160.
嵐の様な夜が明け、清々しい朝が訪れた。
昨夜、山賊のアジトから救い出された女性たちは、まだ早朝であるにもかかわらず、元気のある十数人は王都に向けて歩き出していた。
一日も早く家族に会いたい気持ちが、彼女たちを突き動かしているのだろう。
護衛としてリュッケンさん率いる武装強行偵察部隊の兵士の中から数人が護衛として付き従って王都に向かって行った。
一両日中には王都から移送用の荷車も来るみたいだし、残った女性たちの事は任せて出発しても大丈夫だろう。
一晩中燃え盛っていた焚火の周囲では、今現在、頭の部下が総出でワイバーンの肉の処理を行っている。おかげで作業をしている焚火からは少し離れた池で佇んでいるこの船の甲板上にも先程から香ばしい匂いが立ち込め始めていて・・・あたしもお腹がたまらなくなっている。
出発に備えてあたしも何か口に入れようと起き上がろうとしたのだが・・・だめだ、動けない。
昨日の戦いで水面に叩きつけられたせいなのだろうか、全身が・・・筋肉痛?とにかく、全身の筋肉と言う筋肉が悲鳴を上げている。
おまけに、無数の殺人魚?に噛まれまくった両脚も激しく痛い。白い包帯でグルグル巻きにされてまるで大根のようになっていた両脚が、起きて見ると傷口から滲み出た血のせいで特大の人参みたいになっていた。
「あーあ、痛いわけだよ。まいったなぁ」
思わずひとりごちていると、アウラが包帯を替えに来てくれた。
「あらあらあら、ずいぶんと出血してしまいましたね。ご気分はいかがです?」
あたしが、キッと睨むと悪びれる様子も無く笑いながらあたしの脇まできて腰を下ろした。
「はいはい、たしかに足がこんなじゃ気分もなにもありませんね。今、包帯を替えますからね」
そう言うと、肩からさげていたバッグを下ろし、中から新しい包帯を出して来た。緑色の。
あたしがしげしげと包帯を見ていると、その事に気が付いたのか包帯の説明をしてくれた。
「ああ、この包帯ですね、これはあのお姉様から頂いたんですよ」
「お姉様?」
「老人少女隊のマユハ様ですよ」
「ああ・・・・そうなんだ。でも、なんで緑色なん?」
「この包帯の内側には煎じた薬草が塗ってあるそうなんです。傷の治りが格段にいいらしいですよ」
そう言いながら、テキパキと血に染まった包帯を剥し始めたのだったが、血で傷口にしっかりと貼り付いているものだから、その痛みと言ったら言葉で言い表せられるものではなかった。
「ぎやあああああああああぁぁぅ!!!!」
「そんな大げさなww えいっ」
「ふぃんぎゃあああああぁぁぁぁっ!!!!痛い痛い痛いっ、もっとそっとやってええええぇっ!!」
力の限りに叫んだのだけど、アウラはどこか楽しそうだった。ちくしょう、後で覚えてろよおぉぉぉぉ。
だが、この後悪魔が、いやいや魔王が一匹参戦したことによって、あたしの方が報復の誓いをすっかり忘れてしまったのだ。
「そういう時にはなぁ、いっきにえいやあぁってやった方が楽なんだぜぇww ほれっ」
「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁっ!!!!」
痛みで意識が遠のきかかっているあたしの脇でニヤニヤしているのは、そう、悪魔のような悪い笑顔をしたお頭だった。
「ほうれ、一瞬で終わっただろうがよ。その方が楽なんだよww」
鬼だ、悪魔だ、ぜえっったいあたしをいたぶって喜んでいる。絶対そうだ。ちくしょおおおおおぉぉ。
任務が終わったとばかりに帰って行くお頭が、帰りがてら思い出したとばかりに振り返って話し出した。
「ああ、そうそう。運転手がな、風邪ひいたみたいだぜ。熱出してたから今寝かして居る。出発は風邪が治ってからだな。ま、そういう事だ」
そう言うと、さっさと船を降りて行ってしまった。
しばし呆然としていたあたしは、再開された足の激痛に我に返った。
「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁっ!!」
恐る恐る見ると、もう一方の足の包帯が一気に剥されていた。
「はい、後は包帯を巻くだけですからねぇww」
ぜえーーーーーーーーーったい、楽しんでる。間違いない。
「アンジェラさんは疲れが溜まったんだと思いますよ。ゆっくり寝ればすぐに元気になりますよ」
この後も、彼女はなにか言っていたと思うのだけど、全く記憶に無かった。なぜなら、新たに巻かれた包帯に塗られた薬草、めっちゃしみるんだもん。その激痛で、あたしは再び甲板上を叫びながら転がり回っていたのさ。
物凄い激痛だったにも関わらず夕方には痛みがほぼ消えていた。マユハ様の薬草、恐るべし だ。
足の痛みもそうなのだが、全身の痛みも相まってあたしは、身動きが取れずなにもする事が出来なかった。
なので、これ幸いと一日中ゴロゴロとしていた。
すると、陽も傾きかけた頃、武装強行偵察部隊指揮官であるリュッケンさんが報告にやって来た。
「シャルロッテ殿、王都より女性移送用の人力車と追加の護衛が到着しました。子供の頃でしたら馬なんか沢山いるのが当たり前でしたのに、いざ居なくなると不便なものですな。つい愚痴ってしまいました、申し訳ありません」
昔を思い出して悲しそうな目ではなすリュッケンさんを見ていて、なんか悲しくなってしまった。
「大丈夫ですよ。少数ではありますが近くの島まで馬は持って来ています。こちらが落ち着いたら連れてきましょう。時間をかけて繁殖させれば又以前の生活が出来るようになりますよ」
「おおっ、そうなのですね。それは朗報です。みんなに聞かせたらさぞや喜ぶ事でしょう」
まるで少年のように目を輝かせたリュッケンさんにあたしもなんだか嬉しくなって、全身の痛みも忘れて微笑んでいた。
「それで、移送用の人力車も届きましたので、明日日の出と共に残った女性を連れて王都に向かいます。此度は本当にお世話になりました。お陰様で人的被害は皆無で済みました。シャルロッテ殿の今後のご活躍、お祈り申し上げます。それで、国王様になにか言づけは御座いませんでしょうか?あれば、自分が責任を持ってお伝え致しますが?」
「国王様に言づけ?ああ、兄様にね。シャルロッテは、相変わらず元気だって伝えてくれればいいわ。マイヤー兄様の方が片付いたら必ず王国に行くからって」
「はい、確かに承りました。くれぐれも無茶はしないでください。それでは、失礼致します」
そう言うと、深々とお辞儀をして、リュッケンさんは足早に下船して行った。
「はぁ、みんな大変なんだなぁ」
「なあに他人事みたいな事言ってるんだ?おめーだって、これから大変なんだぜ。自覚はあるんか?」
「わかってるわよお」
お頭は相変わらず冷たい。たまには優しい言葉のひとつくらい・・・いや、いらない。お頭の優しい言葉なんて気色悪いだけだ。天変地異が起っちゃうわ。
「おい!なんか失礼な事考えてねーか?」
「んーん、そんな事ないよ。それよりもさぁ、山賊狩りの方はどうだったの?報告くらいちょーだいよ」
「あ?ああ。あれな。大した事なかったぞ。特に報告する事もねーよ」
「どう大した事なかったのよ?」
そんなに報告するの嫌なの?ほんと、面倒くさい事嫌いなんだから。
「悪逆非道なまねしくさっていた癖によ、悲鳴上げて逃げ惑う奴ばっかりで全然骨のある奴がおらんかっただけだ。まだ、蛮族の方が骨があったぞ」
「じゃあ、もう山賊の残党はいないのね?」
「ああ、たぶんな。砦の中は、今は蛮族で溢れているだろうぜ。気になるんなら自分で見て来ればいいぜww」
ドスドスと音を立てて去って行くお頭の後ろ姿を見ながら、知らず知らずのうちにため息が出てしまっていた。
「はあぁぁ」
「どうしたんです?溜息なんか吐いてww」
ニコニコとアウラが声を掛けて来る。
「ん?なんだかんだと言っても大したもんなんだなあって感心していたのよ」
「山賊の事ですか?」
「そう、五十年もの間、退治出来なかった奴らを、こんな少数で退治しちゃったんだもん、大したもんでしょ? ww」
「いいえ、違いますわよ。少数なんかじゃあ有りませんよ、我が方は援軍合わせれば数万にはなりますから大軍ですってww」
「え?援軍って?」
「ふふふ、結果的に見れば今回の作戦は蛮族との共同作戦ってことになりますから、こちらは大軍なんですよ。ま、一回限りの共同作戦で、役目が終わったらさっさと始末しちゃいますけどねww」
「う~、おぬしも悪よのう」
「あらあ、心外ですわ。今回の作戦はアドちゃんの立案なんですから、ワルはアドちゃんですわよ。おほほほほほ」
「それは誉め言葉に受け取っておくわね。「使えるモノは何でも使え」がわたしのモットーなのでね」
いつの間にかアドが会話に入って来ていた。
「素晴らしい作戦だったわね。さすがよアド」
「それは蛮族に言ってやって下さい。彼らがわたしの想定以上に頑張ってくれたのが勝因だったのですから」
「確かにねぇ、あいつらが山賊どもの注意を引き付けてくれていたので、ほとんど反撃を喰らわなかったんだもんね」
「せやけどさ、あの山の要塞に蛮族が住み着いたら、そらそれでまずいんとちゃうん?根絶やしにせんでも良かったん?」
ポーリンも会話に加わって来た。
「いいのよ。連中には連中なりの役割があるんだから」質問を予期していたのか、すらすらと答えるアドだった。
「役割?なんやねん、それ?」
「混乱している国が纏まるには、外部に共通の敵が必要なの。それが手強ければ手強いほど効果てきめんね。国民がみんな同じ方向を向いて行動して行けるから結果的に早く纏まるのよ」
「へー、そんなもんなんかい。うちの頭じゃあ考えも及ばんわあ」
感心しきりのポーリンだったけど、大丈夫、あたしの頭でも考え及ばないから。それにしても、あんた本当に歳誤魔化してない?
激しい戦いが終わった安心感で、みんな久々に和気あいあいの会話で盛り上がりつつ夜が更けていった。
船の周囲には、リュッケンさんが見張りを配置してくれたので、久々に周りを一切気にしないで安心して寝る事ができた。
明日はいよいよマイヤー兄様の元に支援に行ける。そう思うとワクワクして・・・朝迄ぐっすりと寝てしまい、起こされるまで一回も目が醒めなかった。