31.
変な奴の出迎えはあったが、その後はちょっかいを出される事も無く粛々と前進を続けた。
優秀な案内人のお陰で、四か所あった敵の監視哨 を黙らせ、二か所あった駐屯地も撃破出来た。
案内人はこの地で生まれ育った狩人だと言う。幼少期からこの辺りの山野を駆け回って育っただけあって、細かなけもの道も熟知しており、巧みに敵の背後に制圧部隊を回り込ませて監視哨も駐屯地もあっという間にほぼ無傷で制圧していった。
敵の本丸との戦が控えているので、被害がほぼ皆無に近いというのは非常にありがたかった。
ただ、気がかりなのはこれだけ派手に敵の最前線を撃破しているのに、敵の動きが全く無い事だった。当然、こちらの動きは把握しているはずなのに、なぜ迎撃して来ないんだろう?
「お頭ぁ、オグマさーん」
「ん?なんだ?どうかしたか?」
お頭は大きなあくびをしながら、オグマさんは生真面目な顔で後ろから接近して来た。
「お二人の意見を聞かせて?」
「なんの意見だ?」
「うん、あのね、あたし達は次々とあいつらの前線基地を潰しているでしょ?当然、向こうもあたし達が追って来ているってわかっているはずじゃない。それなのに、なんの反応も無いってどうなのかなって」
「シャルロッテ殿、これはあくまで可能性の話しなのですが、連中は相当自信があるのではないでしょうか?ナンシー湖要塞に」
「そうだな、へたに迎撃して兵を減らすよりも要塞に引きこもって持久戦に持ち込む腹なのかもしれんな。引きこもれば絶対に大丈夫って自信、いや確信があるんだろうよ。しばし踏ん張れば冬将軍がやって来て俺らが引き上げるとか思っているんじゃないのか?」
「それに、カーン伯爵の息子ってかなり評判悪いわよ。誰も命懸けで戦いたくないんじゃないのかな?固く門を閉じて守ってさえいれば勝てると思っているのなら、敢えて危険を冒してまで出て来ないんじゃないかな?」
「そっかぁ、あたしも聞いた事がある、カーン伯爵の息子の噂。ゴマすりの上手い部下ばかり優遇して、真面目な兵は冷遇されてて部下からも嫌われているとか。そりゃあわざわざ出て来て戦ったりしたくないわね」
「ま、そういうこった。だが、用心だけはしっかりしとかんとな。まだあの変な常時負け組とやらが付近をうろついているみたいだからな」
「えーっ!!まだ、うろうろしてるのぉ?やだなぁ、あたしあいつ苦手」
「はははは、好きな奴なんかいないだろうよ。付近の警戒は厳重にしておくから安心しな」
そう言うと、お頭とオグマさんは列に戻って行った。
「ふぅ~。変な奴に見込まれたもんよねぇ、でもさぁ、なんで毎回毎回失敗してるのにめげないんだろう。普通、いい加減に自分の無能さに気が付くわよねぇ」
「それは、おそらく奴が普通でないからでは?普通なら気が付く、普通でないから気が付かない。そんな所でしょう」
アウラもたまにはいい事を言う。確かに彼女の言う通りなんだろう。しかし、それに付き合わされる部下が気の毒だと思うのはあたしだけだろうか。
「この先に野営にぴったりな場所があります、三方を高い崖に囲まれた窪地ですので正面の守りだけを厳重にしておけば安心です」
案内人は自信満々でそう説明をしていた。
「崖の上は大丈夫なの?」
メアリーの指摘に一瞬目が泳いでいたのは気のせいだろうか?
「だ 大丈夫です。あの崖の上に登る道はありませんし、見た目より険しいので、武装した兵士は登れません。それに、あの崖に登る途中にはジャイアントフェアリーリーチと言う巨大蛭の生息地があるので誰も登りませんので安心ですよ」
「そう」
そう一言だけ返すとメアリーは無表情のままあたしの方を見た。メアリーも気が付いたのだろうか。あたしは、メアリーに向かってそっと頷いた。わかってくれたかな?
すると、口元で微かにふっと笑うと、隊列の中に静かに消えて行った。
アウラは、不思議そうにあたしとメアリーを交互に見やって首を傾げている。
お頭は何も言わないけど、その顔は満足げに微笑んでいた。微笑んでいたと言っても、あくまでもお頭的に微笑んでいたって事である事を言い添えておく。当社比である。
やがて、一行は静かに今夜の宿営地があるであろう森の中に入って行った。崖があるのは森の中央で、小さな山の一部が陥没して窪みを形成していた。三方を小高い崖に囲まれており、確かに正面を固めておけば安全に思えた。崖の上が安全であるのなら。
森は視界が悪いので、夜間侵入者があっても発見が遅れがちになるので、森の中に広く見張りを展開させた。
当然アナスタシア様の馬車は最深部の最も安全と思われる場所に陣取って居る。
夕食が終わり、緊張が緩んで来る時間帯になった。
あたしは、ある一人の男の行動を目で追っていた。その男とは、案内人を買って出ている男だった。
その男は、崖の上が気になるのか気が付かれない様にチラチラと視線を送っていた。
焚火にあたりながら暫くお茶を飲んでいたが、次第に落ち着きがなくなり意を決した様に立ち上がり、森の方へと歩き出した。
「おう、どうした?案内人さんよ」
木の影からすっと現れたお頭に、心底ビックリして固まって居る。ここからでは表情は見えないが、さぞや驚愕している事だろう。何も無くても暗がりで見るお頭の顔は怖いのだから。正確には 恐い、の方が正しいかもしれないが。
声も無く立ち尽くして居る案内人氏に後ろから近づきあたしも満面の笑みで声を掛ける。
「どちらに行かれるのです?」
ビクッとした案内人氏はもはや振り向く事も出来ずに、その場に座り込んでしまった。
「おう、そろそろいいんじゃねえか?全てうちあけてもよう」
しゃがんで覗き込んでいるお頭の顔は、、、、顔は・・・、本人は満面の笑みのつもりなのだろうが、見られた方からしたらこの上なく恐ろしく見える事疑いない。
あたしだって暗がりであの笑顔を至近距離で見たくはない。断じて。
案内人氏は自我が崩壊してしまったのか、一言も発せず固まって居る。
「お頭、ここは任せて。その、お頭が微笑むと只でさえ怖いんだからさ」
「なんでい、なんでい」
お頭が拗ねているが、今はどうでもいい。
「ねぇ、一生懸命隠しているのに悪いんだけど、あなたの村を見た時点で大方のさっしはついているのよ。だって、子供がひとりも居ない村って、不自然でしょ?ああ、人質にされてるんだなあって」
「ひっ!」
案内人氏は両目を見開いたままこちらを凝視している。やがてその両目から大粒の涙が溢れてきた。
あたしは、優しく背中を撫でながらしゃべってくれるのを待った。
「そ そんなに 早くに ばれて・・・」
彼の表情は驚愕から憔悴に変わっていた。
「うん、村に子供が一人も居なかったから、何かあるなって思って注意深く見ていたのよ。そうしたら、この崖の下の野営地でしょ?ああ崖の上から今夜仕掛けてくるんだなって(笑)」
血走った眼はこれ以上開けないってくらいに見開かれていた。
「なぜ?なぜ、わかって居るのなら平然としているんですかっ!!」
「だって、、、ねぇ(笑)わかっているのだもの、対応は簡単よ。崖の上には、既に仲間が行って居るから、そろそろ制圧されているはずよ」
そこまで聞くとがっくりとうなだれてしまった。
「どうせ、あの軽薄男の差し金なんでしょ?おうっ」
突然、案内人氏が物凄い勢いで顔を上げたのであたしの顔とぶつかりそうになった。
「仕方が無かったんですよっ!子供たちが人質になっているんですよっ、従うしかないじゃないですかっ!!」
叫ぶ様に言いだしたものの、段々声は小さくなっていき、最後の方は辛うじて聞き取れるくらい小さく力ない声になっていった。
「わかってますよ、わかってるんだ。いけない事してるって。どんな事情があっても他人を騙しちゃいけないって。それが聖女様相手じゃなくたって。でもね、わかっててもしかたがなかったんだ、人の親として、何をおいても子供の事は守らなきゃいけなかったんだ。例え聖女様と引き換えにしても子供だけは守らなきゃいけなかったんだよおお」
心の奥から捻り出される様な悲痛な叫びは泣き声へと変わっていった。みんな、そんな彼を黙って見つめていた。
「聖女様を騙してお命を危険に晒そうとしたんだ、俺はどうなってもいい。例え黄泉國に堕とされても悔いはねえ。でも、子供は助けてえ、助けけえんだよお!!罰も罪も俺が全て負うから、子供だけは助けてくれよおお、頼むよおお!!」
言うだけ言うと、そのまま突っ伏して地面を叩きながら号泣しはじめた。何度も、何度も、手の皮が破れ血が出ても地面を叩くのをやめなかった。
周りに居た者は皆、両手を握りしめ歯をぎりぎりと食いしばって案内人氏を見下ろしていた。
いったいどの位その光景が続いていたのだろう。はっとした人々が顔を上げ周りをキョロキョロと見回し始めた。
実際には音は聞こえている訳ではなかったのだが、その心の底に響いて来る様な音、いや、プレッシャーの様なものに皆が気が付いたのだ。
きっと、皆の心にはこんな音が響いていたに違いなかった。
ごごごごごごごごごごごご・・・・・・・・・・・・
みんなの注目が暗闇の一点に集まった。視覚的に何かが見えた訳でもないのだが、自然に視線がその暗闇の一点に注がれた。
そして、程なく暗闇から一人の少女が音も無く現れた。
その少女は、代々聖女を輩出して来たリンデンバーグ家の当代聖女であるエレノア・ド・リンデンバームの双子の妹アナスタシア・ド・リンデンバームその人だった。
更に加えるなら、此度のクーデターを企てたカーン伯爵討伐の旗頭でもある。
だが、その変貌したお姿を見た兵士達は目を見開いて硬直していた。アナスタシア様の進路に当たる兵士はそっと後ずさって道を開けていた。
つい数日前に、恩自らその髪の毛をナイフでお切りになりショートになっていたはずなのに、いやついさっきお見掛けした際にもまだショートであった髪の毛が、なんと腰まで伸びていたではないか。
更に、白に近いシルバーの髪が焚火の炎を受けてなのか、ほんのり金色にも見えた。そして、その細くてしなやかな髪は引力に逆らうかの様に地面に水平にたなびいていた。風もないのにだ。
その神々しくもあるそのお姿に、誰もが声も無く注視していたが、人々は自然と膝まづき両の手を胸の前で組み頭を垂れた。
女神降臨、他に表現のしようも無かった。
音も無く静かに案内人氏の元へ歩み寄ると、そっとその傍らにしゃがみ込んだ。そして、その震える肩に手を置くと優しく語りかけた。
「あなたは、人の道に反した行いをなされたのですか?お子様に対して顔向けが出来ない事をなされたのですか?」
予想していなかった質問に、狼狽えた案内人氏は返事をしようとして、はっと気が付いた。いち村人が許される距離ではなかった。ほんとうに目と鼻の先に聖女様がいらっしゃったのだった。
おもわず、後ろに跳び退り地面に額を擦り付け声を振り絞った。
「り 理由はどうあれ、自分は、聖女様を罠に掛けそのお命を奪おうとした大罪人であります。どのような、どのような処罰でも甘んじてお受けします。ただ、子供には罪はありません、どうか、どうか、子供の罪はご容赦願いたく、平に、平に・・・」
言うだけ言うと、再び石の様に地面で固まってしまった、案内人氏だった。
アナスタシア様は、先程とは打って変わり、優しい、慈愛に満ちた眼差しで案内人氏を見つめ、諭す様に語り出した。
「親が子供を守りたいと思う気持ちは尊いものです。今回の事も子供を守る為にした事、なぜ、責められましょう。責められるべきは、子供達を人質にとったあの男でしかありません。あなたのなさった事は不問とします。だって、わたくしはこうして無事なんですもの、ね?」
その言葉に、顔を上げた案内人氏ははっとした表情をしていた。アナスタシア様はニコニコと微笑んでいる。
すると、ふいに立ち上がったアナ様はあたしの方を向いて、今度は厳しい表情で問いかけて来た。
「例の誘拐犯の男の行方はどうなっておりますでしょうか?」
あたしのせいじゃないのに、そんな厳しいお顔をされなくてもいいでしょうにぃ、とは思っても言えない。あたしは事務的にお答えした。
「目下配下の者を四方に飛ばして、その後の動向を探っておりますが、なにぶん逃げ足の早い奴ですので、もうしばらくお時間を頂きたく・・・」
「人質を解放してから先に進みたく思います。朝までに動向を掴んでいただけますでしょうか?」
有無を言わさない、命令に近いお願いだったが、アナ様ご本人は意識されていないのだろう。可及的速やかに善処致しますとでも返せばよいのだろうか。
すると、意外な申し出があった。
「あ、あの聖女様っ!それでしたら自分に名誉挽回のチャンスを頂けませんでしょうか?」
案内人氏だった。
「あら、お心当たりでも御座いますか?」
あくまでも、案内人氏には当たりが優しい。
「はい、この辺りで子供を隠せる所と言ったら、ナムール鉱山跡が最適だと思います。現在は廃坑になっていりますが、居住施設や井戸もあるので可能性が高いかと」
「なるほど、そうですね、闇雲に探しても効率悪いですから、そこに絞って捜索をお願い出来ますか?」
「それでしたら、お任せ下さい」
いつの間にか戻って来たメアリーが暗闇から出て来た。
「あら、メアリー様お願い頂けますの?」
「はい、ご命令を」
そこで、それまで黙っていたお頭が口を挟んで来た。
「まてまてまて、お前崖の上に行って来たばかりじゃねえか、上の方は片が付いたのか?」
「無論だ。上に居た奴らはみんな蛭の餌よ、みんな血を吸われて気持ちよく天に召されて逝ったわ」
うひゃあぁぁぁぁぁっ!想像したくない!
「わかった。だがお前は働き過ぎだ、ここは俺が行く」
おーっ、珍しくお頭がやる気だ(笑)
「ありがとう。でも駄目。人質救出は繊細な作戦。大雑把で雑なあなたには無理」
あ、お頭が一撃で撃沈しているのを見るの、初めてかもしれない。貴重だわあ(笑)
「それなら、繊細で慎重で勇敢な私達がサポートしましょう」
オレンジの悪魔のブライアン・ロジャース中佐だった。
「私の隊のユニゾンはちょっとしたものですよ。謁見式での行進での一糸乱れぬ行進とそのステップはオレンジの悪魔の中でもトップクラスです」
「けっ!行進が上手いのと戦いが上手いのは別問題じゃねえか。行進ばっかり懸命にやってる奴らに俺の配下が後れを取るもんかってえの」
よっぽど悔しいのか、まだぐちぐち言って居るお頭だった。張り合ってもしょうがないのになぁ。
「ああ、あの廃坑は周囲が伐採されていて視界が良いので、大勢で向かうと見つかってしまいます。出来れば少数精鋭が良いかと」
恐る恐る、案内人氏が提案した事で、出撃メンバーについては決着がついた。
案内人氏を先頭に、実行部隊としてメアリーの隊が十名、それを護衛する為にロジャース中佐の部隊が二十名が続き、人質の子供達を連れて脱出する際位、敵の追撃を迎え撃つ為にお頭の率いる荒くれ部隊五十名が近くの森で待機する事で話が纏まった。
今回の作戦における一番の目的は人質になっている子供達全員の救出。これは至上命令だったが、もう一つ大事な目的があった。そう、あの痴れ者、常時負け人の処分だった。
アナ様が、今までの経緯を鑑みるとこれ以上生かして置く訳にはいかないと、これ以上わたくしの為に不幸に巻き込まれる人が出るのは看過できないと苦渋の決断を下されたのだった。
聖職者として他人の死を望む事はどんな事があっても許される事ではないが、全ての罪はわたくしが負いますとまで仰られて黙って居る事など出来なかった。
即座にメアリーがアナ様に対して毅然と言い放った。これは従者としては越権行為であったが、どんな懲罰も覚悟の発言だった。
「只今の発言、聞かなかった事にします。これより人質救出に出撃致しますがその際に起こった出来事は全てわたしの責任であり、わたしの独断です、アナ様には関わりが無い事をご承知おき下さいませ」
「そうだな、自然の成り行きとも言うな」
腕を組んだお頭が澄まして言う。
「戦いのさなか、混乱しますから何が起こるかはわかりませんからな(笑)」
ロジャース中佐も面白そうに発言する。
二人の顔を交互に見たメアリーは、ふっと口元に笑みを浮かべると、出発して行った。
あたしも一緒に行きたかったが、指揮官は軽々しく動くんじゃないと止められてしまったので、今はぶー垂れて居る。
「シャルロッテ殿、あなたに万が一の事があったら、我々はどこに帰って来ればよいのですか?」
そう、優しく二枚目のロジャース中佐に諭されては「アナ様が居るじゃない!」とは、思っても言えなかった。
人質救出部隊が出撃して行くと、あたしはする事がなくなった。
どうしよう?この先の事をアナ様に相談したかったが、アナ様は馬車に戻ってみんなの無事をお祈りしている最中だから声を掛けられないし、オグマ氏はお頭を抑える為に一緒に行っちゃったし、やる事がないのでアウラを連れて森の中をふらついてみた。
しばらく森の中を歩いてみたが、あちこちで焚火をかこんで食事をしている兵士達を見掛けるのだが、なんか変だ。数百人規模だったはずなんだが、どこまで行っても兵が途切れない。そのまま歩いて街道まで出て見たが、森の外、街道を挟んだ反対側の広大な野原にまで兵士が溢れていた。
「アウラ?これって・・・」
「ええ、あたい達がもたもたしている間に、みんなが追い付いて来たみいたいですねぇ。んー、ざっと二~三千位はいますかねぇ」
「どうすんのよ、こんなに集まって来たって食料が足りる訳ないじゃないよお」
「ああ、それなら大丈夫みたいですよぉ、近隣の領主がここぞとばかりに食料を運んで来ているみたいなんでぇ」
「大勢が決まったとたん、手の平を返したみたいに集まって来て、おこぼれ目当てなのが見え見えじゃないの、感じ悪い」
「まぁ、政治ってそんなもんですからねぇ、わざわざ火中の栗は拾いませんよ。労せず利益を得る、ある意味領主としては正しい判断なんじゃないでしょうか?」
「なんだかなぁ、父様に進言して、後から参加した輩には褒美を出さない様に言ってやるんだからっ!」
「そう言う訳にはいかないとおもいますよ」
「なんでよぉ」
「もし、それで反感を買われて大事な時に謀反を企てられても面倒ですしね。後から都合よく立ち回る連中なんて忠義心なんて持ち合わせてなんかいませんからね。自分に利益がある方にほいほい乗り換える奴らですから、ある程度金を渡して大人しくしていて貰った方が楽なんですよ」
「忠義心じゃなく、忠偽心なのね」
「上手い事言いますねぇ、まあ、そんなもんですよ。さて、そろそろ戻りましょうか、お客さんが来たのかもしれませんよ」
「客?誰に?あたしに?」
「ほら」
そう言うと、あたしの後ろの暗闇を見るアウラ。あたしも釣られて後ろを振り返ると、暗闇から一人の黒装束の男が現れ膝まづいた。
「姐さん、大至急お戻り願えませんでしょうか?」
あたしの事を姐さんと呼ぶのは『うさぎ』の指揮官クラスだった。
「何か起こった?」
「はい、そのお申し上げ難いのですが、聖女様がお出掛けになられました」
「はい~っ???」
「どちらに、お出掛けになられたの?いつ?お一人で?」
黒装束はお頭直轄の最精鋭の親衛隊で二十四時間アナ様に張り付いているはずだから、勝手に居なくなるとは考えにくいわよね。
黒装束氏は冷や汗を拭いているんだけど、まさか?
「我が手の者が交代で貼り付いていたのですが・・・その、、、有り得ない事なのですが、、、つまり、、、」
「つまり、撒かれたのね」
「・・・・はい、面目も御座いません」
「しかし、腕っこきのあなた方を撒くなんて、凄いわねぇ。どうやったのかしら」
黒装束氏は、下を向いたまま、ひたすら汗を拭いている。
「お嬢っ、そんなのんびりしてていいの?急いで捜索しないと」
「行先は見当がつくわ。ナムール鉱山跡地よ」
「「なるほど」」
「仕方が無いなぁ、動きたくはないんだけど、お頭達の後を追うわよ。先にお頭に伝令出せる?」
「はっ、ただちに」
「あたし達は、残っているオレンジさん達と『うさぎ』の精鋭を連れて出発するわ。速度重視なので軽装備で行くわよ」
言うが早く走り出したが、直ぐに進路を塞がれた。
誰っ?と思ったら、竜執事氏だった。相変わらずにこにこと執事然として立って居た。
「ごめん、急いでるのっ!」
「ほっほっほっ、それでしたらお役に立てますぞ。聖女殿の元に送り届ければよいのでしょう?簡単な事です」
あ、そうか、そうだった。人数は限定されるけど、確かに速いわね。
「じゃあ、申し訳ないんだけど、お願いします。飛び立つのにある程度の広場が必要よね、奥の崖の手前に丁度良い広場があったわね、そこにみんな集合させてちょうだい。後、アウラ、荷物を押さえる時のロープで作ったネットがあったわよね?」
突然話を振られたアウラは、きょとんとしていたが、直ぐに笑顔で親指を立ててきた。
「あるわよ、任せてっ」
その後、自分のテントに行き身支度を整え、集合場所にはもうみんな集合していた。
「シャルロッテ殿、この人数で乗れるものでしょうか?」
不安そうに、ロジャース中佐が聞いて来たが、あたしには策があった。
「竜さん、三十人位なら運べますよね?」
「ええ、あまり高く飛ばなければ大丈夫かと思いますが、乗るスペースが・・・」
「それは、大丈夫、考えがあるの」
「ま、まさか・・・このネットに掴まって行けと?」
誰とはなく、そんな言葉が漏れた。
「そうよ、自信のある人だけでいいわ、これに掴まって竜さんに運んで貰えば早く行けるでしょ?怖い人はいいわよお」
そう言うと、みんな我先にとネットへと駆け寄りしっかりと捕まった。やはり精鋭としての意地があるのだろう。あたしとアウラは背中に乗せて貰うけどねぇ。
「じゃあ、お願い」
そう言うと、竜氏は鮮やかに人型から本来の姿へと変貌したので、あたしとアウラはその背中の特等席によじ登った。
小型ながら立派な竜に変身した竜氏は軽く羽ばたくとふわりと空中に浮かんだ。そのまま前進してロープで出来たネットを両足で掴み、暗黒の空へと飛び立った。
下の方から、悲鳴を押し殺す声とすすり泣きが聞こえて来たけど、聞かなかった事にしよう。