181.
小さなパン一個だけの昼食を食べた後は何もする事が無く、あたし達はひたすら体力の回復に務めた。すなわち、ごろんと転がって惰眠を貪っていたのだ。
こんな状況下で寝てなんていられるかと、最初は思ったのだったが、意外と眠れるもので、夕食が来る迄ぐっすりと寝てしまっていた。
案外図太いのかも知れないと苦笑いしたのだった。
やがて、ひたひたと足音とともに昼と同じ女性が食事を持ってやって来た。
食事と言っても、昼と同じ小さなパン一個と一杯の具のはいっていないスープだけだった。
昼は、パンと水だったから、まだましかもしれない。
パンを持って来た女性、サキと言ったが、彼女は懐に手を入れ注文のあったも追加のパン一個と一本の鉄の棒を取り出し、そっと渡しながら囁いた。
「これで宜しかったでしょうか?」
受け取ったアドは「充分よ、ありがとう」と満面の笑みで答え、右手を差し出した。
「鍵・・・貸して?」
思いがけない要求に一瞬面食らった表情のお姉さんだったが、体で扉から手元を隠すようにしてサッと鍵を渡して来た。
みんなの視線が集まる中、何を思ったのかアドはおもむろに受け取った鍵を床に置き、その上に余分に貰ったパンを被せ、体重をかけて押さえつけた。
「なるほど・・・・」思わずアウラが呟いた。
うん、流石にこれはあたしでもわかる。固いパンを利用して鍵の型を取ってるんだ。
少しの間、上から全体重をかけてパンを押さえつけていたアドだったが、ここでより体重のあるアウラにバトンタッチした。
その後は更に体重のあるあたしがプレスするのかなと思っていたのだが、あたしの出番はなかった。
アドがプレス終了を告げたからだ。
パンをひっくり返して、満足げに見ていたアドは、ポーリンにパンと鉄の棒を渡した。
お姉さんに鍵を返しつつ、扉の方へ視線を投げかけながら質問をした。
「この階層は、みな石牢なの?」
「ええ、そうですが。。。」
「私達以外の牢屋の住人は?」
「この階層に居られるのは、皆様のみ・・・ですが?」
「ふむ。わかりました。では、次の食事の時に、この要塞の見取り図をお願いできますか?」
「はい、可能です。仲間を総動員して用意して参ります」
「あと・・・」
何か小声でお姉さんに呟いたアドだったが、小さい声だったのでまったく聞こえなかった。
その言葉に驚いた顔のお姉さんだったが、そのまま黙って彼女達は帰って行った。
何をするでもなくその様子をぼーっと見ていたが、そう言えばとポーリンを捜したら、彼女はみんなに背を向けて部屋の隅で丸まっていた。
丸まって?言い換えれば、背中を丸めて何やらゴリゴリと小さな音を立てている。
ああ、そうか。ポーリンはパンと鉄の棒を受け取っていたんだった。
でも、そんなパンで取った型で合いカギが造れるのだろうか?そもそも、石牢に入る時に身体検査をされているのだから、工具は何も持ってはいないはずだ・・よね。たぶん。
そぉーっと後ろから忍び寄ると・・・うん、何か持ってる。持ってちゃいけないはずなのに、何か持ってゴリゴリと作業している。なんで?
「・・・!」持っている?有り得ない物を・・・持っている?
ゴリゴリと作業するその手には、見覚えのある長い物が握られていた。
薄暗い室内でも存在感を放っていたものは、長さが一メートルを超える長物、ポーリン愛用である細身の剣だった。
「あの娘、どうやって・・・」
思わず呟くと、アドが呆れたように教えてくれた。
「忘れたの?己の剣を体内に収納する、クレアが編み出した技よ。ポーリンはクレアが羨ましくてね、だいぶ練習をしていたみたいだけど、やっと出来るようになったみたいね」
ああ、そうだった。あたしなんか、全然出来なくて途中で断念しちゃったから忘れてたわぁ。
ポーリンは受け取った鉄の棒を、ゴリゴリと削っていたのだった。削ってはパンに出来た窪みに当てて形を確認している。
削っては確認、削っては確認、地べたに座り背中を丸めて、地味な作業を続けて石牢の合鍵を造っていたのだ。
あたしは、、、する事がなく、貰った硬いパンと格闘していた。あまりに固く嚙み切れないのでスープに浸しながら少しづつ削っていくしかなかった。
屋敷で毎日食べて居たパンは、もっと白くて柔らかかったんだけどなぁ、こんなパン人が食べる物とは思えないよぉ。
スープだって何の具も入ってはおらず、ただとろみはあるものの、旨味はゼロで感じるのは微かな塩味だけという酷い物だった。
噛めば噛む程うんざりしてくる食事をしながら、あたしはアドに今後の事を聞いた。
「ねぇ、この後どうするの?合鍵でここから出たとして、兄様達の囚われている場所もわからないのに、行く宛はあるの?」
硬いパンを引きちぎりばがら、一瞬横目であたしの事を見たアドは、いつもの醒めた口調で話し始めた。
「お兄様方がどこに囚われているのかわからないのでしたら、教えて貰えば良いだけの事ですよ」
「えっ?教えて貰うって、誰に?」
「そりゃあ知っている人にですよ。知らない人は教えられないでしょう」
えーっ、意味わからないんですけどぉ。どういう事なのぉ?
「仕方が無いですね」ため息を吐きながらアドが話し始めた。
「ここに囚われてから、一回でも尋問しに来ましたか?」
あ、そう言えば食事のお姉さんしか来てなかったわ。
「つまり、そういう事なんですよ。連中は私達が何者であるか、全く興味が無いって事です。現状は完全放置されているって事なんでしょうね」
「なるほど・・・」
「でしたら、牢番もこちらの味方のようですので、こっちはやりたい放題って事じゃないですか?でしたら、自由に思う存分やらせて貰おうじゃないですか」
「うん、現状はわかっているわ。聞きたいのは、それでどうやらせて貰うのかって事よ」
「まず、ここを出て他の空いて居る部屋にでも引っ越しします。その際、騒ぎをおこします。"捕虜がにげたー"ってね」
「わざわざハチの巣を突っつく様な真似をするっていうの?」
「そうですよ。"捕虜が逃げたーっ、人質を解放しようとしているらしいぞー"って騒いで貰いますww」
「そ そんな事したら、護りをかためられちゃうわ。まずいじゃあないのよお」
その時アドの目がニヤリと光った気がした。
「ど こ の、護りをかためるのでしょうか?」
「そりゃあ・・・って。え?え?兄様のところお~?」
「そうです。我々が逃げたとなれば、護りを固めるとしたら権力者の居る所と、捕虜の居る所。警備の兵が集まる所が我々の目的地って事です。解り易いでしょ?」
毎度ながら、さすがだ。本当に実年齢いくつなんだろう?何歳サバを読んでいるのだろうかと密かに思うあたしだった。
「明朝、この要塞の見取り図を受け取ったら行動に移します。まぁ、姐さんが居るので想像の斜め上を行く事態が起こるであろう事は必至。それはそれで楽しみではありますがねww」
「なっ、なによお、その想像の斜め上を行く事態ってぇ、あたしはなんにもしてないわよおお!あたしは疫病神じゃあないもんっ!」
「ふふふ、姐さんが何かをすると言うよりも、不思議な星の元に産まれたサガといってもよいのではないでしょうかね?自然と想定外の事態っていうものが寄って来るのですよ。好むと好まないにかかわらずに ね」
「それもそうやなぁ。いつも姐さんが動くと、騒ぎがおっきくなるもんねぇwwあ、鍵、出来たでぇ」
間髪入れずポーリンが突っ込みを入れて来る。
「まあまあ、そんなに本当の事を言ったらお嬢も立つ瀬がなくなりますよ。その辺りで勘弁してあげましょうよww」
アウラさん、寄り添ってくれているの?それともディスってるのかな?語尾が妙に笑ってるんだけど。
みんな、ここが牢屋の中って忘れちゃっていない?危機なのよ?なんでそんなに明るいの?
危機感・・・感じていないんだろうなぁ。まぁアドが居るから作戦面では心配はないんだろうけどね。ポーリンも居るから戦力面でも不安ないし・・・。
「違いますよ。みんなが必要以上に不安にならないのは、姐さんが居るからですよ。きっと何とかしてくれるっていう安心感がありますからね」
「アド、また頭の中読んだ?頼ってくれるのは嬉しいんだけどさ、みんなして他力本願じゃあまずいんじゃないの?」
あたしにしては珍しく強気で言ったはずなんだけど、アドには届かなかったようだ。
「ところで・・・」言いながら、扉の方に歩いて行ってしまった。スルーかよ。
「みなさん、明日の朝までじっとしていても退屈ではありませんか?どうせ牢屋しかないような下層の所にはフィレッチアの手の者は来ないでしょう。歩き回っても問題は無いかと思うのですが」
扉の格子越しに外を見ながら、とんでもない事をいいだすアドだった。
「あ、ええなー、ここでじっとしとるよりも、その方が性に合ぉてるわ。行こか!行こか!」
ポーリンは、一も二も無く賛成のようだった。
アウラは・・・目を輝かせて頷いている。聞くまでも無く賛成のようだった。
あたしは、大きく溜息を吐きながらも賛同するしかなかった。
「はいはい、みんなここから出たいのね。わかったわよ、行くならさっさと行きましょう」
あたしも扉まで歩いて行き、格子から表に居るであろう門番に声を掛けた。
「ねぇ、ちょっと門番さん?」
なぜかみんなはギョッとした顔をしてこちらを見ている。
「どうせ、この門番が敵側だったら、ここを出たら即戦闘になっちゃうでしょ?だったら、最初に聞いておいた方が問題無くていいと思うのよ」
あたしは真っ当な事を言っているつもりなんだが、みんなの視線は冷たかった。
「なんですか?呼びましたか?」
お?態度がさっきまでとは違う?期待持てそう?
「えーとね、あたし達ここから出ようと思うのだけど、どうします?止めます?」
変に回りくどい言い方をしてもしかたがないので、ここはド直球で行く事にしたのだが、帰って来た反応は想像の斜め上を行っていた。
「おーっ、いよいよ動き出しますかぁ。どうぞどうぞ、いつでも出てください。カギは開けておきますので」
わ~お、やっぱ味方だったよお。ラッキー。おまけに鍵迄開けておいてくれるなんて・・・。
そこまで考えた時、ハッとして振り返ったら、出来たばかりの鍵を握りしめたポーリンが口を尖がらせて立っていたよ。ごめーん、せっかくの努力を無駄にしちゃってぇ。
「ど・ん・ま・い」あたしは、小さく囁いた。
ガチャリ と鍵の開く音が室内に響いて一瞬の後、鉄の扉がゆっくりと開いた。
廊下に出ると、そこには門番の兵士が二人、笑顔で立って居た。
「で、これからいかがいたしますか?」年かさの方の兵士が話し掛けた来た。アドに向かってww。
ああ、そうか、そうだったわ。アドがシャルロッテの設定だったww。
「まず、お兄様をお助けに参ろうと思います」
アドが堂々とした物言いで、そう門番の兵士に告げた。
すると、門番のふたりは下を向いてしまった。
「大変申し訳御座いません。我々リンクシュタット派の者は、ここでは虐げられておりまして、底辺の仕事しかさせて貰えず、情報に至ってはまったくの蚊帳の外でして、マイヤー様の囚われている所への道案内すら出来ず、全く持って不甲斐ない事で御座います」
ようやく、その事だけ言うと、泣き出してしまった。
「まあまあ、そんなに自分を責めないで下さい。あなたがたが悪い訳ではないでしょう。悪いのはフィレッチア一派です。元気を出しましょうw」
アドが言わないから、あたしがフォローを入れる事にした。シャルロッテは不愛想、だなんて変な風評被害は出したくなかった。
そんなあたしの思いなど知らないアドは通常運転だ。こんな時こそあたしの頭ん中読めよと悪態をつくあたしだった。
「私達が逃げたと周りに広めていただけます?」
「正気ですか?そんな事をしたら、大騒ぎになってしまいますよ?」
そりゃあ、アドの奇行に免疫のない人は驚くよなぁ。ここは、深く静かに潜行するのが定石だもんねぇ。
「いいんです、騒ぎを起こして下さい。騒ぎは大きければ大きい程我々にとって有利になります。シャルロッテ一行は捕虜を奪還すべく逃げ出したと触れ回って下さい」
門番の二人は呆然としている。みんなの彼らを見つめる視線は限りなく優しかった。
「騒ぎを起こしたら、あなた方は敵がどこの護りを固めるかを確認してください。それだけで結構です」
「そ それだけで宜しいのですか?」
「ええ、それだけで十分です。敵はボスの身の回りと、捕虜の周りの防御を固めるはずですから、自ら攻撃目標を示してくれる事でしょう」
彼らは門番の詰所に駆け込み、事情を説明すると、交代要員の二人を連れて暗い廊下に散って行った。
あたし達は、門番詰所で事の成り行きを見守る事となった。
兄様達救出作戦は、こうして幕を開けたのだった。