3.
近づく者には、人にでも魔物にでも災いが降り注ぐ疫病神と噂される聖女様と、その護衛に抜擢された15歳のじゃじゃ馬少女の織りなす物語です。
聖騎士見習い予定の少女シャルロッテが、ドラゴンをも倒す聖女様の護衛として初めての任に就く所から物語は始まります。
かなり時間がかかったが、やっと王都から出る事が出来た。王都から出るのはシャルロッテにとって初めての経験だった。まだ、後ろを振り返れば王都の城壁が見える距離なのだが、シャルロッテには空気の臭いすら変わった様に感じられた。
道の両側には延々と畑が繋がっておりまさに緑の絨毯であった。王都近郊は危険な魔物も魔獣も居ない為、農民は城壁の外でもこうして作物を作る事が出来るのだった。
「お嬢様、まずは最初の都市であるイルクートを目指します。本日は行ける所まで行きますが、おそらくトルイジンのキャンプ場での野営となります」
「キャンプ場?」
「はい、夜盗、危険生物など旅には危険が伴います。そんな危険から皆で身を守る為に造られたのがキャンプ場になります。そこには水の補給が出来たり、情報交換が出来たりと旅の必須アイテムとなります。トイレもありますので、女性も安心して泊まれます」
「へぇ、どんなのか楽しみだわぁ」
シャルロッテは、両手を上に伸ばし背伸びをして大きく息を吸い込みながら空を見上げた。
「まだ、王都からそんなに離れていないのに、なんでこんなに空が青く綺麗なんだろう?まるで別世界に来たみたいよぉ」
まるで遠足にでも来たみたいなシャルロッテだが、老執事殿は気にも止めず前方を見据えたまま馬車を操っている。タレスはと言うと、まったく気配を消したかの様に荷物の間でじっとしていて、時々振り返って居るのか居ないのか確認するシャルロッテだった。
「ねぇ、ジョン・G」
「はい、お嬢様」
「良く分らないんだけど、周りに幸せをもたらすのと、襲って来る者に不幸をもたらす事によって周りを幸せにするのって、違うものなの?」
「ははは、お嬢様は難しい事をお考えなのようですね。この年寄りには難しい事は分かりかねますが、結果的には両方とも同じではないのでしょうか」
「だよねぇ、でも実際には周りの対応はちがうでしょ?かたや、聖女様として崇め奉られていて、かたや、疫病神として忌み嫌われている。これって、不公平じゃないの?」
「そうですな。ですが、実際の所はどうなんでしょうね。以前にも申し上げましたが、まずは、お嬢様が実際にその目で見て、聞いて、考えて、その上でどう判断したらいいのか考えるのが良いかと。もし、出来る事があるのでしたら、その時は出来る範囲で精一杯なされば良いかと」
「うん、家の家訓にもあるもんね。『今出来る事を精一杯やれ』ってね」
「はい、その通りで」
老執事の顔は、孫娘の成長を喜んでいるかの様ににこやかだった。王都を出てからは順調に距離を稼げた事もその一因なのだろう。
「お嬢様、王都を出るのに手間取りましたが、どうやら最初のキャンプには日没前には到着出来そうで御座いますよ」
もう、太陽は地平線に近い所まで降りて来ており、周りの景色もセピア色に染まり出していた。
「あっ、あの前方の森がそうなの?なんか、馬車が何台も停まっているのが見えるよー」
「はい、あそこで御座います。良い場所が空いているとよいのですが」
「やっぱり止める場所は早い者順なんだよね?」
「はい、皇族・貴族専用の場所もありますが、一般人の停めるスペースは早い者順になります。利用は無料になっております。大きなキャンプにはシャワーも有ると聞いております」
「へぇー、便利なんだねぇ」
話している内にキャンプ場のある森が近くにせまって来ていた。停める場所を探している馬車が何台も右往左往しているのが見える。より安全な場所という事で、ジョン・Gはキャンプ場の中央に向かって馬車を向けた。中央には、まだ二十台分くらいのスペースが空いていたのだが、誰も入らず、その周りで立ち止まっていた。
「どうしました?スペースが空いている様じゃが、停めないのですかな?」
ジョン・Gが立ち止まっている馬車に横付けして御者台の人に、状況を訊ねた。
「ああ?あんたあんまり旅慣れていないんか?良く有るんだが、ほれ、ああして場所を占拠する奴らがいるんだよ。中央の一等地を占拠して停めたい者に貸すんだよ、もちろんタダじゃあない、法外な金を要求して来るんだがね」
「ここは、無料で使用出来るはずでは無かったかの?誰も、文句言わないのだろうか?」
「ダメダメ、あいつらこの地域に巣くって居るチンピラで、みんな揉め事を起こしたくないから諦めてキャンプ場の外周に停めるしかないんだよ。最近この辺りにも出没する様になったんだが、今日は居ないと思ったんだがなぁ」
「そんな無法が許されてるっていうのぉ!?この王都近くで。ぶっ飛ばしちゃえばいいじゃん、あんなチンピラ」
頭に血が上ったシャルロッテが話に割って入って来た。
「それが、あいつらの背後に大物が居るって言う話もあって、文句言った者が翌日川に浮いていたなんて話もある位だから誰も何も言えないんだよ」
「じいっ!」
振り向いたシャルロッテの顔は、もう止めても無駄だ感が滲み出ていた。
その時だった。チンピラの一人がこちらにやって来た。
「おいおい、なに騒いでいやがんだあ?停めるのか停めないのかはっきりしろや。金のねえ貧乏人は他所行ってくれよ、商売の邪魔だよ!どっちにするんだ?ああ?」
ぷつん・・・ 何かが切れる音がした 気がした。
馬車から満面の笑みでシャルロッテが降りて来た、チンピラの前に。驚いたのはチンピラだった。
「な なんだおめーはっ!!」
せりふは勇ましいが、完全に腰が引けていて、動揺しているのが見え見えだった。
「お兄さん、あたしと剣の勝負しない?あたしが勝ったら、ここの占拠している場所を開放して出て行って頂戴」
「まっ 負けたらどうするつもりなんだあ?ああっ?」
「そうねぇ、あたしが負けたら今までこうやって荒稼ぎして来た事を見逃してあげるわ。悪い話しじゃないでしょ?」
「ふっ ふざけんなあぁっ!そんなもんが賭けの対象になる訳ねぇだろうがっ!!」
「あらっ、怖いの?こんな小娘が怖いのかしらあぁ?ま、チンピラだもんねぇ、徒党を組まないと何にも出来ないんだもん、怖いわよねぇ」
うまい、良い挑発の仕方ですよ、お嬢様 心の中で老執事は感心していた。
対してチンピラの方は顔面が真っ赤になって怒り心頭である事が見てとれた。周りには、何事かと旅行者が集まって来た事もあって、チンピラは益々引っ込みがつかなくなっていた。
「さぁ、どうするの?やるの?それとも帰ってママに泣きつく?」
この時点でチンピラは理性を失っていた。背中にしょって居た剣を必死に抜こうとしてはいるものの、引っかかってなかなか抜けなくてさらにあたふたしている。もう、勝負は決まったなと思ったその時、チンピラの後ろから異様に大きな男が出て来て、チンピラの肩を掴み後方に投げ飛ばした。
「すまんな、ああいう腰抜けも仲間には居てねぇ。話は聞いていた、その勝負俺が代わって受けようじゃないか。かまわんだろ?」
どすの利いた低い声。修羅場をくぐって来たであろう落ち着いた所作。なんといっても、その顔が凄い。顔面が既に修羅場になっている感じだった。顔面が修羅場になってる人なんて、見た事がなかったシャルロッテは流石に少しビビッていた。が。
「い いいわよ」
「じゃあ、とっとと始めようぜ」
そう言うと、背中から刃渡り二メートトルはあろうかという巨大な剣を抜いて来た。長さもだが、刃の幅も二十センチはあるだろう。これはかなり重いだろう事は想像に難くない。
「うわぁぁ、あたったら痛いかも」
いや、痛いとかそんなレベルじゃあないだろう と、取り巻いて見ている観衆はハラハラしながら心の中で突っ込んだ事だろう。
あの巨大な剣の前だと、シャルロッテの持つレイピアはつまようじの様に見える。
「さぁ、来な。勇敢な嬢ちゃんよ」
さあて困ったわね。あんなデカイのが出て来ちゃったよ。でも、あんな重たい物そんなに素早く振り回せるはずもないし、余裕かな?一撃目をかわして懐に飛び込めば決まりだわね、それじゃあ。
「いやあぁぁぁぁっ!!」
掛け声と共に、姿勢を低く保ったまま突っ込んで行った。剣の動きさえしっかり見ていれば・・・
その瞬間、巨体が音も無く動いた。前方に踏み込みながら巨大剣を横に振り払って来た。すんでの所で踏みとどまったシャルロッテはギリギリの所で剣をかわしたのだが危ない所だった。
「ほう、良く踏みとどまったな」
顔面修羅場はニヤリと笑っている、まだ余裕があるようだった。
こいつ、のろまかとおもったが、大男のくせに動きが速い!おまけに縦に剣を振り下ろして来るのだったら避けるのは簡単なのに、横に薙ぎ払ってきやがった、こいつかなり場慣れしている、聖騎士団の連中とは違って手ごわい。
「それなら、これでどうだっ!」
今度は顔面修羅場が突っ込んできた。剣は振りかぶらず、隠す様に体の左横に構えている。そのまま薙ぎ払うつもりなんだろう。
「それならっ」
シャルロッテは思いっきり突っ込んだ。
ギョッとした顔面修羅場は反射的に剣を横から薙ぎ払って来た。
薙ぎ払いを予想していたシャルロッテは剣が届く寸前にジャンプした。
空中で下に向かって剣を一振りして顔面修羅場の後ろに着地すると同時に前方に転がった。
両者距離を取って再び向かい合った。顔面修羅場は背中を気にしている、どうやら浅く剣がかすったようだ。
「小娘、なかなかやる。ただもんじゃないな、しかし、これがかわせるかっ!」
再び突っ込んで来た顔面修羅場。今度は力に物を言わせて剣を縦横無尽に振り回して来た。シャルロッテは防戦一方になったが、こわいのは太刀筋ではなく、その目を剝いて歯を食いしばった顔だったというのはいかがなもんだろう。
馬車では、老執事が腕を組み、顎髭を撫でていた。馬車の後ろでは、いつでも助太刀に入れる様にタレスが剣を握って構えていた。周りの観衆は皆、息を飲んで勝敗を見守っていた。
「せいっ!せいっ!せいっ!せいっ!せいっ!どこまでかわせるかぁっ!」
一方的に攻めまくられているシャルロッテだが、みな間一髪でかわしている。次第に顔面修羅場の息があがってきているのが、誰の目にも明らかになって来たその時だった。
物音ひとつしなかった観衆の背後が騒がしくなって来た。どよめきは次第に大きくなって来て、ついに誰かが叫んだ。
「軍隊だっ!国軍の騎馬隊がやって来るぞぉ!」
顔面修羅場もシャルロッテも動きをとめた。が、しかし目はじっと相手を睨んだままだ。
「ちっ!邪魔が入ったか。小娘っ!勝負は預けたぞ、名前くらいは聞いてやるぞっ!」
「ロッテ!」
「ふっ、ロッテか。覚えておいてやる。俺はムスケル、絶望のムスケルだ!又会おうぜ」
言うだけ言うと、さっと身を翻して暗闇に消えて行った。ちなみに、国軍の話しは気を利かせた旅人が騒ぎを鎮める為についた嘘だと後で判明したのだった。
「もう会いたくはないわね、あの顔は心臓に悪いわ。絶望って顔の事かしら」
全身脱力したシャルロッテは、とぼとぼと馬車に戻って来た。すると、突然割れんばかりの歓声が沸き上がった。
「ねーちゃん、すげーなぁ!」
「あんな剣捌き始めて見たぞーっ!」
その歓声はシャルロッテを賛美するものばかりだった。割れんばかりの歓声に照れて頭を掻き掻き周りに手を振りながら馬車に乗り込んで来たシャルロッテだったが、浮かれていた為老執事の厳しい眼つきには気付かなかった。
「さぁ、今夜は真ん中の一等地で休んでくれよ。みんな嬢ちゃんのお陰なんだから遠慮するなよ」
そう言って、みんなはシャルロッテ達に一番良い場所を空けてくれた。老執事は、お辞儀をしながら馬車を空けてくれた場所に乗り入れた。
「お嬢様」
まるで感情の無い声で呼ばれたシャルロッテは、全身から血が引いて行くのを感じた。やばっ!怒ってる。
「爺っ、ごめんなさい勝手な事をして。でも、皆が困っていたし、あの、あのチンピラくらい楽勝かな って。だから えーと」
「お嬢様」
「はい」
「わたくしは、鬼でもなければ、悪魔でもありません。みんなが困っているのを見て、何とかしてあげたいと言うお嬢様のお気持ちにとやかく言うつもりは御座いません」
「はい」
「わたくしが言いたいのは、あの戦い方で御座います」
「戦い方?」
「はい、常日頃から相手をあなどるな、外見に惑わされるなとマーサ殿から教わっておりませなんだか?」
「教わっていました」
「相手を良く観察さえしておれば、あの者がどんな戦い方をしてくるかお分かりになったはずです。あんな危ない戦い方をせずとも楽に勝てる技をお持ちのはずではありませんか?」
「はい、あの絶望的な顔に圧倒されて自分を見失っておりました。すみませんでした」
「謝るのでしたら、わたしめにではなく、マーサ殿や日頃お手合わせをしてくれていた聖騎士団の皆様ではないですか?」
「お嬢様に万が一の事がありましたら、誰が悲しむか、もう一度良く考えて下さいませ」
「はい、今日の事は反省をして、今後の糧とするよう精進します」
「それで良いのです。でも、まあ、今日は体が良く動いておりました。日頃の訓練の賜物ですね。マーサ殿もお喜びになるでしょう。戦いは常に謙虚にを忘れないでくださいね」
「はい!」
「さあ、もう真っ暗です、食事の準備をいたしましょう」
「はい、支度を手伝います」
既に、タレスが火を熾していたのだが、、、なんか様子がおかしい?火の傍で呆然としている。
「タレス殿、どうなされましたかかな?」
タレスの足元には、山の様な食材と、調理済みの料理が所狭しと置かれている。
「これは?」
老執事が訊ねると、タレスが周りを指差している。そこにはニコニコと立って居る旅人達がいた。おそらく商人なのだろう。
「私らは明日には王都に入りますので、もう食料は要らないのです。残り物で申し訳ありませんが、今日のお礼と思って受け取って下さいませ。食料はいくらあっても多すぎるって事もないでしょう。今後どこかでお会いする事がありましたら、ちゃんとお礼をさせて下さい」
みんな、お辞儀をすると暗闇に中に消えて行った。
「良い事はするものですな、これは全てお嬢様の人徳になります。余った食料はマジックバッグに入れておきましょう。この中なら新鮮なまま保存されますから」
「便利な物ねぇ、どの位入るものなの?」
「そうですね、物によって違いますが、わたくしの持って居る物は、家一軒分位は入りますね」
「すごーい、万能なのね」
「欠点も御座いますよ。生きている物は入れられません。それと、人前で使えない所です。人の口に登れば必ず盗もうとする輩が現れます。注意が必要なのです」
「へぇ」
「さ、食べられそうな物を食べたら明日に備えて休みましょう。まだ道中は長うございます」
そう言って、調理されている料理の中から一食分を見繕って皿に盛り、渡してくれた。シャルロッテはしげしげと皿の上の料理を眺めた後、焚火の所に行き椅子代わりに置いてある丸太に座ると食べ始めた。
メインは、豚肉の塊を焼いたものだった。シャルロッテはフォークを突き刺しまだ熱い肉の塊を豪快に口にほおばった。
「!!!」
「おいしいっ!このお肉とっても美味しいわ。周りにまぶしてある黒胡椒がたまらないわぁ。焼き方もばっちりなの」
「それは、ようございました。きっと、一番良い肉を分けて頂けたのでしょう」
野菜たっぷりのスープの入ったカップをシャルロッテの足元に置くと老執事は荷物の方に帰って行った。
「じい・・・ジョン・Gは食べないの?」
「先にお食べくださいませ。わたしはテントを張り終わったらタレスと交代で頂きます。これからは食事も、睡眠も三人で交代で取ります。常に周りを警戒しなくてはなりませんからね。覚えておいてくださいませ」
「はい、わかりました」
パンに噛り付きながら前を見ると焚火を挟んでタレスが食事をしている。刀を脇に置き、丸太には座らず片膝立ちで背中を丸めていつでも走り出せる姿勢で四方に視線を送りながら食べていた。その姿を見てマーサに教わった事を思い出した。旅では、食事の時と睡眠をとって居る時、それと排泄の時が一番襲われる危険性が有るって教わったっけ。今のあたしは、完全に無防備だ。教わった事が実践出来ていない。教わるのと実際にそういう場で体験するのとではこんなに違うんだ。慌てて丸太から降りてタレスを真似て片膝立ちになって周囲に気を配ったシャルロッテだったが、離れた場所からうんうんと頷きながら暖かい視線を送って居る老執事には気が付かなかった。
三人共食事が終わったら、交代で睡眠をとることになった。まずは、シャルロッテが見張りをする事になった。この時間が一番危険が少ない時間だからだ。次にタレス、最後は老執事でそのまま朝食の準備に入る。本来なら執事が主人より先に寝るなど有り得ないのであるが、旅先ではその限りでは無かった。特に少人数での旅なら尚更だった。
食事が終わったので、老執事とタレスはシャルロッテ用ではないもう一つのテントに向かった。
「お嬢様、宜しくお願い致します。失礼してお先に休憩させて頂きます」
「うん、大丈夫よ、ゆっくり休んでね」
そう言うと二人に手を振り火の番を始めた。お屋敷の庭では野営の経験はあったのだが、知らない土地での野営は初めてだった。空を見上げると王都に居た時より星が綺麗にみえた。周りではまだ焚火を囲んで飲み食いの真っ最中だった。賑やかな声が聞こえて来る。ああ、これが旅の醍醐味なんだなぁなどと感心している内に時間は過ぎて行き、あっという間に交代の時間になった。
さあて、タレスを起こそうかなと思っているとタレスがテントから起き出して来た。すごっ、どうして時間が分かったのかしら。そう関心していると、焚火の所にやって来て、焚火から少し離れた所に置いてあったポットから何かをカップに注いで持って来た。
「あ ミルク 寝る前に 飲む 良く眠れる」
「あら、ありがとう。頂くわ」
「ん」
ミルクを渡すと薪の準備をして焚火の前に陣取った。
「ごちそうさま、じゃ、休ませてもらうわね」
そう言うと自分のテントに向かった。そう言えば、初めてタレスの声聞いた様な気がする。いい声なのに、なんで喋らないんだろ?
テントに入り横になったものの、興奮が止まずなかなか眠れない。夕方にした一騎打ちの事も頭から離れなかった。あの顔面修羅場的な顔が脳裏に刻まれていて、ある意味恐ろしい奴だった。眠れなくてしばらくもぞもぞしていたが、ホットミルクを飲んで温まったシャルロッテは、そのまま深い闇へと落ちていった。
「・・・・・さま」
「お嬢様、朝で御座います」
「ん あ ううぅぅぅぅん」
伸びをしながら起き出してテントから顔を出した。
「お嬢様、朝食の準備が出来ておりますれば、お顔を洗って来てくださいませ」
外は既にすっかり明るくなっていた。周りに居た旅人たちもみんな出発の準備に余念がなかった。
王都の門の開く時間が決められている為、旅人の出発の時間もだいたい一緒になるのだった。
王都に向かう人々が皆手を振って挨拶をしながら旅立っていった。皆?どういう事?
実は、宿営地を出発した馬車の列は、わざわざシャルロッテ達の宿営地の前を通って旅立って行ったのだった。その際に手を振り感謝の気持ちを現わしていた。思いがけない事態にシャルロッテは涙がこぼれそうで、堪えるのが大変だった事は内緒だ。
食事を終え、旅支度を済ませ、シャルロッテ達も次の宿営地へ向かって出発した。
出発が遅くなったせいか、はたまたみんなが早いのか、周りには他の馬車は居なかった。後で御者を代わる為、タレスは荷台の中で仮眠を取って居る。
「お嬢様、初めての野営はいかがでしたか?」
遥か前方を見据えながら、老執事は手綱を握っている。
「屋敷内で野営した時とは全然違うわね。周りも知らない人ばかりで新鮮だったわ。食事も美味しかったし旅も良い物だって思ったわ」
「それは、ようございました。しかし、これから王都から離れるに従い、治安は乱れて参りますし、魔獣や魔物が増えて参ります。夜盗の類もおります。より慎重な行動と警戒をお忘れになりませぬように」
「はい、わかったわ。気を付けます」
トルイジンのキャンプ場を出発してしばらくは見渡す限りの麦畑が広がる代わり映えのしない風景が続いていて、つい気が緩んだのか眠気が押し寄せてきた。御者席の横でぼおっとしている内に意識が怪しくなり気が付いたらというか、気が付く前に座ったまま爆睡していた。
寝ている間に正午となり巨大な岩の脇でお昼休憩をして、午後からはシャルロッテが御者席に座り手綱を持ち、タレスが隣に座った。
手綱を握っていても、基本馬が自分で判断して道を歩いてくれるので道から外れる事は無いので御者にはする事がないので必然的に退屈になってくる。
「ねぇタレスさん。なんで今回あたしの護衛に選ばれたの?」
ずっと、前方を見つめていたタレスはビクッと反応したものの下を向いてしまった。別段難しい質問をした訳でもないのに下を向いたまま固まってしまった。
「あたし、嫌われてるのかなぁ」
すると、又ビクッと反応てから、頭を左右に振って居る。別に嫌われた訳では無い様なのだが口を開きたくは無い様だ。謎だ、いったい何なんだろう。爺も特に何も言わないから、ほっといた方がいいのかもしてない。だが、そうなると、間が持たない。退屈だ。何か起こらないかしら。
つい、ぶつぶつと呟いていた。
街道に人影は無く、景色も出発からずーっと道の両側は延々と続く麦畑しかなかった。十五になったばかりの少女には退屈極まりなかった。
次のキャンプ地であるアザンに着くのは日没の頃だと言うじゃない、まだまだお日様は高いし話し相手は居ないし、退屈だわぁ~。
退屈ではあるけど、あの顔面修羅場には現れて欲しくはないわねぇ。あれは結構、もうじゅうぶん満喫したから。夢にまで出たしねぇ。
などと考えている内にアザンに着いたらしい。前方に小さな林が見える。どうやら、キャンプ場は、馬車で一日分の距離ごとに作られている様だ。確かに旅をするのには便利なシステムね。
感心しながらキャンプ場に入って行く。思ったより順調だったせいか、日はまだ高く早い時間のせいか停まっている馬車の数は少なかった。
速度を落としながら、どこに停めようかとキョロキョロしていたら良い場所を見つけた。そこは、周りにはまだ誰もおらず静かそうな場所だった。ここでいいや、シャルロッテはその場所に馬車を乗り入れ、手綱を繋ぐ杭の所で停車した。
ああー着いた着いたと伸びをしていると、爺が起きて来た。
「随分と早く着きましたね」
「うん、順調だったからねー。それにしても、良くピッタリに起きれるわねぇ」
「これがわたくしの仕事でございます。それよりもお嬢様、速度が少々速いようでございますね、もう少し速度を落として走らせてくださいませ」
「ええーっ、早いと駄目なのぉ?」
「あまり早過ぎますと、馬が早くばててしまいます。鞭を打たず、ゆっくりくらいが丁度良いかと」
「そっかぁ、馬の体力まで考えて無かったわ。明日から気を付けるわ」
「宜しくお願い致します」
話している間に、タレスは焚火の準備を始めていた。相変わらず無言だった。
手綱を杭に結び付けるとやる事が無くなったので、社会見学を兼ねてキャンプ場の中を散策してみることにした。他の旅人達がどの様な食事をしているのかが気になったのだけど、いやあ迂闊でしたぁ、ジロジロ見たつもりはなかったのだけど、どうやら物乞いに見られたのか露骨に食事を隠された挙句追い払われたり、少しなら分けてやるぞと言われたり、初めての体験だった。ああ、あたしの事を覚えていた旅人さんも居いたなぁ。トルイジンの姉ちゃんじゃないか と声を掛けられてビックリした。
全体的に、みんなの食事は質素、その一言だった。干からびて固くなったパンに干し肉か具の少ないスープの人達がほとんどで、かちかちのパンをスープに浸して食べて居るさまを見ていると、自分がいかに過保護な旅をしているのか、いかに恵まれているのか、まざまざと見せつけられた気分だった。屋敷に居たら分からなかった事だ、父上はこの様な体験をさせたかったのかなあなどと考えていた。
ああ、そうか。食事をしているとみんなが遠巻きにあたし達の食事をガン見していたのは、あまりに次元の違う食事をしていたからなのかぁ、なんとなく分かった気がする。
次の食事から、内容をもう少し質素にしてくれる様に爺に言おう。
馬車に戻りながら見上げると綺麗な夕焼けで空が一面オレンジ色に染め上げられていた。この分だと、明日もいい天気になりそうだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
小さな山小屋風の粗末な家が小高い丘の中腹に建っていた。家の前にはそれほど広くはない畑が広がっている。中を覗くと床の何か所かに桶が置かれていて天井からの水滴を受け止めていた。ベッドには頭髪がすっかり白くなった老人がうつ伏せに寝ており、その脇には少女が寄り添い背中に手を当てていた。気を送ってでもいるのだろうか、手を当てている辺りは血行が良くなっているのかほんのり赤くなっている。
まだ、二十歳前と思われるその少女は、シルバーのいかにも細いストレートヘアーを腰まで伸ばしていてウエストの所でリボンによって束ねられていた。
その優しく慈愛に満ちた瞳はこの国ではリンデンバーグ家の血を引いた者にしか現れないと言われている赤い色に染め上げられていた。
そう、この少女こそ、アナスタシア・ド・リンデンバーム。熊殺しとも竜殺しとも言われているリンデンバーグ家の双子の姉妹の妹で、ベッドにうつ伏せになって呻いているのは従者のセルヴェンテだった。
「姫様、申し訳御座いません、わたしめがこの様にふがいないが為にご不便をお掛けしております」
「何を言うの?爺。お前は十分に尽くしてくれています。わたくしは不便などとは思っておりませんよ。だから気にしないで、ご自分の体の事を一番に考えて下さいね。それに、王都からも助けが来るそうではないですか。もう少し頑張りましょう。
「なんと、勿体ないお言葉。身に余る光栄に御座います。ところで、先日採用した使用人のメアリーはどうしておりますか?」
「メアリーさんは、この雨の中、街まで買い物に行かれました。雨がやんでからでもいいですよって言ったのですが、真面目な方なのでしょう、行ってしまわれました」
「そうですか。本来ならリンデンバーグ家にお伺いを立ててから雇わねばならなかったのですが、非常時なので急遽雇いました。真面目な娘で本当に良う御座いました」
「はい、わたくしと同い年なので、友達が出来たみたいで嬉しいです」
ベルクヴェルクの修道院は、修道院とは名ばかりで、小さな山小屋の様な佇まいだった。修道女もアナスタシアただ一人で、従者として、ぎっくり腰になったセルヴェンテと先日雇ったばかりのメアリー・ショウジニーが居るだけだった。ちなみに、この修道院で暮らすのはアナスタシアとセルヴェンテのみで、メアリーは街からの通いだった。
不用心と言えば不用心なのだが、この修道院には金目の物が何もない貧乏修道院である事は街に住む人々はみんな知っており、よそ者が盗みに入ろうと夜中に接近した事もないではなかったが、いずれも不慮の事故や魔獣との接触により目的は達せなかった。ある意味強力なセキュリティーに守られていると言える。
聖女様は疫病神?
始まりました。
作品を書き始めて3作目となります。
経験値不足の為、どんな内容になるのか心配ではありますが、精一杯書いて参ります。
拙い語彙力で書き上げて参りますので、暖かく見守って下さりますように。