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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
161/187

161.

「姐さーん、ええかげん起きひんと、王都行きの荷車の最終便が出てしまいますよぉ」

 ポーリンのせかすような声に渋々目を覚ましたあたしの目に飛び込んで来たのは、船縁から乗り出す様にして手を振っているアウラ達の姿だった。

 よっこらしょっと起き上がり船縁ふなべりまでよろよろと歩いて行くと、遠ざかって行く荷車の上からみんながこちらに向かって千切れんばかりに手を振っている姿が見えた。

「あ!だめっ、荷車の上で立ち上がっちゃ危ないっ!!」

 聞こえないと知りつつもつい叫んでしまった。そして、気が付いたらあたしも手をぶんぶんと振っていた。

「姐さん、泣いてんでぇww」

「泣いてないわよお、あんただって泣いてるじゃん」

 あたしは、恥ずかしくて思わずポーリンに背を向けて、上空を仰ぎ見た。

 その時に見た空の青さをあたしは一生忘れないだろう。そのくらい綺麗に澄んだ青空だった。


「あのぉ、シャルロッテ様」

 おずおずと話し掛けて来たのは風邪を引いて寝込んで居たアンジェラさんだった。

 やばっ、泣いて居たの見られてた?

「あ、アンジェラさん、もう体調はいいのかしら?」

 あ、声が裏返っちゃった。

「ご心配及びご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ございませんでした。お陰様ですっかり元気になりました。ご命令頂けましたら、すぐにでも出発出来ます。」

「良かった。では出発しましょう。でも、無理は駄目だからね」

「はい、精一杯操船させていただきます」

「だからぁ、精一杯やっちゃだめだって。又倒れるよ。ゆるゆるでいいんだからね」

「あ、はい。承知しました。でわっ」

 そう言うと、アンジェラさんは小走りに操船台の方に走って行った。

 とりあえずは元気になったみたいで良かった。


 船縁から周囲を観察すると、陸上には誰もおらず、船外で作業をしていた者はすでに全員乗船しているようだった。

 船首では掛け声とともに停泊用の錨が引き上げられ、今まさに離水せんとしつつあった。

 錨が上げられ身軽になったせいで、船体が風を受けゆるゆると船首を右に振り始めた。

 振り返るとアンジェラさんと目が合った。彼女も準備万端のようで力強い眼差しが返って来た。

 うんうんと頷くと、彼女も大きく一回頷き返しそのままキッと前方を見据え精神を集中し始めた。

 

 風に押されて緩やかに右に流れ始めた船首が、意志を持ったかのように一点で停止すると同時にグンと後ろから押されるような感じがして体が後ろによろけ咄嗟に船縁を握りしめて態勢を立て直した。

 その後も、グングンと加速を続け、徐々に激しくなっていく水を掻き分ける抵抗と不規則な揺れに耐えていると、ふいにわずかな浮遊感と同時に不規則な揺れが消滅し船は大空にぐいぐいと上昇をしていった。

 今まで停泊していた池がどんどん小さくなっていくのが見え、飛行しているんだなという実感に変わって行った。

 遠く遥か彼方には、離れて行く荷車の列がわずかに確認出来た。

 それと同時に前方には山賊のアジトとなっていた山岳地帯が迫ってきていた。まだ、山のあちこちからはお頭が放火した名残の黒煙が立ち昇っているのが確認できた。

 船は徐々にコースを左に変えていき、山岳地帯を右に見るように飛行を始めた。アドがコースを指示しているのだろう。

 兄様達の居るであろう東部要塞の正確な場所はいまだに不明ではあったが、このまま北東方向に進めばきっとどこかで出会えるだろう。今はそれを信じて進むだけだ。


 山岳地帯を越えると見渡す限りの広大な草原が広がっていた。

 今までの風景と似たような景色なのだが、決定的に違う点が一つあった。

 それは、地上に人の影があることだった。

 人の影と言ったら語弊があるだろう。なぜなら、その人影の正体は人とは言っても蛮族だったからだ。

 草原のいたる所で蛮族が蠢いて居るのが船上から見受けられたのだ。

 船に乗り組んだ手すきのクルーたちが甲板に上がって来て船縁から眼下を見下ろして、それぞれが感想を言い合っていたのだが、アドだけは一言も発せず難しい顔をしていた。


「どうしたの?なにか気になる事でも?」

 問い掛けたあたしに対しアドは眼下を見たままぼそりと呟いた。

「今夜・・・降りて休む場所が・・・ないかも・・・」

「え?この先には池や沼がないって事?」

 あたしには、アドの心配している意味が理解出来なかった。

「池があっても使えない可能性があるって事ですよ」

「あるのに使えないって、どういう事なの?意味がわからないんだけど」

 あ、アド、なんでそんな大きなため息つくの?あたし、変な事言った?

 あたしだけでなく、みんなだってわからないわよ。いったい何なの?


「ああ、そうやねぇ。なんや対策とらな池で休めんようになるわな」

 えっ!?ポーリンさん、あなた・・・わかったの?

「さすがねぇ、あなたも気が付いていたんだぁ」アウラがそっと会話に入って来た。

  ええっ!?まさかあんたも気が付いていたなんて言わないわよね?

「あれ・・・なんとかしないと・・・ゆっくり寝れない・・・・・よね」

 キャーッ、ミリーまでぇぇぇぇ。一体どうなってんのぉぉ!!


「おめー、なんてぇつらしてんだ?」

 そんな事を言って来るのは、言うまでも無くおかしらだった。

「だああってぇ・・・」

「だってもくそもねえだろうがよ。あれ、なんとかしねーと、着水できねーだろうってわかんねーのか?」

「・・・・・」

「まさか、気が付いてないなんてことねーよな?」

「ええとお・・・・」

「まち゛か?」

「そんな事いったってぇ・・・」

「にぶいとか・・・それ以前の問題だぞ?」

「どうせ、にぶいですよおおおおだ!」

 なんなのよ、みんなしてさあ・・・どうせ、あたしはにぶいわよ!

「だから、それ以前の問題だって言ってるだろうがよお」

 !!!又、心を読んでるしぃ・・・。


「おかしら?今はそんな事を言っている時ではないと思いますよ?もっと建設的な事に時間を使わないと日没までに間に合わなくなります」

 たまりかねたのか、アドがおかしらの発言にストップをかけた。

「お おう。わかってるけどよお・・・ほれっ、いつもみたいによお、ぱぱぱあってなんかいい策出てこねーんか?」

「うーん、そうですねぇ、さすがに今回ばかりはお手上げですねぇ。あの無数にいる蛮族に向き合うにはこちらの戦力が少な過ぎます」

 蛮族?そうか・・・蛮族が問題だったんだ。気が付かなかったわ。でも、なんで蛮族が問題なんだろう?

「お嬢?今この状況で池に降りたらどうなると思います?池の周りのいる蛮族は黙って見過ごしてくれると思いますか?」

 優しく言ってくれているアウラだったが、目が優しくないと思うのは、あたしの気のせいなんだろうか?

「あ そうか、池に降りたら蛮族の群れに囲まれて襲われちゃうから、夜になっても降りられないんだ・・・」

「そうですよ。この様子では、どの水辺にも蛮族が居ると思わなければならないでしょう。おそらく着水している間中連中の襲撃に晒される事は確実だと思います」

「そやで、一気に味方ん所迄飛べるんやったらええんやけど、味方ん所までどれだけ距離があるか分れへんのや、どこかで休まんとアンジェラ姐さんが倒れてまうわ」


 ポーリンの言う事は至極真っ当な事だった。こんな事にも気が付かないんじゃあみんなが呆れるのも無理は無いって事かぁ。

 ああ、またやっちゃった。しゅん・・・・。

 なんで、いつもこうなんだろう。あたし、本当に疫病神なんかなぁ。

 しっかりと落ち込んでしまったのだが、大人しく落ち込ませてくれないのが、この連中だった。


「まあまあ、疫病神やて、『神』って言うだけあってりっぱな神様や。落ち込む事あらへんがなww」

 ポーリン、それフォローになってないから・・・。そもそも、フォローする気があるのかも怪しいんだけど。


「で、どうするんだ?知恵者のお主でもお手上げとなれば、このまま進むわけにはいかんぞ?いっそ、このまま海に出るか?」

「海に・・・ですか?」

 そこまで言うとアドは腕組みをして考えこんだ。

 すこしの間考えたアドは、不意に顔を上げた。その顔は・・・いやいやいや、なんなの?その悪い微笑みは。

「そうですね。なるほど・・・そういう事ですか。このまま進めないのであったらその手もありですかね」

 そう言うと、あたしに視線を送って来た。

 えっ、なに?どういう事?あたしは、再び頭の中がグルグルしてしまった。

「このまま先に進めないのだったら、このまま川を下って海に出て、エレノア様の待つ旧大陸と新大陸の間にある島に戻るのも選択肢のひとつと言う意味ね?」

 おかしらの言っている意味が分かったのか、アウラが答えた。

「そういうこった。先に進めないんなら仕方がねーだろうがよ」

「まって、まって、それじゃあマイヤー兄様の東方要塞を見捨てるって事?見捨てて逃げるって・・・」

 あせって、そう言ったものの、おかしらの鋭い視線にその先は言えなかった。

「逃げるだあぁ?逃げるんじゃあねえ、転進するんだよ。進めないんじゃ仕方がねーだろうが!それともなにか、おめーがいい案出すって言うんか?」


 そう言われても、あたしにアド以上の案が出せる訳が・・・あ、あれ?なんだろう・・・操船しているアンジェラさんの姿が視界の隅に見えた時、何かが閃いた・・・気がする。

 あたしはすがる思いで咄嗟にアンジェラさんに話し掛けた。


「アンジェラさん、操船をやめたらこの船ってどんな動きします?」

 自分でも何言っているのかさっぱりわからなかったのだが、今のあたしには藁にもすがるる思いだった。

 突然話を振られたアンジェラさんは、まさにハトが豆鉄砲的な顔をしたけど、すぐに一言一言選ぶように話し始めた。

「そうですね、操船を止めると、まず速度が落ちて行って、やがて停止します ね」

「うんうん、で、高度は?現状維持?それとも降下していくの?」

 彼女としては意外な事を聞かれた思いなのだろうか、きょとんとした顔をしたが、すぐに気を取り戻して普段の顔に戻った。

「そうですね、操艦中わたしがしている事は、上下左右に進路を変える時に気を張るだけでして、ふだんはリラックスしているんですよ。ですので、操艦を止めたら高度は現状維持になりますね」

「それって、そのままアンジェラさんが寝てしまっても、そのまま現状維持なの?」

「はい、そうなりますね。ただ、風がありますと流されて行ってしまうと思います」


 みんなは、何を聞いて居るんだろうと不思議な顔をして聞いて居るが、アドだけはうんうんと頷いている。

 そして、あたしの事を見つめながらぼそっと呟いた。

「これですね。姐さんの凄い所は・・・この発想の突飛さ、脱帽です」

 そんな事をアドに言われて、あたしは黙って彼女を見つめてしまった。

「簡単に解決してしまったではないですかww」

「なんだあぁ?どういうこった?」

 理解出来なかったおかしらが叫んだ。

「ふふふ、降りられないのなら、降りなきゃいいんだって事ですよ。簡単な事です」

「はぁぁ?」

「山沿いに行くと、巨木の森があるでしょ?あの巨木の上で休めば安全だって事ですよ」


 そこまで聞いてポーリンがはしゃぐように叫んだ。

「そっかあぁ、そないな簡単な事やったんやぁ。巨木のてっぺん行ってロープで繋いでしまえばええんや。あんな高さまではあの蛮族も登ってはこれへんゆう訳やな」

「ええ、用心の為に何本かで繋いでおいて、緊急時には即時切り離せるようにすればいいですね。万が一に備えて、繋いだロープには見張りを貼り付けておけば安心して寝れますね。さすが姐さんです」

 あんまり褒められた事がないので、すごくこそばゆかった。


「ふん、その位の事、催促される前にさっさと思い付けよな。急いでロープの用意をしなきゃならねーじゃねーかよ、めんどーくせー」

 そう言うと、お頭は下に降りて行ってしまった。

「ふふふ、照れ隠しですよww」

 アウラが説明してくれ、甲板上は笑いが溢れた。


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