40.
「本日をもって、カーン伯爵追討軍は 解散します!」
「みなさん、速やかに支度をして、この地を離れて下さい。今まで助けて頂き本当に有難うございました」
「メアリーさんとあたしは、アナ様を護衛してベルクヴェルクの修道院に戻る様にとの事です」
「新たにラムズボーン要塞の事後処理をする為に専任の担当官が赴任して来るそうです」
あたしは、まるで作文を読むかの如く感情のこもらない声でそう皆に告げた。
あたしの手は、ぶるぶると震えて居る。なんで?現場の状況も知らずに何言ってるの?とても納得出来るはずもなかったが、命令とあれば反対も質問も出来ない。黙って従うしかなかった。まだ、やりかけなのになんで?
ラムズボーンの街が復興するまで、ここに留まって見届けたかったし、見届けられると思って居たのだったが、たった一通の手紙でそんな希望も夢と消え去ってしまった。
あたしは、ただただみんなに対して深く頭を下げる事しか出来なかった。だって、顔を上げたら、、、悔しさで溢れて来た涙をみんなに見られちゃうもん。
「おい、一体どういう事だ?」
お頭の表情が怖い。周りを見渡すと、みんなの表情も怖かった。
「お嬢、どういう事なの?あたい達に出てけっていうの?」
アウラも表情が険しい。怒っているというよりも、困惑している感じだった。
「あんた、その命令はどこから出ているの?宰相閣下?それとも・・・」
さすがにメアリーさんは冷静に状況を分析していた。
「参謀総長の、、、シュヴァインシェーデル閣下。父様でも宰相閣下でもなかった?」
そう言った瞬間、メアリーさんのこめかみがぴくっと反応した。
「それっておかしくない?参謀本部には一切の指揮権は無いはずじゃない、それなのにたかだか参謀本部の長である参謀総長風情が直接命令を出してくるなんて変だわ」
「確かに、言われてみればそうだな。前例が無い話だ」
お頭も腕組みをして眉をひそめている。
「慣例だと命令書はシャルロッテの父上名、もしくは宰相閣下名で出してくるのが常でしょ?」
「そう言えばそうよね。変ねぇ」
みんな考え込んでしまった。
「公国内の力関係はとんとわかりませんが、誰かの思惑が見え隠れしてしている様にも思えるのですが・・・」
振り向くとロジャース中佐だった。
「思惑かぁ、ん?待てよ?シュヴァインシェーデル?聞き覚えがあるぞ?うーん、そうだ、確か先日シュヴァインシェーデルって奴はカーン伯爵の後釜として奴の身内をイルクートの領主として強引にねじ込もうとして、最高議会かなんかで却下された奴じゃなかったか?」
「「「ええーっ!!」」」
みんなビックリしている。あたしも初耳だった。いつの間にそんな情報を入手していたんだ?このおっさん。いや、凄いのは『うさぎ』の情報網ね。
「そんな確執があったんだ。あれっ?そう言えば・・・」
あたしは王都からの手紙を取り出して見直した。しげしげと見直してみると、派遣軍の指揮官の名前が書いてあった。さっきは興味なかったから、よく見ていなかったのだ。
「今回ラムズボーン要塞に赴任して来るのは、、、フントハイム男爵?知らないなぁ」
そう呟いた瞬間、みんなの目があたしに集中した。えっ?
「そいつだあぁ!!そいつだよ、イルクートを手に入れ損なったシュヴァインシェーデルの身内って奴」
「なるほど、なんだか見えて来たわね、陰謀が」
メアリーさんが悪そうな顔をして呟いた。
「どういう事??」
アウラはきょとんとしているが、そのまま放置してメアリーさんが続ける。
「つまり、その参謀総長閣下は前回イルクートを手に入れ損なった身内のフントハイム男爵に今回は新たにラムズボーンを与えようとしてるって事ね」
「そう考えるのが妥当だろう。理由は何とでも付けられる、一国の管理はそれ相当の身分の者が行うべきだとでも言うんだろう。確かに、俺達無頼の賊や帝国の兵よりも男爵なら体裁がいいだろうからな」
「それって酷くない?大変な所はあたい達に押し付けて、面倒が収まったら後からのこのこやって来て美味しい所だけ持って行くのって」
やっと事態が理解出来たアウラが憤慨している。
「それが貴族ってもんだし、それが政治ってもんだ。俺達下賤の者には計り知れない魑魅魍魎の世界だよ。もっともまだ全て収まった訳ではないんだがな」
紫の連中の事を言って居るのね。お頭は達観しちゃっているらしいからいいけど、あたしは納得がいかない。なんか、もんもんとする~~。
「とにかくだ、俺達が居たら奴にとって都合が悪いというか、やり難くなるんだろう、体裁も悪いだろうしな。だから、さっさと出て行けって事だろうよ。このまま居座って貴族に目をつけられてもつまらん、早々に俺達は撤退する」
お頭と目が合った。じっと見つめるとばつが悪かったのか顔をそむけて、言い訳をするかの様にぼそりと追加した。
「も もちろんお嬢と聖女の嬢ちゃんはしっかと修道院まで護送するから安心しろ」
ちょっと可愛いお頭だった。
「そう言えば、聖女の嬢ちゃんは復活したのか?又、長い旅になるんだ、ある程度回復してもらわんと連れていけんぞ?」
「うーん、竜氏によると、完全に精神力を使い切って居るので完全復活まではもう少しかかるんだって。あ、でも全く動けない訳ではないから、移動は可能だって」
「そうか、で、竜の爺様は一緒に来てくれるんか?又、倒れたら俺らじゃあ対処できんぞ」
「ああ、その点は大丈夫よ。心配なのと、初めて見る症状なので興味があるから暫くは一緒に行動してくれるんだって」
「それなら安心だ。早速皆には退去の準備をさせよう」
「それでは我がオレンジの悪魔も即刻退去し帰国の途につきます。今まで色々とお世話になりました」
律儀に最敬礼をするロジャース中佐にあたしは焦ってしまった。
「こちらこそお世話になりっぱなしで、なにもお返しが出来なく、大変すまなく思っています。もし、お力になれる事がありましたら って、あの将軍様がいらっしゃるのなら、助けなんていりませんね」
そんなやり取りを延々とした後、あたし達は馬車上の人となっていた。
ラムズボーン要塞に立て籠ってフントハイム男爵に対して徹底抗戦する事も一瞬考えたが、父様の立場が悪くなっても嫌だし、何よりも今回の事で荒れ果てた要塞を更に戦いで荒れさせる事は住民たちの心情をおもんばかると決断出来なかった。
結局、お頭の「その気になればいつでも取り返してやるから、一旦奴に委ねようじゃないか、住民をこれ以上苦しめたら駄目だぜ」の言葉に、撤退を決めたのだった。
住民を見捨てられないと残留を表明していたアーリントン男爵とその一行の事が心配であったが、その決心は固く説得は出来なかったので致し方が無い。
今回のクーデターを起こしたカーン伯爵の親族として重い沙汰が下る可能性が大なのだが、最後まで残って責任を取ると聞かなかったのだ。同じ一族でもあの伯爵とは違ってまともなお方だった。
我々カーン伯爵追討軍は、この時点をもって解散となり各々この地を離れて行った。
オレンジの悪魔は帝国への長い旅路へと旅立って行き、『うさぎの手』は、まるで消える様に居なくなって居た。
一緒に戦ってくれていた領民達もそれぞれの故郷へと帰って行った。
兵達も原隊へ復帰して行った。
領民達は悲しみに暮れながら、生活を立て直す為に動き出して居た。
あたしは・・・・何をしているんだろう?政治に振り回されて西に東に、右往左往しただけだ。国の役に立ったのだろうか?ただ、いたずらに戦火を拡大しただけだったのではないのだろうか?
今、あたしの周りに居るのはアナ様を護衛する『うさぎ』のメンバー五十名程度だけだった。
ラムズボーン要塞を離れ、ひたすらに南へとベルクヴェルクの修道院を目指して進んでいたが、みんな疲れ切っているのか伯爵を追っていた時とは打って変わって、まるで抜け殻の様なだらだらとした行軍だった。
そんな一行を見回しながらため息をついていると、寄って来たお頭に声を掛けられた。
「目標がなくなっちまったからなぁ、しかたねぇぜ。ま、休養だと思ってのんびりするんだな」
それだけ言うとお頭は離れて行った。
「お頭は心配なんですよ、元気の無いお嬢が」
いつも傍に居るアウラがそう言って来た。
「そんなに元気がなく見えたのかな?」
「うん、全然元気がないですよ。やはりお嬢も戦いをしたいんですよね、あたい達と一緒ですねぇ」
「うげっ、あんたらと一緒にしないでよねえぇ」
「えへへ、ところで聖女様は復活されたので?」
「うーん、特にお身体に問題は無いみたいなんだけど、まだお力が出ないみたいで横になっておいでよ」
「そうなんだぁ、早く修道院に連れて行って休ませてあげたいですよねぇ」
「そうなんだよねぇ、今回はアナ様に無理をさせ過ぎちゃったから、暫くはゆっくりしてもらいたいわよね」
あたしは、空の高い所で鳥がピーチク鳴いているのを見上げながら、王都を出てからの事を思い出していた。
家に居た頃は同じ事の繰り返しで毎日退屈していた。将来の事も国民の事も深く考えた事も無く、ただ毎日剣の訓練をして野山を駆け巡って一日が終わっていた。
将来は、なんとなく聖騎士になって出世して、年老いていくのかなとぼんやり考える程度だった気がする。
それが、王都を一歩でると百八十度世界が変わってしまった。知らない事だらけと言うか世の中の事をほとんど知らずに育って来た只の甘ったれである事を思い知らされる毎日だった。
お頭なんか、さぞやあたしを見て歯痒かっただろう。今思い出すと恥ずかしくて赤面する思いだ。
メアリーさんがあたしに厳しいのも当然なんだなと、今なら理解できる。
ベルクヴェルクの修道院送りになったのも、このままじゃいけないと思った父様の愛情なのだろう。もっと自分を鍛え直して来いって事なんだろうな。
確かにこのまま家に居たら、父様に追い付くなんて夢のまた夢だったよね、今でも父様は遥か彼方の存在なんだけど。
今回の旅で自分の現状把握は出来た。だけどどうしたら父様の様になれるか未だ皆目わからない。毎日生きて行くのに精一杯だもん。
わかって居るのは、多くの人を死なせちゃった役立たずだって事だけ。
はあぁ、考えれば考える程落ち込んで来るわあ、情けないなあ。
「そんなに悲観する事もありますまい。あなたはあなたのままで良いと思いますよ」
ふいに声を掛けられた。
その声に驚き声の方、そう足元を見ると竜氏がこちらを見上げながら歩いて居た。馬と同じ速度で。
いや、驚くまい。いちいち驚いていたら神経がもたないもん。
それよりも突っ込む所はそこじゃなかった。
「驚いたぁ。なんで?あたしの頭の中読めるの?」
「いえいえ、そんな他人の頭の中を覗く様な事は竜王様でもないと出来ませんよ。ただ、あなた様からなにやら迷いに似た感じの気が発せられておりましたので」
「そうなんだ。確かに迷っていたと言うか悩んでいたというか、落ち込んでいたと言うか、なんか自分が情けないなぁって。どうやったら父様みたいになれるのかなってね」
竜氏はニコニコとしながら、相変わらず平然と馬と同じ速度で歩いている。
「ほうほう、なるほど。そうなのですね、でもそれは意味の無い悩みにも思えますが」
「どうして意味が無いの?あたしにとっては物凄く重大な悩みだよ?」
「あなた様とお父上様は別の個体なのですよ。同じになる意味がありますでしょうか?お父上様はお父上様の目指すものがありますでしょうし、あなた様にもあなた様でしか出来ない形が有るのではないでしょうか?真似をする必要はないのではありませんか?」
「そう言われると、反論の仕様がないのだけど、あたしの形?あたしにしか出来ない形?そんなのあるのかしら?」
「それを探す旅を人生と言うのではありませんか?我々竜族と違い人族の時間は短こうございましょう、のんびり迷っている時間は無いかと思いますよ。まずは、悔いを残さない様に進む時ではないでしょうか?結果は後からしか付いて来ないので結果を気にするよりも今、何をすべきかを考えるのがよろしいかと」
それだけ言うと、竜氏はアナ様の馬車の方へ行ってしまった。
はあぁ、なんか心の中全部見透かされちゃった。まさに竜氏の言う通りだわ、悩んでいてもしょうがないわね。今は、修道院まで無事にアナ様を送り届ける事に集中しなくちゃ。
「竜のお爺ちゃんって、なんかあたい達のお爺ちゃんみたいですね」
アウラが笑いながら寄って来た。
「本当ねぇ、なんか目が醒めた気分だわ」
思わずアウラと顔を見合わせて笑ってしまった。
そんなあたし達を竜氏が離れたところから優しい笑顔で見つめていたのをあたし達は知る由も無かった。何故知る由も無かったかは・・・・・(以下省略)
ぽかぽかと暖かい日差しが降り注ぐ静かな一日だった。多少気分がだらけて警戒がおろそかになっていても仕方がないと、、、言えないか。
大丈夫、ちゃんと交代で警戒は行われています。もっともあの紫の連中が押し寄せて来たら保証の限りではないが、まあその時は竜氏に泣きつくしかない訳で、今考えても仕方の居ない事と割り切って旅路を楽しむ事にした。
それからの数日は士気は上がらないものの、日差しは暖かくまったりと平和な道中だった。
あの声を聞くまでは、、、、。
それはラムズボーン要塞を出発してから十日目の昼下がりの事だった。
突如、アナ様の乗られている馬車の御者席の隣に座って居た竜氏が立ち上がった。
そしておもむろに右手に持った赤い旗をくるくると振り出したのだった。するとたちまち行列に緊張が漲った。
そう、旗を振るのは、事前に決めてあった竜氏が異変を感じ取った時の合図だった。竜氏は厳しい眼差しで前方を注視していた。
それは延々と続く麦畑の中の一本道を進んでいる時だった。人通りもまばらで緊張感も無くのんびりまったりとしていたはずだった。
そんな中、道端に何かが見えて来た。近づいて来るにつれてそれは一抱えも有る石に俯いて座って居る一人の人間である事がわかった。
訝しみながら、警備の兵を前方に集めながら警戒序列のまま進むと、座っていた人間がおもむろに立ち上がった。
その途端、警備の兵達に緊張が走った。
先頭の警備の兵達が走って行き、その不審人物を取り囲んだ。だが、事前に命じておいた様に遠巻きにするだけで決して近寄ったり仕掛けたりはしなかった。
本隊からも、あたしとアウラ、お頭に竜氏が急ぎ駆けつけた。あれ?メアリーさんは?どこに行ったの?
その男(?)は立ち上がったままで、まだ下を向いたままで気味が悪かった。
「!!!」
近寄ったあたしは妙な気を感じて、咄嗟に叫んでいた。
「みんな、離れてっ!!」
「どうした?お嬢!」
お頭は感じないらしい。
「こいつ知ってる!この気に覚えがあるっ!!」
「「「えっ」」」
すると不審者が間延びした声で話し掛けてきた。
「やだなぁ、知って居るなら、そんなによそよそしくしないで下さいよお」
そいつは被っていた帽子を右手の人差し指で持ち上げた。
帽子のつばで見えなかった顔がその全貌を現わした時、囲んでいた我々の間に驚愕が走った。
「やあ、おひさしぶりですねぇ」
「!!!!!!!!!!!!!!」
「お お前は・・・」