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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
34/187

34.

   ◆◆◆◆◆ラムズボーン要塞攻略軍◆◆◆◆◆


 人質を解放した翌日、一行はナンシー湖に向かって進軍を開始した。片腕を失ってはいたが、何をしでかすか分からない異能者に対して最大限の警戒をしながら。

 ナンシー湖へ向かう道は緯度が高い為気温が低く雨が少ない為、荒涼とした荒野が広がっている。緑は、川や湖、地下水が湧き出ている所を中心に限定的に存在している。

 必然的に人の集落もそんな水場が中心となるし、水を求めた獣や魔物との水の奪い合いも激化している。緑や食料になる小動物が少ない為、人の集落に広がる畑も人の飼う家畜も彼らの絶好の獲物となっており、食料争奪戦は毎日のルーティーンとなっていた。


 軍勢も、当然その影響をもろに受けてしまう。馬を移動手段・運搬手段としている為、飲ませる水、食べさせる飼葉かいば、塩なども相当な量が必要となる。それに加え人間の食料も大量に確保しなくてはならない。

 全てを自前で揃えるのはその分荷馬隊が膨大な数になってしまう為、出来れば行った先々で調達したい所なのだが、シュトラウス大公国北部は人の集落も少なく食料の備蓄も少なく、供出された量では到底足りなかった。かと言って、強制取り立てをしようものなら、集落は丸々敵対してしまう事になる為常に食料は不足していた。

 そんな事情もあるので、なるべく兵の数を限定して少数精鋭で来たのだが、戦って成果を上げれば仕官の道が開かれると思った食いっぱぐれの浪人者が日に日に増えていき、とうとう食料担当からこれ以上の進軍は無理だと報告が上がって来た。


 ここ数日、軍議の内容もラムズボーン要塞攻略の話しは置いておいて、終始食料調達についての話し合いとなっていた。

「とにかくですね、昨日も言いましたが、このままですと、明日の食事にも事欠きます。これ以上の進軍は無理です。何か根本的に見直しをしないと自滅します」

「見直しと言ってもなぁ、食料が手に入らないなら人を減らすしかないんじゃないか?」

「アナ様を旗頭にしている手前、食料の強制徴収は出来ないからなぁ」

「進軍を停止しても、メシは食うから進軍停止は解決策にならないしなぁ」

 結局は、連日こんな感じの話しが延々とループするだけで、まったく埒が明かなかったが、今日は違っていた。

 通常は軍議には参加しないアナスタシア様が何を思ったのか参加を希望して来たのだった。

 軍議を行う幕舎の中には張り詰めた空気が充満していた。

 気楽にと言っても、緊張してしまうのは仕方がない事だ。救いはラムズボーン要塞での恐怖による緊張とは全く違う事だった。

 アナスタシア様は、上座に座ってニコニコしている。本人には一切緊張は見えなく、どこか楽しそうでもあった。

「えー、本日の軍議を始めます。アナ様がいらっしゃいますが、あまり緊張せずに発言をお願いします」

 そう司会のシャルロッテが発言するのだが、当の本人の緊張が半端なかった。その緊張の半分はアナ様が変な事を言い出さないかと言う心配から来て居た。


「あのぉ、毎日同じ事をすみません。ですが、もう食料事情は限界にまで来ています。今日までは、なるべく長く食い繋ぐ為に一人当たりの量を減らして凌いで来ましたが、もうそれも限界です。私個人としては今直ぐの撤退を進言します。人だけではありません、馬達にあげる飼葉も底を尽きつつあります。このままでは、戦わずして餓死者が出てしまいます」

「そう言われてもなぁ、今撤退は出来んぞ。こうなったら、近隣の集落から無理を承知でかき集めるしかないだろう」

「いや、例え飢え死にしようともそんな真似はアナスタシア様のお名前にかけても出来ない相談だ」

「なら、どうしろと言うのだ、水だけで戦えというのか?その水すら乏しいのだぞ」

 ああ、また同じ事の繰り返しかと誰もが思ったその時だった。

「わたくしも発言をしても宜しいかしら」

 語気が荒くなって来て一触即発状態の幕舎内に、それはそれはのんびりとした声が流れた。

 自然、みんなの視線はその声の主に集中した。それは、にこにことしたアナスタシア様だった。

「あ、はい。どうぞ」

 あたしは、びっくりして声が裏返ってしまった。

「シャルロッテ様ありがとうございます」

 相変わらずのマイペースのアナ様だった。

「では、発言させて頂きます。ええと、食料を用意すればよろしいのですわよね」

「はい、その食料がどこにもないのでみんなで連日協議を繰り返しているのですよ、アナ様」

 わかって居るのか居ないのか、ニコニコとしているアナ様を見て居ると、少し不安になるのはあたしだけだろうか?


「今は、わたくしたちにとって、いえ我が国にとっても正念場となっております。ここは無理をしてでも前進しなければなりません。その為には自分達だけで解決しようとせずに、周りのお力もお借りしませんか?」

「いやいや、ですからもうあたし達の周りには食料が無いのですよ。村人から根こそぎ巻き上げろとでもおっしゃるのでしょうか?」

「その様なことをする必要は御座いませんよ。また大地の力をお借りすればよろしいのでは?」

「大地の力ですか?また?」

「ええ、竜王様は大地の女神様から地上を安定させる為に遣わされたと聞きます。ここはその眷属の方のお力をお借りしましょうよ、宜しいですわよね?」

 不意に、オブザーバーとしてみんなの後方で話を聞いていた竜氏に声を掛けたので周りも、掛けられた当の本人も驚いていた。

「わたくしは基本的には人族の事には関わらない事になって・・・」

「基本的にでしょお?」

 満面の笑みのアナ様が、何故か怖かった。どこがと言われると困るのだが、背筋に嫌なものが流れた感じがしたのは本当だ。これが異能者の圧なのだろうか?

「で?わたくしに何をさせようとしてますので?」

 厄介ごとを押し付けられる気配がありありなのに、冷静 と言うか、余裕の竜執事だった。

「あらぁ、わかっちゃいましたかあぁ?」

 もろばれである。と言うか、こちらもばれても余裕のアナスタシアだった。

「又、運動不足でぇぇ、うずうずしているのではないかとおぉ・・・」

 アナ様、どこでその様な下賤な言葉を仕入れて来たのですか?あたしは、キッとアウラを見た。

 アウラも、さっと視線を逸らす。

「おまえかあぁぁぁぁ」

 あたしは、アウラを睨みつけたのだが、のほほ~んとした竜氏の声に思わず中断して振り返った。

「なるほど、どこかから食料を運んでくれば良いのですな」

 何でもない事の様に竜氏は答えた。

「いにしえからの盟約により、基本的に人間界の事には介入しない事になっておりますが、運動不足解消の為に飛ぶのでしたら問題はないでしょう。人目に付くと厄介なので、わたくしの配下の中でも小柄な者だけ招集して夜間に運びましょうかね」

 ぱああぁっと満面の笑みを浮かべるアナ様はお頭の方に向き直った。

「お頭さん、“ハト”さんの持ち合わせ、ありますか?」

 この世界での最も早い通信手段であるハトは、子犬程の体で全身を薄いブルーの羽に包まれた鳥類である。筋肉質の体は途中で魔物に襲われても自力で戦って切り抜ける事が出来た。スピード、戦闘力、知能と三拍子揃っていた。だが、そんな貴重な存在の為生息数はかなり少なかった。

「持ち合わせね。ああ、あるぜ、どこに飛ばせばいい?」

「出来れば、継続的に食料を大量に確保出来る所。イルクートはいかがでしょうか?」

「ん、良い判断だ。では、イクルートの郊外に食料を集めてもらおう。いいな、お嬢」

 勝手に話進めて、決定権だけあたし?まあ、それがベストなんだから仕方がないか。

「ん、お願い。竜さん申し訳ないんだけど、今夜お願いします」

「承知しました。お任せ下さい。なあに、夜の散歩ですからね、気楽に行って来ますよ」

 普段は存在感は無いんだけど、ここって所では頼もしい事この上ないわね。


 久々に状況が動いたので、陣営が活気づいてきたんだけど、不安があったのでお頭の所に走った。

「お頭っ、急いで周りを固めて欲しいの」

「ん?どうした?急に」

 慌てているあたしを見て、不思議そうな顔で見返して来た。

「あたし達が食料が無くてあたふたしているのを悟られたら、連中は要塞の中に閉じ籠っちゃう」

「ん?それがどうかしたか?」

「えっ?」

「俺達が食糧難だなんて、最初からばればれだぜ。まともな感性を持って居る奴なら、要塞からは出て来ない。まともならな。最初からわかっていたはずだぜ」

「でも・・・」

「わかっていねえのは、さも味方の様な顔をして集まって来やがった雑兵どもだ。自分達が俺達の食料を無駄に食いつぶしているなんて考えもしてねぇ。かと言って追い返す訳にもいかねえし、ほんと、頭が痛てえぜ」

「ほんと、確かに頭が痛いわよねぇ、今現在食料が無いのだから攻めて来られて戦になっても困るし、だからと言って引き籠られても困るし、まさに八方塞がりなのよねぇ」

「それを何とかするのが指揮官でしょ?」

 後ろから冷たい声が聞こえて来た。そのとたん、ビクッとしたのは内緒だ。勿論、声の主はメアリー  さんだった。

「なによ、今ビクッとしたでしょ。わたしの事怖いとか思ってるでしょ!」

 うへー、いきなり答えずらい事を聞いて来るし・・・

「そ そんな事ありませんよぉ」

 しどろもどろです・・・。

 その時珍しく、お頭が助け舟を出してくれた。

「そんな事思っても言わねえよなぁ」

「そうですよお、そんな事思っても言いませんって、、、って言ってるのと同じじゃあないですかああぁぁぁ」

 つい、まんまとお頭に乗せられてしまった。すごっく周りの空気が冷たい気がするんですけど・・・

 メアリー   さん、物凄く冷たい目をしてあたしを見てるしぃぃぃ、どうするつもりなんですよおぉ、お頭ぁ。

 横向いて口笛なんて吹いて居ないで、なんとかしてくださいよおぉぉ。


「ほんっとにもう、あなたと言う人は。もう少し指揮官としての自覚を持ちなさい。お頭っ、あなたもですよ、いつまでもからかって居ないでこの先の事を考えて下さいな」

 ぼりぼり頭を掻きながら、しょーがねーなーと言う顔をしているお頭。たまには頭を洗って下さいよぉ。


「考えるって言ったってなぁ、相手は難攻不落の大要塞だぜ、出て来てくれたらそいつを苛めてやる位しかやりようはないぜ?普通はな」

「普通は、、、、でしょ?あなたは普通なのかしら?違うでしょ?普通じゃないわよね?顔と同じで」

 あちゃあぁ、それ言うか、面と向かって。怒られるぞ、絶対に。

 しかし、想像とは反対の反応だった。

「ひでえなあぁ、これでも昔はハンサムだったんだぜぇ。俺が歩くだけで、女の子がみんなキャーキャー騒いだもんだ」

 怖くて、キャーキャー逃げ回ったんでなくって?と、思っても言えないあたしだった。だって、内気で気が弱いんだもん。

「どうせ、怖くて逃げ回ってたんでしょ?その顔見て」

 あーあー、言っちゃったよ。情け容赦がないんだから。アウラも、そこは笑う所じゃあないでしょうに。


「おれの顔の事なんてどうでもいいんだよ、何かいい案ねえのか?」

「うん、一応考えてはいるんだよ。消去法なんだけどね、攻城戦をするのは戦力的に圧倒的に不利だから攻め込むのは無理、たぶん説得も無理、だとしたら残るのは出て来て貰うしかないでしょ」

「その程度の事は子供だってわかってるんだよ。どうやっておびき出すかって聞いてるんでしょうよ」

「そんなに怒らないでよお、おびき出すんなら怒らせるのが一番だから、からかうのがいいと思う。若いし、短気だし、視野が狭いし、からかうか馬鹿にすればすぐに出て来るんじゃないかなって?」

「あんた、ばかぁ!?」

「へっ?」

「要塞は、遥か十キロ以上向こうの島にあるのよ?からかったって見えないし、聞こえないの。わかるぅ?どうやってからかうっていうのよ。そもそそも、船でしか近づけないんだから相手から丸見えなんだよ、いい的じゃないのよ!そこん所考えて居る?」

 相変わらずメアリーは物言いが厳しい。でも、あたしは負けない。

「それなら考えがあるわ。近づいたら相手から丸見えでいい的なんだったら、的でからかえばいいんじゃない?みんなが見てくれるんなら、からかい甲斐があると思うんだけど」

「本当に出来るのぉ?」

 あ、疑惑の眼差しで見ているし・・・

「ま、湖畔でその策をご披露するのでお楽しみにって事でいい?」

 盛大なため息を吐いているし、、、。見て驚くなよぉ と、思っても言えない内気なあたし。


 日が高い内にハトをイルクートに飛ばして食料の用意を依頼してあったので、日が暮れると早々に竜氏は静かに飛び立って行った。

 後は、食料の到着を待つだけだった。

 森の中では、そこかしこで食事の為の灯りが見えている。もう食料の残りはほとんど無かったが、もうじき補給がやって来るとあって雰囲気は悪く無かった。

 あたしもアウラや竜氏、ジェイ、タレスと食事を始めていた。

 神妙な面持ちで皿の上の肉を突いていると、ジェイがコーヒーを入れながら声を掛けて来た。

「お嬢様、王都を出ましてから長い道のりになりましたなぁ」

「おぅ」

 タレスも同意?するかの様に声を上げる。

「そうよねぇ、アナ様の元でのんびり出来ると思っていたんだけど、なんでこんな事になってたんだろう」

 そう言うと無表情のジェイにじっと見つめられた。

「えっ?なに?」

「もうそろそろ話しても宜しいでしょう」

 なんか思わせ振りなんだけど・・・

「実は、今回のクーデターは織り込み済みだったのです」

「織り込み? どう言う事?」

「情報部がクーデターの警鐘を鳴らしていたのです。それでお父様が危険な王都からお嬢様を逃がされたのです」

「それって、あたしが邪魔だって事?そうなの?」

「いいえ、それは違いますよ。クーデターとなれば、エレノア様とアナスタシア様の御身をお守りする事が大事となります。エレノア様は王都でお守り出来ますが、アナスタシア様は全くの無防備になります。そこで、カーン伯爵に気取られずにお守り出来る信頼できる人が必要になるのです」

「それがあたしって事?」

「はい、その通りで御座います。お父様が仰っておりました。あの子なら安心して任せられる と」

「うんうんうん」

 アウラが自分の事の様に喜んでいる。


 あたし的には複雑だった。喜んでいいのか、悔しがっていいのか。でも、喜んでいいのかな?父様に認めて貰ってたんだもん。

 感動していたのもつかの間、盛り上がった気分を盛り下げる言葉が掛けられた。

「まだまだにやけている時じゃないぜ。伯爵Jrに落とし前をつけさせないとならんからな。難攻不落の要塞もあるしな」

 ほんと、お頭は乙女心がわからないんだから、このオヤジは。


「はいはい、わかってますよ。最後まで気を引き締めてやりますよ」

 ちょっとむっとしたあたしは肉塊がいくつも刺さった串を片手に立ち上がり、その場から逃げ出そうとしたその時、暗闇から声を掛けられた。

 音も無く暗闇から出て来たのは、全身に黒い衣装を纏った小柄な若者だった。

「姐御、出て来やしたぜ、アホウ共が」

 あたしを姐御と呼ぶこの男、『うさぎ』の斥候だった。

「出て来た?まさか。この状況でのこのこ出て来たの?」

「へい、今湖を渡って居やす。日が登る頃にはこのあたりに到達するかと」

「人数は?」

「暗くてはっきりはしませんが、せいぜい千か千五百かと」

「ここに来るのは間違いないのね?」

「確実、、、ではないのですが、あの位置から外輪山を降りると、ここに正面から来るか、この後方の丘陵地を抜けて大回りして後ろから奇襲をかけて来るかの二つが有力かと」

「後は、そのままサリチアに逃げるか」

 振り返ると、腕組みをしながら顎の無精ひげをぶちぶちと抜きながらお頭が面白そうに言ったが、斥候の男はすかさずそれを否定した。

「それは考えにくいですね。この一団は王都を強襲したカーン伯爵の配下が中心になっていて、元々の要塞の兵は見当たりません。サリチアに逃げるよりここに留まった方が断然安全である事は子供でもわかります。今更逃げ出すのなら、ここに立ち寄る意味がありません」

「ここに逃げ込んだ伯爵の部下はどの位になった?」

「は、今も続々と逃げ込んでおりますれば、五千以上にはなっているかと」

「出て来たのは四分の一の兵力かぁ。お嬢、どう見る?千五百なら相手出来るぜ」

 どう見ても、お頭は楽しそうだ。

「ここって、アーリントン男爵が治めているんだよね?男爵の兵は出て来ていないの?」

「はい、男爵の配下は動いておりません」

 斥候氏の受け答えには、全く淀みがなかった、良く訓練されている証拠だ、、、でも。

「この真っ暗な中、良く誰の兵かわかるわね?」

「その道のスペシャリストを連れてきております」

 腕組みをほどくとお頭が呟いた。

「バイン兄弟かっ!!」

 あたしが不思議そうな顔をしているとお頭が説明してくれた。

「バイン兄弟ってのはな、代々漁師をしているバイン家の兄弟で水の中だと天下無敵、俺でも足下に及ばないって位凄い泳ぎ手なんだよ。兄のダン・バインは泳ぐスピードが魚みたいに早くて、弟のビル・バインはどこまでも深く潜れるんだわ。あいつらが来て居るんなら、おそらく敵の船の近く迄泳いで行って偵察してきたんだろうから、その情報は確かだぞ」

「なるほど、了解です。となると、本来の守備隊は出て来ないで、後から来たよそ者が出て来た、、と。要塞を長らく守って来たアーリントン男爵が、こんな無駄な攻撃を許すものなのかなぁ?あたし的には納得いかないわね」

「だったらどうだって言うの?」

 相変わらず、メアリーさんは言葉がきついわぁ。

「確信はないんだけどね、これって独断専行じゃないかって思うのよ。アーリントン男爵だったらこんな事はさせないと思うから」

「だから?どうするのよ!」

 メアリーさん それって、喧嘩腰ですって・・・

「うん、だから、、、、、逃げる。撤退しましょう」

「はいっ?」

 メアリーさん、思いっきり声が馬鹿にしてますよ?


「独断専行だとしたら、命令違反だから出撃した以上成果を上げるまで帰れないと思うのよ。だから、あたし達が逃げたら成果を上げる為にとことん喰いついてくるかなぁって。引き寄せるだけ引き寄せて取り囲んだら、要塞側は見捨てるか?援軍を出すのか?推移を見守るのも面白いのかなって思ったの」

「なるほど、逃げるが勝ち  か」

「お頭っ、何呑気な事言ってるんですか!」

「おおすまん、すまん」

 メアリーさんの剣幕には、お頭も頭が上がらない様だった。

「でもなぁ、目の付け所がいいと思わんか?出て来た奴らを人質に取って更なる出血を強いる、いいじゃあねえか、兵法にもあるぞ」

「そりゃあそうだけど・・・」

「俺は賛成だぞ、やってやろうじゃないか」

「はああっ、わかったわよ。それで、どこで奴らを迎え撃つって言うの?」

 ほとんど投げやり状態のメアリーさんは、悔しそうな視線をあたしに投げ掛けて来た。

「あたしもこの辺りの地理に詳しい訳じゃないから、どこがいいかわからないよ。だから、ここは案内人氏の意見を聞こうと思うのだけど」

 いきなり話を振られた案内人氏は、戸惑いながらも質問を返してくる。

「あ あの、自分を信じて頂けるので?みなさんを騙していた自分を?」

 顔が真っ赤になってきょどきょどしているので、まるで不審人物だった。

「あなた、まだあたし達を騙そうとしているのかな?」

「お前、わりと意地悪なんだな」

 そう、お頭に突っ込まれて、こんどはあたしがきょどってしまった。

「な なんであたしがああ?」

 ニヤリと笑みを浮かべるお頭とアウラ。向こうを向いてはいるものの、背中が小刻みに震えているメアリーとその他大勢。

「あたしはね、ただ普通に聞いただけなのっ。で?どうなの?」

「自分は聖女様を一度騙してしまいました。その場で切り捨てられても文句を言える立場ではなかった自分を、聖女様は笑って許して下さいました。自分にはもう二度と聖女様に弓を引く様なまねは出来ません、と言うか、聖女様は妹達の命の恩人です。この命を全て捧げてでもお仕えさせて頂きます」

 凄い真剣な表情で唾を飛ばしながら迫ってきた。あたしはちょっと引いてしまったのだが、その事は秘密にしておこう。

 アナ様推しがこんなに凄まじいのに、あたしの名前が一言も出て来なかったのは、、、気が付かなかった事にしよう。

「わかったよ、あんたを信じる。そこで、改めてなんだけど、敵を包囲殲滅するのに都合のいい所って無いかしら?」

「地図を見せて下さい」

 地図を要求って事は、思い当たる場所があるのかしら。

 アウラが、この地域の地図をテーブルに広げた。本当は見せたくなかった。だって、大まかな地形は記入されてあるものの、細かな情報は何一つ記載されていないからだ。事前の調査不足がありありで実に恥ずかしかった。

 そんな事など気にする素振りすら見せずに、案内人氏は地図の前に進み出ると、迷わず地図の一点を指差した。

「ここです」

 それは、真っ白く何も書かれていない領域で、ここからは東に一キロほど行った地点だった。

「ここは、一見草原地帯に見えるのですが、実は隠れ湿地帯でして、迂闊に踏み込むとずぶずぶと・・・」

「なるほどぉ、逆に知らずに進軍していたら、あたし達もひどい目に遭っていた可能性もあった訳ね。良い事聞いたわ、この隠れ湿地の西に旗を立てて幕舎を設置して司令部を装えば・・・」

「敵は湿地帯に突っ込んで来るって事ですね?」

 珍しく、アウラが真っ当な発言をしている。やればできるじゃあああん(笑)


「それじゃあ、俺は無駄飯喰らい共を引き連れて周りを囲む準備をしよう。どうせ、まともな戦いにはならんだろうから、頭数要員で事足りるだろうしな」

 お頭はもう勝ったつもりなんだけれど、それじゃ万が一の時にまずいんじゃ?

「お頭っ」

「あー、わかってるって。直属の精鋭を要所要所に配置するから大丈夫だ。まあ見てろって、はっはっはっはっ」

 そう言うと、お頭は歩いて行ってしまった。大丈夫かなかぁと不安そうにしていると、メアリー  さんと目が合った。しまった!何か言われる。

 だが、意外な言葉が返って来た。

「大丈夫だ、わたしも配下の者を連れて奴らの後方を押さえる。完全に袋のネズミにしてやるから安心して見ていろ」

 意外な返事に、ぼーっとしていると、メアリー  さんも消えて行った。

 えーっとお、あたしは何をすればいいんだ?急に状況が動き出したので、あたしは置いてけぼりにされた心境だった。

「大丈夫ですよ、お頭に任せておけば上手くやってくれますって」

 ニコニコと話すアウラは、通常運転だった。


 あたし達はこの後、竜氏とその配下の四十にも及ぶ竜達の活躍によって、深夜に大量の食料が搬入されて来たので、心配している暇が無くなったのだった。

 ちなみに、竜氏いわく「まだ、向こうに大量の食料が残っているので、全て頂いて参ります」との事で、この後、更に二往復して物凄い量の食料を搬入してくれたのには心から感謝の念に堪えなかった。

 他の兵達も、最初は恐る恐る対応していたのだが、次第に竜達とも打ち解け合ってきた様で、軽い冗談など言いながら楽しげに食料の受け入れを行っていた。

 種族が違っていても、こうして分かり合えるんだなぁと感心してしまった。それに引き換え、我々は同じ人族同士、なぜこうにも分かり合えず戦ってばかりいるのだろうかと、情けなくなってしまった。竜達に比べて、人族は種としてまだまだ幼いのだろうか?

 そう感じて、近くに居たジェイにぼやいてみたら、こう言われた。

「今はまだそう感じるだけでいいので御座いますよ。お嬢様はこれから多くの人と出会い、多くの事を経験されて、その中で答えを見つけて行けば宜しいのだと、この爺は思います。焦る必要は御座いません、わたくしめとは違ってお嬢様には時間が沢山残されておりますれば、きっと答えは見つかりますとも」


 そして、ラムズボーン要塞とのファーストコンタクトの朝を迎えた。



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