16.
ああ、なんでこんな事になってしまったんだろう?
今あたし達は、アナスタシア様の乗った馬車を護衛しつつ、オレンジの騎馬隊に周りを囲まれながら、要塞に連行されつつある。
連中は、ご招待だと言うが、これは断じて招待ではない!連行だ!拒否権の無い招待なんてあるのだろうか。
例の将軍との面会だと言うが、すんなり帰してくれるとは思えない。隙をみて、将軍を始末して、混乱に乗じて要塞を制圧するしか選択肢が無くなってしまった気がする。
メアリーとお頭に期待するしかない。
ああ、何処まで続くぬかるみぞ だな。アナスタシア様に御逢いしてから、ずっと不幸が続いている。この先も続くのだろうか?
もっとも、この先があれば の話しなんだけど。要塞に入ったら、いきなり首を刎ねられるなんて嫌だよ。
短い人生だったなぁぁぁ
などと嘆いている内に要塞の門をくぐった。
要塞に入ってからしばらく進むと、立派な建物の前に到着した。
正面にある大きな階段の前で降ろされて、建物の中に入った。
案内の兵の後に付いて建物内を進んだが、かなり大きな建造物だった。どこをどう歩いたのか、広いホールに通された。
「どこ?ここは・・・」
我々二百数十名が入って、まだ余裕のある大ホールだった、全面大理石造りで天井も高い。正面には、少し高い雛壇があってそこには豪華な国王が座る玉座の様な椅子が一脚置かれている。
出入口は六ケ所もある。まるで謁見の間だ。我々だけでなく、ブライアン中佐の一行も一緒に居る。
みんなも不安なのか、ざわざわしている。
ホールに通されてから十分程たっただろうか、正面左奥のドアが開き、二十名程のオレンジの一団が入って来て雛壇の中央にある豪華な椅子の後ろに一列に並んだ。
最後に、最後に豪華なマントを身に纏った、ひと際体格の良い長身の男がオレンジの髪をなびかせながら入場して来た。
そして、颯爽と玉座の前まで来ると軽々と身をひるがえし着席した。驚いた事に筋肉質の巨体がどっかと座ったはずなのに、物音が一切しなかった。
隣を見ると、お頭が額から汗を流しながら前方を注視していた。心なしかと言うか、顔面蒼白だった。他の面々も物音ひとつたてずに状況を見守っていた。
玉座に座ったここの主はおもむろに足を組むとあたし達をゆっくりと見回した。その表情には憎たらしいほどの余裕が見て取れた。
ここに居る二百余名で斬りかかれば一瞬で勝敗がつくであろう状況にもかかわらずだ。
などと考えていると、低いが良く通る声に思考が中断された。
「よく参られた」
その声は、謁見の間に響き渡った。
「パンゲア帝国南西方面軍ククルカン要塞司令官ハイデン・ハインだ。まあ、気楽にしてくれ」
この状況で気楽にしてくれって、なんの冗談だ?いや、冗談にもなっていないし。
でも、何か言わないと話は進まないし・・。
「えーと・・・」
口を開こうとしたその瞬間だった。
「お招き有難うございます。わたくしは、アナスタシア・ド・リンデンバームと申します。此度はどの様なご用件でわたくし達をお招き頂いたのでしょうか?」
あうあうあう、アナスタシア様、なんで普通にしゃべれるの?この状況でぇ。
「はっはっはっ、もっともな疑問だな。貴殿と話がしたかった ではいかんかな?シュトラウスの聖女よ」
あれま、しっかりばれてるし・・・。
「お言葉では御座いますが、わたくしは聖女ではありません。ただの修道女で御座います、閣下」
「ほう、我が目には立派な聖女に見えるのだが、目の錯覚であったか。まあ良い、暫く当要塞に逗留されるがよかろう、部屋は用意する」
なぜ、ニヤニヤしているんだ?この男。こちらには時間が無いこの状況を知っていて嫌がらせをしているのか?
「どうした?不満そうだな。なにか言いたい事でもあるのかな」
更にニヤニヤしているよ、これは絶対にわかって嫌がらせをしているな。
するとアナスタシア様が一歩前に出た。
「閣下、大変申し訳ありませんが、わたくし達には時間がありませんので、折角のお招きではありますがこれにて失礼させて頂きたいと思います。それと、お願いなのですが、竜の卵を返還して頂けないでしょうか?」
まだニヤニヤしたまま、アナスタシア様を見ている。なんなんだ、この男は。我々がしびれを切らすのを待って居るのか?
いいのか?こんな無防備な状態で我々がしびれを切らしても。
そっと腰の剣に手を伸ばそうとしたら、お頭に手首を掴まれてしまった。
見上げると、首を静かに左右に振っている。
あの神をも恐れないお頭がこんなに大人しくなるなんて、いったいどんな奴なんだ?
「返還とはどういう事かな?あれは私の物だ、なぜ、返還しなくてはならないのだ?そもそも誰に返還せよと?」
「失礼ながら、勘違いをなされておられる様なので申し上げさせて頂きますが、あの卵は閣下の物ではありませんし、卵は物ではなくひとつの生命なのです。お聞き致しますが、あの卵は閣下がお産みになられたのですか?」
「な なにをばかな事を。卵を産む人などおらんではないか。それともシュトラウスでは人は卵を産むのか?」
「では、どなたが産んだのでしょうか?」
「そりゃあ、竜の卵なのだから、竜が産んだのだろう」
「でしたら、お産みになられた竜が正当な持ち主ではないでしょうか?正当な持ち主ににお返しするのが筋というものではないかと思いますが?」
「おかしな事を言うやつだ。よかろう、産んだ竜が直接返してくれと懇願に来たら考えてやらんでもないが、どうだ?」
「よろしいのですか?その様な事を仰って。竜王様が下山なされたら、国土が焦土と化しますよ」
「ほう、我を脅すと言うのか。いい度胸だな」
「いいえ、脅しているのではなく真実をお伝えしているのです。事実、わたくしたちは竜王様からのご依頼でここに来ております。話し合いが纏まらなければ、国土を焦土と化しても取り戻すと仰られております」
「その証拠はあるのか?」
それまで後方で静かに成り行きを見守っていた竜執事殿が人波をかき分けて将軍閣下の面前に出て来た。
なんだこいつ と言った表情で将軍が視線を送った。
「恐れながら将軍閣下、あまり駄々をこねない方がよう御座いますよ。竜王様が立ち上がるまでもなく、この様なちっぽけな人族の国などこの老体だけで十分滅ぼせますが、焦土化がお望みでしょうか?」
将軍の後ろで控えていた騎士達が急に殺気立ってきた。腰の剣に手を掛けている者もいた。
「お主、何者だ」
「只今お話しに登って居た竜王様のお使いで御座います。神々との盟約により人間界には極力干渉しない事になっておりますが、事と次第によっては・・・で御座います。ご理解頂けますと大変助かります、人族の王よ」
「なるほど なっ!!!」
言い終わるか終わらないかのタイミングで、将軍は腰の剣を抜いて竜執事殿に斬りかかった。それは、目にも止まらない人間業とは思えないスピードと切れで、人間相手であれば完全に真っ二つになっていただろう。しかし、竜執事は左手の親指と人差し指の二本で軽々と受け止めていた。
たった二本の指でつまんでいるだけなのに、剣はぴくりとも動かなかった。
動かない剣をじっと見つめた将軍は、ため息をそっと吐き、苦笑いをした。
「許せ、少し試させて貰った。よかろう、卵は謹んで返却しよう。帝都からは、速く献上せよと矢の様な催促が来ているが、かの盗賊に盗まれた事にすれば良いだろう」
竜執事は指の力を抜いて剣の刃を開放した。
開放された剣をしげしげと眺めてから鞘に納めようとした瞬間、竜執事氏が押さえていた部分から剣が真っ二つに折れてしまった。
これにはさしもの将軍も、目をぱちくりさせていた。
「こ これは・・・」
竜執事氏は、何事もなかったかの様にニコニコとしている。
さしもの将軍も、何か思う事があったのだろう。後方で控えている騎士に命じた。
「竜の卵を持ってこい。丁重にだぞ!」
出口に近い騎士が慌てて走って行った。
「さて、卵は返そうではないか。それで、このあと貴殿達はどうするつもりなのかな?」
将軍の質問に小首をかしげたアナスタシア様は不思議そうに答えた。
「わたくし達に自国に帰る以外の選択肢がありましょうか?」
キョトンとした と言う表現がぴったりなアナスタシア様だった。後ろに控えている面々もキョトンとした表情をしている。
あの、顔面修羅場のお頭ですら複雑な表情をしたまま棒立ちになっていたが、ふいに手を打った。
「そうか、盗賊か!」
「ふっ、相変わらず顔に似合わず頭は切れている様だな、ムスケル。安心したぞ」
えっ!?えっ!?えっ!?
「お頭、将軍と面識あるの?」
お頭は、拗ねた様にそっぽを向いている。
「久しいな、ムスケル。何年ぶりだろうか(笑)」
「お前が居るのを知ってたら、こんな所になんか来なかったわ、ふんっ」
「はっはっはっ!リサーチ不足だ。行動を起こす際には徹底的にリサーチせよと教えたであろうが。詰めが甘いのは相変わらずだな。と言っても、つい先日ここに赴任して来たばかりだ、自ら望んでな」
えっ!?えっ!?えっ!?えっ!?
どういう事?どういう事?あたしは、お頭と将軍の顔を何度も何度も見比べていた。
だって、そうでしょ?教えたって事は、師弟関係だったて事なの?
思わずアウラを見るが、彼女も困惑した表情のまま固まっていた。
その時、二人の騎士が籠に入った卵を大事そうに持って入って来た。
形は鶏の卵を細長くした様な形をしていて、大きさは五十センチはあるだろうか。特筆すべきは色だろう、まるで温泉卵の様に真っ黒、艶消しのブラックだった。
卵の入った籠を受け取った竜執事どのは、もう満面の笑みで目の幅涙を流しながら卵に頬ずりしている。
「おおう、おおう、若様お帰りなさいませ。爺は心が張り裂けんばかりで御座いました」
泣くか笑うか、どっちかにしなよ と心の中で突っ込むあたしだった。
「さて、ムスケルよ、卵は返したぞ。今度はこちらの要望を聞いてもらうぞ」
ムスケルは、口をへの字にして上目遣いに将軍を睨みつけているが、当の将軍の方はどこ吹く風といった余裕の表情で見返している。
「どうせろくでも無い要望だろうが、想像するに盗賊共を捕まえて盗まれた宝物を取り返して来いとでも言うつもりじゃあないのか?」
「おおっ!正解だあぁっ!やってくれるな?」
「・・・・・・・・・」
「わかりました。約束通り卵を帰して頂けたのです、こちらも誠意をお見せするべきでしょう」
「ア アナ様 よろしいので?」
メアリーが慌てて問いただしている。
「はい、どの道かの盗賊の方々は取り押さえなければならないのでしょう?でしたら・・・」
ぱあああんんんんっ!
小気味の良い音がホールに響いた。将軍が、太ももを叩いた音だったが、まるで雷が落ちた時の様な音にみんなが反射的にビクッと身構えていた。
「気に入った!気に入ったぞ!その思い切りの良さ、女にしておくのは勿体ない。どうだ?我が妻に来んか?」
一瞬でホールが静寂に包まれ、息を飲む音でホールが満たされた。
「閣下、お戯れはその辺で・・・」
将軍閣下は、側近にたしなめられている。まあ、当然でしょうね。
「将軍閣下、お言葉だけありがたく頂戴致しますが、わたくしは修道女で御座いますれば・・・」
「ああ、良い良い。我の戯れじゃ、すまんすまん。気にせんでくれ」
心臓に良くない冗談なんですけど・・・。
「盗賊捕獲の任に当たっている間の身分は保証しよう、我が直属の兵として正規軍に対しての命令権を与える。正規軍を自由に使ってくれ。食料と武器の補充は約束しよう。任務終了時には国境を越えての帰還を許可する」
すると、将軍はおもむろに懐からペンダントを出して来て、あたしに向かって差し出して来た。
「これを持って行け、我が勅命で動いている証拠だ。これを見せれば、全てに優先して軍は動いてくれよう。ほれっ、さっさと受け取れ。お主が指揮官なのであろうが」
えっ?なぜあたしが指揮官だと?
取り敢えず、成り行きでペンダントを受け取った。
ペンダントをあたしに渡すと将軍は立ち上がって、ホールから颯爽と立ち去ろうと身を翻した。
数歩歩き出したところでおもむろに立ち止まった将軍はあたしの方に向き直り、あたしとしっかり目を合わせた。
「連絡将校が居た方が何かと便利であろう、のちほど連絡将校を差し向けるので、色々と上手くやってくれ。色々とな。頼むぞ」
それだけ言うと、出て行ってしまった。色々と上手くやってくれって、なに?意味わからん。
将軍とオレンジの騎士達が出て行って、あたし達だけになるとあちこちから大きなため息が漏れ、がやがやと騒々しくなって来た。
なんか、物凄く疲れた。精神を根こそぎ削られた気分だった。
「なんか、思わぬ方向に話が進んでしまったなぁ。お前さんといると退屈しないぜ。それにしても、面倒を押し付けやがって」
いつも通りののんきなお頭に戻っていた。
「いったい、どうするつもりなのお?」
メアリーは、未だに顔面が真っ青だ。
アウラは、なんかうきうきしている。
竜執事殿は・・・・卵に頬ずりしたままだし。
「連絡将校かぁ、体のいい監視役ってところね」
「うむ、当然だろう。それだけならいいんだがな。後の始末が大変だ」
「えっ?後の始末?」
そこに、従兵と思われる兵士が現れ、あたし達は別棟の体育館の様な二階建ての建物に案内された。
「ここをご使用下さい。この建物は自由にご使用下さって結構です。補給品等はこちらにお運びしますので」
そう言うと出て行った。そっと窓から外を覗いて居たメアリーが
「ドアの前に歩哨が二名。完全に監視されているわね」
ま、そうだよねぇ。
「指揮官殿?今後の行動はどうするつもりなの?具体的な指示頂戴、でないと動けないわよ」
相変わらず、歯に衣を着せないメアリーさんだった。
「まずは、相手の居所を押さえないと。デビットさんに付けた送り狼からの連絡は?」
「まだなにも言ってきません」
「あたし達がここに居る事を知らせないと、連絡も取れないか。お頭、連絡取る方法ない?」
「お嬢、もっと我々の能力を信用してほしいものだな。我々がどこに移動しようとも、必ず見つけ出して連絡をして来る、それが『うさぎの手』だ。特に、送り狼の任に就く者は目的の相手を探し出すスキルに長けている、迷ったりはしない」
「その通りでさぁ、こんな移動程度で見失ったりしませんて」
「うひやぁっ!!」
ど どこから現れたの?お頭といい、『うさぎ』の者って、人を驚かす特技に特化してるんじゃないのぉっ!
「ただいま戻りました。これから落とそうという要塞内に根拠地を築くとは、なかなかやりますね。驚きです」
「ちっ 違うのよう、これには深い訳があって・・・」
「冗談は置いておいて、盗賊の一団ですが、デビット氏からの返事を聞いた直後から移動を始め、ここから西に行った所の我が国との国境を目指している模様です」
冗談なんかいっ!お頭といい、『うさぎ』の冗談のセンスは笑えないわね。
「どうやら、目的地は城塞都市サリチアのようです。サリチア経由で我が国に潜伏する腹積もりではないかと。なお、大量のお宝と一緒なので移動速度は亀の様にゆっくりです。今から追いかけても国境に到達する前に捕捉が可能です。それとニヴルヘイム山の件もご報告があるのですが、こちらは急ぎではないので後ほどでよろしいですね」
「ありがとう。そうかぁ、亀の様に遅いのね。逃げる亀に、追ううさぎかぁ。まるで、うさぎと亀だわね」
室内に笑い声が漏れた。
「なにやら楽しそうですね」
静かにドアが開くと三人の将校が入って来た。
先頭の男は黒い髪を油で固めオールバックにしている。銀縁の眼鏡をかけたその出で立ちは、長身で痩せぎすな体型と相まって、神経質そうな印象を与えた。
「わたしは、ケビン・ジェンキンス大佐。司令より連絡将校を仰せつかった。今後同行する事となる」
メガネの真ん中を人差し指で上げながら抑揚のない声でそう挨拶した。
思わずみんなは顔を見合わせてしまった。
固まってもいられないので、挨拶を済ませて話を進めようとした。
「宜しくお願いします。状況を説明しますので、お座り下さい」
「いえ、このままで結構。話を進めて下さい」
そう、座ろうとしなかっただけでなく、部屋の物には一切触れなかった。ドアノブにも・・・。さすが神経質。変な奴寄越したもんだよ。足、引っ張りたいのかなぁ?
結局、最後まで直立不動のまま話し合いは終わった。
決まった基本方針は、連中が逃げ込もうとしているサリチアのベイカー男爵を王都の軍勢で叩いて貰って逃げ道を塞いでから、一気に包囲殲滅すると言う大雑把なものだった。
ジェンキンス大佐には、包囲する為の軍勢の移動をお願いした。あたし達は伝書鳩を王都ボンバルディアに居る父上 いや、リンクシュタット国軍総司令官に飛ばし、サリチア攻略の可否を検討して貰う事にした。
もし可能であれば、即実行して貰うし、無理だった場合に備えあたし達も国境へと急行する事にした。
別動隊として、商人のキャラバンを一隊用意して国境に向かわせた。積み荷は、樽酒と酒のつまみである。
帝国軍の動きは早く、膨大な量の糧食が要塞内の備蓄倉庫から運び出されて来たので、我々は援軍五百を伴って要塞を出撃した。
次々に出撃して行く兵達を見ていると、不思議な感覚にとらわれる。長年憎み合って戦って来た敵同士がひとつの目的の為に手を携える日が来るなんて。
これも、アナスタシア様のおかげなのだろうか?
あ、後から聞いた話しなんだけど
先程将軍様がホールから退出したとたん、腰のベルトが切れ、ズボンが落下してお尻が丸出しになり可愛い花柄模様の下着が露わになった事は要塞内の極秘事項として緘口令がひかれたとか。
◆◆◆ シュトラウス大公国 ◆◆◆
王都ボンバルディアのイグニス宮殿内にあるリンクシュタット国軍最高司令官の執務室で二人の身なりの良い紳士二人がソファーに腰かけ、一枚の手紙を挟んで密談の最中だった。
「あの、跳ねっ返りは帝国にまで行って何をしているんだ」
娘からの手紙に頭を抱えているのは、この国の軍最高司令官であるリンクシュタット侯爵で、向かいのソファーでニコニコしている温厚そうな紳士はこの国の宰相であるアンドリュー・フォン・オルレアン卿だった、
「ロッテ嬢は、なかなか頑張って居る様じゃないか」
「しかしだな、こんな手紙一枚で、一国の領主を討てだなどと、無茶にもほどがあるぞ」
「確かにな。大至急仔細を調べないといかんな。だが、件の男爵は以前から問題のある男だから遅かれ早かれ処断は必要だったろう。遅いか、早いかの差ではないか?」
「ん、確かにそうなんだがな、今急いで情報収集を行っている。出兵の準備も進んでいるよ。後は、陛下の御裁断を待つのみだ」
「そうか。で、アレは何とも言ってこないのか?」
「アレ?ああ、カーン伯爵か。内々に話をしたのだがな、身内の事なのになんだか乗り気だったぞ」
「乗り気?見捨てるのか?尻尾切りでもするつもりか?」
「ああ、膿は早い内に出すべきだとさ」
「奴は何を考えているのだ?」
「保身に走ったか、あるいは・・・」
「考え過ぎではないのか?」
「いや、慎重に過ぎる事はないからな。例の計画、陛下の西国視察と同時に事を起こそうと思うのだが、如何か?」
「いよいよやるのか」
「ああ、このイグニス宮殿は護るには相応しくないからな。大手術になるが今回の事はいい機会だと思う、今なら帝国の脅威はロッテ達が抑えてくれるだろう」
「そうか、わかったよ。俺も腹を括らないといけないな。避難は事前の計画通りに進める。全て決行日に間に合わせる」
「うん、頼んだ」
「S要塞の方は?」
「ほぼ完成だ、受け入れ準備は進んでいる」
国軍司令官は、立ち上がり窓の外を見上げた。
目を細めて遠い異国の地で頑張って居るであろう愛娘に思いをはせていた。
「まだ小さい娘が頑張っているんだ、こちらも父親らしいところを見せないとな」
誰に言うでもなく、小さく呟いた。おそらく自分に言い聞かせているのだろう。