52.
早目に就寝したあたしは、深夜に目を覚ました。
これから起こる事を考えると、鬱々としたり、緊張して眠れなかったりしてもいいはずなのだが、鈍いのだろうか何故か良く眠れスッキリと目が覚めたのだった。
あたしは身支度を整えて大きく伸びをした。腰では愛剣のレイピアが窓から射しこむ月の光を反射してキラリと光って居た。
「さあて、行きますか」
清々しい表情で階下に降りると、一階がザワザワしていた。
一階の食堂スペースには、深夜にも関わらず大勢の人が集まってくれていた。どうやら見送りに集まって来てくれていたらしい。
そんなみんなに手を振り挨拶をすると、胸を張って表に出た。
そこには月明りを浴びて竜氏が立って居た。珍しくタキシードでなく動きやすそうな身だしなみだった。全身真っ黒なのは変わらないのだが。
そして、その後ろには今回の作戦に参加する奇特な勇者達が集まって居た。
その先頭にはフル装備のお頭が恰好をつけて仁王立ちしていた。
背後には颯爽と立つメアリーさん、いつも隙の無いお姿です。お頭の後ろからはアウラがひよこっと顔を出した。
その更に後ろには十数名の『うさぎ』の仲間が思い思いのフル装備で並んで居た。
あらあら、随分と命知らずが居たもんだと感心していたら、遠くから呼ぶ声が聞こえて来た。
「おーいっ!待ってくれえぇっ!」
振り返るとこちらに向かって金属音を撒き散らしながら小走りに走って来る一団が見えた。
その一団はオレンジ色に染め上げた鎧を身に纏って居た。そう、オレンジの悪魔、今はレッドショルダーと名乗って居る面々が集まって来てくれたのだった。全身鎧姿でガッチャガチャ走って来て、重くは無いのだろうか?
「ははは、微力ながら我々も参加させて頂きますよ」
指揮官のブライアン・ロジャース大佐は、はあはあと荒い息をしていたが晴々とした顔をしていた。
そして、そんなみんなより頭ひとつ抜き出した一団が居た。彼らは竜族との混血であるファフニール一族だった。
今回は走竜は置いて来た様で二メートルは有る槍を握りしめていた。全身に溢れる竜族譲りの筋肉が実に頼もしかった。
かなり強力な軍団が出来上がったとあたしは思っている。
だが、国を憂いる熱き想いを持った者達は、あたしが思ったより遥かに多かったのだった。
強力な軍団のその後ろに三百名を超える有志が集まって来て居たのだ。
だが、その有志達の恰好はてんでばらばらで、見た所農家の親父さんや大工さん、子供まで居た。極々普通の力量しか無い戦いには無縁の者達ばかりだった。
その気持ちだけはとても嬉しかったのだが、今回の闘いに限ってはいたずらに犠牲者を増やしてしまいそうなので、城壁の護りをお願いする事にした。決して足手纏いだとは、思っても言わない。
今回は、何が出て来るのか判らない状況なので、参加メンバーは少数精鋭にしたかった。
少数精鋭のつもりだったのだが、気が付くと決死隊は五十名以上に膨れ上がっていた。
あたし達五十余名は静まり返った夜の街を男爵公邸に向かってひたひたと歩き始めた。
やがてお堀端に到達したあたし達は植え込みの陰から遥かお堀の対岸の公邸を覗き見た。物音一つせず人の気配も感じられなかった、あたしには。
「竜さん、おかしな気配はありませんか?」
こういう時には、竜氏の異能者レーダーはとても役に立つ。
竜氏は目を細めて対岸の公邸を睨み、やがて一言。
「全く気配が御座いません。ここまで気配が無いと言うのは不自然ではありますな」
「もしかして、、、罠?」
いやいや、例え罠であっても行かなくてはならない。
「いいじゃあねええか、罠でもよ。どうせ行かなきゃならねええんだ、真正面から行ってやろうじゃねえか」
敵に気付かれない様に物陰に潜んでいたのに、そんなの気にしないお頭は立ち上がって大声を上げていた。
確かにねぇ、どうせ奇襲が出来ないのだったら、堂々と攻め込んでもいいかもね。
お頭と目が合った。小さく頷くと、それを了承の合図と受け取ったお頭は、自慢の大剣をすらっと抜き天に向かって高々と掲げた。
「さあぁ、行くぜえぇっ!地獄の門を蹴っ飛ばしに行くぞおおぉぉっ!!」
空気を震わす様な大声に少しびびったが、みんな何故か口元に笑みがこぼれて居る。根っからの戦士なんだな。
「俺が先頭を行くっ!お前らはお嬢の周囲を固めろっ!!」
「「「「おーっ!!!」」」」
もう、奇襲もへったくれもなかった。あたし迄笑いがこみ上げて来るのを感じた。この雰囲気、嫌いじゃないかも。
「あんたの背中はまかせなっ!!」
そう言うと、駆け出したお頭の後には両手に短剣を構えたメアリーさんが続いた。
遅れてなるものかとファフニール一族の十余名があの巨体に似つかわしくない俊敏な身のこなしで続く。
あたし達も一団となってその後に続いた。奇妙な事に竜氏はやはり歩いていた。
公邸正面の橋を渡りお堀を越え、かなり広い広場に達した。普段は来客の馬車を停めて置くスペースなのだろう、これを渡り切れば正面玄関でドアを開ければエントランスだ。
しかし、周囲には全く人の気配が無い。確か二千名超えの兵が守っているはずなんだが、みんなどこに行ったんだ?
公邸に入る迄はフリーパスって事なのか?早く入って来いって言う誘いなのだろうか?。
広場の中央で周囲を警戒していると、竜氏が寄って来た。
「おかしいですな、ここの地下に竜脈の残滓が感じられます。竜脈が流れを変えたのですから、その残滓は霧散しているはずなのに、何故か地下に留まっております。誰かが意図的に集めているとしか思えません」
「おいっ、爺さん!竜脈のカスが残って居るからなんだって言うんだ?」
「能力のある者が竜脈の力を使えば、何でも出来ますよ。例えば・・・異形の物を創り出すとか・・・」
「異形の物・・・・を?」
場が静かになった。そりゃあそうだろう、聞きたくないワードが飛び出したのだから。
「そもそも異形の物って、創れるものなの?自然界に居るものではないの?」
「ははは、そうですな異形の物は自然界には居りません、全て人為的に創られたものです」
「そうなんだ。じゃあ魔物とは違うって事?」
「はい、魔物とはちゃんとした生命体であり、それぞれが種族なのです。もちろん人族と同じで概ね有性生殖により増殖しますよ。中には単性生殖や卵生や胎生の種族も見受けられますが」
「知らなかった~」
「あたいも知らなかったよ~」
アウラも本当にビックリした顔をしている。
「でしょうな、私も異形の物などここ三百年程は見ておりませんからな。竜王様にお伺いすれば何かご存じかも知れませんが」
「爺さん、本当にあの紫の異能者の中に異形の物を創れる奴が居ると思うのか?」
お頭が、恐る恐る、本当に笑っちゃう位に恐る恐る聞いて来た。
「いえいえ、ただの可能性のお話しですよ。居るとしてもそんな大した物は創れないと思いたいですな」
「そうなのか?」
「はい、創造する為のエネルギー源である竜脈の力が潤沢にあるのならいざ知らず、現在は竜脈は移動してしまっていて、ここには通って居ませんので、残滓程度で出来る物はたかが知れているかと」
そうなんだ、安心していいのだろうか?
「ん?なによおぉ」
お頭があたしの事をガン見しているんですけど。
「いやな、お前と関わってから、俺の中の常識ってもんがどんどんと崩れ去って行く気がしてな。実は疫病神はおめえじゃないのかって な。ふと思っただけだ」
「お頭の中に ジョーシキなんてあったんだぁ、知らなかったわあぁ」
あたしだって、ここまで言われて黙ってなんかいられないもん、言いたい事はどんどん言っちゃうもんねぇ。
「残滓しか残って居ないのなら安心していいのね?」
あたしは難しい顔の竜氏に同意を求めた。
「そもそも、異形の物創造には創り手の並外れた能力、膨大な量の竜力、長い時間が必要と言われていますので、そう簡単には出来ないと言われてますので、安心だと思いたいですな」
「そ そうなのね・・・?」
「はい、創造する事が出来たとしても、ろくな知能も持たない簡単な動きしか出来ないせいぜい足止め要員程度のものしか無理でしょうな。それでも創るにはそれなりの時間も労力も掛かりますれば」
「まさか、それで、、、時間稼ぎをしようとそしている、、、なんて事はないわよねぇ?」
あたしは、思わず呟いた。
「まさかあぁ。そんな事無いわよねぇ」
アウラは怯える様にあたしにしがみついて来た。
その時だった。誰かが「あっ!」と叫んだ。
声の方を見ると、一人の兵士が公邸エントランス前の地面を指差して居る。
恐る恐る指差す方を見ると・・・。
エントランスとあたし達の間の地面の一点がゆっくりと隆起しているのだった。まるで竹の子が生えて来たみたいに。
みんな、ぎょっとしてその隆起を見つめた。やはり、異形の物を創っていたのか・・・。
「ううむ、ほとんど竜力が感じられませんな、お試しに造ったか時間稼ぎ用のザコでしょうか」
竜氏だけは、冷静に分析をしている。焦って居る気配は感じられないので、本当にザコなのだろう。
やがて地面から湧き出して来たそのモノは、子供の背丈位まで成長すると、人型に変形を始めた。
人型と言っても、顔は無く、ただ頭部と手足と思われる部位が認識出来る程度の泥人形だったのだが、、、それでも月明りの下では物凄く不気味だった。
まだ、うまく歩けないのか、もたもたうごめいていると、突然『うさぎ』の一人が斬りかかって行った。
「あっ!待てっ、うかつに接近するなっ!!」
お頭の制止も間に合わず、駆け寄るやいなや泥人形の肩から斜めに反対側のわきの下へかけて一気に斬りつけた。
素晴らしい剣筋だった。一刀両断とはまさにこの事だろうか?
この分なら、いくら異形の物が出て来ても、問題はなさそうだと安心したのだが、その安ど感は一瞬で消え去った。
真っ二つに斬られたと思われた泥人形は二つにはならなかった。斬られた端から再び同化して何事も無かったかの様に元に戻っているのだった。
「なんだ?何が起こった?斬られた場所が直ぐに同化しているだと?どうかしているぞ!」
お頭がそう呻いた。この非常事態にダジャレかい。
斬った本人も一瞬硬直したが、気を取り直して素早く後ろに下がった。良い判断だ。
が、更に驚愕は続いた。
安全な距離を取る為、後ろに下がった彼だったのだが泥人形に足首を掴まれてしまったのだ。十分に安全な距離にまで泥人形から離れたにも関わらずだ。
よく見ると、泥人形の右手が伸びて彼の足首を掴んでいるのだった。
こ こいつどんな体をしているんだ。
驚愕の表情で見つめて居るみんなの目の前で、泥人形は腕を振った。すると、次の瞬間足首を掴まれた彼は上空に居た。
上空を舞った彼は悲鳴を上げつつ遠ざかって行き、お堀に頭から着水したのだった。力だけはたいしたものだと感心した。
「おいっ、爺さん、カスじゃあなかったのか?雑魚じゃなかったのか?どうなっているんだよ!!」
お頭の気色ばんだ怒声が暗闇に響いた。
「これでもカスではありますな。創るのにほとんど竜力は使われておりませんから。もし、まともに竜力を使い時間を掛けて創りましたら、そうですなぁ、身の丈二十メートル以上の物も創り上げる事が可能かと、それに高度の知能を持たせた自立型の魔物を創り上げる事が出来ますな。ま、そんな事の出来る者がそうそう居るとは思えませんが」
「まじ・・・・かよ」
流石の怖いもの知らずのお頭もびびっているのが手に取る様にわかる。もっとも、ビビらない者が居るとも思えないが。
「こやつは、まだ生まれたばかりですので、動きがまだまだ遅い様なので早目に倒してしまわれた方が、後々楽かと。次第に動きが早くなりますぞ」
「!!!!!」
「ちっ、斬っても直ぐに再生する奴か、厄介だなあ、えっ?おい」
そう嬉しそうにあたしを見る。
「お頭ぁぁ、こっちにも湧いてきましたあぁぁっ!!」
正面玄関前の方で悲愴な声が響いた。
見ると、新たな土の盛り上がりが二か所見られる。
「おいおいおい、倒す方法も判らないのに増援かよ!」
「仕方がないわね。相手が再生して来るんなら、手分けして、再生が間に合わない位の速度で切り刻み続けるしかないんでないかい?」
メアリーさんは言うが早く泥人形に向かって行った。
他のみんなも雄叫びを上げて三体の泥人形に向かって行った。
あたしは邪魔になるので、少し離れた所で戦況を観察していた。
確かに斬られても斬られても次の瞬間には元に戻って居る様だった。それに、心なしか動きが早くなってきている気もする。進化しているのだろうか?
「あれは進化でなく、成長しているのですな」
だからあぁ、心の中を読むのは止めてって!!
幸いな事に発生したのは三体だけだったのだが、一体だけでも四苦八苦している状況なので、さすがに三体は手にあまった。
確かにカスではあるのだろう、攻撃力自体は大したことは無い様だが、この打たれ強さと言うかこちらの攻撃が効かないのにはいい加減参った。
斬っても斬っても暖簾に腕押しの相手に、段々と疲れの色が見えて来た。
徐々に動きが鈍くなる我々に対して泥人形の動きはどんどん早くなってくる。まだ、何回かに一回程度の頻度ではあるが、剣をかわしている奴も見受けられる。
まずいなと思って居ると、ふと違和感に気が付いた。
「?」
あれっ?何だか近寄って来ていない?三つの集団が闘いながら徐々に近づいて来ている?
「ねぇ竜さん、何だか闘っている集団が近づいて来てません?」
竜氏は周りを見回すと暫し唸った後、驚愕の一言を発した。
「そうですな、恐らくシャルロッテ殿に引き寄せられているのではないでしょうか?」
「へっ?あたし?なんで?」
「さあて、なんででしょう?奴らにとって不都合なのかも知れませんな、シャルロッテ殿の存在が。なので優先攻撃目標として認識でもされているのでしょうか」
「あたしが?不都合?あたしは・・・なんにも・・・」
「それってさぁ、お嬢の持っているレイピアじゃない?」
時々アウラは鋭い。
「これ?」
あたしは、腰のレイピアに視線を落とした。あの変な奴から貰った魔剣と言われているレイピアだ。
「これが目当てなの?なんで?まさか、連中にとってこれが問題なの?あの異能者から貰ったんだよ?あいつらの仲間なんじゃないの?」
腰のレイピアと奴らを代わる代わる見つめた。
「どうでしょう?ここはひとつシャルロッテ殿が前面に出てみたらいかがでしょう」
「ええーっ!?あたしが?」
見回すと、みんなは総力で闘っているのに、未だに一体も倒せていなかった。そんな相手にあたしの腕で何とかなるのだろうか。
しかたがない、もうみんな肩で息を始めている。躊躇している暇はなかった。
あたしはレイピアをすらっと抜き、お頭が闘って居た一体の泥人形の元に向かった。
「お頭、どいて?」
あたしが歩み寄ると、さあぁっとみんなが道を開けてくれた。おかげで、泥人形とあたしの間に遮るものは何も無くなった。
あたしの接近に気が付いた泥人形があたしの方を見上げた。目も口も無い顔で良く分かるものだと感心したのだった。
「おいっ、無茶するなっ!」
お頭がそう叫んだ。が、その瞬間泥人形が突っかかって来た。だが、その速度は先程とは桁違いに素早かった。
飛ぶ様に向かって来た泥人形は右手をしゅっと伸ばして来たので、あたしは下から薙ぎ払った。
すると、、、あれほど苦戦していた泥人形の触手は、一瞬で宙に舞った。
舞った触手は空中で消滅していった。
「えっ?」
もしかして、効いている?
更に触手を伸ばして来た泥人形の触手を次々と切り落としつつ接近して、胴体を真横に薙ぎ払った。
斬られた胴体は霧の様に霧散していき、みんなは口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
「あらあぁ、この剣、役に立つんだあ、便利だわあぁ」
まさかとは思っていたけど、本当に魔剣だったんだ。まさか、あいつこの事を見据えてこの剣をくれたの?それって裏切りなんじゃないの?
しげしげとレイピアを見ていると、お頭に怒鳴られた。
「ぼーっとしてるなっ!こっちも頼むっ!!」
はっとしたあたしは、残りの泥人形を始末する為に再びレイピアを握りしめて駆け出した。
その後、二体の泥人形をそれぞれ一撃の下に葬り去ると、周りから歓声が上がった。
やっぱりこの剣はただものじゃあなかった。
やれる。疲労も全く感じなかった。この剣があれば、何が来ても大丈夫だ。そう思った。
「すげえなぁ、やるじゃないかお嬢。もう、俺達は役立たずだな。ここから先は、お嬢が攻撃の中心だ。俺達は護衛に徹する事にする。疲労がかなり蓄積しちまっているから、突入は一休みしてからだな」
振り返って見まわすとみんな疲れてへたり込んでいた。確かにこのまま突入するのは無謀だとわかった。
幸いな事に、三体以外に泥人形は現れなかったので、その後水分を補給して一息入れた後再度突入を試みる事にした。
「いいか、エントランスホールに入ったら正面の階段を登って、三階まで登れ。登ったら、そのまま廊下を一番奥まで行けばそこが男爵の寝室だ。後ろは任せろっ!お前はひたすら奥を目指せばいい。いいな、突入したら一気にだ。俺達も退路を確保したら後に続く!」
「わかった!!じゃあ、行くよっ!!」
あたしは、駆け出して行き、勢いよく正面玄関のトビラを勢いよく開けてエントランスホールに飛び込んだ。
そして、一歩足を踏み入れ様とした所であたしは金縛りにあったみたいに動きを止めてしまった。いや、止めざろう得なかった。
「正面の・・・階段? 正面?どこ?。大理石の床はどこ?」
「何やってるっ!!さっさと階段を登らんかぁっ!!」
そう叫ぶと、お頭はあたしを押しのけて、中に入って来た。
そして、一歩踏み出そうとした所であたしと同じに固まってしまい、空中にあった右足をそおっと元に戻した。そして、あたしを見て何か同意を欲しがっているみたいだった。
「こ これは・・・」
あたしとお頭は、中に入るに入れず、二人して入り口で立ち往生してしまった。