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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
25/168

25.

   ◆◆◆◆◆ 数日遡ったシャルロッテSIDE ◆◆◆◆◆


 アナスタシアを追うべく、シャルロッテはイルクートに向かう本隊と別れ一路パレス・ブランへと北上して行った。

 その主力は、四十七騎の騎兵だった。遅れて食料を積んだ荷馬車隊とその護衛も後に続いていた。

 シャルロッテとアウラの乗るひと際大きな馬を先頭に街道を疾走している一団の騎兵達は途中の街で休息を取りつつ情報収集をしていた。

 集まった情報によると、聖女様ご一行は間違いなくここを通過した事を物語っていた。


 そして一行はキャンプ・スノークに到着した。

 後続を待って食事の支度をする予定だった。

「アウラ、聞いた?お頭達、一万を超えていたって」

「ビックリですよねぇ、いつの間にそんな数になったんでしょ?さすがお頭ですぅ」

「まぁ、それだけ味方が集まっているのなら、伯爵に襲われてもなんとかなるわよね?」

「そうですね、お頭が居るんですから、なんとかなると思いますよ。あたし達だって、出発した時は四十七騎だったのに、今では百騎を超えてますしねぇ。後方部隊も着々と増えてます」

「パレス・ブランの情報はそうなってるのかしら?」

「はい、情報はバラバラに上がって来て居るんですけどね、わかっているのは部隊のほとんどをイルクートに向かわせ、少数でパレス・ブランに立て籠もっていると言う事位ですね」

「少数で?何やってるのよお、お頭ぁ」

「あと、直近の情報が入って来ないって言ってますねぇ、現地で何かが起きているのではないでしょうか?こちらも人手が足りないので今は情報待ちですね」

「ええっ!!何かって・・・。こんな事してられないわ、直ぐに行かないとっ!」

「待ってよお嬢!状況もわからないのに現地に突入して、敵に捕まったらどうするつもり?お頭の重荷になるかもしれないわよ。まずは、情報を集めないと」

「でも、、、こうしている間にアナスタシア様に何かあったら・・・」

「お頭が付いているのよ、大丈夫。それにパレス・ブランは元々堅固な城だから大丈夫だって」

「むうう」

「とにかく、明日にはパレス・ブランに着くんだから慌てる事はないですよ。明日に備えて今日は早めに寝ましょ」

「わかった、そうする。それにしてもアウラは何が有っても動じないのね」

 振り向いたアウラは、きょとんとした顔をしていた。

「そんな事は無いですよお。ただ、お頭を信頼しているだけですよ。お頭が居るだけで何も心配いらないんです」

 あたしは、思わず深いため息をついてしまった。

「羨ましいわね。そんなに心から信じられる人と巡り合えて」

「あに言ってるんですかぁ、もっと落ち着いて周りを見てくださいよぉ。お嬢だって周りには信頼出来る人がたくさんいるじゃないですかぁ。みんな、お嬢の為に集まって来て居るんじゃあないですかぁ」

「そうかなぁ。集まって来ているのは聖女様がいらっしゃるからで、あたしなんか関係ないわよ」

「そんな事ありませんって。お頭が手を貸しているのだって、お嬢の事を気に入ったからですし・・・」

「それは無い無い。お頭が手を貸してくれているのは過去に父上との事があったからよ。あたしはきっかけに過ぎないわ」

「お嬢は、なあ~んでそんなに後ろ向きなんです?後ろ向きなのはお頭の顔だけで・・・あっ!今のは無し!無し!ないしょですよぉ」

「あんた、ぽよ~んとした顔してるくせに、時々凄い事いうわねぇwww」

「えへへ、根が正直なもんでして・・・それよりも、伝令  来てますよ」

 街道方向を見ると、兵士が一人ゆるい斜面を駆け上って来るのが見えた。パレス・ブランの情報でも入って来たのか?

 斜面を登り切ってあたし達の所まで来ると、その兵士は息も絶え絶えに報告してきた。

「報告しますっ!伯爵の兵がやってきます」

 来たか。パレス・ブランでなくこちらを先に襲うつもりなのか?

「敵の兵力は?どこまで来ている?」

「はっ、敵の兵力は先頭が二名。百メートルほど後方に三名。少し間を置いて数名のグループがバラバラと走って来ます。先頭は一キロ先迄来ております」

「はっ!?何?二名?三名?何それ?意味わからない」

 思わずアウラと顔を見合わせてしまった。アウラも首を横に振って居る。

「攻めて来たと言うよりも、みんな手ぶらでふらふらになって走って来ていますので、敗残兵ではないかと思われます」

 んーん、なんなんだ?敗残兵?パレス・ブランを攻めたけど敗れて逃げて来たのか?わからない時は本人に聞くのが一番か。

「直ぐに戦闘配備させてちょうだい。そして、敵兵を捕獲して連れて来てくれる?直接状況を聞くわ」

 そう指示を出すと、武器を手に取りアウラと共に坂を下って行った。

 街道迄降りると、五百メートル程先に人だかりが見えた。既に先頭の敵兵が捕獲された様だった。

 次第にはっきりと見えて来た敵兵は・・・なるほど、こりゃあ敗残兵だわ。武器も兜も投げ打って這う這うの体で逃げて来た感じだった。

 引っ立てられた敗残兵は、あたしの元まで連れて来られると開放されたが、そのままへなへなとへたりこんでしまった。

「さて、断首台と無罪放免、好きな方を選ばせてあげる。どっちがお望みかしら?」

 あたしは、優しく微笑み(当社比)ながら問いかけた。それにしても、なんでこんなに怯えきっているんだ?お頭が居る訳でもないのに。

 自分の両腕を抱きしめたままがたがた震えるだけで、こちらの質問が耳に入ってない様だったので、あたしは彼の前にしゃがんでもう一度質問をした。

「ねぇ・・・」

「うひゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 声を掛けたとたん、後ろに飛びすさび頭を抱えてがたがたと震え出した。

 あたしもビックリして尻餅をついてしまった。こりゃあどうしたもんかなと思案していると、後続の敗残兵が次々と捕獲されて来た。やはり、みんな精彩を欠いていて満足に会話すら出来なそうだった。

 そんな中、十二人目の男が辛うじて正気を保っていたので、あたしの前に引き立てられて来た。

 それでも、身体はがたがたと震え、目の焦点は合って居ない様で、黒目が微妙に左右に揺れていた。何度も転んだのか、這って逃げて来たのか全身泥まみれで爪の中も顔も泥で真っ黒だった。

 いったい何をどうしたらこんなに怯えられるの?尋常じゃないわよ。パレス・ブランが心配になってきた。

 

 この十二人目の男は、それまでの十一人とは違ってこれでも多少はまともな様だった。多少は・・・。

「ねえ、あんた。何があったの?パレス・ブランから逃げて来たんでしょ?」

 声を掛けられて、ビクッと身体を震わせると虚ろな目で見上げて来た。

「・・・はち・・・」

「はち?はちって・・・なに?」

「はて?何だろう?」


 この兵士、大丈夫かな?座り込んで放心したまま下を向いて一人でぶつぶつと呟いて居る。

「お嬢、大丈夫かな?こいつ」

 聞いていると、同じ事を繰り返し呟いていた。

 聞き取れた内容は、はち 赤い 巨大 大群 の四つだった。

 はち って、蜂?鉢? はちが赤い?巨大で?群れ?

 巨大な蜂?なんなの?そんなの居るの?聞いた事ない。


「ねぇ、赤い蜂の巨大な大群って  なに?」

「んー、あたいも初耳ですぅ、なんなんでしょう?」

「考えていてもしょうがないわ。もう日が暮れるから明日の夜明けに出発しましょう。ただし、何が起こっているのか皆目見当がつかないから、速攻で逃げられる様に騎馬だけで行きましょう。お頭なら蜂相手でも後れは取らないでしょ?」

「うーん、熊や狼なら遅れは取らないと思いますが、蜂は・・・わかりません」

「だよね。とにかくみんなに伝えて、明け方に出発すると。あたしは寝るわ」


 それから数時間後、まだあたりは漆黒の闇につつまれていたが、キャンプ・スノークの一角には既に約百騎の完全武装の騎兵が集まって居た。

 いつでも逃げ帰れる様に、完全武装ではあるが、余計な物は所持して居なかった。

 そして、ひと際大きな馬に騎乗したシャルロッテとアウラを中心に、騎兵の一団は物音も立てずにキャンプを出発した。おそらく、キャンプで寝ていた他の誰にも気付かれなかっただろう。


 一行は街道を一路パレス・ブランに向かって進撃して行った。途中、何名かの伯爵の敗残兵を捕獲したが、有用な情報は入手出来なかった。

 空が白み始める頃、疾走する一行の前方に聖神マルティシオンをあがめたてまつる総本山であるパレス・ブランを擁するアルドラ山が朝日を浴び光り輝いているのが見えて来た。

 遠目に見る限り、平穏無事な印象で、戦いの真っ最中な感じはしなかった。

 一行は用心しながらも、街道を進んで行った。次第に日は昇って行き、辺りが次第にはっきりと見えて来た頃パレス・ブランのあるホワイト・ロック丘陵の麓に到着した。

 丘陵の下から見上げた限り、なにも変わった所は見受けられなかった。

 ここで、見て居ても埒が明かないので、意を決したシャルロッテは丘陵を登り始めた。が、登り始めて直ぐに異変に気が付いて立ち止まってしまった。

 まず、最初に気が付いたのは臭いだった。清々しい草原の臭いでなく鉄臭く生臭い臭い。それも、記憶に有る臭い。

「この臭い!これって・・・」

 兵の一人がそっと近寄って来た。

「これは、血の匂いですな。それも大量の・・・」

「みんなっ!周囲を警戒してっ!なんか変よっ!」

 兵達は即座にシャルロッテを中心に輪形陣を敷いた。そのまま、暫く周囲を警戒している内に丘に日が射してきたが、更にギョッとしてしまった。

 朝日に照らされた丘の斜面には大量の  というか、大勢の武装した兵の亡骸が転がっていた。

「なんなの?これは・・・」

「見た所、味方ではありませんな。これはカーン伯爵の兵ですぞ。攻め寄せて、返り討ちにあった感じですな」

 別の兵が近寄って来た。

「しかし、これは異常ですよ。頭や手の無い五体満足でない兵が多すぎます。それも斬られたのではなくどうやら食いちぎられた感じですよ」

 最初の兵が更に異常な事に気が付いた。

「五体満足な兵も、全身が赤紫に腫れ上がっています。これは、毒ですかね?それも、かなり強力な毒みたいですね。それもほぼ全員毒にやられているとはどういう事でしょうか?」

「うちら『うさぎ』は、こんな毒は持ってないよ。初めてみるよ」

 アウラは、困惑した感じだった。

「このままここにいたらマズいんじゃないの?あたい達もこんなになっちゃうんじゃないの?」

 アウラの疑問ももっともだ。

「みんなっ!ここに居てもしょうがないから丘を駆け上るよっ!」

 シャルロッテの号令一下全力で丘を駆け上り始めた。次第に、前方にパレス・ブランを守って居る第二宮殿であるアルドラ・パレスがはっきりと見えて来た。その城壁の上には多くの兵士が動いているのが見えて来た。良かった、落城していなかったみたいだ。

「みんな停まってっ!このまま押し寄せたら敵だと思われて攻撃されるわ。みんなはここで待機。あたしが行って来るわ」

「いやっ、それは危険です。ここは自分が行きます」

 随伴の騎兵が名乗り出てくれた。

「大丈夫、あたしに任せて。みんなは、何かがあった時に備えていてね。アウラ、行くよ。心を真っ白にしてね。何も考えたら駄目だからね」

「あいあい」

 あたしは、一頭だけでゆっくりと正門に進んで行った。まだ、矢は飛んで来ない。向こうも様子見をしているのだろう。

 二百メートル

 百メートル

 五十メートル

 まだ、大丈夫だ。城壁の上からは大勢の兵があたしに向けて弓をかまえて居るのが見える。手が汗でびっしょりになってきた。

 三十メートル迄近づいた時正門の上から声が掛かった。

「何者かっ!名前を名乗れっ!」

 声を掛けてくれてほっとしちゃった。

「あたしは、そっちに居るムスケルのダチだよ。パレス・ブラン防衛の支援に来た。門を開けてくれると嬉しい」

 城壁の上の兵達はお互いの顔を見合っている。困惑している?

「お嬢?本物のお嬢ですかい?」

「本物だよ。ベルクヴェルクから馬を飛ばして来たんだよっ!」

 どうやら、『うさぎ』のメンバーらしい。

 城壁の上がざわざわしてきたと思ったら、ひょこっと懐かしい顔が見下ろして来た。ムスケルだ。やっぱり無事だったんだ。

「おお、嬢ちゃんか。イルクートはどうした?」

「みんなに任せて来たよ。こっちの方が重要度が高いんでね」

「ほう、そんなに俺が重要かい(笑)」

 相変わらずふてぶてしい物言いだ。

「んな訳あるかいっ!!重要なのはアナスタシア様に決まって居るだろうがっ!!そんな事よりさっさと門を開けなさいよ!」


 パレス・ブラン入場後そのまま、主要メンバーが集まっての情報の交換会となった。

「イルクートはどうなってるんだ?」

「うん、みんなに任せて来た。あっちは凄い事になっていたからあたしは居なくてもいいかなあって(笑)」

「そうなのか?」

「うん、あたしも直接見た訳じゃないんだけど、イルクートの伯爵兵達がみんな次々に降伏しちゃったんだって」

「ほう」

「でね、もう既に周囲には敵対する対象は居なくなったんだって」

「それは良かったな。こっちも一息ついた所だぞ」

「そうそう、それなんだけど、一体何があったの?丘が凄い事になっているんだけど」

「ははは、確かに凄い状況だったぞ!話しても信じられないだろうがな」

「なんか、聞くのも怖い気がするんですけど・・・聞くの辞めようかなぁ」

「をいをい、なにしおらしい事言ってるんだ。とにかく凄かったんだからな」

 すると、ムスケルの参謀のオグマがニヤニヤしながら爆弾発言をしてきた。

「そうなんですよ、あのお頭が青い顔して膝をガクガクさせてたんですから(笑)」

「ちっ ちげーわっ!!そ そんな事ねーからな、それは間違った情報だからなっ」

 そう言うと、ムスケルはそっぽを向いて膨れてしまった。その膨れぐ合いから真実である事がありありなんだけど。

「実は先日二万からの伯爵軍の兵に襲われたんですよ。来る途中、丘の斜面でご覧になったと思いますが・・・」

「えっ!?二万?良く凌げたわねぇ」

「はい、敵兵を壊滅させたのは、お頭でなく・・・なんと、昆虫なんですよ」

「こんちゅー?こんちゅーって、ムシ?」

「はい、虫です。それも、人間の子供位ある真っ赤な毒蜂の群れですね」

「ちょ ちょ ちょっと待って!人間の子供位有るって、それ、既に蜂じゃないでしょうに。そんな蜂が居るだなんて聞いた事無いわよ」

「ええ、我々も実際に見たんですが、未だに自分の目が信じられません。あれは、悪夢でした」

「そんな巨大な蜂がこの近くに住んでいるって事?なんで、みんなは襲われなかったの?」

「最初の質問の答えですが、蜂はこの山全体にに生息しています。生息数は・・・たくさんとしか」

「たくさん・・・ね」

「襲われなかったのは、パレス・ブランに居たから。ここは、聖域の様ですとしか説明ができません・・・」

「その通りです」

「えっ?」

 振り返るとそこにはアナスタシア様が立って居た。

「アナスタシア様~、よくぞご無事でっ!」

「みなさんもご無事で安心しました」

 挨拶を交わすとアナスタシア様はあたしの向かいの席に腰を下ろした。そして、真っ直ぐあたしを見つめながら話し出した。

「ご存じの通りこのパレス・ブランは聖神マルティシオン様をあがめたてまつる総本山になります。アルドラ山は聖なるお山として、何百年もの間人間を寄せ付けませんでした。一切人が入らなかったのです」

「はい、その辺は理解しています」

「わたくしも詳しい経緯は知らないのですが、現在わかって居る事は、このアルドラ山に生息している生きとし生ける者は全て猛毒を持っている事。手を出したら、必ず出した本人にマルティシオン様の天罰が下る事。そして、このパレス・ブランとアルドラ・パレスの城壁の内側に居れば襲われない事。以上が現在わかって居る全てになります」

「はぁ」

「ちなみに、あのレッドガーディアンと呼ばれる巨大な軍隊赤毒蜂ですが、同族意識がとても強く、もし群れの一匹に対し少しでも危害を加えようものなら、お山に住んでいる全ての仲間の蜂を敵に回す事になり、滅びる迄攻撃を受けます」

「そ それじゃあ・・・」

「ええ、今回の騒動もそんな彼らの習性を利用したものでしょう。誰がやったのかはわかりませんが・・・」

 そう言うと、アナスタシア様はお頭に冷ややかな視線を送って居た。

 当のお頭は、そっぽを向いて冷や汗をながしている。


「わたくしは、聖女ではありませんが、リンデンバーム家の者として殺し合いを肯定することも推奨することも容認することも出来ないのです。ですが、これ以上多くの民が血を流し続けるのを見て見ぬふりは出来ません」

 そこまで一気に話されると、アナスタシア様は立ち上がりゆっくりと窓の方に歩いて行かれ、しばし目を伏せ何かをお考えになっていましたが、意を決した様にこちらに振り向きました。その眼差しは、なにか吹っ切れた様で強い意思の力を持っておりました。

「過去の歴史を紐解くと、代々続く我がリンデンバーグ家において、双子は一度しか生まれておりません。その時は暗黒の時代と言われておりまして双子の内のお一人であるイナンナ様が生きとし生ける者を率いて魔族と戦われ、没後このアルドラ山で眠られていらっしゃるという言い伝えがあります」

 室内は静寂に包まれ、物音一つしなかったというか、些細な音すら出す事をはばかられる様な、そんな雰囲気だった。みんな、音を立てない様に唾を飲み込み、次のお言葉を待って居た。

「わたくしが今、この時代に双子として生まれて来たのには、なにか大きな意思の力が働いて居る様な気がするのです。たとえ僅かでも血が流れる事はわたくしは好みません。ですが、この胸の奥で何かが囁いているのです。自分の成すべきことをせよと。今、この瞬間にもです」

 その瞬間、アナスタシア様は懐に手を入れられ、出て来た右手には小さな、小さくても存在感のあるナイフが握られていた。

 その場に居たみんなが指一本動かせずに居るその一瞬にそのナイフは鞘から解き放たれ鋭い輝きと共に宙を舞った。

 

   ザクっ  


 次の瞬間、アナスタシア様の腰まであった銀がかった灰色の髪が頭部から離れてその華奢な左手に握られて居た。

 あたしは、まばたきすら出来ずに、ただただその光景を瞳に焼き付けて居た。他のみんなもきっと同じだろう。


 すると、髪の束をあたしの方に差し出して微笑んできた。

 な なんだろう・・・


「シャルロッテ様、どうか可哀想な民の為にわたくしにお力をお貸し願いませんでしょうか?なにも見返りを差し上げられないのが心苦しいのですが・・・」

 そう言われて頭を下げられたら、あたしとしては選択の余地なしなんですけどお。

 あたしは、席を立ち、テーブルを回りアナスタシア様の面前で膝まづいた。

「お任せ下さい。ここに居る全ての者はアナスタシア様を旗頭に仰ぎ、全身全霊をその御身の為投げ打つ所存に御座います。特に、ここに居るムスケルなる者は殺しても死なないアンデットの様なスキルを持っておりますので、どんどん無茶な任務をお与え下さい」

「げっ!お前、なに無責任な事を言いやがるんだ。誰がアンデットだ」

「あんた。だって、あんたが頭を落とされても誰も死ぬとは思わないわよ」

 その場に居た、『うさぎ』関係の者は皆下を向いて声を殺して苦しそうに笑っている。周りを見回しても、誰も反論してくれない状況に、ムスケルはがっくりと俯いてしまった。

「ほほほほ、ムスケル様は頼もしいお方なのですね、ぜひ頼りにさせて頂きますね。今後とも宜しくお願い致します」

 そう、アナスタシア様に言われてしまっては、お頭としても反論出来なかった様で、

「勿体ないお言葉に恐縮の至りではありますが、一応これでも人間なんでしてね、一応頭が取れたら死にますんで、そこんとこ宜しくです」

 そう言って、ぺこんと頭を下げた。

「ふふふ、わかっておりますわ。頭が落ちましたら、速攻でもう一度首に乗せて差し上げますね。そうすれば、又くっつくのでしょ?」

 信じて居るのか居ないのか、アナスタシア様は屈託のない微笑みを浮かべていらっしゃる。

 いよいよお頭は、がっくりと肩を落としてしまい、室内は和気あいあいとした雰囲気に包まれていた。


 が、突然、それまでの悪戯っ子の様な表情とは打って変わって、厳しい表情をしたアナスタシア様はみんなを見回した。

「これから国土を開放したく思います。一日も早く民を安堵させてあげたいのです。どうか、わたくしに皆様のお力をお貸しくださいませ。わたくし一人では、何も出来ません」



 こうして、カーン伯爵追討軍が組織される事になった。

 追討軍立ち上げの地、ここパレス・ブランから全国に檄が飛ばされ、イルクートを始めとして各地から国の未来を憂う有志がパレス・ブランに続々と集まって来た。

 数日後、リンデンバーグ家の旗を押し立てた先発部隊は巨大な奔流の様な人の流れとなってパレス・ブランを出発して行った。

 その先頭には当然ショートヘアーになったアナスタシアの姿があった。



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