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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
30/168

30.

 あたしは、サンビト要塞からナンシー湖に向かう道すがら長い隊列を見ながらアウラにぼやいていた。

「毎日毎日移動に次ぐ移動で、なーんか疲れちゃったわ。なんで、こんな事になっちゃったんだろう」

「お嬢・・・」

「うん。わかっているんだよ、こんな事言っても始まらないって事は、、、ごめん」

 思わず、そう呟いて居たら不覚にも涙があふれて来て鞍の上にぽたぽたと染みを作っていた。

 現在あたしとアウラは、帝国の将軍であるハイデン・ハイン将軍から借りた名馬セ・キトーバの巨大な背中の上で前後にタンデム乗馬中だった。

 前席で手綱を取って居るアウラは、ふいに泣きだしたあたしに戸惑っている様だった。

 そりゃあそうだろうなぁ、突然背後でしくしくされても、困るだろう事はわかるのだが、突然溢れて来た感情と涙に困惑しているのはあたしも同じだった。

 ああ、やだやだ、なんで突然こんなに女々しくなったんだろう。

 

「ごめんね、アウラ」

 あたしは、腕で涙を拭きながら前席のアウラに謝った。

「いえっ、お嬢もずっと気を張りっぱなしだったんだからしょうがないですよお」

 アウラはいつも優しい。


「アウラの言う通りだ。腐ってもお嬢は女だったって事だな。良く言うだろうが、鬼の目にも涙ってよ」

「お頭あああぁぁぁ、あたし、腐っていないしぃ、それに鬼の目ってなによおおおぉっ!」

「わはははははっ」

「失礼しちゃうわ、いつもいつもなんなのよ、もう」

 あたしが、ぷんすかしているとお頭は言葉を続ける。

「ふふふ、むくれるなよ。機嫌が治る情報を教えてやるからよ」

 お頭は、いつもにも増してニヤニヤしている。心底楽しそうに。

「王都は完全開放されたそうだ。王族もみんな無事。政府の要人も無事。聖女様も勿論無事。王都も正常に機能し始めたらしい。よかったな、お前が頑張ったお陰だ」

「んーん、あたし何にもしていない。伯爵に踊らされて東奔西走しただけだよお。みんなが立ち上がってくれたおかげ。それと一番はアナスタシア様のご人徳だよ」

「ふっ、そういう事にしておくぜ。それでよ、お前の兄ちゃんには正式にサリチア討伐の命が降りたそうだ、制圧でなく討伐な。お前には、ナンシー要塞攻略の命が降りてるぜ。シュトラウス大公国国軍総指揮官兼聖堂騎士団師団長シュルツ・フォン・リンクシュタット侯爵の名前でな」

「えっ?」

「お前がこれからしようとしている事は、正式に国から認められたって事だ。どうだ?やる気が出て来ただろう」

 呆然としているあたしの背中をバシバシ叩きながらお頭は心底嬉しそうだった。

 そして、くるっと振り返ると、背中の大剣を抜き叫んだ。

「みんな聞けえぇっ!!我々は国軍総司令官直々の勅命によりナンシー要塞攻略が命じられたっ!我々はもう雑軍ではない、ここにいるシャルロッテ・フォン・リンクシュタット様を指揮官とする正式な国軍として国から認められたっ!」

 長い隊列のそこかしこから歓声やときの声があがっている。

「認められたからには、恥ずかしくない働きをしようぞっ!!」

「「「「おおおおおっ!!!」」」」

「声がちいさー-いっ!!」

「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」」」」」」


 なんとノリの良い事か。みんな、各々の武器を天に掲げ叫んでいる。

 あっけに取られていると、更にお頭は続けた。

「国王から帝国に親書が送られたそうだ。正確には、、、その、なんだ相手は皇帝ではなく、んー、ハイデン・ハインの奴だって事だ」

「どういう事?」

「政治の事は俺にもわからん。ただ、我が国は帝国と組むのではなく、ハイデン・ハインの奴と組みたい  らしい」

 あたしは、アウラと顔を見合わせたが、彼女も首を横にふるふると振るばかりで、事態が呑み込めていないようだ。

「帝国も一枚岩では無いと言う事でしょうね」

 いつの間にかメアリーも参加して来た。

「以前から、皇帝と将軍の間はギクシャクしているという情報はありましたからね。ここに来て何か動きがあると思って良いのかも知れませんね」

 メアリーの情報網には相変わらず目を見張ってしまう。

「そうか、その下ごしらえの為にオレンジの悪魔を始めとする兵力を無償で貸してくれたんだな。まずは、我が公国を安定させてから何かをするつもりなんだな・・・」

「そうですわね、将軍が突然ククルカン要塞に赴任して来た時は驚きましたよ。あの時はいよいよ、我が国に侵攻を開始するのかと思いましたが、まさか、帝国内で何かをしようとしているとは」

「だよなぁ、あいつは昔から突拍子も無い事するのが好きだったから、ほんと迷惑だぜ」

「この間から気になって居たんだけど、お頭って将軍と昔からのお知り合いなの?」

「うっ、な なんの事だ?知らん、俺は知らんっ!なにも知らん!」

 そう言い放つと、列から離れて行った。

「なに、あれ?」

「さあ?あたいもわかりませーん」

 メアリーも不思議そうな顔をして、去っていくお頭の後ろ姿を見つめている。


 暫く進んで行くと前方に出していた偵察が戻って来た。

「シャルロッテ様、前方に不穏な空気が立ち込めております」

「どういう事?」

 不穏な空気?不穏ってなに?

「この先に、アーンヘムと呼ばれる小さな集落があります。ここですね」

 偵察兵は、折りたたんだ地図を胸ポケットから出して説明している。

「この集落の周辺に集落を取り囲む様に、十人位の集団の完全武装の兵が、何部隊も展開しております」

「敵の目的は?というか、敵認定されたの?」

「わかりません。我々偵察は上層部が判断を誤らない様に、事実をありのまま主観を挟まないで報告するのが任務です」

「そうね、で?ありのまま見たままの感じだと何者だと思う?」

「着ていた甲冑は伯爵軍の物とおもわれますが、着ていた者が伯爵の手の者である確証は掴んでおりません」

「そうなのね。では、そお不審者達は集落の周辺で何をしていたのかしら?ただ、立って居た訳じゃないのでしょ?」

「はい、集落の周辺には八隊。集落の出入り口には四隊。この四隊はどちらかというと、集落の外と言うよりは中に注意を払っておりました。集落から出ようとする者には槍で威圧しておりましたので、閉じ込めた者を見張って居ると思って良いかと確信しております」

「なるほど・・・何故閉じ込めるのか。・・・人質か。誰に対して?そりゃあ、あたし達か  だよね」

「そうだろうな」

 お頭も同意する。

「ありがとう。引き続き偵察お願いね」

「御意!」

 そう言うと、足取りも軽く静かに去って行った。


「だそうですよお。さて、どうしましょ?無視して迂回する?それとも・・・」

「それともに、一票っ!!」

 アウラはいつも思いっきりが良い。

「わたくしめも、それに一票」

 珍しく竜執事氏が乗って来た。

「竜族は直接手を出さないのでは?」

 この人?いや、この竜の方は意外とトラブルが好きなのだという事が最近わかって来たので、あたしは、ニコニコと問いかける。

「手は出しませんですよ。ただ、最近少し運動不足でして。ですので、今夜あたり少し飛んでみようかなと、その際手ぶらで飛んでも運動不足解消にならないので、なにか、重量のある物でも乗せて飛んでもよいかなと。そうですなぁ、人間だと十人位になりますかな」

 そう言うと、ニヤッと笑いを浮かべた。

「今夜は月も出てないし、空からの侵入にはもってこいだな」

 お頭は、既に月の有無まで把握している様だった。

「じゃあ決まりね。空から集落内を制圧して、後は数で一気にいきましょう」

 誰も反対意見は無い様だった。

「じゃあ、行くのはあたしと・・・」

「だめっ!!!」

「反対っ!!!」

「却下っ!!!」

「不可っ!!!」


 えーっ、なんでなんでぇ??あたしだってあばれたーい。誰も味方してくれないなんて、ひどー-いっ!!!


「お嬢、なに考えているんだよ?指揮官がそんな軽はずみな事をしたら駄目だろうが。ここは俺が・・・」

「だめっ!!!」

「反対っ!!!」

「却下っ!!!」

「不可っ!!!」


「お頭は重いからだめ!」

「お頭は大きいからだめ!」

「お頭はおならが臭いから駄目!」


「おいおい、なんじゃそりゃ、何でおならが関係するんだよ!」


 散々揉めたが、結局メアリーをリーダーにしてオレンジさん達から選抜した突撃メンバーが決まり準備が始まった。

 そして我々一行は出発までの間、近くの林の中で待機する事になった。


「総崩れかと思ってたんだが、まだ組織的に向かって来る奴が居るとは思わなかったぜ」

 お頭は、しみじみと言う。

「そうねぇ、集落を人質にするなんて、さすが伯爵の配下だよねぇ」

 アウラも呆れた様に言い放つ。

 こちらが近寄らない為か、向こうから近づいて来る事も無く、暫し平和な時間が過ぎて行った。


 やがて日が傾きだし、影も長く伸びてきた。出撃の時間まで後少しだった。

 突撃隊が空から強襲を仕掛けて集落を制圧し確保。その隙を突いて地上部隊が包囲殲滅する。そんな感じの作戦だった。

 今回の空からの強襲メンバーは、メアリーと白兵戦に長けたオレンジさん達十名だった。

 流石の猛者達も竜に乗るのは初めてなのだろう、みんな緊張した面持ちで待機していた。

 後で聞いた事なのだが、泣く子も黙るオレンジの悪魔の精鋭も地面から足が離れた事の無い只の人間だったらしい。

 空の上で、ひたすら涙を流しながら声を出さない様に必死で堪えていたとの事だった。

 なんか妙に人間味があって笑ってしまったのだった。


 すっかり日が暮れて来て、出発メンバーが竜執事氏の周りに集まってきている。

 そして、一人ずつ竜化した執事氏によじ登っていき、静かに飛び立って行った。


「さて、あたし達も出発するよーっ!」

 野営の後片付けを終えたあたし達は、林から街道に出た時だった。あたし達の前に十人程の正体不明の人影が現れた。

 なんだ?と、訝しんでいると、先頭に居た男が声を発した。


「待ちかねたぞ!」


 はて?誰かと待ち合わせしてたっけ?

 首を傾げて居ると、お頭が前に進み出て一言


「しらん!」


「なっ、なによその言い草はっ!!失礼じゃあないの?」

「失礼ではないぞ。お前は道端の蟻に向かっていちいち、やあ、元気か? なんて話し掛けるのか?そういう事だ、邪魔だからどけっ!」

「お おま・・・」

「ん?おま め?豆を恵んで欲しいのか?哀れな奴だな。だがな今は忙しい、後にしてくれ」

「貴様っ、又しても、ぼぼぼ僕を侮辱するつもりかっ!」

 お頭は、後ろからやって来た側近のオグマに向かって首をすくめて見せた。

「お前、知って居る奴か?こいつ」

 暫く考えたオグマ氏は、ぼそっと・・・

「道端の蟻でしょう」

「だよな」

 ふたりで笑っている。わざと挑発している?

「あああ あり・・・」

「ありがとう?いやいや、礼には及ばないぞ。じゃあな」

「貴様っ、わざとやっているだろうっ!」

「ほう、わかったのか?只の痴れ者ではなかったんだな、えらいえらい、褒めてやろう」

「くううう、その余裕もいつまで続くかな?僕は心が優しいのだ。今までの無礼は水に流してやろう、今直ぐ武装解除して膝まづけば命だけは助けてやろうじゃあないか」

 お頭を始めみんなニヤニヤしながら黙ってこの痴れ者を見下ろしている。

「何とか言ったらどうよ。びびって声も出ないの?」

 それでも、一言も発せずニヤニヤと見下ろしていると、痴れ者も焦りが出て来たみたいだった。

「僕の事を甘くみているようね、稀代の戦略家であるこのジョージ・マッケンジー様を」

 なんか、自慢のフレーズなのか胸を張って居るよ、この蟻さん。

「常時、負けん人??常に負ける人   か。ぴったりじゃないか?誰だか知らないけどな」

「なんですって!?失礼にもほどがあるわよっ!!」

 あ、おねえになってる?(笑)

「そろそろいいか?」

「はい、良い頃合いでしょう」

 お頭とオグマ氏は目くばせをしている。そうねぇ、そろそろ集落の制圧も終わって居る頃合いね。

「おい、常時負け人、そんな人数で本当に俺達を武装解除出来ると思っているのか?」

「負け人じゃあなあいいっ!何の準備も無しに待ち構えると思っているのか?このド素人どもめが。ふふん、聞いて驚くなよ。我々はこの先にあるアーンヘムという集落を制圧している。大人しく武装解除に応じないと村人の命は無いと思ってね」

「おおおおおおおっ!!」

 お頭も良くやるわ。わざと大げさに驚いて見せるなんて。負け人さん、勝ち誇った顔しちゃってるわよ、かわいそうに。

 と、頭では思ってはいるんだけど、どうしても笑いがこみあげてきて、苦しい(笑)

「あんた達は、聖女様を連れているのよねぇ、村人皆殺しなんて聖女様が許さないんじゃあなくって?僕の完全勝利ね、どう?思い知った?」

 高笑いする負け人さんを、みんなして笑いをこらえつつ眺めていた。この後奈落に放り込まれる事が決定なのに可哀想。


「そろそろ笑うのはお終いにしていいか?」

 いい加減、うんざりしてきたお頭が声をかけたが、まだ笑い足りなそうな負け人さんは不満そうだった。

「もうっ、気持ちよく笑っているのに無粋な人ねぇ、降伏する決心でも出来たのかしら?」

 その時だった、お頭とあたしの馬の間から姿を現わした人影があった。

 松明の灯りに照らされたその姿は、アナスタシア様だった。

 こんな所に出て来て危ないなぁ。ま、言っても聞かないけどね。

「アナスタシア・ド・リンデンバームと申します。あなたはどうしてこの様な事を続けるのでしょうか?この様な事をお続けになっておりますと、必ず天罰が下されますよ。お考えを改めては頂けないでしょうか?」

 真っ向から直球勝負のアナ様だった。

「ほう、聖女様直々のお出ましって事は、降伏する決心が出来たって事なのね。いい心掛けね」

「いいえ、わたくしは聖神マルティシオン様の使徒ではありますが聖女ではありません。この混乱の世を収める為に数々のタブーを封印致しました。今のわたくしは人殺しもいといません。ですので、刃向って来るのであればお覚悟を決めて下さいね」

「ふん、そんな事言ったって、大勢の村人の命を無視は出来ないでしょ?僕の優位は動かないのよ」

「凄い自信だなぁ、その自信はどこから来るんだ?真っ赤な巨大な蜂にでも乗って来るのか?」

「やっ、やな事思い出させないでよっ!天才の僕の作戦が失敗する訳ないでしょ!」

「そうか?今まで成功しているのを見た事ないがなぁ」

 この上ないニヤニヤで見下ろしている。見下げるというよりも完全に馬鹿にしてるニヤニヤだった。

「むきいいいいいぃっ!!後から後悔したって知らないよっ!」

「後からするから、後悔って言うんだぜ、坊や。さ、お遊びはここまでだ、一気に決めさせてもらうぜ」

 そう言うと、背中の大剣を抜き天に掲げた。

「かかれーっ!!」

 その号令と同時に、オレンジ色の一団が敵に向かって突撃して行き、アナ様は、ジェイとタレスに付き添われて馬車に下がって行った。

 人質がいるからこちらは手が出せないと油断しきっていた負け人達は、大慌てで逃げ出して行く。それでも諦めの悪い負け人は逃げながら叫んでいた。

「人質だっ、人質を連れて来いっ!盾にして逃げ延びるぞっ」

 いつまでも居ると思うな、親と人質。

 敵味方混然となって集落に突入して行くが、集落の各出入口にはすでに強襲部隊の兵が待ち構えており負け人の配下は次々と切り捨てられて行った。

 集落に入らなかった者も、各個に囲まれて討ち取られて行く。

 当然の事であるが、戦い事態は十分とかからず、村人にもこちらの兵にも被害は無く一方的な展開となった。

 

 集落に入ると、村人達が不安そうに集落中央の広場に集まっていたが、アナ様が事態を説明すると安心したのか、村長を初めとする村民達は地面にひれ伏して感謝を表していた。

 出発は明日という事で、この集落で夜を明かす事にして兵達は警備の為に集落周囲に散って行った。


 翌朝、昨夜討ち取った敵の確認をしたが、やはりあの負け人の死体だけは見付からなかった。逃げ足だけは一級品みたいだ。


 出発の際、村長さんの配慮で道案内を付けて貰える事になった。道自体は湖まで一本道なのだが、途中に何か所か敵の見張り所と駐屯地があるらしいのだ。

 ご厚意は有難く受けて案内人と共に集落を出発した。大勢の村人に見送られて。

 とても好意的に迎えられた証とでも言うべきなのか、兜の上に花の冠を載せた兵士が何人か居た。乗馬の鞍が花で飾られた者も居た。みんな、照れくさそうだったが、その顔は晴れやかだった。



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