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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
2/168

2.

 近づく者には、人にでも魔物にでも災いが降り注ぐ疫病神と噂される聖女様と、その護衛に抜擢された15歳のじゃじゃ馬少女の織りなす物語です。

 聖騎士見習い予定の少女シャルロッテが、ドラゴンをも倒す聖女様の護衛として初めての任に就く所から物語は始まります。


 広い廊下を延々と歩いた先にその部屋はあった。重厚で精密な彫り物のしてある大きな両開きのその扉の右横にはこりゃまた大きな看板が下げられている。そこには二列に、”聖堂騎士団司令部”と”シュトラウス大公国国軍総司令部”と彫られている。すなわち、ここは聖堂騎士団師団長であり国軍総指揮官であるシャルロッテの父、シュルツ・フォン・リンクシュタット侯爵の執務室だった。巨大な扉の両側にはそれぞれ一名づつ二名の衛兵が警備に立っており不審者に対する警戒をになっている。もちろん来訪者はここで止められる事になっていた。

 なっていたのだが、そんな事は一切意に関せずシャルロッテは扉に手を掛けた。本来なら衛兵に制止されるはずなのだが、当の衛兵は半分苦笑い状態でそんなシャルロッテを横目でチラ見をしただけで、制止する行動にはでなかったのである。これも日常の事なのであろうか?

 扉に両手を掛けたシャルロッテはその両手に力を込めながら叫んだ。

「父上っ!シャルロッテ入りますっ!!」

 叫ぶやいなや扉をバンッと押し開いた。

 そこには執務室で書類の山と格闘しているこの部屋の主である父のシュルツと、応接セットのソファに大きな体を小さく縮めて座っている海坊主の様な兵士が一人。その向かいには温厚そうな中年の紳士が一人。あれは・・・確か・・・誰だっけ?何処かで見た記憶がある気がするんだけど・・・

 部屋の入り口で呆然と立ち尽くしていると、ふいに低音だが優しそうな声が聞こえた。

「スパーキー、いいお嬢さんじゃないか」

「スパーキーはやめてくれよ、アンディ」

 ああ、そうだ彼はアンディだ アンドリュー・フォン・オルレアン卿。この国の宰相閣下だ。やばいやばい。

「ご無沙汰しております、オルレアン閣下。父がいつもお世話になっております。次女のシャルロッテです」

 あわてて挨拶をすると深々と礼をした。頭を下げた下で舌を出した事は内緒だ。

「これっ!公私混同は厳しく戒めたはずだぞ、ロッテ。王宮内で父上は止めろと教えたのを忘れたのか?」

「あっ!いけねぇっ、申し訳ありませぬ、騎士団長閣下」

 今度は父親に向かって最敬礼をするシャルロッテであった。毎度の事ながら、王宮に来ると謝ってばかりで息が詰まる。だからここには、来たくないんだよなぁ。

「まあまあ、いいではないか、スパーキー。固い事は言いっこなしじゃ」

 宰相閣下が助け舟を出してくれたが、ホッとしたはずみで、又ボロを出してしまった。

「ありがとう、おっちゃんっ!」

「しゃあるろってええぇぇぇぇぇぇっ!!」

 すかさず、父親の雷とげんこつが落ちてしまった。立ち上がったと思った瞬間、もう目の前に来ていて、頭頂にアダマンタイトといい勝負ではないかとも思える固さのげんこつが炸裂したのだった。

「いったあぁぁぁ」

 あたしは頭を抱えてうずくまってしまった。だって、痛いの痛くないのって。いや、痛いんだけど。もう、目ん玉が飛び出すんじゃないかと思ったわよおぉ。

「すまんな、しつけがなって居なくて」

「いやいや、元気が有ってよろしい。この任務には適役だとおもうぞ」

 ん?任務?なんの話し?

「お前はこの国の現在の状況は分かっているな?」

「まあ、おおむねは・・・」

「まあいい。お前にはこの国の命運を賭けた任務に就いてもらう。これからここで話す内容は、第一級の国家機密だ、心して聞く様に」

「機密?」

「結論から言うが、お前には聖女様の護衛に就いて貰う」

「えっ!えっ!?聖女様って・・・あそこにはジェーン姉さまが行って居るはずでしょ?あたしも行くのですか?」

 あ、父様、目を逸らした。今明らかに目をそらしましたよね?なんで?なんでそらすの?

「い いや、そっちの聖女様では無くてだな、その、ほれ、あれだ、うん」

「あれだじゃ分かりません。きちんと仰ってください」

「嬢ちゃんは、もう一人の聖女様の話しは知っておるかね?」

 はっきりしない父様に代わって宰相様が話を継いでくれた。

「もうひとりって、、、もしかして、例の?噂の?あの熊殺しの聖女様?   ですか?」

「そうじゃ。熊どころか、ドラゴンも倒したと聞き及んでおるが・・・」

「聞き及んでって、ドラゴン倒すって、それ、既に人間じゃないでしょう!魔物の一種なのでわ?」

「いや、れっきとした正当な人間の聖女様なのだよ」

「今代の聖女様は双子だったのだよ、世間的には公表されてはおらんがな」

 執務机に戻った父様が話に入って来た。

「姉のエレノア様は聖女としてパレス・ブラン(白の宮殿)に入られて執務に就かれているが、妹のアナスタシア様は聖女様ではなく修道女としてベルクヴェルクの修道院におられる」

「それは知りませんでした」

「ここからが大事な所なのだが、アナスタシア様がベルクヴェルクに居るのは修道女の修行が目的では無くてな。その、なんと言うか・・・」

 ん?今日の父様は、なんか歯切れが悪いのよね、さっきから

「アナスタシア様の一番の任務はだな。極秘中の極秘なんだが、おまえは、ベルクヴェルクの鉱山の事は知っているな?」

「あの、大陸一というアダマンタイトの鉱山でしょ?」

「そうだ、そのベルクヴェルクの鉱山とパンゲア帝国に南北から圧迫されている狭隘部、その一帯をパンゲアの奴らから守るのがアナスタシア様の任務なのだ」

「ち ちょっと待ってよ!確か、アナスタシア様って今年十八よね?そんな少女にそんな過酷な仕事をさせているの?この国は!で、どれだけの兵を率いていらっしゃるの?」

「兵はおらん。彼女一人で守っていらっしゃって   いる」

「はあああぁぁぁぁ?????意味が分からない!たったお一人でパンゲア軍の矢面に立たせてるっていうの?ばっかじゃないの?この国。ばっかじゃないの?この国の軍隊。こんな情けない国なんか、さっさと滅んでしまったほうがいいんでなくて?」

 あたしは、情けない実情を聞いて眩暈めまいがしていた。言うだけ言って、はあはあと荒い息をしていたら、申し訳なさそうに宰相様が口を開いた。

「確かにの、嬢ちゃんが言う通り情けないのは十分判っておるのだがな、しょうがないのじゃよ」

「なにが?どこがしょうがないのですか?宰相様」

 食って掛かったあたしに対して、あくまでも諭す様に語る宰相様だった。

「実際、過去には、数百万の敵をお一人で撃退しておられるのじゃよ、彼女は。これを我々がやると、確実に恐ろしい数の犠牲者を出してしまう事が判っているんじゃよ」

「おひとり   で?」

「そう、おひとりで。彼女には変わった能力があってじゃな、近くに寄る者はもれなく不幸に見舞われるという不思議な能力なのじゃ」

「意味が分からないのですが・・・」

「わたしらにも理解不能なのだが、これは事実なのじゃ。初めてその能力が開花したのは、確か十二歳の頃じゃったかな」

「そうですな、あの時は姉妹一緒にお花見に出掛けられた時だった。護衛を連れて南部にある花の名所に行かれた時だった。ふいに、ゴブリンの群れに襲われてな。油断していたので大混乱になってしまった。そんな時だった、アナスタシア様に向かったゴブリンがつまずいて、手に持っていた槍で前を走っていたゴブリンを背中から貫いてしまったんだ。胸を貫かれた奴は咄嗟に持っていた鉄の剣を振り回したのだが、周りに居たゴブリン数体がその刃に倒れた。倒れたゴブリンに躓いた奴も自分が持っていた剣を自分の腹に刺してしまい、そんな連鎖反応でその場に居たゴブリン約三十頭がことごとく自滅してしまった。その後も似たような事案が発生する様になって、魔導研究所が調べた結果分かった事が・・・」

「悪意を持って近づくと必ず自滅する。悪意が無くても近づくとなんらかの不幸な出来事が起きる。近づいた距離に比例して不幸のレベルが上がる。但し、アナスタシア様の方から近寄った場合もしくはアナスタシア様から二十メートル圏内に居れば不幸は起きない。それが今の所解明されている内容だ」

「再三攻め寄せて来る、パンゲア帝国軍もご多分に漏れず、みんな自滅してしまった。それで、恐れをなして最近は遠巻きに見ているだけなのだよ。原因も分からず味方が自滅するので気味が悪くなったのかもしれんな」

「・・・」

「そんな訳で、アナスタシア様には、かの地に居て頂いているんだよ。護衛を付けようにも、みんな不幸になってしまうのでな、従者を一人だけしか付けて差し上げられないのだ」

「ちょっと待って、その従者は不幸にならないの?」

「これも後から発見された事なんだがな、一部の人間には不幸耐性があるんだよ。その従者もその耐性があったので、お世話をお願いしていたんだが、歳のせいかぎっくり腰になってしまってな、お勤めが出来なくなってしまったのだ。それで治る迄お前に行って貰いたいのだ」

「えーっ、じゃああたしにもその不幸耐性があるっていう事なの?不幸耐性って、すごっく嫌な響きなんですけど」

「そういう事だ。聖騎士団入団の試験をしたろ?その時に一緒に調べておいたんだよ」

「はぁーっ、それじゃあ熊殺しの聖女様って言われてるのって・・・」

「そう、うかつに近寄ってしまった不幸な熊が突然心筋梗塞で倒れるという盛大な不幸に見舞われた結果だな、運悪くその現場を村人に見られてしまって、熊を倒したって噂が広まってしまったんだ。ちなみに、鉱山の裏山にはドラゴンの群れが住み着いているが、以前に一体のドラゴンが血祭りにあげられているのは知っているか?そいつはアナスタシア様にドラゴンブレスを吐こうとして、吐く瞬間にむせったかしゃっくりでもしたんだろう、自分のブレスで肺を焼かれて息絶えたそうだ」

「竜殺しかよぉ・・・熊殺しより凄いじゃん」

「もちろん、一人で行けとは言わん。護衛として、そこにいるタレス軍曹を同行させる。お前に家事は無理だろうから、執事のジョン・Gも連れて行きなさい」

 応接セットのソファーを見やると、じっと黙って座っていた筋肉ダルマがおもむろに立ち上がって、こちらに向かってお辞儀をしている。相変わらず黙ったままだ。変な奴。大丈夫なのかなぁ。

「アナスタシア様は、修道女で通してあるからそのつもりで。お前達も国からの派遣である事は隠して冒険者として行ってもらう」

「どうしてですか?国のお墨付きがあれば移動も宿も楽なのに」

「市中には鉱山奪取失敗の理由というか、秘密を暴こうと、帝国の患者が溢れている。だから、探られない為にもこちらも身分を隠して行く。分かったな」

「はーい」

「中庭には馬車を用意させておるから、自由に使っておくれ、路銀も十分に用意したが、もし不測の事態になったら、このペンダントを地元の領主に見せなさい。いくらでも支援してもらえるからの。支度が終わったら出発しておくれ。くれぐれも無理はするんでないぞ、お父上が悲しむからの」

「はーい」

「あ、そうそう一つ疑問なのですが、修道女として派遣されているとの事ですが、実際には熊殺しの聖女様として広く認識されていますわよね?何でですか?聖女である事は秘密なのではないのですか?」

「国としては聖女様であるなどとは一言も言ってはいないのだが、熊を倒したのは聖なる力に違いないと言う事で勝手に噂が広まってしまったのじゃよ」

「なんか、腑に落ちませんがそう言う事にしておきます。聖女様とし認識されて居るのであれは命を狙われそうな気もしますが」

「パンゲア帝国には独自の宗教があってな、独自の神様を擁しているんだ。それ以外の神も崇拝も認めていないそうだ。もちろん、聖女など論外だそうだ。だからアナスタシア様の事は完全に無視してくれている。我々としては大助かりなんだがな。聖女様以外の理由を必死になって捜し回って居るって訳だよ」

「ふーん、変なの。まっいいか」

 納得のいかない様子だが、金属の小さなコインの様なペンダントを受け取り首から下げ、着替える為に下の階へとむかった、シャルロッテとタレスだった。


 町人風の衣装に着替えて通用口に案内されると、そこには一台の馬車が待っていた。王侯貴族の乗る様な豪華さは期待していなかったが、それにしても粗末な馬車だった。街中に普通にどこにでも走っている感じの地味な見た目だった。

「これで行くのぉ?費用削り過ぎなんじゃないのぉ?こんなんで、向こうまで壊れずに走れるのか疑問だわ。タレスだったっけ?あんた、歩きね。だって、あんたが乗ったら底抜けちゃうわよ、これ」

 すると馬車の向こう側から一人の紳士が現れた。やせ型で白髪の多くなった髪の毛をオールバックに固め、蝶ネクタイにピシッとアイロンのかかった黒の上下に身を包んだ初老の人物は、聖堂騎士団直属で王宮において父の身の回りの世話をしている執事長のジョン・Gだった。

「お久しぶりで御座います、ロッテお嬢様。又背がお伸びになられましたか?」

「ひっさしぶりー、爺。元気してたぁ?」

「はい、お陰様を持ちましてこの通りピンピンしておりますよ。お気遣い下さりまして有難う御座います」

 丁寧な挨拶をすると、両手をへその所で組みゆっくりと、そして深々と腰を折ったジョン・Gだった。

「ねぇ、もっとましな馬車は無かったの?こんな馬車じゃ、すぐ壊れちゃうわよぉ」

 足で車輪を蹴りながら、馬車の周りを見て回わるシャルロッテに、諭す様に声を掛けるジョン・Gだった。

「お嬢様?何事も外見で判断してはいけないと、お父上様から教わりませんでしたでしょうか?この馬車のお値段は、ちょっとしたお屋敷が一軒建つ位の製造費がかかっているのでございますよ」

「えっ!?こんな馬車に?どこにそんな無駄なお金掛けてるのよぉ!」

「まず、フレームはアダマンタイト製で御座います。まず、壊れる心配は御座いません。この幌は、ワイバーンの翼の皮膚で出来ていまして、ドラゴンのブレスにも耐えられます。もっとも、幌は耐えられますが、中に居る人間は蒸し焼きになるとは思いますので、その辺は考慮して頂ければ幸いに存じます。これも、危険な地へ行かれますお嬢様への御父上様の愛情とご理解下さいませ」

「・・・はい」

 おどろいた。なんなんだ、このオーバースペックな装備は。非常識だろう。


 驚いていてもいられないので、取り敢えずこのビックリ馬車に乗り込み出発する事にした。

 御者台には、ジョン・Gが座りその隣りにはシャルロッテが座った。タレス軍曹は荷台の荷物の隙間で大きな体を小さく丸めている。なんだろう?自閉症なのか、対人恐怖症なのか、本当に役に立つのかしら?

 他に、王都を出る迄の護衛として、私服の兵士が十名馬車の後に続いた。

 王宮を出た馬車は、目抜き通りをゆっくりと真っ直ぐに南に向かい、王都の中央を東西に貫いている街道にぶつかると東に向かって進路を変えた。街道は王都に近いせいか商隊の馬車で溢れていた。

 しばらく進むと、街の外壁が見えて来た。出入り口の門の所では、馬車の長い列が出来ていて、街から出る為の審査の順番を待っていた。

「ねえ、順番待ちしないとだめなのぉ?役人に話しして、先に通してもらおうよぉ」

 どうもこのお嬢様は、待つとか我慢する事に慣れていないのであろうか?まあ、高貴な部類に分類される家の出なので、致し方が無いと言えない事もないのだが、まだ旅が始まったばかりでこれでは、後が思いやられるとは思うのだが、引率役のジョン・Gは意に介せずにこにこと前方を見据えたままであった。

「ねぇぇ、爺ぃ~」

 しかし、このジョン・Gも聖騎士団士団長自らが使命しただけあって只者ではないようで、甘える様なシャルロッテにも一切表情を変えずにこにこしたままだった。

「お嬢様、お父上様からいわれました事をもう一度思い出して下さいませ。何と言われておりましたか?」

「う・・・・わかってるわよぉ、言ってみただけじゃない」

 ジョン・Gには逆らえないのか、拗ねてみせたシャルロッテであった。

 長く伸びている馬車の列の最後尾に並んだジョンGは前方を見つめたまま静かに語り出した。

「ご存じの通り、関所で徴収する通行税は、国家の大切な収入源となっております。今回大事なのは、王都から出る関所には帝国の間者の目が光っていると言う事です。ここで目を付けられてしまうと後々面倒な事になりますのでここは、耐えて下さいませ」

 年寄りから正論で諭されてしまうと何も反論出来ないところは、まだまだ可愛いシャルロッテだった。

 やる事が無いので長蛇の列を何気なく眺めていたが、ふとある事に気が付いた。列は、徒歩の列と馬車の列に別れていたが、特に徒歩の列に並んでいる人々の身なりがみすぼらしいのだった。役人に通行税を渡したのに追い返される者が多かったのも気に掛かった。

「爺、何で通行税を渡したのに追い返されている人が多いの?追い返されたのに、払った通行税を返して貰っていないみたいなんだけどどうして?おかしくはないの?」

「お嬢様、疑問に思われるのでしたらご自分でお確かめになるのが宜しゅうございますよ。他人の意見も大事ですが、ご自分で見て、聞いて、判断なされる事も大事かと思われますが」

 その瞬間、シャルロッテの顔がぱあっと明るく輝いた気がするのは気のせいだったろうか。

「わかった!ちょっと確かめて来るっ!」

 そう言うと同時に馬車から飛び降りて、追い返された家族の元に走り出していた。

「タレス、すまんが・・・」

 そう、ジョン・Gが言いながら後ろを振り向くと・・・既にタレスは馬車を降り、シャルロッテの後を追って居た。その光景を無言で見ているジョン・Gの表情は満面の笑みを浮かべており、まるで孫娘を見守る爺やの様だった。


「ちょっと聞きたい事が有るのだが宜しいだろうか?」

 しょぼくれて帰路につく家族の元に立ったシャルロッテは静かに声を掛けた。夫婦と小さな子供が二人の決して恵まれていないであろう風体の家族だった。家族は、そのお母さんに手を繋がれている小さな女の子までが、皆胡散臭い表情でシャルロッテの事を見ている。その表情には、恐れとも怒りとも警戒ともとれる感情が見え隠れしていた。

「ああ、あたしは怪しい者ではない。ちょっとお聞きしたい事があって声を掛けさせて頂いたのだが」

 シャルロッテは、驚かせない様に静かにゆっくりと声を掛けたつもりだったが、上から目線での声掛けだったので、声を掛けられた家族は胡散臭い者を見ている感満載だった。

「わたしらに何か用かね?見た所恵まれた家庭のお嬢さんみたいだが、わたしらにはもう渡せるお金も金目の物もないぞ?」

「ああ、いや、あたしは追いはぎでも盗賊でもありません、そんなに警戒しないで欲しい。先程通行税を払っておられた様に見受けられてのに、追い返されていたので、不思議に思って声を掛けさせて頂いたのだ。あなた方に危害を加えるつもりはない」

 まだ警戒感を解かない父親は、今度はふてくされた感満載で返して来た。

「あんたの様に恵まれた環境で育って来たお嬢さんには判るまいよ、国の底辺に暮らす者の事なんてな。これでもな、食事を日に一回に減らして必死でお金を溜めて来たんだ。隣町に住むおっかあが倒れたって言うんで家族で移り住んで面倒を見ようってな。やっと通行税が貯まったんでこうしてみんなで支度をしてやって来たのに、お金が足らんと追い返されてしまった。払ったなけなしのお金も取り上げられてしまった。もう、俺達は野垂れ死ぬしかないだよ。何なんだこの国は!こんな国なんか、滅んでしまえばいいんだ!」

 そこまで一気にまくし立てると、へたり込んで泣き出してしまった。周りの視線が刺さって痛いが、そんな事を気にしている時ではない。

「でも、お金が足りなかったんでしょ?」

 ここで、いままで黙って聞いていた母親がぼそっと口を開いた。

「通行税は足りてたんですよ」

「じゃあなぜ?」

「本当にお嬢さんは恵まれて育って来た世間知らずさんなんだねぇ。通行税以外にワイロを寄越せって言ってきたんですよ。それも、通行税の何倍もの額を。今のわたしらにはそんなお金なんか有りません。お金はそれで全部だっていったらあの役人は、それなら娘を一時間貸せと。まだ十二なんですよ、親としてそんな事出来る訳ないじゃないですか!」

「娘を貸せ?それってどういう?」

 最後には泣き叫ぶ母親に対して、心底分からないと不思議な顔で首をひねるシャルロッテの後ろから野太い声がした。

「む 娘さんを も もてあそぼうと 言う事  です」

「えっ?」

 驚いて振り向いたシャルロッテの目には怒りの表情のタレスが立って居た。

「ほ 本当なの?そんな事、許されているの?ありえない!」

「幸せなお嬢さんだ事。知らないでしょうけど、そんな役人の横暴は、日常茶飯事なんですよ。訴えてももみ消されてしまい、逆にこちらが無実の罪を被せられて処分されてしまいますよ。それがこの国なんですよ。弱い者は搾取されるだけなのがこの国なんです」

「満足しましたか?ここに居たら何言われるか分からないから、あたしらは帰らせて貰いますよ。さぁ、お父ちゃん行きますよ」

 呆然としているシャルロッテを尻目によろよろと立ち上がり帰り出す家族だったが、既に遅かった。門の方から数人の兵隊が掛けて来た。先頭は旅人の様だったが・・・

 あっという間に家族は四人の兵士に取り囲まれてしまった。すると先頭を走っていた旅人がこの家族を指差して叫んだ。

「こ こいつらでさぁ、こんな国なんか滅んでしまえばいいって話していたのは!」

 なるほど、兵士から銅貨を数枚貰っている所をみると、こいつは密告屋なのか。

「おまえら、国家反逆罪で逮捕するっ!さぁ、立てっ!」

 怒りに拳を握りしめたシャルロッテの両肩にそっと手が置かれた。

「お嬢様、どうなさりたいですか?」

 ジョン・Gの声はいつも通り落ち着いていた。

「あの家族 助けたいに決まっているじゃない!!」

「承知しました。お嬢様、お声が大きゅう御座います。さあ馬車にもどりましょう。大丈夫で御座いますよ、あの家族は助かりますし、街からも出られます」

 ジョン・Gはそう優しく言うと、そっと右手を上げた。そして、左手を前方に突き出し親指を立てたまま握りこぶしを作り、その親指を勢いよく下に向けた。すると周りで見ていた群衆の中から次々と若者が現れ家族の元へ向かった。若者たちの一人が役人に話し掛けると、その役人は直立不動で敬礼をしたかと思うと、他の役人を連れて門の方に帰って行った。

「あれは?」

 驚いたシャルロッテだったが、この老執事は何でもなかったかの様に話し出した。

「王都内に限られますが。遠巻きに間者を警戒する為、国軍警備局の諜報部員が二十名、展開しております。彼らに指示をだしますので、後の処理は確実に行われます」

「処理って?」

「まず、己の私利私欲の為に密告したあやつは、財産没収の上懲役刑。本当に国家転覆をしようとしていたならまだしも、何も考えずあの様な家族を密告すると言うのは人の道にもとる行為と言えます。前々国王の発した密告奨励政策の悪しき面が出たと言えましょう。今後是正していかねばなりません。ワイロを要求した役人はそうですな、見せしめの為に首に鎖を付けて広場にさらしてから、囚人として鉱山に送るというのはいかがでしょう?ワイロを要求する役人はまだまだ居りますれば、今後も厳しく罰せねばなりません。あの家族には、迷惑を掛けたのでお詫びに幾ばくかの路銀をもたせましょう」

「あ、だったら・・・」

「はい、判っております。他にもワイロを要求された者が大勢いるでしょうから、役人を締め上げて判る範囲で救済して行きましょう。すべてをカバーする事は叶いませんが、出来る範囲でやって行きましょう」

「ありがとう、爺」

 老執事は懐にあった紙に今の詳細を書き留めて折りたたむとシャルロッテの肩に手を置き歩き出した。歩き出して直ぐ、その紙切れは老執事の手を離れ空中を舞い地面に落ちてしまった。

 すると、人混みの中からさっと一人の若者が駆け寄り、紙切れを広い、又人混みに消えて行った。この男は、シャルロッテ達の護衛をしていた警備局の諜報部員の一人で、この後この紙切れは警備局局長の手を経て国王に迄届くことになり、密告とワイロの件は、国を挙げて取り組む事案となる事をシャルロッテは知る由もなかった。

 何故知る由もなかったのかは、知る由もなかった。


 馬車に戻ると、私服の兵士が留守を守ってくれていたが、ほとんど前進はしていなかった。

「お嬢様、この世の中には、まだまだ今回の様に納得のいかない事象が数多く御座います。正していかなければならない事は、御父上様も国王様も重々承知しているのですが、国の運営をして居りますと、どうしても大局的に物を見なくてはならず、末端にまで目が行き届かない事もままあるのです」

「そんなの、只の言い訳じゃない、困っている人は現実に居るのよ?」

「そうです。ですから小回りの利かない御父上様に代わって、お嬢様に国の暗黒面を正して行って貰いたいというのが、今回の任務のもう一つの目的なのです。旅を通して、その目でしかと見て回って下さい。少数ではありますが、諜報部のメンバーも離れて付いて参ります、彼らの力も頼って下さりませ」

「はぁ、なんかどんどん話が大きくなっていくのね。目立つな、しかし悪い所は正して行け。なんとも矛盾しか感じないけど、今日みたいな事は看過できないから遠慮なくやるわよ」

「はい、ご随意に。面倒な事になりましたら、お父上様に丸投げしてしまえばよろしいかと」

 そう言うと、ウインクする妙に愛嬌のある爺であった。

「ああ、そうそう。言い忘れておりました。これは重要な事なのでしっかりお心に留め置いて頂きたいのでございますれば」

「えっ?なんなの?そんなに大事な事なの?」

 シャルロッテはごくんと唾を飲み込み身構えた。

「お嬢様   わたくしは爺では御座いません、Gです。お間違えになりませんように」

「へ?」

 がくっと、ずっこけたシャルロッテだった。



聖女様は疫病神?

始まりました。

作品を書き始めて3作目となります。

経験値不足の為、どんな内容になるのか心配ではありますが、精一杯書いて参ります。

拙い語彙力で書き上げて参りますので、暖かく見守って下さりますように。


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