171.
「おい、そろそろ説明しろや。なんで、種だか胞子だかを回収せにゃならんのだ?」
まだ日も登り切っていない明け方の空を、ぐんぐんと加速しながら進んで行く船の甲板上で、不機嫌そうに仁王立ちをしたおかしらがアドに問いかけた。
その周囲には、やはりアドの返答がきになっていたあたしを始めとした面々が集まっていた。
そんなみんなをさっと見やったアドは、しょうがないなといった表情で淡々と話し始めた。
「以前、そう、おかしらと再会する前の事なのですが、ここより南方の地に物凄い巨木の生えている森がありまして、そこで変わったシダの様な植物を見たんですよ」
「シダの様な植物だと?」
「ええ、見た目はまるでシダなんですよ。ですが普通のシダと違ったのは、その葉の裏には黄色い胞子が一面に付いたんですよ」
「シダが生えていたのはわかった。だけどよ、なんでそんな胞子が必要なんだ?そんなもん、どこにでもあるだろうがよ」
「どこにもなんてあらへんがな。その胞子はごっつ燃えるんやで」
何故か嬉しそうにポーリンが答えた。
「燃えるだと?」
「せや、そら爆発するように激しく燃えるんや。一旦火が点くと辺り一面があっっちゅう間に火の海や」
「どういう事だ?」
「理由は分かり兼ねます。おそらくはシダによる何らかの生存戦略なのでしょうね。後で使えるかなと思いまして、ジェームズさんに人手を借りて確保をお願いした訳ですよ」
「その使える時が今、ってことか?」
おかしらは、まだ納得がいかなそうな渋い顔をしている。
「そうですね。上空から蛮族を取り囲むようにあの胞子を散布して火を放てば、全滅まではいかなくても、それなりに戦力を削る事が出来るかなと。なにせ蛮族はあの数ですからね、ちまちま減らして居てもキリが無いでしょ?」
おかしらは、まだ腕組みをしたまま渋い顔をしていたが、やがて自分の太ももをその巨大な手の平で「バンっ!」と叩くやニカっと表情を崩して言い放った。
「わかった!おまえがそー言うんなら、そうなんだろう。やってみようじゃねーか」
単純と言うか、切り替えの早いおかしらであった。
やがて、遥か前方に進路を横切るように目的の塩水の川の流れが見えて来た。
「ところでよ。その胞子を埋めた場所って上から見てわかるもんなんか?」
「ええ、我々には仲間内の決まりがあって、見ればすぐにわかるはずです」
ジェームズさんは自信たっぷりにそう答え、隠し場所を見付ける為二人の弟達と舳先の方に歩いて行った。
他のみんなも興味津々に舷側の手摺りから身を乗り出して、目印探しに夢中になっている。要はする事が無くて暇なのだった。
川に達した船は高度を下げつつ右に進路を変えて、流れに沿って川下に向かってゆっくりと進んで行った。
しばらく川に沿って進んで居たが、何もそれらしいものは認められず、次第に焦りが出て来た頃、ボッシュさんの叫び声が船上に響いた。
「あれだっ!!あそこじゃあないのか?」
叫びながら前方を指差すボッシュさんの右手の先にみんなの視線が集まった。
そこにはロープで川岸に繋がれた筏が複数台浮かんでいた。
さっと振り返りアンジェラさんを見ると、彼女もあたしに目くばせをくれて軽く頷いた。
すると船は徐々に速度と高度を下げ始め、やがて着水して流れに乗って川を下り始め、筏が係留されている近くの岸辺に軽く船首を突っ込んで停止した。
すかさずジェームズさん達三兄弟を先頭にみんなも船から飛び降り、筏の周囲の草むらを調べ始めた。
やがて、ウェイドさんが右手を空に付き上げながら叫んだ。
「あったぞーっ!!ここだあぁぁ」
周囲に歓声があがり、みんなはウェイドさんの元へと駆け寄って行った。
だが、何故か発見の雄叫びを上げた後、ウェイドさんは硬直してしまっていた。
駆け寄ったみんなも、その足元を見た瞬間声も無く硬直してしまった。
ハアハアと息を切らしながら駆け寄ったあたしも、その光景に絶句してしまった。
あたしに遅れてやって来たアドも、彼女らしく冷静に驚いていた。
「まぁ、なんてこと・・・」
「これは一体どういう事なんだ!誰がこんな事を!!」
お頭の怒りの怒声に、みんなはハッと我に返った。
「こ これは・・・」
「一体誰がこんな事を・・・」
「どうなっているの?」
「どうして・・・・」
「お腹がすいた・・・」
「おいっ!ここで間違いねーんだろうなっ!!」
お頭がジェームズさんの胸倉を掴みながら叫ぶ。
「あ ああ、ここで間違いない。間違いはないんだが・・・」
「じゃあ、なんでこんな事になっているんだよ!?」
おかしらでなくても、みんなが同じ事を思っただろう。
みんなの目の前には、直径三メートルを超すであろう巨大な穴が開いていて、そこかしこに胞子が散乱しているだけだった。
「先に誰かに掘り起こされたって事でしょうか?」
穴の縁にしゃがみこんだアウラが誰に問うでもなく呟いた。
「うちらん中に裏切者がおるっていうんか?」
ポーリンが景色ばんで叫んだ。
みんなが呆然と立ち尽くしていると、アウラがあたしの方に振り返り確信を持ったかのように話し始めた。
「これ、人じゃあないですね。ほら、あそこを見てください。あれ、何者かの毛ですよ」
アウラが指差す方を見ると、穴の斜面に数十本もの針のような銀色の物体が散乱しているのが見えた。長さは二メートルはあるだろうか。
「この感じですと、何者かに持ちされれたと言うよりも、何者かに食べられたと言う方が正しいのではないでしょうか?」
「さすがですねアウラさん。私もそう思います。ここは嘆いて居ても仕方が有りません。食べ残されて散乱している分だけでも回収して帰りましょう。筏の数からして、相当量の花粉が埋めてあったはずです。いくらかは残っている事を期待しましょう」
アドの一言で、みんなは穴に入って、僅かに残った細かな胞子をかき集めはじめた。これは実に地味な作業だったが、幸いにも胞子は黄色と言うよりも黄金色にひかり輝いていたので、見付けるのは容易かった。
食べ残しとは言え、アドの言う通り元の量がかなりあったと見えて、それなりの量が集められたし、付近の土の中から無事だった花粉の入った布袋もいくつか発掘され、最終的に集まった花粉は地球で言う所のドラム缶三本分ほどにもなった。
みんなが穴に残った花粉を大急いで回収していると、自分の足元に僅かに残った花粉を見下ろしながら、おかしらが呟いた。
「おめーの言う事を信じない訳じゃねーがよ、こんな粉みたいなんがそんなに激しく燃えるもんなんか?こんなんで、あの無数に居る蛮族を根絶やしに出来るんか?そもそも、こんなんが燃えるものなんかいまいち信じられねーなぁ」
アドは静かに彼の疑問に答えた。
「そこの草むらに数粒転がって居る花粉に魔力を通してみればわかりますよ」
その時、それまでいっさい顔色を変えなかったアドが、口元に僅かに笑いを浮かべていたのを、あたしは見逃さなかった。はっきりと見た!
「魔力?俺は魔法なんて使えんぞ。それに、魔法なんてもんはよお、失われて久しいって事はおめーが一番知ってるんじゃねーか?」
「それは、大きな誤解ですね。まあ一般には知られてはおりませんが、魔力はほとんどの方が持っているのですよ。ただ、発動はしないってだけですがね。詳しい事は竜王様が起きてこられたらお聞きすれば良いでしょう」
「そ そうか。で、どうやって魔力を通せばいいんだ?」
「まず指先に神経を集中してから、その指先から放出するイメージで良いかと・・・」
アドは自身の右腕をそっと伸ばして、人差し指を花粉に向けたが何も起こらなかった。
「わたしには生まれつき魔法の素養が無いらしく何もおこりませんが、普通の方でしたらおそらく・・・」
「そうなのか?それじゃあやってみるか」
そう言うと、おかしらは僅かに地面に残っていた花粉に指先を向けてなにやら力み始めた。そして、力んだ為に顔が真っ赤になった頃、指先の花粉が音も無く静かに煙を上げ始めた。
だが、それは激しく燃え上ると言うよりはかすかに火が灯った感じだった。
「な なんでぇ、こんなじゃ蛮族どころかアリ一匹燃やせないぞ」
がっくりと肩を落としたおかしらだったが、アドは全然意に介していなかった。
「燃え方は魔力の保有量に比例しますから、人それぞれのようですね。姐さん、姐さんもやってみませんか?」
いきなり話をふられてあたしはびっくりしてしまった。
「あたしだって、おかしらとたいしいて変わらないわよ」
「あたりめーだ!俺だって出来ないのによ、おめーに出来るはずねーだろーがよ」
なんか非常にムカつくんだけど、やらなきゃ話は進まないので、とりあえず試しにやってみたのだけど・・・。
あたしはおかしらみたいに指先に神経を集中させて花粉に向けたのだが、そのとたんに花粉は音をたてて吹き飛んでしまい、花粉のあった場所には大きな穴が穿たれていた。
「え!?」
びっくりして周囲を見回すと、みんなが固まっていた。
「これって・・・」
「それでいいのですよ。姐さんは以前から剣の先から魔力を放出していたのですから、当然の結果です」
「あれって、魔力だったの?念とか気じゃなかったの?」
「まあ、どちらも同じようなものと考えてよろしいのかと。これでおわかりの通り、使う人によって威力もまちまちなのです」
「ほな、今回火を点けるんは"歩く天変地異"、"歩く災い"と言われた姐さんがやればええって事なんやなww」
「こらっ!!ポーリン、なに失礼な事をしらっと言うのよ!」
「えへへへ」
頭を掻くポーリンだったが、まったく悪びれた様子はなかった。あたしの事をなんだと思っているんだ。困ったもんだよ。
「これで納得されましたか?たかが花粉でも、それなりに強力な武器になりえるんです」
「お おう、納得したぜ。ま まあせいぜい頑張って生態系を破壊してくれや。俺は用無しみたいだから酒でもかっ喰らって寝るとするぜ。あっはっはっ」
いやーな言葉を残して、お頭は船の方にのしのしと歩いて行ってしまった。
「おかしらは、自分に魔力が無くてショックだったんですわ。気になさらないでくださいね」
優しく慰めてくれるアウラだったが、"生態系を破壊"ってワードが心に引っかかったあたしは、又悶々としてしまった。
そんなに、あたしってば破壊しまくっているのかしら。と言うか、周りからはそういうふうに見られているって、ショックだわー。
そんなあたしの葛藤など関係なしに、花粉の回収は順調に進み、あたしは再び船上の人となっていた。
「それでは、今回の作戦の確認をしていきます」
甲板上に全員を集め、アドが蛮族根絶やし作戦の説明を始めた。もっとも、おかしらは下で寝ているが・・・。
「まず、船の最後部から花粉を蛮族の上にばら撒きます。その際花粉の総量がかなり少なくなってしまったので、少量づつ広範囲に撒いてください。効率よく撒く為にアンジェラさんは出来るだけ速度を落として、低空を飛んで下さい」
「はーい、了解でぇ~す」
アンジェラさんは操船台から軽快に答えた。
「姐さんは、保有している胞子を撒き終わったら、間髪を入れずに放火・・・いえ、点火してください。同時に船は急いで高度をとって下さい、煙に巻かれてしまいますので」
「了解でぇ~す。放火を確認したら、全力で上空に避難しまぁ~す」
「放火・・・・って」
どこまであたしは悪者なんだ。。
「ほかのみなさんは、周囲の警戒に当たってください。何か異変を感じたら報告お願いします」
「「「「「おーっ!!」」」」」
そんなこんなで、蛮族掃討作戦は予定から大幅に遅くなってしまったが、無事開始をする運びとなった。
おそらく反撃される事はないだろう。こちらは損害を出さず、一方的に相手を叩く事が出来るわけだ。奇しくもあたしの一番好きなタイプの戦いになった。
船は高度を落としながら、蛮族が群れて居ると思われる地域の外周部分に到達したので、グンと速度を落とし始めた。
「シャルロッテ様、準備は出来ましたよ。いつでも開始できまーす」
さあ、いよいよ作戦開始だ。