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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
45/187

45.

 室内にしばし静寂が訪れた。みんな固まったまま、時間が流れた。

 そんな中、謎の少年だけがリラックスした感じでニコニコと落ち着き払って周りを見回していた。

 何故、竜氏が固まっているのか気になる所だが、それよりも問題はこの子供だ。なにものだ?

 この落ち着き払った子供。本当に子供なのか?子供の落ち着きじゃない。

 じゃあ、誰?警備が厳重な、、、はずのここに入って来た事からして、只者じゃあないと思うんだけど、、、、まさか異能者?

 自称伯爵の刺客かっ?でも、子供に何が出来る?いやいや、異能者なら有り得るのか?


「ははは、ワシは刺客でも異能者でもないぞ。そんなに警戒せんでも大丈夫ぢぢゃよ」

 ワシ?ぢゃよ?じじいか?

「ははは、当たらずとも遠からずぢゃな。のう、デレゲートよ。いや、ここではヴィーヴルと名乗って居るのぢゃったかな」

 心の中を読まれている?

 ここまでこの正体不明の子供が話した所で、固まって居た竜氏が動き出した。

 が、みんなはその行動に驚いた。

 竜氏は、その子供の足元にひざまずくと頭を深く下げたのだった。

「竜王様、まさか、この様な場所にお越し下さりますとは。恐縮にございます」

「うむ、よいよい。気にするでない」


 なんなんだ。 なんなんだ、このやり取りは?じじい言葉を話す子供にかしずく老執事。

 このシュールな光景はなんなんだ?えっ?今何て言った?竜王様って言った?

 今繰り広げられているこの状況は、あたしには理解が出来なかった。

 いや、他のみんなも理解出来ていなさそうだった。みんな、ぽかんとその光景に見入っていた。


 この正体不明の子供、、、いやいやいや竜王様は、驚いているあたし達に向かって軽く一礼をした。

「驚かせてしまいましたかな?ほっほっほっ」


「あ あの、竜王様って、、、ベルクヴェルクの山にお住まいになられている  竜王様で?」

「うむうむ」

 子供、いや、竜王様はニコニコと微笑んでいる。

「あ あの、竜王様って、、、ベルクヴェルクの山で卵を紛失した 竜王様で? むぐむぐむぐ・・・」

 慌ててアウラの口を塞いだのだが、手遅れだった。

「ほっほっほっ、その節はお手数を掛けたのう。感謝しておるぞ」

 アウラの言った事など気にしていないかの様に微笑んでいる。


「し 失礼しました。そ それで、どうして あの この様なお姿で?」

 あたしは、アウラの失礼を誤魔化すかの様に慌てて当たり障りのない質問をした。


「ほっほっほっ、もう聞いておるのだろ?竜脈を動かしたのでワシは力を使い果たしてしまったので、今は回復の為に長い眠りに就いて居る」

「えっ?待って!眠りに就いて?じ じゃあ、今目の前にいらっしゃるのは一体どなたなので?」

 これはもっともな質問だろう。今、目の前で起きているのに、眠りに就いて居るって言われてもねぇ。

「本体が眠りに就いているのは事実ぢゃ。今、ここに居るのは本体から一部を分離した分離体なのぢゃよ。分離体なので力はわずかしか無いのだがのう」

 そんな事が出来るとは、竜王様のお力は底知れないものがあるなと思った。


「それで、その分離体様は何故この様な所にお越し召されたのでしょうか?」

 みんなの視線が集まる中、分離体様、いや竜王様は見た目は子供中身はじじいの違和感たっぷりの姿でゆっくりと話し始めた。

「うむ、お主らに多少手を貸してやろうと思ってな。基本は人間界の事には不干渉なんぢゃが、事態がそうも言ってられない所迄来てしまったでな、今回の事は特例ぢゃな。まあ、神界からのお詫びと思ってくれれば良い」

「お わ び ですか?何か不始末でもなされたのですか?」

「まぁ、神も完璧ぢゃないって事ぢゃよ。悪の暗躍を見逃す事も千年に一度位はあるって事ぢゃ。お主ら、今回の様々な事象を、人族の力だけで成しえると思うかの?」

「いえっ!絶対に不可能だと思います。ですので困惑しているので御座います」

「ぢゃろう?卵の礼の事もあってな、ワシが出張って来たのぢゃよ。お主らだけで事を収めるのは不可能ぢゃからの。ぢゃが、基本解決するのはお主ら自らの力でやらねばならん。ワシがするのは、あくまでもサポートぢゃからそのつもりでな」

「はい、勿論で御座います。それで、竜王様には今回の事についてお心当たりがありますのでしょうか?」

 すると、竜王様はなんか言い難そうな雰囲気を醸し出している?親に叱られて拗ねた子供みたいだ。なんなんだろう。

「まあ、わかっているとは思うんぢゃが、此度の騒動は人族の能力の範疇を遥かに超えておるのよ。人族だけで収束させるのは無理だと神々も判断してのう、ワシがサポートに入る事を黙認してくれる事になっておる」

「なっておるって・・・」

「若いもんが細かい事にこだわるでない。小さいぞ」

 小さいって、見た目が小さい子供に言われたくないぞ。


「とにかくぢゃ、当面の問題を解決しようぢぢゃないか」

 なんか、むりやり話を誤魔化された様な気がするんだけど、気のせいじゃあないわよね。


「当面の問題って何ですか?」

 お約束なので、一応聞いて見た。

「ん?お前さんが一番気にかけておる事ぢゃよ、ほれ、そこで寝込んでおる・・・」

 予想していたので、想定内の返事だったが、それでもつい驚いてしまった。

「えええーっ!!アナ様を治せるのですかあぁっ!?」

「ええい、大きな声を出すでないわ。こんなの病気でもなんでもありゃせんわい、只使い慣れない力をいきなり全開で使ったから精神の安全装置が身を守って居るだけぢゃ」

「あんせん そ う ち?」

「こんなもの精神がだめーぢを受けない様に、自己防衛しているだけぢゃから直ぐに回復するわい」

「ああっ、良かった。アナ様回復なさるのね、良かったぁ」

 あたしは、ホッとしてしゃがみ込んでしまった。

 だが、そんなあたしとは裏腹に竜氏は険しい顔をしたままだった。

「ですが竜王様、又そんなにお力を使われたら・・・」

「心配性ぢゃのう。そんなに心配するでないわ、ちょこっと力を流してやればいいだけぢゃ、まあ見ておれ」

 そう言うと、子供の竜王様は両手を前にかかげ・・・ご自分の身長が足りない為、広げた両手がアナ様に届かない事にやっと気が付いたご様子だった。

「おい、手を貸さんかい!」

 振り返り、照れを隠すかの様にそう竜氏に言った。

「はっ、申し訳ございません」

 すかさずそう答えると竜氏は子供竜王様の脇の下に手を差し込み高く持ち上げた。

「そう、その位置で良いぞ。それではやってみるかの。  ほれっ、よっと」

 微かに竜王様の両の手の平が光った気がした。五秒、十秒、十五秒、アナ様に変化は見られなかった。

 竜氏によって、上空からアナ様を見下ろして居た竜王様の顔から笑顔が消えていった。室内にもわずかではあったが、どよめきが起こりだした。

 えっ?まさか、失敗なされたの?竜王様ともあろう者が。

 竜王様の呟きが聞こえた。

「まさかこ奴、いや、有り得んが、もう少し力を送ってみるか・・・」

「竜王様、お力はセーブして下さります様に」

「わかっておるわ。ほれっ、ふんんんっ!!」

 さらに両手の輝きは増していた。

 が、それでもアナ様はぴくりとも動かなかった。

「おい、降ろせっ!」

 竜王様は下に下す様に命令をすると、未だに目覚めないアナ様をじっと見据えた。

「デレゲートよ、こ奴は大昔にワシに向かって来た勇者よりも潜在能力が高いと言うのか?」

「はい、間違いありません。我々の想定以上かと」


 なんだろう、この二人の会話は。大昔の勇者?なに?それ。


「ううむ、ワシも想定外であった。まさか、そんな者が現れるとはな。気合を入れんとあかんか」

「いや、そこはほどほどにお願いします」


 その後、なんと二回も力の注入を行う事になった竜王様。流石に疲れが滲み始めた頃、アナ様の右手の指がぴくっと動いた。

 その時、額の汗を拭いながらアナ様を見下ろした竜王様はため息をつきながら呟いた。

「やっとか、恐ろしい潜在能力ぢゃな。これならば期待できそうぢゃ」

「期待って、竜王様はアナ様に何をさせようと考えておられるのですか?」

 あたしは、たまらず汗を拭いている竜王様に問い掛けた。

 みんなの視線も当然竜王様に注がれた。いつの間にか現れたお頭とメアリーさんもだ。

 みんなの視線があたしの質問の答えを待っていると気が付いた竜王様は、あたしを見上げながら言葉を紡いだ。

「何も特別な事は考えてはおらんよ、ただ本来の力を教え、その使い方を伝授できればと思っているだけぢゃよ」

「本来の力?本来とは何なんでしょうか?本来もなにも、アナ様には聖女様以外のお力はないはずですが?」

 みんなは、うんうんと無言で頷いて居る。

「ほっほっほっ、そうか分からぬか。まあ無理も無い。このワシですらも驚いているのぢゃからな」

「このお嬢ちゃんの本当の姿はのう・・・」

「「「本当の姿は?」」」

「本当の姿は、、、、言っても信じられんとおもうぞ?」

「だあーっ、いいからもったいぶらないで言って下さいっ!」

「ぢゃあ言うがのう。あの嬢ちゃんの本来の能力はな、聖女なんかではない。聖女は既におるぢゃろう?」

「確かに・・・でも・・・」

「本当の姿はの   魔法剣士ぢゃよ」

「魔法 剣士  ですか?」

 聞きなれない職業名だった。少なくとも、あたしは聞いた覚えがなかった。

「ちょっと待って。魔法?それって太古の昔に失われた力じゃなかったの?」

 慌てた様にメアリーさんが詰め寄った。

「正確にはの、魔法は失ってはおらんのぢゃよ。失ったのは、魔法を引き出す方法を知って居る者と言った方がいいかの」

「魔法を  引き出す?」

「そうぢゃ、魔法は素質を持っていても導いてくれる者がおらんと発動出来る様にはならんのぢゃよ」

「では、どうして現在は引き出せる者が居ないのです?そんな人が居るなんて、聞いた事がありません」

「その昔、魔導大戦と言う全世界が炎に包まれた戦いがあった。その時大勢の魔導士が戦いに投入され激しい魔法の応酬の結果、ほとんどの魔導士は死に絶えてしまったのぢゃ。当時の各国の指導者達はその魔法の威力の大きさに恐れ、おののいた。そして、もうこの様な大惨事は起こしてはいけないと、指導者たちは申し合わせて、、、生き残った何万もの魔導士を処分して、更には魔法の使用を禁じたのぢゃ」

「ひどい・・・」

「魔法は、使う事はもちろんの事、教える事も、伝承する事も厳重に禁じたのぢゃ。違反者は、一族郎党死罪になっておったの」

「それで、現在は魔法はおとぎ話しの中にだけ存在するのですね」

「うむ」

「では、魔法の力と異能の力とは、違うものなのですか?」

「簡単に言えば、異能の力は魔法と違って、素養を持った者であれば、導かれなくてもその力が成長と共に自然に発動する可能性があるものと理解されればよかろう」

「むつかしいんですね、あたしには全然理解できないですー」

 アウラが可愛く首を捻っている。あたしだって、、、よくわからないわ。

 お頭とメアリーさんも難しい顔をして黙り込んでいて、一言も発しない。

「このお嬢ちゃんは見た所、回復系と自己防衛の異能の力と身体強化型の魔法の素養が見て取れる。それに加え戦いの女神メンフイスの加護をうけておるから、今後の指導によっては、魔剣士、ソードマスター、魔導士、英雄それにワシが居るから竜騎士なんて言うのも可能ぢやよ。将来楽しみな逸材ぢゃわい。ほっ、ほっ、ほっ」

 なんか、あたしは聞いてはいけない事を聞いている気がして来て、ここから逃げ出したい衝動に駆られた。

 だが、そこで事態を決定付ける言葉が聞こえて来て、あたしは、いや、その場に居た全ての人が腰を抜かさんばかりに驚いた。


「そのお話しは、本当なのでしょうか?」


 敢えて声の方を見なくとも声の主は明らかだったのだが、身体は反射的に声の主を探してしまっていた。

「あ アナ様!気が付かれましたかぁ」

 叫ぶと同時にアナ様の元に駆け寄っていた。他のみんなも同様だった。アウラなど涙を流している。

 アナ様は寝台の上で上半身を起こして、子供竜王様の事を凝視している。顔色は、すっかり元通りとは言わないが、まあまあな感じだった。

「私は、聖女ではなかったのでしょうか?ならば、私はなんの為に産まれてきたのでしょう?」

 そんな自分に懐疑的になっているアナ様をしばらく見つめていた子供竜王様は、諭すように優しい口調で話し始めた。

「どこから聞いていたのかね?」

「えーっと、魔導大戦あたり   から?」

「そうか、納得がいかないであろうから、最初から話して進ぜよう」

 


 その後、子供竜王様は面倒くさがる様子も見せずに最初から丁寧に何度も何度も歴史を行ったり来たりしながら、アナ様に話して聞かせて、どうやらアナ様も事態が呑み込めたご様子だった。納得したかどうかは、いささか疑問ではあるのだが。


「どうぢゃな、少しは納得は出来たかな?」

「目覚めたばかりのせいなのか、頭が混乱しております。竜王様の仰る事が真実であるなら、私が今までしてきた事は一体なんだったのでしょう?もう、困った人々のお役には立てないのでしょうか?」

 アナ様は焦燥した様にそう呟いた。

「それは違うな。ではお聞きするが、あなたは義務で人助けがしたいのかな?それとも心から人助けがしたいのだろうか?」

「私は産まれてこのかた、人助けを義務などとは思った事は一度も御座いません。心から国民の皆様のお力になりたくて尽力して参りました」

「そうぢゃろう、そうぢゃろう。さすれば、今後も職業など気にせず人助けをなさるがよいであろう。そなたには、それだけの力があるのぢゃからのう。悩む必要などありゃあせんわい」

「ああ、有難う御座います。なにか心の重しが取れた気が致します」

 ほんとうにほっとしたのか、アナ様の顔色が一気に良くなられた気がしたのは、あたしだけだろうか?」

 竜王様は、そんなアナ様を優しく見上げていたが、くるっとアナ様に背を向け室内を歩き始めた。

「さて、時間がないでの、話を進めるぞ」

 壁際まで歩いて行くと再びアナ様に向き直り、真剣な表情で語り出した。

「まず言っておくがな、出来ないからしないのと、出来るのにしないのは天と地ほど違うと言う事を心の中にしっかりと留めて置いて貰いたい」

「はい」

「そなたは、心から人助けをしたいと言ったが、ワシが見るにそなたは今現在出来る人助けをしていない。それがそなたの今一番の罪ぢゃ」

「あのぉ、それは一体どういう意味なのでしょうか?」

「わからんか。ま、それは仕方がないのぢゃがな、その為にワシが今ここに居るわけなのだが」

 竜王様は、アナ様の目の前まで歩み寄り遥か上にあるアナ様のお顔を見上げた。すると、それに気が付いたアナ様は寝台から降り竜王様の足元に膝まづいて視線を竜王様に合わせた。

「人助けには、二種類ある。精神的な支えになるものと、実際に行動を起こして助けるものぢゃ」

「ですが、私には行動に移せる力が有りませんので、皆様に寄り添ってお支えするしか・・・」

「それぢゃよ。そなたにはさっき話した通り様々な能力が与えられておる。なぜぢゃと思うかの?なぜ歴代聖女の中でも最大の、それこそ有り得ない程の力を与えられておると思う?」

「そ それは・・・」

「時代が欲しているからぢゃ。祈るだけぢゃ人々を助けられない事態になってきておるから、そなたが選ばれたのぢゃ。ワシの剣に受け入れられたのがその証拠ぢゃ、あの剣はな、唯一暗黒面の力に立ち向かえる力なのぢゃ。もっとも、まだ使いこなすにはほど遠いがの。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」

「なんか その 頭が混乱してしまっていまして どの様に考えたらよろしいのか・・・」

「考える必要などありゃせんわい、今は只全世界の事を思って動くだけぢゃい」

 あ あの竜王様、その見るも可愛いお姿で爺いの様なじゃべり方をなされますと、ちょっと違和感満載で・・・。

 うへー、じじい じゃなかった竜王様がこっちを睨んでるうぅ、あたしはとっさにさっとアウラの陰に隠れた。圧が半端ねえー、恐っ。


 しばらくご自分の手を見つめていたアナ様は、ぎゅっとその手を握りしめて竜王様を見据えた。

「竜王様、決心がつきました。私に人々をお守りする力が有るのなら、私がその為に選ばれたのなら、私が成すべき事は只一つです」

 そう言い放ったアナ様の眼差しは、今までとは打って変わって力強い光に満ち溢れて居た。

「竜王様、どうか人類の為に、この世界に住まう全ての生きとし生ける者の為に、この私をお導き下さいませ」

 そう言うと、アナ様は竜王様の手を取られ、深々と、それこそ頭が地面に触れる位にまで下げて師事を仰いだ。

 竜王様はというと、満足そうに何度も頷きアナ様の手を握り返してから、竜氏の方に向き直った。

「デレゲートよ、ワシは暫くこの者にかかりっきりになるぢゃろう。その間、この世界の事はお主に任せる。ワシの力をいくらかお主と、そこのワシをジジイと呼ぶ娘に渡すので、なんとか凌いでくれるか?」

 げげっ!!完全にバレちゃってるよ。ヤベー!

 あ、今竜氏があたしをチラ見して口の端で笑ったし・・・

 お頭とメアリーさんがあたしを睨んでるし・・・


「お任せ下さい、竜王様。全力で取り組まさせて頂きます」

 深々と礼をする竜氏に満足するとアナ様に向き直った竜王様は、あっけに取られているあたし達を尻目にアナ様に話し掛けた。

「では、参るとしようかの。この世界はあの娘達に任せておけば大丈夫だろう。そそっかしいが力はある、何とかしてくれるぢゃろう。しらんけど」

 あの娘?そそっかしい?それって、あたしの事?あたしなの?おまけに、しらんけどなの?

「皆の衆、そういう事なのでこの者は暫く預かるが心配無用ぢゃ。その時が来たら又会おう」

 そう言うと、二人の姿が薄くなっていき、背景が透けて来たと思ったら、見えなくなってしまった。

 あたし達はしばらく、二人が消えてしまった空間を何を考えるでもなく只々見続けていた。


「でさあ!」


 突如静まり返った室内に響き渡る、ノーテンキな声。みんなが、はっとしてその声の発生源に視線を移すと、それは当然と言うか、やっぱりと言うか、当たり前と言うか、みんなのびっくりした視線にきょとんとしている アウラだった。

「えっ!?なになに?どうしたの?みんな」

 空気の読めなさには定評のある、アウラは今日も平常運転だった。まあ、それがアウラの良い所でもあるのだが。

 意外な事なのだが、アウラは普段から人気が有り大層モテルのだった。かなりアタックされている様なのだが、天然なのが災いして、アタックされているのに気が付かないケースが大半なのだとか。

 まあ、そんな事は今はどうでもいいのだが、アウラは何を言おうとしたのだろう?

 みんな、アウラの次の言葉を待って注目している。


「いやあ、いつまでこうやってるのかなあって思ったからさぁ」

 確かにそうだ。こうやって呆けている場合ではなかった。次の行動に移る為の話し合いをしなくちゃ。


「それじゃ 「時間がないぞっ!穴倉で今後の方向性を決めようじゃないか!!」

 あうあうあう、、、掛け声を掛けようとしたら、お頭にセリフをかぶせられちゃったよ。

「なに、ぼけっとしてるんだっ!さっさと行くぞおおっ!!」

 って、叱られちゃった。


 ふいに通称穴倉と言われているシュトラウス情報調査室の地下本部に向かって走って行ったお頭の後ろ姿をぼーっと見送っていたら、あたしは無人になってしまったアナ様の寝室で一人ぼっちになってしまった。

 まずいって思いあたしも穴倉に向かったんだが、穴倉に着いたらもう主要メンバーは揃ってあたしが来るのを待っていた。

「遅いぞ!なにやってるんだ?」

 お頭の怒声もあたしを待っていた。


 だが、話し合いをしようにも対応すべき相手が、、、どこにも居なかった。

 そう、伯爵達の存在が突然消えてしまったからだ。

 どこに居るかわからないと対応の仕様が無い。

 だから、話し合いの内容は必然的に噴火で被害にあった人々の救済についてだった。

 その後の報告により、火山灰で埋もれた麦畑の被害に加え、ラムズボーン要塞が吹き飛んだ際、カルデラ湖であるナンシー湖の縁が一部崩れ去った事により、ナンシー湖の膨大な水がその斜面を流れ出した事が判明した。

 更にその流れ出た膨大な量の水がランゲ山の斜面を流れ出て麓にある幾つかの集落を飲み込んだのだった。

 火山灰に洪水が重なり、あたし達にはするべき事が山の様にあった。


 あたし達は、まず王都に連絡を取り被害に遭った農家や集落への支援、復興の為の資金、物資、人員等の調達を大至急依頼した。

 そして・・・そして・・・そして・・・それだけだった。伯爵達を見失ったあたし達に出来る事は他になかったのだ。

 今、あたし達に出来る事は、、、それだけ。単なる人材手配屋であった。

 まあ、敵が居ないのだから仕方がない。居たら居たで鬱陶しいが、居なければ居ないで腹が立つ。人間とは、なんて身勝手なものなんだろうなんて思ってしまう。


「そう言えば、例の火山の噴火はどうなっているのかな?」

 あたしの質問に、職員の一人がメモを見ながら答えた。

「はい、サリチアに向けて移動していた噴火口は一旦北にそれたのですが、そのまま留まる事無く現在も帝国の奥地に向かって一直線に移動を続けております」

「まだ止まらないの?」

「はい、今のまま進むと ええと これは・・・」

 そのまま黙ってしまった。えっ?どうしたの?急に黙って。

 意を決した様に、口元を引き締め、大きく深呼吸をしてからその職員はメモを読み上げた。

「このまま噴火口が移動を続けると、その溶岩地獄は、、、帝国の中枢である帝都に行きつくものと思われます」

 場は、水を打った様に静まり返った。居合わせた人々は皆お互いに顔を見合わせて居る。

 しばらくみんなは眼前に広げてある地図に目を落とし、各々頭の中で状況を整理しているのが、誰も言葉を発しなかった。

 その場の重苦しい空気を変えたのは、末席に居たまだ若い職員だった。

「ま まあいいではないのですか?帝国の中枢がどうなろうと我が国は痛くも痒くもないんですし。かえって帝国が壊滅的打撃を被ってくれれば、我が国にとっては万々歳なんですから、結果オーライなのでは?後はどこまで被害が拡大してくれるか楽しみに・・・」

 彼が言葉を発する事が出来たのは、そこまでだった。そこまで言った所で彼の体は宙を舞い、壁に激突し、そのまま床へと崩れ落ちて居た。顔は見るも無残に変形しており床の上で血まみれになっていて、みんな直視出来ずに顔をそむけてしまった。

 無言で近寄ったお頭の強烈な一撃が彼の顔に炸裂したのだった。お頭の顔は激しい怒りで鬼の形相だった。(いつもよりも)

「けっ!ゲスがっ」

 一言吐き捨てると、お頭は怒りの形相のまま情報調査室長のトッド・ウイリアムス氏に向き直ってこう言い放った。

「王室直属の機関も腐り果てたものだなあ、えっ?どうなんだい、室長さんよ!!」

 おそらくお頭に、この顔で怒鳴られて冷静で居られる人間は居ないだろう。ましてや、たった今、壁際の床には血の海に沈んだばかりの犠牲者がいるのだから、びびっても仕方がない状況だった。

 しかし、この室長のトッド氏は臆する風もなく、平然と犠牲者を横目で見ながらお頭に対応している。

「この者は、まだ王都から移動して来たばかりでしてねぇ、真面目で仕事熱心なんだが、自信過剰でお調子者のところが欠点でして。まあ、これに懲りて少しは自重するでしょう」

 部下が血まみれになっているのに、他人事の様に平然としている。たいしたタヌキだ・・・。

 お頭は怖い顔のまま先程報告をした職員に質問をした。

「帝国に噴火口の移動の件は知らせてあるのか?」

「はい、既に早馬を飛ばして知らせてあります。ですので、帝都でも避難を始めているものと思われます」

「そうか、もう竜脈は動かせないから、避難するしかないだろうな」

「そうね、一国の首都の引っ越しだからかなり大事業になるでしょうけど、あなたのマブダチがいるから大丈夫よねぇ、ね?」

 メアリーさんにそう言われてなぜかお頭は膨れてしまった。どうしたんだろう?あ、そう言えば・・・。

「そう言えば、ずっと気になって居たんですけど、お頭と帝国のハイデン・ハイン将軍って、お知り合いなんですか?」

 あたしは、気になって居た事をお頭に質問してみた。ほんとに、深い意味なんてなくって、ただそういえばって聞いたんだけど、、、お頭、物凄い顔をしてどしどしと出て行っちゃった。

 なんだろうと、アウラを見ると、頭を抱えている?なんで?

 側近のオグマさんはこめかみを指でぐりぐりしている。なんで?

 メアリーさんは、意味ありげにニヤニヤしている。なんで?

 他の人達は、意味がわからずぼーっとしている。だよねぇ。

 そんな中、トッド室長が口を開いた。

「その事は、口にしてはいけない公然のお約束なのですよ」

「えーっ!?そんな事聞いて無いわよお、なんなの公然のお約束って。意味わからない!」

「人には突っ込んで欲しくない事の一つや二つは有るって事だよ。人の事気にしてないで自分でやれる事をしなさい」

 メアリーさんは、相変わらず厳しい。自分のやれる事って言ったってねぇ、こんな状況でなにを・・・

「あ、その後サリチアの戦況はどうなっているのかな?」

「はい、国内最後の戦闘ですからね、続々と報告は集まって来ております。と言いたいのですが、、、、」

「良くないの?」


 この後の報告により、事態は急速に動く事になる。

 この火山の噴火はまだこれから始まるであろう大災害の始まりでしかなかったのだが、この時点で人々は、その様な事は知る由も無かった。何故知る由も無いのかは、知る由も無かった。



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