表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
177/187

177.

 いったいあたしの目の前で何が起こっているの?

 呆然としているあたしの目の前で、光り輝くあたしの剣がゆるゆると舷側を登ってきた。

 どうして?どうやって川から浮き上がって来ているの?

 あの剣って、自力で移動できるの?そんな話は聞いてないと思ったんだけど?


「お嬢?お嬢の剣って、いつから一人歩きが出来るようになったので?」

 アウラが神妙な顔で聞いて来たんだけど、あたしだってそんな事初めて知ったわよ。

 自分で歩き回る剣だなんて、有り得ない。


「でもね・・・」アドが話し始めた。

「普通、自力で動き回る剣なんてあり得ない事です。あの動きはどう見ても不自然ですよ。そう・・・言うなれば誰かに操られているといった感じですかね」

「誰かって・・・誰に?」

「うーん、そうですねぇ、物を動かす事に長けた人って言ったらアンジェラさんあたりでしょうか?」

「アンジェラさん?確かにこんな大きな船を飛ばせてはいるんだけれど・・・まさか・・・」

 アンジェラさんを探すと、操船台の上で両膝を付いている。両手を合わせて握りしめて、なにやら下を向いて祈っているように見えた。

 まさか・・・?

 そうこうしている間にも、あたしの剣は輝きを増しながら舷側の手摺りを越えて来た。

 あたしは、とっさに駆け出し、水の滴る剣を手に取った。

 そこからの事はあまり覚えていなかった。後でアウラに聞いた所、剣を手に取るや否や、あたしは剣を頭上に高く掲げたらしい。

 すると三体の堕天使は同時にさっと身を引くと、そのまま今来た方向に飛び去って行ったそうだ。やはり、この剣には何らかの力が宿っていると考えていいのだろう。


 あたしはと言うと、剣を掲げたまま固まっていたとの事だった。

「お嬢、お嬢?どうしたんです?」

 アウラがあたしの両肩を捕まえて揺さぶってくれたおかげで、あたしは我に返った。

「あれ?あたし・・・どうしたの?堕天使は?」我ながら間の抜けた声であったと思う。

「あいつらは逃げて行きましたよ。その剣に恐れをなしたのは間違いないですよ。それで、これからどうします?」


「あ ああ、そうね、すぐにでも追いかけないと・・・」アウラに支えられたままうなされた様にそう呟くと、周囲から即反対意見が飛んで来た。

「おい、正気か!?おめーは、こんな真っ暗な中、未知の場所に突っ込もうって言うんか?」おかしらだった。

「姐さん。アンジェラさん、力を使い果たしたみたいやで?このまま飛ぶんはあかんとちゃうんか?」

 確かにポーリンの言う通りだった。アンジェラさんは、甲板上に尻餅をついたままぐったりとしている、このまま追撃は無謀だろうという事はあたしにもわかった。

「だ 大丈夫です。すぐにでも飛び立てます」

 健気にもアンジェラさんはすぐに飛び立てると言ってくれるが、ここは無理はさせられない。あたしがハッキリと決断を下さないと駄目だわ。

「アンジェラさん、ありがとうね。でも、真っ暗闇の中を飛ぶのは危険だわ。出発は陽が昇ってからにします。アンジェラさんはそれまでゆっくりと休んでちょうだい。見張りを立てて、他のみんなは明日に備えて休憩とします。さあ、みんな解散よ」


「へっ、やっと多少はリーダーらしい指示が出せるようになったじゃあねーか。俺は練るぜ」

 そう言うと、おかしらは船室に降りて行った。


「ふふふ、あれでもおかしらはお嬢の事を褒めているんですよ。素直じゃあないですから、あんな言い方になっちゃいますがねww」

 まあ、付き合いの長いアウラが言うのだから、そうなんだろうなあ。真正面から褒められても調子が狂っちゃうから、あれでいいのかもね。


「で?まず誰が警戒に立ちます?」

 なんか、アウラには考えている事を全部見透かされているみたいな気がするんだけど、ちゃんと言葉にしないとね。

「あたしが立つわ。この剣があればやつらも来ないでしょ?あたし一人で大丈夫だから、みんなは休んで頂戴な」

 やはりアウラにはわかっていたみたいで、みんなに声を掛けながら、素直に船室に降りて行った。


 真っ暗な甲板上にはあたし一人だけが残り、あたしは星空を見上げながら今日一日あった事を思い返していた。

「なんで、あんな化け物みたいな奴らがやって来ちゃったんだろう?蛮族を火責めにしたのがいけなかったのだろうか?やっぱりあたしが疫病神なのだろうか?」

 何気なく独り言ちただけだったのだけど、不意に返事が返って来て、あたしは腰を抜かさんばかりに驚いてしまった。


「それは違いますって。姐さんが居たから、姐さんとその剣があったからこそ、全てが解決したのですよ」

 暗闇からのその声は、アドだった。

「あんた、みんなと寝たんじゃあなかったの?」

「今日一日の事を考えて居たら寝れなくなってしまいました。ダーク・エンジェルを至近距離で見れたなんて、姐さんは幸運の女神ですよ」

「なーに言ってるのよお」

「次は、もっとゆっくりと奴らの生態を観察したいです。観察の機会を宜しくお願いしますね」

 何を言い出すんだこの子は。一時は死を覚悟したのをわすれたのか?

「勘弁してよ。もうあんなのと対面するなんて、ごめんだわ。命がいくらあっても足りゃあしないわよ」

 だが、アドは平然としている。冗談を言っているようにも見えないが、本心で奴の観察がしたいのだろうか?あたしには、理解できないわ。

「大丈夫ですって。こちらには切り札がありますから」

「えっ?切り札って、まさかこの剣って事?」

「ええ、正確にはその剣を握った姐さんが切り札なんですよ。剣だけじゃだめなんです」

「どういう事かな?」

「その剣が川から上がって来た時、彼らは反応していませんでした。姐さんが握った瞬間、彼らは逃げ去って行きました。すなわち、姐さんとその剣が一体になると、何かが起こると考えていいと思います」

「何かって?」

「何か・・・です。恐らくその剣から放出される例の波動が彼らにはとてつもなく不快、若しくは命の危機を感じさせるのでしょう。今度出くわしたら、斬りかかってみてくださいよ、興味ありますww」

「よしてよ。あんなのと、もう出会いたくないわよ。あの叫び声、本当に不快なんだからね」

 あたしは、必死でアドの提案を否定したのだが、彼女には全く届いていないようだった。ま、いつもの事だけどね。

「その剣には、製作者である竜王様の何らかのお力が込められていると思って良いと思います。おそらく連中が逃げたのは、竜王様とダーク・エンジェルの格の違いなのでしょう。格が違えば逆らう事は出来ないのでしょうからね」

「何らかの力?それってどんな力なのよ?」

「何らかは、何らかです。それ以上でも、それ以下でもありません」

 偉そうに言っているけど、きっとアドにもわからないんだわ。

「とにかく!私は実際にあった事から、事実を導き出しているだけですので。もっと正確な答えを導き出すにはサンプルが足りないのですよ。もっと彼らと接触をして・・・」

「ご ごめんだわ。あんなのとそう何回も接触していたら、頭がおかしくなっちゃうわよ。却下!断固として却下!」


 はあはあと息を切らしながら全否定するあたしだったが、アドは意に介しないようで、あたしの隣に座って来た。

「確かに、ダーク・エンジェルは恐怖の対象でしかないでしょう。でも、忘れないでいて欲しいのですけれど、世界で一番恐ろしいのは、人族なのです」

「人族?」

「ええ、人族が一番恐ろしいのですよ。忘れないでくださいね」

「それって、もしかして・・・」

「ええ、私の両親も兄妹も、友人も、みんな人族に殺されました。人族固有の最も忌むべきスキルは、裏切りと自己保身、それと嘘をつく能力です。そんなスキルを持つ人族に比べたら、魔物など純粋なものです」

「純粋ですって?魔物が?」

「はい、彼らは腹が一杯になれば必要以上に獲物を襲ったりはしません。ですが、人族は獲物が絶滅するまで狩り続けます」

「まあ、全否定はしないけれど、それって極論なのでは?」

「今言った事は、どこか心の片隅にでも置いておいてもらえればいいですよ。実際に直面しないと、なかなか理解しずらい事ですから」

 そこまで言うと、アドは黙ってしまった。何を考えているのかは、あたし程度の頭ではわかりようもなかった。でも、それなりの壮絶な人生を送って来たのだろうと言う事だけはわかる。今は、大事な仲間。それでいいじゃないか。そう自分に言い聞かせた。


 アドが黙ったせいで『魔物は純粋』、その言葉があたしの頭の中をぐるぐるし始めた。確かにそうなのかも。蛮族だって、己の食欲に純粋に従っているだけと言えなくもない。あれも人族と言えば人族か。

 考える事が多すぎて、あたしの単純な頭はパンク寸前だった。

 気が付くと、真っ暗だった夜空は、うっすらと白み始めていた。アドはあたしの横で静かに寝息を立てている。

 やはりあいつらは来なかったな。もうあいつらが来る事はないだろう。ボッシュさんが見張りの交代に来てくれたから、考えるのは止めて、あたしも少し寝る事にしよう。


 気が付くと周りがなにやら騒がしい。のそのそと起き出したあたしは上甲板に出てみた。

 みんなは出航に向けて慌ただしくしているようだが、何か雰囲気が変だ。船首の方に大勢が集まっている?

 訝しんでいると、クレアに声を掛けられた。

「姐さん、ちょっと問題が起きてます」

「問題?蛮族でも攻めて来た?」

「違いますよ。昨日、ほとんど墜落するみたいに着水したじゃないですか?思いっ切り岸に突っ込んだせいで、船首が岸にめり込んじゃってしまって、飛び立てないんですよ。今、男衆が船を降りて船首の周りを掘り始めた所ですよ」

「まあ、そんな事になっていたのね。気が付かなかったわ」

 あたしは、クレアと一緒に問題の船首に向かった。

 そこでは男衆が集まり船首の周りの土を掘っていたのだが、お世辞にも捗っているとは言えなかった。

 川岸の土は、がっつりと船首を咥え込んでいて、一筋縄ではいきそうにない状況だった。

 うーん、と考えていたその時、ふと名案があたしの頭に降りて来た。

 あたしは、ポーリンを探して一緒に岸に降り立った。


 穴掘り作業をしている最前線に行ってみると、おかしらが汗だくになって土を掘っていた。

「ここは、女子供の来る所じゃあねー。邪魔だからどっかに行ってろ!」

 忌々しそうにそう叫ぶおかしらだったが、あたしは気にもせずに、めり込んでしまっている船の舳先の所に進んで行った。

「邪魔だって言うのが聞こえねーんか!?どっか行ってろ!」

 あたしは、にっこりとおかしらに言い放った。

「ここからはあたし達が引き継ぐわ。か弱いおかしら達は下がっていてちょうだいねww」

 売り言葉に買い言葉で、あたしもつい意地悪に言ってしまった。

 一時険悪な雰囲気になってしまったが、不意におかしらが不敵な笑みを浮かべて言い放った。


「そーかい。どんな天変地異をおこしていただけるのか、楽しみだなあぁ。お手並み拝見といこうじゃあねーか。か弱い俺達は船上で見物でもさせてもらうぜ。さぁ、みんな、引き上げるぞおーっ!!」

 そう言うと、男衆は続々と船内に引き上げて行った。

「姐さん。ちょーっと言い過ぎやおまへんか?みんな行ってしもうたやん」

 ポーリンがオロオロしながら言って来るが、もう言ってしまったもんはしゃーない。

「言っただけの事をすればいいのよ、さぁ、やるよ」

「そうですよ。心配する事はありません。お二人なら楽勝ですよ。ただ、船体は壊さんようにお願いしますね」

 アドからもOKが出た。

 あたしとポーリンは、剣を抜いて精神を集中し始めた。

「いい?船首から少し離れた所を切っ先から出た波動でえぐる感覚でいくよ。周囲を緩めていけば船は自然に離れるはず」

 周囲を見ると、岸に残っているのはあたしとポーリンだけ。

「行くよ」

 あたしとポーリンは船首を挟んで船の左右に分かれ、お互いの剣を地面に突き刺した。

 そのまま、剣に意識を集中していく。さあ、ここからが大事だぞ。

 剣を地面に刺して精神波動を放出させたまま、船首に沿って川まで斬るように移動していくのだ。

 最初は地面が固くてなかなか剣が動いて行かなかったが、波動を放出させるにつれてまるで熱いナイフでバターを斬るようにするすると動き始めたのだった。

 そうなると、作業自体が楽しくなってくる。もう少しで川に到達するという所で、ついに船体が『ぎぎぎぎ』と唸り始めた。

 顔を上げて船を見ると、ゆっくりと川に向かって動き出しているのが見て取れた。あたしは剣を地面から抜き、動き始めた船を呆然と見るだけだった。

 頭から岸に突っ込んだ船が、徐々に後退を始めたのだった。周囲に分厚い泥の衣を付けたまま。

 船上っからは、おおおおおおぉっ!!と歓声が聞こえてきている。


「やった!」

 額の汗を拭いながら、動き始めた船を見ていると、するするすると船上からロープが降ろされて来た。

「シャルロッテ殿ぉ、もういいでしょう、登って来てくださーい!」

 遥か上の甲板からはジェームズさんが手を振りながら叫んでいた。

 あたしは、剣をしまい、駆け出して行ってロープに掴まった。

 その頃になると船の移動速度も加速度を付けて人の走る速度ほどになっていた。

 ロープに掴まると同時に、身体が宙に浮いていた。もの凄い力で引っ張り上げられていたのだった。

 甲板上では、みんながロープに取り付き、引っ張ってくれていたので、あたしはあっという間に甲板上に居た。

 反対側の甲板を見ると、ポーリンも引き上げられていて、ホッとした。


「さすがですなぁ、シャルロッテ殿。その剣にそんな使い方があるとは知りませんでしたよww」

 ジェームズさんが実に楽しそうに話し掛けて来た。

「俺達が心配そうにしていたら、ムスケル氏に叱られたんですよww「あいつがやると言ったら必ずやりとげるんだ!黙って見てろ!」てねww」

「おかしらが?そんな事を?」 さっとお頭を見ると、ゆでだこみたいに真っ赤になってこっちを睨んでいた。

「ば ばかやろーっ!!お 俺がそんな事 いう訳・・・・・」

 そこまで言うと、踵を返してどすどすと船内に入って行ってしまった。

 そこで、甲板上は再び大爆笑の渦になっていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ