51.
ここサリチアは、城塞都市と言われるだけあって、守りが固く造られている。全周を厳重な城壁とお堀で囲まれているので、中に入るには三か所に設置されている橋を渡り堅牢な城門を開けて貰わなければならない。
この三か所の城門をくぐるには目の前に渡してある橋を渡らねばお堀を越える事ができないのだが、当然、橋の上は身を隠す所など無く、渡って来る間中城壁からの矢の洗礼を受け続けなくてはならない。無事渡り切ったとしても頑強な城門に行く手を阻まれ、手こずっている間も、断念して撤退する間も矢の洗礼を受け続ける事になる事は誰の目に見ても明らかであるので、難航不落であると豪語する気持ちも判らないではない。
しかし、その完璧と思われる防御力の弊害として、外からの対応は万全なのだが、内部は完全に安心しきって無防備なのだった。一旦中に入ってしまえばやりたい放題となるので城内の警備にも細心の注意を払わねばならないのだが、ここの男爵様はそこの所は理解出来なかったのだった。
あたし達は、護りを固める為この三か所の門に重点的に兵を集め、門と門の間にも等間隔に監視の兵を配置して警戒は怠らなかった。
城内にも、定期的に兵を循環させて警備には抜かりかなかった。はずだ。
男爵公邸も全周をお堀で囲っていて、中に入るには、正面の橋を渡らねばならない。逆を言えば、この橋さえ押さえて置けば、中の男爵は袋のネズミという事だ。
心配なのは、あのデタラメ集団である紫の異能者達が救援に来る事だ。あれに来られたら、打つ手は無いのだが、今は考えてもしょうがない。来た時は、来た時だ。臨機応変に立ち回るしかない。
今考えるのは、山を降りて来た五百名の正規兵の動向だ。何を考えて山を降りて来たのか、謎だった。まさか降伏でもあるまいし。
やがて、隊列を組んで山の斜面を降りて来る一団が見えて来た。
「来たか!どこを目指しているんだ・・ん?」
報告では五百だった様な・・・どうみても三百程度しか いない?
「ねぇ、報告と比べずいぶんと少なくない?数を見誤った?」
振り返ってお頭に尋ねる。
「いやいや、それは有り得ん。きちんと私見を入れず数を認識・報告する訓練を受けている奴ら揃いだぞ。考えられるとしたら、下山途中でとんずらしたんだろう」
「なるほど、、、正規兵がとんずらしたくなる作戦って、、、やっぱり あれ?」
「だな」
「そうね」
「その様で」
後続部隊と一緒にお頭側近のオグマさんが来て居た。
「忍び込みに詳しい者達を派遣して城塞の周囲を隈なく調査させていますが、抜け道の類は未だ発見されておりません。やはり、正面突破しか無いでしょう」
「特攻なんだあぁ、それじゃあ逃げるわよねぇ」
アウラはどことなく嬉しそうだった。
「お嬢、どうするよ。正面から来るんだったら、こっちも応戦するしかないぞ?被害は最小限にって言うが、間違いなく一方的な虐殺になるぜ、いいのか?」
「いいのかって言われてもねぇ。取り敢えず呼び掛ける?犬死によって」
「そうだな。それしかないか。後、効果があるかわからんが、敵の指揮官を狙い撃ちするって言う手もあるか」
「狙い撃ち?」
「ああ、恐らく指揮官は見てわかる身なりや態度をしているだろう。そいつを強弩で遠距離から狙い撃ちするんだ。指揮官が倒れれば、部下は四散するんでないかな とな。ま、淡い期待なんだがな」
「そんな事出来る人が居るの?」
「ああ、一人だけ な」
そう言うと、お頭はメアリーさんの事を見た。みんなも見ている。
あたしが見つめると、メアリーさんが大きくため息を吐きながら言い放った。
「いいよ、わかった。その役目、承ったよ」
そう言うとメアリーさんは城壁の方に歩いて行った。
敵兵の一団は真っ直ぐに中央にある正門に向かって来て居る。
それを見てメアリーさんは正門上の城壁で待機した。
本当にあんな距離から正確に狙えるものだろうか?そもそもあんな距離、矢が届くものなのだろうか?
ま、メアリーさんは人間離れしているから、出来るんだろうなぁと思った。
やがて声が届く距離に近づいた所で城壁の上から声が掛けられた。
「そのまま接近しても狙い撃ちをされるだけだ!山に戻りなさいっ!命を大事にするんだ!」
しかし、行進は止まらなかった。指揮官とおぼしき兵が馬上で剣を振り上げながら何か叫んでいた。
恐らく、躊躇した兵達に前進を命じる様に檄を飛ばしているのだろうか。
同時に兵達が突撃を開始した。
すると、次の瞬間その指揮官が一瞬硬直したと思うと、剣を振り上げたままの姿勢でそのまま後ろに吹き飛んだ。
当然ながら、敵兵の間に動揺が走り、足が止まった。。
みんなが吹き飛んだ指揮官を見ている。その額には、、、一本の矢が刺さって居た。
「うそ・・・本当に射貫いたんだ」
兵達も状況が把握出来ないのか固まっている。
城壁の上の兵達も静かに見守っている為、その場は静寂に包まれた。
やがて一人の兵によって静寂が破られた。
「う うわああぁぁぁっ!!」
突如叫び声を上げながら持っていた武器をかなぐり捨てて、今来た道を一目散に戻って行った。
それを合図に敵兵の半数が蜘蛛の子を散らす様に逃げ出して行った。
みんな、正面攻撃には反対だったようで安心した。
残りの半数は、、、攻撃を再開した、、、そして、全滅した。
無茶だ、弓で狙われている中を突撃して来るなんて。もう少し頭を使って欲しかったわ。
だが、これでもうこんなバカな真似はして来ないだろう。
こんな無駄な殺戮は、もうたくさんだ。
だが、事はそう簡単な事では無かったと思い知らされる事になった。
橋の上で倒れた死者を埋葬していると、偵察員からの使者が戻って来た。
再び、敵の正規兵五百名が山を降りて来るらしい。
「馬鹿なの?全然学習してないの?信じられない!何考えているの?」
あまりの事にあたしは叫んでしまっていた。
「いや、我々の油断を誘っているのかもしれんぞ」
シリアスな顔でそう言うお頭の顔は、何故か笑っていた。
そして、、、、第二次攻撃隊は、見事なまでに、、、、
さらに、、、、第三次攻撃隊は、完膚なきまでに、、、、
当然だが、、、第四次攻撃隊は、徹底的に、、、、
、、、、、瞬殺された。
そして、あたし達は、、、繰り返す穴掘りと穴埋めに追われて疲弊していた。
こ こんな攻め方があるなんて・・・
「シャルロッテ様、この自殺攻撃が続くと敵兵を埋める場所が足りなくなります。いかが致しましょう?」
現場の指揮官が、悲壮な表情で訴えて来た。
敵が現れた時に備え、いつでも城内に戻れる様に敵兵の埋葬場所はお堀に掛かって居る橋の近くに限定されていたのだ。
「ロジャース大佐、軍人ってみんなこうなの?こんなバカな命令に盲目的に従えるものなの?」
あたしは真剣にそう質問した。
そんな事を聞かれても困るだろうに、大佐は真剣に考えてくれた。
「いやいや、軍人がみんなそうだなどと思わないで頂きたいですな。あれは異常です。なんであんな事が出来るのかわかりませんが、異常です」
「だよなぁ、軍人だって人間だ。命は惜しいはずだ。誰が好き好んで死ぬために突撃なんかするもんかよ」
お頭は吐き捨てる様に言い放った。
「大佐の言う通り、あれは異常よね。何かおかしいわ」
難しい顔をしたメアリーさんがそう呟いた。
「・・・・だよなぁ」
「ん?オグマ、何か言ったか?」
お頭の側近であるオグマさんは普段は寡黙で、いつもお頭の後ろで控えていたが、今回は珍しく発言をしたのだった。
「ええ、この四回の攻撃を見ているとわかった事があるんです」
「ほう」
「まず、敵に変化が起こったのは指揮官が討ち取られた時でした。討ち取られた瞬間、敵兵が突撃と撤退にわかれました」
「確かにそうだったな」
「そこで、以前耳にした話を思い出したんでさ」
「どんな話だ?」
「集団催眠・・・もしくは、せんのう ですか」
「せんのうだとぉ?」
お頭が珍しく不愉快そうな声を上げた。
「お頭、せんのう 知りませんでしたかぁ?農業を専門にする人の事ですよぉ」
のーてんきアウラ節炸裂だった。
「それは、専農だろ。俺が言いたいのは、洗脳だ」
オグマさんは、きっちり突っ込みを入れるのを忘れなかった。
「うーん、今回のは洗脳と言うよりは集団催眠の方がしっくりきますかねぇ、竜殿どう思います?」
流石に博識なオグマさんでも不安なのか、竜氏に意見を求めた。
みんなの視線が竜氏に集中するが、意に介さない様子の竜氏は静かに話し出した。
「指揮官が討ち取られたとたん兵達の動きが変化した点を鑑みれば、集団催眠もあながち的外れとは言えないでしょうか」
「じゃあ、向かって来る奴と逃げ出した奴が居るのは、どう説明する?」
お頭の質問ももっともだった。あたしも、そこの所が説明出来なかったので、集団催眠を肯定できなかったのだ。
だが、竜氏は臆することなく淡々と続けた。
「それは、各人の資質でありましょう。誰もが同じ様に催眠にかかる訳でもございますまい。軽くかかった者、しっかりかかった者、その差が出たのではないでしょうか」
流石に、何百年も生きて来ただけの事はある。しっかり納得してしまった。
「軽くかかった人は催眠がとけて逃げ出して、しっかりかかった人は催眠がとけないので突撃を続行して来たって事ぉ?」
もう説明はいらないだろう。アウラのこの一言は、その場に居合わせていた全員の総意に違いなかった。みんな納得した様に頷いているのだから。
「ほっほっほっ、あくまでも、このじじい個人の考えですがのう」
満面の笑みで答える竜氏だった。
「あくまでも・・・か」
お頭が腕組みをしながら自らを納得させるが如く呟いた。
「悪魔でも・・・か」
アウラが呟くと意味が変わってくるのは、ひとつの才能なのだろうか?
「まさに、悪魔の所業ね」
あたしは、やっとの事で、その一言だけ呟いた。
「敵の置かれている状況は何となくわかった。じゃあ、それに対してどう対処するかだ。催眠であるなら、皆殺しにしなくても済む方法があるんじゃないのか?」
最もな意見だ。そうよね、何か強いショックを与えて催眠から目覚めさせれば・・・あ
あっ そうじゃない。すっかり忘れてたわ。
「それなら、いい手があるわよ!敵を驚かせばいいのよね」
「だから、それを考えてるんじゃあねえかよ!」
お頭が、少しイラつく様にそう言い放った。
「お頭も一回使ったでしょ?ベルクヴェルクで」
「あ゛?」
「あ゛?」
「あ゛?」
固まったお頭に代わってメアリーさんが発言した。
「あの、ダイナ・マイト ね。持って来たの?」
「はい、せっかく有るのに使わないともったいないので 持てるだけ持って来て貰いました」
呆れた と言う顔でしげしげと見られた後、みんなで現物を見に行って、更に大きく盛大に激しく呆れられた と言うか、みんなから罵倒されてしまった。
竜氏達後続部隊がサリチアに侵入した際、一緒に運び込まれていて、、、、燃え盛った納屋のすぐ脇に山積みにされていたのだった。
火が点いたら大変な事になる所だったのだ。呆れを通り越して、激しく叱責されても仕方のないのだった。
「まったくお前は、、、詰めが甘いんだよ!」
燃え盛った納屋の脇のダイナ・マイトの山を見て即座にその場から撤去させた後、へなへなとしゃがみ込んだお頭を始めとする首脳の面々だった。
「良く爆発しなかったもんだぜ。危うくみんな吹っ飛ぶ所だったぜ」
大きなため息とともに頭を抱えたお頭だった。
その後第五次から第十次攻撃隊までは、その前面でダイナ・マイトを爆発させた結果、みんな正気に戻ったのか這う這うの体で逃げて行く事になったのだが、どうもすっきりしない。なんなんだ、この不快な感情は・・・。
「どうした?お嬢。浮かない顔をして」
お頭にはばればれ?
「うん、誰が集団催眠かけたんだろうなぁって。毎回やって来る指揮官?それは無いよね、集団催眠掛けられる人がそんなに居るとは思えない。じゃあ、誰?って」
「なるほど、そいつを潰さないと集団催眠が続くって事か」
「うん」
「もっと敵陣の内部事情を探らんといけんな。だが、そんな余裕は無いと思うぜ。ほれ、連絡員が来たぜ」
「えーっ!?飽きもせず第十一次攻撃隊が来たのかな?」
連絡員からの報告を聞くと、知らず知らずため息が口を突いて出た。
今回の敵襲は一隊だけでは無かったのだ。
「敵の攻撃隊が来ます。今回は五百名が三隊で、それぞれが城門に向かって来る様です」
「うーん、懲りないのねぇ。学習しないのかしら」
あのアウラに迄呆れられている。
「どういう事?まだ懲りないのかな?何か裏が有るの?」
もう、訳が分からなかった。
あれから抜け道の調査は続けていたのだが、それらしいものは見付かって居なかったので、囮ではないようだが。
来るならこちらは撃退するだけなんだが、いつまでも大量殺戮を繰り返すのは本意では無いのだ。
だが、向こうにはこちらの気持ちは届いていない。
もう陽も落ちようとしているこのタイミングで侵攻して来るなんて、もはやイヤガラセでしかないわぁ。
目前に広がる森も日没とともに暗闇に沈んでいる。
あ~あ、今夜もゆっくりと眠れそうにないのかなぁ。もううんざりだった。
すっかり墨を流した様な真っ暗になった森を見ながらあたしは呟いた。
「敵の指揮官は、、、、誰の命令で動いていたんだろう?何を命じられて闘っているのだろう?」
考えれば考える程謎が深まった。
だって、彼らの行動が理解出来ないんだもん。
「どしたの?お嬢」
「アウラは疑問に思わない?普通、退路を断たれたら慌てない?帰るべきサリチアを静圧されたんだよ?普通引き返して奪還しようと思わない?それなのに、わずかな兵力をイヤガラセみたいに送り込んで来るだけで、本隊はずっと山に留まったままでさあ。何考えているのかわからないよぉ。普通はさぁ・・・」
「お嬢、根本的に考え方間違ってるよ」
「へっ?」
いきなりアウラに考え方を全否定されて、思わず変な声を上げてしまった。
「お嬢、そもそもあの連中って普通の人なの?常識の通用する普通の常識人達だったの?」
「あっ」
あまりにも根本的な所を指摘されて、はっとしてしまった。根本的過ぎて、そんな事考えた事なかったよ。
ぼーっと生きて来た訳じゃあなかったんだけど、気付かなかった。
「普通で無い相手に普通を求めてもしゃーないんじゃないかなぁ?」
「た 確かに・・・」
「良い事言うじゃねえか。はっはっはっ」
例によって例のごとく暗闇からお頭が湧いて来た。
「お頭ぁ、どこ行ってたのよ」
あたしは動揺を悟られたく無くて、慌てて取り繕った。
「ちょっとな、お山に行って来たぜ。普通で無い連中を確認して来たんだよ」
「危ない事しないでよぉ」
「はははは、だがなぁ、実際にこの目で見て来たおかげで面白い事がわかったぜ」
「面白い事?」
「ああ、アウラの言う通り、連中普通じゃなかったんだよ」
「どういう事?」
「あの寄せ集めの雑兵達はまだまともだ。この状況に疑問を感じて、逃げ出し始めている。ま、戦況不利なら金にならないんだから逃げ出して当然だ。だがな、問題は正規兵達だ」
「正規兵の方が問題なの?」
訳が分からないっていう顔でアウラが突っ込んで来る。
「ああ、正規兵と言えど人間だ。いくら命令があると言っても、帰る場所が無くなったんだぜ?普通動揺するだろう」
「あ、出た!普通」
思わず口走ってしまった。
「そうなんだよ。その、普通の行動が無いんだよ。飯の支度もせず、ただ黙って座って居るだけなんだよ」
「黙って?」
「そうだ、誰も口を開かず黙ったままだ。異様だろ?」
「そうねぇ 普通 無駄口のひとつもきくわよね」
メアリーさんも、普通を使いだした。と言うか、普通と言うワードがやたらと耳に付く。
「そこなんだよ。まるで個が無いんだ、操られているって言う表現がぴったりなんだよ」
「誰が何の為に?」
思わず心の声が口からこぼれてしまった。
「誰が・・・ベイカー男爵なの? いや、違うな、まさかカーン伯爵だったりして?う~ん、じゃあ目的は? あ!」
「どうしたの?」
心配したアウラが見上げて来る。
「うん、そうなんだ。目的は無かったんだよ」
「えっ?どういう事?」
アウラが目をパチパチしている。
あたしは振り返ってお頭の裾を掴んだ。
「お頭っ!わかった、わかっちゃった。あいつら、あそこに居座るのが目的だったのよ」
「なんだなんだなんだ、意味がわからんぞ。わかる様に言ってくれ」
あたしは興奮していたのか、お頭の裾を握りしめぶんぶん振り回していた。
「あのね、あのね、あいつら、あそこに居れば目的を果たせるのよ」
「目的ってなんだ?」
本当に理解出来ないと言う顔をしている。
「目的はね、あたし達の注意を出来るだけ長く引き付ける事。じっと座って居るだけだとあたし達の興味が男爵公邸に向いてしまうから、時々嫌がらせみたいに兵を出して来るのよ。きっとその間に何かしているに決まって居るわ」
普段より難しい顔のお頭は、顎髭をいじりながら考えている。
「有り得る話しだな、だが何の為時間を稼いでいるんだ?」
「それはわからないわ。でも、きっと奴が何かを目論んでいるに決まっているわよ」
と、後ろを指差した。その先にあるのはベイカー男爵の公邸だった。
みんな公邸の方を振り返って見た。
「だな。城壁の守りは大丈夫だから、公邸の方を重点的に調べてみるか」
その後、諜報に長けた数名を男爵公邸に忍び込ませた。
確かに、男爵の動きは不自然だった。二千名を超える精鋭を擁しているのにも関わらず、何の動きも見せていない。
何を考えているのかわからない。不気味だ。
そう考えていると ドーン!ドーン!ドーン!と爆発音が響いた。敵の攻撃隊が到着したのだろう。
敵は予想通り三つの門に正面攻撃を仕掛けて来たらしい。そして、、、今回は蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。
その日は、明け方までに第十六次攻撃隊まで襲来したが、被害は全く無かった。寝不足になった位だ。
被害は無いのだが、物凄く疲れる。いつまでこんな無駄な攻撃を仕掛けて来るつもりなんだろうか。
夜が明けると、それぞれの城門の前は屍累々になっていた。
ふと子供の声に気が付いて振り返ると、四人の歳の頃十歳位の子供達が大きな籠をぶら下げて走って来るのが見えた。
ああ、もうそんな時間かと両手を上げて伸びをした。
「はい、おばちゃん、おべんとーだよー」
そう、毎朝お弁当を配る当番の子供達だった。
「こらーっ!!誰がおばちゃんだああぁぁぁっ!!」
腕を振り上げて怒るあたしに、子供達は「おばちゃんが怒ったあぁぁぁっ!!」と笑いながら、楽しそうに駆け出して行った。
「ホントに失礼なっ!!」
あたしはぷんぷんしながらも、顔がにやけていたのだった。
「あの子達からしたら、お嬢もおばさんなんですねぇ」
ニコニコしながら、アウラがそんな事を言って来た。
「言っておきますけどねぇ、あたしがおばさんなら、あんたもおばさんなんだよ?」
と、嫌味っぽく言ってやった。
だが、アウラは気にも留めない様子だった。意外と懐が深いのか、ノー天気なのかはわからない。
そうこうしながら、朝食を食べていると、難しい顔をしたお頭がのしのしやって来た。
そう言えば、難しい顔だと思ったのだが、お頭の難しい顔や怖い顔、真剣な顔、厳しい顔、怒った顔、なんとなく雰囲気でそう思うのであって、実際には区別が付かない様な気がした。
「おいっ!偵察に出した奴らが帰って来ない!何かあったかもしれん。何か手を打たにゃあならんぞ」
「奴ら?複数なの?」
「おう、四名を送り出した。みんな相当な手練れだった。信じられん事だ」
「異能者でも居たのかな?」
「いや、居たとしても、何らかの痕跡は残してくれるはずだ。まるで消える様にいなくなってしまった」
お頭は悔しそうな顔をしている 様な気がした。
「異能者が何か力を使った様な気配はありませんな」
竜氏は、いつもの如く飄々としている。
「どうする?再度偵察を出すか?敵の正体を確かめない限りはおちおち寝る事も出来んぞ」
「そうね、もし危険な奴らが潜んでいるのなら、領民の避難も視野に入れないとならないわね」
メアリーさんも難しい顔をしている。こちらは見てはっきりと難しい顔だと判る。美人が台無しなのだが・・・。
「お頭、行方不明の人達以上の手練れは居るの?居なかったら、偵察に出す訳にはいかないわよ」
あたしも、難しい顔を作って渋く言ってみた。
お頭は黙って顔を横に振って居る。隣でオグマさんも同じ事をしていた。
「男爵公邸内の情報は、一切無いのよね」
「ああ、一切無い。二千名の親衛隊が居るであろう事だけだ。見取り図は把握しているんだがな」
「じゃあ、男爵の連れている二千名の精鋭である親衛隊が人間なのかも わからないって事ね」
一同ぎょっとしている。
おそらく、なんとなく察してはいても口に出したくはなかったのだろう。
「もし だ、もし連中が異能者だったら・・・もし、今屋敷から打って出られたら・・・なすすべも無く、俺達は全滅だぞ」
「そうね、そうかも知れないわね。でも、それは無いわ。もし打って出る気なら今までにいくらでもチャンスはあったはずでしょ?今の今迄動かないって事は、動けない理由があるはずよ」
「おめえ、妙に冴えてるじゃねえか。なんか悪い物でも食ったか?」
「ありがとう。冴えているついでに、もう少し冴えさせて貰うわね。オグマさん、外からの守りは一任して宜しいでしょうか?」
「はい、お任せ下さい。この一命に掛けましても守り通す所存で御座います」
オグマさんは深々と頭を下げた。
「おめえ、何考えてる」
お頭の声には、心なしか怯えを感じる。
「んーん、駄目よ。命を掛けたらだめよ、もう駄目だと思ったら、手遅れにならない内に領民を連れてここから脱出して下さい。一人でも多くを脱出させる事を最大の任務と心得て下さい」
「はっ」
「だから、おめーは何考えているんだ!」
「今、奴らが動けないのなら、それって最大のチャンスじゃない?奴らが動き出したら、あたし達にはなすすべが無くなるのでしょ?なら、行くなら 今でしょう」
「しかし・・・」
「最大のチャンスでも勝機がほとんど無いかも知れない、でも奴らが動き出したらもっと勝機は無くなるのよ。だったら最大のチャンスである今に掛けるしか無いと思うの」
「おめー、何言ってやがるんだ?」
「一番簡単で楽なのは、今直ぐここからトンズラする事よ。世界がどうなろうと知ったこっちゃないって、どこか遠くでのうのうと生き延びる事よ。その後世界が破滅しようと、人間が全滅しようが知ったこっちゃねーってね。でも、お頭にそんな生活出来ます?そんな人生に我慢出来ます?」
「うううう・・・」
「やるつもりなのね、あんた」
メアリーさんの目が鋭く光っている。まるで猛禽類みたいだ。
「うん、殺るつもり。同じ全滅するにも、向こうの筋書きで良い様にやられるのって癪じゃない。だったらこっちの筋書きで大暴れした方が勝っても負けなくてもすっきりするかなあって」
「あんた、すっかり勝つつもりじゃないの」
メアリーさんの目が少し優しくなった。
「ちっ、仕方がねぇな」
お頭が頭を・・・・ぼりぼりしないでえぇって言ってるじゃない!
「確かに、ばらばらに戦力を減らされるよりは一点集中した方がわずかでも可能性はあるか・・・」
お頭も表情が優しくなっている 気がした。
「それで?突撃メンバーを選出しねーとなんねえぞ?」
「うん、どうせ大勢で行ってもしょうがないから少数精鋭で行きましょう」
「そうだな、それがいい」
「竜さん、後少しご一緒願いますでしょうか?」
竜氏に振り返ってそう訊ねた。
「ほっほっほっ、竜王様から頼まれておりますれば、とことんお付き合い致しますよ。思い切りおやり下さい」
「ありがとう、ではあたしと竜氏で行きます」
みんなが驚いて口をあんぐりとしている。
「ま 待て待て待て、お前達だけで行くのか?そんなの無茶だ!何考えているんだ」
「今夜出発するから、行きたい人は一緒に行ってもいいわよ」
そう言うとあたしは休養を取る為に自分の宿へと向かった。
その日の深夜、身支度を整え宿の表に出てみると竜氏が待っていた。
そして、その後ろには、、、、。