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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
38/168

38.

 地を這う様な低い姿勢のまま、鋭い眼光を飛ばしながら獲物を目の前にした猛獣の様に構えているディープパープルの二人に対して、真正面から誰が見てもど素人である事がありありの構えでドタバタと突っ込むアナスタシア様は、絶好のカモだった。

 だが、いいカモであるにも関わらず何故か彼らは動かなかった。カモはカモでも食べたら食あたりをしそうなカモだとでも思ったのだろうか。

 滅茶苦茶に剣を振り回す度に敵はじりじりと後ずさりする一方だった。

「?」

 どういう事?アナ様の動きを目で追いながら訝しんでいると、音も無く接近して来た竜氏が抑揚のない声で話しかけて来た。

「おそらく竜王様の剣から出る圧に圧倒されているのでしょう。どうやら連中の力は大した事ないようですね、見ていて大丈夫でしょう」

 あたしはぎょっとして竜氏を見た。竜氏はニコニコしたまま見返してきた。遥かに人間の能力を凌駕している相手を大した事ないとは言い過ぎではないのか?


 階段の降り口迄後退した紫一号と二号は、後がなくなってしまった。ここまで追い詰められたら階段を降りて逃げ出すだろうと思っていたのだが、彼らには後退と言う発想は無いのだろうか?

 すると意を決した様に突如一号と二号がアナ様に向かって突っ込んで来た。


 彼らは本当に皆から恐怖の軍団として恐れられて来たあの連中なのだろうか?なんの工夫も無くただひたすらに繰り返し突撃して来るだけだった。

 だが、アナ様は意外な事に連中の電光石火の攻撃をその手にした伝説の剣で簡単にあしらっていた。有り得ない事だった。だってあの攻撃はあたしだって対応出来ない程凄まじいものだったのだから。

 奇妙なのは、アナ様の足元だった。普段から訓練しているのならいざ知らず、足腰は全く鍛えてはいないはずなのに、何故あの重い剣を振り回せているのか?それも、剣技は足腰が基本であるにも関わらずふらふらの足元であの疾風怒濤の敵の攻撃を完璧に封じている。

 まるで酔っ払いみたいな千鳥足なのに、剣筋はまるで剣神の様に正確に敵の攻撃をはじいているのだ。

 これは、、、、まさか?そんな事って、、、あり?

「剣が勝手に迎撃している?まさかね」

 剣が人を操るなんて、有り得ない事なんだけど、竜王様が絡んでいるからなぁ、有り得ないなんて事は有り得ないか。

 ふと気が付くと、あたしも竜氏も足を止めてアナ様の奮戦に目を奪われていた。

 それにしてもたいしたもんだ。入れ代わり立ち代わり突っ込んで来ては剣を突き出し薙ぎ払って来る歴戦の猛者相手に対してひらりひらりと舞う様に剣を振るうその姿は、神々しくもあった。

 なんて感動している場合ではない、いつまでもアナ様に任せっきりにしている訳にはいかない。

 って事で、あたしは戦いに参加するべくアナ様と紫の間に割って入ろうと足を踏み出したのだが、その瞬間物凄い力で肩を掴まれてしまった。

「いけません、あの中に入ったら一瞬で命を落とされますよ。失礼ですが、あなた様の力量では無理で御座います」

「そんな事言ったって!」

「大丈夫ですよ、竜王様の魔石が身の安全を守ってくれるので、あの程度の相手ならすぐに決着がつきます」

「あの程度って、、、十分人外の攻撃力なのよ?無茶よっ!」

「ほっほっほっ、あちらが人外なのでしたら、こちらは大地を管理しております竜の力で守られております。決して後れを取る事は御座いません。ご安心下さい」


 竜氏の言う通り、次第に敵の攻撃が鈍って来た様に見える。疲れが出て来たのだろうか、足元が心許なく見える。だったら階段を背にしているんだから、一旦引いたら良いだろうに何故攻撃を続けるの?攻撃が効かないのは身に染みてわかってるだろうに。

 二人してなにか鎖の様な物をアナ様に投げつけ、時間差で投擲用の剣も複数投げていたが、竜王剣(?)の一振りで四散してしまった。

 何でも切れるんだ、本当に無敵の剣なの?あれ。

 なんて思っていると、今度は懐から握りこぶし大の玉をアナ様の頭上に投げた。あんたら、未来から来た猫型機械人形なんかいいい、どこからそんな物出して来たんだ!

 当然の様に竜王剣|(仮)の一振りで空中に飛散、、、?

 飛散した中身は粉々に、、、いや、完全に粉末になって、、、いや、最初から中身は粉だったのか?

「まずい!」

 叫ぶや否や、竜氏はアナ様の元へ猛ダッシュして行った。あたしは、全く動けず、全く事態が理解出来ず、ただ立ち尽くすだけだった。


 粉を頭から被ったアナ様は力が抜けた様に崩れ落ちていくが、すんでの所で竜氏に抱えられ床に激突しないで済んだ。

 当然、この好機を連中が見逃してくれる訳も無く、二人揃って飛び掛かっていったのだが、、、一体何が起こったのかあたしにはさっぱりわからなかった。

 アナ様を床面ギリギリの所で抱き留めた竜氏は床に片膝を付いて連中には背中を向けた完全な無防備な態勢だった。

 だが、、、一体どうしたことでしょう、その無防備な竜氏の背中に切りつけた紫一号と二号は、、、空中で粉末と化してしまっていた。

 そして紫一号と二号の成れの果ての粉が四散した後には、彼らに向かって右手を広げて差し出している竜氏が居た。

 何が起こったのかわからず、茫然と立ち尽くしていると、アナ様を抱きかかえた竜氏がおもむろに立ち上がって、こちらに歩いて来た。

「いやはや、人族の発想と言うものにはいつもいつも驚かされますな。まさか、しびれ薬を撒いてくるとは想定外で御座いました」

「アナ様ぁっ!!」

 急いで駆け寄るが、竜氏に抱えられているアナ様は、ぐったりしていて動く気配が見えない。

「アナ様はっ、アナ様は大丈夫なのっ!?」

 あたしは、竜氏に食って掛かる様に問いただした。それだけ必死だったのだ。

「大丈夫だって言ったじゃないっ!遅れは取らないって言ったじゃない!どうなってるのよおぉぉ!」

 あたしに食って掛かられた竜氏は何を言われてもじっと困った様な顔をして受け止めていたが、やがてそっと口を開いた。

「今回の事は、わたくしの油断で御座います。申し訳ありませんでした。しかし、聖女殿がお倒れになりましたのはしびれ薬のせいばかりではない様で御座います」

「じゃあ、なんだったって言うのよ!実際に倒れられているじゃないの!」

「これは、恐らく、、、そう、あなた達の言う所の精神力を使い過ぎてしまったものと思われます」

「精神力?」

「はい、あの剣は人の精神力を力に換えて体現化する物なのです。初めて使ったので力を上手く制御出来なくて限界まで使ってしまったのだと思われます」

「だったら、なんで最初に言ってくれなかったのよ。言ってくれれば、アナ様はこんなお姿にならないで済んだかもしれないのに」

 あたしの声が聞こえているのかいないのか、竜氏はじっとアナ様を見つめていた。

「ちょっと聞いてるの?」

 あたしは、無視されたみたいに感じて声を荒げたが、竜氏はしばらくアナ様を見つめたのちに顔を上げてあたしの事を見た。

「わたくしの目をもってしても、この聖女殿の潜在力を見誤っておりました。本来、限界まで力を使い尽すなんて事は人族には出来るはずもない事なのです」

「そうなの?」

「シャルロッテ殿、力の限り走った事はおありで?」

「そ そりゃああるわよ」

「では、力の限り走った時、意識を失いましたか?」

「そんな事は、、、なかったけど」

「ですよね、限界近くまで力を使っても、使い果たす直前には自己防衛本能でストップがかかるものなんです」

「確かに、動けなくなっても意識を失う程ではなかったわね」

「それが、今回は限界を過ぎてもストップがかからなかった。すなわち、まだまだ限界に達して無かったというか、まだまだ伸びしろが有ると言う事だと思われます。ただ、単に初めての事だったので、ストップがかかる前に気絶してしまった、と考えます」

「考えます なの?」

「はい、なにせ、初めての事でありますので、わたくしにも未知の領域ともうしますか、人族にこんな潜在能力があったなんて本当に驚いております」

 うーん、これはどう考えたらいいんだろう?あたしの頭じゃ理解が追い付かないわ。


 頭を抱えて考え込んでいると、竜氏はいつもの感じで話し掛けて来た。

「お考え中大変申し訳ありませんが、そろそろ移動された方が宜しいかと」

 その一言であたしは現実に引き戻された。そうだ、ここは敵の本丸だよ。あたし達は敵中深く孤立しているんだった。

「そ そうね、その通りだわね。周りに敵はどの位いるの?下には降りられそう?」

 アナ様は戦力外になってしまったし、竜氏もアナ様を抱えていて戦えないから、あたしが頑張って道を切り開かないといけないわね。

 耳を澄ましても物音が一切しないのは不気味なんだけど、取り敢えず階段を降りるか、階段を封鎖してここで立て籠もるか決断しないといけないわね。見た感じ、ここは三階建ての建物の屋上で、ここより高い建造物は少し離れた所にある塔だけだから、ひとまずは上からの脅威は無さそうだけど現実は敵中真っただ中なのだから、早急に何か行動を起こさないといけないわ。

「意外な事なのですが、この周囲には生体反応はあまり感じられませんな。ほぼ無人です」

「あまり?あまりって何?ほぼって何?」

「弱い生体反応が感じられるだけで、普通に動ける者の気配は感じられません。周りの状況がわからないので、しばらくはここで待機するのが上策ではないでしょうか?」

「弱い生体反応って事は重傷者って事でしょ?すぐに助けに行かないと!」

「動けない聖女殿を伴ってですか?紫の方々が現れたらどうなさるおつもりで?聖女殿を危険に晒すおつもりなので?」

「うっ」

 あたしは言葉に詰まってしまった。

「それに、重症の方相手に治療が出来るのですか?指揮官は今出来る事と出来ない事を的確に判断しないといけないのではありませんか?」

「わ わかったわよ!ここで、アナ様の回復を待ちます」

「間違いを直ぐに認める事の出来るその懐の深さ、シャルロッテ殿は指揮官としての素晴らしい素養をお持ちですな」

 あたしは、迂闊にも顔が真っ赤になってしまった。

「なっ、褒めたって何にも出ないわよ!」

「何も出ないのですか?」

「そうよ、何も出ないわ。どうせ胸もお尻も出ないわよっ!」

「いえいえ、そんな事は思っても言いませんです、はい」

「言ってるじゃないのよっ!あなたって、そんな軽口もきけるのね」

 たぶん竜氏は、この状況で神経が張り詰めているあたしの事を思って気を紛らわせようとしてくれているのだろう。

 ただのセクハラ爺の線も捨てきれないが・・・。


 あたしは屋上の縁にある腰までの高さの壁を背に腰を降ろしてふーっと息を吐いた。アナ様は日陰になっている所で横たわっておられる。

 空を見上げるといつの間にかすっかり夜は明けて眩しい光が降り注がれていた。

 まだ一日が始まったばかりだって言うのに、すでに精神的に疲労困憊だった。アナ様はまだぴくりとも動かない。今襲われたら最悪なんだが、何故か人の気配も物音も無い。

 なんでだろう?もう領民の殲滅が終わってしまった?相当数居たはずの敵兵達はどこへ行ったの?

 紫の連中も二人だけってどういう事だったんだろう?全力で来られたらマズかったのではないか?おそらくまだ十数人は居たはず。まさか、領民殲滅の方が優先だったのか?だとしたら、領民の殲滅が終わったら、ここに来るの?

 お頭達もおって到着するだろうが、果たしてどこまで対抗出来るか疑問だ。この後、どうしたらいいんだろう?やはりお頭達に相談しないと作戦の立てようもないのかな。

 ああ、あたしは無力だ。


 それから四時間程たっただろうか、太陽は既に頭頂を超え暑さも増して来た。そんな時、周りを見回していた竜氏がぼそっと抑揚のない声で呟いた。

「ほう、やっと到着しましたか。空が飛べない種族と言うのは実に不便なものですな」

 その声を聞いてあたしは立ち上がり、湖の方を覗いたものの何も見る事が出来ず縁にある壁の上に登ってみた。だが、距離が有るせいか良く分らなかった。

 壁からぴょんと飛び降りると竜氏の元へ駆け寄り「貴方は見えるの?」と聞いて見た。

「はい、肉眼でも確認出来ますし、ある程度近ければ気配でもわかりますよ。人族には無理な様ですが」

「当たり前じゃない、飛んだり跳ねたりなんか出来る訳無いんだから。ましてや、あんな遠くなんて見える訳が無い」

「ほう、異なことを。それではどなたがその様な事を決めたのでしょうか?」

 なに?なんでそんなにニコニコ聞いて来るの?

「誰が決めたって、そりゃあ神様が決めたんでしょうに」

 誰が決めたかなんて知って居る人が居る訳ないじゃない、なに当たり前の事を、、、、え?まさか人が知らなくても竜なら知って居るって事?

 ゆっくりと湖の方を向いた竜氏は、空を見上げながらゆっくりと話し出した。

「竜王様は、人族に空を飛ぶ能力は与えませんでしたが、代わりに考える力、工夫する知恵、応用力を与えたと申されております」

「工夫?応用?」

「はい、人族は肉体的に劣っている分、考えて、知恵と応用を駆使してここまで乗り切ってこられたのではないのですか?」

「たしかに・・・でも・・・」

「自力では空は飛べませんが、飛ぶことを禁止はしていないと申しておりますよ」

「でも、、、工夫して何とかなるなら、もうとっくに誰かが何とかしているんじゃあないの?」

 竜氏が悪い訳では無いのだが、何故か食って掛かってしまった。

「そうですね、今までに竜王様の御住いに来られた人族は、竜王様を退治しに来て返り討ちに遭った勇者殿ただお一人ですから何とも出来なかったのでしょうね」

 勇者?返り討ち?なに?それって千年以上前の伝説の勇者様の事?竜王様のお住まいと空飛ぶ工夫、どう関係してるっていうの?

「ねえ、それって・・・」

「おお、みなさん無事上陸された様ですよ。私達もお出迎えに参りませんか?」

 とても意味深な話だったのだけど、みんなが上陸して来たのなら、そっちが優先だ。

 まだ目覚めないアナ様の事も心配だし。

 アナ様の移動は竜氏に任せてあたしは全力で階段を駆け降りて行った。


 息を切らせて駆け降りてみると、そこには既にアナ様をお姫様だっこした竜氏が立って居た。

 飛び降りたな、危ないなぁ。

 ちょっと悔しかったが、あたしは皆の元へと駆け出して行った。

 結果としてお頭達とは城門内の広場で落ち合う事が出来たのだが・・・。

 みんな臨戦態勢で各々武器を掲げ物凄い形相で城門内に突入してきたが、あたしと竜氏を見ると歓声を上げて駆け寄って来て・・・絶句したのだった。

 次の瞬間、計ったかの様にみんなの視線はあたしに集中した。それも親の仇を見る様な冷たい、恨みの籠った様な視線だった。

 えっ?えっ?なんで、なんで?

 みんなの視線をよく見ると、あたしとアナ様を行ったり来たりしている。

 えっ?まさか、アナ様がお隠れになったと勘違いしている?そういう事?あたしのせいだと思っているの?

 すると物凄い速度で砂塵を巻き上げながらメアリー さんが突撃して来て、あたしは胸倉を掴まれて持ち上げられ、空中でぶらんぶらんする事になった。

「くっ、苦しいっ!!」

 メアリー さんの顔がチョー怖いんですけどぉ。

「苦しくて当然!そのまま死んでおしまいなさいっ!!」

 そんなむちゃなぁ、マジ息が出来ないんですけどぉ。

「なんで、アナ様がこんな事になっているのっ!!」

「くるしい・・・」

「苦しいかなんて聞いて居ないんだよっ!なんでこうなった!!」

「いきが・・・」

「息なんか聞いて居ないって言ってるだろう、なんでこうなった!!」

「あ・・・・」

 苦しくてじたばたしていると、段々視界が白く霞がかかったみたいになって来た。なんで、誰も助けてくれないのよぉ。

 このまま死ぬのかな?でも、その方がもう振り回されないからいいのかも・・・。などと思って居たら、遠くで助けに入る声が聞こえた様な気がした。

 ああ、幻聴が聞こえて来た、もう天に召されるのかぁ。


「もうその辺で許してあげて下さいな。彼女も一生懸命頑張ったのです」

 あれっ?どこかで聞いた事のある声?薄れつつある意識の中で、ふとそんな事を考えたのだが、それを最後に意識が闇の中に沈んでしまった。


「アナ様っ!!ご無事でしたかっ!良かったです、もうどうしようかと思いました」

 そう、このタイミングでアナスタシアは目覚めたのだった。


「わたくしも状況が全くわからなくて、あの紫の方々と戦っていたのですが、途中から記憶が無くって・・・」

「!!まさか、ディープパープルと戦っていたのですか?なんて無謀な!アナ様にそんな危険な事をさせるなんて、やはりこいつはこのまま始末してしまった方が・・・」

 ぐったりしているシャルロッテを掴み上げている腕に力がこもった。

「メアリーさん、状況を説明致しますので、取り敢えずは下に置きましょう。始末するのはいつでも出来ますので」

 そう助け舟?をだしたのは、竜氏だったが、いつでも始末出来るとは、なかなかエグい助け舟だった。


 その後、シャルロッテは地べたに落とされ、主要メンバーは早速竜氏から現状の説明を受けた。

 その内容を聞いたみんなは思考が追い付かなく、ただただ茫然としてしまった。

 まあ理解しろと言うのが無理な話ではあったのだが、今後の方針をどうしたらいいのか、誰も意見が出せなかった。

 へたな事を言って失敗したらと言うとてつもないプレッシャーのせいだった。

 どこに居るかわからないディープパープルの存在もあって、話は纏まらなかった。

「どうするの?ムスケル。あんた、決めなさいよ」

 何故か上から目線のメアリーに

「そう言うお前が決めたっていいんだぞ」

 と、ムスケルも不毛な応酬をした。

 うーん、とみんなが難しい顔で唸って居る時、一人だけ能天気な娘が居た。

「じゃああさあ、やっぱりここはシャルロッテ様に決めて貰うのがいいんじゃない?」

 ニコニコ言う緊張感皆無のアウラに一斉に視線が集まった。


「確かにな、あいつなら物おじしない判断が出来るか・・・」

「そうね、何かあった時に責任を取らせる担当者が必要・・・か」

「それよりも、アナ様と竜王剣の扱いをどうするか だよな」

「あの剣はアナ様しか使えないから、お蔵入りにするしかないわねぇ」

「それはそうなんだが、あの剣が無いとあのパープルに相対した時に戦力的に不利は否めないんだよな」

「あら、お頭、随分と弱気なのねぇ」

「弱気にもなるさ、人間相手なら怖くはないんだが、あいつらは人外だからなぁ」

「「「だよねぇぇぇぇぇ」」」

「でもさぁ、あたい達にはいい発想は浮かばなくても、お嬢ならなんとかなるんじゃないかな?」

「そうかもしれんな。竜の旦那はどう思うよ」

 突然話を振られた竜氏はきょとんとしていた。

「どうと言われましても、わたくし的にはアナスタシア殿を先頭に押し出して無双して頂くのが最善だと。その為にあの剣を持参したのですから」

「だがなぁ、戦う度に倒れられてもなぁ、あれは回を重ねるとなんとかなるのか?」

「さて、我々としても初めてあれを使いこなす人間に出会いましたので、どうなるか明言は致しかねますが、あの剣は人族に対しては無敵ですので、なんとか使いこなして貰いたいものです」

「そうか、取り敢えず持っているだけで安全なんだろ?だったら聖女の嬢ちゃんにはあれを抱えて後方で待機してもらって、後は俺達でなんとかするしかねえんじゃね」

「それしかないわねぇ、ちょっとアウラ、アレさっさと叩き起こして頂戴。これから忙しくなるんだから」

 メアリーは、床の上で意識を失ったままのアレ(シャルロッテ)のほうを顎で指し示し、アウラに起こす様に指示を出した。


 やがてシャルロッテはアウラによって活を入れられ、強制的に起こされた。だが、起きたシャルロッテは、まだ状況がわからずしばらくぼーっとしていたのだが、そうしている間に要塞内に散った索敵班がぽつぽつと帰ってきた。

 個々に報告を受けていると二度手間になるので、全員が帰って来てから、纏めて報告を受ける事となった。


 そして、日も陰り始めた頃、偵察に出掛けていた者達が全て帰還したので正門近くの二階建ての堅牢な石造りの建物の一階にあったホールの片隅で報告会が始まった。

 このホールは正門に近く、万が一の際には船に乗って脱出するのにも便利なので、当座の司令部として整備中の所だった。十分な広さもあり、後々は食料も蓄える予定だったホールの片隅にどこからか調達してきたテーブルと椅子を集め、臨時の作戦本部が出来上がっていた。

 シャルロッテは、叩き起こされた後、ここでじっと一人で座って、忙しく動き回って居る兵達の動きをぼーっと眺めていた。

 そして、時間と共に集まって来た閣僚達はそんなシャルロッテを見てぎょっとして、近くに居た他の閣僚と眉をひそめながらひそひそと言葉を交わしていた。

 やがてムスケルもやって来たが、そんなシャルロッテの姿を見て、肩をすくめてしまった。

「ムスケル殿、シャルロッテ殿は大丈夫なのでしょうか?」

 心配して話し掛けてきたのは、オレンジの悪魔のブライアン・ロジャース中佐だった。

「ほっとけばいいさ。あのくらいでへこたれる嬢ちゃんじゃない。その内目を覚ますだろうよ」

「そういうものなんですね」

 放置主義のムスケルもどうかと思うが、それに納得してしまうロジャース中佐もそうとうのものだろう。

 もっとも、ここまでみんなが経験して来た事は、今まで皆が持っていた一般常識を根底から覆すレベルの物ばかりだったので、段々感覚が麻痺して来たのも否めない。

 そのなかでも、自軍の陣営に竜が居て、度々空を飛ぶ姿を見せつけられる状況などは、自我が崩壊してもおかしくないレベルの最たるものだろう。


 そして、報告会が始まった。

「自分は、ラムズボーン要塞の外周部分の城壁を確認して参りました」

「自分の部隊は、要塞東側の建物内を偵察して参りました」

「私の部隊は、要塞東面の建物内の探索でした」

「それがしは、自分の配下の騎馬隊で農村部を調べて参りました」


 みんな、それぞれ事前の話し合いで偵察する持ち場が決められており、その持ち場を偵察して来たのだった。

 勿論、敵との遭遇も考慮に入れて、偵察隊はフル装備である程度の人数に別れ、遭遇戦になる前提で出掛けて行ったのだった。

 ただ、基本的に極力戦闘は行わず、話し合いで済ませる様に厳命してあった。又、生存者や負傷者を救助する為、治療班も同行して居た。


 報告が進むにつれ、みんなの表情は次第に険しくなっていった。

 彼らの報告をまとめてみると、おおよそこんな内容だった。


 1.要塞内に五体満足な敵兵の生存者はほぼ存在しない。

 2.農村部にも五体満足な生存者はほぼ居ない。

 3.要塞内に伯爵とディープパープルの姿は見当たらない。

 

 すなわち、敵兵による殲滅作戦は既に終了してしまっていたと言う事だった、この僅かな時間に。

 ほぼ敵軍は壊滅状態で五体満足の兵は、ごくわずか。地下の隠し部屋に潜んでいた閣僚が辛うじて生き残っていただけだった。

 農村部も酷い有様で、畑のそこかしこに無数の領民達の亡骸が横たわっていた。

 それも、毒など使わずに、全てが斬殺という所が恐怖を掻き立てる。僅か十数人だけで無抵抗とはいえ十万を超える人間を殺傷するなど人間業とは思えなかった。


 さらに、居並ぶ幕僚が困惑しているのは、その殺戮の中心であるディープパープルの残党が煙の様に消えてしまったと言う事だった。

 要塞の周囲には事前から監視の為に多くの兵を配置していたのだったが、未だに要塞から脱出したという報告は上がって来ていなかった。

 脱出していないと言う事は、今も要塞内のどこかに潜んでいて、今この瞬間にも襲撃される可能性が有ると言う事だった。

 この事は、守りに就いている兵士にとってはこの上ない恐怖だろう。もし兵達に知れたら、総崩れとなり我先にと要塞から逃げ出す兵が続出してしまう事は火を見るよりも明らかだった。

 集まった閣僚の視線は自然とシャルロッテに注がれる事となった。


 しかし、その視線は名案を求めてのものではなく、どうしてくれるんだと責任を押し付ける類のものに近かった。


 当のシャルロッテは腕組みをしたまま目をつぶったままだった。

 一瞬その場は静寂に包まれた。「どうするんだ」の一言を誰もが言えずに場が静まった時、シャルロッテはおもむろにその両の目を明けた。

 そして、静かに立ち上がりみんなを見回すと自信たっぷりに一言言い放った。


「ここは安全です、夕食の準備をしましょう」



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