50.
「すまんが、もっと解り易く簡潔に言ってくれんか?何を言っているのかさっぱりわからんぞ?」
お頭はいらいらを抑えながらそう言った。
「ふふふ、お頭、プレーダーマウスって覚えてます?」
あたしは思わせ振りにお頭に問い掛けた。
「確か、ベルクヴェルク山脈の裾に生息しているコウモリ型の魔物だよな、お嬢が毒にやられた」
「そうそう、彼らに応援を頼もうかと思うのよ」
当然の事だが、お頭を始めその場に居たみんなは同様に驚きの表情だった。理解が追い付かないのだろう。
「頼むって・・・そんな事できるわけが・・・」
「お頭、イルクート攻略の時の事覚えてます?」
「イルクートって・・・あ」
そこまで言うと、何か気が付いたみたいだった。
「おまえ・・・まさか、あのなんたらの木かぁ?」
「あらぁ、良く覚えてましたねぇ、そうあの時に準備していたディアブロの木を積んだ馬車を連れて来て居るのよ、いつか使う事があるかもしれないかもって。だって捨てるのもったいないでしょ?サリチアに侵入出来るんなら、街の中でこの木を燃やせば遥かベルクヴェルクの山から彼らはやって来てくれるわ」
みんな、腕組みをしたまま唸っている。
こいつ、部屋を片付けられない典型だなと思って居るのか居ないのかは誰にも判らないのだが。
「お前、良くあんな物持って来ていたな」
「うん、折角集めたのに使わないと勿体ないでしょ?ずっとベルクヴェルクに置きっぱなしになってたから持って来ちゃった。えへへ」
そう言うと、お頭は呆れたって顔をして竜氏に問い掛ける。
「おい、爺さん。サリチアで燃やしてベルクヴェルクの山まで届くのか?」
「そうですなぁ、この時期ですと北からの風が吹いておりますれば、容易に山に届くでしょうな」
その言葉で、その場に歓声が上がった。
方向性が決まった安心感かみんなの表情は明るかった。
そりゃあそうだろう、この少数兵力で壊滅覚悟で特攻をかけるより遥かに生還を期せるのだから、心底嬉しい事はわかる。
あたしも、出来るなら死にたくはない。
その日は、大筋での方向性が決まったので、みんなは安心して早々と寝床に帰って行った。
お頭が言うには、もうサリチアが見える距離なんだそうだ。
明朝、サリリアに偵察に行っている仲間の調査報告を聞いてから細かい打ち合わせを行い、作戦開始となる事となった。
翌朝、起き出して天幕から顔を出すと、初めて現在の位置関係が理解出来た。
宿営地は小高い丘だった。前方の眼下には小さいながら平地が広がっていて、その向こうには二つのそれ程高くない山が見える。
左の山はサリチアの城塞都市だろう、山頂部分には城壁に囲まれた巨大な都市が見える、その周りには水を満々にたたえたお堀が陽の光を反射してキラキラしている。右の少し大きな山々はニヴルヘイム山だった。その山頂部にはマイヤー兄様の立て籠もるニヴルヘイム要塞があるはずだった。
確かに、サリチアはもう目の前だった。
やがて偵察に出ていた『うさぎ』のメンバーが帰って来た。
彼の報告によると、お頭達が以前使った抜け道は現在も使用可能との事だった。
サリチアの城塞都市は周りを城壁と堀で囲まれている堅固な要塞だった。
しかし、その堅固さが逆に弱点でもあった。
安心しきった守備の兵達はだらけきっており、満足に警備も置かず隙だらけだそうだ。
城塞都市をぐるっと回ると城塞の西側のお堀の中には葦の原が広がって居る。その中を分け入っていくと小さなトンネルが隠されていて、城塞内の農家の納屋に繋がっていて、以前はそこから侵入したそうなのだ。
それが唯一の侵入口だと聞かされた。
ちなみに、この農家には引退した『うさぎ』の仲間が、今後いつ侵入する事になってもいいように、ここに住んでトンネルの出口を守って居たのだと言う。なので、燃やしても他人に迷惑はかけないそうだ。家の周りには狭いながらも畑があるので、隣の家に延焼する心配は無いのだとか。
あたし達は準備を整え夕方に出発する事になった。深夜になったら闇に紛れて城塞に忍び込む事になったので、あたし達はそれまで仮眠をとる事にした。
日が傾いた頃、早目の夕食を摂ると突入部隊は支度を始めた。
突入部隊は、各々背負子を背負った。その背負子には一抱えのディアブロの木が積まれた。何人かは油の入った壺をぶら下げている。
そう、あたし達突入部隊は、放火部隊だったのだ。
ディアブロの木を火種にして、放火するのが突入部隊の一番の目的だった。
なるべく大きな火事を起こし、大量の煙を発生させる事によってベルクヴェルクの山からプレーダーマウスを呼び寄せて城塞内を混乱させ、その混乱のどさくさに紛れて城塞を占領する、それが数で劣って居る我々に出来る唯一の方法だった。
日が暮れた頃、山道を下る一団の姿があった。
その一団は人の目を避けてひたすらに城塞へ向かって歩いていた。
不思議な事に、城下町には全く緊張感がなかった。街道に対しての警備・警戒が全く行われていなかったのだ。
おかげで、あたし達は楽にお堀まで到達する事が出来た。
濡れない様に背負子を頭上に掲げ、お堀を渡って葦の原に到達したのは深夜だった。
地下道をしばらく進み農家の納屋の真下に到達すると、先行偵察役が農家の納屋に入って行った。
納屋に人気が無い事を確認すると、バケツリレーで次々と背負子を納屋の中に運び入れていった。
そして運び入れが終了した者から、街中に散って行き、納屋の中には点火役の者だけが残った。
納屋に火を点け、城塞内が混乱した頃合いを見計らって打って出る事になっていた。
サリチアの城塞都市を内側から占拠して立て籠もってしまえば、ニヴルヘイム山で兄様達を包囲している二十万の兵達は帰る所が無くなる。
そうなれば、巨大な敵軍も霧散してしまうはず。もし、山を降りてこちらに向かって来たとしても、あの城塞都市ならばしばらくは持ち堪えて持久戦に持ち込めるだろう。そうすれば、やりようは幾らでもあるはずだ。
あたしとアウラは十名の仲間と一緒に昼間は食堂を営んでいる建物に立て籠った。
食堂の二階には店主一家が住んで居たので、不本意ではあったが拘束させて貰った。
数か所ある窓には見張りを置き外の様子を伺う事とした。
まだ、火は点いていない様で街は静寂に包まれている。戦争状態にも関わらずここに来る迄に歩哨や警備の兵には出くわさなかった。
どこまで堕落しているのだろうか、完全に油断しきっている。もっともあたし達には行動が起こしやすくて助かるのだが、まさか罠ではと思える位拍子抜けだった。
まあ無いとは思うのだが、あたし達を欺く罠だとまずい事になるので、拘束した店主に刃物を突き付けて優しく穏便に尋問したのだが、この城塞都市は守りが完璧なので警備は必要ないのだと自慢されてしまった。
それじゃあ、守りが完璧ならなんであたし達がここに居るんだ?と問い詰めると、黙りこくってしまった。なんともまあお粗末な自信だと呆れかえってしまった。
何事もなければ、そろそろディアブロの木の搬入?が終わり、油をかけて点火している頃だろう。
あたし達は、油断なく外の警戒をしつつ各々が持参した非常食を食べながら、作戦の開始をまった。
何故かあたし達に好意的な店主からは、食料の提供を持ちかけられたが、あたし達は丁重にお断りをした。
現地での略奪を厳しく禁止しているのはあたし達の矜持だからだ。他人の納屋に放火をしておいて略奪をしないもないもんだと思われるかも知れないが、これだけは譲れなかった。父様の名を汚す事は出来ない。
店主の家族も縛ったりはせず、静かに指示に従ってくれるのなら、ある程度自由にしてもらっている。もっとも、敵対行動や疑わしい行動をした場合はその限りではないと言い含めてある。
幸いな事に、今の所従順に指示に従ってくれているので、助かって居る。
窓の外を注意深く監視するが、街はまだ静寂に包まれている。点火はまだか?と気がせいてしまう。
こういう待機は精神を削って行くのだが、ここは我慢しかない。後少しだ。
あたしも何か口に入れるかと持って来た袋の中を漁っていると、アウラから呼ばれた。
「お嬢・・・」
室内に緊張が走る。
アウラの居る窓の傍まで行って、そおっと外を覗くと、暗くて良く分からないのだが、例の納屋から煙が立ち昇っているのが見えた。
「煙だ・・・」
室内を見回すと、みんなが拳を握りしめて居る。
まだ、敵には察知されていないみたいで、外は静まり返っている。
このまま煙が風に乗ってベルクヴェルクの山に届けば、心強い援軍がやって来る。後数時間の我慢だ。
街の建物には事前に通し番号が振られていて、作戦はこの通し番号で共有されている。ちなみに火を付ける納屋は一番。あたし達が今居る食堂は十八番。
作戦開始までの間に偵察担当が街中を調べて回り、詳細のメモをドアの隙間に入れてくれている。
テーブルにサリチアの地図を広げてメモの内容を書き込んでいく。
八十八番に敵兵五十。百七十六番に敵兵百。武器庫は百九十九番。油を蓄えてあるのは三百番。ベイカー男爵の屋敷は千番、護衛は二千名。
敵の動向は手に取る様に把握出来て居る。
地図を見ながら、今後の行動について思考を巡らしていた。
「ベイカー男爵の館はここかぁ」
城塞の中心に位置していて、周囲は堀で守られている。城塞内に混乱が発生した時、ここに立て籠るか逃げ出すか、今お頭が数名を連れて偵察に行っている。かなりの兵が駐屯している様なので、強襲部隊が館に突入するのはリスクが大きいだろうから、今後の男爵の出方によって臨機応変に対応していくことになる。
あくまでも、臨機応変な対応だ。行き当たりばったりではない。優柔不断とは違い、柔軟な対応なのである。
どの位経ったのだろうか、アウラの声で我に返った。
アウラの居る窓に近寄り、そっと外を覗いてみると空に黒い点がいくつか見受けられた。
「来たっ!!」
良かった、ちょっと心配だったんだ。空を見上げると待ちわびた援軍、プレーダーマウスが音も無く悠々と遊弋していたのだ。
彼らは納屋から立ち昇る煙の回りをぐるぐると回っていた。その数は二桁を数えた。
しかし、意外な事に事態がここまで進んでいたのに、城塞の守備隊は気が付いていないのか未だ静かだった。
とうとう火元の納屋の外にまで炎が燃え上って、明け方の夜空を赤々と染め上げ始めた。
事ここに至って、守備の兵が騒ぎだして来たが、もう消火出来るレベルではなくなって、集まって来た敵兵達はなすすべも無く、ただ納屋を取り囲んで炎を見上げるだけだった。
そして、見上げた際に異変に気が付いたのか、空を指差して何か叫び始めた。
それと同時に、警備兵に気が付いたプレーダーマウスが次々と急降下して来た。
上空から襲撃され恐怖の為にパニックになった警備兵は四つん這いになって逃げ惑うが、襲い掛かるその数はみるみる増えていき、やがて兵士の姿はプレーダーマウスで覆われていき、やがて、、、静かになった。
付近を見ると、更に何人かが襲われていた。
プレーダーマウス自体はそれほどの脅威は無いのだが、パニックになると正常な対応が出来なくなり、残念な結果となってしまう。
パニックに陥らなかった兵士が、姿勢を低くして逃げ惑っていた。
その上空では、ディアブロの煙で興奮したプレーダーマウス達が乱舞している。
そんな時、逃げ惑っていた兵士が一人、あたし達の潜んでいる食堂に駆け込んで来た。
ドアを勢いよく開けて飛び込んで来た兵士は、入り口で立ち尽くしている。
さぞや驚いた事だろうが、あたし達も驚いている。
「いらっしゃいませえぇぇ~♪」
こんな時でも、マイペースで緊張感の無いのがアウラだった。
すかさず両脇から取り押さえると、その兵士は状況が呑み込めない様でキョトンとしており、大人しく確保されていた。
「ごめんねぇ、悪いけど大人しくしてもらえるかなぁ?」
あたしが、そう声を掛けると、その兵士は目を白黒させていて、声も出せない位驚いている。
それでも、自分の立ち位置を正確に理解している様で、逆らう事はせず大人しくその場に腰を降ろした。
従順そうなその姿勢に、あたしも彼の目の前にしゃがんでその目をじっと見つめた。
「少し質問しても宜しいかしら?」
彼はあたしの質問に、頷いて答えた。
「この街の警備状況はどうなっているの?全く警備されていない様なんだけど?」
すると、彼は躊躇する事なく、つらつらと話し始めた。
「ここには、頑丈な城壁とお堀がある難攻不落の要塞なので、上層部は門さえ閉じていれば警備は不要だと考えております」
「はぁ」
「仲間が外で戦っているのに、上層部は門を閉じて連日パーティに明け暮れています。今なら簡単にサリチアを制圧出来ますよ。その為に来られたのでしょ?」
「あらら、いいの?そんな事言って。あなたには領主に対しての忠誠心は無いのかしら?」
「はいっ!こんな腐りきった連中はどうなろうと関係ありません。遠慮なくやっちゃって下さい。何ならお手伝い致しますが?」
あはは、よっぽど嫌われているのね、あの男爵。
「それなら、ひとつお願いがあるんだけど」
すると、彼の表情がぱあーっと明るくなった。
「何でもやります。何でも言って下さい」
「あたしはね、シュトラウス大公国聖騎士団の団長兼国軍総司令官を務めるリンクシュタット侯爵の次女シャルロッテです」
彼の目は大きく見開かれ、驚愕の表情で腰を抜かしてしまったみたいだ。
「あたし達は国軍総司令官の命令でベイカー男爵を討伐に来ました。第一級戦犯なので男爵は討伐しますが、一般の兵達には罪はないので、できるなら命は奪いたくないの」
「はい」
「あなた的に見て、ニヴルヘイム山に向かった二十万超えのあの軍をどう見るかな?」
しばらくあっけにとられた様な顔で呆けていたのだが、はっと我に返った彼は急に笑顔になった。
「あはは、あんなの軍なんかでは無いですよ、、、、あ、、、いや、、ありませんです、はい」
「いいのよ、ここは戦場なのだからかしこまる必要はないわ。思った事を言ってちょうだい」
「あ はあ では、申し上げさせて頂きます。正規軍は一万もおりませんよ。二十万超えと仰りますが、ほとんどの者は食いっぱぐれの流れ者です。戦況によってあっちに付いたりこっちに付いたりと信用の置けない輩です。只の烏合の衆であります」
「やはりねぇ、そうじゃないかと思っていたのよ」
「ですので、統制はとれておりません。正規兵の二十万でしたらこの城塞もひとたまりもありませんが、あれは寄せ集めの集団ですので、この城塞が落ちたと知れば、みんな散り散りに逃げ出すでしょう。その証拠にあの喰いっぱぐれの連中はこの城塞内には一歩も入れさせてはおりません。統制が乱れるのを恐れた男爵が入れさせなかったのです」
「それはいい事を聞いたわ。それなら何とかなりそうね」
「はい、ですが油断は禁物です。男爵の公邸には男爵子飼いの精鋭が多数残っているので一筋縄ではいかないかと思います」
「そうね、なかなかの脅威ではあるわね。でも、公邸を封鎖しつつ外敵から城壁を守るのは至難の業よねぇ」
「ですね。みなさんは内と外の敵に挟まれて居ますから、まずはどちらかを排除しないといけませんね」
「ちなみにだけど、この城塞内の兵力分布はどうなっているの?味方になりそうな人はいる?」
「それなら大丈夫です、男爵は依怙贔屓の激しい方でした。公邸の中には自分に無条件に従う者しか入れず、気に入らない者は自分の盾にする為にこうして城塞の周辺部に追いやられました。今、街の中に展開しているのは男爵に嫌われている者ばかりです、話せば大方はお味方をするでしょう」
「プレーダーマウスを呼び込んだのは失敗だったのかなぁ」
「それは問題ないですよ。やられているのは、我々を監視する為に男爵から派遣されて来たぼんくらばかりですから」
「あらぁ、あなたもやられていなかったかしら?」
「あはは、手厳しいですねぇ。ですが私は逃げ遅れた味方が居ないか、見て回っていたら逃げ遅れてしまったんです」
「お嬢、プレちゃん達がどこかに飛んで行きますよぉ」
窓の外を覗いていたアウラが緊張感の無い声を出す。
みんなで窓の傍に行き外を見ると、あれ程居たプレーダーマウス達はほとんど居なくなっていた。
恐る恐るドアを開け、外に出て白み始めた空を見ると上空にいたプレーダーマウス達は男爵の公邸のあると思われるあたりに集まって居るのが見受けられた。
「なんで?どういう事?」
あっけにとられていると、まだ薄暗い路地の影からお頭が現れた。メアリーさんも居た。
「どうやら上手くいったみてーだな」
お頭は上機嫌だった。
「もしかして、何かやったの?」
「正解だ。男爵の館を偵察に行ったんだが、手ぶらで戻るのも何なんで、お堀の縁で焚火をしてきてやったんだよ。こいつでな」
ニヤニヤしているお頭の手には木の枝が握られていた。
「それって・・・」
「そうだ、ディアブロの木だぜ」
してやって感満載の表情で笑っている。
「さすがね、お頭」
「おお。まかせろや。それでな、今後の事を相談しに戻って来たんだ」
「あ あんた・・・まさか 『うさぎの手』のムスケル・・・」
さっき捕獲した男、クリスだった。
「ああ?なんだ?こいつ」
お頭は怪訝そうな顔をしている。
「ああ、彼はね・・・」
紹介しようとすると、彼は前に進み出て自己紹介をし始めた。
「自分は、クリスタットフォード子爵と申します。当家は本来ならサリチアを治めるべき立場なのですが、カーン伯爵に疎まれまして、今や警備隊の隊長職を余儀なくされております」
「で?その子爵様が何だって言うんだ?俺達の味方をしてくれるとでも言うんかい?」
「はい、出来ましたら一般市民の被害は最小限に抑えたいのです。その為なら何でもご協力致します」
子爵様だったんだ。どうりで育ちがよさげだと思ったわ。
「実は、ムスケル殿とは一度お会いしているのです。幼少の時分にですが」
あ、お頭の目じりがぴくっと引きつった。まさか、お頭が捕まった所を見られているとか?(笑)
「その話は・・・するな。忘れろ!」
あ、ずぼしだ。お頭の人生最大の恥の生き証人だったんだあ。お頭ぁ、口封じしたら駄目だよおぉ。後で聞き出さなきゃ。
「それで、本来は統治者であるはずの子爵様がなんでこんな街はずれに居るんだ?おかしいじゃねえかよ」
照れ隠しなのか、随分と直球で斬り込むわね。
「カーン伯爵がベイカー男爵をここサリチアの領主の据えた後、自分は側近に降格されました。その後も男爵の行いは統治者にあるまじきものでした。そこで、いちいち諫めていたら爵位をはく奪されて城塞の辺境に追いやられました」
「なるほどな。恨みはあっても忠誠心はねぇってこったな」
「城壁の守備隊は自分の指揮下にあります。今回の作戦は全面的に支援致します」
「そうか、それで今後はどうするよ?男爵公邸の上空にはあのやっかいな奴が大量に居るから、こっちも自由に動けんぞ」
まいったなぁ、こんな状況は想定してなかったなぁ。
まずは、プレーダーマウスを退治しないといけない。山から呼んだ後の事までは考えてなかったわ、どないしよう。
既に、納屋の火はくすぶり始めている。もうこれ以上増える事は無いとは思うのだが。
プレーダーマウスは夜行性なので、もうそろそろ居なくなるはずなんだが、興奮しているのかまだ元気に飛び回っている。
城壁の守備隊は既に支配下に治めた。兵達はなすすべも無くプレーダーマウスを避けながら、物陰に潜んでいる。
お堀の向こうに残して来た竜氏達居残り部隊を城内に引き入れ、今後に備えて対策を立てなくてはならない。
向かいのニヴルヘイム山での戦いはまだ続いているみたいで、時々風に乗って戦いの声が聞こえて来る。
早くこちらに敵兵の目をこちらに向けないといけないのだが、まだ目途が立って居ない。
段々と日が登って来て、辺りが明るくなって来た。
男爵公邸上空には、まだ百匹以上のプレーダーマウスが乱舞しており、時折降下して人を襲っている。本来夜行性のはずなんだが、興奮しきっているのか、まだ帰る気配は見えない。
手詰まり状態のあたし達だったが、そこで南の空から思いがけない援軍が現れた。
最初は小さな点だったのだが、小さな点は次第に大きくなって来た。あれは、見覚えがある気がする。
まさか・・・ワイバーン?なぜ、ここに?
「恐らく、餌場として認識したのでしょうな」
「えっ?餌場?プレーダーマウスを?」
「ええ、あれだけ数が居ますので、いい餌場だと思ったのでしょう」
確かに、ワイバーンがプレーダーマウスの群れに突入して食べている様だ。
「プレーダーマウスはワイバーンにお任せして、お山の敵兵に備えましょう」
竜氏は淡々と話す。
「そ そうね、あっちをなんとかしないとね。お頭ぁ、男爵の方はどんな感じ?」
「ああ、連中はネズミみたいに穴倉の中に引きこもって出てこないぜ。今、ファフニール一族の者を中心に周囲を固めている。あの連中なら安心して任せららえるが、応援は早いに越したことはねえな」
「あの、竜族との混血の一族ね、了解」
「クリスさん、城壁の配置はどんな感じですか?」
「はい、既に城壁全体に連絡は行き届いております。シャルロッテ様の部隊と協力して迎撃体制は整っております。特に、三か所ある跳ね橋の所にはご提供頂きました だうな・まいと ですか、あれも配備完了です」
「ダイナ・マイト ね。OK。お頭、そろそろ仕掛けますかね」
「うむ、いいだろう。捕虜にしている男爵派の奴を五人程開放するぞ。既に真っ直ぐニヴルヘイム山に向かう様に言い含めてある。ちなみに俺達の戦力は十万って事にしてある」
そう言うと、いたずらっ子みたいにニヤッと笑った。ホント、いたずらっ子だわ。
「十万ねぇ、随分盛ったわねぇ(笑)」
「言うだけならタダだからな。逃げてくれればめっけもんだ」
「違いないわね。さあ、作戦開始よ」
捕虜を開放したら、後は待つだけだった。事態が動くのを。
当然、ニヴルヘイム山には偵察員を派遣して、敵の動向は細かく探っている。
同時にハトをニヴルヘイム要塞に送って、あたし達がサリチアをほぼ制圧した事。ベイカー男爵を公邸に閉じ込めた事、ニヴルヘイム攻撃軍にサリチア制圧を知らせた事を連絡した。
さあて、どうなるか・・・。
「メアリーさんはどう思います?奴ら、向かって来るかしら?逃げ出すかしら?」
「そうねぇ、烏合の衆だからねぇ、普通に考えたら逃げ出すんじゃないかしらね。正規軍は知らないけど」
「そうだな。組織立って反撃など出来んだろうな」
お頭も大きな反撃は無いだろうと言った。
振り返って男爵公邸上空を見ると、プレーダーマウスを食べ尽したワイバーン達は一匹、又一匹と大きな羽を翻して山に帰って行く所だった。
何匹かはまだ地上に舞い降りて餌漁りをしている。餌とは、、、男爵公邸に居た兵士達だった。
今回は役に立ったのだが、本当だったら絶対に出会いたくない相手ではある。早く山に帰って欲しいものなんだけど。
しばらくニヴルヘイム山を観察していると、偵察隊から一報が入った。
それには、ニヴルヘイム攻撃軍から正規兵と見られる兵約五百名程がこちらに向かって山を降り始めた事。まだ少数ではあるが、攻撃軍から兵が逃亡を始めている事が記されていた。
「さすがに、一気に分解は無いと思っていたけど、もう効果は出つつあるみたいね」
あたしは、少し安心した風に言った。
「ああ、おまけに敵の指揮官に実戦経験がねえのが露呈したな、たかが五百で何が出来ると思っているんだか」
お頭も、ため息交じりにそう呟いた。
「そうよねぇ、攻城戦は守備側の三倍以上の戦力で攻めるべしって言う鉄則を知らないんですかねぇ」
「アウラに言われる位だもの、敵指揮官の能力は推して知るべしね」
メアリーさんも手厳しい。
「クリスさん、まさかとは思うのだけど、秘密の抜け道 なんて無いわよねぇ?」
「むっ!?そうか、抜け道があるのなら五百も頷けるか・・・」
お頭はそう言って頷いている。
「そうですねぇ、自分が把握している範囲ではその様な物は無いはずなのですが、自分ら疎まれている者には知らされて居ない可能性はありますな。あの五百名はおとりの可能性もあるでしょう。今後の敵の動きを注意して観察すべきかと思います」
この、クリス氏はただの役立たずでは無いみたいね。切れ者であるが為に男爵に疎まれたのかも知れないわ。
「敵兵の動きには要注意ね。特に別動隊が居ないか偵察を増やしてちょうだい」
あたしはそう指示をだすと、ニヴルヘイム山に視線を移した。
マイヤー兄様、後少しです。頑張って下さい。