162.
なんとなくまだ不安ではあるが、夜間の対応策ができたので、あたしたちはマイヤー兄様の待つ東部要塞に向かって飛行を続けた。
眼下には相変わらず見渡す限りの広大な草原が広がっていた。
同じ草原でも今までと違ったのは、その至る所で何やらうごめく人影が見られた事だった。
人影と言っても、あたしたちの様な人族ではなく、繁殖に特化した蛮族ばかりだという事が残念でならない。
蛮族に関しての情報は、ほぼ無いに等しく、わかっているのは、身長が低く、簡単な言語しか持たない事、子供は半年弱という短期間で生まれる事。文化は我々よりも数千年は遅れているであろう事、それと我々人族とは意思疎通をする事がが出来ず、見付けると問答無用で襲って来る事くらいだった。
そんな訳なので、蛮族が生息していると思われる場所では、襲われる危険があるので夜も安心して寝られないのだった。
この草原で蠢いている蛮族を見ていると、我々人族よりも遥かに生息数が多いであろう事が容易に推測出来た。
だから急がねばならなかった。たとえ原始人の様な文化しかない蛮族とはいえ、その圧倒的な数は脅威だったからだ。
どんなに文化が遅れている種族だとしても、彼らの持つ恐ろしいまでの数の暴力は兄様にとってもかなりの脅威に違いなかった。
おまけに、連中には恐怖という感情がないように思えた。今までの戦いでも、仲間がバタバタと倒れていても気にする事も無くひるまず突っ込んで来たからだ。
「あわれなり・・・・か」
舷側から下を見下ろして居ると、ふいになにやら呟きが聞こえ、反射的に振り返ると、少し離れた所であたしと同じく下界を見下ろすアドがいた。
「何か言った?」
あたしが話し掛けると、アドは下を見下ろしたまま話し始めた。
「あの一族は、もしかして・・・何らかの意図をもって造られた種族なのかもしれませんね」
なに?なにを突然言いだすのよ。
「どういう 事なの?造られた?誰に?」
「何千年も前の大昔の古文書にも出て来るんですよ、連中の存在」
「?? それが?連中だって存在していたんなら、古文書に出て来ても不思議じゃないんじゃないの?」
「何千年も前には、我々のご先祖も彼らと同じレベルだったと思われます。でも、現在我々はこの様に進化してあの頃とはまったく違います。衣食住もあの頃とは雲泥の差です」
「それは当然じゃないの?」
「では、彼らはどうです?数千年たった今でも当時となんら変わらない原始人みたいな生活ですよね?なんでです?なんで進化していないのです?」
「あ、確かに、そう言われてみれば不自然かも?」
「何故進化しなかったのでしょう?」
「なぜ・・・・・・う~ん、なぜだろう?」
「あ!」
あたしの左で下界を見下ろしながら話を聞いて居たポーリンが声をあげた。
「はいはいはいっ、わかったかもしれへんー」
「ポーリン?」
「進化せえへんかったんは、必要がなかったんとちゃうん?」
何故か自信満々に言うポーリンに対しあたしの眉間には深い皺ができた。
「必要が・・・なかった?どういう意味よ?」
「うーん、うちにもようわからへんけど、そんな気がしたんよ」
「必要がないなんて、そんな訳・・・」
「そうか、そうだったのね。難しく考え過ぎていて答えがでなかったのか。真実は単純なり だな。ポーリン、なかなかいい所を突いて居るかもしれないわ・・・そうか、必要がなかったからかぁ、それは考えもしなかったわ。ポーリン、あなたさすがね」
「えへへへへ」意味もわからず照れるように緑のくりくり巻き毛の頭を掻いているポーリンがなんか可愛かった。
「そうか・・うんうん、そうだったんだ。まさかこんな身近な所に答えが落ちているとは思わなかったわ」
なんかひとり納得したように、にやにやぶつぶつと一人で呟いているアドが、なんか不気味だった事はあたしの胸に仕舞っておこう。
みんなも同じ事を思っていたのだろうか、誰も声を掛けられず、ただ遠巻きに見守るだけだった。
頭の中で考えが纏まったのだろうか、アドはゆっくりと頭を上げあたし達に向き合った。
そして、言葉を選ぶように語り始めた。
「彼らは、なんらかの目的を持って造られた可能性があります」
「目的?どんな?」
あたしの頭では、とうてい理解ができなかった。
「何者がどんな意図をもって造ったのかはわかりませんが、その存在のしかたが不自然なんですよ。例えば数千年も人族の近くに存在していたにも拘らず、彼らは進化していない。学習していないと言った方が解り易いでしょうか?」
「確かに、進化しているとはいいがたいけど」
「拾った武器を使う程度の知能はあるみたいですが、自分たちで新たな武器を考えたり作ったりといった、普通なら見受けられる行動がまったく見当たりません」
「・・・・たしかに、そうかも」
「彼らに備わっている能力は、食欲と繁殖。それと闘争本能といいますか、とにかく周りに居るものに対してひたすら攻撃を仕掛ける、それだけしかないように思えるのです。ただ戦うだけに存在しているとでも言いますか」
「それは、薄々感じてはいたけど・・・」
「それと、彼らには欠如しているものが多数あるのですが、その中でも特に異様なのが、恐怖心がまったくない事です。戦って居て感じませんでしたか?」
「確かに・・・。あいつら、斬っても斬っても向かって来たわ。あたしの剣ですら全然恐れていなかった。仲間がバタバタ倒れていても平気で向かって来てたわ」
「そやね。虫かて相手が手強い思たら逃げますやん。あいつら片腕落とされてもひるまないで突っ込んで来て不気味やったわ」
「おそらく彼らの目的上必要がなかったので、と言うか邪魔だったので恐怖心は備えなかったのでしょう」
「ほな、目的ってなんなん?」
「これは推測の範囲を出ませんが、我々人族に対するリミッターなのではないかと」
「「「・・・・」」」
「り みったあ?」
「我々人族には強靭な身体も飛ぶ能力も火を吐く事も出来ません。草原で一対一で出会ったら、逃げる足もありません。恐らく最弱な生き物なのでしょう」
その時アウラがポンと手を叩いた。
「それで我々人族は、火を使えたり、言葉を使えたり、集団行動を取る能力を授かったのね」
「ええ、滅びない為の能力です。あのワイバーンにだって大勢で協力すれば太刀打ち出来るようになりました。ですが、それですといずれ無敵になってしまいまい、この世界にとって災いとなってしまう恐れがあった訳です」
「ほな、うちらが増えすぎんようにあいつらがおるって事なんか?人族が世界の災厄やなんて・・・」
「真意はわかりません。あくまでも推測の域をでませんが、そうだとすると筋は通ります」
その時、ふいにパンパンパンと手を叩く大きな音がした。みんなが振り向くとおかしらだった。
「はいはいはい、あいつらがどんな意図で存在するかなんて俺達には関係が無い事だ。邪魔をしてきたら排除するだけだ。そんな事よりも、今夜寝る場所を探す方が大事なんじゃあねーのか?」
ハッとして空を見ると、もうお日様が傾き始めていた。
そして周囲を見ると、まだ一面の草原が続いていた。
「この辺りじゃあ船を繋げる大木はねーぞ。もっと山の方に行かねーと駄目なんじゃねーのか?」
確かにおかしらの言う通りだった。蛮族の話しをしている時じゃあなかった。
「そうですね、おかしらの言う通りです。アンジェラさんもっと高度を上げる事って大丈夫でしょうか?」やはり指示を出すのはアドだった。
前方を一心に見つめながら操船していたアンジェラさんがニコッと微笑みながら右手を上げた。
「ぜんぜん余裕ですよぉ、すぐに上げますねぇ」
その言葉の通り、船はぐんぐんと高度を上げていった。
「みなさんは、船の周囲に散って近くにある巨木を探してください」
アドの指示でみんなは周囲に散って行った。
あたしはと言うと・・・アドって指導者に向いて居るなぁって、その指示を出す姿をぼーっと見ているだけだった。
報告はすぐに返って来た。
右舷後方の監視についたメイだった。
「大きな木がたくさん生えてまーすっ、えーと、四時の方向・・・でいいのかな?」
メイの声に監視についていた全員が右舷後方に駆けて行った。
「おー、確かに巨木の森が見えるぞぉ」
「あそこならそんなに遠くないんじゃねーか?」
「そっか、巨木は山の近くに群生してるんだぁ」
みんな思い思いの感想を言い合っている。
右舷に移動したアドもうんうんと頷いて、アンジェラさんに指示をだす。
「アンジェラさん、コース変更。あの巨木の森に向かってください。おかしらは、ロープの準備をお願いします」
「わかったあぁぁぁ!」
そう言うと、おかしらは船倉にロープを取りに駆けて行った。
なんで、おかしらってアドの言う事は素直に聞くの?あたしに対する対応と全然違うじゃない。ぶー。
そんなあたしの感情なんか誰も知る由も無く、船は粛々と森に近づいて行った。
巨木と言うだけあってその周囲を威圧する様な姿は圧巻だった。
その中でも、一番背の高い一本の木のてっぺんにゆっくりと船を近づけたアンジェラさんは、その位置でホバリングを始めた。
「よおしっ、さっさとロープを結び付けるぞ!落ちたら助からんぞ!慎重にやるんだ!」
おかしらの掛け声で、ロープを肩に担いだ男衆が舷側から船縁を越えて降りて行った。
船を係留した木は百メートル?いや、二百メートルはあるのだろうか、舷側から下界を見下ろしても生い茂る葉に隠れて地表はまったく見えなかった。
「この高さなら、あいつらも登っては来れないわね」
あたしが安心してそう言うと、即座にアドから否定されてしまった。
「彼らの能力を甘くみたら痛い目に遭いますよ。最悪の事態を考慮した対策は必須です」
「はい、そうでした」
ホント、どっちが年上なんだかわからないわ。
その夜は警備を配して交代で休む事になった。
あたしも先に休ませて貰うことになったのだが、ここで想定外の敵が現れすんなりと寝れなくなった。
その敵とは・・・風だった。
あたしたちは誰も知らなかった事なのだが、巨大木の上空は時折強風が吹き荒れるのだった。
強風が吹き出す度に、船は木の葉のようにもてあそばれ、乗っているあたし達も右に左へと転がされてしまい、寝るのも一苦労だった。
結局、上甲板で寝ると、寝ている間に投げ出されてしまう危険性があったので、寝る時は船内に入り重たい荷物の間に身を潜めてビクビク寝る事となった。
更に船が風で揉みくちゃにされないように、巨木に繋ぐロープを三本にして、三方から固定する事にした。これによって、船がある程度安定して係留される事になった。
熟睡は期待できなかったが、仕方が無かった。奴らに襲われるよりもましだった。
事態が動いたのは、夜半過ぎの事だった。寝ているあたしの枕元に警戒をしていたはずのメイがやって来た。
「姐さん、姐さん、起きてくださいよお」
「んんっ?なあに、なにかあったあ?」
「お客さんですよお、起きてくださぁい」
「!」
お客ぅ?こんな夜中にお客って、あいつらしかないじゃない。一気に目が醒めたわ。
あたしは、枕元の剣を引っ掴みメイの案内で舷側迄駆けて行った。
もう既に何人かが起き出して舷側から身を乗り出して下界を覗き込んでいる。
「あ、姐さん。来たでぇ、あいつら登って来たで。こげな高さまで登って来よるなんて、呆れた体力や」
ポーリンが首を振りながら呆れたように言う。
あたしも舷側から下を覗き込んで見るが、一面漆黒の闇でなにも見えなかった。
「何も見えないけど、来ているの?」
誰に聞くでもなく呟くと「来てるでぇ、そうやなぁ、十、十五、いや二十以上はおるでぇ」
察知能力に長けたポーリンが真剣な眼差しで下を凝視しながら答えた。
やっぱり来たかぁ、だけどやはり頭が足りない連中なのだなと実感した。
木のてっぺんまでは来れても、そこから先は一匹づつロープを登って来なきゃあならないのだから、簡単に迎撃されるであろう事は分りそうなものなのだが・・・わからないのだな。
真正面から向かって来るなんて・・・。呆れを通り越して、哀れに思えて来るわ。
まぁ、あたしたち人族にちょっかいを掛ける事を目的に、産まれて来た定めなのなら仕方のないことなのだろうけど。
「姐さん、あの者たちの対応は見張り当番の者で交代でするので、安心して寝ちゃってください」
「え?でも・・・」
「おい、アド。そいつははっきり言ってやらんと察する事ができねーんだからよ、はっきり言ってやれよ。邪魔だから寝ろってよwww」
そう言うと、お頭は階下に降りて行った。
あたしって、そんなに鈍い?アドと目が合ったが、とおーっても気まずかったのは言うまでも無かった。
「・・・・寝る。後、よろしく」
あたしは船室に降りて、そのまま見張りの交代時間までまんじりとも出来ず・・・交代の為起こされるまで爆睡してしまっていた。