185.
長い間お付き合い下さいましてありがとうございます。
練習作であるこのお話は、間もなく終了の運びとなります。
今後は、このお話しに登場したキャラ達が主人公となる話しに移行して参ります。
つたない文章ですが、今後ともお付き合いして頂けましたら幸いに御座います。
では、最後の大騒動、お楽しみ下さい。
あたしは、何もしてないんよ。試し掘りをするために、ただ、ポーリンを真似て剣の先にちょおーっと、ほんのちょっとだけ気を込めて、ほんのちょっと控えめに、短時間、ほんの一瞬気を放出しただけなんだよ。
それなのに、何でこうなるかなぁ。
となりで、ポーリンは腰抜かしているし。
「腰抜かしてなんかないもん。ただ、ビックリしただけなんやから」
お尻の土をパタパタと払いながら、ポーリンは文句を言って来るが、腰を抜かしてへたり込んで居たのはまごう事の無い事実だからね。
改めて正面の壁を見ると、ポーリンの掘った穴は何処にも無かった。
そこにあったのは、あたしが穿ったであろう穴が、あたしが剣を構えたであろう所を中心に掘られていた。その穴の大きさは縦はあたしの身長くらいの高さで、横は両手を横に広げた長さに匹敵していた。
深さは・・・真っ暗で全く見えなかったが、きっとそうとう奥まで掘られているのではないかと思われた。
呆然と穴を凝視していると、ポーリンが穴の探検を主張して来た。
「な、な、気になるやろ?どこまで掘れてるんか気になるやろ?ちょう見てこようや」
もう、完全に興味本位だ。苦笑いしながら同意すると、彼女は手の平の上で練った気を光らせて明かりにしてさっさと穴の中に入って行った。
「もう・・・」
あたしは苦笑いをしながらも、彼女の後に続いて穴に入って行った。
これはあたしが掘った穴なので、得体の知れない怪物は出て来ないので安心ではあるが、やはり狭いトンネルの中をあるくのって、とっても精神を削られるものなんだな。
あたし、閉所恐怖症ではないはずなんだけどなぁ。
などと考えながら歩いて居ると、前方でポーリンが立ち止まっていた。
ここまで掘れたのかぁ、だいぶ歩いて来たなぁ。歩数数えて置けば良かったわ。
失敗したなぁと思っていたが・・・。
「ここまで一万七千歩、約五キロや。ごっつ凄い威力やなぁ、一撃で五キロやでぇ」
「えっ?そんなに掘れてたの?我ながら凄いもんだなぁ」
「すごいですやん、このぶんならトンネル掘りあっっちゅう間におわりますやん。どないします?どうせやから、このまま行っちゃいまっか?」
もう、ポーリンはノリノリだった。あたしも悪い気はしなかったので、このまま継続することにした。
「なんとなくわかってきたから、今度はもうちょっと出力を上げて収束を緩めてやや拡散でいってみようか?」
その時のあたしは・・・調子に乗っていた。うん、間違いなく浮かれていたんだよね。
穴を掘る事に注意がいっていて、荷車が通るんだから地面に水平にって、何度も何度もしつこいほど言われていた事が頭から抜け落ちていた・・・と思う。
再び、『えいやあぁ』と穴を掘った時、あたしは大きなミスに気付かされた。
「あ 姐さん。これまずいんとちゃう?トンネルの床が随分と斜めやで?」
そう、たぶん一回目が上手くいってたので、調子にのってしまい慎重さが欠けていたのだと思う。気を放出する際、ちょっと力が入ってしまい発射の瞬間剣の切っ先がやや下を向いてしまったのだろう。トンネルは水平でなく、先行くに従いどんどん下がって行ってしまっていた。
そんなに急な坂道になったわけではないのだが、確実に下ってしまっている。どうしよう、こんな坂道を荷車を引いて何キロも下るのはきっと無理だ。
ああ~、怒られるぅぅ。どうしよう。あたしは頭を抱えてしまった。
だが、ポーリンは全然焦っていなかった。
「どうせ、もっと穴を広げなきゃならんやろ?だったら気にしない、気にしない、スタート地点に戻って、今度は水平に大きく掘りゃあいいんやww」
あ、そうか。最終的にもっと大きくしなくちゃならないんだもん、後から修正すればいいんだからこんな坂何ていう事はないんだな。焦って損したぁ。
取り敢えず、奥まで歩いてみると、今度は十キロほど掘られていた。合わせて十五キロだ。
だが、問題はそれだけではなかった。トンネルの先端部分に来て見ると、なんと地面がじくじくしていて水が滲みだしてきていた。
「姐さん、これ海水やで。塩辛いわ。海に到達してるんとちゃいまっか?」
「行き過ぎたのかな?もっと手前でよかったんかな?」
「そうですね。手前で横に掘りましょう」
「「うひゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」
突然後から声がしたので、あたしとポーリンは目一杯悲鳴を上げてしまい。トンネル内に悲鳴が響き渡った。
「うるせえぞ!大きな声だすんじゃねー!」
お頭だった。
「頭がぐわんぐわんしますわ」
お頭の後ろから顔を出したのはアドだった。
ふたりはいつの間にかあたし達の背後に立って居たのだった。
「お 脅かさないでよおぉ、心臓が止まるかと思ったわよお」
本当にビックリして心臓がバクバクしてたのだが、ふたりには届かなかった。
「どうせおめーの事だから心臓なんかふたつやみっつは持ってんだろ?ひとつぐらい止まったって困らんだろうがよww」
な そんな訳ないじゃない。あたしだって、心臓はひとつだけだよお。
「姐さんなんだから、心臓なんか動いていなくても困らないですわ。そんな事より、少し戻って横穴を掘りますよ。表への出口が決まったら、トンネルの拡張と途中に空気穴を掘っていきますので、ちゃっちゃと作業を進めましょう」
そんなことって・・・・。みんなひどいなぁ・・・。
「ねぇ、アド?横穴はいいとして、空気穴って?」
「これだけ長いトンネルを大勢が歩くのです、空気穴を開けておかないと、歩きながらみんな酸欠になってしまいます。ですから小さくて良いので、途中に酸素取り込み用の穴を多数掘っておくのですよ」
「酸欠って?初めて聞く言葉なんだけど?」
あたしは、純粋に聞いた事がなかったから質問をしたのに、一瞬アドの口元が上がって見えたのは気のせい?
アドは今来た道を戻りながら、めんどくさそうに口を開いた。
「この大気中には、酸素と魔素が存在しているのです。我々は魔素を体内に取り込む事により魔法の発動を可能としています。一方、酸素は取り込む事によって我々生き物は生命活動を行って居るのです。子供の頃習ったはずですが?」
しまったぁ、あたしは勉強から逃げてばっかりいたから、聞いてなかったかも・・・。
「うち、知っとるでぇ。水の中には酸素が無いから苦しくなるんやろ?」
「そうそう、ポーリンちゃんは賢いですね、ひとつ付け加えると、水の中にも酸素は存在しているのですが、魚しか取り込む事が出来ないのですよ。」
トンネルの壁を撫でながら歩いていたアドが立ち止まった。
「この辺りでいいですかね?ポーリン、ここに横方向に腕位の太さの穴を開けてくれますか?」
「ええよー。ちょっとはなれとってやぁ。ほいっ!」
ポーリンがアドに言われた場所にそっと剣を当て、ちょっと力を込めると簡単に穴が開いた。
「どや?こんなもんで」
ポーリンが後ろに下がるとアドが穴の中を覗き込んだ。
「思った通りですわ。このトンネルはすぐそこが表です」
「どれどれぇ、ああほんまやぁ。表が見えとりまんがなぁ。ほな、直ぐに出口を掘りまっか?」
ポーリンは、もうのりのりだ。テンションが上がっている。
「ああ、まだ待って頂戴。今出口を開けてしまうと蛮族が入って来る恐れがあるわ。今はこのままに・・・ね?」
「あ ああそうやね。わかったわ」
こんな時、ポーリンはとっても素直だ。
「その代わりに、戻りながら同じように穴を多数開けて貰うわよ。そのつもりでね。ただし、今度の穴は真横でなくってやや下向きにね」
「なんでや?真っ直ぐでええやん?」
「万が一、雨が降って来たら、雨水がトンネル内に入って来て、下手したらトンネル内が水浸しになってしまうでしょ?だから、やや下向きにね」
「ええよー、わかったわ。そうするわ」
すこし歩くとアドが立ち止まった。
「ポーリン、ここにお願い」
アドが指示した場所にポーリンがそっと剣を当てる。次の瞬間石の壁に腕の太さの穴が開く。トンネルの入り口に戻りながら流れ作業のように穴あけ作業は進んでいく。
次々に換気の為の穴を掘って行くのだが、その度に穴の太さの感想を言わないで貰いたかった。
だって、掘る度に、『あ、お頭の太さになった』とか『今度はアドの太さだ』とか言うんだもん。
特にいやだったのはさ、「あ、お頭の太さやね」と言った後に出るお頭のダメ出しよお。
「ちげーだろ。その太さはこいつの腕の太さだろーが!」って、あたしの事を指差すのよ、酷いと思わない?可憐な乙女にたいして失礼よ!
「加齢な乙女?」ボソッ
聞こえたわよ、アド。ふんっだ。
そんな事を繰り返しながら、無数の横穴が掘られたのだった。
その後トンネルの拡張工事を終え、部屋に戻るとみんなは既に夢の中だった。
あたしも、なんだかんだで疲れたので寝る事にした。
翌朝、人々の喧騒で目が醒めて、作戦指揮所にしている門番の詰所に行ってみると、大勢の人が忙し気に出入りしていた。
「おはようございます、お嬢」
元気そうにアウラに声を掛けられた。
「オハヨー、アウラ。なんか、騒がしいのね」
まだ、目が開ききっていないあたしは、アクビをしながらアウラの元へとよろよろ歩いて行った。
「なに呑気な事言ってるんだ。もう先頭グループはトンネルに入っているんだぞ。後続のグループもどんどんトンネルに向かって居る」
いきなりお頭にどやされた。
「えっ?脱出は今夜じゃ?それにフィレッチア派の駐屯地だってまだ・・・」
焦って問いただすと、驚きの返事が返って来た。
「あのぉ、昨夜お嬢が寝ている内に、お頭達が単独で駐屯地を制圧しちゃったんですよ。それを見ていた領民達の内、既に準備が出来ている者から我先にとトンネルに向かってしまい。もう、今は領民がトンネルに殺到してしまい、目も当てられない状況になってしまって居るんです。仕方が無いのでポーリンはトンネルの出口を掘りに行っています」
さすがのアウラも憔悴しきっていた。アドは?アドは何かいい手を考えて・・・。
振り返ると、アドは部屋の隅で差し入れのパンをむしゃむしゃと食べて居るではないか。
「・・・!!あどおおおぉぉ、何呑気にパンなんて食べているのよ!この状況、なんとかしないと・・・」
だが、アドは落ち着いていた。
「想定内です」
「想定内?想定してたって言うんなら、何か対策はあるのよね?」
「想定内ではありますが、私はやらかすのはてっきり姐さんだと思っていましたので・・・」
「えっ?あたし?あたしが?」
「ええ、計画の根幹を揺るがすのはいつも姐さんでしたから、お頭がやらかすのは想定外でしたよ。じき出発しますので、姐さんも何か腹に入れておいてくださいよ。今日は長い一日になりますよ」
想定外なのに、落ち着いて居るアドって・・・・。
「想定外も想定内ですので・・・」
もはや何を言っているのか分らなくなってきたけど、とにかく近くにあったパンをあたしも頬張った。
夢中になってパンに噛り付いて居ると、アドがぼそぼそと話し始めた。
「夜間脱出のつもりでしたが、こうなってしまっては致し方ありません。白昼堂々と脱出します。もうじき敵も事態に気が付くはずです、軍隊を出される前に、要塞中央に広がる広大な農耕地を焼き払い、軍隊の進出を阻みます。そして・・・」
「そして?」
あたしは、ごくりと唾を飲んだ。
「我々は船でもって敵の中枢、フィレッチア派が住んで居るであろうと思われる奴の居城を・・・強襲します」
「き きょうしゅう・・・ですか?」
「はい、突撃します。特攻と言っても良いでしょう。ある意味、彼らも気の毒ではあります」
「気の毒?なんでよお、気の毒はあたし達でしょうに」
「天変地異が真昼間襲って来るのですよ?何が起こるかわからないのですよ?こんな不幸な事ってありますか?それに、もっと不幸は私達なのですよ?姐さんはいいですけど、身内でも無い人達を救出する為に命を投げ出す私達はもっと不幸だと思いませんか?」
「あ、うううううう、それを言われたら・・・」
今日のアドは、なんかいつもにも増して言葉がきついんだけど・・・。
「ま、なんとかなるでしょう。脱出する領民から大量の油を分けてもらいましたから、上空から農地に撒いて火を付けてから、突入します」
「はい、よろしくお願いします」
「まず、我々で突入したら、船はここに戻って来ます。ここで、リンクシュタット派の有志を百人ほど積み込んで、増援として再度送り込みます。人質を発見したら狼煙を上げて下さい、迎えに行きます」
「え?ちょっと待って。そんなに送り込んだって帰りは人数が多すぎて全員乗れないわよ、アドなのに何でそんな杜撰な作戦を立てるのよ!?ねぇ、みんな、おかしいでしょ?この作戦」
だが、誰からも返事が無かった。みんな下を向いたままだった。どういう事?これ、どういう事?おかしいでしょ?
「なんで誰も何も言わないのよ?おかしいでしょ?この作戦!」
それでも、室内はしーんとしたままだった。暫くして、お頭が口を開いた。
「いいんだよ、この作戦でよ。予定にない事をして白昼の脱出になったのはよ、俺の責任だ。だから俺は向こうに置いて行っていい、自力で帰って来るさ」
「我々も一緒に駐屯地制圧を手伝いました。我々も残ります、気にしないで下さい」
ジェームズさんまでがそんな事を言い出した。
部屋の入口からも声が上がった。
「おう、嬢ちゃんよ。ワシらリンクシュタット家に長年仕えて来た老いぼれ約百名、当然向こうに残るから気にしないでくれよな。これは罰なんじゃよ、長年仕えて来た領主様をお御守り出来なかった役立たずに与えられた罰、もしくは最後の御奉公じゃ。長年いやしくも生きながらえてきた恥知らずにやっと天から与えられた死に場所なんじゃよ。あんたが気になさる事はないんじゃ。逆に、何の役にも立てなくて申し訳 ありまっせんでしたのじゃ。ここにお詫びを申し上げますじゃ」
そう言うと、白髪に長いひげを蓄えたその老人は深々と頭を下げたのだった。その下げた頭の下の床には水溜まりが広がりつつあった。
「支度がありますのでな、これで失礼致しますじゃ。この皺だらけの首にかけても、お兄様方は必ず脱出させますきに、ご安心下さいなのじゃ。では、これで」
そう言い残すと、素早く立ち去って行ってしまった。あたしは、あまりの事に、なにも言えなかった。
「あの方は、その昔領主様の元で軍の総監をなさっておられた方なのです。ご領主様が捕虜にされてからいつも、悔しい、悔しいと仰っておいででした。やっとご領主様のお役に立てるととてもお喜びだったんです。そのお気持ち、分かってあげて下さい」
泣きながらそう説明するサキさんに掛けてあげる言葉が見つからないあたしって、どんだけ薄情なんだろうか。
「ねぇ、アド。なんとかならないの?あたし、やだよー、最初から死ぬ事前提の作戦なんて」
「なんとか? なりますよ」
「ほんとー!?じゃあ じゃあさ、それで!」
「救出作戦を取りやめればいいだけの事ですが?それでよろしいので?」
「・・・・・・」
みんなの視線がとても痛かったのは言うまでもなかった。
いよいよ、長い一日が始まった。