37.
湖を見下ろす草原に緊張と動揺が走った。しかし、衝撃はそれだけでは収まらず、更に驚愕の報告が伝令よりもたらされた。
月明りの為正確にはわからないのだが、伝令の顔は焦燥感で引きつって居る様にも見えた。
「伯爵一行は要塞に戻り、、、彼らによって正門にクロスサイズの旗が掲げられました」
周囲では、手に持っていた武器を落とす音と、地面に膝まづく音が次々と静かな草原に続いた。
「最悪だ・・・」
「ダメだったか・・・」
「無念だ・・・」
「奴ら、魔物だ・・・」
「人間じゃない・・・」
周りに居た兵達は一人として例外なく、地面に崩れ落ち足元の草を握りしめ嗚咽を漏らしている。
あたしは例によって、意味が分からず周りをきょろきょろ見回し、困惑している。
お頭に助けを求めるべく姿を探したが、仁王立ちしたお頭は両ての拳を強く握りしめ、細かく震えていた。その姿は鬼気迫るものがあり、とっても質問など出来る雰囲気ではなかった。
そんなあたしに助け舟を出してくれたのは、ここの所影の薄かったジェイだった。
「お嬢様、サイズとは死神が持つ柄の長い鎌で御座います。クロスサイズ、すなわち死神の鎌がクロスしている図案の旗は“殲滅”を意味します」
「殲滅?」
「はい、あの旗が掲げられましたら敵対勢力に対しては一切の行動が合法化されるのです。勿論、法とはカーン伯爵の言う事が法となります。ですので、敵対勢力に対して何をしても罰せられないと言う事です。今回の場合、兵だろうと領民だろうと、赤子だろうと寝たきりの老人だろうと、皆殺しにしてもいいと言う意味なのです」
「いや、少しニュアンスが違うぜ。皆殺しにしてもいい、でなく皆殺しにしろだ、今回の旗はな」
「そんな、、、まってよ、領民まで皆殺しって・・・」
「そういう奴なんだよ、あの小僧はな!もう堪忍袋の緒が切れた。今回は、例え聖女の嬢ちゃんが止めても俺はあの小僧の息の根を止める。これだけは譲れねえ」
お頭が完全にブチ切れてる。物凄い圧を感じるよ、お頭まで変な能力が目覚めたの?なんか、こわい。
なんて思って居たら、もっと怖いお方が出て来た、、、。
「お止めしたりはしませんわ。思う存分やって下さいませ」
そう、こちらも、おブチ切れなさっているアナ様だった。いや、おブチ切れあそばれているアナ様だった。
全身の発光は慣れたもんだが、今回はあの美しい真紅の瞳まで発光している。眩しくはないのだろうか。
「こんな発言をしてリンデンバーム家から離縁される事になっても構いません。シャルロッテ様に命じます、カーン伯爵の息の根をお止めして下さいませ。出来るだけ速やかに、そして出来るだけ苦しめて差し上げて下さい、お願い致します」
「はいっ、勿論アナスタシア様のお気持ちは十分に理解して御座います。ですが、今、あたし達に対抗手段が全く無いのも現実なのです。しばし、しばし、お時間を頂きたく・・・」
あたしは、アナ様の圧が凄く顔を上げる事が出来なかった。圧もそうだが、打つ手が全く無い状態が情けなかった。
「あのぅ・・・」
この場に不似合いな緊張感の感じられない声が人混みの後方より聞こえて来た。そう、振り返って確認するまでも無く、その声は竜氏だった。
人垣が割れ、竜氏がアナ様の前に進み出て来た。手に何か持っている様だけど、、、。
「アナスタシア様、宜しいでしょうか?」
「これは、竜執事様。なんでしょうか?」
「はい、連中に対して打つ手が無いとの事ですが、もしかしたらお力になれるかと思いまして」
場がざわざわとし出した。みんな、そんな物があるのかと、訝し気な表情で竜氏を見て居る。
「おいおい、何かいい手があるって言うのか?まさか、竜王さんだか黒龍さんだかが自らお出ましになるっていうんじゃねえだろうなあ」
さっきまで切れていたお頭は挑戦的だった。
「お お頭っ、ちょっと失礼だよぉ」
思わず止めに入ってみたものの、竜氏は気に留めた様子も無く、話を続けた。
「先程我が主、竜王様から呼ばれまして、下の湿地に行って参りました。竜王様が仰るには、おそらく全軍で攻撃を仕掛けても返り討ちにあうのが必定。攻め切るには決定的な武器が欠けていると」
「そんな事は、おめーに言われなくたって、わかってるんだよ!力不足なのは俺達が一番わかってるんだよ!」
お頭の物凄い剣幕にも表情ひとつ変えない竜さんは凄いと思うわ。竜さんだったら、あんな異能者軍団なんて簡単に倒せるんだろうなぁ、神々との古の盟約って言って居たけど、何とかしてくれないかな。
「竜王様から一振りの剣をお預かりして参りました。この剣は古の神々との戦いの時に実際に使われた一振りで御座います。柄の所に竜王様のお力を封じ込めてある魔石、ドラゴナイトが埋め込まれており、敵対する異能者の力を封じ込めると言われております」
「そんないい物があるんなら、もっと早くもってこいよ!ったくう」
「過去にも何度か人族に提供してきた歴史があるそうなのですが、残念ながら誰一人として使いこなせなかったのです。この剣は力があり過ぎるので使う相手を選ぶのです。力の無い者には決して使えません。今回も持って来ましたが、使えるかは不明で御座います」
「へっ、そんなら問題はねえだろうが、人類最強の俺様が居るんだ、こんな剣なんか簡単に使いこなしてみせるぜ、貸してみ」
そう言うと、竜さんから剣を奪い取ったお頭はおもむろに剣を抜こうとしたが、、、意外な事に鞘はびくともしなかった。まるで剣と一体化しているかの様でどんなに力を込めても全く抜ける気配はなかった。
メンツもあるだろうお頭は、暫く四苦八苦した結果悔しそうに剣をメアリー さんに差し出した。
「ほれっ」
受け取ったメアリーさんも剣を抜こうと四苦八苦したが結果はお頭と同じだった。悔しそうにメアリー さんは竜氏に剣を返した。
この中でも群を抜いて力のある二人でも太刀打ち出来なかった剣なので、他の誰も手を出そうとはしなかった。
受け取った剣をまじまじと見て居た竜氏は思わず呟いていた。
「ほう、この剣を持つ事の出来る程の実力者が二人も居られるとは・・・」
ちなみに、興味をもったアウラが竜氏から剣を受け取ってみたものの、剣を抜くどころか剣の重さで潰されてしまい下敷きになり自力で抜け出す事すら出来ずみんなに助け出される始末だった。
そう言うあたしも同じで剣に潰されて身動きも出来ず、無様な様を晒してしまった。竜氏は軽々持っていたのに、なんか納得出来ない。
すると、竜氏はおもむろに剣をアナ様の前に差し出した。その顔はにこにこと笑みを浮かべている。
ちょっ、ちょっとアナ様にそんな危ない物を持たせないでぇ、潰されて大怪我をされてしまう~。
あたしが止めに入るよりも早くアナ様は剣に手を伸ばしてしまっていた。
「「「「「「「「「「えっ???」」」」」」」」」」
その場に居合わせた、ほぼ全員がその光景にあっけに取られていた。十人中二十人が絶対に持てないと思っていたはずの竜王の剣を、アナ様はあろうことか片手で受け取って居たのだ。それも軽々と、、、。
アナ様は、ニコニコと剣を受け取り、鞘をすらっと。そう、なんでもないかの様にすらっと抜いたのだった。そして、ご満悦の表情でブンブン振り回している。
近くに居た者は、みんな四つん這いになって必死に逃げ惑っていた。そりゃあそうだ、危ないもん。そんな伝説の剣を身近でぶんぶん振り回されたら、そりゃあ生きた気がしないだろう。
「アナ様っ、危ないっ!危ないですから、そんな物やたらと振り回さないでクダサーーーーーーイ!!」
なんとかに刃物じゃあないけど、アナ様に魔剣?本当に、歩く凶器と化してますって!!
お頭やメアリー さんですら、地面に伏して恐怖の表情でアナ様を見つめていた。
竜さんは、ニコニコと満足げに歩く凶器の誕生を楽しんでいる。
「竜さあぁ~ん、アナ様にあんな危険な物を持たせないで下さいよおおぉぉ」
後半は、悲鳴の様になって居た。
「ははは、それは失礼を致しました。でも、思った通りアナのお嬢様はみごと剣に受け入れて貰えましたね、これで先が見えて来ました」
「先がって言いますけど、アナ様しか使えないんじゃ役に立たないじゃないですかあ!」
「はて?彼女が剣に受け入れて貰ったのですから、問題はないのでは?」
竜氏は本当に不思議そうに聞いてくるが、お互いの意思の疎通が出来ていないと思うのはあたしだけなんだろうか?
「あのですね、どんな力のある魔剣であってもアナ様しか使えないって事は、アナ様が最前線に出て敵と対峙しないと役に立たないって事なんですよ?そんな危険な事をさせる訳には参りません、駄目です!」
「んー、何ででしょうか?竜王様の剣に受け入れられた彼女は、竜王様のご加護を受けられて、いわば無双状態なのですよ。今なら、連中にだって遅れは取らないでしょう。対峙しても安全なのですよ。もっとも、連中が竜王様よりも力があるのであれば、その限りではありませんが、まあそんな事は有り得ない事ではありますが」
うーん、どうしよう。今、アナ様が乗り込んでいけば、敵に勝てるかもしれない。でも、そんな危険な事はさせる訳にはいかない。他の方法を考えないと。でも、何にも名案が浮かばないし。どうしよう。
アナ様は、剣を振り回してはしゃいでいるし、お頭は呆けているし、メアリー さんは、怖い顔してこっち見て居るし、アウラは、、、、最初からあてにならないし・・・。
あーっ、もういやっ!なんであたしばっかりこんなに悩まないとならないのよおおぉ。あたしは不幸だああぁぁぁ!!
あたしが、頭を抱えてしゃがみ込んでいると、突如前からの強い風に煽られた。
はっとして顔を上げると、竜氏が竜化していた。えっ?なんで?などと思って居ると、その背中には剣を握りしめたアナ様がいるじゃあないですか。
えっ?どうしてって、のんきに構えて居られなかった。竜氏は羽ばたき始めたからだった。まずい!!
そう思うと同時にあたしは走りだした、竜氏に向かって。
竜氏は静かに助走を始め、やがて草原に有る小高い丘から飛び立った、背中に魔剣を満足げに振り回すアナ様を乗せて。
あたしは、全力で走って丘の中腹あたりで空中にジャンプした、、、、、が、目算を誤ってしまい、竜氏には届かなかった。あわれ地面に向かって落下して行くあたしは迫って来る地面に覚悟を決め、激突寸前思わず目をつぶったその瞬間、全身が物凄い力に撒き取られ身動きが出来なくなった。
ぐんぐんと全身に感じる加速感と上昇感に目を開けると、眼下は湖だった。あたしは湖の上空を上昇していた。しかし、手足は物凄い圧がかけられていて、ぴくりとも動かない。
それもそのはず、あたしは地面に激突する寸前に竜氏に助けられた?のだった。
そう、あたしが空中に飛び出したが、そのまま落下するのを竜族特有の超感覚で気が付いた竜氏が急遽反転急降下してあたしを捕まえてくれたのだった。その脚で。
「危のうございましたな」
あたしは、下を向いたまま身動きが出来ないので、その声は後頭部の方から響いて来た。
「シャルロッテ様ぁ、大丈夫ですかああぁ?」
アナ様のお声も、後頭部から響いて来た。
声を掛けられても、あたしは身動きが出来ないのでだらんとぶら下がったまま、情けない事この上なかった。
「生きてまああぁす」
と、一言だけ返した。
「時間がございませんので、このまま突入致しますが、よろしゅう御座いますね」
御座いますねと言われても、あたしには如何ともしがたかったので
「そっと降ろして下さいね」
と、答えるしかなかった。
フライトを楽しむ間もなく、前方には明け方の薄明かりに浮かぶ要塞の城壁が見えて来た。
あれが、ラムズボーン要塞かと目を凝らしてみていると、たちまちその上空に到達した。
着地する場所を物色する為、上空を旋回していると、なにやら風切り音が聞こえて来た。
「なにっ!?」
と、考える間もなく、次々と風切り音が近くを通り過ぎて行き、竜氏の胴体に当たりドカッ!と派手な音を立てた。どうやら、ナイフか短槍の様だったが、数発が竜氏に立て続けに当たった時、流石の竜氏も体制を崩してしまい、その際、、、あたしは空中に放り出されてしまった。
運のいい事に、要塞内に自生していた巨木の近くだった為、あたしはその生い茂った枝の中に突入して事なきを得た。もっとも、無傷とはいかず全身に打撲と無数の擦り傷をおってしまったが、この程度で済んで幸運だったと言うべきだろう。
自分が無事で有る事が判ると、こんどはアナ様が心配になってきた。いそいでこの木から降りてアナ様をお守りしなくてはと思い下を見て絶句してしまった。
先ほど巨木と言った通り、地面は遥か彼方だった。建物の十階?いや、もっとあるのだろうか背の高いはずの物見の塔の屋根が下に見える事から、恐ろしく高い場所である事だけは判る。
現状把握は出来た。問題は、どうやってここから降りるのかだ。
蔦の様な物は見えないから、ひたすら降りるしかないのか?幼い頃から木登りして育ったから木登りは得意だ。でもそれは常識の範囲内での事であって、こんな非常識な巨木は対象外だった。
周りを見回すが、竜氏の姿は見えない。どこかに降りたのだろうか?それならば、敵に囲まれて居るかもしれない。あたしも急いで合流せねば・・・。でも、どうやって?
考えてもしかたがない、下に行くしかないのならば考えるまでもない、野生児の血を頼りにひたすら降りるべし。
しかし、悩む事もなかったのだった。降りられなくて困っているあたしに援軍が現れたのだ、嬉しくない援軍が。その援軍の来訪は振動と共にやって来た。木の幹から伝わって来る振動は何かをぶつける様な打撃系の振動だった。
木の幹から伝わって来る打撃系の振動?それって、、、斧?斧で木の幹に打撃?おーのー なんて駄洒落言って居る場合ではないよ。誰かが切り倒そうとしているってか?
やばいじゃん、誰かって、、、当然敵だよね。あたしがここに落ちて来たのを見ていて切り倒そうとしているんだから。
この高さから振り落とされたら、間違いなくぺったんこ。中身がでちゃうなんて生易しいものではなくなっちゃうじゃないの。どうしよう。
ほらっ、ほらっ、木の幹が傾いて来た気がする~。幹にしがみついたまま地面と激突ぅぅぅ?
あー、思えば、アナ様と出会ってから、あたしは不幸の連続だった様な気がするわ。まさかアナ様って、実は聖女様でなくって、疫病神だったりするのぉ?
もう、この期に及んでは、聖女でも疫病神でも何でもいいから、あたしを助けてよおおおおぉ。
泣き叫ぶあたしの祈りは天に届かなかったのだが、たった今疫病神呼ばわりしたお方に届いて居た。
「何をなさっているのかしら?」
なにって、この命の危機が迫って居る状態で、なにのんきな事言ってるのよおおぉぉぉ
「木が倒されそうになっているから必死で捕まって居るんでしょ!見てわからないっ?」
えっ??まって、見てって?誰が見て居るの?ここ巨木の上だよ?
恐る恐る振り向くと木の枝の上で剣を片手に、竜氏に支えられて居るアナスタスア様がニコニコとこちらを見て居るではないか。
「えっ?なんでここに?」
あたしは理解が追い付かなかった。
「シャルロッテ様、大変申し訳ありませんでした。用心はしていたのですが、不意を疲れて思わず落としてしまいました。お怪我が無い様でよう御座いました」
なにがなんだか、あたしは複雑な感情で涙目になっていたら、ふいにアナ様から爆弾を落とされてしまった。
「あの、シャルロッテ様。わたくし、疫病神でしたのでしょうか?だとしたら、大変申し訳御座いませんでした」
そう仰ると、なんとアナ様は深々と頭を下げて謝って来た。
えっ???なんでなんで?あたし、さっきのは声に出してないよおぉ。ええっ??うそうそうそ、そんなはず無い!声には出してなかったはずなのに・・・。
「いえいえいえいえいえいえいえいえいえ、そ そんな事はありませんっ!!気のせいですって」
やばい!これはやばい。なんとか誤魔化さないと。ピンチだ!
そんなあたしの心情を知って居るのかいないのか、竜氏はのんびり?まったり?とにかく平常運転だった。
「恐れ入ります。木の傾斜が大きくなって参りましたので、そろそろここをお暇させて頂いたほうが宜しいのではないでしょうか?」
竜族って感情が無いのかしらって思っちゃうわよね。でも、これでどさくさに紛れて誤魔化せるわ。ラッキー
「そうね、移動した方が良さそうね。で?どうやって脱出するのかしら?こんなこんもりとした枝の中で竜化出来るの?」
あたしは平静を装い竜氏に聞いた。
竜氏は竜氏で、さもなんでもない事の様に答えて来る。
「そこのところは大丈夫で御座います。この高さなら楽々飛び降りられますので、お二方はわたしにお掴り下さいませ」
楽々なの?いったいどんな筋肉してるんだよって突っ込みたいところだけど、そう言えば帝国の将軍の剣を二本の指で受け止めていたっけ。
悩むだけ無駄な気がしてきたわ。
アナ様とふたりで両側から竜氏に摑まると、竜氏は下を見回すとあたし達の背中にそっと手を回し抱えると一気に空中に飛び出した。
あたしは、思わず「ひゃあっ」と声を上げたが、アナ様はニコニコと下を見て居る。楽しそうに、、、。
そして、あたしが手足を硬直させていた数秒の後に、三人は眼下に見えていた建物の屋上に着地していた。ふわりと。
自由落下とは違う感覚だったのだが、今はそれどころではないので考えない様にする。
「お二方、歩けますかな?まもなく敵が参ります。出来ましたら、即時対応して頂けますと助かるのですが」
そのやんわりとした口調とは裏腹に、眼光は鋭く前方に見える屋上に登って来る階段を見つめている。
「二人、、、ですな。妙に少ないと思うのですが、それでも強敵で御座いますので、気を引き締めてご対応下さいませ」
「えっ?手伝ってくれないのぉ?」
思わず竜氏の袖を引っ張ってしまった。
「はい、基本戦闘には参加致しません。正確には参加する事は許されておりませんので、あしからず」
「じゃあさ、自ら戦闘に参加しないのであれば、自分の身を護る為であるなら戦闘をしてもいいって事よね?」
今のあたし、悪い顔しているかも・・・。
「シャルロッテ様、それはいったいどういう事なのでしょうか?」
アナ様はぽかんとしている。
「シャルロッテ様、なにか企んでおるのですかな?」
不敵な微笑みの竜氏は一切動じていない様に見えるけど、驚くなよぉ。
あたしは、そっと後ろに下がってアナ様の横に移動した。
「アナ様、敵が来ましたら、竜氏を盾にして下さい。後ろに隠れるんです」
きょとんとしたアナ様だったが、お話しはそこでお終いだった。連中が上がって来たのだ。竜氏が言った通り二人だった。
さっきは夜だったので、黒い衣装だと思ったのだが、明るくなってきたのではっきりと色がわかった。紫だ、それもかなり濃く黒に近い紫だった。
「確かにディープパープルだわ」
思わずひとりごちた。
二人とも体にぴったりとした動きやすい衣装に金属製の胸当てと腕カバー、脛カバーを装着している。頭には鉢巻のみ、自信があるのだろう。
両手には小型の剣を持ち、低い体勢でこちらを見て居るが、その目に生気は感じられない。怖いと言うよりも不気味だった。
空気が張り詰めている。緊張に喉がからからだ。どのタイミングで戦闘の火蓋が切られるのか、あたしには想像が出来なかった。
こちらから仕掛けるのは有り得ないから、向こうの出方次第となる。後手に甘んじるというのは性に合わないのだが、相手が相手だから仕方がない。
さあ、どう出る?と身構えていたら、、、。
「はああっくちゅんっ!!」
緊張の糸が張り詰めた空間に響き渡った可愛い声。そう、緊張したせいなのか、アナ様がくしゃみをしたのだった。
しんとした緊迫した空間に響き渡ったくしゃみ。
厳しい訓練を重ね数々の経験を積んだ歴戦の猛者ですらこの緊迫した空気に緊張していたのだろうか、くしゃみと同時に二人ともはじかれた様に飛び出して来た。きっと飛び出すつもりは無かったんだろうなぁ。くしゃみのせいだ。
一瞬早く仕掛けて来たヤツ(仮称:紫一号)は、出だしで足を滑らせたものの、物凄い瞬発力で突っ込んで来た。当然ターゲットはアナ様だったが、アナ様が竜氏の後ろに隠れたのでその矛先は正面に立ち塞がる形となった竜氏に向かってしまった。
竜氏は繰り出されて来た短剣の刃を右手の二本の指で掴むと「ほう、なかなか」と一言。
すかさず反対の手に持った短剣で横に薙ぎ払って来たのは流石だったが、その横殴りの剣をすかさず左手で受け止めた竜氏はもっと流石だった。
短剣を二本とも抑えられてしまった瞬間、短剣から手を離し前蹴りを見舞いつつ後方に飛んで距離を置いた紫一号。
入れ替わりに仕掛けて来た(仮称:紫二号)は、右左右左と目にも止まらない速さで切りつけて来るが、竜氏は奪い取った短剣でまるでダンスでも踊る様に全て受け止めていた。
竜氏の後ろでその戦いを見て居たアナ様が体を少し横にずらした瞬間、紫一号からそのお姿が丸見えになったのか、懐に手を入れ投擲用のナイフを取り出していた。
「アナ様っ、あぶないっ!!」
そう叫ぶと同時にナイフは投げられたが、アナ様が声に気づきキッとナイフの飛んで来るであろう方向を睨むと、ナイフは勢いを失いアナ様の一メートル手前で金属音を響かせながら床の上に転がった。
よかった。アナ様の異能のお力が勝ったんだ。
紫二号も一旦後方に下がり、睨み合い状態になるかと思ったのだけど、連中は馬鹿なのか律儀なのか、どこからか予備の剣を出して来て、再びアナ様に突撃を敢行して来たのだった。
そして、再び竜氏に迎撃されて後方に下がるを繰り返して来る。まったく学習をしないのか、突撃以外を禁じられているのか、理解に苦しむよ。
このままじゃ埒が明かないから打開策を考えないとと思っていると、アナ様がすっと前に出てしまった。
やばいっ!的になるっ。アナ様を後方に下げる為に一歩踏み出した時、アナ様が声を発した。
「もう、こんな事はお終いにしませんか?同じシュトラウス大公国の民同士が殺し合ってどうするのです?今なら、まだ取り返しがつきます」
ほんとうかぁ?
「和解して、戦いをお終いにしましょう」
むり!あいつらの顔をよく見て下さいよお、全く聞く耳持っていませんってばぁ。
「どうか、手遅れにならない内にお終いにしましょう」
もう、手遅れなんですってばぁ、わかって下さいよお。
全く返事しないでしょ?あいつら。死ぬまでやめないですよ?
「お終いにできないのであれば、わたくしにも考えがあります」
どんな考えなんです?非常に怖いんですけど・・・。また、あたし巻き込まれるの?
それでも、全く反応が無かった。怒りも、恐れも、なにも感じられない、まるで人形の様だった。ディープパープルって、みんなこんななの?
すると、反応が無いのを答えだと理解したのか、アナ様の考えが発動した!
すなわち、、、、ほおら、やっぱり巻き込まれるんじゃない。しょうがないからあたしは奴らに向かって猛ダッシュを開始した。
あんな化け物なんか相手にしたくないわよおぉ、なんでこんな事になるのよぉ、やっぱり疫病神だよおお。あたしの目はうるうる涙目だった。
だって、アナ様の考えって
特攻だったんだもん。
アナ様は無謀にも、剣を顔面に立てて構えて奴らに向かって走り出したのだった。
無謀にも程があるよおお、竜氏の後ろに居れば安全だったのにぃ。