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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
170/187

170.

 夜間の飛行は進路の確保が難しいはずだったのだが、アンジェラさんは持ち前の勘の良さで飛んでくれたとみえて、日の出と同時に行った方角確認では、ほぼ進路は間違っていなかった事が判明した。

 月も出ていないあんな真っ暗な中、良く進路がずれなかったものだと、改めてアンジェラさんの能力の高さにみんなして感心したものだった。

 だが、どんなに能力が高くても疲労は溜まって行く。ましてや真っ暗な夜間の飛行はアンジェラさんの精神力を根こそぎ削ってしまっている事だろう。

 一切泣き言を言わない彼女だったが、そこは配慮しなくてはいけない。お昼ちょっと前くらいに船首で見張りをしていたボッシュさんが前方に小さな沼を発見した。

 あたし達は迷わずその沼に進路を取り、しばらく休憩をとる事になった。

 周囲には大人の身の丈ほどの葦が生い茂っていて視界が悪く、決して安心して休憩が出来る環境ではなかったが、贅沢を言ってはいられなかった。

 一刻も早くアンジェラさんを休ませる為、あたし達は総出で全周囲の警戒に就いた。


 ジェームズさん達三兄弟も、その身軽さをもって周囲の調査に散って行った。

 アンジェラさんが寝ている最下層ブロックは停泊中は全面立ち入り禁止とし、それ以外の場所でも極力物音を立てないように指示が徹底された。


 周囲の調査に散って行ったジェームズさんが上気した顔で戻って来たのは、出発してから一時間ほど経った頃だった。

「シャルロッテ殿、まずいですぞ。この先二キロ程の所で例の蛮族とおぼしき連中を発見しました。確認できた数は十数名ではありましたが、他にもいるはずです」

 ジェームズさんの報告に、みんなは顔を見合わせてしまった。

「よりによって、こんな時に・・・」

 アウラの漏らした一言はみんなの思いを代弁していただろう。

 だが、アドの反応は違って居た。

「これは、良い兆候かも知れないわね」

「「「「「・・・・」」」」」


「アド、どういう事?蛮族が居た事が良い兆候だって言うの?」

 思わず大きな声が出てしまい、慌てて両手で口を塞いだ。


「あいつらは、単独では生活しません。群れを作って生活をしているはずです」

「それは分かっているわ。数名が居たって事は、この先に規模はわからないけど、それなりの集団が居るって事でしょ?それのどこが良い兆候だっていうの?」

「では、考えて見て下さい。なぜこんな何も無い所に連中が群れているのでしょう?」

「それは・・・・」

 あたしが言い淀んでいるとポーリンが呟いた。

「戦う相手がここにおる・・・と」

 戦う相手?それって・・・・。


「そう、先日まで居た所では伯爵の残党が山に籠っていたから、彼らと戦う為に大勢集結していましたよね。では、ここでは誰と戦うのでしょう?」

「誰って・・・こんな所にそんな相手が居るわけが・・・」

「なるほどな。そういう事か。それなら納得だな」

 顎の無精ひげを撫でながら、おかしらがさも納得出来たとばかりに頷いている。

 あたしにはさっぱりわからなかった。

「ねぇ、どういう事?さっぱりわからないんだけど」

 するとアウラがそっと耳打ちしてきた。

「兄上様の東部要塞の事なのでは?」

 その一言にハッとした。確かにマイヤー兄様の所なら、戦う相手が大勢いるはず。


「本能で動いて居る奴らの事です。おそらく本隊は要塞の前面に大挙していると思われます。今、我々が居るのは、蛮族の背後になると思われます」

「じゃあよ、ジェームズが見た奴らはなんなんだ?こんな所で何してんだ?」

「あ!そう言えば・・・」記憶を呼び起こすようにこめかみを押さえながらジェームズさんが話し始めた。

「この沼から前方に続く草を踏み分けたケモノ道のような跡があったのを思い出しました。うん、あれは確かに何人もかが繰り返し歩いた跡だと思います。自分とした事がうっかり失念していました」

「これではっきりしましたね。恐らくジェームズさんが見た集団は水汲み部隊だったのでしょう。水が無ければこの地に居続けられませんからね」

「だったらよお、食料だって必要じゃあねーのか?そんなの、どこで調達してるっていうんだ?」

「ああ、彼らなら大丈夫なのでしょう。おそらく連日小競り合いが続いているでしょうから、それなりの死者が出ているはずです。食料には困らない事でしょうね」

「うげええぇ、気持ち悪ぅ。あいつら共食いしとんのかよお」

「それが蛮族の蛮族たる所以ですから」


 しばらくは誰も言葉を発せなかった。静寂を破ったのはおかしらだった。

「で?どうするんだ?このまま後方攪乱に徹するんか?それとも要塞に合流して一緒に蛮族にあたるんか?」

 その一言で、またみんなの視線があたしに集まった。


 だけど、ここでアドが助け舟を出してくれた。

「ここは、第三の案で行こうかと思うの」


「「「第三の案?」」」

 期せずして全員の声がハモった。


「そう、ここは第三の案が・・・」 と,しらっと言うアドに、おかしらは憤慨して叫んだ。

「俺は案を二つ出したんだぜ。それなのに第三って、どーいうこった!」

 うんうん、そうよねぇ。普通そう思うわよね。

 だが、当のアドはそんなおかしらの事など意に介さないかのように、平然と話を続ける。

「確かに第一の案も第二の案も、真っ当な案だと思うわ。普通だったら、その二つから選べば良いと思うの」

「だったら・・・」

「考えてみて?姐さんのお兄様方がここに転移して来られたのは、およそ五十年前の世界って話しよね」

「ああ・・・」

「蛮族もその頃移動して来たとして、それから五十年もの間、睨み合っているって事よね」

「ああ・・・」

「五十年もの間持ち堪えられているって事は、それなりの防御が出来ていると考えられるわ」

「確かに・・・」

「既に全滅しちゃっている可能性は?」メイがとんでもない発言をした。

 なるべく考えないようにしていたのに、メイったら・・・。

「それは無いわね」

「そう言える根拠はあるんか?」先程とは違って、声のトーンを落としてお頭が聞く。

「もし、全滅してたなら、奴らはここに固執しないで新大陸全体に散らばっているんじゃないかしら?戦う相手がいるから、山賊どもが立て籠もっていた山の砦とここに集結しているのではなくて?」

「た 確かに・・・。そう言われれば、そうかもしれん。それで、第三の案ってなんなんだ?」

「要塞側が持ち応えているにも拘らず、蛮族がまだ全滅していないって事は、要塞側には攻撃に出る余裕が無く、防御に徹しているって事だと思うの」

「なるほど・・・」

「だとしたら、蛮族は五十年の間に爆増しているだろうから、相当数居ると考えて差し支えない でしょ?」

「ああ・・・」

「そんな蛮族の中に攻め込んだとしても、次第にジリ貧になるのは必至」

「だからと言って、「敵が多いから無理でーす」って見殺しにするんか?」

「あらあら、おかしら、今回は随分と積極的なのね。正義感に目覚めました?ww」

「バっ、馬鹿言ってんじゃあねええ!俺はあの蛮族って奴らが嫌いなだけだっ!!」

 おかしら、顔が真っ赤になってる。照れなのかしら。


「ねーねー、戦力が足りないんだったらさ、王都に援軍を要請したらいいんじゃない?」

 ずっと黙って話を聞いて居たクレアが提案してきた。

「おお!それ、いい案じゃねーか?」

「それなら、自分がひとっ走り行きますよ」

 最近出番がめっきり減っていたアセットさんも、ずいっと話の輪に入って来た。

 だが、そんな案も想定内だったのかアドは平然と言い放った。

「それじゃあ、時間が掛かり過ぎるわね」


「やったら、どないしたら・・・」

「このまま後方攪乱していても、要塞と合流して戦ったとしても戦況はたいして変わらないでしょう。それよりもどうせなら一気にかたを付けた方が、良いかと思いまして手は打ってあるんですよ」

「手ぇ?手って何をしたんだ?」

 おかしらの素っ頓狂な声に少し苦笑いしながらアドは詳細を話し始めた。


「ここからずっと北方に巨木が生えている森がありました。姐さんは覚えておいでですか?」

「ああ、あの酷い目にあった森ね、覚えているわよ。忘れるはずもないわ、あたしが凶悪な魔物認定された森だもん」

「なんだ?そりゃあ」

 おかしらは訳が分からないとばかりに口をぽかんと開いて怪訝な顔をしているが、今はそんな事はどうでもいい。

「あそこで、何か珍しい物を見ませんでしたか?」

「珍しい物?うーん、あそこで見掛けた物?何があっただろう?」

 その時、ハッと閃いた表情のアウラが元気に手を挙げながら叫んだ。

「種よっ!種。いや胞子 なのかな?あの燃える胞子。あれの事でしょ?」

「せ・い・か・い。そう、あの胞子です。あれを使おうと思うんです」

「で でも、あの森に行って採って来るなんて、それこそ時間が掛かり過ぎるのでは?」

 意味がわからないといった顔のアウラだったが、ここで意外な人が口を開いた。

「もしかして・・・アド殿に頼まれた、あれ・・・ですか?」三つ子の長男ジェームズさんだった。

「「「「「あれ?」」」」」

 ますますみんなの顔は訳が分からなくなっていた。


「思い出しましたよ。あの森を脱出する時に・・・・、アド殿に頼まれたんですよね、人手を何人か貸してくれと」

「「「「「え?」」」」」

 みんなの視線が声をあげたジェームズさんに集中した。

「あの時は、まさに燃え盛る森から脱出しようとしていた時でした。突然の申し出に正直面食らいましたが、確か配下の者を五人ばかりお貸ししましたよね」

「ええ、あの時は本当に助かりました。あの時、五人にお願いしたのは「あの胞子を集めて筏で川に流して欲しい」この一点だけでした」

「川に流す?」

「ええ、大雑把にはその一点だけです。もっとも、水には濡れないようにして欲しいとか、海に出る手前で陸揚げして地中に埋めて置いて欲しいとか、後でわかるように目印を付けて置いて欲しいとか、些細な注文は付けましたけどね」

 みんなは感心したのか、呆れたのか、唖然としたのか、複雑な顔をしてアドを見ていた。

「だいたいの事は理解した。その種だか胞子だかを回収して何かをしようというんだな。そこまではいい。その種だか胞子だかって言うのは何なんだ?分るように説明してくれんか?」

 みんな口にはだしてはいないが、おかしらと同じ気持ちだったのだろう、無言でうんうんと頷いている。


「よろしいですよ。でも、時間が惜しいので川に向かう道すがらゆっくりお話ししましょう」


 誰も反対する訳も無く、夜明けとともに飛び立つ準備をしつつ、その間に時々水汲みにやって来る蛮族を始末しながら夜明けを待った。

 幸い、あたし達は蛮族の本隊に気づかれなかったらしく、蛮族が攻め寄せてくる事も無く、静かに夜明けを迎える事が出来た。

 アンジェラさんが意外と早く元気よく起きて来てくれたので、まだうす暗い中ではあったが、あたし達は一晩過ごした小さな沼を後にして胞子を探しに飛び立つことが出来た。


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