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近づく者には、人にでも魔物にでも災いが降り注ぐ疫病神と噂される聖女様と、その護衛に抜擢された15歳のじゃじゃ馬少女の織りなす物語です。
聖騎士見習い予定の少女シャルロッテが、ドラゴンをも倒す聖女様の護衛として初めての任に就く所から物語は始まります。
王都を出て一週間が過ぎた、シャルロッテもようやく旅にも慣れて来たようだった。初日のキャンプ地で揉めて以来至極平和で順調な旅が続いている。最初の街であるイルクートに明日には着く距離までやって来た。イルクートの街はカーン伯爵家所領の街で東西の流通の要所にあり国内でも有数の大都市で交易によって栄えているそうだ。
「明日は、久々にベッドで寝れるわねぇ。イルクートの街って、よく聞くけど大きな街なのよね。楽しみだわぁ」
「そうですなあ、大きい事は大きいですね。しかし王都に次ぐ経済規模なのに、人口は国内第六位という事をどう考えますか?」
「えっ!?人が少ないの?なんでぇ?住みずらい?みんな逃げ出したって事?人が住みたがらない街?」
「当たらずとも遠からずとでも言う感じですか。治安は良いのですが、不思議と犯罪は多いのですよ。そして、犯人検挙率が異様に高く逮捕までの時間も異様に短いのです」
「ええっ?意味が分からない!それって矛盾しているじゃない。治安が良ければ犯罪は少ないんじゃないの?それに、犯人が捕まって居るんじゃ安全な街って言わない?」
「ええ、本当に捕まっているのが犯人でしたら仰る通りで御座いますが」
「なあんか、歯に物が詰まった様な言い方ね。額面通りに受け取ったらいけないって事なの?」
「いえ、公国としてもまだ真相を把握していないので何とも申し上げられないので御座います」
「それって、憶測なら言えるって事なのね?」
「うっ、ええと、まあ、なんと言いますか、まあ、そんな感じで御座います」
「じゃあ、憶測でいいから言って」
老執事はたじたじであった。ハンカチでしきりに汗を拭いている。
「基本、治安は良いはずなのです。ですが、犯罪のほとんどが軽犯罪なのです。本当に取るに足りない罪状ばかりなのです。なのに、捕まると、ほぼ帰って来ないそうです。島流しになったとか、処刑されたとか色々噂されています」
「取るに足りない軽犯罪なのに処刑?ありえなくない?」
「あくまで噂です。それに、調べてみると、軽犯罪で捕まった者は、三十代後半から四十代の男性が圧倒的に多くてそのほとんどに年頃の女の子が居るそうなのです。逮捕後、その娘も行方知れずだとか」
「それ怪しい!怪しさ満載じゃないいのよ!そこまで分って居てなんで放置しているの?」
「それが、有力な伯爵家の領地でもありますし、証拠も証言も得られないので国としても表立って介入できない様なのです。やり方が巧妙なのですよ。あくまで噂ですが」
「憶測では、伯爵が黒幕で、後ろから圧力をかけていると・・・?」
「そこはなんとも・・・。ただ、近年女の子が生まれると、みんな街から出て行くので人口が減ってしまったらしいと。噂ですが」
「人さらいとつるんでいる。もしくは、伯爵が人さらい・・・」
「お嬢様、滅多な事は言ってはなりません、どこで聞かれているか分かりませんので」
「わかってるけど・・・ねぇ」
「ほら、お嬢様、キャンプミーティアに着きましたよ。ここは、イルクートへの最後のキャンプになります」
露骨に話題を変える老執事だった。怪しい。実に怪しい。顔面修羅場の顔位怪しい。
怪しむシャルロッテを尻目に馬車は所定の停車位置に収まり、何事も無かった様にキャンプの支度が粛々と進んでいった。その間シャルロッテは、む~っと唸りながら眉間にしわを寄せてその様子を黙って見ていた。しかし、その姿とは裏腹に頭の中は、高速で回転していた。何か隠している。あたしに関わらせたくない意思が見え隠れというか前面に押し出されている。ストレートに聞いても言わないだろうなぁ。
段々日も暮れ、周りも続々と集まって来る旅人で一杯になってきた。シャルロッテ達も食事を終え、食後のお茶を楽しんでいた。爺は、なるべくこちらと目を合わさない様にしているのがありありだった。
「ねぇ、ジョン・G?さっきの話しなんだけど」
「少々お待ちを、何だか気配がおかしゅう御座います。なにやら、出口の方が騒がしい様に思えます」
「又、山賊でも出た?」
「いえ、あれはイルクートの兵士の様ですね。人々の間を回っているようにもみうけられますな。念の為です、お嬢様は頭からストールを被っていて下さい。あれは関わり合いにならない方が良いでしょう」
近づいて来るにしたがって、なにやら大声で叫んでいるのが聞こえて来た。どうやら、盗賊が人さらいをしているので巡回をしていると名乗っているらしいが、だったら付近を警戒していればいいんでないか?わざわざこんなキャンプの中にまで入って来て、いちいち旅人の顔を確認する必要があるのか?それも見ていると確人しているのは女性ばっかりの様な気がする。連中の方がよっぽど怪しいわ。
ん?まてよ、そうか連中は若い娘を物色しているのかも?これはチャンスかも?上品で育ちが良くて若くて美人のあたしに食指が伸びるのは自明の理なのだから。逆に賊を捕まえて黒幕を吐かせるいいチャンスなのでわ?にひひひ
シャルロッテの自己評価には、当社比 もしくは 諸説あり の表記が付きそうなのだが、本人は露ほどにも思っていなかった。
などど不埒な事を考えている内に兵士達がシャルロッテ達の所にもやって来た。
「最近人さらいが横行している。旅人の安全を守るために巡回をしている!ここには若い女性はおらんか?」
「こちらには、そのような大人の女性は・・・」
シャルロッテを庇う様に口を挟もうとした老執事だったが。
「おいっ!そこの女!被って居る物を取れっ!」
「お待ち下さい、いちいち顔を確認する必要は無いかと思いますが・・・」
「えーいっじじい、うるさいぞ、我々に逆らう気かっ!!牢屋に入れられたいかっ!」
そう言うと、老執事を突き飛ばした。が、この老執事は後ろに倒れないばかりか、そのままの姿勢で後方に下がったのに誰も気付かなかった。所詮その程度の下っ端という事なのだろう。
シャルロッテは、静かに立ち上がりストールを外ししなを作った。
「なんだ、美人ではあるが貧乳のガキか!さぁ、次行くぞ!」
そう言うと、さっさと立ち去って行った。あまりの言い草に頭に血が登ったシャルロッテは、口を抑えて笑いを必死に堪えている老執事とタレスに気が付かなかった。
「なによっ、あいつらっ!!人を見る目が無いったらありゃしないわ。むかつくうぅぅぅぅっ!!」
地団駄踏んで悔しがっているシャルロッテだったが、その事に突っ込むべき二人は、地べたに突っ伏してまだ笑いが抑えきれないで居た。
「あーあ、いい囮になるとおもったんだけどなぁ、がっかり」
そう言うと、力なくへたり込んだシャルロッテに突っ込みを入れる者がいた。
「そう悲観したもんじゃないぜ、嬢ちゃんよ」
ふいに後ろの暗闇から声をかけられてぎょっとして振り向きざま立ち上がって身構えた。
「おうおう、そんなに身構えるなって、敵対するつもりはねえからよ」
ぬっと暗闇から姿を現わしたのは、シャルロッテが顔面修羅場と称しているあの賊の頭だった。
「久しぶりだなぁ、じょうちゃん」
「あ、あんた 顔面修羅場のなんとか!」
「なんだそりゃあ、俺はムスケル。絶望のムスケルだ、名前位は覚えておいてくれや」
「その、絶望な顔が何の用なのっ!」
「おいおい、そんなにとんがるなって、いい話を持って来たんだからよ」
全然悪びれないムスケルは、シャルロッテに並んで焚火の前に腰を降ろした。
「あ あたしは人さらいに手を貸したりはしないわよ!」
「俺達にだってプライドは有る。人さらいなんてしねえよ。俺達は殺しや弱い者いじめはしねえぜ。小銭をこつこつ稼ぐ真っ当な悪人さ」
「悪人のどこがまっとうなのよ!まっとうの意味判って言ってる?」
「お前、俺の顔見て判断してねえか?俺達は命の恩人に誓ったんだ。悪事はしても殺しはしねえ、今出来る事を精一杯やって生きて行くってな」
「そ それ その その言葉、ど どこで覚えたのよっ!それ、我が家の家訓よっ!」
気が付くと、シャルロッテはムスケルの胸元を掴んで叫んでいた。
「おいおい、嬢ちゃん、声がでけえぜ。静かにしゃべろうぜ。どこで覚えたって、これは俺達の恩人が俺達に言ってくれた言葉さね、今出来る事を精一杯やって生きろってな。そうだな、今から十年以上も前だったな」
「名前は?名前は憶えているの?その恩人のっ!」
「んー、確かしゅう? いやしゅるつだったかな?なあ?」
そう言うと、後ろに控えている配下に確認した。
「へい、王都に住んでいるシュルツとか言っておりやした。貴族で軍の騎兵隊長でやした。今はかなり高い身分になっておなりとか」
はい、それを聞いたシャルロッテの目は転がり落ちんばかりに大きく見開いておりました。口も大きく開いており、とても侯爵家の姫君とは思えない表情をしていて、もしこの映像が公開されたとしたら確実にモザイクが掛かっている事でしょう。
「王都のシュルツって、、、、、それ それ あたしの父上よ」
さすがの百戦錬磨のムスケルもこれを聞いて、驚きを隠せなかった。崩れた顔が、更に・・・・いや、これ以上は変わりようがなかったようだが。
「マジかよ・・・たまげたなぁ」
「たまげたのはこっちのセリフよお。で?どんな話を持って来たの?」
「お?聞いてくれるのかい?」
「父上の名前持ち出されたら、聞くしかないでしょうに。で?」
「うむ、連中今日はろくなのがいないとぼやいていたが、どうやらお前さんに狙いを付けたようだ」
「さっき、散々馬鹿にしていましたけど?」
「特殊な趣味の顧客も居るかららしい」
「特殊ですってぇ!!特殊って何よお って言うか、やっぱりあいつらが人さらいだったのね」
「いや、正確には違う。あいつらは小遣い稼ぎで情報を渡しているだけだ。本当の人さらいは他に居る」
「ちょっと、何でそんなに詳しいの?」
「何でもかんでも俺らのせいにされるんでな、いつか仕返しをしてやろうと探っていたんだよ」
「で?本命は?やはり伯爵?」
「いや、さすがにそこまでやつらも馬鹿じゃないさ。黒幕ではあるが、自らの手は汚さないぜ。実行犯は伯爵の子飼いのベイカー男爵だ。更に言えば実行犯はベイカーが金で集めた盗賊どもだ」
「ほうほう、それは興味深いお話しですな」
立ち直った老執事が話に入って来た。
「爺さん、あんた只者じゃないだろ。さっきの身のこなし、見事だったぜ。笑いは収まったのかい?」
ギクっとした老執事は狼狽えていた。
「見てらしたのですか?お人が悪い」
「人が悪いのは悪人だからな、当然だろうが」
「じい?あとでゆーっくりとお話ししましょうねぇ。で?今夜襲って来るっていうのね?」
「ああ、盗賊に扮して襲うつもりだぜ」
「よーし、それじゃあ一網打尽にして洗いざらい吐かせてやるわ」
「まちな。それじゃあまずいんじゃないのかい?そうだろう?爺さん」
「あーこほん。はい、お嬢様が前面に出られますと事がここだけの話しでは済まなくなる恐れが御座います。当然、男爵は尻尾切りされますし、伯爵も証拠になりそうなものは全て始末してしまい、知らぬ存ぜぬを決めこまれるでしょう。逆に、何故お嬢様がここにおられるのか?どこに行こうとしておられるのか?そのあたりを探られてしまい、お父上様の立場もお悪くなるかと」
「じゃあ、どうするのよ、このまま黙って見てろって言うの?」
「ですから、ムスケル殿が声を掛けてこられたのではないのでしょうか?」
「そういう事だぜ。爺さん頭が切れるな」
「爺さんでなく、ジョン・Gでございます!」
「あはは、でな、俺達がここで待ち受ける。おい」
ムスケルが後ろに声を掛けると、一人の少女が暗闇から現れた。
「アウラだ。どうだ?お前さんに背格好が似ているだろう。こいつに代役をしてもらう」
「えっ?だって危ないから駄目だよお」
「こいつも、俺達の仲間なんだぜ?腕の方は保証する。危険はない」
「ならいいんだけど・・・」
「大丈夫だよお嬢さん。あたいだって役に立ちたいのさ、兄貴の命の恩人にかかわる事ならなおさらね。やらせておくれじゃないか」
「そっか、ここでああだこうだ言ってても省がないわね、分かったわ。宜しくお願いするわね。でも危ない事は無しだからね」
「大丈夫だって、我らが『うさぎの手』の精鋭が周りを固めるから安心してくれ。へたな軍隊なんかよりよっぽど役に立つぜ」
「ぶっ! 盗賊の名前がウサギの手なのお?」
聞いたシャルロッテは腹を抱えて笑い出した。
「最初にはっきりさせておくが、俺達は山賊であって、盗賊じゃねえ。それに、そこいらの貴族みたいに弱者は襲わないし腐りきっていない!」
「ごめん、ごめん、悪かったわ。ちゃんと認識するわ。外見で判断したらいけないものね」
「分かってくれたのならいい。嬢ちゃん達は、直ぐにここを離れてくれ、近くに俺達の仮のアジトの一つがあるからそこで待って居てくれ。こっちは上手くやるから」
すると、似たような馬車が一台やって来た。
「さっ、急いで支度してくれ。時間は無いぞ。案内を付けるからついて行ってくれ」
てな事で、あたし達はうさぎのアジトに来ているんだけど、崖の斜面に横穴を掘って入り口は身の丈ほどもある草に覆われている。中は意外と広く、馬車ごと入る事が出来て複数台分の駐車スペースもあり、快適なアジトなので驚いた。街道からは少し離れているのでまずは見付かる心配は無さそうだった。
なんか、急に事態が進展したのでまだ頭が付いていっていないというのが正直な感想だった。ましてや、父上も間接的にではあるが関与しているなんて、ほんとにビックリだった。
六歳だと言う小さな女の子がお茶を出してくれたので、それを飲みながら待って居た。こんな小さな子まで居るなんて驚きだが、仕事はせず組織の大人たちが勉強を教えているらしい。役人に親を殺された孤児だと言う。他にも何人も孤児を育てているそうだ。業界最大手なのでこういう事が出来るらしい。
夜も更けて来た頃、外が騒がしくなって来た。退屈でうとうとしていたあたしは走って入り口まで走ると、そこには十人位の縛られた男共がうさぎさん達に囲まれて立って居た。
「どうだい?一網打尽にしたぜ親分」
「あはは、上手くいったみたいだねぇ。さあて、どうしようかねえ。質問に答えない者、嘘を行った者は、吸血ヒルの池で水泳でもしてもらいましょうかねえ」
「ほう、それは素晴らしい。あれは、皮膚を食い破り体の中から食い荒らすんで、生きたまま地獄を味わいますな、こいつらにはピッタリだ」
ムスケルが棒読みで声を潜めてしゃべると見てくれも相まって・・・こわい。可哀想にみんな涙と鼻水だらだらでひざもがくがくさせているわ。怖いんだろうね、でもさらわれた女の子達も怖い思いしたんだから、おあいこだわね、自業自得よ。
「さあ、尋問を始めるよ!嘘ついたり供述を拒否したら判ってるだろうね、手間取らせるんじゃないよ」
一人づつアウラに引っ張られて行った。さすが本職、手慣れていらっしゃる。全員おわるまでには時間がかかるので、あたし達はゆっくりと休ませて頂いた。
翌日、起き出すと、うさぎの幹部が集合していた。
「ゆっくり眠れましたかい?」
「ええ、お陰様でね。で?どうだった?」
「今さっき、あいつらの話した内容が纏まったところでね、ま、腰を落ち着けて聞いてくれや」
あたし達が座ると、熱いコーヒーが出て来た。ムスケルが代表して説明してくれた。
要約するとこんな感じだった。
カーン伯爵の命令でベイカー男爵が人さらいをしているのは間違いではなかった。しかし、足が付かない様に金で集めたごろつきに実行させている為、ゴロツキと伯爵の接点は無く、男爵にしても知らぬ存ぜぬを決められると証拠は無いので追及は無理だとの事だった。
売られた女性は、三か月に一回来る人買いに売るのだが、これも実行犯達が直接売り渡しているので、男爵は関与していなく追及は無理。売上金は後日男爵の屋敷に持って行くのだが、なんのお金なのか証明が出来ない。
最近は、街に住む若い女性が少なくなってきたので、旅人を狙ってキャンプ地を物色しているらしい。
捕まえたのは、下っ端のチンピラばかりなので捕まえた女性がどうなっているのかも知らされていない様だった。ただ、幸運な事に指導役として男爵から派遣されて来ている奴が一人居たのでここまで分かったのだった。
監禁していた女性達は、今日人買いに売ってしまったので、誰も残っていないそうだ。売られた女性達は、うさぎの別動隊が今追っているそうなので、そっちは任せていいだろう。
一切証拠を残していないので、これ以上は踏み込めない。なんとも胸の奥がもやもやしているがどうしようもない。
後ろ髪を引かれるのではあるが、あたし達にも大事な使命があるので、ここはうさぎに任せて先に進むしかなかった。
何か進展があったら知らせてくれるというので、出発する事にした。
「お頭、お世話になりました、ありがとう。後の事は宜しくお願いします」
ぺこりと頭を下げて、後の事をお願いした。
「いやいや、こちらこそ恩人の娘さんとは知らず、失礼をしちまった、許せ。後の事は任せて旅を続けてくれや」
ごっつい岩の様な手と握手をしてうさぎのみんなに見送られて街道に戻った。
戻ってからも、誰も一言もしゃべらず、もくもくと次の街イルクートを目指した。あれほど楽しみだった街なのだが、今は心が重かった。心なしか、吹き渡る風も爽やかで無くなった気がする。
「あーあ、知りたくなかったなぁ」
思わずその一言が口をついて出ていた。
「ですがお嬢様、お嬢様が乗り出さなかったら、又多くの女性が売られていたのです。それを防いだだけでも、大きな事だとおもますが」
「うん、分っているんだけどね。分かっているんだけど、ついそう思ってしまうのよね。あたしってやはり箱入り娘で世間知らずだったんだなって」
「この旅を通して色々勉強なさればよろしゅう御座います。世の中良い事ばかりでは御座いません。この先人の上にお立ちになられるのでしたら、社会の暗黒面も知っておいて損は御座いません。もちろん危なくない範囲でですが」
「うん、少しでも成長出来るといいなぁ」
「出来ますとも、お嬢様なら大きく成長なされますよ。不肖わたしめが保障致します」
重い重い道のりだったが、イクルートの街の城壁が見えて来た。この辺りには麦畑は見られず、一面荒地であちこちに馬車ほどもある大きな岩が転がっていた。
王都とは全然雰囲気が違って居た。土もきめの細かい土壌でなく、小石交じりのいかにも作物を作るのには向かなそうな土だった
街自体は遠景でもその巨大さが見て取れた。視界一杯に続く城壁はどこまでも果てしなく続く様にも見えた。
「街の広さだけなら王都よりも大きいかも知れません。話によりますと、今現在も拡張を続けているそうです。一体何がしたいのだか」
ここは、街に入るのに行列はしていなかった。みんなすんなり入れる様だった。
「この街は入るのは簡単ののですが、出るのにチェックが厳しいそうです。さあ、敵の本拠地に乗り込みますぞ」
老執事の言う通り、チェックは簡単ですんなり入る事が出来た。門の役人は不愛想だったが。
まずは宿を決めて落ち着いて、街の散策はその後になる。街の目抜き通り沿いで宿を探したが、何故かどこも断られてしまった。そんなに混んでいる様にも見えないのだが・・・。
六件目の宿に入ると裏通りの宿を紹介された。宿屋フォルターだった。今なら空いているそうだが、それを聞いた瞬間ジョン・Gと顔を見合わせてしまった。
そう、ムスケルから聞いていた名前だった。別名神隠しの館、そこでは何人もの若い女性が失踪しているので気を付けろと。
さて、どうしようか。取り敢えず礼を言ってその宿屋を出た。この宿屋もグルだったのか。
通りに出てどうしようかと思案していると、突然後ろから声を掛けられた。
「どうしましたか?」
振り返ると、女の子が首を傾げて立って居た。それは、”うさぎの手”のアウラだった。
「なんでここに?」
「お頭に、心配だから見に行って来いと言われたんだけど、思った通り困っていますね。ふふふ」
まるで賊を尋問している時とは別人だった。
「確かに困っちゃってますね。どこの宿も一杯だって断られてさ、最後にはそこの宿ではよりによってフォルターを紹介されたのよ。で、どうしようかなって」
「やっぱりねぇ。どうしたいですか?」
「本音を言うと、徹底的に叩き潰したいんだけど、実際の所、今は騒ぎは起こせないんで困っているのよ」
「了解しました。ではお嬢の願い叶えましょう。あたいが代わりに泊まります。賊が来たらとっ捕まえて、情報を入手したら撤収します。街の外れに商業ギルド直営の宿がありますので、お嬢達はそこに泊まって下さい。商業ギルドには貸しが沢山あるので、あそこなら安全です。後で報告に参りますのでお待ち下さい」
「危なくない?大丈夫なの?」
「ふふふ、街の中には既に手の者が大勢展開しています。危険はありませんよ」
「そうならいいのだけど、でもあなた山賊なのに言葉使いが丁寧なのね」
「はい、色んな所に潜入したりするので、言葉使いは厳しく躾けられているんですよ。咄嗟の時にはボロが出る事もありますけど。さあ、急いでこの場を離れて下さい」
「分かった。お願いね」
あたし達は後の事をアウラに任せてその場を離れた。本当は人任せにはしたくないのだけど、今ここで騒ぎを起こしてあたしの存在がばれてしまうと、国軍が探りを入れて来たと思われて証拠を隠したり尻尾切りをされる恐れもあるし、犯人が山賊なら敵もそれほど用心はしないかなと。しょうがないわよね、そう自分を納得させて商業ギルドに向かった。
うさぎの手の者に案内して貰って商業ギルドに向かうと、直ぐに話がついたらしくギルドの職員が周りを気にしながら出て来た。
「話は聞いたよ。安全な隠れ家に案内するから付いてきな。馬車はギルドの駐車場に置いておけばいい、責任もって預かっておくよ」」
中堅クラスと思われる筋肉質の職員はギルド本館裏の駐車場に案内してくれた。馬車を繋ぐと、近くの飼葉を集積しておく小屋に入って行った。中に入ると職員さんは先が四つに分かれている鋤を持ち出して小屋の飼葉をどけ始めた。すると、隠してあった扉が出て来た。扉を開けると、余裕で人が一人通れる地下道の入り口が現れた。
「さっ、付いてきてくれ」
そう言うと、地下道の入り口の中に設置してある梯子を下り始めた。シャルロッテ達も急いで後を追った。五メートルも降りただろうか、地下道は今度は横に続いていた。余裕で立って歩ける横道を二十メートル程歩くと再び道は上に続いていた。登りきると、暗い窓の無い小部屋に出た。
「ここは、地下室?」
周りをきょろきょろ見回していると、職員さんはドアを開けて現れた階段を登って行く。後を追っていくと、そこはちょっと広い部屋になっていた。窓から外を見るとすぐ下を川が流れていた。
「ここは、ギルドとは別の建物にある秘密の部屋だよ。まずは安全だ。それでも、万が一危険が迫ったら、ここの床を開けてくれ」
窓側の部屋の隅にあるテーブルをずらすとドアが現れた。開くと、下は川になっており、川に降りる縄梯子がぶら下がっていて、繋いである小舟に乗り移れる様になっていた。
「あくまでも、最悪の時用だ。万が一の時はその小舟で逃げてくれ。ま、その心配は無いと思うがな。食事は後で差し入れる。すこし、ゆっくりしていてくれ。それじゃあな」
再び、職員さんは穴の中に消えて行った。
「なんと、用心深いものですなぁ。それだけ、街自体が不穏なのでしょうか」
「うん、なんか秘密基地みたいでワクワクするんだけど、そんな事言ったら不謹慎だわよね。賊が現れるのは深夜だろうから、食事をしたら先に仮眠をとっていたほうがいいわね」
「そうで御座いますね。それでは床のご用意をいたしましょう。街側の窓には近寄りませんように」
ジョン・Gとタレスは寝る為の準備を始めた。
差し入れされた食事を済ませると、老執事が見張りをする事にして、シャルロッテ達は仮眠をとるべく転がった。
しかし、興奮しているのかなかなか寝付けなかった。寝れなくても目をつぶって居るだけでも疲れは取れるので、なるべく頭の中を空にして転がっていると、やがて意識が途切れがちになり、うつらうつらしてきたそんな時であった。
「お嬢様。お嬢様。起きて下さいませ」
「ん ん? どうしたの?アウラが来たの?」
「お休みの所申し訳御座いません。街の様子がおかしゅう御座います」
「えっ?街が?」
あたしはビックリして飛び起きた。
「空が真っ赤に染まっております」
聖女様は疫病神?
始まりました。
作品を書き始めて3作目となります。
経験値不足の為、どんな内容になるのか心配ではありますが、精一杯書いて参ります。
拙い語彙力で書き上げて参りますので、暖かく見守って下さりますように。