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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
22/187

22.

 翌朝、マシューからの報告以外は平和な夜を過ごした一行はドナドナの街を慌ただしく出発した。

 なぜ慌ただしくなったかと言うと、昨夜到着した時点での一行は、五台の馬車と兵五十名だったのだが、その後徐々に兵が集まり始めて、警備担当から報告が上がって来た明け方には広場が無数の馬車と数えきれない兵達で埋め尽くされていたのだった。

 オグマ以下のムスケル直属の者が手分けして把握出来た数は、馬車七十二台、騎馬兵三百名、(騎馬と言っても殆どが農耕馬だった)歩兵に至っては六百名を数え、その集団は街の外にまで広がっていた。

 更に頭を抱えるムスケルに追い打ちを掛けたものがあった。それは、子供を連れたおばちゃん軍団だった。

 二十名を超えるおばちゃん軍団は聖女の嬢ちゃんに直訴を掛けてきやがった。自分達の子供を盾に雇用を哀願してきたのだ。

 大所帯になれば、食事を専門に作る人が必要だと、子供達に嘘泣きをさせて迫って来た。涙を流しながら跪いて手を合わせる子供達に囲まれ懇願されて無下に断れる聖女の嬢ちゃんではなかった。上手い作戦だぞ、これは。そう思った。

 今、初めて思い知らされた。我が軍の最大の弱点は、聖女の嬢ちゃんだ。力技では落とせなくても、涙一つで簡単に落とせる。

「小さなお子さんもおりますし、雇う事は出来ませんでしょうか?」

 そう、うるうるした目で哀願されては、もうお手上げだった。俺には断ると言う選択肢は既に無かった。なし崩しに雇う事になったのだが、直訴して来る前に阻止するんだった、俺としたことが迂闊だった。そう自戒の念に囚われるのに時間はかからなかった。

 しかし、なぜこんな危険な所に子連れでと怪しみ出したのは翌日の昼食の時。そして、やられたのはその夜だった。


 途中の昼休憩の時、食事を作り始めたのだが、作った端から子供達に食べさせている。兵達も子供相手に文句も言えず黙って食べ終わるのを見て居ると腹いっぱい食べた子供たちは次々と烹炊所から去って行き、残ったのは僅かな食べかすだった。

 それを見て居た兵士達が文句を言うと、「まってな、あんたらの分は今から作るから」そう言うと、なにやら作り出したが、子供達の食べて居た肉沢山の美味しそうな料理とは正反対の野菜中心の粗末な料理だった。おまけに量も大人が食べるには少ないものだった。

 再度兵士達が文句を言うと、「材料が無いんだからしょうがないだろう」だった。

 仕方が無く粗末な食事で空腹を満たした兵士だったが、多くの兵は自分で持っていた保存食料で空腹を凌いでいた。

 まだ、肉はあるはずなのにどこへ隠したんだ?

 兵達から怒涛のクレームが上がって来たので、おばちゃん達の元に確認に行ったのだが、「今そんなに食べちまったら戦いになった時に食べる物が無くなるでしょうに!もっと、先の事も考えなさい!ほんっとに男連中ときたら計画性がないんだから嫌になるよ!」と、逆に叱られてしまった。


 そして、その夜だった。

 昼間よりはましな料理がでたが、それでも子供達に食べさせていた物とは質も量も雲泥の差だった。

 兵達の不満は増す一方だった。オグマと話し合って、気の毒だがおばちゃん達は解雇しようと言う事になった。

 聖女の嬢ちゃんが知ったら、うるさいからこっそりと解雇を告げるつもりだった。

 しかし、敵の方が行動が早かった。

 夜半過ぎ、おばちゃん達は姿を消してしまった、子供達を連れて。

 その際、食料を満載した馬車二十台も一緒に持ち逃げしてしまった。まるで、女盗賊団だった。

「なあオグマ、油断してたとは言え盗賊が盗賊に盗まれるとは、いい恥さらしもんだなぁ」

「大変申し訳ありません。お頭の顔に泥を塗ってしまいました」

「しかし、何人も目撃者が居たのにみすみす逃がしたのはどういう事だ?」

「見掛けたのが、軍の連中でして特に気にも留めて居なかったと申しておりました。危機感の無い事この上ないです」

「で?手は打ってあるんだろ?」

「はい、後続の仲間に伝書鳩を飛ばしてあります。食料を回収して来る様にと」

「それでいい。しかし、我が『うさぎの手』から盗みをしよう等と、いい度胸と言うか、命知らずとしか言いようがない」

「最初から食料狙いと思われますが、行動が杜撰ずさんなので、ど素人でしょう」

「ま、ど素人だから俺達から盗もうなどと考えるんだろうな」

「ですね。事の重大さをわかっていないですな」


「そうだな、じゃあ俺達はさっさとパレス・ブランに向かうぞ。食料の確保は任せた」

「はい、その辺はご心配なく」

 オグマの参謀としての能力はムスケルが全面的に信頼を寄せるだけあって素晴らしく、瞬く間に食料の調達を成し遂げたのだった。それも、略奪ではなくあくまでも正当な方法で。

 もっとも、今回の食料調達は聖女様のネームバリューが大きく影響していたのだったが、それを口に出す者は誰も居なかった。


 そうして一行は何事もなかったかのようにパレス・ブランに向かうのだった。


 パレス・ブラン迄あと一日の距離にあるキャンプ・スノークに一行が到着したのはそれから二日の後だった。

 その頃には一行は既に一行と呼べない規模にまで膨れ上がり、軍団規模にまでなっていた。

 騎馬隊は三千を数え、歩兵に至っては民兵を含めるとおそらく一万以上。そう、もう数えきれないのだった。


 彼の率いる軍団は、小さな林と小ぶりの湖から成るこのキャンプ地には収まり切れないので、少し離れた丘陵に展開していた。

 その丘陵地の中央には標高四十メートルとひと際高い岩山がありその偉容はあたりを圧倒していた。

 その岩山のてっぺんでため息をつきつつ頭を抱えて下界を見下ろしていたのは、他でもないこの集団を率いていたムスケルだった。

「なんだかなぁ、数は一杯いるんがなぁ」

「ほとんどが民兵、兵と言えば聞こえはいいが、只の百姓か町人ですから実戦には使えませんな」

「ああ、今襲われたら総崩れだろうな。なぁ、奴ら出て来ると思うか?」

「そうですな。まずは来ないでしょう」

「なぜ、そう言える?」

 オグマは、後頭部をぽりぽりと掻きつつ、苦笑いをしながら二つの理由を述べた。

「二つの理由があるんですがね、一つは、王都を制圧したものの、王族はおろか、政治の中心に居た者をことごとく逃がしてしまっています。こちらに構っている余裕はないはずです」

「なるほど・・・」

「もう一つは、へへへ、今来れれたら、あたしら分解しちまいまさぁ。だから、来るなよとの希望ですな」

「ははは、違えねえ。しかし、どうしたもんかなぁ。いっぱいいても、無駄に食料を消費されるだけだぞ、いっそお帰り願うか?」

「確かに食いっぱぐれた連中が、食料目当てに多数紛れているのは認めます。ですが、今そんな事したら士気に影響しますぜ。軽はずみな事は・・・」

「わかってるよぉ、言ってみただけじゃねえか。愚痴だよ、愚痴」


 下界を見下ろすと集った兵達で丘陵一面が埋め尽くされていた。

 こんなに居るのに戦力として役に立たないって只の足枷でしかないよなぁ。

「なあ、どうだろう、いっそこいつらイルクートに行ってもらおうか?『うさぎ』のメンバーだけなら少人数でもそれなりに戦えるぜ」

「そうですなぁ、イルクートも制圧しつつある様なのでそれも有りですな」

「よしっ、聖女の嬢ちゃんに話をしてくるかっ」


 その足でオグマと一緒に聖女の嬢ちゃんの幕舎に向かった。

 嬢ちゃんは、優雅にお茶を飲んでいた。

「嬢ちゃん、少しいいか?」

 幕舎に飛び込んだムスケル達に一瞬動きを止めたアナスタシアだったが優雅にカップを置いてニコッと微笑んだ。

「いかがなされましたか?」

「うむ、単刀直入に言うが、今集まっている連中ははっきり言って足手纏いなんだ。もし戦いになったら大半が討ち取られるだろう。嬢ちゃんもそれは本望ではないだろう?」

「ええ、それは確かにそうです」

「嬢ちゃんはパレス・ブランに行きたいんだろ?」

「はい、ご迷惑とは思いますが、行って状況をこの目で確かめたいのです」

「うむ、パレス・ブランには俺と配下の腕っこきの者が護衛に付くから安心してくれ。それで、表にいる民兵達なんだが戦いに巻き込まれる前にイルクートに行かせようと思う、いいか?」

「はい、兵の運用につきましては全てムスケル様にお任せ致します。ムスケル様のやり易い様にお願い致します」

 そう言うと又してもふかぶかーと後光が射す様な妙に圧がある馬鹿丁寧なお辞儀である。この圧には、流石のムスケルですらたじろいてしまった。

 何回されても慣れないなぁ。と呟くムスケルだった。


 その後、大半の兵達をイルクートに向かわせ、ムスケル達は『うさぎ』の精鋭である五十名の騎馬隊を引き連れキャンプ・スノークを出発した。

 本来、パレス・ブランのあるホワイト・ロック丘陵が遠目に見えて来るはずなのだが、あいにくと今日は朝から天気が悪く、ホワイト・ロック丘陵は霞んで見えなかった。

 お昼前あたりから黒い雲に覆われ始め、お昼には本降りの雨となってしまった。当然、表で火を焚いての調理は出来ないので馬車の中で保存食を食べる事となった。

 状況はさらに悪化の一途をたどり、降り出した雨は直ぐに豪雨に変わり街道はぬかるみ始め思う様に前進出来なくなって来た。


「お頭、このままだとみんなずぶ濡れで体が冷え切ってしまい体力も急激に失ってしまいます。急ぎどこかに避難させる必要があります」

「わかっている、わかっているが確かこの辺りには身を隠す所が無かったとおもうんだが・・・」

 さきほどから馬車の床に広げた地図と睨めっこしていたオグマの眉間には普段よりも深い皺が刻まれていた。

 そして、おもむろに顔を上げたオグマは口の端を引き上げニヤッと悪戯っ子の様な顔をしていた。

「お頭、この先に秘密の洞窟があるんですが、攻略してみますか?」

「秘密の洞窟だとお?そんなもん、聞いた事ないぞ?」

「丘陵の斜面に開口している横穴なんですよ。少なくとも、雨はしのげますぜ」

「一体なんの穴なんだ?そりゃあ」

「実は、正体不明なんでさあ。誰も正体を突き止めた者が居ないんですよ」

「魔物でも出るのか?」

「さあ、わかって居るのは洞窟の入り口には木の看板が掲げられていて『秘密の洞窟』と書かれているって事だけなんでさあ」

「なんだそりゃ!自ら秘密って名乗るって?子供のいたずらか?」

「由来もなにも、一切不明なんですよ。そそられるでしょう(笑)」

「しかたねーなぁ、乗ってやるよ。行ってみてえんだろ?お前がよ」

「えへへ、既に偵察に二名行かせてますので、報告をお待ち下さい」


 報告を待つ間にも雨は激しさを増して行き、街道は既に馬車が安全に進める状況で無くなってきていた。至る所がぬかるんで車輪がはまって動けなくなり、その度に周りの騎兵が馬から降りてぬかるみから引っ張り上げていた。おまけに急遽出来た川によって街道が寸断されており行く事も戻る事もできなくなっていた。

「こりゃあ、判断誤ったかな。しかたがねえ、左に見える高台の森の中に避難だ。森に入って天幕を張って雨をしのごう」

「了解です。おーい、森の中に避難だっ!全員に通達しろっ!」

 そうして一行は這う這うの体で森の中に移動して、天幕を張り終える頃にはみんな疲労困憊していて、口を開く者もおらず黙って泥だらけのまま座り込んでしまっていた。

 その後も雨はやまず、そんな中偵察に出た二人が能面の様な顔で戻って来た。

「おう、ご苦労だったな。で、どうだった?」

「例の洞窟は、雨水が川の様になって流れ込んでいて、中は雨水で満たされておりました。内部への侵入は不可能です」

「そうか、わかった。雨の中すまなかったな。ゆっくり・・・出来る場所もないんだが、休んでくれ。ありがとうな」

「いえ、失礼します」


 俺はオグマと顔を見合わせた。

「だってよ」

「いやあ、凄い雨なんですねぇ。こんな雨は始めてっすよ」

「俺もだ。たまげたよ」

「仕方がないですね、やむまでここで避難ですかね」

「だな。ま、心配はないと思うが、周りの警戒だけは怠るなよ」


 一行は、いっこうにやまない雨の中、まんじりともせずに夜を明かした。

 翌日は、皮肉にもピーカンで朝からジリジリと照り付ける暑さだった。おかげで街道の泥沼は意外と早く乾燥して馬車の走行が可能となった。

 後れを取り戻すべく、一行はパレス・ブランへ向けて進行を開始した。

 街道は昨夜の大雨の影響で、道路上には倒れた大木やら流されて来た大きな岩やらがそこかしこに転がっており、それを躱して馬車を走らせるのも大変だったが、もっと大変だったのは、昨夜ぬかるみの中を走った馬車が結構いたみたいで、ぬかるんだ道に作られた轍がそのまま乾き、馬車の進行を妨げる大きな要因となって一行の前に立ちはだかったのだった。


 そんな悪状況の中、少しずつ前進をしてパレス・ブランの建物が遠目に見えて来たその時だった。

 右手の崖の下から人の声が聞こえると報告があった。

 大至急、数人が崖の下に下りて行き、声の主の救出にあたった。

 声の主は、なんと『うさぎ』の伝令だった。雨で流され倒れて来た大木の下敷きになって昨夜から身動きが出来ずにいたらしい。

 大木の下敷き状態のまま、濁流のなか辛うじて顔だけを水面に出して一晩耐え忍んでいたらしく、衰弱が激しく話が出来る状況ではないとの事なので、取り敢えず馬車に乗せパレス・ブランに向かう事にした。


 パレス・ブランには昼過ぎに到着した。

 一行が着くと、守りに就いていた百名ほどのカーン伯爵軍の兵士は、自ら投降して来た。みんな、嫌々ここを制圧させられていたらしい。

 聖女の嬢ちゃんを見ると、みんな土下座をして各々その場で懺悔をしてきたのには笑った。

 聖女の嬢ちゃんとパレス内を調べて回ったが、聖女関連の者は誰もいなかった。守備隊の者に聞くと、ここに進駐して来た時には誰も居なかったそうで、パレスには一切の被害を与えなかったばかりでなく、守備隊は建物の中には入らずに、中庭で寝起きしていたそうで更に笑ってしまった。それだけ彼らにとっても神聖な場所と言う事なんだろう。

 さて、笑ってばかりも居られないので、先程助けた伝令の休んでいる救護所に向かった。

「おうっ!どうだ意識は戻ったかあ?」

 大きな声で挨拶をしながら中に入った。介護所と言っても、中庭に出来たテントの一つだった。

 中に入るとみんなが一斉にこちらを見たが、誰一人として声を発しない。なんだ、この異様な雰囲気わっ!

 特にオグマの表情が凄かった。焦燥しきった顔をしていて、あわあわしている、

「どうした?そんなに驚いた顔をしてよ」


「既に手遅れでした・・・」

「はああっ?何言ってやがんだ?手遅れ?お前の顔がか?」

「違いますって!!それはお頭の・・じゃあなくって!」


「そうていがい でした」

「宋 貞害?だれだあ?そいつわ」

「変な漢字でなく、正しい漢字で聞いて下さいよ!」

「だったら、正しい漢字で言ってくれよ。ひらがなで言うから勘違いしちまうんだぜ?」

「なんなんですかっ!訳わかめ~~~っ!!カーン伯爵が王都を放棄しちまったんですよっ!!」

「なんだと?マヂか?」

「まぢです」




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