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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
18/188

18.

 気が付いた時がたがた揺れる振動で馬車の中だとわかった。あたしの視界一杯に映ったのは馬車の天井と思われる幌だった。

 目が醒めても、暫く意識がはっきりしなく、視界も定まらず、ただ茫然と馬車の幌を見つめていた。

 すると、突然頭の上の方から声を掛けられた。

「あらぁ、シャルロッテ様お目が醒めましたか?ご気分はいかがでしょうか?」

 ぬっとアナスタシア様の顔が目の前現れた。暫く状況が呑み込めなかったが、どうやらアナスタシア様の膝枕で寝ていたらしい。

 あたしは、反射的に飛び起き、床に両手を突き頭を下げた。

「知らなかったとはいえ、アナスタシア様に膝枕をさせてしまいました、大変申し訳御座いませんでした」

「いいのよ、いいのよ、そんな事お気になさらないでくださいな」

「いえ、そうはいきません。身の程はわきまえませんと」

「ほっほう、おまえさん身の程なんていう言葉を知って居たんだな」

 後ろからのこばかにした声は御者席の隣に座って居るお頭だった。今度殴っちゃる。

「もおおおおおぉ・・・」

「おっと、文句は後だ。今はそれどころじゃないからな」

 あ、そうだった。何がどうなっているの?さっぱり理解出来ないんだけど。

「お頭、なんで馬車に乗って居るの?どこに向かっているの?王都ボンバルディアはどうなっているの?えーと、えーと・・・」

「まあ落ち着けや。これから説明してやるから」

 この馬車は、ジェイが馬を操っており、となりにお頭のムスケル、馬車の中には、アナスタシア様とアウラとあたしだった。タレスは馬車の最後部で立ったまま後方を監視していてくれている。


 お頭の話しによると、あたしは謁見の間で気を失ったらしかった。

 そうだ、段々と思い出して来た。謁見の間で将軍の話しを聞いていた時、あの言葉を最後に記憶がなくなったのだ。


「シュトラウス大公国 王都ボンバルディアだ」

 その言葉が、まだ頭の中をぐるぐるしていた。


 その後、あたし達は要塞を出て当座の最前線基地であるベルクヴェルクの中央情報処理センターに向かって居る所だそうだ。状況がわからないままでは動きようが無いので当然の判断なのだろう。

 現在、『うさぎ』の全力をもって情報収集にあたってくれているらしい。

 驚いたのは、敵だと思っていた帝国が、と言うかククルカン要塞司令官のハイデン・ハイン将軍が独断で支援してくれるそうだ。幅広く国境に展開していた部隊を集結させてサリチアを落としてくれるらしい。そのまま、サリチアを帝国に取られる不安はあるのだが、これで、王都を進発した部隊がカーン軍とベイカー軍に挟み撃ちにされて壊滅する危険が避けられるのであれば、今は仕方がないのか。

 更に、将軍直轄の五百騎のオレンジの悪魔の内二百騎及び一般兵二千名をあたしの護衛に貸し出してくれたというではないか。これは諸刃の刃と言えなくもないが、今の我々にはこの上なく心強いのは事実だった。後々の事は、この内戦が終わってから考えればいい、今は、カーン伯爵のクーデターを打ち砕く事だけ考えればいい。


 そんな訳で、山に帰った竜執事殿を除いた約二千四百名を率いて国境を越えようとしており、この後アドソン湖のこちら側に進駐していた帝国軍二万名宛ての命令書も預かって居るらしい。内容は、あたし達に合流してその傘下に入り以後行動をすべし。らしい。

 兵を挙げたカーン伯爵の正確な勢力と動向は未だ不明ではあるが、二十万を超える兵力で王都を襲っている事までは掴んで居るらしい。だが、大軍をサリチア征伐に派遣してしまっている王都には、現在クーデターに対抗する兵力があるとは思われず、王都を放棄して西に避難し、再起を図る以外に道は無い様に思える。脱出が間に合えばの話しだが。


 ミッドガルズを壊滅してから三日後、あたし達は当座の最前線基地であるベルクヴェルクの中央情報処理センターに到着した。兵達は夜通しの強行軍で疲労困憊ではあるが、時間が無い。兵達の休養と補給はポール・グッドマン大佐達に任せ、地下の作戦指令室に向かった。

 ああ、要塞副指令のポール・グッドマン大佐は、あたしの副官として、目下絶賛貸し出し中なのだ。


「おおーっ、シャルロッテ様、よくぞご無事でお帰りになられました。ご活躍の報はこちらにも届いておりますよ」

 両手を広げ駆け寄って来た、センター長のトッド・ウイリアムをかわしながら、部屋の中央にある五メートル四方はあるかという大きさのテーブルの上一杯に広げられていた地図の前に立った。

「挨拶は後!状況を説明して?」

 さすが管理職と言うべきか、あたしの剣幕に動じる事も無く、紙の束を抱えたセンター長はあたしの向かい側に陣取り説明を始めた。


「まずは、概要からご説明致します。先日、シャルロッテ様の求めに応じて王都よりサリチア討伐軍五万が進発致しました。総指揮官は、マイヤー・リンクシュタット国軍少将。そう、シャルロッテ様の兄上様で御座います」

「マイヤー兄さまが?」

「はい、そうで御座います。マイヤー様には二つの任務が与えられておりまして、まずはサリチアの討伐。そして、二つ目は背後からカーン伯爵の軍が出て来たら」

「出て来たら?」

「ニヴルヘイム要塞に立て籠って、伯爵軍を少しでも引き付けるべく籠城戦をする事」

「ニヴルヘイム要塞って?あの、魔の山にそんなのあった?」

「はい、以前シャルロッテ様があの山に立て籠るお話をされていたのを覚えておりますか?」

「ああ、前回ここに来た時に計画していたけど、竜の卵のせいでそのまま立ち消えになっていたやつね。えっ?あれ?」

「はい、あの後も要塞計画は進んでおりまして、先日完成しました。シャルロッテ様にもお知らせが届いていたかと・・・」

「あ、ごめんなさーい。あの時バタバタしていたから、ま、どうせ急ぎじゃないから後でいいかって、そのまま言い忘れちゃったぁ」

 アウラを見ると、肩をすくめ、舌を出してウインクしていた。テヘペロかいいぃっ!

「あいたっ!!」

 すかさず、隣に居たお頭にげんこつを落とされて涙を流している。


「そっかぁ、兄さまの役に立って居るのかぁ。良かった」

「はい、周囲に居た魔獣もほぼ捕獲済で、現在は檻で飼育しておりますれば、伯爵軍の攻撃があった場合には開放されて良い突撃兵として働いてくれるものと思われます」

「そっか、マイヤー兄さまの方はとりあえずは安心ね」

「続いて、王都の方ですが、カーン伯爵については、以前より危険視されておりました。その兵力は国軍をもってしても抑えきれるものでは無いとの考えで、奴が兵を挙げた際には速やかに王都を棄てて避難する準備がなされておりました」

「そもそも、なんでそんな危ない奴に大軍を持たせていたのよ!?」

「元々はそんなに多くの兵は持っていなかったのですが、最近元老院の有力者のボルジア様が奴に組してしまいまして、その有力者の息の掛かった者達が一気にカーン派に寝返った事で勢力図が大きく書き換わってしまったのです」

「その有力者が寝返った原因は?」

「そ それは・・ちょっと」

「いいから言いなさいよ!国家の一大事なのよ!」

「は はい、あのお、シャルロッテ様の上の兄上様の その えーと 」

「ラング兄様がなによ!」

「先だって、アイゼンシュタット家のお姫様とのご婚姻が整いましてぇ、そのぉ、、、」

「その話は父さまから聞いているわよ!それがなんなのっ!?」

「ほほー、そういう事ね、くだらんな」

「えっ?」

 その声は、腕組みをして地図を睨みつけていたお頭からだった。

「えっ?お頭はわかったの?」

 え?なんか、可哀想な物を見る目であたしを見てない?

「お嬢には難しすぎたようだな。まだおこちゃまだからなぁ、まあ後十年もすればわかるだろうて。はっはっはっ」

 えっ?なんか、思いっきり馬鹿にしてない?

 えっ?アウラも、メアリーも、周りのみんなも同じ目をしてる!なんで?なんで?なんで?なんで、みんなわかるのぉ?

「時間がもったいないから、教えてやる。これは、単なる横恋慕って奴だよ。ボルジアの孫って奴がアイゼンシュタットのお姫さんを狙っていたのに、兄ちゃんに取られたんで逆恨みしてるんだって話しさ。くだらねぇ事で兵を起こしやがって!」

「えっ?そうなの?わからなかった」

「お嬢も、人を好きになればわかるさ。ま、好かれた相手に同情するがな」

「失礼なっ! ボリジアの孫って、あのちょーうざいバカボン?あたしも、しつこく追い掛け回された事があるわ」

「珍獣でも欲しかったのか・・・」

「お頭っ!今さらっと酷い事言わなかった?」

「言わねー、言わねー、思っても言わねーよ。そんな事より先に進まなくていいのか?」

「あっ、そうだった。横道にそれちゃった。で?それで反旗を翻したって言うの?」

「あー、はい。そうで御座います」

「ふーん、それで避難の方は?ちゃんと出来たんでしょうね?」

「・・・・・」

「どうなの?避難できたの!?」

「・・・王家の皆さまは最優先で避難なされたご様子です。聖女様とその身辺の者も避難を開始されたそうです」

「父さま達は?」

「・・・それが、王家の皆さまや聖女様達の脱出を支援する為に少数の兵と共にイグニス宮殿に残っておられ最後に脱出すると言う報告を最後に行方がわからなくなっております」

「うそっ!そんなの嘘よっ!父さまに限ってそんな事ありえない!」

「今、組織の者総出で情報を集めております、もうしばらく、もうしばらくお待ち下さい」

「もうしばらくって、どの位待てって言うの?明日?明後日?ねえ、ねえ、答えなさいよおぉぉ!」

 

  バシィィッ!!!


 その時室内にはでな音が響き渡り、シャルロッテが壁際まで吹き飛んでいた。

「すまんな、今お嬢に錯乱されたら、俺達は身動きが取れないんでな。後で、いくらでも文句は聞くからよ」

 そう言うと、ムスケルは悲しそうな表情で周りを見回した。

 すると、高々と上げた右腕の行先に困ったメアリーと目が合った。同じくアウラも右手を上げたまま困っていた。執事のジェイもそっとわからない様に右手を降ろしていた。

「ふっ、みんな同じ気持ちか」

 そっと呟いたムスケルの耳に聞こえてきた声はシャルロッテ様だった。


「カーン伯爵の兵力配置を教えて?」

 のそのそと立ち上がりながら、のろのろと部屋中央の地図の元にやって来たシャルロッテだった。その左頬は真っ赤に腫れあがっていて、左目も半分塞がっていた。

 しかし、その眼は死んで居なかった。その鋭い眼光はまさに、強敵を目の前にした野生の魔獣の様な気迫に満ち溢れていた。

 その気迫溢れる眼光に気おされたセンター長は後ずさったまましばらく声が出せなかった。

「兵力配置わっ!!」

 シャルロッテの声が響き渡った。

 口から流れ出る血を袖で拭い、中央の台に両手をついて報告を求めて来る姿に我に返ったセンター長は手に持った紙の束をめくり始めた。

「まず、サリチアの援軍として、お兄様の軍を挟み撃ちにするべく八万がサリチアに進軍中です。そして、王都攻略の為の本隊が四十六万。もう先頭が王都に着いて居る頃です。更に本拠地であるイルクートに予備が十万、これが現在判明している敵兵力になります」

「全部で六十四万か。こちらは、帝国からの借り物と『うさぎ』合わせて二万二千四百か」

「今、全国に散らばる仲間に声を掛けているから、後二千は集まるぞ」

「それでも、二十五倍の敵が相手かぁ。すごいなぁ」

「お嬢、随分と他人事みたいだなぁ」

「うーん、なんか、実感ないかなぁ。どうせ二十五倍っていっても、ガッツリ四つに組む訳じゃないし、分散させればなんとかなるんでない?」

「そりゃあそうなんだがな」

 なぜか、お頭はニヤニヤしている。

「あれっ?」

 あたし、なんか気が付いちゃったかも。

「どうした?お嬢」

 ニヤニヤ顔のままお頭が聞いて来るが、それどころじゃない。なんか、重要な事に気が付いたかも。

「以前、カーン伯爵の兵力は二万て言ってなかった?」

「ほう、良く覚えていたなぁ」

「何で、今回四十六万もの兵力を動員出来たの?おかしくない?」

「なぜだと思う?」

 お頭は、ますますニヤニヤしている。構っている場合じゃないから無視するけどぉ。

「そっかぁ!!農民やら一般市民を徴収したんだぁ」

「正解。良くわかったな」

 ニヤニヤが笑顔になっていた。

「って事はさぁ、ほとんどが素人の集まりって事じゃない。だったら、そんなに悲観する必要は無いって事じゃない」

「そういう事だ」

「あー、悩んで損したぁぁぁ」

「だがな、素人でも大勢わらわら居るのは鬱陶しいぞ。一般人だから、あまり殺傷したくないしな。一歩間違えれば大虐殺だ」

「そうね」


「各地の有力諸侯は?」

 ふいに、話を振られた所長は慌てて紙の束をめくり始めた。

「ええと、ええとですね、動きなしです。有力諸侯は様子見を決め込んでいる様ですね。自国領で守りを固めております」

「ふんっ!」

 メアリーは鼻をならした。

「どうせタヌキ共は、高みの見物を決め込んでいて、勝敗が決してから勝っている陣営に参加するつもりなんでしょ!むかつくわぁ」

 怒り心頭のメアリーだったが、その隣で地図を見ているアウラはポカンとしている。

「でもさぁ?勝敗が決してっていうけど、王都を取られた時点でどう見ても既に勝敗は決しているわよね?どっちの陣営に付くか何悩む事があるの?」

 あたし以外のこの場に居るみんなは優しい眼差しでアウラを見ている。なんか、あたしに対する対応と随分と違うんですけどお?

 お頭は、優しくごっつい手をアウラの頭に乗せ、髪の毛をわしわししながら言い聞かせるように話しだした。

「奴らはな、確かに王都を占領しようとしているが、それは土地を手中に収めただけであって、人心を掌握したわけじゃあないんだよ」

「ほえ」

「人心を掌握してない奴らは、いつ寝首を掻かれるかわからんのだ。だから、諸侯は様子を見守っているんだよ、人心を掌握できるかどうか」

「じゃあ、じゃあさ、奴らが人心を掌握したら、諸侯も動き出すって事?」

「そうなるな、諸侯だって反乱者にはなりたくないだろうからな、確実に主流派に付きたいに決まっている」

 そっか、そうなんだ。じゃあ、まだあたしたちにもやりかたによっては勝機はあるって事かぁ。

 ってか、なんでお頭はさっきからアウラに言い聞かせているのに、ちらちらこっちみているんだ?

 もしかして、これってあたしに説明しているの?アウラに言い聞かせているふりをして。

「じゃあさ、その人心を掌握するキーストーンをこちらで押さえれば、勝機はあるって事ね?」

「そうなるな」

 間違いない、お頭はこっちを見てニヤニヤしている。ちえっ、だったら先にそう言えよなぁ。

「はいはい、アナスタシア様の姉君、聖女様であるエレノア様を確保出来るかが勝敗を握る鍵になるのね」


 パチパチパチ


「正解だ。聖女様こそ、国民の心の支えだからな。諸侯も聖女様に弓は引きたくないから静観しているんだよ」

 なるほどね。

「ちなみに、諸侯の軍勢って、合わせるとどの位になるの?」

「それはですねぇ、おおよその数になってしまうのですが、百万はくだらないかと。更に、聖女様をお救いしてその御旗の元に立ち上がれば、町民や農民もつどって来る事が予想されますので、その数は二百万とも三百万とも言えますです。味方に付けられれば、一気に形勢逆転になります」

「どうだ?元気出て来たか?」

「うん、ありがとうお頭。でも、もう少しは手加減してよね、こっちはか弱い乙女なのよ?口の中ズタズタになっちゃったわ」

「乙女かどうかはさて置き、この少ない軍勢をどう使う?」

「置いておかないで!乙女なの!お と め!」

「おとめ ねぇ、ま、冗談はさて置き・・・」

「んもうっ!」

「お頭?からかうのはその辺にして、そろそろ具体的な方向付けをしていかないと」

 一人冷静なメアリーがお頭に釘を刺したが変わらないんだろうなぁ。

「メアリー さん。パンゲア共和国の方に密書を届けられます?大至急に」

「パンゲア 共和国に?帝国でなくって? ですか?」

「そう、共和国に」

「そりゃあ、出来る 出来ますが」

「じゃあ、大至急お願いします」

「して、何と?」

「戦いには参加しなくていいから、我が国との国境線近くで軍事練習して欲しいの。なるったけ多くの兵を動員して」

「何のために  ですか?」

「相手を混乱させる為、それと相手を分散させる為 かな?」

「そうか、国境沿いに軍が集まれば、奴らにしても脅威になるから兵を割かねばならないか。それに、なにか問題になっても、自国内での軍事練習なら文句も言えない か」

「承知!ただちに密偵を送る 送ります。でわっ」

 メアリーさん、大急ぎで出て行った。

「で、政府首脳とエレノア様の安否はまだ掴めないの?」

「ええっと、今現在の最新情報ですが。王都は奴らの蜂起と同時に無防備都市宣言をし、総員退去をしたので、連中に無血占領された様です。カーン伯爵は、王宮であるイグニス宮殿で指揮を執って居る様です。エレノア様のパレス・ブラン(白の宮殿)も占拠され現在は封鎖されている様です」

 分厚い紙の束を大急ぎでめくりながらの報告は続いた。

「政府首脳は無事逃げ延びた様なのですが、潜伏先については現場の混乱も有って現在調査中です。御父上様も最後まで王都に残ったとまでは報告がありますが、その後については調査中です。聖女様につきましても聖騎士団が付き添い無事脱出出来た所までは掴んでおりますが、その後につきましては  調査中であります」

「調査中、調査中、現地は大混乱なのでしょうから仕方のない事ではあるけど、正確な状況が掴めないって、もどかしいわね。何をするにも予想と想像を元にしなくてはならないのって嫌だな」

「それが戦争ってもんだ。諦めな」

 お頭はいつでも余裕なのって凄いな、あたしには無理だわ。

「いつも後手後手で、相手の都合で動かされるのって嫌。こっちの思う様に動いて欲しいな」

「お嬢ぉ、そりゃあ贅沢ってもんですよぉ」

 アウラもいつもと変わらないねぇ、凄いよ。


 ん?

「お頭ぁ、もしね、もし奴らの本拠地イルクートが攻められたら、守りに来るかな?見捨てるかな?」

「そりゃあ来るだろうよ。イルクートを取られたら、ベルクヴェルクの鉱山からアダマンタイトを運び込めなく・・・」

「・・・そうか、なるほど。あそこを取って籠城して攻城戦に持ち込めば三分の一の兵力で対抗できるか」

「いや、占領はしたくない。あそこ、食料は全部他所からの運び込みで賄っているから、籠城したらあっという間に食糧難になって自滅だよ。自滅するのは、あいつら。あたし達じゃない」

「じゃあ、どうするつもりだ?」

「エレノア様の安否がわかる迄ぼーっとしてられないでしょ?まずは出来る事からやるのよ」

「だから、どうやって?」

「簡単に言うと、イルクートの一般市民をみんな脱出させてから、食料の搬入を徹底的に妨害するの。あっという間に飢えるわよ」

「言うのは簡単だがな、サリチア救援軍が戻って来たらどうする?王都を占領している主力部隊からも兵が出て来るぞ」

「大丈夫よぉ、サリチア救援軍は戻って来れないわ、戻ったらマイヤー兄様に挟み撃ちにされるもん。王都からの部隊だって、共和国軍を睨みながらだから、思う様には動けないはずよ」

「一般市民の避難はどうする?何万人も居るだろう」

「お頭、プレーダーマウスって覚えてます?」

「確か、ベルクヴェルク山脈の裾に生息しているコウモリ型の魔物だよな、お嬢が毒にやられた」

「彼らって、目が悪い代わりに嗅覚が優れているんですって」

「それがどうしたって言うんだ?話が見えないが」

「ふふふ、竜執事さんに聞いたんですよ、ディアブロの木っていうのがあるそうなんです、ベルクヴェルク山脈の山奥に。それを燃やすと彼らにとってたまらなく好きな臭いが発生するんだって。おまけにね、それを嗅ぐと非常に攻撃的になるそうなんですよお」

「おまえ、なんか楽しそうだな」

「そんな事ないですよ」

「仮にだ。イルクートの街で燃やしたとして、ベルクヴェルク山脈からわざわざやって来るのか?」

「この程度の距離なら難なく来るそうですよ。軍の駐屯地で燃やして、プレーダーマウス部隊が頑張ってくれている間に、一般市民は離れた門から逃げ出せばいいでしょ?」

「うーん、市民に作戦開始の日時を知らせるのは問題ないが、、、、」

「あ、ちなみにですね、イルクートの軍の駐屯地は街の西側になります。おそらく、主力部隊に対する補給や増援の関係でしょうな」

 さすが、センター長、押さえる所はしっかり押さえているのね。

 なんとなく反撃の目途がついたからか、この中央指令室に詰めているみんなにも明るい笑顔が見え始めている様だった。

 先ほどまでの悲壮な感じは消え去り、明るい雰囲気が広がり始めていたが、次のお頭の言葉で、再び室内が凍り付いた。


「喜んでいる所、申し訳ないんだがな」

 みんなの視線が、お頭に集まった。

「そのディアブロの木って、どこにあるんだ?」

「だから、ベルクヴェルク山脈に・・・」

「山脈のどこにあるんだ?見た事があるのか?見付けて採取して来れるのか?採りに行って帰って来るまで何日かかる?」

「えーと・・・」

「手に入らなければ、絵に描いた餅だぞ」

(この世界にも餅という食べ物が有る様である)


 盛り上がった空気が一気にしぼんで、再び鬱々とした空気が蔓延してきたようだった。


「ご心配なく」


 その場に居た全員がはじかれる様に声のする方に振り返った。この世界の人(?)は、驚かすのが好きな様だ。

 そこに居たのは、白髪交じりの髪の毛をオールバックに固め、皺ひとつない黒の上下で身を包んだ好々爺、竜王様に仕えていると言うヴィーヴル氏だった。

「ヴィーヴルさん、山に帰ったのでは?いいやいや、それ以前にどうやってここに入って来たの?」

 竜執事氏はニコニコと表情を変えず、相変わらずのマイペース振り全開で話し始めた。

「山に帰りまして、我が主にお卵を御返ししました所、大変に感激されておりまして、褒美を取らすと申しておりますが、何か欲しい物でもありますでしょうか?」

「あっ!それなら前に話していたディアブロの木が欲しいんだけど、急ぎで集められます?」

「ほっほっほっ、お話ししていた時大変興味をお持ちの様でしたので、荷車十台ほど持参致しました。今、上の中庭に置いて御座いますよ。」

「ヴィーヴルさん、すっごおおおぉぉいっ!」

「更に、これからの戦いのお役に立てればと、主より地獄の業火により周りを吹き飛ばす棒を預かって参りました。どうか、お納め下さい。本来なら自ら手を貸したいのだが、基本人界には不干渉との聖約が有る為それも叶わぬと嘆いておりました」

「地獄の業火?」

「吹き飛ばす?」

「なんですか、そりゃ?」

「わたくしも詳しくは存じませんが、その昔人族の賢者様から手に入れてずっと、何百年も封印されていたそうで御座います。此度のご活躍に対して竜王様からの使用許可が下りたので御座います」

「具体的に、どんな物なの?」

「短い筒の中に火と風の魔石の粉末と、なにやら腐った臭いのするどろが詰まっているそうで、その筒から伸びている紐に火を点けると爆発するそうで御座います」

「ああ、そうでした。近くに火の気の有る物は置かない事と、湿気には気を付ける様にとの事です。後、火を点けて五を数えると爆発するので火を点けたら即離れるか、思いっきり遠くに投げて下さいとの事でした」

「有難く頂戴します。竜王様には感謝していたとお伝え下さい。後で試してみよう。とりあえず、火の気のない納屋に仕舞って置いてください」

「で、それは何という名前なのでしょう?」

「名前は無いそうなので、シャルロッテ様がお付けくださって結構で御座いますよ」

「ええっ!?いきなりそんな事言われてもなぁ、戦いでは力強い味方になりそうだから、力強い=ダイナでどうかな?それから竜王様から許可された物って事で 許可=マイト 繋げて ダイナマイトにしよう。どう?」

「お嬢にしては、気の利いた名付けであるな。ダイナマイトか、ぐっと来るものがあるネーミングだ。よくわからないが・・・」

 うんうんと、お頭は気に入った様だった。まあ、良かったのかな?


 誰も竜執事殿がどうやってここに入って来たのか追及どころか、気にもしていないので、あたしも気にしない事にする。なので、ディアブロの木をイクルートに運び入れる算段と、住民に避難を呼び掛ける打ち合わせをする事にした。

「ディアブロの木は、駐屯地の近くに持ち込まないとならないんだけど、どうしたらいいかな?」

 みんなの意見を聞いて見た。

 ポイントはふたつ。まず、なるべく駐屯地の近くに持ち込む事、それから、怪しまれずに燃やす事なんだが、みんな唸ったまま、案が出ない。

 そりゃあそうだろう。火を点けた時点で、十分怪しいと言うか大騒ぎになるであろうからね。

 そんな中、アウラが手を上げた。

「はーい♪」

 何を言い出すんだ?と、身構えてみたが、ま、聞くだけならただだから聞くことにした。

「アウラ、いい案あるの?」

「うん、駐屯地ってね、警戒の為一日中広場で火を燃やしているのよ。だから、薪の補充だって言えば簡単に近寄れるし、ついでに火にくべて来ちゃえば一石二鳥じゃない?」

 あまりにも単純すぎて、あまりにも考え過ぎて、あまりにも頭が固くて、思いつかなかった・・・。

 アウラの何物にもとらわれない柔軟な発想、侮りがたし。

「じゃあ、そういう事でディアブロの木搬入の準備をしよう。馬車隊を誰が指揮するかだね、一歩間違えると大変な事になるから人選は慎重にしないとね」

「誰が適任かなぁ?」

 あたしは、周りをぐるっと見回したが、その時センター長のトッド・ウイリアムが恐る恐る手を上げるのが視界に入った。

「センター長、行ってくれるの?気持ちは有難いんだけど、危険な任務なのよ。デスクワーク主体のセンター長には難しいと思うのだけど」


「あ、いえ、こんな時に大変申し訳ないのですが・・・」

「なに?言ってみて?」

「はい、あのですね、イルクートから軍勢が出て、こちらに向かって来ております。いかがいたしましょう?」




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