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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
29/168

29.

 突然のアナスタシア様の突然の宣言に驚いてから、いや驚かされてからと言った方がいいだろうか、我が陣営はてんやわんやになった。

 先の宣言通りアナスタシア様を指揮官としてヴェルダンの丘攻略作戦が開始された。新たに作戦を立案する時間の余裕がなかった為、あたしの作戦にアナスタシア様が乗っかる形とまった。

 まず、新編成の独立任務部隊と弓部隊が密かに丘の左右を登って行った。

 あたしは、アナスタシア様とその様子を見上げていた。

「アナスタシア様、逃げ出して来た敵兵はどうしますか?そのまま逃がしますか?」

「そうですねぇ、わたくしに敵対したのですから全員皆殺しに・・・したい所ですが、わたくしも悪魔ではありません、大人しく逃げるのでしたら逃がして差し上げてくださいな」

「もし、抵抗したら?」

「そうですねぇ、仕方がないですねぇ、その時は、、、だめ、わたくしの口からは申し上げられませんわ。ほほほ」

「わかりました。その辺は忖度させていただいて、天に召されて頂くという事で。天に召される手続きはこちらで行います」

 なんて、緊張感の無い戦場なんだろう・・・。


 ややあって、丘の上に設置された敵の砦の周囲から火の手が上がり出した。それを合図に、二十万の人の群れは少しずつ丘に迫りだした。

 やがて、ちょろちょろと兵が逃げ始めたと思っていたら、武器も防具も投げ打った兵達が怒涛の如く斜面を下り始め、その数は時間と共に増えていって、ほぼ崩壊状態だった。いかに、士気が低く忠誠心も無い兵達だと言う事が、手に取る様にわかった戦いだった。


 頃合いを見て、砦に入ってみると、既にもぬけの殻になっていました。無用の存在になってしまった二十万の兵達には湖畔に展開してペータース軍の生き残りの救助を頼みました。


「アナスタシア様、こちら側の戦いは終了しました。次はサンビト要塞の攻略に移りたいとおもいますが」

「えーと、何か燃やしていぶり出すのでしたわね、お任せしますので、作戦指揮はお願い致します。わたくしは本隊をお連れして先に進みたいと思うのですが、後はお任せしてよろしいでしょうか?」

「えっ?ええ、了解しました。ただ、サリチアへの進撃につきましては、ちょっとお話しがございます」


 カーン伯爵追討軍は、六頭立ての馬車を先頭にサリチアへと進撃を開始した。その豪華な馬車の脇には、聖女の代名詞でもある八首の竜をあしらったリンデンバーグ家の家紋の付いた巨大な旗が付き従っている。

 その後方には、近くに居た手の空いた兵達がぞろぞろと続いていた。この、ぞろぞろというのが、今のこの寄せ集め軍団の内情を表している。

 もちろん、正規の訓練を受けた実力のある兵も一定数居り要所要所を固めているが、そのほとんどは敵国であったはずの帝国から借りた兵達だった。

 戦場に向かって進んで行くそんな一団を見送りながらため息をつきつつも、あたしはあたしの出来る事をしようと意を決しヴェルダンの丘に登って行った。


 丘に登ると湖を挟んだ正面にはマルメディ山地がひっそりとそびえ立っていた。その静かな佇まいとは裏腹に、その地下には延々と続くサンビト要塞が広がっておりその地下トンネルの中には五千とも一万とも言われるカーン伯爵軍が待ち構えているのだった。

 そして、眼下には満々と水をたたえた名も無い巨大な湖が広がっている。ついさっきまで、ディナン盆地だった所だった。カーン伯爵の手によりマース川の堤防が破壊され、その膨大な量の水がこの盆地に雪崩れ込んだ為に出来上がったのがこの人造湖だった。その結果、盆地中央に進出していた十万以上のペータース軍は皆濁流に呑まれ、現在、救助活動を行っている最中なので詳細はまだ不明だが本隊約十万はほぼ全滅してしまったものと思われた。

 なんてひどい事を、とも思ったがこれは戦なのだから仕方のない事と割り切って、作戦の第二段階に進む事にした。あたし達に感傷に囚われている暇はなかった。

 むしろ、伯爵のこの蛮行のお陰で、心置きなく次の作戦の指示が出せると思う事にした。


「アウラ、合図を送って!」

 丘の頂上に急ぎで造られた狼煙台に火が灯された。

 パチパチと音を立てて、火の粉が舞い上がっていく。やがて生木に火が移りもくもくと黒煙が天に昇り出した。

 黒煙の帯は次第に太く濃くなり、無風の為巨大な柱の様に空に突き刺さっていった。


「もう大丈夫ね、みんな撤退よ、支度をして先行部隊を追うわよ。よろしいですね?アナスタシア様」


 振り返った先には、白を基調とした軽鎧に身を包んだアナスタシアが居た。その鎧には細かな細工がしてあって、なんと、その昔聖女イナンナが魔族と戦った時に身に纏った鎧と言われている物を持ち出して来たらしい。

 つまり、先ほど出発した馬車はダミーであり、中は無人なのだった。そりゃあそうだろう、あんな目立つ馬車で先頭を進んでいたら、敵に襲ってくれと言って居る様なものなのだから。

 グッドマン大佐に率いられた、にせの主力の本当の目的は、敵の目と刺客を引き付ける為に派手に動き回る事だった。

 一報、本当の主力は、既にここヴェルダンの丘に集結していて、これよりサリチアに向けて別ルートで向かう事になっていた。


「はい、宜しくお願い致します」


 アナスタシア様をあたしが乗っていたワイバーンの皮で覆われた特製の馬車に乗せ、その周りをブライアン・ロジャース中佐率いるオレンジの悪魔二百騎が固め、更に三百名の帝国兵が護衛に付き、ここヴェルダンの丘を出発した。

 更に、距離を置いてお頭を中心にした『うさぎの手』が周囲を遊弋ゆうよくしている。現在考えられる最善の守りであると自負している。


 ダミーの本隊は街道を真っ直ぐにサリチアに向かって進軍しており、あたし達は裏街道をひっそりと進みだした。

 何事もなければ、四・五日でサリチアに着くはずだった。途中にはサンビト要塞の様な要衝は報告されていなかったので、すんなりと到着するものと思われた。


「お嬢、どうしたの?なんか、ここんところ沈んでなあい?お腹すいたの?」

 サリチアに向かう道すがらアウラが聞いて来たのだが、あたしが静かだと、なぜ空腹に結びつく?あたしって、そんなキャラに見られてたの?ちょっと、ショック。

「違うわよ。なんで、サリチアに向かって居るのか考えていたのよ」

「えーっ!?お嬢、もしかして、耄碌もうろく始まったのお?大変だー--、お頭ぁぁっ、お嬢がぼけたあぁぁぁぁ   うげっ!」

 あたしは、前で馬の手綱を取りつつわめくアウラの首っ玉を捕まえて強制的に黙らせた。

「わめくんじゃない!あたしは正常だっ!」

 しばらく騒いでいたが、大人しくなったので首っ玉を捕まえて居た手を離した。

「はあはあはあ、いきなり首を絞めないでくださいよお、あー苦しかった」

「いきなり騒ぐからよ」

 周りを進んで居る騎士達は、面白そうにあたし達のコントを見て居る。


「なにやってんの?遊びじゃないんだよ!」

 いつの間にか後ろから近寄って来たメアリーに叱られてしまった。

 メアリーは、⦅壁に耳あり、障子にメアリー⦆と言う位で、いつも聞き耳を立てている。

「なんか、しっくりこないのよ、伯爵の動きがさ。王都を奪取する迄の際立った手際の良さと比べて、奪取後の動きがあまりにもお粗末と言うか・・・」

「それは、わたしも感じて居た。指揮官が変わったのではないかと思われる位手際が違っている」

「用意周到に準備されていた前半と行き当たりばったりの後半・・・だろ?(笑)」

 お頭も話に加わって来た。

「もう少しで昼飯だ。色々情報が入って来て居るから、その時に詳しく話し合おう」

 そう言うと、お頭は後方に離れて行った。

 なんなんだろうとアウラと顔を見合わせて居たら、メアリーもどこかに消えて居た。


 大所帯なので、キャンプ地や街には入れないので、街道から少し脇に逸れた広場、敵の接近をいち早く発見出来る開けた場所で交代で食事休憩となった。


 あたし達主要メンバーはお頭を中心にサンドウィッチを片手に地図を囲んで居た。

「まずな、ベルクヴェルクの情報調査室からの情報なんだが、、、。カーン伯爵の影が見えないそうだ」

「えっ?どういう意味?」

「王都を奪取した時には伯爵の影が見え隠れしていたのだが、王都撤退以降は全く影が見えないらしいぞ」

「それって・・・」

「うむ、調査室の見解だと、恐らく伯爵は既に死んでいるとの事だ」

「なんで?どうして?」

「理由は不明だ。恐らく、急に当主が死亡した為、残党は王都から逃げ出したのだろう」

「後を継いでクーデターを完遂させられる跡取りは居なかったの?」

「その様だな。その跡取りは真っ先に逃げ出した様だぞ(笑)」

 あはははと笑いながらふと一つの事に思い至った。

「ねえ、それじゃあさ、それじゃあ、あたし達は誰を追って居るの?誰と戦っているの?」

 帰って来た返事は、お頭にしては歯切れが悪かった。

「うーん、誰なんだろうなぁ。王都を離脱した際、奴らバラバラにばらけたからなぁ」

「って事は、その内自然消滅してくれるレベルなのかな?」

 その場に居た全員は、皆頭を抱えてしまった。

「で、どうするよ?このまま追うか?それとも解散するか?」

「あたしにもわからない。アナスタシア様にお伺いを立ててみようかなぁ」


 すると、例によって例のごとく、アナスタシア様は後ろから忍び寄って来た。

 そして、例によって例のごとく、あたしは悲鳴をあげたのだった。

「うひゃあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「アナスタシア様ぁ、静かに後から現れないでくださいってばあぁぁぁ」

 むだと知っても訴えかける健気なあたしだった。


「話は伺いました。わたくしの判断を申し上げます」

 そこまで言うと周りを見回して言葉を続けた。

「いつまでも戦いを長引かせてはなりません。ここで終わらせたいと思います」

 うんうんとみんなが頷いている。

「皆様には、あと一回。あと一回だけ皆様に魔王になって頂きたいのです。だめでしょうか?」

「それは、どういう事でしょうか?」

 あたしは、みんなを代表してアナスタシア様に尋ねた。

「今回の騒乱の根源はカーン伯爵、でも彼は既に逝去されており責任は取らせられない。としたら、責任を取るべきはその御曹司とその取り巻きです」

「うんうん」

「ここで、一気に雌雄を決したいと思うのですが、いかがでしょうか?」

 突然の発言には流石にビックリだった。周りは、何も考えず・・・なのかハーイ!!と満面の笑顔で手を挙げている。

 すると、今まで黙って居たメアリーが口を開いた。

「それでしたら、ナンシー湖でしょうか?報告によりますと、カーン伯爵の遠縁の者はサリチアに、近縁の者は揃ってナンシー湖に集結しているそうです」

「ナンシー湖?」

「はい、ここから北に進むと国境手前に、ナンシー湖と呼ばれる巨大なカルデラ湖が御座います。その中央に大昔の火山の名残り、つまり活火山時代の山頂が吹き飛んだ跡に流れ出た溶岩で広大な島が形成されております。カーン伯爵は生前その島に堅固な要塞を建築していました」

「そこにみんなで立て籠もったと?」

「はい、その様で御座います」

「それで、その要塞の規模はどんなものなのでしょうか?」

「はい、広さは王都の軽く五倍以上はあるかと」

「それって、ナンシー湖だけで、一つの国家じゃない!」

 アウラが思わず叫んだ。

「それだけ土地があると言う事は、畑を作って自給自足も可能と言う事ですな。水は周りにいくらでもあるし、ほぼ難攻不落ですな。本国からオレンジの悪魔の本隊を呼び寄せますか?なんなら将軍に掛け合って増援の派遣要請をしましょうか?」

 ブライアン・ロジャース中佐もたまりかねて発言してきた。


 暫く考えていたアナスタシア様は、ふいににっこりと笑ってみんなに視線を向けたので、みんなはドキッとしてしまった。

「ナンシー湖に向かい、これを最後の戦いにします。参加する兵力は先程ヴェルダンの丘で編成された独立任務部隊と弓部隊。それに、ロジャース中佐のオレンジさん達にも参加をお願いしてもよろしいかしら?」

「もちろんでございますが、失礼を承知で敢えて発言させて頂くと、あまりにも兵力が少ないと思うのですが。その難攻不落の要塞を攻略するのでしたら、今現在動員出来る全兵力を差し向けないといけないと思うのですが」

「あなたは、、、全面戦争をしたいのでしょうか?」

「えっ?まさか・・・その様な事は」

「今、全軍を向かわせれば、総力戦となり、無数の戦死者が出るとは思いませんか?」

「そ それは・・・」

「わたくしは、少数で出掛けて行き、出来るなら話し合いで済ませたいと思います」

「向こうが話し合いに応じなかった時は?」

「わたくしが直接出向き説得するつもりです」

「それは、あまりにも無謀ですっ!」


 だめだ、アナスタシア様は頑固だから、ああなったらもう聞く耳を持たないだろう事は火を見るよりも明らかだわ。

 あたしは、そっと後ずさってお頭の横に移動して、小声で囁いた。

「お頭、要塞に手紙、届けられる?」

「ん?手紙か?可能だぞ」

「急いで手紙書くから届けてくれない?」

「誰宛てだ?」

「そうねぇ、取り敢えず責任者宛て  かな?」

「そうか、降伏しろって勧告するのか?」

「んーん、ただでさえ頭悪そうなのに、素直にいう事聞く訳ないじゃない」

「じゃあ、どうするんだ?」

「目一杯挑発してやるのよ」

「挑発だとお?そんな事してどうするんだ?」

「貝の様に守りを固めて閉じ籠られたら、お手上げでしょ?必然的に長期戦になるわ。挑発してやれば、頭の悪い奴らだから、我慢出来ずに出て来るかなぁって。それに、血気にはやってくれれば、アナスタシア様も説得は諦めるんじゃないかな」

「そうか。こっちが大軍だったら絶対に出て来ないだろうが、自分達よりも少ないとなれば、出て来やすいか。面白いかもしれんな」

「でしょお?今書くからよろしくぅ~」

「わかった」


 あたし達がひそひそしている間に話が纏まった様だった。

 ナンシー湖攻略部隊は、当初の独立任務部隊と弓部隊そしてオレンジの悪魔。それ以外に一般兵を百人程連れて行く事にした。名目は荷物の運搬と宿営地の設営に食事の準備だが、本当の目的は敵が出て来た際の目印要員だった。目印が無いと敵も出て来づらいだろう。もちろん、アナスタシア様には内緒だ。


 サリチア方面はポール・グッドマン大佐にお任せして、あたし達はナンシー湖に向かう事になった。



 その道中、後方より伝令が来た。サンビト要塞攻略は思いの外上手くいった様だった。

 その報告によると、こんな感じだったらしい。

 あたし達の狼煙の合図を受け取った山男氏達は、手分けして地下通路の入り口で焚火を始めたそうだ。

 その焚火からはもうもうと黒煙が上がり洞窟の奥へとその魔の手を広げて行った。

 魔の手、そもそもその焚火と言うのは、山男氏特製の焚火だった。山男氏特製の薬がこれでもかとまぶしてある薪から出た煙は即効性の毒だった。吸い込んだ者に強烈な眩暈めまいと吐き気、そして強烈な下痢をもたらした。吸い込んだ瞬間、役立たず認定される恐ろしい毒だった。みんな、洞窟から這い出ると恥じる事なくそこかしこでお尻を丸出しにして猛烈な下痢と戦っていたそうだ。

 女は近づくな。なるほど、納得だった。

 サンビト要塞守備隊は一瞬で屍ごろごろとなったそうだった。これは、アナスタシア様には報告出来ないわ。忘れていてくれる事を望みます。はい。

 そこかしこで、お尻を丸出しにして糞尿まみれで悶絶している姿を想像してゾッとしてしまった。あたしだったら生きていられないわ。



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