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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
27/187

27.

 サンビト要塞攻略の第一段階は終了した。

 ここまでは順調で、夜明けを待って敵兵が燻し出されてくるのを待つだけだった。


 しかし、日が登っても山から煙が立ち昇って来なかった。

「どうしたんだろう?見付からなかったのかなあ?どう思う?」

 アウラに聞いて見るが、当然彼女が知って居る訳も無く、二人して途方に暮れてしまった。

「あーあ、作戦の見直ししないと駄目みたいねぇ、時間無いのになぁ」

「お嬢、あたし達で穴探す?」

「う~~~ん、そうねぇ」

 丘の斜面で山を眺めながら思案していると、後ろから声を掛けられた。

「おう、いたいた、ここに居たか。探したぞ!一大事だっ!!」

 丘を登って来たのは、お頭だった。

「正規軍が来るぞっ!どうするっ?」」

「えっ?正規軍?そんなもの、どこから、いや、誰の軍なの?」

 今、王都の軍は壊滅状態だから、まとまった兵は出せないはずよね、いったい誰が?

「えーとな、あの旗印は確かペータース家でなかったかな?親子で来ていたぞ」

 お頭は思い出しながら、そう言った。

「ペータース?あの、腰抜けペータース?」

「いや、日和見ひよりみペータースだろう」

「こうもりペータースでは?」

 みんな、言いたい放題だった。

「あいつらが出て来たと言う事は、伯爵が敗走したとでも判断した?でもって、今伯爵を討てば後々の自分達の発言力がうなぎ上り  そんな所かな?ヴェルの考える事なんて」

「お嬢、良くわかるな」

「あいつは、昔からそうだった。他人の物を欲しがってばかり。決して自分からは動かず、勝敗が決すしてから出て来て権力を傘に欲しい物を奪うのがあいつヴェルナー・ペータースのやり方なの」

「ほうほう」

「親父のオットー・ペータースはその傾向がもっと酷い。最悪な親子よ」

「ふむふむ、酷いのはわかった。それで俺達はどうするよ?」

 一同は、思わず顔を見合わせてしまった。完全に想定外だった。


「そうねぇ、このままだとトラブルは必至だから、、、逃げようか?」

「そうだな。正しい判断だ。とりあえず会わせて一番マズイのは帝国の奴らか。連中は盆地に展開しているんだよな、直ぐに盆地から脱出してもらおう」

「だったら、脱出した後アナスタシア様の護衛に回って貰いましょう。よいですよね?」

「了解した。ああ、それとな、山男達には火を点けるのは待って貰っているからな。必要になったら声掛けてやってくれ、待機してくれている」

「うん、了解」

「俺達『うさぎの手』はガラが悪いから、必ず揉める。先に逃げるからな」

「えっ?逃げちゃうの?」

「大丈夫だ。何かあったら助けてやるからしっかりな」

 そう言うとお頭達『うさぎの手』のメンバーは潮が引く様に消えていった。只、アウラだけは護衛に残ってくれた。

 ヴェルダンの丘を囲んでいた兵達に引き上げる様に指示を出していると、遠くから接近して来る一団が目に入った。

 一団は綺麗に隊列を組んで真っ直ぐとこちらに向かって来ている。先頭に見えてるのはバカボン親子だろう。

 実に見事な隊列を組んでいる。一糸乱れぬ行進とはこの事を言うのだろうか。戦う訓練をしないで、行進の訓練にでも精を出しているのだろうか。

 丘の上からこの見事な隊列を眺めていたのだけど、、、なぜ?

 なぜ?

 なんで?

 どうして?

 何やっているの?


 ずっと見て居るんだけど、一向に近づいて来ない。

 歩いているみたいなのに、全然近づいて来ない。よおく見て居ると、一歩進んで一時停止。一歩進んで一時停止。なんだいありゃ。戦に来ているんじゃないの?宮廷の行事じゃないのよ。本当にあきれる。

 牛歩戦術?なんで、なんで今?

 かっこいいと思っているのかな?

 先頭の二人はこの遠目にもはっきりわかる位派手に飾り立てられていて、まるで狙って下さいと言ってる様なものなんだが、まるで気にも留めていない様だった。


 どの位たっただろうか、のろのろとした一団が目の前に到着したのは一団を発見してから一時間は経っていた。

 先頭を進んで居た貴族が目の前に来ると、、、凄い。まるで成金?ケバイと言うか、とにかく無駄に派手に飾り立てていた。あれじゃあ、敵の襲撃を受けても剣ひとつ抜けないだろうなぁ。

 おまけに、まん丸と出たお腹のせいかふんぞり返っていた。


 丘を上がって来たケバイ男は、あたし達の一団の前迄来ると立ち止まった。

 値踏みをする様な眼つきで一同を見回すと、咳ばらいをした。

「余は誉れ高きペータース伯爵家の当主、オットー・ペータース伯爵である。この部隊の責任者は誰か!」

 物凄く上から目線で威圧的な物言いだった。名乗るのも嫌だったが、黙って居る訳にもいかず渋々手を挙げた。

「あ、あたしが・・責任者 ですが・・・」

「あっ!?」

 大げさに驚いた顔の伯爵様だったが、ふいに冷たい眼差しで見下ろして来た。

「なんの冗談だ?」

 そう言うと、周囲の兵をぶしつけに見回した。

「ふんっ!乞食部隊か。こんな所で何をしている」

 高圧的な物言いで非常に気分が悪かった。

「サンビト要塞を攻略しようと・・・」

「はあああ?   ふんっ!馬鹿か、お前は!ここは、おまえらの様な乞食部隊がどうにか出来る所ではない、すっこんでおれ!ここは、我々の様なエリート部隊でなければ攻略出来ない難所だ。雑魚は引っ込んでおれっ!」

 それだけ言うと、部隊を前進させる様に指示を出した。

「ちょっ、何をしてるんですっ!」

 ディナン盆地に向かって無防備に兵を進めようとした伯爵に、思わず声を掛けてしまった。当然、伯爵は不機嫌さを露わにした。

「素人が口をだすなっ!我々はディナン盆地に陣を張る。それよりも、あの馬車と旗はなんだ!リンデンバーグ家の旗ではないか!」

 しまったぁ、隠すの忘れてたあぁ。

「貴様ぁ、リンデンバーグ家の御旗の無断使用は大罪である。万死に値するのは知っておろう。この者を捕えよっ!」

 わらわらと兵士が集まって来て、あたしとアウラは捕縛されてしまった。

 伯爵の配下の兵の練度は大した事は無く、逃げようと思えば逃げられたが、敢えて大人しく捕まってみた。

 ここで騒ぎを起こすより、伯爵のお手並みを拝見する事を選んだ。


「これより全軍でディナン盆地に進撃して盆地中央に陣を張る!こちらがまとまっていれば、敵も手は出せないはずだ。安心して進撃せよ!」

「あーあ、バカだとは思っていたけど、大バカだったんだね」

「ですねぇ、左にサンビト要塞、右にヴェルダンの丘。その真ん中に入って行くんですからねぇ、挟み撃ちにして下さいと言わんばかりですね」

 あたしとアウラは、檻に入れられマース川の西岸の丘の上にわずかの兵と共に取り残されていた。

 まさに、高みの見物状態だった。ここからなら、兵の動きが手に取る様に見る事が出来る。

「今夜、襲撃されて一気に壊滅かなとも思っていたんだけど、伯爵は夜まで待たないで壊滅する道を選んだみたいね」

「そうですねぇ、本隊は盆地の中央に陣を張るみたいですし、一万位の別動隊が右のヴェルダンの丘に登って行ってますねぇ」

「あんな真正面から、攻め上っても蹴落とされるだけなのになぁ、実戦経験がないのがありありだぜよ」

 またしても、ふいに現れるんだね、このお人は。

「お頭、見張りに見つかりますよ?」

「心配いらねーよ、後方要員は全員買収済みだ」

「あれま、そりゃどうも」

 ほんと、抜かりがないんだから。

「まあな。で、どうする?ここで高みの見物か?」

「それもいいんだけど、打てる手は打っておかないとね。みんなは、どこに居るの?」

「帝国さんは、盆地の出口で待機して貰っている。公国の民兵はヴェルダンの丘の南に退避している。それでな、帝国のデビッド・フォスターって覚えているか?」

「デビッド?デビッド・・・ああ、あのミッドガルズに組していた?」

「そうそう、あの三人組な、聖女様の役に立ちたいって言ってたから、ヴェルダンの丘の南で公国兵の再編成をお願いしている。こっちから合図を送ったらヴェルダンの丘に突入してくれるそうだ。勝手な事してすまんな」

 お頭、全然すまないって顔していないし・・・

「いいよ、みんなで一丸になってやらないといけないもんねー。今夜、戦線が動いたら働いてもらおうかな」

「そうだな、今夜が山場だな。ところで、例の山男氏だがな、出発する際に盆地は標高が低いって言ってたぞ。どういう意味だろうな?」

 丘の斜面で眼下に広がる盆地を眺めながら山男氏の言葉を反芻していた。

「標高かあ。ん?標高?盆地?まさかねえ」

 

 ふーっと大きく息を吐くと、空を見上げた。まさか・・・ね。

「お嬢、どうした?なにか思い付いたのか?」

「うーん、考え過ぎだったらいいのだけどねぇ」


「それで?なにを思いついたんだ?」

 あたしは、お頭達に背中を向け、眼下を流れるマース川を見下ろしながら、ぽつり、ぽつりと話し出した。

「あのね、たぶん考え過ぎだと思うんだけどね、あたしがサンビト要塞の指揮官だったらって考えてたらひとつの可能性が閃いたの」

「可能性?」

「うん。あくまでも可能性ね。でも、こんな事考えつくのはあたしだけかなって」

「なるほど。で、その可能性ってなんなんだ?」

「うん、あれ」

 あたしは、眼下を流れるマース川を指差した。

「「か  わ  ?」」

 二人とも、ぽか~んと川を見下ろしていた。

「そう、この川って川幅広いし、水量も多いよね。ディナン盆地の方が標高が低そうだから、ここの堤防が決壊したら・・・ねぇ」

「なるほどな、随分と大胆な事を考えたもんだ。もし、実行出来るなら凄い事になりそうだが、どうなんだろうなぁ。奴らにそんな事思いつく知恵者が居ると思うか?」

「さあねぇ、あくまでもあたしの独り言だから、、、確証なんかないわよ」

「まあ確かにな。問題は、もし水攻めをするとして、どのタイミングでやるか だよな。ペータースに身の危険を教えてやるか?」

「言っても聞く耳持たないでしょ?それに、伝えに行った伝令も危険に晒されるから、あたしは仲間を危険に晒せないわ」

「お嬢、あの堤防を決壊させるのなら、かなりの人手が必要よ、やるなら夜中でないかしら?」

 うん、確かにアウラの言う通り、あたしも夜中が一番いいと思うわ。

「お頭、あの堤防を崩すとしたら、どのくらいの人手がいると思います?」

「ん?そうだなぁ、完全に崩さなくても亀裂さえ入れれば後は勝手に崩れていくだろうから、五十だな。五十も居ればなんとかなるのではないかな」

「そう。そんなに大勢で堤防に寄せて来れば、、、どうしても目立ちますよね。やはり、考え過ぎでしょうか?」

 その場に居合わせた全員が眉間に皺を寄せて黙り込んでしまった。

「あたしは、ペータースの軍が進軍して来ているのに、一切動かないサンビト要塞とヴェルダンの丘の兵が気になって・・・」

「いいじゃねえか。結果的にこっちの味方の兵は全部安全地帯に退避出来たんだ。貧乏くじはペータースに引いて貰おうじゃねえか。敵の数はまだまだ多いんだ、全部こっちで被ったらたまったもんじゃねえぞ。ペータースもまかりなりにも伯爵なんだから、きちんと仕事して貰って何が悪い?」

「うん、頭ではわかっているんだけどね、死んでいくのは、下々の者だと思うと割り切れないというか・・・」

「ま、それがお嬢のいい所なんだがな。汚れ仕事は俺達が受け持ってやるから細かい事は気にするなよ」

 そう言ってがははと笑うと、こちらに背を向けて丘を降りて行った。

 

 その時だった。

 突然、付近の木に止まっていた鳥が一斉に飛び立った。何事かと身構えると、微かな揺れが感じられ、次第に大きくなって行った。

 そして、低い地鳴りの様な音がした。

「お嬢っ!あれっ!!」

 アウラが口を押さえながら反対の手で川の方を指差している。

 指を差している方を急いで見ると、あろうことか堤防が波打っている。

 いったい何がと思う間もなく、堤防の一部分が不意に消え去った。

 当然、堤防が消え去った後を目指して川の水が押し寄せて行った。そして、あっけに取られて立ち尽くしているあたし達を尻目に、川の水は濁流となって我先にと盆地に向かって怒涛の如く押し寄せて行った。

 あたしたちは、只口を開けてその光景を見守る事しか出来なかった。

「なんてこったい」

 いつの間にか戻って来たお頭が、あたしの後ろで棒立ちになって、その光景に愕然としていた。

「なんてこった、本当にやりやがった。お嬢、敵兵は見たか?」

「んーん、突然堤防が、、、、崩れた」


「お嬢、この際どうやって堤防を崩したかなんて、どうでもいい。敵が動いたって事は、時を移さず次の手に出て来るぞ。こっちもそれに合わせて動かないと後手後手になっちまうぞ」

「あ、、うん。そうだね。うん」

「なーに呆けているんだっ!しっかりしろい!お前がしっかりしないと聖女様の身にも危険が及ぶんだぞ、わかっているのかっ!?」

「わかっているよ、わかっているけど、連絡手段を考えているのよ。戦いの正面はここでなく、ヴェルダンの丘に移行しちゃったからどうやって指示を出そうかと考えているのよ。伝書鳩の用意はしていないでしょ?」

「あ、ああ、今回はちょっとな・・・」

 困るとお頭は、頭をぼりぼり掻くのだった。

「だから、考えているのよ。いっそ馬を飛ばそうか?細かい指示を出したいし、時間かかるけど」

 

「あの丘まで大急ぎで行けば宜しいのですね?」

 振り向くと、竜執事殿だった。

 いつ戻って来たのだろう、何事も無かったかの様にニコニコとしている。


「竜執事さん・・・卵を持って帰ったのでは?」


「はい、一度戻りまして若様を竜王様にお返しいたしました。その上で、お許しを頂いて戻って参りました次第で御座います」


 さて、敵が動いて来た為、風雲急を告げる・・・となるかどうか。



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