26.
「はぁ、何でこんな事になってるんだろう。元々はアナスタシア様の護衛をするだけだったのに・・・」
振り返ると、兵士の隊列が延々と続いている。その中でもひと際目立つあのオレンジの一団は敵対しているパンゲア帝国で最強と言われている”オレンジの悪魔”だ。何故か敵であるパンゲア帝国のククルカン要塞司令官であるハイデン・ハイン将軍が護衛に貸してくれたのだった。何か裏がありそうなのだが、かまって居られない事情があるので大人しく借りているのだが。
今、われわれは、カーン伯爵追討の為伯爵を追って我がシュトラウス大公国北部にある城塞都市サリチアへ向かって居る。サリチアは、カーン伯爵の腹心の部下というか、悪事の片棒を担いでいるベイカー男爵が治めている。本当なら男爵程度があんな城塞都市を治められるはずはないのだが、伯爵の強い押しで城主に収まっていた。今回は、その先行投資が役に立ったのだろう。伯爵の行方は未だにはっきりとはしないが、兵の流れを見るにサリチア行きは間違いではないだろう。
ただ、一旦サリチアに籠城するのはわかるのだが、その後一体どうするのだろう?いつまでも籠城は無理がある。大軍で取り囲んでしまえば、容易に兵糧攻めに出来るからだ。伯爵も馬鹿では無いはずだから、そこん所はわかっているはず。それなのに何故、自分の首を絞める様な事をするのか?
「お嬢?どうしたの?難しい顔をして」
あたしとアウラはハイデン・ハイン将軍から借りた馬でダンデム中だった。前に乗って居るアウラが、黙りこくったあたしの事を振り返って心配してくれている。
「ああ、ごめん。なんか納得いかなくてねぇ、考えてた」
「何がです?」
「なんで、伯爵がサリチアに向かうのかなあって」
「そうですよねぇ、逃げ道がなくなるのに不思議ですね。なんでだろう?」
前に乗って居るアウラが、黙りこくったあたしの事を振り返って心配してくれている。
「解せないよなぁ、自ら墓穴に足を突っ込むなんてなぁ」
腕を組み顎を撫でながらお頭が馬に揺られてやって来た。ちなみに、お頭の愛馬はまるで殴られたみたいに、右目の周りがまあるく痣になっていて、間が抜けていてとっても可愛い顔をしているのだった。
「お嬢は、どう思うよ?」
「うーん、ひょっとしてサリチアに何かが隠してあって伯爵にとって墓穴にならないとか?」
「ほっほー、なるほどな。相変わらず発想がぶっ飛んでいるなぁ」
「そ かなあ?」
「これでも褒めてるんだぜ。いい着眼点かもしれん」
「そうなの?」
「ああ、どう考えてもあんな場所に逃げ込むって、不自然だと思わんか?なんか裏が有りそうなんだよな」
「ふ~ん、ご自慢の情報網でもわからないの?」
お、あからさまに視線をそらした。わからないんだな。
「今、伯爵と親交のある連中の動きを調べている所だから、きっと直ぐに報告が届くはずだ」
「じゃあ、当初の予定通りあたし達は、サリチア手前のサンビト要塞攻略に向かえばいいのね」
あたし達と言うのは、リンデンバーグ家の家紋の入った御旗を先頭に進む伯爵討伐軍の先鋒の事で、御旗に続いて豪奢な六頭立ての馬車が進み、その周りを直衛として五百騎の騎馬隊が護っている。
その後方には十万を超える徒歩の歩兵が延々と続いるはずで、その数は日に日に増えているそうだ。
サンビト要塞というのは、サリチアの手前六百キロの距離にある要塞群の名称で、その辺一帯に広がるマルメディ山地の事を指している。この山地自体は千メートルに満たない山々の集まりでそれ程険しくはないのだが、その山腹全体に掘られた地下通路により、難攻不落の地下要塞を形成しており多くの兵が潜んで居ると言われている・・・らしかった。
なぜらしかったのかと言うと、あたしは、覚える気がなかったので、そのあたりの授業は適当にスルーしていたので、さっぱりわからない。マーサに怒られるだろうなぁ、ばれたら。
あたし達先鋒部隊の目的地は、このサンビト要塞とはディナン盆地を挟んだ反対側に広がるヴェルダンの丘で、ここを奪取して陣を張り伯爵軍と対峙する事になっていた。
サンビト要塞の詳細は未だに不明なのだが、一説によるとマルメディ山地の地下に総延長百キロ以上にもなるトンネルが掘られていて、山のどこからでも部隊を展開させる事が出来ると言う危険地帯なのだそうだ。
つまり、山に攻め込むと、絶えず後方からの奇襲や包囲殲滅される危険が付きまとうという事になるらしい。難攻不落と豪語するだけの事はあるようだ。
あたし達先鋒は、この地区最大の河川であるマース川に到着した。ここで、渡河作戦の準備をしつつ、後続が追い付いて来るのを待つ事にした。
川を見渡せる高台に立ち、物思いに耽っているとお頭がアウラを従えて丘を登って来た。
「おーい、お嬢。ここに居たか。この後、どうするんだ?」
腰に手を当て高台から川の向こうを見て居たあたしは、眼前に広がる壮大な景色から目を離さず、その声に答えた。
「凄いわよねー、この景色。川を渡った先に見える木の生い茂った高台がヴェルダンの丘で、その向こうに広がるのがデイナン盆地 だったっけ?」
「そうよぉ」
お頭に続いて丘を登って来たアウラが答えた。
「そして・・・ディナン盆地を横断した先にあるのが、巨大なモグラの巣、サンビト要塞ね」
「ほう、よく勉強したな」
相変わらず、お頭は褒めているんだか、バカにしているんだか良くわからないんだよねぇ・・・でも、確実にわかる事がひとつ有る。
「地図だと良くわからなかったんだけどさぁ、ヴェルダンの丘ってやばくない?こんな所に陣取ったら、夜な夜な山から這い出て来るモグラに襲撃されて睡眠不足になりそう」
「お嬢が伯爵だったらどう迎え撃つ?」
「そうねぇ、山のどこからでも出て来れるんでしょ?だったら、大規模な戦いは避けて、少数部隊によるゲリラ戦に徹するかな?適当に夜襲をかけたらさっさと逃げる。追われたら穴に逃げ込む。追って来た奴は他の穴から出た兵で背後から奇襲。そんな感じで持久戦に持ち込めば伯爵が逃げる時間稼ぎになるし、こっちはどんどん消耗するしで都合よくない?」
「うんうん、で?」
「やっぱ面倒くさい~。ここ、迂回してサリチアに向かったらダメかなぁ?」
「ダメっ!!」
お頭とアウラが胸の前で腕でバツを作り、力一杯首を横に振って居る。
「駄目なのぉ~?ここで戦いたくないんだけど」
「駄目だ!ここを放置すると後ろから襲われる危険性がある」
「ん~、それは嫌だなぁ。ところで、伯爵はどこに居るの?そもそも、敵の頭だけ潰せばいい訳でしょ?」
「それがねぇ、多分サンビト要塞とサリチアの間のどこかに・・・いる・・・んじゃあないかなあって」
「相変わらず、行方不明なのね」
「えへへ、面目ないです」
「いやいや、アウラには責任ないから」
「で?どうする?このまま突っ込むか?」
「えええええええっ、敵が待ち構えているのがわかっているのに馬鹿正直に突っ込まないわよぉ」
「じゃあどうする?決めるのはお前さんの仕事なんだからな」
「どうしよう?ヴェルダンの丘にはたぶん伏兵が居るわよね、ん-、やっぱ突っ込もうか?」
「「はいぃ???」」
「だって、折角お出迎えの準備をしてくれているんでしょ?じゃあ行ってあげないと ね?」
「本気か?」
「うん、行く。でも、馬鹿正直には行かないわよ」
「狙いは何だ?」
「もちろん、、、モグラ退治。秘密兵器も居るし」
「居る?人か?」
「うん、そうだよ、例の山男氏。それとその仲間さん達ね」
「お前、なに考えているんだ?」
「それで、儂らが呼ばれたか」
振り返ると、いつの間に魔物の毛皮に全身を包んだ一団が立って居た。パレス・ブランでお世話になった山男氏だった。存在感の無い事おびただしい。
「それで、儂らは何をしたらいい?又蜂を使うか?」
「いいえ、もし ですけど、もし可能であるならモグラの穴、それも最も標高の低い所にある穴を探して欲しいのだけど、無理でしたら断っても・・・」
「おぬし、儂らを何だと思っている?そんな初歩的な事居眠りしながらでも出来るわい」
プライドを傷つけられたのか、ちょっと言葉尻がきつかった。
「それは失礼致しました、申し訳御座いません。では、宜しくお願いできますでしょうか」
丁重に居願いすると、少しは満足したのか
「それで、見つけるだけでいいのか?一番低い位置にある穴と限定したって事は、火でもつけたいんじゃあないのか?」
「あははは、全てお見通しなんですね。はい、そこで火を焚いて煙で地下トンネル内の敵を燻して欲しいのですよ」
お頭とアウラは目をパチクリしながら話を聞いている。
「それなら、ただ燻すだけじゃつまらんだろう。儂が良い物を持って居るから任されよ。ただ、女子は山に近づいたらいかんから気を付けよ」
「あ はい」
「それでは、これから出掛ける。夜の内にトンネルの出入り口は確保する。明日、山から煙が上がったら攻め寄せてくれ」
「はい、了解で~す」
丘を下って行く一団をにまにま見送っているとお頭に頭をわしわしされた。
「それで?俺達はどうしたらいいんだ?」
やめてぇぇぇぇ、わしわししないでよおおぉ。
あたしは、お頭の不埒な手から逃げると、少し距離を置いて向かい合った。
「もおおお、髪の毛がぐちゃぐちゃじゃないのよおぉ」
あたしの抗議もどこ吹く風のお頭だった。
「どうしたらいいんだ?」
「もうっ、ディナン盆地に五千潜ませて。残りはヴェルダンの丘を包囲。リンデンバーグ家の旗と馬車には千名の護衛と共にここで待機。あたし達はめどが付いたら先に進む。でいい?」
「馬車は置いて行っていいのか?」
「うん、どうせ囮だしね」
その後、後続の兵にヴェルダンの丘を包囲してもらい、日の出を待つ事になった。
なぜ、女性が近づいたらいけないのかは、謎ではあったが、ここは任せるしかなかった。