17.
要塞を出発した我々盗賊追討部隊は、一路我がシュトラウス国境を目指し西進した。
速度を優先したため、騎馬隊を中心に編成され、歩兵は大型の馬車に分乗した。
アナスタシア様は置いて来たかったが、一緒に行くとの一点張りで聞く耳を持たなかった。こうなると、手に負えなくなる。こんなに頑固者だとは思わなかったわ。
仕方がないので、タレス・ジェイ・竜執事殿を専属の護衛として専用の馬車に乗ってもらい、歩兵の馬車の一団の真ん中に位置してもらい歩兵によってお守りする事にした。結果的には、これが功を奏するのだが、この時点ではまだお荷物という認識でしかなかった。
部隊は、現在騎馬隊、馬車部隊、補給部隊の順で荒野の中を疾走しているのだが、延々と長い列になっているのが不安の種だった。列の途中を襲われたら目も当てられないのだが、相手にそんな兵力の余裕がないと信じたい。
あたしは、作戦の指揮を執らなければならない都合で先頭近い騎馬隊の中に居る。周りは『うさぎ』のメンバーが固めている。
そう言えば、帝国の国土って、あたしの国と違って荒地?荒野?が多い様な気がする。農業とか、土地の改良技術が遅れているので、周りを征服して食料不足を補おうとしているうのだろうか?などと考えてしまう。
今、総勢七百余名が疾風のごとく盗賊を追っている。
追われる側の盗賊団 ミッドガルズは、追われているのに気が付いているのかな?あたし達が本当に要塞攻略をすると思っている?
それとも、サリチアに逃げ込めるとでも思っている?
安全に逃げ込める時間的余裕はないと思うんだけど。
あたし達を足止め出来る策でもあるの?大人しくトンズラしている姿に違和感ばっちりなんだけど・・・。
走っている間はする事がないので、そんな事をもんもんと考えていたら、お頭に声を掛けられた。
「どうした?百面相して」
「えっ?そんな変な顔していた?あたし」
「うむ、普段通り変な顔だった なんて思っても言わんぞ。俺は優しいからな」
「言ってるじゃないのよー-っ!!」
「で?どうした」
「もうっ。あいつらの事考えていたのよ」
「あいつら?ああ、盗賊かぁ」
「そう、あんなにあたし達の行動を事細かく把握していたのに、今は只逃げるだけって不自然でない?大量のお宝抱えて安全に逃げるのならあたし達の足止めしながら逃げてもいいんじゃない?」
「足止めして欲しいのか?」
「そんな訳ないけど、あたし達の行動に気が付かないはずはないと思うのよね。それなのに、何もしないで、只逃げるって違和感だらけなのよ」
「そうよねぇ、絶対になにか企んでいるに違いないわよぉ」
アウラも横から話しに入って来た。
メアリーは、、、、あれ?メアリーが居ない?
「お頭、メアリーが・・・」
お頭は前方を見据えたままニヤニヤしている。又、何かやっているな。
「あいつは、一足先に行って居る」
「先に?偵察?」
「いや、キャラバンを襲いに行ってる」
「そう、それなら・・・・って、何で襲うのよぉ、キャラバンってお酒を運んで居る奴でしょ?なんで襲うのよっ」
「用意した酒を呑んでもらう為だ。後は自分で考えろ」
ふん、いくらあたしだってその位わかるわよ。お酒に毒が入って居ないと思わせる為に、一旦襲って奪ったふりをして再度奴らに奪わせるんでしょうに。
でも、いつの間にそんな事やっていたんだろ。
やがて、日が傾いてきたので野営の為に小高い丘の上に陣を張った。
もちろん、周囲の警戒は厳重を極め、司令部の天幕の中では今日一日で集まった情報の共有が行われていた。
新しい情報として、一両日中にミッドガルズとキャラバンが接触しそうだと言う報告がもたらされた。
又、本国からの情報で、サリチアに居るベイカー男爵を討つべく、王都から大部隊が派遣されるだろうと言う報告ももたらされた。
ジェンキンス大佐からは、帝国軍が順調にミッドガルズを包囲しつつあるとの報告があった。相変わらず、ちり一つ付いて居ない綺麗な身なりだった。あなた、戦場にきているんじゃないの?
あたしは事態が順調に進んでいる様で少し安心したのだが、お頭はあたしと違って難しい顔をしたままだった。
なんだろう、順調なはずなのになんでそんな顔をしているんだろう。
「お頭ぁ、なんでそんなに難しい顔をしているの?順調なのに」
「順調だからだよ」
「へっ!?順調なら問題ないじゃないの。順調じゃいけないの?」
「いけねーな、うん、実にいけねえ」
お頭は、顎を撫でながら頷いている。戻って来たメアリーも腕を組んで難しい顔で地図を睨んでいる。
「えっ!?えっ!?えっ!?どういう事?」
「なんで連中の行動がこんなに正確に掴めるんだ?おかしいと思わんのか?」
「えっ?」
「こんなに簡単に行動が掴めるんなら、これまでだって掴めていたはずだし、とっくに壊滅できただろうがよ」
「うっ、確かに・・・」
「だから、この情報は故意に流された情報って考えるのが普通なのよ。私達は奴らが嘘の情報を流して何をしようとしているのかを考えているの、わかる?」
相変わらずメアリーさんの口調は厳しい。
「はい、わかります」
「でもっ・・」
あ、しまった。つい言葉が出てしまった、また怒られる。
さっそく、メアリーが突っ込んで来た。
「何がでもなの?言ってごらんなさい!」
「あ、あの。そんなの・・・簡単な事かなあって・・・」
「なにが簡単なのかしら?」
「あ、あたしなら途中で本隊と別れてその辺にある小さな集落にでも隠れるかなぁって、本隊はそのまま進撃させて囮にして」
「はああぁぁぁ、何を言うかと思えば。その程度の事なら小さな子供でも考える事だわ!連中の通った後の集落など徹底的に調べたに決まっているでしょ?」
「はあ。で、怪しい人は隠れていなかったのですか?」
「あんた、ばかにしてるの!?そんなの居たら捕まえているに決まってりでしょうに。集落にいたのは動けないお年寄りと子供だけよ!」
「そのお年寄り達って、引きずってみました?」
「なっ!何ていう事を言うのよ、あんた!お年寄りを引きずれって言うの?あんた、人の心あるの!?」
「歩けないって、自己申告ですよね?演技していたらどうするのかなあって思ったものですから。もしそうなら、もう包囲網抜けてしまってますよね?」
「えっ!?」
「なるほど、そこまでは徹底してなかったな、おいっ!奴らが通った集落はいくつあった!?」
「三つです」
「後詰めの兵を向かわせて三つ共包囲するんだっ!急げっ!!」
すぐに動ける騎馬隊が大急ぎで宿営地を出発して行った。
「しかし、お嬢は冴えているんだか、抜けているんだかわからんなぁ」
「それって、褒められている様に聞こえないんですけど」
「わはははは、まあいいじゃないか。で、俺達はどうするよ?」」
「あたしだったら、家財道具を満載した馬車で集落を出るけどなぁ、真昼間に」
「真昼間に?夜陰に乗じてでなくか?」
「うん、夜中にうろうろしていたら、余計に怪しいじゃない。昼間でも、年寄りと子供なら見つかっても通してくれるでしょ?」
「ううむむ・・・確かに、小さい子供が居たら手荒な真似は出来ないなぁ。」
「ああ、それなら。さっきこの先で馬車の車軸が折れて難儀している老人と子供が居ましたけど?」
その場にいた全員が、さっとそのキョトンとしている帝国から派遣されて来た兵を見た。
「えっ?な、なんですか?」
みんなの視線の圧で、その帝国兵は後ずさってしまった。
「あんた、その馬車はどうしたの?」
「えっ?老人と子供だったんで、そのまま通しましたけど?」
「お頭っ!馬車の修理に行くわよっ!アウラとメアリーさんも来てっ!」
あたしと、お頭、メアリーにアウラ。他に帝国兵と『うさぎ』のメンバー合わせて二十名程が宿営地を飛び出した。
「お嬢の言う通りになったな」
隣を走るお頭が声を掛けて来た。
「いいえ、アナスタシア様のお手柄ですよ。アナスタシア様の不幸スキルに引っかかったんですから」
「やはり、そうだったか。つくづくお味方で良かったよ」
「ほんとですね」
十分程行くと、立ち往生している馬車と数人の人影が見えてきた。
「おい、こんな遠くにまで影響があるのか?」
「当人の行いの悪さに比例するんじゃないんですかねぇ?あたしも驚きです」
馬車に着いてみると、お年寄りとおぼしき男性が杖をついてこちらを見ている。表情は顔を覆う髭の為にわからなかったが、いきなり兵隊に囲まれて困惑している様だった。
他にも、老人男性が三人、子供が一人居た。
「あのぉ、これはいったいどうなされましたかの?」
杖をついた老人が恐る恐る声を掛けて来た。
「お年寄りが難儀されていると聞いたので、お手伝いに来たんですよ」
「それはそれは、ご丁寧にありがたいことです」
「それで、どうなさりましたか?」
「はい、馬車の車軸が折れてしまいまして」
「ほうほう、それでは走れませんよねぇ、荷物の積み込み過ぎでは?」
「そうなんですが、みんな大事な家財道具でして、置いていけないんですわ」
「そうですねぇ、苦労して手に入れたんですもん、置いておけないでしょうねぇ(笑)」
「それはどういう事でしょうか?」
「まあまあ、話は後にして、とりあえずさっさと直してしまいましょう」
そう言うとあたしはその老人の脇を馬車に向けて歩いて・・・
「あっ!」
あたしはよろけて、その老人を突き飛ばしてしま・・・・えなかった。
あたしがよろけて、その老人を突き飛ばそうとした時、その老人は音も無く後ろに移動していた。
あたしとよろけられたその老人は、思わず顔を見合わせていた。
あたしがよろけて地べたで四つん這いになっているのに対して、その老人は杖を放り出して仁王立ちしている。
「大丈夫ですか?ごめんなさいね、折角足の悪い演技されていたのに、ばれてしまって」
「な なんの事ですかな?」
だめだよ、声に動揺が出ているよ。
でも、動揺しつつも、視線がすばやく左右の確認をしているのは流石だ。
この場に至ってもまだ諦めていないって所は、伝説の盗賊のボスだけある。
「どうだろう、長年謎だったその素顔、見せては貰えないだろうか?」
お頭が後ろから声を掛けて来た。
「その顔は、ムスケルか。何故こんな所にいるんだ?」
「ふふん、ハンサムだろ?お前のする事なんか、全部お見通しなんだよ」
「ふふふ、お見通しとは、俺も舐められたもんだな。これで追い詰めたつもりか?」
「いいや、追い詰めたりしていないぜ。逃げれるなら逃げてもいいんだぜ。逃げれるならな」
お頭、そんな挑発しなくても・・・。
「それじゃあ、お言葉に甘え てっ!」
懐に手を入れた奴は ん?奴?そう言えば、こいつなんて名前なんだろう?
懐から取り出した物を地面に投げつけた。
ぼんっ
小さな爆発音と共に、白い煙があたりに充満した。
視界はまったく効かなくなったので、なにやら色々な物音がしているものの状態が把握出来ない。
しかたがないので、しばらく様子を見ていると次第に白煙が薄れてきたので状況がはっきりとしてきたのだが、、、もう笑うしかなかった。
一人は、運悪く馬車の荷台から落下した荷物が頭を直撃したのか気絶して転がっていて、一人は蹴躓いて転んだ拍子に、運悪く自分の持っていたナイフで首を切ってしまっていて噴水の様に血を吹き出しながら転げ回っている。一人は運悪く周囲を取り囲んだ帝国兵の一人に突っ込んだらしく二人で抱き合っていた。
肝心の盗賊の首領はというと、全力でダッシュをかけたはいいが、運悪く竜執事殿に向かって行ったらしく、軽くあしらわれたあげく、尻に敷かれていた。
「ちくしょーっ!どけぇ、この爺いっ!ただじゃおかねえぞっ!!」
悪態をつきながら、じたばたともがいている。
「はて?貴方も爺いではありませんか?ただではおかないのでしたら、どうなさるおつもりでしょうか?後学の為に教えて頂けますでしょうか?」
なすすべもないとは、正にこの事を言うのだろう。まるで、子供と大人の力関係の様でぴくりとも動けずに居た。
やがて、首領は動かなくなった。自分の置かれている状況が最悪であるとわかった様だった。
「今まで好き勝手やってきたが、ここまでの様だな、殺せ。さっさと殺せ。生かしておくと災いを招くぞ」
本当に観念したのか?それとも、時間稼ぎ、若しくはチャンスを狙っているのか?
「思えば楽しい人生だったぜ」
この期に及んでなんていう言い草だ。
「お頭、こいつ、命を助けてやっても、更生は無理かな」
「そうだな、更生はしないだろうな。尋問しても何も吐かないだろう。逃げられても困るからなあ、ここは・・・」
「ぐっ」
「そう、ここは ぐっ と って、貴様勝手になにやってるんだっ!」
連絡将校であるケビン・ジェンキンス大佐の部下が、首領の胸に剣を突き立てていた。
すると、純白のハンカチで口元を抑えたケビン・ジェンキンス大佐が現れた。
「わたくしの独断でやらせて頂きました。どうせ、この男を生かしておいても何の役にもたちません。逃がしでもしようものなら、最大の災いとなります、ここはさっさと処分する一手でしょう。皆様の手を煩わせない様にこちらで処分したのですよ。さあ、ククルカン要塞に凱旋しましょう」
ううう、確かにそうなんだけどさ、なんかもやもやする~。
「口封じ・・・・ですか」
みんなが声の主、竜執事殿に注目した。
大佐は明らかに驚愕の表情をしている。
「な なにいい加減な事を言うんだ、あんたは。なにか証拠でもあって言ってるんだろうな」
「ジェンキンス大佐 でしたな。なに動揺なされているのですか?」
「ど ど ど 動揺などしているはずもない。失礼ではないのですかな?」
動揺丸見えなのだが、動揺しているから気が付いて居ないと言うか、虚勢を張りたいのだろう。
「竜執事殿、説明お願いできますか?」
「よう御座いますよ」
おもむろに立ち上がった竜執事殿は息絶えた首領を見下ろしながら、ゆっくりと口を開いた。
「ある種の人族は、息が絶える時に強い思念を飛ばす事があるのです。わたくしはそれを受け取ったのですよ」
「思念だと・・・そんな与太話誰が信じるものか!そんなもの人間が受け取れる訳ないだろう!」
おうおう、必死だねぇ。自分で自分が怪しいって言って居るようなもんじゃない。
「大佐は、何でそんなにむきになって反論しているのですか?何かまずい事でも?」
「そそそ、そんな事が有る訳ないだろう。盗賊退治は終わったのだ、私は要塞に帰る!」
「そんなに慌てて帰る事もないだろうよ」
その声は馬車の後ろから聞こえて来た。
大佐が振り返ると、馬車の陰から現れたのは全身オレンジの鎧に包まれた騎士だった。
言わずと知れた将軍の配下のオレンジの悪魔。
「き 貴様、要塞副司令官のポール・グッドマン大佐。なぜここに」
オレンジの騎士はジェンキンス大佐を無視して、竜執事殿の前に歩み寄ると深々と頭を垂れた。
「自分はククルカン要塞で副司令官をしております、ポール・グッドマン大佐と申します。盗賊の頭領の思念についてお聞かせ願えないだろうか?」
礼儀正しいグッドマン大佐に、竜執事どのは、ニコニコと笑顔だった。
「よう御座いますとも。わたくしが受け取った情報は全てお話ししましょう。簡単に申しますれば、この盗賊の頭領と、ほれそこのジェンキンス大佐ですか、彼と仲間だったそうですな。それなのに、口封じの為に殺されて悔しいと申しておりました」
「なるほど、よくわかりました。ありがとうございます」
グッドマン大佐は振り返ると馬車の後ろに向かって
「この男を逮捕せよっ!」
すると、馬車の後ろからオレンジの一団が出て来て、素早くジェンキンス大佐を捕縛してしまった。
「くそーっ、これは何かの間違いだー!罠だ!罠に決まっている!こんな馬鹿な話ってあるかっ、汚い手で触るなっ!手をはなせーっ!」
なんとも、未練たらたらの男だなぁ。
「ええいっ、手を離せぇ!膝に土が付いたではないかあぁ、早く落とさなくてはならないではないかっ!手を話せぇぇぇっ!!キイイイイイイ」
そこかい・・・・。はっきり言って病気だな。
こんどは、グッドマン大佐はあたしの前にやって来た。
「お手柄ですな。お疲れ様です。身内が見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ありませんでした。さて、あなた方は一旦ククルカン要塞にお戻り下さい。後の事はこちらで処理しておきます」
「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらおうか?」
みんなに向かって、そう問い掛けるとみんなもうんうんと頷いてくれたので、荷物を纏めて引き返す事にした。
帰る道すがら、今後の事を考えていた。
竜執事殿は山に帰してあげて、アナスタシア様とメアリーはベルクヴェルクの修道院へ戻るでしょ。あ、ジェイとタレスもか。
あたしは、どうしようか。ベルクヴェルクの中央情報処理センターにかくまってもらおうかな。王都にも帰れないし。
「どうした、浮かない顔をして。おまえさんらしくないぞ」
お頭は、相変わらずマイペースで話し掛けてくる。お願いだから暗い夜道でいきなり顔を出さないで欲しい。心臓に悪いのよ、ま、わかってやっているんだろうけど。
「あたしだって、年頃の女の子よ。静かに物思いに耽る時だってあるわよ」
ほんと、失礼しちゃうわ。
すると、後ろの方がなにやら騒がしくなった。
「空腹に銀貨三枚!」
「食い過ぎの腹痛に銅貨五枚!」
「いや、拾い食いによる腹痛に銀貨二枚!」
なんなんだ、あたしは一体なんなんだ、なんだと思われているんだ?ホントにホントにホントに失礼しちゃう!
すると、オレンジの騎士が横に寄って来た。
ん?どうしたのかな。
「あのお、わたしも賭けに参加しても宜しいでしょうか?ちなみに、空腹に銀貨五枚で」
「!!!!!」
ニコニコしながらあんたもかいっ!!!!!
ぷんぷんぷんぷんぷんぷん!!!
あたしは、腹立ちまぎれに乗馬の腹を蹴り、ダッシュで走り出し一番で要塞に入場する事になった。
要塞に入った後、あたし達は再びあの広い謁見の間で将軍を待つ事になった。
だが、先日とは違ってみんなの表情は明るく、私語をする余裕もあり、謁見の間はざわついていた。
「それにしてもおせーなぁ、いつまで待たせるんだ?」
もう、ここに入ってから一時間近くなり、不満の声もぽつりぽつりと聞こえて来る。
「ね、お頭?あの将軍、あたし達になにかするつもりなのかな?」
お頭も難しい顔をしていて、只でさえ怖い顔がなおさら怖くなっている。
「あいつに限ってそんな心配はいらん はずだ」
「はずだ?」
「大丈夫だ、静かに待って居ればいい と思う」
「思う?」
下から睨みつけると、そっぽを向いてしまった。
なんなんだよ、もう。
なんだかんだで、将軍が入室して来たのはそれから更に一時間程してからだった。深夜だからしょうがないと言えばしょうがなかったのだが。
お付きの兵達と共に慌ただしく入って来た将軍の顔は、喜びと言うよりも、焦燥感に駆られている様にも見えた。
それは、入室するなり発した第一声にも表れていた。
「諸君、ミッドガルズの壊滅と宝物の奪還、大儀であった。感謝する。色々と言いたい事もあるのだが、君達は大至急本国に帰還したまえ。報奨の品については、後程送らせて頂く」
「閣下、それはどういう事なのでしょうか?」
まったく言っている意味がわからないので、あたしは聞き返した。
キッとあたしを見据えた将軍閣下は
「知らないのか?本当に知らないのか?」
「えっ?」
そう言われると不安になってくるので、お頭を見たが、首を横に振って居る。お頭も知らない様だ。
「ならば今回の働きに免じて教えてやろう。よおく聞いて今何を最優先にすべきか考えろ」
な なんか、常に憎たらしい程泰然自若な将軍が、あんなに緊張しているのを見たのは初めてかもしれない。
何を知っていると言うんだ?
「俺が掴んで居る範囲で話してやる。まず、お前達は本国に応援を頼んだな、何と行ったか、、、そうサリチアと言ったか、北にある要塞都市だ。そこを叩いて盗賊の退路を絶とうと考えた」
とたんに、ホール内がざわざわしてきた。
そこまで、帝国には筒抜けだったのか?どこから情報が漏れたんだ?
「そこで、本国はサリチア制圧の為に大軍を派遣した。それは正しい判断だ。あそこは、人さらいの巣窟だから本国としても一掃するいい機会だった訳だ。それはいい、誤算だったのは、その機に乗じてシュトラウス最大の都市イルクートを治めるカーン伯爵が兵を挙げた事だ」
「!!!!!」
「カーン伯爵が!?・・・まさか」
「知らなかったのか、あの男は今までにも何度も我が帝国に密書を送って来ていたんだぞ、ベルクヴェルクのアダマンタイトを優先的に売るから蜂起に協力しろとな。ま、奴にすればいいチャンスだと思ったんだろうな」
「あんの恥知らずの裏切者があぁ」
「帝国内でも手を組む事に賛否が分かれていてな、俺はあいつが嫌いだ。だから密書は無視して来た。あいつは、私利私欲の権化で腹の中真っ黒だし、いつ裏切るかわかったもんじゃない。なにか企んでいそうなので、用心の為俺がここに来たんだが、正解だったな。ムスケルは嫌そうだがな。はっはっはっ」
お頭は、また横を向いて膨れている。
「それで、伯爵は兵を挙げてどちらに どちらに向かったのですか?」
あたしは、胸のドキドキが止まらなかった。まさか、まさか、王都に向かう事などあってはいけない事、それだけはありえない。きっと、きっと、サリチアを支援に行ったはず、そうに決まっている。サリチアがピンチなんだから、助けに行かなくては。
なんだろう、なんだろう、足が、足が、、、どんな強い相手に向かって行った時でもこんな事はなかったのに、足が、足が、足の震えが止まらない。暑い室内のはずなのに、寒くて体が震える、だめ、立って居られない。
気が付いたら、お頭の裾を握りしめていた。
早く、早く、早く伯爵の行先を教えて!伯爵が口を開くのが、とても遅く感じられる。いったいどの位待たされるのだろう。
息苦しい、呼吸が出来ない。だれか!だれか窓を開けてちょうだい!息が出来ないの!
その時、静まり返ったホール内に、大きな、そして、凛とした声が響いた。
「シュトラウス大公国 王都ボンバルディアだ」
あたしの記憶は、その言葉を最後に途切れてしまった。