167.
今、あたし達が置かれている状況はこうだ。
巨大な何者かに襲われて、間一髪の所で空に飛び上がって難を逃れたのだが、これはこれで大変な状況だった。
なぜなら、肝心の操縦者であるアンジェラさんは、いまだ眠ったままだからだ。
操縦者もいないのに、何故とびあがったんだ?と言う事なのだった。操縦者不在で飛び上ったりして・・いいのか?
更に悪い事に、例の何者かは、アドの情報によれば多少ではあるが空を飛べるようなのだ。
そんな時だった。後方の見張り員から報告があがってきたのは・・・。
「おーい、あいつ、こっちに向かって物凄い勢いで泳いで来てるぞーっ!」
「どういうこと?」
「まっすぐ加速して、水面をしっぽで叩いてジャンプして、我々を追って来るつもりでしょうね。問題は、この高度まで上がって来れるか・・・ですが、まぁ余裕で上がって来れるでしょう」
「なに、呑気な事言ってるのよ。上がって来れるって事は、叩き落とされるか、飲み込まれるって事じゃないのよ!」
「そうですね。でも、どうしろと?もっと高度をあげるにも操縦者のアンジェラさんが目を覚まさない事には、どうにもなりませんよ。わかってますよね?なぜ飛んでいるのかさえわからないのですからね」
「でもっ、だからと言ってこのままただ待っているだなんて・・・」
「まあ、方法が無い訳でもないですが、あくまでもこの船がこのまま安定して飛び続けるって事が大前提になりますがね」
「なっ、なに?そんな方法があるの?だったらさっさと教えてよっ!」
「ですから、あくまでも安定飛行が出来るのであればの話しなんですよ」
「なんなの?どうするの?どうすればいいの?もう前提がどうのなんて言ってられる状況じゃないのわかるわよね。今にも叩き落とされそうなのよ?」
「はぁ」大きく息を吐いた後、アドは話し始めた。
「この船には、今は使っていませんが、マストが三本立って居ます。そのマストには・・・」
「ああっ!!わかったっでえぇ、帆やっ!帆が畳まれてるやん。帆を張って方向を変えるんとちゃうんか?」
「せいかい」
「「「「「わああああぁぁぁぁぁっ!!!」」」」」と、甲板上に歓声が上がった。
「助かった」
「これで一安心だ」
みんな、もう助かったかのようにはしゃいでいたが、みんな、大事な事を忘れていたのだった。
・・・・・・・誰も、帆を操作した事が、それ以前に帆を降ろした事すら無いという事を。
あたしも、アドに指摘されるまで思いもしなかったのだ。
「どうやって、帆を降ろすのですか?それに、どうやって帆を操作するので?」
「・・・・・・・・・・・・!!」
更に、そんなあたし達に追い打ちをかける様に船尾より叫び声が・・・。
「飛び上ったぞおおぉぉっ!!」
弾かれるように船尾に駆け寄ったあたし達の眼下には、全身濃紺の鎧に覆われたデビル・マンタの巨体が迫って来ていた。
全身に散りばめられた赤い斑点が視認出来る距離になって、この船を飲み込むべく奴はその大きな口を開いた。
こんな状況になっても気丈な何人かが奴の頭部に向かって矢を射っていたが、その全ては刺さる事は無く無残に弾かれていた。
もう駄目かと思った時、奴の上昇は鈍くなっていき、やがて距離が開いていったと思う間もなく、その姿は小さくなっていきやがて大きな水柱と共に水中に消えて行った。
助かった~。だが、喜んでいる余裕はなかった。
「アド!やろう、奴がこの高度にまでジャンプ出来る事がわかったんだし、次はきっともっと高く飛んで来るわ。今出来る事をやろう!」
「やりましょう。帆はマストから横に伸びている帆桁にロープで縛りつけてあります。これを解けば帆を降ろせます。まずは全員で先頭のマストから取り掛かりましょう」
そう申し出てきたのは、三兄弟の長兄ジェームズさんだった。
「ジェームズさん、帆の操作なんて出来るの?」
そんなあたしの質問に、彼は笑顔で答えてくれた。
「いいえ、触った事もありませんよ。だってここには帆を持った船なんてありませんからね。ははははは」
そんなに楽しそうに言わなくても・・・。
「なんしか時間があらへんのや、みんなでちゃっちゃとやろうや」
いつも元気で前向きなポーリンが頼もしく思えた。
だけどその後、ある人の一言でマストには登らないで済んだのだった。
「待って下さい。帆は降ろさなくても大丈夫ですから」
全員の目が反射的に声のした方向、すなわち階下に続く階段に集中した。
そこから顔を出したのは、全員が待ちに待った顔だった。
「アンジェラさんっ、起きたの?」
「もう、ええんか?」
「ねーさんだぁ♪」
「ふう、これで一安心だな」
「お腹・・・すいた」
「お話しは後で、すぐに船を安定させます」
階段をゆっくりと登って来たアンジェラさんは、みんなの見守る中自分の持ち場である舵輪の元に向かってゆっくりと歩いて行った。
舵輪を握りしめたアンジェラさんは、あたしの方を見て、元気に力強く宣言した。
「さあ、どういたしましょうか?指示を下さいませ」
途端に周囲から歓声が上がった。
それならばと、大きく深呼吸をして、アンジェラさんに指示をだそうとしたその瞬間、先を越されてしまった。
「アンジェラさん、高度はこのままでいいので、ただちに右三時の方向に転進して下さい」
そう、いつも冷静なアドだった。
「りょっ。そうれっ」
掛け声と共に船は大きく右に傾斜しつつ、まるで生き物のように川の流れに対して九十度の方向へと進路を変えていった。
「速度を少し落として、そのまま真っ直ぐに・・・」
「は~い」
「えっ!?さっさと速度を上げないと、またあいつが来るわよ」
「ええ、いいんです。後方!奴が飛び上りそうになったらすぐに知らせてちょうだい」
アドが何を考えているのかさっぱりわからなかったが、いままで彼女が間違った判断はしたことはなかったので、ここは彼女に任せる方がいいのかもしれないわね。
その後、すぐに後方で見張りをしていたアウラが叫んだ。
「来るっ!!」
今度はみんなの視線はアドに集中した。
「今よ、加速して!全速でなくゆっくりね」
「え?全速でないの?」あまりの事に間の抜けた声になってしまった。
「全速では奴が喰らい付いてきませんからね」
・・・・・・・? 意味が・・・
船はゆっくり、それでもしっかりと加速を始めた。
「飛び上った!!」
「それっ、全速加速よ!」
船は川の流れとは直角の方向にどんどんと加速していった。
「デビル・マンタ接近中っ!まっすぐ向かってきます」
「アド・・・!?」
「大丈夫、このまま加速して」
「あいあい~♪」
「デビル・マンタ、あと少しで追い付きます!」
「あ、口を開けたぞっ!!」
「あどおぉぉぉ」
あたしは加速に耐える為、舷側の手摺りにしがみついたまま叫ぶだけだった。
「あ、デビル・マンタ離れて行きますっ!」
「良く頑張ったわね。でも、奴もここが限界ね。もう加速はいいわよ、速度を落としながらゆっくり左に旋回してちょうだい」
アドの指示で加速が終わり、安定して歩けるようになったので、左舷側に移動して下界を見下ろすと、遥か眼下に速度を失い小さくなって落ちていくデビル・マンタの姿が見えた。
甲板上からは、「おおおおおぉぉぉっ」と歓声があがった。
最初にアドの作戦に気が付いたのはアウラだった。
「そういう事だったのね。アドちゃん、凄いわねぇ」
「え?どういう事?」あたしは聞いてばっかりだ。少しは考えないといけないとはわかっているのだけど・・・。
「奴、どこに落ちて行きました?」
「え?やつ?えーと、あ!」
あたしはここに来てやっと理解が出来た。
「奴は私達が川の流れから外れたにもかかわらず私達を追ってジャンプしたんですよ。ですから奴の落ちて行く先は川ではなくて、草原なんです。もう川には帰れないでしょうね」
感心ひとしきりのあたしにポーリンも声を掛けて来た。
「それだけやないでぇ、見てみぃや、落ちた奴に蛮族どもが群れとるで。きっととどめも刺してくれるで。これで安心しておかしら助けに行けるわな」
あ、あたし・・・おかしらの事、すっかり忘れてたわ。この事は内緒にしておかなきゃ、お頭に知られたら何言われるかわからないもんね。
「アンジェラさん、速度を落としながら高度を下げて行ってちょうだい。おかしらを拾って行くわよ。ほら、姐さん、そんなに嫌そうな顔しない」
げっ
「あ あたし、そんなに嫌そうな顔してた?」
「あはは、嘘ですよ。そんな事ないですよ」
ビックリしたぁ、アドがこんな冗談言えるなんて知らなかったわ。心臓にわるいったらないわよ。
「ばれちゃったって思いました?」
「うん、何でわかったんだろう って、そんな訳ないじゃないのよぉ!」
「「「「「わはははははははは」」」」」
みんなに笑われてしまった。
こんなになごんだのは、本当に久しぶりだった。
数少ない読者の皆様。緑の綺麗な季節になりましたね。作者の黒みゆきと申します。
皆様におかれましては、健やかに御過ごしのことと存じます。
私事ではありますが、この度一週間ほど鹿児島に行って来る事になりました。
つきましては、次回の投稿は24日を予定しております。
戻って来た時に、誰も居ないなんて事になって居ない事を願っております。
って言うか、どうか忘れないでくださああい! と心から叫んでおります。
24日に又会いましょう。