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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
164/187

164.

 船底に張り付いた蛮族への対応に苦慮していた時だった。

「ふっふっふっふっふっふっ・・・」

 突然不敵な声が甲板上に響いた。

 

 その瞬間、全員の視線が一点に集中した。そこに居たのは、まさかのアンジェラさんだった。

 舵輪を握ったまま下を向き、肩を震わせながら信じられないくらいに物凄く悪い笑い声を発生させていたのだった。

「あ あんじぇら さん?」あまりの変わり様に、それだけしか言えなかった。

 あのおかしらですら、あぜんとした顔でアンジェラさんを凝視している。

「アンジェラ姉さんどないしたんや?、なんぞ悪いもんでも食ったんか?」

 ポーリンも変な物を見てしまったかのような表情だ。


 そんなみんなの気持ちなど、どこ吹く風のアンジェラさんの薄気味悪い笑い声は次第に大きくなっていった。

「ふぁっふわっふぁっふぁっ、今こそ我が力、シャルロッテ様にお見せする絶好の機会なり。やっと、やっとわたしがお役に立つ時が来ましたぞ」

 いやいや、もう十分に役に立っているってぇ。

「見ていてくださいまし、我が力を。シャルロッテ様の大切なお船を傷つける蛮族、ゆるすまじ!」

 あ、駄目だ!目が逝っちゃってる。あれは他人の声が聞こえない顔だ。

 そう思った瞬間だった。

「我が分身よ!今こそ天空を駆け回る竜のごとく大空に羽ばたくのだっ!ゆけーっ!!」

 彼女がそう叫んだその瞬間、船は今までに経験した事の無い加速をもって、大空に飛び出した。

「「「「「うわあああああぁぁぁぁっ!!!」」」」」

 当然、巨木に係留してあった三本のロープは一瞬で千切れ、甲板上に居たあたし達は甲板をゴロゴロというよりも、一瞬で船の最後尾にまで吹き飛ばされ、手近の物に必死でしがみつくので精一杯の状態だった。

 どこにも掴まる事の出来なかったちょっととろいミリーは、船から放り出される寸前でおかしらに首根っこを掴まれて難を逃れていた。

 あたしが辛うじて上甲板の最後尾の欄干に掴まれる事ができたのは、奇跡と言ってよかった。


 船は急上昇を続けた。体感で、今まで昇った事の無い高度に来ている事はわかった。

 だけど、どこまで昇って行くつもりなのかさっぱりわからないあたしとしては、不安しかなかった。

 暗くてわからないが、上甲板が静かだという事は、みんな必死でしがみついて居るのだろう。

「みんなぁー、しっかりしがみついててよーっ!!」

 みんなの耳に届くのかはわからなかったが、そう叫ばずにはいられなかった。


 やがて船は急上昇に飽きたのか次第に水平飛行へと移行していった。

 やっと気が済んだかとホッとしたのも束の間、今度は急降下が始まってしまった。

 いや、急降下という言い方は語弊があるだろう。なぜなら、急降下とは名ばかりで、ほとんど墜落に近い垂直降下だったからだ。

 あたしたちは、ただただ声も出せずに近くにあるものにしがみついているしかなかった。もちろん、おかしらも例外ではなかった。

 夜明けまではまだ時間があった為、真っ暗な中の急降下、いや墜落は恐怖でしかなかった。

 気絶しなかった自分を褒めてやりたい気分だった。

 だが、そんな事を言っている場合ではなかった。このままじゃあ、地面に激突してしまう。気が付いたら死んでいるなんて、しゃれにもならないよ。

「あんじぇらあぁぁぁっ!引き起こしてぇ!ぶつかるぅっ!!」

 これだけ言うのが精一杯だった。


 真っ暗な中、今にも地面にぶつかるんじゃないかっていう恐怖。恐らく今後これ以上の恐怖を味わう事はないのではないだろうか。

 永遠とも思える急降下は、ふいに終わった。

 今度は急な引き起こしで、あたしたちは見えない巨大な手で甲板に押し付けられてしまい今まで以上に身動きが出来なくなってしまった。当然息をするのも大変だった。

 十数秒の後、船は再び水平飛行に移り、あたしたちは巨大な手の拘束から開放された。

「はああああああああ、やっと解放されたあぁ。後五秒降下が続いて居たら振り落とされる所だったわあ」

「はあはあはあ、ほんまにもうあかんかと思ったわあ」

「死ぬかと思いましたぁ」

「なんちゅう乱暴な運転でいっ!!」

「お肉が飛んでっちゃったぁ~」


 なんだかんだとみんなしぶといわあ。

 なんてぼのっている場合じゃなかった。

「アンジェラさん、何なのこの乱暴な運転はっ!!死ぬかと思ったわよ」

「そやそや、いったいなんなんよおぉ」

「もっと大人しく運転してくださいな。危なかったですわよ」

 みんな、息も絶え絶えに抗議をしているが、肝心のアンジェラさんには全くと言っていいほど届いていない様子で、何かぶつぶつと独り言を言っている。

「だめだわぁ、まだ貼り付いているわ。いち、に、さん匹。しぶといわねぇ。

 どうやら、船底に貼り付いて居た蛮族の事をいっているのだろう。

「ねぇ、底に貼り付いて居る蛮族がわかるの?」

 至極真っ当な質問だと思うのだけど、あたしはアンジェラさんに不思議な者を見る目で見られてしまった。

「わかりますよ。だって同調している間は、この船はあたしそのものなんですもん」

「そうなの?」

「それよりも・・・」

 それよりも?あたしの問い掛けは、それよりも扱いなんだ。

「まだ、三匹貼り付いてますね。早く剥さないと、船底を食い破られます」


 すると、船は再び上昇を始めた。

「!!!! 待ってっ!待ってっ!また急降下するつもりなのぉ?今度こそ空中分解しちゃうわよぉぉ、やめなさーい!お願いっ、ヤメテェェッ!!」

 あたしの悲痛な叫びも虚しく、船は再び上昇していった。

「大丈夫ですよ。任せてくださいな。今度は、あの巨木の枝で奴らを払い落してみせますからっ」

 そう言うと、船は水平飛行へと移行していき、今度は速度を上げ始めた。

「待って、待って、どういう事よぉ」

 もう、あたしの頭の中はハテナマークでいっぱいだったが、アドにはアンジェラさんのしようとしている事が理解できているようだった。

「彼女は巨木のてっぺんの枝で船底をこするように飛行して、蛮族どもを払い落とそうとしているんだと思いますよ。まあ、ここは任せるしかありませんね」

 まるで、もう諦めたのかと思えるほどアドは落ち着いた口調で呟いた。

「アド・・・あなた・・・」


 だが、その先の言葉を発する事はなかった。

 すでに水平飛行に移っていた船が激しい擦過音と共に振動を始めたからだった。

 最初は細かい振動だったが、やがて、下から突き上げるような動きが混ざり始め、あたしたちは再び上甲板を転がり回る事になった。

 そんな中、ふたたび舌打ちとともにアンジェラさんの声が聞こえて来た。

「ちっ、まだ一匹しがみついてやがる。ふっふっふっ、そっちがその気ならば、こっちもとことん付き合ってやろうじゃないのっ!!そうりゃああああぁぁぁぁぁ」


 掛け声と共に、船はあたしたちを乗せたまま、再び急降下を始めた。もう、悲鳴もでなかった。ただ、必死に身近なモノにしがみつくのみだった。

 その頃になると、夜明けも間近に迫って来ているせいで、周囲もうっすらと見え始めてきていた。そのせいで、現在私達が置かれた状況がはっきり、くっきり、しっかりと、強制的に認識させられてしまった。

 急角度で再び急降下している船。操船台の上で舵輪を握りしめたまま、仁王立ちのアンジェラさん。上甲板に投げ出され、思い思いに手近かなモノにしがみついているあたしたち。そして、船の向かう先にあるもの。

 それは、物凄い勢いで迫って来る朝日を浴びてキラキラと輝きを増している、塩の川。

 ここにいたっては、さすがのあたしにも彼女の意図を完璧に理解する事ができた。

 おそらく、彼女は川の水を使って・・・なにかをするのだろう。


 あ、なによアド。そんなに変な物を見るような目で見ないでよぉ。


 そんな事を思っている間にも船はどんどん高度を下げている。

 水面に激突した際に発生するであろう衝撃に備える為にだろうか、みんなはより確実に身体を支えられる物を探して、じりじりと移動をしている。

 中には階段から転がる様にして船室に逃げた者もいた。

 あたしは・・・階段までは遠く降りている時間はなさそうだったので全力でデッキの手すりにしがみついて居る。

 あっという間に水面は迫って来て、あたしは目をつぶって手すりを抱きしめた。

 着水寸前で船を水平飛行にしてくれたおかげで、激しい衝撃にはならなかったものの、水面を高速でかすめて行くので水面に接する度に船はジャンプを繰り返し、激しく下から突き上げられていった。

 何回か水面に接触した後、船は高度を取り始めた。

 お? と顔を上げてアンジェラさんを見ると、なんかガッツポーズをしている。

 うまくいったのか?みんなも恐る恐る顔を上げて、きょろきょろと周りを見回し現状を確認しようとしている。


「やったぁ~っ!!シャルロッテ様~っ、最後の蛮族を振り払いましたあぁぁぁ。ついにやりましたよおおお~!」

 バンザイして叫んでいる。どうやら、この地獄の時間は終わったみたいね。

「思った通り大成功でしたあぁ~ww。わたし、えらーいっ わたしってば、ゆう し ゆ ぅぅぅぅぅ・・・・・」


 あたしが見ている目の前でアンジェラさんがバンザイをしたまま、両手を振り上げたままの姿勢で後方にゆっくりと倒れていくではないか!

 やばっ!咄嗟に受け止めようと立ち上がろうとした瞬間、まるで瞬間移動してきたかの速さでおかしらが現れて後ろからアンジェラさんを受け止めていた。

「ふぅ、間一髪でまにあったな」

 おかしらが、カッコつけておでこの汗を拭う仕草をしている。

 ぜったい、あれがあたしだったら、あんな事してくれないわね。うん、ありえないわね。


「おい、こいつ・・・寝ちまってるぞ?船・・・大丈夫なんか?」

 えっ!?

 えっ!?

 えっ!?

 どういう事?それって・・・まずいんじゃあ・・・


「船ぇ、なんや高度下がってんでぇ。やばいんとちゃいまっかあぁ」

 えっ!?

 ホントだぁ、徐々にだけど、高度が下がってきてる。なんでぇ って、操船していた人が寝ちゃったんだからしょうがないのか。

「アドぉ、どうしよう」

 困ったときにはアドに限るってね。


「そうですね。幸いこの船は川に向かって暖降下しているようですから、このままでもいいのではないでしょうか?」

「そ そんなぁ」

「じゃああよ、おめー他にいい案あるって言うのか?あるんなら、出してみろよお」

 おかしらの言いたい事が正しいんだってことはわかっているわよぉ。でもおぉぉ。

「それよりよお、こ|れどうすんだよ~。いつまでこうしていりゃあいいんだあ?」

 おかしらが、『これ』をお姫様抱っこしながら情けない声を出してきた。

 そう、これとはアンジェラさんの事だった。先ほど倒れて行く彼女を救い上げたまま、ずーっと抱っこしたままだったのだ。

 みんなの視線に晒されて、おかしらは茹でだこのように真っ赤になっていた。


「いーじゃあねーの、役得だと思って抱きしめてなよーww」

「ひゅー、ひゅー、おかしらカッコイイぜぇ~ww」

「おかしら、もてもてやねぇ~ww」

「いいな・・・あれ」

「どさくさに紛れて変な所触ったりしたらだめですからねー」

 みんな他人事だと思って言いたい放題だ。


 アドのとどめの一言で、さすがのおかしらも降ろすに降ろせなくなってしまった。

「降ろしたら着水の衝撃でどうなるかわかりませんよ。しっかり確保していてください」



 その後、無事着水した操り手をなくした船は、流れに身を任せてゆっくりと川を下りだした。

 しかし、あれだけ振り回されたにもかかわらず誰一人として怪我をしなかったあたしたちもたいがいなものだが、この船もたいがい丈夫だった。

 補修してあるとは言え、建造から数百年経って居るとは到底思えなかった。


「ねえアド。この後どうしたらいいんだろう?」

 あたしは、川岸であたし達を見ている大勢のギャラリーを見ながらアドに訊ねた。

 先頭の奴らは、次々に飛び込みはじめている。泳いで来るつもりなのだろう。やる気満々だった。


「アンジェラさんが起きるまでは、手の打ちようがないですね。みんなで槍を持って上から追い落とすしかないでしょうね」

 アドの言う通りだ。それしかあたしたちに出来る事はなさそうだった。

 アンジェラさんが起きる迄だ。そう思いあたしたちは打ち身で痛む身体を引きずりながら、舷側から登ろうとしてくる蛮族を追い落としていったのだ。


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