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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
163/187

163.

 結論から言うと、その夜は朝迄ひっきりなしに蛮族どもの訪問が続いたのだった。

 二百メートルはあろうかと思われる巨木のてっぺんに係留していたにも拘らずだ。

 延々と列を作った蛮族たちは巨木を登り切った後、係留してあったロープを発見すると遮二無二一列に繋がって登って来た。

 迎え撃つ方としては、こんな楽な事はなかった。

 登って来る先頭の奴を、ちょいちょいと槍で突っつくだけで良かったからだ。

 突っつかれた蛮族はロープに掴まっている事を忘れてしまうのだろうか、みんな両手を離して槍を捕まえようとしてきて両手を振り回し、そのままバランスを崩して真っ逆さまに落ちていくのだった。

 ある程度の知能があるのなら、真っ直ぐに正面から登って行ったらまずいぞと判断しそうなものだが、蛮族はお構いなしにそのまま登って来る。

 自分の目の前の奴が目の前で落ちて行くのをマジカで見ているのに、何事もなかったかのように登って来るのだった。まさに、マジカ!だった。

 三本繋いである係留ロープ全てで同じ事が起こっていたのだ。ひっきりなしに登って来て、ひっきりなしに落ちて行く。

 こうなると、迎え撃つ側も次第にただ淡々と作業をこなすようになっていく。

 こんな状態が夜が明けるまで続いたのだった。

 安全でかつ簡単な迎撃であったのだが、目の前で落とされても、落とされても、登って来る蛮族を見ていると、かなり精神を削られる事となり、当初はワイワイと迎撃していたのだが、夜が明ける頃には、誰もが無言になっていた。


「なんなん、あれ?なして落とされても、落とされても、登って来るん?ええ加減無理だって学習せぇへんの?もう、いやんなるわ」

 そう感じていたのはポーリンだけではなかった。甲板上でへたり込んでいたみんなは、声には出して居なかったもののこくこくと頷いて同意していた。

 あたしも夜半過ぎに当直をしたが、短時間でどっと疲れてしまった。

「安全に寝るには、この方法が一番有効です。もしこの方法が嫌でしたのなら、代案を提起してください。良い案でしたら今夜からはその方法に代えますよ」

 アドのこの提案には、誰も答える事ができなかった。みんなこの方法が一番安全な方法だとわかっていたのだ。分かってはいても、叫びながら落ちて行く蛮族の姿が脳裏から離れず、もやもやした気持ちを持て余していたのだった。


「どうしたものですかねぇ。このままじゃあ、みなさん参ってしまいます」

 アウラの心配はもっともなことだった。だけど、代案なんてそんな簡単に浮かぶ訳もないし。本当にどうしたらいいんだろう。

 そんな時だった。珍しくミリーがまともな意見を言ったのは。

「あのねぇ、もう明るくなってきたんだしぃ、さっさとロープはずしてぇ、逃げようよぉ」

 はい、もっともな意見でございます。

 そこからのみんなの行動は素早かった。

 まるでバネ仕掛けの様にバッと飛び起きるや、まだ蛮族が一杯しがみついたままのロープを切り離し、巨大木との接続を解除すると船は大空へと飛び出して行った。

 みるみる小さくなっていく巨大木の森をみながら、知らず知らずのうちに大きなため息を吐いたのはあたしだけではなかったはずだ。


 その後、昼間の航海は何事も無く、本当に何事もなく退屈な時間だけが流れて行った。

 乗員が花を摘むために午前一回、午後二回、水辺に降りた以外はひたすら東方要塞に向けて、無限に続くようにも思える大草原を飛行して行ったのだ。

 夜は夜で、もはや作業と化した蛮族追い落としを黙々と続けた。

 二日ほどそんな日常を過ごしたある夜、事件は起きた。


 例によって三本のロープを巨大僕のてっぺんに括り付けて待っていると、予想通り夜半過ぎると蛮族が列をなして登って来た。

 こちらもそれぞれのロープの担当者が肩をぐるぐると回しながら待ち構えていた。そこまでは昨日までとなんら変わりはなかった。

 蛮族落としと呼ばれる毎晩恒例の作業が始まって少し経った頃の事だった。

「・・・・・・!」

「・・・・・・?」

「姐さーん、ちょっと来てもらえへんかぁぁ?」

 うとうとしかかった頃、ふいに声を掛けられ目を覚ました。

 ねむい目を擦りながら上甲板に上がってみると、なにやらみんなが舷側から乗り出してワイワイと騒いでいる。

「どうしたの?」

 あたしも舷側に歩いて行って、下を覗いてみた。

「ねっ!?おかしいやろ?」

 すぐにポーリンが下を覗いて居るあたしの隣にやって来て、そう聞いて来た。

 やばい、何がおかしいんだろう。あたしにはさっぱりわからないんだけど。

 このまま見ていても埒が明かないんで、あたしは上半身を起こしてポーリンを見た。

「ごめん。どこがおかしいのかわからないんだけど・・・」

 恥を忍んでそう小声で返したんだけど、こういう時に限って居なくてもいいおかしらが近くに居て、耳ざとく聞きつけてきた。

「なにいぃぃぃっ!?おめー、あれ見て何も感じねーのか?おめーの目、どこに付いてやがんだあぁ?」

 いきなり怒鳴られてしまった。あれっ?ポーリンも呆れた感じであたしを見てる?どういう事?


「きゃぁーっ!!」

 いきなりおかしらに頭を鷲掴みにされてしまった。そうして、そのまま船縁に連れて行かれた。

「もう一度その曇った目でよーく見てみろ!」

 むりやり舷側から頭を突き出させられて、強制的に下を見せられてしまった。

 手足をバタバタさせながらもう一度下を見たけど、そこに見えるのは船を係留している三本の内の一本のロープが船と木のてっぺんを繋いでゆらゆらしているだけだった。

「どうだぁ、わかったか?」

 いやぁ、どうだって言われても~。

「わからんのかぁ?」

 いや・・・だから

「姐さん、ロープ見てやぁ」

 たまりかねたポーリンが助け舟を出してくれた。

「ロープって・・・あ あれ?あいつらは・・・?」

 やっと気が付いたんだけど、鈴なりにぶら下がっているはずの蛮族の群れが・・・いない?

 どういう事?


「やっとわかったか?」

 顔を上げておかしらを見ると、右手で下を指差してニヤニヤしている。

「どういう事なの?なんで蛮族がいないの?」

「だからみんな騒いでいるんだよ。なんでこのロープだけ登って来てないんだってな」

 そうだったんだぁ、それで騒いでいたのね。でも、なんでなんだろう?

 こういう時にはアドに聞くのが一番ね。

 周りを見回すと、直ぐにアドを発見できた。

「アドぉ・・・」

 物凄く難しい顔をして考え込んでいる。あれじゃ、話し掛けられないわ。

 しばらくそんなアドを見ていると、何かつぶやき出した。

「なぜ登って来ない?登りづらい場所に生えているのか?いや、そうではないだろう。じゃあ何だ?何が原因なんだ?必ず理由があるはず・・・」

 ああ、アドも結論が出せないでいるんだ。アドにわからないんじゃ、あたしがいくら考えても無駄ね。

 少しホッとしているあたしがいた。


 でも、その後意外な所からヒントがでることになった。

「登って来ないんじゃなくて、登って来れないんじゃない のかな?」

 声の主は最近冴えているミリーだった。

「登って来れない?登れないって事・・・か」

 アドがすぐにその言葉に喰いついた。

「なんなんや?それ。どない理由なん?」

「うーん、なんとなくそう思っただけなんだけど・・・」

 ミリーの返事は、なんかはっきりとしないものだった。

 だけど、アドには何かが刺さったようだった。

 ミリーの肩に両手を掛けて、どこか吹っ切れた顔のアドが叫んだ。

「あんた、いい!凄く冴えてるわよ!」

 そこまで言うと、アドはあたしの方に向き直った。

「姐さん、わかったわ。うん、たぶん間違いないわ。あいつら、知能が無いって思っていたけど、冗談じゃないわ、とんでもない食わせ物よ」

 物凄く食い気味のアドに、思わず一歩下がってしまった。


「姐さん、聞こえます?微かだけど、何か硬い物を叩くような音が聞こえてません?」

 えっ!?全然聞こえないんですけど。

「ああ、姐さんには聞こえないかもしれないですね。あれはわたしの推理が正しければ、あいつらロープを繋いである木を切り倒そうとしている音ですね」

「えっ!?木を?」

 ビックリした。そんな事思いも寄らなかった。奴らって、あたしよりも賢いって事なの?

「でも、何で木を切り倒そうだなんて・・・」

「恐らく、木が倒れればロープで繋がっているこの船も引きずり込まれて墜落するとでも考えたのでしょう。木を切っているから登って来れないと考えれば納得がいきます」

 アド、なんか落ち着いてない?心配ないって事なのかな?

 そんなあたしの心情を知ってか、ポーリンがアドに聞いてくれた。

「アドやん、ぜんぜん焦っとらんやん。なんか策でもあるんか?」

 あ、アド珍しくニヤッとした。

「ふふふ、策もなにも、ねぇ。所詮あいつらの考える事よ、大した事ないわよ。そんなに丈夫なロープを使っている訳じゃないのよ。木が倒れたところであんな細いロープ途中で切れてお終い。何の影響もないわよ。ふふふ」

「なるほど~」

「まあ、念の為、木が倒れ始めたらロープを斬っちゃえば問題無しよ」

  謎さえ解ければ、後は興味無しって感じのアドさんでした。


 それに比べて、そんな事すら思いつかなかったあたしって、あいつら以下って事?かなりショックだった。


 ややあって、当該の巨木は傾き始めたので、事前の打ち合わせ通りロープを即時切り離したので、一切の被害は受けないですんだ。

 あれだけの巨木がまるでスローモションのようにゆっくりと倒れて行く様は実に圧巻で、みんなして見入ってしまった。

 一方、蛮族の方は、倒れた木に巻き込まれて、大勢が掴まっていた木からはじき飛ばされて、地上に落下していったみたいだった。

 繋いだ綱が二本になってしまったので、急遽一本新たに繋いで、さあ後は当直に任せて寝ようと思っていたのだが、今宵の蛮族は一味違っていた。

 再び寝ようとした時、又してもポーリンに起こされてしまった。


「こんどは、なによおぉ?」

 一晩に二度も起こされては、あたしだって機嫌が悪くもなろうってもんだよ。だけど、ポーリンはそんな事気にもしていない感じだった。

「船底で寝ていた人が呼びに来よったで。外で音がするって。どないしよか?」

「そとぉ?船低の外?そんなとこ・・・。えっ?なんでそんな所から音が?」

 あたしは、がばっと飛び起きて、ポーリンに続いて船底への階段を駆け降りて行った。


「こっちや、ここや」

 先行するポーリンが指差す部屋に躊躇なく飛び込むと、既に何人かが集まって床に注目していた。

「ああ、姐さん。ここなんすよ。この外からなにやら音がするんでさあ」

 おかしらの部下の若い船員が床を指差して居る。

 そっと近づいて、腰を落とし、耳をそばだててみた。


 ガリ  ガリガリ ガツガツガツ


 確かに人為的な音がしている。これは間違いない、風で枝が擦れる音とかではない。誰かが外に居て、何かをしている音だ。

「誰か、外に居るわね。こんな事をするのは間違いなく蛮族だわ。どうして外にいるのかは置いておくとして、まずは船底に居る蛮族を何とかしましょう。お願いね、おかしら」

 あたしは、満面の笑みでおかしらに蛮族の排除をお願いしたのだが・・・全身でいやいやをしている。どうしたんだ?いつもなら、率先して走って行くだろうに。

「どうしたの?おかしら。まさか・・・いやなの?」

「おい、嫌もなにもだな。どうやって蛮族の元へ行くんだって話しだぜ。ロープで舷側から降りて行くって方法もあるがよ、そこから蛮族までってどれだけの距離があるかわかってて言ってるんか?ああ?」

「うーんと、船の幅の半分位・・・かなぁ?えへへ」

「えへへじゃあねーっ!槍だって届かねーじゃねーかよ。よしんば、届くほどの長さの槍があったとしても、ロープにぶら下がった不安定な態勢で、おまけに片手だぞ?出来るって思うなら、おめーがやれって話しだぜ」


 うーん、おっしゃる通り誠にもってド正論っす。反論出来ないっす。でも、放置出来ないしどうしよう。

 などと焦っていたけど、心配はいらなかった。我らが頭脳・・はしっかり機能していた。本当はあたしが機能しなきゃいけないんだけどね。

 アドの凛とした声が甲板上に響き渡った。

「とにかく状況がしりたいので、どなたか身の軽い方、ロープで降りて様子を見て来て下さいな」

 言い終わらない内に、ロープを抱えた若い衆が駆け出して行き、ロープを舷側の手摺りに縛り付けたかと思うと、さっと身を翻して舷側から消えて行き、ほどなくして下から報告が上がってきた。


「やばいっすよ!やっぱり船底に蛮族のやつらが数匹張り付いてまさぁ。あのままじゃあ船底破られかねないですぜ。どないします?」

「チッ、木が倒れた時にでもどさくさに紛れて飛び移ってきやがったか。器用なやつらだぜ。どうすんだよ!」おかしらの怒号が響いた。

「穴でも開けられたら、着水ができなくなりますね。どうします?」冷静にアウラが聞いて来る。

 みんな、判断はあたしに丸投げかいっ!!

 どうするって、どうしたらいいのよおぉぉ!


 完全に頭の中がぐるぐるしているあたしの耳に、恐怖の始まりを告げる声が聞こえて来たのはそんな時だった。


「ふっふっふっふっふっふっ・・・」



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