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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
46/168

46.

 現在、城塞都市サリチアは、兄マイヤーが国軍を率いて圧倒的な兵力で攻めているはずだったのだが、その職員からもたらされた内容は、意外なものだった。

 

「マイヤー様の軍団は、当初の予想ではさほど時間をかけずにサリチア制圧が出来るものと思われていました。しかし、思いの外抵抗が激しく攻めあぐねていた所、例の火山の噴火が起こり、サリチアもその噴火に巻き込まれる事がわかり、マイヤー様は軍を一旦ニヴルヘイム要塞に引き上げました」

「マイヤー兄様はご無事なの?」

「はい、ご無事で御座います」

「でも、なんで攻めあぐねていたの?かなり優勢な戦力があったのでしょ?」

「どうも、サリチアの連中は街と心中する覚悟の様でして、夜になると度々少人数による特攻を仕掛けて来ており、マイヤー様の軍はその恐怖に士気が大幅に低下してしまっており、此度の噴火を利用して兵を下げて軍の建て直しを図ろうとしたご様子です」

「だが、噴火はサリチアを直撃せずに、直前に進路を変えてしまった。それが敵に利してしまったのね」

 メアリーさんは難しい顔でそう呟いた。

「その通りです。国軍がニヴルヘイム要塞へ撤退するそのタイミングで、連中は背後から全力で追撃戦を仕掛け、撤退を始めていた国軍は不意を突かれたため総崩れになって要塞に敗走しました。実戦経験の浅い兵に指揮官ですから、メンタル面が弱かったのでしょうか」

「撤退戦は攻め込む時よりも難しいからな。整然とした退却と敗走は紙一重。指揮官の経験値が物を言う」

 ああ、そうだ、合戦の座学で教わった記憶がある。撤退する際は、相手に気付かれない様に細心の注意を払って少しずつ兵を引くべし。だったかな。

「はい、火山の噴火が迫って来ていて、恐怖の為兵達が浮足立っているところに撤退命令を出したものですから、我先にと完全な敗走になってしまい、建て直す事も出来ないまま最後尾の部隊から次々と追撃して来る敵兵に喰われたそうです。兵達もかなりの数が四散してしまい、現在は、残った兵がニヴルヘイム要塞に立て籠もって敵の攻撃を凌いでいるそうにございます」

「なんて事。敵味方の戦力はどうなっているの?」

 思わず強い口調で問いただしてしまった。彼が悪いわけじゃないのに。可哀想なその職員氏はびびりながらも、慌ててメモをめくって居る。

「現在、戦闘中なので正確な数は把握出来ておりませんが、国軍は約一万五千。敵は六万を上回るものと思われ、まだまだ増加を続けております」

「えーっ、それおかしい!マイヤー兄様の軍はもっと居たはずよ。敵だってそんなに居る訳がないよお」

 天下の国軍がそんなに減る訳がない、何かの間違いよ、有り得ない。

「それが戦の常よ。負ければ兵は減る。勝てば増える、当たり前だろう」

 メアリーさんは平然と言ってのけたが、あたしは納得がいかなかった。

「その通りです、負けた国軍からは、戦死以外にも多くの兵士が離脱してしまいました。逆にサリチア軍にはサリチア有利と見たフリーの傭兵達が大勢参加して、どんどん膨れ上がっております」

「えーっ、そうなの?」

「はい、傭兵も食べて行かねばなりませんので、状況を見ていて勝てそうな方に参加するのです。これは仕方の無い事なのです」

「んーっ、あたし納得がいかない!納得がいかないから行くっ!」

「行くってどこに行くの?」

 アウラが緊張感の無い声で聴いて来る。

「決まってるでしょ?ニヴルヘイム要塞に行くわ。兄様のお力になるのっ。みんなが止めてもあたし一人でも行くんだから」

 メアリーさんが大きなため息をついている?呆れているの?それでもあたしは行くわ。

「ほんと、周りが全然見えていない上に独り相撲が大好きなんだから。あんた一人でどうするつもり?誰も止めたりしないわよ。行くんなら、さっさとしないと手遅れになるわよ!」

 ああ、いつも厳しいメアリーさんが認めてくれた、なんか嬉しい。

「うん、行くっ!」

 あたしは、駆け足で地下に有る中央情報処理センターを出て地上を目指した。後ろからアウラも駆けて来る。

 急がなくては、急いでニヴルヘイム要塞へ向かい兄様をお助けしなくては。あたしの頭の中はその事で一杯だった。

 階段を駆け上り玄関ホールをダッシュで駆け抜けると、そのまま情報処理センターのある屋敷を飛び出した。

 飛び出して、、、そのまま急停止をした。いや、足が止まってしまった。

 すかざず背中を大きな衝撃が襲った。アウラが激突してきたのだった。

「いったあああぃ、お嬢っ急に止まらないでよおぉ」

 鼻を押さえながらアウラがあたしの横に出て来た。

「あ アウラ  これ・・・」

 目の前に広がる丘の斜面には、見覚えのある光景が広がって居た。デジャブー?そう、あの時はイルクートに向かって出撃する時だった。

 今再び丘の斜面には、無数の人が集まって居た。見た所、『うさぎ』のメンバーに国軍の正規兵、中には一般人農民だろうか鎌を持った人も見られる。あ、あのオレンジの一団は、、、まさかオレンジの悪魔?なぜ?国に返ったのでは?

 まてまてまて、あのみんなより頭ひとつ大きいあの半裸のむきむき集団はなに!?乗って居るのは、、、まさか、走る事に特化したと言われている幻の走竜なの?ベルクヴェルクの山沿いで何十年かに一度の頻度で死体が見つかると言うマボロシの。

 どうなってるのよ、これ。

 だけど、アウラはなんら驚く風でもなかった。

「ああ、ずいぶんと集まりましたねぇ」

 平然としている。

「アウラ あなた、この事知ってたの?」

「いいええ、しりませんよお。でも、想像の範疇でしたけどねぇ」

「そうなの?」

「ええ、国と言う物は、未曽有の国難に出会うと防御力が高まり、自然と結束が固まるって言うじゃないですかぁ。ですから、みんな集まってくるかなあって。それに、お頭が出て行く時、口元がにやっとしていましたあー。だから、ああ何かあるなあって」

 もうこの娘はっ、大人なんだか子供なんだかわからなくなってくるわ。


「ほうほう、ファフニール一族も間に合いましたな」

 あなたも何か画策されていたのですか?竜さんや。

「あの者達は我が竜族の眷属けんぞくになります。遠い昔に人族との混血で産まれた一族ですので、非常にその数が少ない少数部族なのです。非常に力が強い一族なので此度の戦いのお役に立てるものと思います」

「そんな希少な種族を巻き込んでしまって良いのですか?こんな戦いで数を減らしてしまったら・・・」」

「優しいのですね。大丈夫ですよ、彼らも一流の戦士ですから覚悟は出来ておりますし、なにより彼らは滅びの一族なのですよ。彼らには生殖能力が無いので、ただ死んでいくのみなのです。今回の参戦は、只死ぬのを待っているよりもそのたぐいまれな能力を有効に使いたいと言う彼らの意思ですのでお気になさらないで下さい。上手く使ってやって下されば、彼らも喜びます」

「・・・ありがとうございます」

 あたしは、只頭を下げる事しか出来なかった。本当に感謝しかなかった。


 頭を上げると、丘の中腹から手を振りながら駆け降りて来る全身鎧で固めた人が視界に入った。

 誰なのか確かめるまでもない、全身に纏った色も鮮やかなオレンジの鎧。そうオレンジの悪魔のブライアン・ロジャース中佐だった。

「おーい、おーい」

 叫びながら駆け寄って来た。

「シャルロッテ殿、又来てしまいましたぞ。はっはっはっ」

 豪快に笑ってはいるが、いいのか?勝手にやって来たりして。

「ロジャース中佐、いいのですか?お国に帰らなくて」

 ニヤッと笑った中佐は驚きの報告をして来た。

「それがですなぁ、ふっふっふっ、帰り道にククルカン要塞からの命令書を持った使者に会ったんだよお。そいつがな、ハイデン・ハイン将軍からの命令書を持っていてな、聞いて驚くな、俺達はオレンジの悪魔配下の別動隊、オレンジの悪魔レッドショルダーとしてこのままここに留まり尽力せよとの事だったんだよお。なっ?凄いだろ?凄いだろ?」

 子供みたいにはしゃいじゃっていて、あたしはどう反応していいか困惑していた。確かに、彼らの力は有難いのだが・・・。

「あ ありがとうございます。それで、レッドショルダーって?」

「ほれほれ、見てよ見てよこれこれ」

 ロジャース中佐は自分の肩の所をしきりに指差している。

「えっ?肩?肩がどう・・・?ああ、肩のパーツが赤いわね」

「そうなんだよ。肩のアーマーが赤いんだ、だからレッドショルダー。シュトラウス派遣軍専用として今回作られた新装備なんだよ」

「へーっ、かっこいいですわね」

「だろう?それにだな、おかげで出世して今は大佐だよ。ほんとうに感謝だ」

「まぁ、良かったですねぇ」

「うむ、部下たちもみんな出世出来て喜んでいるよ。で?今度はサリチアに行くんだろう?さっさと出発しよう、我々はもう準備出来ているぞ」

「そうだぞ、ぼやぼやするな。周りを見て見ろ、みんなお前の号令を待っているんだぞ」

 いつの間にか、お頭が現れていた。


「そうね、いっちょいきますかっ! みんなっサリチアがあたし達を待ってるぞおおおっ!!」

「胸を張って、出発するよおおお!!みんなあーっ、顔をあげろおおっ、しゅっぱつだあああぁぁぁっ!!!」



 あたし達は支度の終えた者から三々五々にベルクヴェルクを出発してサリチアへ向かった。

 出発した時はてんでバラバラの烏合の衆の様な集団だったが、途中の宿営地で休む度に隊列を組み直し次第に戦う集団へと変貌していった。


 あたし達がベルクヴェルクを出発してから五日が経った。出発した頃の高揚感は鳴りを潜め、只淡々と進軍を続けていた。ベルクヴェルクのお山から来てくれたドラゴンさん達のお陰で街道からは火山灰が一掃されていて快適だった。しかし、道の両側にはまだ大量の火山灰に覆われたままの麦畑が延々と広がっており、途方に暮れているお百姓さんを見掛ける度に心が痛んだ。甘ちゃんだと言われればそれまでなのだが、心が痛むのだから仕方がない。

 早く復興の手助けをしてあげるには、この騒動を一日も早く片づけるしかない、あたしは一日も早い騒動の解決を心に誓ったのだった。


 そんな事を一人考えていると、派手な色の塊が寄って来るのが視界に入って来た。オレンジの悪魔のブライアン・ロジャース中佐、いや昇進して今はブライアン・ロジャース大佐だった。

「シャルロッテ殿、聖女様がお見受け出来ないのだが、いかがされたのだろうか?」

「ふえっ?」

 不意に話し掛けられたので、あたしは変な声を上げてしまった。

「いやあ、部下に聞いて来てくれとせがまれましてねぇ、聖女様のお姿は殺伐した戦場で心の癒しと言うか、一服の清涼剤というか、唯一の女性らしい女性と言うか、みんなのモチベーションの拠り所と言うか、お姿が見られなくてテンションダダ下がりなのですよ。はっ、はっ、はっ」

 あんた、それ物凄く失礼って知ってます?ここにも女性は居るんですよ?なんなんですか、その物言いは、、、。

 あたしが黙って下を向いて怒りを堪えている姿に、やっと地雷を踏んだ事に気が付いた大佐は、口元に手を当てて あっと叫んだ。

「あああ、あの、部下に聞いて来てくれと頼まれただけでして、、、ええと、じゃあそんなところでっ」

 そう言うと、踵を返して元居た方に帰って行った。

 ごごごごごごごごごごご 

 腹の底から湧き上がって来るこの不条理な感情、一体どうしてくれよう。

 出口の見えない感情と戦って居ると、ふと足元に違和感を感じた。

 馬が足を取られ始めている?それに、視界がなんとなく煙って居る?

 じっと足元を見下ろすと、綺麗に掃除された街道に再び灰が積もって居た。それも人の足首が埋まる位に。

 顔を上げて周りを見回すと、北上するにつれ火山灰の層が厚くなって来ている事に気が付いた。空も次第に暗くなって来てまるで夕方の様に暗くなっていた。

 周りが煙って来たのは、大勢の人間が隊列を組んで進んでいる為に火山灰を巻き上げたのが原因だった。

 やがて火山灰対策の為、各自がチーフで鼻と口を覆ったのは当然の選択だった。

 どうやら火山の噴火は最盛期ほどではないものの、まだ続いている様で、気が付くと全身が火山灰で白く覆われてしまい、みんなも気が付くと手で灰を払ったり、上着をバサバサとしていた。

 気が付くとまつ毛には灰が降り積もり全身が灰で真っ白になっていて、まるで雪中の行軍みたいだった。口の中もじゃりじゃりしてきて、気持ち悪いのだろう、みんな水筒の水で口をゆすいでいるのが見て取れる。

 そんな中、更に数日進むと、堆積した火山灰は膝を超える高さに達してしまい、事ここに至り馬での進行は無理と判断し、有志が交代で火山灰をラッセルしながら進む事になった。当然進行速度は絶望的なまでに低下してしまうと思われた。

 しかし、ここで能力を発揮したのがファフニール一族と言う竜族の戦士達だった。

 彼らはそのたぐいまれな体躯を使い、物凄い勢いで火山灰を街道の脇に跳ね飛ばしており、街道に積もって居た火山灰はみるみる無くなって行く。


「凄い!これならあっという間に前進出来、、、、、る訳ないじゃん!確かに凄いけど、こんな歩くより遅い速度じゃいつになったらサリチアに着くかわからないよお」

「でも、お嬢、これ以上はどう考えても無理だよー。都合よく竜巻でも発生して、都合よく街道に沿って移動して行ってくれなきゃねぇ」

 うん、確かにアウラの言う通りだ。そんな都合の良い事なんか起こる訳がない、もっと現実的な事を考えないとだめだ。

 それに時間が無い。今は幸いな事に降り積もった火山灰はさらさらしているから、撤去も比較的簡単だが、一旦雨でも降ろうものならどろどろになってしまい撤去の労力が数十倍に跳ねあがってしまう。さらに乾燥するとかちかちに固まってしまい、もう撤去は不可能になる。時間は雨が降るまでしかない。どうする、どうしたらいい?

 物凄い勢いでスコップを使い火山灰を街道脇に寄せている竜族の戦士達を遠目に見ながら考えるが、いい打開策は何も浮かばない。あたしの凡庸な頭で考えるのには荷が重かった。しかたがない。

 メアリーさんに相談しようと思ったが見当たらなかったので、腕を組んで難しい顔をしているお頭の元へ向かった。

「ねぇお頭。なんかいい方法無いかしら?こんなんじゃあ、いつになってもサリチアに着かないわよ。アウラは竜巻でも起こさないと駄目だなんて非現実的な事言っているけど、もっと現実的な方法ないかしら?お頭ならいい案の一つや二つあるんじゃなあい?」

 お頭は、竜の戦士達から視線を外す事もなく言い捨てた。

「アウラの言う通りだ、竜巻でも起こせ」

「へっ?な なにを・・・」

「お前俺をなんだと思っている?俺にだって、出来る事と出来ない事がある。ハッキリ言って、、、お手上げだよ」


 ですよねぇ、こんな非常識な状だったから、非常識なお頭を頼ったんだけど、駄目かぁ。もっと飛常識な奴って言ったら・・・。

 そこまで考えて、思わず頭を左右にブンブンと振った。なに非常識な事考えているんだとため息を吐いてしまった。

「非常識な現状の打開を非常識な奴に頼るなんて、あたしも非常識だったのかな・・・」

 なんて思わず呟いたのだが、思いがけない返事が返って来た。

「だったら、非常識な奴に頼ればいいじゃない。竜巻を起こせばいいんでしょ?」

 ・・・・と。


 はっとして振り返ると平然と立って居る奴がいた。

 本来見たくも無い奴だった。

「おっ お前っっ!何故ここにっ!」

 そう、そいつはもう二度と見たくも無かった奴。腕をむしられても生えて来る奴。会話をするだけで、イライラして鬱陶しいやつ。神出鬼没な奴。ふてぶてしい奴、名前は、、、、なんだっけ?

 お頭もアウラも唖然として立ち尽くして居た。

 メアリーさんは、、、上空から今まさに斬りかかろうとしていた。って、いつ飛び上がったのお?

 そんな一撃必殺の剣を軽くかわすと、こちらを振り返った奴。何度も何度もちょっかいを掛けて来た厄介者。

 思い出した。確か、ジョージ・マッケンジーって名乗っていたっけ、こいつ。


「あんた、正気?敵の真っただ中に一人で現れるなんて、正気を疑うわ」

 ほんと、敵の真っただ中にあって平然としている、まともな神経をしているとは思えない。

「だあってえぇ、あちきは非常識な奴なんでしょう?だったら、別にぃおかしくないんじゃあないかしらぁ?」

 あちきって、、、、気色悪ぅぅぅぅぅぅ。会う度に気色の悪さが際立ってきてるんじゃない??

「その非常識がなんでここに居るのかしら?」

 あたしも真っ向から奴に向かい合って、会話に応じる事にした。なぜなんだか、あたしもわからないんだけど。

「あんたらさぁ、困って居るみたいじゃないのぉ、だからねぇ、チャンスを あ げ る」

「チャンスですって?意味がわからない」

「だからぁ、あんたら早くサリチアに行きたいんでそ?あちきなら解決策を持っているわよぉ。だからぁ、あちきの条件を満たしたら、助けて あ げ る」

 あああああああー----っ、いちいち気持ちがわるいいぃぃ。

「なんなの?条件って」

「あちきと一対一で闘って、あちきの膝に土を付ける事が出来たら、助けてあげるわ」

 な なにを訳の分からない事を・・・

 と、思ったのだが、血の気の多いネアリーさんはもう突っ込んで居た。考えるよりも先に・・・。さすが脳筋

 まぁ、ただでさえ鬱陶しい奴だから、早々に始末してしまっても問題は無いだろう。

「一番乗り、つかまつるっ!!」

 掛け声と共に愛用のくないを両手に斬りかかって居た。

 あたし的には、黙って斬りかかって不意を突いた方がいいと思うのだが・・・。

 

 メアリーさんの剣捌きは、相変わらず惚れ惚れするキレで、見ていて安心出来る。相手に当たれば、、、だが。

 目にも止まらぬ剣捌きなのだが、奴には見えているのだろうか?全てギリギリでかわしている。

 どんなキレのある剣捌きであっても、相手に触れる事が出来なければ、ただのダンスだった。恐らく、あたしが見る限りでは人類最強に近いとも思えるメアリーさんだったが、奴にとっては物足りないのだろうか、時々あくびをしている。

 やがて、疲れで足がもつれたのだろうか、メアリーさんは盛大に地面に転がってしまった。

「ま まだまだあっ!!」

 言葉とは裏腹に、息はぜいぜいと上がってしまっていて、もはやまともな戦いは無理だろう。

 そう思って居ると、お頭がずいっと前に出た。左手には人一人分はあろうかという位にでかい刃の大剣を握りしめて居た。

「次は俺だ」

 そう静かに言うと、身体の正面に大剣を構えた。正眼の構えだった。

 メアリーさんは、悔しそうに地面にへたり込んだままその様子を見上げて居た。

 うおおおおおおおおおぉぉおっ!!

 と、雄叫びと共に突っ込んでいったのだが、やはりひらりひらりとかわす奴の足さばきの前に、お頭の高速の大剣も空を切るのだった。

 やがて、お頭も肩で息をし始めた。お頭の息があがるって、奴には一体どれだけの体力があるのよ。あたしは、半ば呆れてしまっていた。

 信じられない!この二人を相手にして、息を切らすどころか汗ひとつかいていないなんて。

 お頭が、地面に膝をつくと、まわりを取り囲んで戦いを見ていた兵達から次々とため息が漏れる。

 だが、血気盛んな若者だらけなので、俺も、俺もと次々に挑戦者が名乗り出て来た。

 結果は、、、。お頭とメアリーさんですら敵わないのだから、他の者に敵う訳も無く、三十名を超える挑戦者がへたり込む頃には誰も名乗り出なくなってしまった。

「もう終わりかな?所詮人間なんてこんなものなのかな?ふっふっふっ」

 悔しいっ!こんな奴に馬鹿にされるなんて我慢出来ない。あたしは腰のレイピアをすらっと抜いた。威力に関しては通常の剣には敵わない。でも、今回は威力よりも速さだ。軽い剣の方が有利だと思ったのだった。

 一歩、前に進み出る。剣は下に下したままだ。両肩から力を抜いた。

「ほう、やっと総大将殿のお出ましなのね。さあ、いらっしゃいな」

 奴の挑戦的な物言いも、もはや気にならない。頭の中を無にして、一歩一歩近づいて行く。

 何かを感じたのだろうか?奴は ん?と一言漏らすと、顔面から薄ら笑いが消えた。

 あたしは、奴の顔は見ずに奴の足元に集中した。もう少し、もう少しだ。あたしは歩を進めて行く。

 どう考えても、奴の方が力は上のはずなのに、奴が用心しているのがわかる。

 でも、そんな事はどうでもいい。今は奴に集中だ。

 集中していると、周りは次第に気にならなくなってくる。奴の右足、そこに意識を集中させる。なにも考えない。

 すると、あたしの右手がさっと上がった。まるで他人事の様にいっているが、本当にそうなのだ。気が付いたら右手が何かに反応したのか上に上がっていた。

 周りから おおおおおっ! と歓声が上がったのに気が付いてあたしは奴を見て見た。

 すると、奴の右の手の平からぽたぽたと血が滴り落ちていた。えっ?あたしがやったの?手ごたえが無かったのだけどと、レイピアの刃を見てみるが血は付いていなかった。

 奴は血が滴り落ちている自分の右手を見つめている。納得がいかないのだろうか?あたしだって、納得がいっていない。

 あたしは、また集中を始めた。奴の足は、心持ち後ろに下がりつつある。

「これはこれは、なかなか・・・」

 何故か嬉しそうに呟いているが、あたしには関係ない。集中あるのみだ。

 更に奴に向かって歩を進めて行く。何故か奴からは攻撃が来ない。様子を見ているのか、それとも完全に舐められているのか。   

 まぁ、舐められても仕方がないのだけど。

 ぴくっと奴の右足が動いたと思った瞬間、あたしは反射的に突っかかってしまった。

 しまった!誘われたかっ。

 あたしは咄嗟に後ろに飛び退いて反撃に備えた。が、奴は何故か仕掛けて来なかった。ん?気のせいだったのか?

 奴を見ると、有り得ない事だが、真剣な顔をしていた。こんな奴でも真剣な表情が出来るのかと驚いた。

 ある意味不気味だったので、思わず身構えた。

 しかし、その後の展開は誰もが想像出来ないものだった。



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