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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
183/186

183.

 みんなで頭を突き合わせるように要塞内部の地図を見ていると、やがて急ぎ足の足音が廊下に響いて来た。

 サキさんが戻って来たのだろうか?

 静かに部屋の入り口に注目していると、そこに現れたのはシルバーの三つ編みを腰まで伸ばした歳のほどは七十は過ぎているであろう妙齢の女性だった。

 だが、背筋はピンとしていて、肌もつやつやとしており、その眼光の鋭さはまだまだ衰えてはいないと主張しているようだった。

 その女性は、部屋に入ってくるとサッと室内を見回し、一直線にあたしの方につかつかと歩いて来た。

 そして、しげしげとあたしを見つめ、そのまま数秒間何やら考えを巡らしてていのだろうか、いきなりあたしの足元に膝まづいて頭を下げたのだった。

「えっ?えっ?」

 あたしが驚いていると、その女性はうつむいたまま話しだした。

「これはどういう事なのでしょうか?なぜ、あなた様はお歳を召されていないのでしょうか?」

 みんな、息を呑んでその様子を見守っている。

 そんな中、サキさんが慌てて声を上げた。

「お姉様!シャルロッテ様はその方でなく、こちらの・・・」

 だが、そのお姉様と呼ばれた女性はサキさんに優しく微笑みかけ左手でそっと制して言葉を遮った。

「いいえ、私の目は誤魔化せません。まだまだ耄碌もうろくはしていないつもりですよ。間違いなくシャルロッテ様はこちらの方です」

 サキさんは、目がこぼれ落ちそうな位に見開いたまま固まってしまった。

「ですが、なぜ新大陸に転移して来た頃のままのお姿なのでしょうか?」

「えっ?これは・・・どういう?」

 あたしは、頭の中が真っ白になってしまい、どう答えたらいいものか分からなくなってしまったのだが、アドはいつもの通り平然としていた。

「さすがですねぇ。お察しの通りシャルロッテ様はこちらです」

 あら、あっさりと正体ばらしちゃった。

「そうでしょう、そうでしょう。あの頃の面影がそのままなので、すぐにわかりましたよ。でも、なんでこんな妙な事に?」

 ああ、この要塞ではあの転移門の副次的影響については知らされていないんだね。

 でも、あの頃の面影って・・・?え?あたし面識があったの?今から五十年前だから、当時二十代後半から三十代くらいかぁ。だれだろう?

 あたしが必死に記憶をたどっている間に、アドがお姉様とやらに転移門についての説明をしてくれていた。


「あの転移門は緊急避難的に設置された物の為、万全ではなかったみたいで、くぐった方は五十年前のこの新大陸に転移させられたみたいなんですよ。私達は転移門を使わなかったので転移門を使った方々とは五十年の時間の開きが出てしまったみたいですね」

「それで、シャルロッテ様が転移当時のままの若いお姿なのですね。と言うか、私達が年老いてしまったわけなのですね」

 なんか、お姉様寂しそうな表情になってきた。

 あたしもなんか複雑な気持ちになって来たんだけど、忘れない内に聞かないといけない事があったんだ。

「あの、あたし・・・お姉様とお会いした事がありました?」

 意を決して質問したのだったが、キョトンとされてしまった。何故だろう?


「ほほほ、そうねぇ、あの当時の私はまだ二十代だったけど、今はもうこんなに老いぼれた皺くちゃお婆ちゃんになっちゃったからわからないのも無理は無いわねぇww」

「そ そんな・・・」

「姫ちゃん、あの頃と全然変わらないのね。ふふふ」

 えっ?姫ちゃん?えっ?

 なんだろう?このお姉さん、余裕満点な感じでニコニコと腕組みしているんだけど。

 それに・・・姫ちゃんって呼び方・・・。

 どこかで聞いた覚えが・・・。

 

「あ!」

 その時、不意に記憶が蘇った。

「あ あ まさか・・・まさか、クロエ姉様?クロエ姉様なの?」

 思わず大きな声が出てしまった。

 しーんと静まり返った室内では、みんなの視線があたしに集中しているのがわかった。

 でも、あたしはそれどころじゃ無かった。

「ふふふ、思い出した?」クロエ姉様は優しく微笑んだ。


「お嬢、お知り合いですか?」

 アウラが興味津々で聞いて来た。他のみんなも、目がキラキラしている。

「あーうん、あたしが実家の屋敷に居た時にお世話になって居たおっかない侍女長のマーサの妹さん」

「そうなんですね。お嬢が怖いとは、よっぽどの方なのですね」驚いたようにアウラが呟いたのだが・・・。

「怒られるような事をしなければ、怒られはしないのよwwわかってます?」

 クロエ姉さまは、ニコニコしているだけなんだけど、お歳を召したせいか、圧が半端なかった。

 あたしは、只々冷や汗を流しながらうつむく事しかできなかった。

 こんな時、アドが味方で本当に良かったと心から思った。

 ひたすら恐縮するあたしを放置したまま、いつものペースで話を始めた。

 アドには、相手が誰だろうと関係がないのだろう。羨ましいことだ。


 机に広げた東方要塞の地図を見下ろしたまま、アドは普段と変わらない感じで話し始めた。

「私はアドラー、姐さんの代わりに頭脳を提供している者です。まずはお互いの情報のすり合わせをしましょう。私達の聞いた所では、リンクシュタット家のゆかりの者はみなこの要塞城壁付近に追いやられていて、マイヤー殿の一族とは隔離されている。フィレッチア一派は要塞奥地に陣取っている。マイヤー殿一族が人質にされているので手が出せなく言いなりになっている。フィレッチア一派の居る要塞奥地には入れないので、情報が一切無い。こんなところでしょうか?」

 いっきにアドが言い述べるのをニコニコと聞いていたクロエ姉様は、感心したように話し始めた。

「よく調べたわね、この短時間にたいしたものね。情けない事なのだけど概ねその通りよ。ここでは、基本フィレッチア一派が役人、リンクシュタット家のゆかりの者は農奴、農業奴隷として農作業や汚れ事全般を押し付けられているわ」

 そう言うと、地図の広げて有る机に左手を突き、右手で指し示すように説明を始めた。

「ここ、要塞の城壁の足元であるこの部分とこの部分、後この部分に私達リンクシュタット家のゆかりの者は集められて生活しているわ。この居住区画は高さ三メートル程の頑丈な塀で囲まれていて、農地には無断で入れないように監視されているの。農地には作業をする時だけ門を開いてもらって監視下で農作業をしています。農作物は全てフィレッチア一派が持って行ってしまい、私達は決められた最低量だけ支給されています」

「なんやそれ、まるで奴隷みたいやん」

 ポーリンが憤慨してそう叫んだ。あたし達はみんな同じ気持ちだった。

「みたい でなく奴隷なのよ。何かと言うと『マイヤーの一族がどうなってもいいのか』と脅されて、私達は耐えるしかなかったのです」

「なるほど・・・。で、今までマイヤー殿一族の奪回作戦は行われてはいなかったのですか?」

 その時、急にクロエ姉様の表情が曇った感じがした。

 大きく息を吸った後、絞り出すようにゆっくりと話し始めた。

「もちろん何度もしたわ、必死にね。でも、その度に参加者は捕らえられ、全員処刑されたわ」

「ちなみに、彼我の兵力差はどうなっていますか?」

「向こうの情報は全く分からないの。十万や二十万じゃ済まないと思うのだけど、今はそれ以上居るとしか・・・。こちらは戦えるのは、せいぜい三千」

「あちゃー、絶望的な戦力差ですね」

 アウラが呆れたように呟いた。

「現状の戦力では、我々の居住地内にフィレッチア一派が私達を監視する為に設置した三十余か所の監視塔を制圧するのがせいぜいなのです。ロッテ様達が加わってもこの戦力差は揺るがないでしょう」

 あらぁ、クロエ姉さん、さっきまでの圧がすっかりなくなっちゃってる。まずいなぁ。

 だが、何を考えているのか、アドの調子は全然変わらなかった。

「連中が一番大事なのは、やはりこの要塞中央に広がる広大な農園でしょうか?」

「ええ、勿論。この農園の作物が無いと、連中は食べる物がなくなります。命綱と言ってもいいでしょう」

「では、これからの方針は決まりですね。意外と簡単かもしれませんね」

「どういう事です?あいては二十万いじょう。もしかしたら三十万はいるかもしれないのですよ?まともにぶつかって勝てる相手ではないって理解していますか?」

 クロエ姉さんはアドに免疫がないので、アド独特の思考に付いて行けず目の玉が落ちそうな位に驚いた顔をしてしまっている。せっかくの美人が台無しだ。

「ふふふ、なにもそんな何十万もの敵と真っ向から渡り合おうとなんて考えていませんよ。基本は、正々堂々と闇討ちをするのがシャルロッテ姐さんのモットーですからね。相手の嫌がる事をするだけです」

「な なにを・・・」なんで、それがあたしのモットーなんだ?


 憤慨するあたしを尻目にアドは作戦の概要を話し始めた。

「ポイントは、我々と農地を隔てている頑丈な塀ですね」

「あの塀がなにか?」

 ああ、クロエ姉さんの頭の中に『?????』が多数浮かんで居るのが見えるようだ。

「あの塀は我々が勝手に向こうに行けないように頑丈に造られているのですよね?と言う事は、逆に奴らも簡単に越えては来れない・・・ですよね」

「そうですが・・・それが何か?」

 はーい、あたしにも全然わかりませーん。

「その塀で奴らをくい止めている間にリンクシュタット派の人を全員脱出させようと思っています」

「「「「「!!!!」」」」」

「な・・・・・・」

 どういう事?そんな話し、聞いて居ないんだけど?

 なにげに部屋の中を見回すと、あたしだけでなく、みんなも驚きで目が点になっている。

 そりゃあそうだろう。みんなで逃げ出すなんて話は聞いた事も無かったのだから。

 脱走?住民みんなで?いったい何人居ると思ってるんだ?いくらアドでも無理だろう、そんなのどう考えたって、余裕で無理だろうに。

 だが、アドは何を驚いているのだとキョトンとした顔をしている。

 室内には妙な空気が流れ始めていたのだが、アドにはそんな事は気にもならないようだった。


「戦力差を考えると、戦うよりも逃げる事の方が賢明だし確実性が高いと思います」

「ちょっ、ちょっと待って!確かにこちらは数の上では劣勢です。少数です、先ほども言いましたが戦えるのはせいぜいが三千でしょう。でも、少数と言ったって、高齢者や女子供を合わせれば、ゆうに五万は居るわよ。どうやってそんなに大勢を退去させると言うの?そもそもどこから逃げ出すと言うの?」

「そこはご心配なく、ちゃんと考えてあります。この城壁の北の端、そこから北に向かってトンネルを掘れば海に出られるはずです。海に出たら王国まで一直線です」

 アドはよどみなくきっぱりと答えるが、クロエ姉さんは納得がいかないようだ。

「王国に助けを求めるので?それにしてもどう考えたって、無理なものは無理よ。そんな事が可能だったら、とっくにやっているわ」

「常識的に考えたら無理かもしれません。ですが常識に囚われなければ可能です。こちらには非常識な戦力があるのです、きっとやり遂げてみせますよ」

「非常識な戦力ですってぇ?どこにそんなものが・・・」

 あの、クロエ姉さん。どこにとか言いながらあたしを見るの、やめてもらえますかね。

「実際にその目で見た方が納得出来ると思います。我々から没収した武器の類は取り戻せますかね?」

 ハトが豆鉄砲を喰らったような顔をしていたクロエ姉さんだったが、その要望は納得がいったのだろう、すぐに答えた。

「あ、ああ、それなら直ぐに用意出来ましょう。サキ、直ぐに用意を」

「はい、クロエ様」

 そう言うと、サキさんは部屋からダッシュで出て行った。


「では、私達は移動するとしましょう」相変わらずアドは淡々と言う。

「移動って、どこに?」

「もちろん、トンネルの掘削予定地である城壁の北端ですよ」

 クロエ姉様は、もう訳が分からないって顔をして反論を試みて来た。

「無理だって。この要塞の周囲は硬い岩だらけなのよ。そんな所にトンネルだなんて無謀過ぎるわ。いったい何年かかると思っているの?」

 アドの答えは簡単だった。

「一晩」

 あ、嫌な予感がする。まさかその掘削工事、あたしとポーリンがやるの?やるんだろうなぁ。

 でも、あたし達の技を知らないクロエ姉様は、唖然を通り越して言葉を失ってしまっていた。

 城壁の北端の掘削工事予定現場に向かうまで、クロエ姉様は一言も言葉を発しなかった。

 いや、何が起こっているのか理解が追い付いていないと言うのが本当のところだろうか。


 そこは、城壁の一階の通路の単なる突き当りで、通路が突然石の壁で塞がれている所だった。

 ここは通常人が来るような場所では無いので、明かりも無く薄暗くじめじめとした場所だった。

 クロエ姉様は石の壁を撫でながら大きく溜息を吐いた後こちらに振り返った。

「この こんな硬い岩盤を本当に掘れると言うのですか?一晩で」

 うんうん、そう思うよね。普通、こんな岩盤を一晩で掘れるなんて思えないよね。

 でも、あたし達は普通じゃないからねぇ。


「ポーリン、ちょっと掘って貰える?」

 なんて平然と言うアドと『ええでぇー』と軽く答えるポーリンに、クロエ姉様は石のように動かなくなってしまった。

 更にポーリンの手首から長い剣がするすると出て来た時には、とうとう腰を抜かしてへたり込んでしまった。

 あらあら、この後壁に穴でも開けようもんなら心臓が止まっちゃうんじゃないかしら?


 そんなあたしの心配などどこ吹く風で、アドとポーリンは穴の試し掘りを始めてしまった。

「この方向ね。まずは軽くこの方向に腰の高さで地面と水平に掘ってみて頂戴。ああ、周りに影響があるといけないから、力は拡散しないで収束させてやってみて頂戴」

「ええでぇ、まかしときぃ~♪」


 ああ、始まっちゃったよ。まだ、作戦の全容を聞いていないのになぁ。穴掘り始めたらもう、後戻り出来ないわよお。


「いくでえぇぇっ!うりゃああぁぁぁぁっ!!」

 その瞬間、まばゆい光で、視界が真っ白になった事は言うまでも無かった。


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