、一体何匹出て来るんだ?」

 剣を握りしめながらお頭は叫んだ。

 現在視認出来るだけで六体 いや七体は居る。知らず知らずみんなじりじりと後退している。

 今度の泥人形は、さっきの奴よりも小ぶりで大人の膝位の大きさしか無い様だった。小さいので視認性は悪いのだが、問題にはならないだろう。

「大丈夫。あたしの剣があれば何体出て来ても、一瞬で片づけてやるわ。任せてっ!」

 あたしは、叫ぶと剣を構え駆け出して行った。

 あたしは、さっきの闘いで自信がついていたので躊躇する気持ちは無かった。

 当然な事だが、手近な敵から倒してしまおうと斬りかかって行った。

 まだ満足に動けない泥人形に斬りかかった。

「一匹目っ!」

 さあ次はどいつだっ!?

 次の獲物を探そうと一匹目から視線を外したその瞬間、違和感を感じたあたしは一匹目に振り返った。

 そこには、たった今切り捨てたはずの一匹目が灰にならずに存在していた。

「!」

 まさか、、、。刃が届かなかったのか?

 気を取り直して、再度、今度は慎重に斬りつけた。

「よしっ、今度こそは・・・」

 だが、切り捨てたはずの泥人形は、、、再生していた。

 どういう事?どうなっているの?

 だが、ぼーっとしている暇はなかった。周りを泥人形に囲まれつつあったからだ。

 やばいっ!!

 あたしは大急ぎでみんなの所に逃げ込んだ。

 おかしい、さっきは一撃で斬って捨てられたのに、なぜ今回は効果がないの?

「竜さん、どうなっているの?何で効果が無いの?」

「うーむ」

 竜氏は腕組みをしながら泥人形を見据えている。

「ムスケル殿?ひとつお願いをされて頂けますかな?」

「おうっ!何すればいい?」

「まず、一匹を決めて攻撃を集中して仕掛けて下さい」

「承知っ!」

 飛ぶように駆け出したお頭は手近な一匹に猛攻を仕掛けた。

 目にも止まらない速度で切り刻んでいく。泥人形の方も物凄い速度で再生している。

 見ていると、魔物同士の闘いみたいな様相だった。

「ムスケル殿!そろそろ良いでしょう。戻って下さい」

 直ぐに息を切らしたお頭が戻って来た。

「さあ、シャルロッテ殿、今ムスケル殿が斬りつけた奴に攻撃をしてみて下さい」

「えっ?」

 あたしは言われるままに駆け出した。

 そして今しがたお頭が遊んで・・・いや、攻撃を集中させていた泥人形に対して思いっきり斬りつけた。

 どうだ?と振り返るとたった今斬りつけた泥人形は、跡形も無く霧散していった。

「えっ?どういう事?」

 あたしは再び右手のレイピアを眺めた。なんだろう?再び威力が復活した?

 二体目にも斬りつけたのだが、こっちは速攻で回復していた。効いて無い?

 あたしは慌てて竜氏の元に戻った。

「ねぇ、どうなってるの?意味がわからない」

 竜氏はニヤリとあたしを見下ろした。

「思った通りですな。理由がわかりました」

「どういう事?」

 あたしはさっぱり意味がわからなかった。

「ははは、簡単な事ですよ。奴の耐久力がシャルロッテ殿の剣の威力よりわずかに上だっただけです。ムスケル殿がある程度体力を削ったので、一撃で倒せたのです」

 なるほど、、、そういう事だったのか。

「ならよお、俺達でこいつらをある程度痛めつければいいんだな。おいっ!手分けして痛めつけるぞ」

「「「「おーっ!!」」」」

 みんな意気揚々と駆け出して行った。

 今度は倒さないでも良いので気が楽だろう。適当に闘ってダメージを与えるだけでいいのだから。


 刀身が月明りを反射して、あちこちでキラキラときらめいているのが見える。

 もう完全に混戦状態で、どうなっているのかここからではわからない。

 だがさっきまで聞こえていた「この野郎っ!」「何っ糞っ!」「くたばれぇ!」等と言う怒声も余裕がなくなったのか鳴りを潜め、ただ惰性で黙々と斬りつけているであろう事だけは何となくわかった。

「シャルロッテ殿もうそろそろ良いかと・・・」

「はいっ」

 あたしは大きく深呼吸をして叫んだ。

「みんなあぁぁ~、戻ってえぇぇっ!!」


 みんな、あの変な泥人形と闘うのが嫌だったみたいで、速攻で息を切らしながら逃げる様に帰って来たよ。

 さあ、今度はあたしの番だ。気合を入れて行って来るかな。


 あたしはすらりと抜いたレイピアを身体の側面にだらりと下げたまま全力で泥人形の群れに突っ込んで行った。

 これは誰かに教わったのではなく自己流だ。なんとなくしっくりくるのだった。

 まずは一匹目、下から振り上げた。手ごたえがあった。そのまま二匹目の頭上に降り下ろした。迫りくる触手をかわして横っ飛びをしつつ三匹目を横に薙ぎ払った。

 後はもう無化夢中だった。四匹目からはどうやったのか覚えていない。気が付いたら九匹目を真っ二つにしていた。

 いつの間に九匹も沸いていたんだ。振り返ると二匹打ち漏らしていて、メアリーさんが始末してくれていた。

「お嬢、上出来だぞ。よくやった。良く力をセーブしたな」

 お頭は満面の笑みだった。

「あんた、疲れてないのかい?今倒れられたら大変だからね」

 聞き方はつっけんどんだが、最近のメアリーさんからは優しさを感じる気がする。

「はい、大丈夫です。ほとんど剣の力だけで闘っていますので問題ないです。それよりも皆さんの疲労の方が心配なんですが・・・」

「こっちは大丈夫だ。みんなベテランだからペース配分は考えて闘っているよ。それより、どうするよこのまま突っ込むのかい?穴の奥はどうなっていたんだ?」

 その目は油断なく周りに注意をはらいながら、聞いて来る。

「ドアを開けたら、そこには床は無く巨大な穴が広がっていました。そして、、、、穴の対岸には変な異能者が居ました」

 見上げると、顔を左手で覆いながら空を見上げて「また異能者かよ」と大きく溜息を吐くメアリーさんが居た。

「はい、僕のゴーレムちゃんと遊んで居てって言ってました。今は忙しいのだとか」

「あんたらそれで下がって来たの?」


「しょーがねーだろ、目の前にあったのは真っ暗な穴なんだからよ。降りてる最中にあの泥人形が出て来たらシャレにならんだろうがよ」

 お頭も、頭をぼりぼり掻きながら思案顔だった。

「だからと言って、ここでこうしててもしょーがないでしょお?あんた、リーダーなんだから方向性を示しなさいよ」

 無茶振りである。方向って言われても、困る。

 困って考え込んでいたら、アウラが何やら抱えてやって来た。

「お嬢、いいもの持って来たよ」

 アウラの手にはダイナ・マイトが握られて居た。その後ろにもダイナ・マイトを小脇に抱えた兵達が控えている。

「アウラ、あんたいつの間にこんな物持って来たのよ」

 アウラは、舌を出しながらえへへと首をすくめる。


「宜しいのではないのでしょうか?手詰まりのこの局面です、大した効果は無いかも知れませんが、なんらかのアプローチにはなるかも知れません」

 驚いたのはお頭だった。

「をいをい、これを穴に放り込めって話しだよな。それでも大した効果は無いってか?」

「ですね、相手はゴーレムを創造出来る位には能力の高い異能者です。なんらかの障壁を張る事も考慮に入れなくてはなりません。ですが、相手になんかしらの行動を促す良いきっかけにはなり得ると思われますが」

 がっくりと肩を落とし項垂れるお頭からは、感情が読み取れなかった。

 だが、状況を打開する為には、出来る事は何でもやらなければならないだろう。

「うん、分った、やろう。鬼が出るか蛇が出るか、やってみなきゃあ分からないもん、やってみてその時又考えましょ」


「ああ、俺って不幸だ。一体何悪い事したって言うんだ。ただ、毎日楽しく明るく真っ当に盗賊してただけじゃねえか、ホント不幸だあぁ」

 お頭が嘆いている。ひょっとしてあたしのせい?違うわよね、あたし何もしてないわよね。


 結局、他に代案が有る訳でもなく、あたし達はアウラの作戦を実行する事にした。

 何が起こるか想像もつかないので、いざとなったら一目散に逃げられる様に、足に自信のある五名がダイナ・マイトを抱え、あたしとお頭、メアリーさん、そして走る速度で歩ける竜氏が護衛に就いて公邸のエントランスに向かった。そろそろとね。


 幸いな事に、さっきの異能者による妨害はなかった。何かに夢中なのだろう。

 ドアの影から中を窺いながら穴の縁に達すると、異能者が居ないのを確認すると次々にダイナ・マイトに火を点けて穴に放り込んだ。

「それっ、撤退だ!!」

 あたし達は姿勢を低くしたまま大急ぎで公邸から遠ざかった。

 充分に離れきる前に地面の下からくぐもった爆発音と激しい振動が響いて来た。

 かなりの振動だったので、あたし達は立っていられずしゃがんだ状態で揺れをやり過ごさなくてはならなかった。なぜか竜氏は平然と立っていたのだが。


 しばらく四つん這いで耐えていたのだが、やがて振動も収まり静寂が戻った。

 振り返って公邸を見やったが、ドアから黒煙が大量に噴き出して来て居る以外にはなんら変化は認められなかったので、少し拍子抜けしたのだった。

 

「やった  のかな?」

 立ち上がったアウラが体に付いた埃を払いながら、誰に言うでもなく呟いた。

 他のみんなも、よろよろと立ち上がって、思い思いに体に付いた埃を払ったり、伸びをしたりしているのだが、だれも言葉を発しない。

 今現在、目の前で起こっている出来事に思考が追い付かないのだろう。


 あたしは、ここで決断をしなくてはならなかった。任務終了として撤収するか、今直ぐ爆発の終わった穴の中に偵察隊を送り込んで徹底的に公邸内を捜索するか、、、。

 はたまた、夜が明ける迄ここに待機して、夜明けになってから公邸内を大捜索するか。

 あたしには決断が出来なかった。確かに時をあけずに徹底的に調査をするべきなのだろう、だが、向こうにはあの得体のしれない異能者が居るのだ。あの爆発で敵が全滅した保証はどこにもない。穴を降りる途中であの泥人形に襲われたらあたしたちにはなすすべもないのだ。みんなをそんな危険に遭わせる訳にはいかない。

 どうしよう、と竜氏を見ると、難しい顔をして公邸を凝視している。

 ああ、悩む事も無かったって事か。望むと望まないに関わらず、トラブルは向こうからやって来るって事か。

 あたしは、何となく納得して公邸正面の半ば崩れかけた大きなドアを見つめた。

 お頭も気配を察したのか緊張した声を上げる。

「気を付けろ!なんかいるぞ!」


 扉から溢れ出て来る煙はまだ衰えていないのだが、そのもうもうとした煙の中から染み出て来たかの様にヒト形が現れ出た。

 そのヒト形は次第に輪郭をはっきりとさせて来た。

 そう、さっきあたし達を出迎えた奴だった。

 

「ごほっ、ごほっ、酷い事するなぁ、なんなんだよあんたらはよお」

 奴は埃を払いながら面倒くさそうに現れ、周りを見回している。

「あれえ?僕のゴーレムちゃん達はどこ行ったのかなぁ?あれは人間程度に手出し出来る様なモノじゃあないはずなんだけどなぁ。キミ達なにか悪さした?」

 何が悪さだよ、こいつ何言ってるんだ?頭おかしいんじゃあないか?

「やはり、そこにいるバケモノが悪さしたんだね?なけなしの貴重な竜力を使って創ったのに無駄になったじゃないか。この代償は高くつくよ」

 どうやらさっきの泥人形はこいつが創ったので間違いなさそうね。さて、どうやって始末しようかしら。

 なんて考えて居るとお頭が先制パンチを繰り出した。

「ちょっと質問があるんだがいいか?」

「今、忙しいからひとつだけ許可するね」

「ちっ、案外ケチだな。まあいいや、じゃあ質問するぞ」

 そう言うと大きく深呼吸をすると、一気に質問をした。ひとつの質問を。


「正体が分からなく何をしようとしているのかも何人いるのかも誰の命令で動いているのかもどんな能力があるのかも不明なお前は俺達に自分の事を話す義務があるので素直に義務を果たしてもらいたい」

「・・・・・・・・・・・」

 奴は、口をぱくぱくさせて絶句してしまっている。

 あたしも、あっけに取られてお頭を見上げてしまっている。

「お お前・・・それでひとつの質問なのか?」

「ああ、どこからどう見てもひとつだろうがよ」

「いやいや、違うだろう」

「いやいやいや、違わくはないぞ」

「いやいやいやいや、絶対に違う!お前、欲張り過ぎだ」

「いやいやいやいやいや、ごく普通にひとつの質問だぞ?」

「いやいやいやいやいやいや、厚かましい奴だぞ、お前は」

「お褒めに預かり光栄だ」

「いやいやいや、褒めてないから」


「で?お前はなんでここに居る?ここで何をしている?ああ?」

「結局そこか?」

「当たり前だろう、他になにがあるよ?」


「うぬぬぬぬぬぬぬ、口の減らん奴だな、お前は」

「良く言われるぜ。はっはっはっはーっ」

「だから、褒めていないって」


 あー、何時までこの漫才を聞かされるんだろう、本人たちは楽しそうではあるのだが。

「しょーがねーなー、だがその前にひとつ聞かせろ」

 お?あいつ、話してくれるのかな?意外といい奴?それとも、只のおバカなんだろうか?

「ひとつだけだぞ!」

「お前と一緒にするな!」

 まだ漫才継続中だ(笑)


「僕のかわいいゴーレムちゃん達を泥に帰してしまったのは、あんた達なの?」

「ゴーレムだとお?ああ、あの泥人形の事か。かわいいかどうかは別として、取り敢えず始末させてもらったわ、鬱陶しいんでな」

「なんですとっ!?やっぱりあんたらなんだね。さっきも言ったけど、ああ見えて、人間風情にどうにか出来るモノじゃあないんだよ?創り上げるのに手間だってかかっているんだからね。あの子達が足止め出来なかったなんて、あんたらやっぱりバケモノなんだね、これではっきりしたね」

 やっぱり、あたし達を足止めして何かやってたんだ。それにしたって、バケモノって酷い言い様だわね。あんたの方がよっっぽどバケモノじゃん。

「残念だったな、せっかくここに残って、バケモノの研究やってたのになぁ」

「!!!な あんた、何で知ってるの?僕が一人でここに残って研究していた事を!」

「ん?知らねーよ?今お前に聞いて初めて知った所だぜ」

「あ、しまった」

 こいつ、ただのバカだったか。

「せっかくの研究成果も粉々だし、お前もさっさと逃げ出した方がいいんじゃないのか?」


「ふふふ、、、あんたなんか勘違いしてない?粉々だって?はんっ、確かに驚いたけどね、防壁を張ったから全然大丈夫だよ。それにね、もうほとんど完成しているんだよ。残念だったねぇ」

「なんだと?負け惜しみ言ってんじゃあねえぞ」

「ホントさぁ、どうやったかは知らんけど、竜脈が移動しちまったせいで、予定より小さくなってしまったけど、十分世界を破壊出来るだけのモノは出来たさ。お前達は世界が滅びるのを黙って見ている事だな。はっはっはっはっ むぐっ!ごほごほごほっ」

 高笑いしていた奴が突然喉を詰まらせて、地べたに四つん這いになって如咽むせりだした。

 はっとして竜氏を見ると、右手が不自然な形をしている。左手には小さな石が握られて居た。

 あたしの視線に気づくとウインクをしてきた。あ、そうか奴の口に石つぶてをみまったのか、納得だ。

 竜氏は一歩前に出ると、四つん這いの奴に問い掛けた。

「貴殿は、何故世界を破滅させようとするのでしょう?みんなで仲良く共存したほうが楽しいでしょうに」

 四つん這いになったまま奴はこちらを、竜氏をキッと睨みつけた。

「お前らにはわからんさ。恵まれて育って来た奴には虐げられて生きて来た者の気持ちなど分かるはずも無いし、分かって欲しいとも思わん。僕は僕のやりたい様にやるっ!」

 あ、竜さん、ため息吐いた。

「貴殿は只甘えているだけなのですね。虐げられない様に自ら行動しましたか?していないのではないですか?何かあると、して くれない、やって くれない、言って くれない、他力本願でくれないくれないと言うばかりなのでは?知らないけど」

「くそう、知りも 知りもしないくせにいぃぃ・・・」

「はい、私は貴殿が言う所のバケモノですから、貴殿の苦しみは理解出来ませんし理解したいとも思いません。ですが、貴殿が甘ったれている事だけは分かりますよ。だから同情はしません、己の道を行って勝手に滅んで下さいませ」

 あらあら、竜さん珍しく怒って居るわね。

「ふんっ、この世は力が全てさ。力があれば何でも出来るんだ。生き地獄の様な毎日も力さえあれば解消されるんだ」

「寂しい人生なのですね」

「竜脈さえ、竜脈さえ移動しなかったら。まだこの下に竜脈が通っていたなら、僕は世界を、この世界を手に入れられたはずだったんだ」

「こんどは竜脈のせいですか?貴殿は常に自分以外の何かに責任を求めるのですな。ご自分に非があるとは思わない。いや、認めたくないのですかな?弱い自分を」

 奴の顔が悔しさに歪んでいる様に見える。しきりに地面を叩いている。

「貴殿は、一部の貴族や力を持った有力者に多く見られる『くれない一族』だったのですな」

「くれない一族?」

「はい、一種の心の病と申しますか、他力本願の権化の様な者をそう言います。常に他人に責任を求めるのです。してくれない、やってくれない、言ってくれない、させてくれない、全てにおいて何かをして貰う事が思考の前提となっている者共の事を言います」

「治らないの?」

「難しいですな。ご自身がそうであると言う事を認める事が出来さえすれば、その時点で半分は治って居ると言っても良いでしょうが、現実にはなかなか難かしゅう御座いますな」

「そっかあ、認めたくないもんねぇ、自分がそうだなんて。周りにも居るよ、そういう人。自分は悪く無いって思っているから、進歩しないで同じ間違いを何度も繰り返すんだよね」

「自分が駆け出しの頃、我がオレンジの悪魔にも、そんな上司がおりましたな。他人の意見は一切聞かなかった為、直ぐに死んでしまいましたが」

 懐かしそうにブライアン・ロジャース大佐が呟いた。

 みんなで、同情の眼差しで見つめていると、奴は半分悔しそうで、半分意味深な笑いを顔面に仮付けて立ち上がった。

「なんだ、なんだ、その憐れみを持った視線はっ、僕はこんな事位では負けない!僕は捕まらない!次に遭う時にはもっと強力なバケモノを携えてお前達の前に立ち塞がるであろう。それまで楽しみに待っておれっ!死ぬんじゃないぞ、僕がこの手でくびり殺してやるからな。はっはっはっ」

 そう言うと奴の輪郭がぼんやりとぼやけ始めた。

「ちっ、またこの手で逃げ出すのかっ!」

 お頭が、苦々しくそう叫んだ。が、我々にはどうしようもなかった。

 次第に薄くなる輪郭が夜の帳に溶け込んで行くのを、歯ぎしりをしながら見つめて居たのだが、一人竜氏だけは目を細めたまま冷静に凝視している。

 やがて、その姿がすっかり消えてしまい、奴の高笑いだけが暗闇に響いて居た。

「諸君っ、さらばだ~っ!」

 なんの捻りも無い、ありきたりのセリフだった。


「メアリー殿、その短剣を拝借しても?」

 そのタイミングで竜氏が呟いた。

 その眼差しは奴が消えた地点から右方向を見据えている。

 差し出した竜氏の右手の平に、すかさず自身の短剣を置いたメアリーさんだった。

 受け取るや否や、竜氏の右手が一瞬ぶれたと認識した時にはもう既に短剣はその右手には無かった。

 どうやら、どこかに投げた様だった。しかし、どこに?と思う間もなく、前方の暗闇からくぐもった声が聞こえた。

 なんと、そこには奴が立って居た。その胸にはメアリーさんの短剣が生えていた。

 奴は胸に刺さった短剣を抜こうと両手で握りしめていたが、やがて力尽きたのかゆっくりと膝から崩れ落ちていった。

「こ こんな ばかな・・・バケモノ・・・め」

 それが最後の言葉だった。


 みんなは、恐る恐る奴に近寄って行き、その者言わぬ姿を取り囲んだ。

 やがて、ゆっくりと歩いて来た竜氏に視線が集まった。

「こ奴の能力は、瞬間移動でなく、空間認識阻害・・・とでも言う物でしたな」

「人族が物を認識するのは、ずばり目です。目からの情報で物がそこに有ると認識するのです。奴はその目からの情報を阻害する事によって、認識されなくするのです。目で認識出来なければ、あなた方はそこには何もないと判断してしまうのです」

「恐ろしい能力ね。要人暗殺には最適な能力だわね」

 メアリーさんは、こともなげに言う。この能力、欲しいのだろうか?

 すると、竜氏は奴の顔に持っていた布を被せてみんなに質問した。

「みなさん、この者の顔を覚えている方はおりますでしょうか?」

 これだけ相対していたんだ、バカでなければ覚えているに決まって居るじゃないか。

 しかし、次の瞬間、旋律が走った。思い出そうとするのだが、なんと覚えていないのだ。身長は?体型は?顔は?髪型は?一切記憶に無かった。声だけは辛うじて覚えていたので男だとは判るがそれ以外何も覚えて居なかった。

 場に動揺がはしり、ザワザワとしている。みんな困惑しているのだろう。

「普段から、周囲に対して弱い情報阻害を仕掛けていたのでしょう。恐ろしい能力です」

 あたしは、ハッとした。もしかして、このレイピアをくれたあの変人。あいつもこの能力を持っているのだろうか?


「お嬢、とりあえず邪魔をする奴は居なくなった。次はどうする?穴の中を調べるか?」

 さすがお頭、もう頭を切り替えて次の事を考えている。

「それも気になるんだけど、男爵とその親衛隊二千名の捜索の方も気になるって言うか、優先順位は上なのかな  と」

「そうだな、二手に分かれて同時進行で調べるか。穴の方は垂直に降りねばならん、どこまで降りるか分らんが、ここは体力のあるファフニール族にお願いしたいがどうか?」

「穴は任せろ、俺達がやる」

「よし、公邸の方は正面玄関は駄目だ。裏手から侵入しよう。誰か先行偵察にっ うおっ」

 突如大きな振動が来た。

「ダイナ・マイトを放り込んだ影響で、穴が崩れたのか?」

 みんなして公邸正面玄関を見た。半ば開いた扉から出て来ていたもわもわと土埃がその濃度を増している。

「穴にはいるのは、危険過ぎるか・・・」

 そう呟くお頭の声を遮る様になにやら地の底から低い音がした。重低音で腹に響く様な音だった。

 文字で表すと 「も゛も゛も゛も゛も゛も゛」 か 「お゛お゛お゛お゛お゛お゛」と表記すればいいのだろうか、地獄の底から響いてきている様にきこえる。

 音は、エントランスホールに開いた穴から聞こえて来る様だった。


「下がれっ!!一旦下がれえぇっ!!」

 危険を感じたお頭が声を掛ける。

 音と言うか唸り声と振動は徐々にではあるが、大きくなって来て居る様な感覚がある。何が出て来るのだ?

「うーん、地下の竜脈の残渣が上がって来てますな」

 竜氏のレーダーが反応した様だった。上がって来た?上がって?何が?何が上がって来たの?

 嫌な揺れと不愉快な音がどんどんと大きくなり、それに伴って不安も大きくなって来た。

 どうしよう、なんだかわからないけど、とっても嫌な感じだ。すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られた。


 その時だった。

 ひと際大きな揺れと同時に、目前の公館の正面玄関の扉から煙が噴き出して来た。

 来るっ!!


 何が来るのか分からないのだが、何かが出て来る気配だけはわかった。

 猛烈に噴き出した煙の中から巨大で黒い物体が扉を突き破って飛び出して天に向かって伸びて行く。

 ややあって、空に向かって伸びたその巨大な物が上空から降って来た。


 どどどおおおおおんっ!


 大地を揺るがす地響きと轟音を伴い降って来た巨大な物は、周囲に爆煙を撒き散らした。

 視界を完全に奪う土煙が収まった時、そこには屋敷から生えた  巨大な岩の塊 いや、巨大な岩で出来た腕が生えていた。


 あたし達の思考は、完全に停止してしまった。



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