168.
その後川に戻り、ずぶ濡れのおかしらを救出して、再び東部要塞を目指して出発する事となった。
眼下を見下ろすと、巨大な座布団に大量の蟻の群れが群がっているのが見る事が出来た。
それは言うまでもなく、あたし達を追って陸に上がってしまった超巨大なデビル・マンタの巨体に、天からメシが降って来たとばかりに大量の蛮族が群がっている図だった。
デビル・マンタもドタンバタンと必死に抵抗を試みているものの、如何せん陸上では分が悪いと見え、次第にその動きが弱まっているようだった。
蛮族の食に対する執念、恐るべしである。
行く手を遮る物が無くなったあたし達は川を離れ、いよいよ東へと進路をとり、新大陸の奥地へと歩を進めて行った。
とは言え、眼下に広がるのは所々に巨岩が転がっている草原だけであり、それが延々と続いているのだった。
丸一日そんな変わり映えのない大地を飛行した後、陽が傾き出した頃から今夜の休息地であり水も補給する事の出来る手頃な池を探して、全周囲索敵をしたのだったが、適当な池が見付からなかった。
この船は、船底が尖っているので平らな地面には降りる事が出来なかった。降りたら、横倒しになってしまうからだ。更に警備をするにしても水上の方が敵の接近を早く知れて都合がよい。のだそうだ。アドの言によるとね。
なので、最適な水面を探していたのだったが・・・見つからない。
どんなに見回しても、周囲に広がるのは草原のみだった。
「ねぇ、アド?段々陽が落ちて来たわよ。この辺りには森もないしどうしよう?」
困った時はアド頼みだった。
「そうですね。仕方が無いですね、少し戻った所に森の痕跡があったと思います。そこで今夜は休むとしましょう」
「森の痕跡ぃ?あ ああ あれ? あの五十本くらいの木の切株が集まっていた所ね」
「ええ、気持ちが悪い所ではありますが、このまま当ても無く飛び続ける訳にもいきませんからね」
「気持ちが悪いって?」
「姐さんは気持ち悪くないんですか?切株があるって事は誰かが居る、もしくは居たって事ですよ。誰がいたんでしょう?敵?味方?これから日も暮れて真っ暗になるんですよ?敵だったらどうします?気持ち悪いでしょ?」
「ああ、はい。はい、その通りです。確かに気持ち悪いですね」
「蛮族なら、ただひたすらに押し寄せて来るだけだから対処も簡単ですが、もし伯爵の残党だったりしたら、多少は知恵を使ってくるでしょうから、若干厄介ではあります」
「ごもっともで・・・」
あたしが気まづくなった所で、何故か食いしんぼミリーが珍しく会話に入って来た。
「あそこ・・・やだな。やめようよ」
「ん?ミリー、どないしたんや?」
「だってね、あそこ通った時、なんか気持ち悪かったもん。おぞおぞしたの」
「なんや、そのおぞおぞって独特の表現わ」
「だって・・・・・・」
一瞬思案気だったアドだったが、すぐに気を取り直してその後の指示を出した。
「ミリーのその感覚、大事よ。たぶん何かが有るんだと思う。だから、何が起こっても対処出来るように用意をお願いね。よろしい?おかしら、ポーリンも」
「おお、何があるんかわからんが、なんとかしてやるぜ。任せな」
「ああ、うちもスタンバっとるから、心配せんでもええでぇ」
ふたりの返事を聞かなくてもアドの方針は決まっていたのだろう。うんうんと頷きながら、今度はアンジェラさんの方を向き直って航路の指示を出した。
「という事なので、少し戻って下さいな。ああ、ただし襲撃に備えて停泊高度は高めにお願いしますね」
みんなの話しをニコニコと聞いて居たアンジェラさんは笑顔で返して来た。
「うん、さっき通って来た森があったと思われる広場ね、了解でーす」
言うが早く、ぐぐーっと船体を軋ませながら船は百八十度旋回をして、今来た道をゆっくりと戻って行く。
その様子をぼーっと見ていると、アドがボソッと独り言にしては大きな声で呟いた。
「ミリーのあの感覚、馬鹿に出来ないのよね。あの子ああ見えて意外と繊細だし、何かを感じているのかもしれないわね。知らないけど・・・」
それだけ言うと、アドは階下に降りて行ってしまった。
「繊細・・・ねぇ。 ん?なによぉ、何か言いたい事あるの?」
ポーリンがジト目であたしを見ていたので、思わず余計な事言っちゃったじゃない。
「いいええ、なああんも。姐さんよりミリーの方が繊細やなんて、思うても言いまへんて。気のせいですよお」
「思ってるし、言ってるじゃないのよ。ホントにもおお」
悪い事を言っている認識が全くないポーリンは「へへへへ」と舌を出して、走って行き、そのまま猿のようにマストに登って行ってしまった。なんなんだ。
だが、思考はすぐに中断させられてしまった。ポーリンの叫び声によって・・・。
「見えたでぇ~、あれや、あれっ!」
日が翳りつつある草原のその中に、目的の地は見えて来た。
周囲が全て草原の中に、そこだけ直径一メートル前後の木の切株が五十個ばかり固まっていた。
以前森だった所を誰かが何かの目的で伐採してしまったのだろうか。
その伐採した何者かが気になりはするが、まあ、一晩の停泊地を探していたあたし達にはおあつらえ向きの場所と言えた。
周囲に誰も居ないのを確認ながら、高度を下げつつ慎重に近づきその上空に達した。
相変わらずミリーは「気持ち悪い」を連発しているが、舷側からはロープが降ろされ、粛々と係留作業は進められている。
「どや?ミリー、まだ気色悪いんか?なんかが隠れてでもいるん?」
「わからないよお。でも、気持ち悪いの」
クレアに抱きかかえられたミリーは、小刻みに震えている。単なる勘違いとも思えなかった。
「アド、どうしたらいい?」
いつもの通り、困った時のアド頼りのあたしだった。
「そうですね、他に停泊できる場所も見つからない訳ですから、取り敢えずここはアンジェラさんに休んで頂くことを主眼に考えましょう」
「そうだな。俺達全員で警戒していれば何も心配いらねーよ。五分でも十分でも寝てもらってよ、いざとなったら移動すりゃあいいだろう」
「そうですよ。お嬢、護りは堅いんです。ここは皆さんとこの船を信じましょ」
「そうそう、ここは自分達に任せて頂きたい。アナ様にお任せいただいた護衛の任務、死んでも成し遂げましょうぞ」
「ジェームズさん・・・」
そんなに言われたら何も言えないじゃないのよ。
「分かりました。みなさん、宜しくお願いします」
あたしはみんなの視線が辛かったので、深く腰を折って長いお辞儀をした。
そして、頭を上げた時、そこには優しく微笑むアウラだけが残っていた。
「お嬢は、もう少し器用に立ち回る事を覚えると楽になりますよww」
そう言うと船尾の方に歩いて行ってしまった。
はぁ、起用に・・・ねぇ。あたしが一番苦手な事だわ。そんな事、出来るんならどんなに楽なんだろうねぇ。
そんな事、あたしが一番わかっているわよ。
思わず大きなため息がでた。
〖くっくっくっ・・・〗
えっ!?
なに?
今、誰か笑った?
周囲を見回したが誰もいない。
気のせい?
気のせいかな?
うん、きっとそうだ。
気を張り詰めてたから、そんな気がしたんだろう。
あたしも休ませてもらおうっと。
そのままあたしも階下に降りて行った。そして、夜半過ぎだった。
「姐さん、姐さん、起きて!」
「ん?」
「起きて下さい。何か変なのよ」
「ん?どうしたの?」
「何も起きていない?んだけど、どこか変なのよ」
「どういうこと?」
どうにも要領を得ないメイだったのだが、とにかく甲板に上がってみると、みんながてんでに騒いでいた。
「おかしら、何かあったの?敵?」
「いや、そういう訳ではないんだがな」
「じゃあ何で騒いでいるの?何か起きたんじゃないの?」
「起きたっていうか、聞こえるか?僅かに聞こえるごそごそいう音。それとこの微妙な揺れ。これがみんなを不安にさせてるんだよ」
「音?」
あたしは耳を澄ましてみた。
「ああ、確かに土を掘る?みたいな音が微かに聞こえるような気がする」
「違う、違う、土で無く草が擦れる音よ、この音は」
メイとは微妙に感覚が違うようだった。
こんな時はアドに・・・・あれ?アドがいない?
「こんなにみんなが騒いでいるのに、アドが居ないってどういう事?」
こんにちは、こんばんわ、作者の黒みゆきです。
この度、気管支炎を発症してしまい、体調不良の為、寝込んでおりました。
なので、今回は短くなってしまいました。申し訳ございません。
次回は頑張りますので、ご容赦くださいませ。
では、来週の土曜日をお待ち下さい。