180.
「さて、情報をまとめましょう」
ジェームズさんは、一人どこかへつれていかれ、あたし達四人は一緒に石牢に放り込まれた。
石牢は意外と広かったが、部屋の隅に便器が置かれているだけで、調度品は何も無かった。廊下と部屋を隔てている鉄の扉には大人の顔の高さに鉄格子がはまっていた。
壁には廊下と同じで、灯りとして油の入った小皿がひとつあるだけで、室内は非常に暗かった。
あたしたちはアドを中心に集まって、今後の行動について作戦会議をするところだった。
「この要塞のあるじは姐さんの兄君でなく、フィレッチア家?だと言ってましたね。姉さん、フィレッチア家って知っていますか?」
アドにも知らない事があるんだと一瞬感心してしまった。
「私にだって知らない事はたくさんありますよ」抑揚のない声でアドがこたえる。
「確か、マイヤー兄様の副将にフィレッチア准将ってのがいたと思う。恐らくその血筋なんじゃないかな」
「なるほど。簡単な所で下剋上があったって事ですかね」ふむふむとアドが呟いた。
「下剋上?なんや?それ」ポーリンがすかさず質問してきた。
「簡単に言うと、謀反によって下の者が上の者を打倒して、権力を奪い取る。まあ、そんな事ですね」
いつもながら、アドの説明は解り易い。本当に教師に向いて居ると思うわ。
「最悪やなぁ、そのフィレッチアって奴。そないなあくどい奴やったら、心置きなくぶっ潰してやれるわね」
ポーリンも通常運転だ。
「まずは、姐さんのお兄様の身柄の確保ですね。一族郎党が一緒に捕虜になっていた場合、救出対象は大人数になる可能性もあるので、そのあたりも考慮しないといけないですわね」
「そないな事言うたかて、この人数での救出なんて無理やでー、人手が足りんやろう」
ポーリンの言う事はもっともだ。だけど、アドは平然としている、何か勝算があるんだろうか?
「ねえアドちゃん、何をするにしても、まずはこの石牢から出なくては始まらないのでは?」
石牢を隅々まで観察していたアウラが、こりゃまた落ち着いた様子でアドに質問している。なんでうちの連中はこんなに落ち着いているんだろう?不思議だ。
「まあ、それは夕食の時間になれば進展があるかもしれませんね。今はゆっくり休んで体力を蓄えましょう」
「えーっ、そんな答えじゃ、不安でゆっくり休めへんよぉ」
「ふふふ、それじゃあヒントね。捕虜の世話とか、牢の警備って、あなたなら身分の高い人にやらせる?それとも身分の低い人にやらせる?」
なんだろう?アドのこの意味ありげな微笑みは。
「ああ、そういう事なんですね。確かに可能性は高いですね」
アウラにはアドの言った事が理解出来たようだ。ポーリンはまだ唸っているが・・・。
「ええええーっ、なんやなんや、ちーともわからんわ。もっと解り易く教えてぇな~」
ポーリンはもう降参してる。もちろん、あたしも降参だけどね。
「おそらく、派閥の問題って事なんでしょう。ここには主流派のフィレッチア派と反主流派のリンクシュタット派があると考えられます。リンクシュタット派は人質を取られているので、いやいや従っている可能性があります。そのお世話のメンバーに接触出来れば・・・って事ですね?」
アドを見ると、ニコニコしながら頷いている。やっぱりアウラさん、凄い。あたしとは大違いだわ。あたしも負けていられないわ、なにか良い事言わないと。
「そういえば、目の前で蛮族を火責めにしたり、空飛ぶ船で乗り付けて来たのに、なんの反応もなかったわね。目の前での出来事だったのにどういう事なんだろう?まさか、誰も見ていなかったなんて事はないわよね?」
よし、リーダーらしいことが言えたわ。しいめしめ。
だが、アドの返事はそっけないものだった。
「命令系統と言うか、連絡体制が雑なのでしょう。あの強大な城壁で護られているから油断しきっているのかもしれませんね」
はあ、さいでっか。それなら・・・。
「船の方が心配だわ。おかしらが居るから大丈夫だと思いたいけど、もし兵を出されたりしたら・・・」
だが、それもアドには想定内の事のようだった。
「それなら大丈夫ですよ。我々が要塞に入って安全だったら、狼煙を上げる手はずになっていましたから。一時間経って狼煙が上がらなかったら安全な場所まで退避して事態を見守る事になっています」
はい、そうですね。あなたは完璧です。あたしが及ぶところではございませんでしたぁ。
その後も、あたし達は今現在わかっている情報の共有に励んでいたのだが、これといった有益な情報はなかった。
そんな時だった。不意にポーリンが「しっ」とみんなを制した。
何事かと扉に注目していると、何者かが廊下を歩いて来る音が聞こえて来た。音の感じから、複数人がやって来る感じがした。
やがて、足音は扉の前で止まり、扉の前でなにやら話し声がしたと思っていると、ややあってガチャガチャと鍵を開ける音がして扉が開いた。
入って来たのはあまり裕福そうでない身なりの中年の女性が二人だった。
一人はお盆に乗った小さなパンを四個持って入って来た。もう一人は小さな焼き物の花瓶のような壺を一つだけ持っていた。
「なんやぁ、こんなちっさいパン一個かいな。けちやなぁ」
お盆に乗った握り拳より小さめの丸いパンを見つめながら、ポーリンが騒いでいる。
パンごときで騒ぐなんて、ミリーじゃああるまいし・・・。思わず苦笑いしてしまった。
苦笑いはあたしだけではなかった。パンを持って来たお姉さんも失笑している。
「そう言わないで下さいな。お昼に食事があるなんて幸運なのよ。普通はお昼に食事なんてないのだから」
「食事やてぇ?こんなちっさなパン一個で食事いいはるんか?」
「よーく味わって食べてくださいね。ふふふ」
ポーリンの背中をぽんぽんと軽く叩きながら、意味深な言葉を残してお姉さんは帰って行った。
「なんなん?」ポーリンは、口をあんぐりと開けたまま呆然としている。
「さっそく接触して来たわね」アドはパンをむしりながらボソッと呟いた。
「えっ?彼女達がそうなの?」
あたしの呟きに、アドが苦笑していた。そんなにおかしい事を言ったのだろうか?
あたしも小さなパンを手に取り、一口頬張ってみたが見た目通りの、何の変哲も無い歯が折れそうな美味くも無い只の硬いパンだった。
パンをかみ砕くのに苦戦していると、アウラがそそっと寄って来た。
「姐さん、私が当たりでしたねww」
その手には、二つに割ったパンが握られており、割った断面から丸まった紙切れが覗いて居た。
「それって・・・」
そういう事だったのか・・・あたしは絶句してしまった。これを予想していたのか。
アドは黙って差し出した右手をひらひらさせて紙片を要求している。
受け取った紙切れを読んだアドはかすかではあるが、ニヤッと笑ったような気がした。
みんな不安そうに、アドの次の行動に注目している。
「どうやら、これから多くの方々からの支援を受けられるようですよ。すべて姐さんの兄上様の人望のお陰と言えるんじゃないですかね」
アドはなにげにさらっと言っているが、それって物凄く大事な事なんじゃ?
「アドちゃん、具体的にどんな感じで支援して貰えるのかな?」アウラがみんなを代表して、質問をしてくれた。
アドはいつもとまったく同じく、抑揚のない声で話し始めた。
「このメモには、こう書かれていました。"民衆は味方、リンクシュタット派はオレンジ、王族人質身動き出来ず"」
「はいぃぃぃぃぃ?」ポーリンが素っ頓狂な声をあげた。あたしだって叫びたかったわ。でも、先を越されちゃったから・・・。
「しーっ!静かに。状況が分る迄は、慎重に。ですよ」アウラが釘を刺してくれた。
ポーリンは慌てて口を押えて小さくなった。
「それで?リンクシュタット派はオレンジとは、なにか目印になる物でもつけているという事なのでしょうか?」
あ、なるほど。さすがアウラはかしこいわぁ、あたしにはそこまで思いつかなかったわ。
「おそらくは。確か門番の兵士もそのような物をつけていたと思います。姐さん、お手数ですが話をして情報を聞き出して頂けますか?」
「えっ?あたし?」
「はい、不愛想な私より姐さんの方が適任かと。ああ、あくまで従者のていでお願いしますね」
そりゃあ、確かにアドよりは不愛想じゃあないけどね。ま、今はどんな情報でも必要だからね。
「いいわ、やってみる」
あたしは、よっこらしょと立ち上がり、扉の方に歩いて行った。
格子越しに外を見ると、見張りの兵士と思われる人の影が見えた。
あたしは、自分を落ち着かせる為に大きく深呼吸をしてから、意を決して見張りの兵士に声を掛けた。
「あ あのオ・・・」
ちょっと声がひっくり返ってしまったが、まあ、いいだろう。
あれ?聞こえなかったかな?反応がない?じゃあ、もう一回と思って居たら、見張りの兵士はそっと後ろ向きのまま格子の入ったのぞき窓?の脇にまでやって来た。
あ、良かった聞こえたんだぁ。あたしはホッとした。
「どうしました?」
兵士の声は小さかったが、敵意のある声とは思えなかった。そこでまずあたしは彼が敵か味方か確認する事にした。さて、どうやって確認しようか?そんな時にあたしの口から出た言葉は自分でも驚くものだった。
「あのぉ、あなたは敵ですか?味方ですか?」
普通、そんなストレートに聞くかぁ?言っておいてなんだが、自分でも呆れてしまったのだが、向こうも驚いているであろう気配が伝わってきた。
「え えーっとですねぇ、敵だと言ったらどうなさるおつもりなので?」
確かにその通りだ。あたしは思わず頭を掻いて居た。
「その破天荒な物言いは、親父が良く話していた御屋形様のお嬢様であらせられるシャルロッテ殿のような気もしますが、ご本人なのでしょうか?なぜこの様な事になっているのです?」
「あ、いやあ、まぁ色々あったのよ。兄様に会いに来たのだけど、まさかこんな事になっているなんて思わないじゃない」
「確かにそうではありますが・・・」
そこで、あたしは父様から貰ったメダルの事を思い出した。
「ねぇ、これで信じて貰えるかなぁ?」
格子越しにメダルを見せると、その兵士はのけぞる様に驚いている。え?そんなに驚く?
「そ そのメダルは・・・リンクシュタット家の家紋じゃあないですか!し 失礼いたしました。シャルロッテ殿本人である事を確認しました」
「良かったわ。じゃあ教えて欲しいのだけど、なぜこんな事になっているの?上に居た奴はフィレッチアがあるじだと言っていたけど、フィレッチアって兄様の副官じゃあなかったの?それで、今兄様はどこにいるの?」
「はっ、実はこちらに転移をして来てすぐにマイヤー様は官民一体となってこの地に要塞の造成をなされました。その完成直後の事と聞いて居りますが、当時のフィレッチア准将は反旗を翻したのです。大勢の子供を人質にして・・・」
「なんと言う事・・・子供を人質になんて騎士のする事じゃあないわ」
「その通りです。マイヤー様はこの要塞の指揮権より、大勢の子供達の命を優先なされたのです。我々家臣はマイヤー様を人質にされては抵抗も出来ず、フィレッチアの言いなりになるしかありませんでした」
「そんな・・・」
「我々マイヤー様直参の者は、みな底辺の仕事を割り振られ、力仕事や汚れ仕事をあてがわれました。逆らおうにもマイヤー様が人質にされていてはなにも出来ず、今日に至ったという訳であります。実に情けない事であります」
「んーん、そんな事ない。みんな兄様の為に我慢してくださって、心より感謝致します。で、兄様の行方はいまだ知れないのですか?」
「はい、我々には一切情報は開示されません。密かに探ってはいるものの、我々マイヤー派の動ける範囲は限られておりまして、いかんともしがたいのです」
「わかりました。これから作戦を立てて、必ずフィレッチア一派は追放します。その時はお手伝い願えますか?」
「もっ もちろんで御座います。我ら今でもマイヤー様を慕って居る事に変わりはありません。この身を挺しても働かせていただきます」
その時、不意にアドが扉の所にやってきて格子越しに話に加わってきた。
「わかりました。とても心強いです。ですが、決してフィレッチア側にこちらの動きを知られない様にして下さい。動く時は事前にお知らせします」
「はっ、了解しました」
「ところで、この扉の鍵はどなたが所持しているのです?」アドの目が怪しく光っている。又何か悪だくみでも考えているのだろうか?
「鍵は、上司が持っており、食事の時にだけ借りて来る事になっております。あ、この上司もフィレッチア派です。必要であれば盗み出しましょうか?」
「あ、いえいえ、そんな危険な事はしなくても大丈夫です。次回の食事の時にパンを一個余分に頂けますか?それと十センチほどの長さで指程度の太さの鉄の棒を一本」
「承知しました。直ちに手配をしますが、そんな物を何にお使いなので?」
「それは、その内にわかるでしょう」
アドはそっけなく、それだけ言うと、部屋の奥の方に戻って行ってしまった。
その時の話しはそれで終了したのだった。