187.
雄叫びを上げながらロープを降りて行くお頭に続いて、みんなもフィレッチア要塞に向け、どんどん舷側から飛び降りて行った。
ロープで降りるとは言え、みんなの思いっ切りにはホント感心したわ。だけど、感心ばかりもしてはいられない。あたしも遅れまいと舷側を越えて・・・・行ったのだが・・・。
怖い、怖いぞおおおぉぉぉ!!
まだ地上までだいぶ距離があるじゃないかあーっ!!
船はゆっくりと降下してはいるものの、ロープの先端が地上に届くには、まだ五メートル以上はあった。
あったのだが、だれも躊躇せずにロープの先端まで降りると、どんどんと地上に飛び降りているじゃないか。
あんな高さから降りたら怪我しちゃうよお。
なんて思っていたが、気が付くとロープに掴まっているのはあたしとポーリンだけになっていた。
当然地上からの矢はあたし達に集中して降ってくる事になる。
「姐さーん、このままやヤバイでぇ~、はよ降りんといい的やでぇ!」
ポーリンが叫んでいるが、まさにその通りだった。幸いまだ当たってはいないものの、矢が何本も至近距離を通り過ぎていく。
迷っている時間はなかった。
「ポーリンっ、行くよおっ!!」
あたしは目をつぶってロープから手を離した。この場合、目をつぶるのは最低の判断なのだが、怖かったんだからしかたがない。
地面に叩きつけられる事を覚悟して、竜王様の剣をしっかりと抱え丸くなった。
・・・・?
なんか想像していたのとちがーう。ソフトに着地?したのだ。
おそるおそる目を開けて見ると、あたしはお頭に抱きかかえられていたのだった。あの剛腕も地面に比べたらソフトな感触と言えるだろう。
「アホかあぁぁっ!!なに目をつぶって飛び降りてんだあっ!!」
そう怒鳴られたとたん、身体がふわっと浮いたと思ったら視界がぐるぐると回転した。
あたしは放り投げられていたのだ。地面に激突した際の全身に走る激痛にあたしは思わず悲鳴をあげていた。
「きゃああぁっ!」
「いてててて、何すんのよおおおぉおっ!!」
文句を言おうとお頭の方を見上げると、お頭はすでに八人もの小柄な敵兵に囲まれて戦いの最中だった。
あ、そうか敵兵に囲まれそうになったんで、あたしを放り投げたんだ。
その時、あたしの頭の上で激しい金属のぶつかる音がした。
見上げると、斬りかかって来た敵兵の剣をポーリンが自身の剣で受け止めてくれていたのだった。
いっけねええ、あたしは反射的に横に転がった。
その際、素早く竜王剣を抜いて横に薙ぎ払っていた。
立ち上がった時には、膝から下の両足が無くなった兵士が甲高い悲鳴を上げながら地面を転がっていた。なんとこの兵士、女の子だわ。じゃあ、さっきお頭を囲んでいたのも女兵士だったの?確かに華奢な感じがしたんだけど。
「あかんでぇ、油断したら。ここは戦場やでぇ」
ポーリンに叱られてしまった。
「ごっめーん、助かったわ」
謝りながら周囲を用心深く見回した。
どうやら敵の注意はあたし達の船に向いて居るようで、矢はしきりに上空へと向かって居る。
だけど、打ち上げた矢はじきに落下してくる。実際あたし達の周りにも矢が降って来ている。ここにいたらやばい。
ヤバイはずなんだが、何故か落下してくる矢はあたし達には当たらなかった。意外とああいう矢って当たらないもんなんだなと思って周囲を見て見ると、落下してくる矢に当たった敵兵がバタバタと倒れて居るじゃあないか。
なんで?あいつら、よっぱど運が悪いのかね?
だってさ、迎えうって来ている敵兵の数って、思いの外少ないのよ。拍子抜けする位に少ないのよ。へたしたらあたし達の方が多いのかもしれないのよ。その少ない敵兵がやや広いこの広場に散在しているのよ?それなのに、降って来る矢に当たっているのって、何故か敵兵ばかり。やっぱ運が悪いって思うわよねぇ。
ま、そんな事はいいとして、先を目指さないと。
「ポーリン、取り敢えず建物の中に駆け込むわよ」
あたしとポーリンは、姿勢を低くとりながら要塞の入り口に向かって駆け出した。
入り口は直ぐにわかった。無駄に豪華な門構えをしているからだ。どうぞいらして下さいと言っているようなものだった。襲撃される事は想定していないのだろう。
入り口から数人の兵士が慌てたように駆け出して来た。ちゃーんす。
「一人を残して片付けるわよ。一人は捕虜にするわ」
「わかったでぇぇっ!」
あたし達は、まだ反撃の態勢が整わない敵兵に向かって突っ込んで行った。
女の子が突っ込んで来ても、すぐ敵認定が出来なかったのだろう、身構える間もなく一瞬で四人が切り倒されていた。
残った一人は、まだ若く実戦経験がなかったのだろう、呆然と立ち尽くすだけだった。
ポーリンがさっと駆け寄り剣の切っ先を首筋に突きつけると、へなへなと尻餅をついてしまった。
よし、これなら抵抗せず簡単に兄様達の監禁場所を吐くだろう。
・・・・と、思っていた。
だが、現実は違って居た。
尻餅をついたその兵士は、兵士は・・・失神してしまっていた。
そしてその体の下には水溜まりが広がっていった。
ありゃあ~。なんてこった。おまけにこの若い兵士も・・・女の子だわ、なんで女の子ばかりが最後の砦であろうこの要塞を守っているの?などと悩んで居る暇はなかったのだ。
「と とにかく、中に突入しよう」
「はいな~」
要塞に入ると、そこは広いホールだった。
周囲の壁のそこかしこに設置されている灯りのおかげで、行動に不自由はなかった。
要塞内はあたし達の強襲で大騒ぎになっていると思っていたのだが、このホールには誰一人として敵はいなかった。
出入口はあたし達が入って来た入り口以外には、正面に二か所、左右に一か所づつあった。
地下に行くにはどの通路を使えばいいの?さっぱりわからないんだけど。
でも、迷っていても仕方が無い、今は行動あるのみよ。
「ポーリン、付いて来て!正面の通路から攻めるわよ!」
右手に剣を握りしめたままあたしは走り出そうとした。
その時だった「ちょい待ちっ、足音が聞こえるでぇ、右の通路や」
腰を低くして両手で剣を構えたポーリンは、右の通路の方を凝視している。
あたしも敵の襲来に備え右の通路の方に身体を向けた。その時だった、右側の通路から一人の兵士が躍り出て来た。初めての男の兵士だ。
その瞬間、まるでつむじ風のようにポーリンが音もなく飛び出して行った。兵士に向かって。
殺さないで!と言おうとしたその瞬間だった、悲鳴に似た叫び声があがった。
「うわあぁぁ、待って、待って、味方だあぁっ!」
叫び声の主は、今出て来た兵士だった。
ポーリンは、あっという間に兵士の目の前にまで達していて、斬りつけるぎりぎりの所で停止していた。
「あっぶねぇなあ、危うく斬られるところだったぜえ。地下への階段を見つけたんで知らせに来たんだよ、剣を引っ込めてくれねーか」
よく見ると、確かにリンクシュタット家の装具を身につけていた。どうやら味方だったらしい。
「兄様達は?」
駆け寄りながら問いかける。ポーリンはまだ彼に向かって身構えたままだ。
「わからねぇ、地下に向かう階段を見つけたんで、取り急ぎお知らせに戻っただけでさあ。みんなはもう先に進んでますぜ、急いで来てくだせえ」
そう言ったその兵士は身を翻して、今来た通路に向かって走り出した。
「姐さん、用心してや。まだ、本当の味方かわからへんで」
一緒に駆け出しながら、呟くポーリンはいつになく慎重だった。
「うん、わかってる。あなたも居るし大丈夫よ」
その時のあたしの頭ん中は、兄様達の安否の方が気になって居て、自分の身の安全の事はどうでも良かった。
薄暗い通路をしばらく走ると、そこは小さな部屋になっていた。部屋の中央には階段があり、二人の兵士が待っていた。
「無事戻ったか」
「ああ、姫さん達をおつれしたぜ」
待ち構えていた兵士は階段を指差している。
「地下に向かう階段ですぜ。でっかいおっさん達は、既に降りて行ってますんで、急いでくだせい」
でっかいおっさん・・・きっとお頭の事だろう。「おっさんじゃあねー、お兄さんだ!」なんて言いそうだなと思いクスリと笑ってしまった。しかし、女の子に囲まれていたと思ったのにいつの間にここに来たんだろう。相変わらず謎な人だ。
待っていた二人の兵士はサッと身を翻して階段を降りて行った。あたし達も急いでその後を追う事となり呼びに来てくれた兵士は後ろを駆けて来る。訓練が行き届いているんだなと感心した。
地下一階に降りると、そこも小部屋になっていて左右に伸びる通路が繋がっていた。
どっちに行ったらいいんだ?と思っていると、先導している兵士は躊躇する事なく右側の通路に入って行った。
不思議そうな顔をしているあたしに微笑みかけながら、後ろから来た兵士は壁を指差した。
そこには、何か黒い物で矢印と小さな丸が数個描いてあったのだ。
「矢印は行くべき方向、小さな丸は向かった人数を表しています。さ、急いで」
促されるまま、あたしも走り出した。そんな取り決めがあったんだ。あたしは走りながら感心してしまった。
少し走ると、又小部屋にぶつかった。部屋の中に入ると床に誰かが倒れている。恐る恐る近寄るとそれはフィレッチアの女兵士のようだった。ここも女性なんだ。ひょっとして、ここって男子禁制だったとか?なんて変な事を考えてしまった。
そして、倒れて居る脇には下に降りる階段が口を開いていた。その脇には又矢印と小さな丸が。
「さ、行きますぞ」
先導の二人は迷うことなく階段を降りて行った。
あたし達もその後を追って階段を降りて行く。
階段を降りると地下二階はやや広い通路になっていた。
今までと違うのは、その通路の片側には鉄格子付きの扉がいくつも並んでいたのだった。ここが目的地か?
そのひとつの前にお頭達が集まっていた。急速に心臓がドキドキし始めた。
近寄って見ると、一人の兵士が扉の前でしゃがんで何か作業をしている。きっと鍵を開けているのだろう。
他の扉の前にもしゃがんで作業をしている兵士が居た。
振り返ると、今降りて来た階段の周りには五人程の兵士が剣を構えて階段を見上げて居た。敵の侵入に備えているのだろう。
鍵はなかなか手強そうだった。普段ならお頭が短気をおこして、扉を蹴破るのだろうが、今は大人しく見守っている。
おそらく、元領主の手前手荒な事は控えているのだろう。
それにしても・・・おかしい。なんで誰もいないの?ここに来る間にも一人しか敵兵はいなかった。
他に逃げ道が有って、そこからみんな逃げたのだろうか?
いや、あたし達の襲撃前に人質だけを残して既にもぬけの殻だった?まさかね。もしかして、ここって罠だったってことなの?
なんて考えていたら、声を掛けられた。
「開きましたぁ」
声は一番手前の扉を開けていた兵士だった。
声と同時に駆け寄ると、金属の軋む音とともにゆっくりと扉が開いた。中からはすえた生暖かい空気が溢れ出て来て、一瞬うっとなって鼻と口を押さえてしまった。
扉が開くと同時に鍵を開けていた兵士が身体を引いて、あたしに入るように促してくれたので、あたしはなにも考えず部屋の中に飛び込んだ。
部屋に駆け込んだあたしの目の前に飛び込んで来たのは、藁で造られたベッドに横たわった老人とそれを取り巻く男女数人の姿だった。皆何日も何か月も着替えていないような汚い服を着ていたし、動く度に咽るような腐敗臭がして、思わず眉間に皺が寄ってしまった。
ようく見ると、藁のベッドに横たわっていたのは、かなり歳を取ってしまってはいるが、間違いなくマイヤー兄様だ。あの頃の生き生きとしていた強い眼差しは見る影も無くなってしまってはいるが、間違いなくマイヤー兄様の目だった。やっと会えた。
あたしは藁のベッドの脇まで歩いて行き、感極まるままに声を掛けた。
「兄上様、やっと会えました。ご無事でなによりです」
だが、兄上様も、傍に付き添っているお付きの者?の表情も異様に硬かった。
なんか、まるで親の仇を見ているような目付きだった。あまつさえ、付き人達はあたしと兄様の間に立ち塞がり、しっかりとあたしから守ろうとしているし。
な なんで?どういう事?あたしの頭では、今目の前で起こっている出来事が理解出来なかった。
そんなあたしに、とどめの言葉が降って来た。
「・・・・・だれ?」