175.
ポーリンの一言で、自分達の命運が尽きようとしている事を、船に乗っている全員が不本意ながら理解してしまった。
もっと大騒ぎになるものとおもっていたのだが、意外とみんな落ち着いていた。
と言うか、観念したかのように、静かにお互いの顔を見合ったまま呆然としている。。
何なら、顔に薄笑いを浮かべている者も居るくらいだ。ミリーは、しきりに何かを頬張っているみたいだ。あの娘らしいわ。
かく言うあたしだってみんなと一緒だった。ああ、人生ってこんなに突然終わりを告げるものなんだなって、他人事の様にぼーっと考えていた。
何故か不思議な事に悲壮感は全くなかった。ただ、頭の中が冷めた感じで、呆然とするしかなかったのだ。
その時、回転の遅くなったあたしの頭の中で唯一考える事の出来たことは、リーダーとして、みんなに何か言わなきゃいけないのかなって事だけだった。
そう、みんなから信頼されていないリーダーとして、せめてお別れの言葉の様な事をいわなければ・・・。
そんな思いがあたしを突き動かしたのだろう、手摺りに掴まりながらよろよろと立ち上がる事ができた。
そんなあたしの事を、みんながぼーっと注目しているのがわかった。
さて、何か言わなければと思い立ち上がったまでは良かったのだが、全く回転していないあたしの頭は何も言葉が浮かばなかった。
それでも、何か言わなければと思った時、おかしらが視界に入った。
その途端、思いもしなかった言葉があたしの口から紡がれて溢れ出て来た。これには、あたしも正直ビックリした。
「みんな聞いて!今すぐ船を降りるの!ただちに舳先の方から飛び降りてちょうだい!そして、西に向かってひたすら走って!固まったらだめ!ばらばらに走るの。みんなが逃げる時間はあたしが稼ぐわ。あたしにだって『不幸を呼び寄せる者』『歩く天変地異』としてのプライドがあるわ。きっとみんなが逃げる間位は持ち堪えてみせるわ。さぁ、時間が無いわ、さっさと船を降りてちょうだい!!」
振り向きざま、あたしは腰の剣を抜いて船尾に向かって走り出した。
なにか勝算があったわけじゃあなかった。なにか出来ることがあったわけでもなかった。たとえ、今こちらに向かって暗闇の中を飛んで来るであろう堕天使を睨む事しか出来ないとしても、それがあたしの、あたしに出来る全ての事だと信じて、あいつの前に立ち塞がるだけ。
竜王様から貰った剣を目の前に構え前方を見つめる。その時になって足がガクガクと小刻みに震えているのに気が付いた。
「あははは、覚悟が出来たと思ってたんだけど、やはりあたしは小心者だったわww なさけねー」
思わず独り言ちたのだが、その時不意に両肩に巨大な手が振って来てその重量が肩から腰を通り足の先に迄届いた。
ビックリして上を見ると、そこにはニヤッと笑ったおかしらの大きな顔があった。
「そんなに自分を卑下するもんじゃあねーぜ。おめーは立派だぜww」
「お おかしらっ!なんで・・・なんでここに居るの?なんでにげないの!?」
「へっ!なめんなよ!娘っ子に守って貰って、なんでおめおめ逃げられるもんかよ!腐っても俺はムスケルだ!絶望のムスケルだっ!この絶望ってのはな、俺が絶望するんじゃあねー、相手が絶望するんだよ!覚えておけっ!!」
「な・・・」
「そうですよ、おかしらはいつだってどんな時だってみんなを守ってきたんです。逃げ出すなんて事は天地がひっくり返ったって・・・あまりありえませんてww」
「あまり?」 横を見ると満々の笑みを浮かべたアウラがいた。
「あ あんたまで・・・。何で逃げないのよ。勝てる訳無い相手なのよ?あんた、バカ?」
「あはは、そうですね、バカなのかもしれません。この船に乗った連中は、みんなバカが伝染ったのかもしれません。みんな物事を正しく判断出来なくなっているようですねww」
アウラの言葉にハッとして後ろを振り返ると・・・見慣れた面々がニコニコと笑いながら立って居た。誰も降りなかったみたいだ。
ほんっとに、一人くらい正しい判断出来る人は居なかったのだろうか?
唯一冷静に判断の出来るであろうと思っていたアドですら、何をとち狂ったのか逃げずに居る。もっとも彼女は、ダーク・エンジェルに関してメモするのに夢中のようだが。それはそれで彼女らしいと言えるのだろうが。
みんなして大バカ者だったって事なのか?きっとそうなんだなww。
「アド?あんたも残ったって事は、何かいい対応策でもあったりして・・・?」
ダメもとで聞いて見たのだが、返事はそっけなかった。
「そんなもの、普通に考えてあるわけないですよ」
はぁ、さいですか。なら、何故残ったのよ?とは聞けなかった、記録する事が大事なのであろう事はわかっているから。
「何も手が無いって事は、みんなで枕を揃えて討ち死に確定って事ね。願わくば、苦しまないように一瞬で片を付けてほしいもんだわ」
あたしが自嘲的にそう言うと、アドはニヤリと悪だくみをするが如く話し掛けて来た。
「姐さんの『不幸を呼び込む』スキル、ここらで本領発揮とはいかないもんでしょうかね?」
「えっ?どういう事?」
この期に及んで、訳が分からない事を言い出すアドなんだが、あたしには何のことだかさっぱりだ。
「こちらから仕掛けても、ハッキリ言って無駄でしょう。何をしてもダメージは与えられないどころか、無駄に怒らせるだけでしょう」
「それって・・・例の天変地異か?」
恐る恐る聞くお頭の表情が妙に硬い。いつもの豪胆なおかしららしくないよ。
「そう。でも、天変地異だけで言うならこちらには歩く天変地異がいます。天変地異に関してなら、こちらもプロなんですよ。向こうが仕掛けてくれるなら対抗出来るかもしれない。ほとんど可能性はゼロに近いですがねww」
「ちょっ、ちょっ、まってまって、それは周囲が勝手に勘違いして言ってるだけで、あたしはそんなのとなんのゆかりも無いわよ!」
話が変な方に行きそうなので、大慌てで止めに入ったんだけど、みんな、その気になっちゃってるよ。
「天変地異競争で勝てる訳ないじゃないのよ、こっちは人間よ!もっと冷静になってよ!」
だが、もう手の施しようもなかった。絶望の淵で燃え上ったやけくそという炎は物凄い勢いでみんなの心の中で燃え上ってしまったみたいで、みんな各々の武器を振り回しながら、奇声を上げる始末だった。
だめだ・・こりゃ・・・。
あたしはどうしたらいいのよ・・・。
だけど、そんなあたしの苦悩などどこ吹く風のアドは、平然としている。
「まあ、自分の不幸体質を信じましょう。きっとなんとかなりますって」
いつもどんな時も冷静に状況を分析していたアドが、こんなにお気楽モードになるなんて・・・いいのだろうか。あたしが心配し過ぎ?
「あ、見えたでぇ~」
ポーリンの声にみんなの視線が前方に集中した。
既に暗くなった夜空を背景にぼおおっとした点が見えて来た。そしてみるみる内にその点は輝きと大きさを増していった。
高度は地面から十から二十メートル位だろうか。真っ直ぐにこちらにやって来る。
その背中には・・・確かに羽?と思われるものが六枚見て取れた。古代に書かれた記載通りという事が理解出来た。
まだ距離はあるのだが、何故か女性であろう体型なのはうっすらと理解出来た。それも抜群のスタイルをしていた。
顔は・・・まだ良く分らないが、聞いていたのとは違い清楚な美人風だ。それにしても何故、この距離で夜間なのにこんなにもはっきりと認識出来るのだろう、凄く不思議だった。
まるで、目で見ていると言うか、その姿が頭に直接送り込まれているかのようだった。
「うっ!」
「うわっ!」
「うおぉっ!」
みんなが突然、タイミングを合わせたように一斉に呻いた。
「なんだあぁ、この不快な音はっ!」
まるで頭の中を素手でかき回されたかのような(もっともそんな事をされた事はないが)不快な音だった。
音のする方向を恐る恐る見れば、その発生源はおのずと判明した。奴だ。奴の方からしている。声だか何かの音なのだかわからないが、奴が発しているのは間違いなさそうだった。
両手を使い両耳を全力で塞いではいるのだが、まるで直接脳に突き刺さるような不快な音には全く効き目がなかった。
こうなると、もう戦うどころではなかった。
あたし達は、両手で耳を押さえたまま甲板上をのたうち回るしかできなかった。もちろん、武器を構えるなんて不可能だった。
あちこちでうめき声が聞こえるが、不快な音のせいで目を開ける事も出来なかった。
ちくしょう・・・これで・・・おしまい・か
意識が遠のきそうなその時、突如不快な音、奴の声?が途絶えた。
なにが・・・起きた? あたしはまだ喰われていない?まだ無事なのか?
必至の思いで片目に意識を集中して、気合を入れてまぶたを開けてみた。
視界に入って来たのは、あたし達の真上に浮遊して居る堕天使だった。
だけど・・・・・・・なに?その顔。
両の目は小さな点に、そして口はぽっかりとだらしなく間抜けに開いて 居る?
なに?その顔。なんか古代の墓から出た土の人形みたいな顔。なんで、そんな顔で見下ろしているの?初対面なのに失礼じゃなくって?
喰われなくて喜ぶのでなく、堕天使の顔に不満を抱くあたしって・・・。
次第に甲板上はざわざわと騒がしくなっていった。
みんなもあの不愉快な音から徐々に立ち直っていってるみたいだ。
そして、堕天使の顔に気が付いてざわざわしているのだった。
「なんじゃ、あの顔わっ!!」
とうとうお頭が声をあげてしまった。
うわっ、怒るぞおおぉ。
だが、堕天使は・・・怒らなかった。
変な顔をしながら、じっとこちらを見下ろすのみだった。
あの顔は、どう考えたらいいのだろうか?
おかしらが、全て理解したぞとばかりにこっそりと変な事を耳打ちして来た。
「おい、おめーの顔、よっぽどバケモンみたいに見えるみてーだな。あいつ、すげー顔してっぞ」
「バケ・・・って、ひどい!乙女に向かって、それはあんまりじゃあない?」
「だれが乙女だってぇ?顔洗ってでなおせやww」
「洗っている暇なんてないでしょうに!洗って来れるんなら洗って来るわよ!」
そこでアウラが間に入って来た。
「まあまあまあ、今はじゃれている場合じゃないですって。まずはあいつをなんとかしないと」
はい、もっともな事で。でも、なんとかっていってもねぇ。
とにかく、今は何もする事が思いつかなかったので、さきほど落としてしまった竜王様の剣を再び拾い上げてみた。
「え?」
「「「「「ええーっ!?」」」」」
何が起こった?今、あたし達に何が起こった・・・のかな?
あたしは、恐る恐る再び頭上の堕天使に視線を送る事にしたのだが・・・。